決戦の時 後編
マリーの決死の攻撃で、プラネットドラゴンの撃破に成功。
召喚も止んだことで、魔物は全て排除された。
散り散りになった仲間の捜索を行うべく、ドレイクは動く。
その合間に、リリィとシルフィは、ぐったりと倒れるマリーを介護していた。
「マリーちゃん……」
「……生体反応は、微弱ですが有ります、ですが……」
「う、うぅ」
胸の中で眠るマリーを、シルフィはすすり泣きながら抱きしめた。
リリィの診断を聞くまでも無く、今のマリーの状態は解る。
恐らくジャック以上の無茶を行ったせいか、衰弱が著しい。
顔は青ざめ、ホホも少しこけている。
放っておけば、確実に死んでしまう。
「……シルフィ、貴女の力であれば、彼女に治療を行えるはずです……気休めかもしれませんが」
「あ、そうか」
涙をこらえるリリィは、シルフィに治療を促した。
シルフィを落ち着かせる為というのも有るが、もう手遅れだろう。
ジャックにも似たような処置を施したが、最終的な結果は言うまでもない。
恐らく、マリーに対しても延命処置にしかならないだろう。
「マリーちゃん」
弱っているマリーに無理をさせない様に、シルフィは少しずつ魔力を送る。
こうしている間に、リリィはダンジョンコアの捜索を決める。
「私は、コアの捜索を行います」
「うん、気を付けて」
シルフィの許可を取り、涙をぬぐったリリィは飛び出す。
目的地は、マリー達の戦った場所の近く。
最後に肉体が一点に集中したおかげで、ある程度目ぼしは付いている。
その道中で、リリィは上空から生存者たちの様子を確認する。
「……見た限り、アイツらは無事だが、騎士団の連中は壊滅、か」
上から見える限りでは、リリィの姉妹達は何とか生きている。
レッドクラウンさえもボロボロで、何とか生き残れたという感じがする。
対して、薔薇騎士団の被害は甚大らしい。
数人程マルコに乗せられ、ドレイク達の指定した集合場所へと移送している。
「マリーが止めていなければ、被害はもっと……」
彼女の判断で、早く決着をつけていなければ、被害は更に増えていただろう。
キレンや七美に協力してもらいながら、運ばれていく負傷者たち。
その様子を横目に、リリィはドラゴンの残骸が広がる場所に降り立つ。
「恐らく、この辺りに」
マリーの能力のせいか、龍の身体は全て消滅している。
一見探しやすいかと思ったが、コアのサイズはソフトボール程度と聞いている。
辺り一面地平線のような場所は、今や戦いででボコボコの状態。
荒れ果てたこの場所から、小さな物体を探すのは骨が折れる。
「まいったな、マルコ辺りに匂いで探してもらうか?」
ロゼに協力を仰ぐ事も考えたが、彼女も負傷者として運ばれていた。
とは言え、血や腐敗の臭いで満足に捜索できるかは問題だ。
それ以前に、大気を吸い込んではいけないので、匂いで捜索は無理かもしれない。
頭を悩ませるリリィは、コアを探すついでに、空を見上げる。
「……マズいな、確かにこのまま放置していたら」
マリーの言う通り、この空間はかなりマズイ状態だ。
何しろ、空にヒビが見えている。
先ほどのマリーの攻撃も関わっていると考えても、下手したら十分程度で壊れるかもしれない。
「早く探さないと」
使用できる捜索機能を用いて、リリィはコアを探し始める。
――――――
リリィがコアの捜索に本腰を入れた頃。
シルフィはカルミア達に呼ばれ、ドレイク達の回収ポイントへと向かう事にした。
レッドクラウンの手に乗せられたシルフィは、マリーを回復させながら輸送される。
「……」
「シルフィ、もうすぐ着くぞ」
「あ、うん、ありがとう」
カルミアの忠告通り、シルフィ達は合流地点である裂け目の前に到達。
七美の振る槍を目印に、カルミアは地上に降り立つ。
倒れ込むマリーを目にした彼らは、息を飲む。
「……さっきの攻撃、やっぱりそいつか」
「うん、このままだと危ないからって」
「とにかく、他の連中と同じように、医務室へ運ぼう」
ドレイクは、デュラウスとヘリアンに、マリーを運ぶように指示。
シルフィから取り上げる様にして、二人はマリーを運ぶ。
少し心苦しい二人だが、シルフィにはまだ役割がある。
「悪いな、連れて行かせてもらうぞ」
「シルフィは、まず、リリィと、役目を」
「……うん、ありがとう」
二人がマリーを裂け目から連れ出そうと、運搬を開始した時。
魔物の残党を警戒していたマルコが、突然吠え出す。
「ワン!ワン!ワン!」
「ま、マルコ?どうしたの?」
「ウウウ~」
低い声やポーズからして、明らかに威嚇している。
それだけ強力な魔物が残っていたのかと、キレン達は警戒を強める。
「みんな、運ぶんなら急いで、何かいるみたい」
「何だと」
手の空いたドレイクやイビアは、キレン達と共にマルコの視界の先を睨む。
だが、どこにもそれらしい姿はない。
魔物の死骸が大量に有るだけだ。
「何も無いわよ」
「そんな」
「……シルフィ、何か見えるか?」
「ん、ちょっと待ってて」
ドレイクの指示に従い、シルフィはマルコの示す場所を偵察する。
大量の肉片や血だまり等、見ているだけで気持ち悪くなる。
吐き気を抑えながら、シルフィは原因を調査し始める。
「……あ」
「どうした?」
「ウソ、何で」
「何が有った!」
目を見開き、固まるシルフィに、ドレイクは手を伸ばす。
彼に触れられた事で、シルフィは我に返る。
「ッ……アイツ、生きてる」
「何だと」
恨みの籠った目をするシルフィを見て、ドレイクは誰が生きていたのか察した。
先ほどの攻撃であっても、クラブを殺しきる事は出来なかったのだろう。
彼女の姿を見たシルフィは、報告で動きを止めたデュラウス達の方へ行く。
「……マリーちゃん、力を、貸して」
「シルフィ?何を」
二人の元へ向かったシルフィは、マリーの頭をそっとなでる。
数秒目を閉じたシルフィは、手をマリーの腹部へ滑らせていく。
同時にストレリチアの一部を変形させたシルフィは、目を見開く。
「プロテアス」
マリーの着用していた鎧は、シルフィの呼びかけに答えた。
形を変え、シルフィへと纏わりついてく。
一部はストレリチアと合体し、シルフィの身体を覆う。
動作を確認したシルフィは、改めてデュラウス達の方を向く。
「二人共、マリーちゃんをお願い、私は、決着をつけて来る」
「……ああ、気を付けろよ」
「武運を、祈ってる」
二人にマリーを託したシルフィは、すぐに飛び立とうとする。
しかし、途中でイビアに止められる。
「待ちなさい」
「え、何?」
「身内の事だからって、アンタ達だけで抱え込まないで、頼れる人が居る時は、ちゃんと頼りなさいよ」
「……はい、でも、イビアさん達は逃げて、万が一が有るから」
「はいはい」
年上として、最低限のアドバイスをしたイビアは、安全のために艦内へと避難していく。
他のメンバーも、負傷者たちを艦内へ運び込む。
今は、頼れるのは自分とリリィだけ。
そう考えながら、シルフィはクラブの元へ進む。
――――――
同時刻。
クラブの気配を感じ取ったリリィは、シルフィよりも早く到着していた。
「……嫌な気配が有ると思って来てみれば」
「あ、ウグ、アガガ」
今のクラブは、先ほどよりも不安定な姿をしていた。
マリーの攻撃が相当応えているようで、エルフである事も解らない位原型が無い。
というのも、今まで召喚した魔物を取り込むことで、なんとか回復しているのだ。
手あたり次第に触手を伸ばし、肉をツギハギしている。
「それがアンタの望みか?その姿が?もはや、私の方が人間の定義に当てはまりそうだな」
『ウガアア!!』
再生の完了したクラブは、片腕をサーベル状にしてリリィの事を睨む。
敵意を向けられたリリィは、瞬時に抜刀。
時を合わせるようにして、リリィの背後からスラスターの音が響いてくる。
「シルフィ?(あの姿、そうか、マリーのプロテアスを)」
「お待たせ」
到着したシルフィはリリィの隣に並び、刀とライフルに変形させたストレリチアを構える。
対するクラブは、シルフィの存在を認識。
余計に敵意の籠った目を向けて来る。
「これで久しぶりに、リリィと一緒に戦えるよ」
「はい、終わらせましょう、何もかも!」
辺りを見る限り、空間は限界を向かってきている。
リンクした二人は、短期決戦で終わらせるために全力を出す。
蒼く輝くリリィ、薄っすらと黒の混じる白金に光るシルフィ。
二人は息を合わせて、クラブへと距離を詰める。
『グヲオオオオ!!』
ノイズの混じる雄叫びを上げたクラブは、触手を複数生成。
向かってきた二人を受け止め、激しく切り結びだす。
一つの思考となっている二人の連携を前に、クラブは対応している。
「クソ、弱ってはいますけど、厄介な事に変わり有りませんね!」
「だけど、動きは読みやすい!」
全体的なステータスは下がっているが、周りの死骸を吸収して回復している。
動きの読みやすさもあって、ダメージは簡単に入れられても、すぐに再生してしまう。
だが、それに比例して、外観は醜悪な物になって行く。
耐久も周りの魔物の能力に依存しているのか、龍と繋がっている時よりも脆い。
『グヲアアアア!!』
「シルフィ!」
「解ってる!」
二人を引き離すべく、クラブは全身から針を生やす。
ハリネズミのように沢山の針を生やして迎撃するが、よんでいた二人は射程外へ出た。
針の間合いの外に出た二人は、銃器をクラブへ向ける。
身体から針を生やしたままだったので、射撃でへし折る事にした。
「その鬱陶しい針!」
「叩き折ってあげる!」
二方向からの同時射撃が、クラブへと襲い掛かる。
触手を操り、射撃を防御しようとするが、二人はそれごと破壊して行く。
一人に対して使う物ではない量の弾幕を叩きつけつつ、二人は接近。
肉の塊のようになっているクラブに接近するシルフィは、とある物に気付く。
「リリィ!あれ!」
「言わずとも分かります、考えは共有しているんですから!」
クラブの心臓に位地する場所。
そこだけが、淡い黄色に輝いている。
よく見てみると、本に書かれていたコアと同一の物。
どうやら、体内に隠していたらしい。
「あれさえ有れば!」
「焦りは禁物ですよ!」
リリィの注意の通り、クラブは吸収できた分の魔物を使い、両手を剣に変えた。
二本の剣を用いて、二人の攻撃を阻止。
急いで胸の傷を塞ぎながら、刃をぶつけ合う。
正面から連携して攻撃する二人を相手に、クラブは互角に立ち会う。
「傷が塞がっちゃう!」
「もう一度開ければいいだけです!」
『ギィエアアアア!!』
傷は塞がり、十分に回復したクラブは、二人の事を突き飛ばした。
十分に間合いを取ったクラブは、消耗を気にする事の無い魔法を放つ。
「アイツ、まだあんな元気が!」
「シルフィ!」
「え、そんな事したら」
シルフィにショットガンを渡したリリィは、刀一本で前進。
魔法をかき消しながら、再び間合いを詰めていく。
その背後では、シルフィが射撃によって援護を開始する。
「(やっぱりパワーは落ちてる、さっきよりも軽い!)」
雨のように降り注ぐ弾幕の中を、リリィは颯爽と翔ける。
魔法を斬りながら進むが、命中を許す事も有る。
クラブが消耗を気にしない様に、リリィもなりふり構っていない。
自分に攻撃が命中しようと、前進を続ける。
『グ!』
「こちとら耐性あんだよ!」
クラブを間合いに捉えたリリィは、触手も復活した彼女へ刃を振るう。
圧倒的な手数を前にしても、リリィは攻撃の手を緩めない。
炎をまとう刀は、周辺の地面ごとクラブを焼き尽くそうと猛威を振るう。
その激しさは、片手間に放っていた魔法を止める程だ。
『グィェアアァアア!!』
だが、クラブだって押されっぱなしではない。
シルフィと二人でも抑えられなかった彼女の力は、魔法を乱射しても健在。
リリィを圧倒する形で、クラブは対応する。
「チ、けどな、私は何時も一人じゃないんでね!」
地面諸共切り裂く二人の斬撃は、周辺にまでまき散らされる。
そんな状況の中で、クラブの死角から白金の光が襲う。
『ギ!?』
魔力で形成された斬撃の隙間を縫うように、シルフィの狙撃はクラブの頭部に命中。
頭を吹き飛ばされたクラブは、攻撃を弱める。
この結果には、リリィもご満悦だ。
「流石シルフィ!」
「(あんま無茶な狙撃頼まないでよね)」
シルフィの文句を頭の中で感じながら、リリィはクラブの両腕を落とした。
その間にも、生きているクラブは背中の触手で攻撃しようとする。
しかし、その触手でさえも、背後からのシルフィの射撃によって防がれる。
「その大事なお宝、頂く!」
完全に無防備になったクラブへ、リリィは手をつき出す。
下手に強力な攻撃を行って、コアまで消し飛んでもらっては困る。
先ほどのマリーの攻撃の時に、コアが何処に有ったのかは知らない。
用心のためにも、抜き取っておいて損は無い筈だ。
リリィの手が、クラブの心臓に差し掛かる。
「グ!」
だが、心臓部分を中心に、クラブの胸部は全体が硬質化。
リリィの指は、金属のように硬い皮膚に阻まれてしまう。
当然だが、リリィの熱はこの程度では冷めない。
「だったら!!」
火力を高めた炎を刀へまとわせ、リリィはクラブの胸を切りつける。
強度はプラネットドラゴン程ではないが、硬い事に変わりは無い。
一度の攻撃では、体内まで届かない。
「一撃では、皮一枚程度の切れ目がせいぜいか」
この結果を前にしても、リリィは笑みを浮かべた。
何しろ、クラブの背後には、既にシルフィが居る。
「だとしても!!」
シルフィも背後から加わり、斬撃による攻撃を開始。
高質化は背部にまで及んでいるが、シルフィもリリィと共に斬り裂いていく。
腕と頭が再生する前に、二人は前後から同時攻撃を行う。
いや、二人の猛烈な攻撃は、クラブの再生を阻む程の激しさを生み出す。
「ウヲオオオ!!」
「ハアアアア!!」
金属音を響かせながら、二人は理性を欠いているかのように斬撃を繰りだす。
二人共、自らの出せる全力を引き出している。
しかしシルフィの技量では、硬質化したクラブの身体には有効ではない。
それでも、シルフィは持てるだけの力を使い、クラブの全身を斬っている。
『ギュガアアアア!!』
「うるさい!」
かろうじて復活した口から悲鳴を上げても、またすぐに消し飛ばされた。
クラブの四肢、胴体、首はどんどん斬り裂かれていく。
まるでザラムと対峙している時を、クラブに想起させる状況だ。
シルフィの攻撃も、ザラム程ではないが効果はある。
再生は阻害され、ただでさえ少なかった元の身体は更に消滅していく。
「もう少し!!」
消えていくクラブの身体に比例して、硬質化した身体もどんどん掘り進められる。
薄っすらとではあるが、コアのような物が見えて来る。
内部のコアを傷つけないよう、細心の注意を払っても、リリィは斬撃の速度を落とさない。
「リリィ!頑張って!!」
「シルフィこそ!!」
緊張と焦りも表に出て来る中で、二人は甲高い音を響かせ続ける。
楽器の酷い音色とも思える攻撃により、クラブの胸部は完全に開かれる。
「これで!!」
コアを引き出すべく、リリィは手を燃やしながらつき出す。
クラブはその手を防ぐべく神経や肉、触手までもが覆いかぶせる。
だが、リリィの炎の手はそれらを貫き、ガッチリとコアを掴んだ。
取り出されないよう、クラブの身体は抵抗する。
絡みつく物の全てを引きちぎる様に、リリィはコアを引き抜く。
シルフィもクラブの身体を引っ張る事で、それを手伝う。
「ウヲラアアアア!!」
二人の活躍によって、クラブの身体から、コアは引き抜かれた。
ブチブチと嫌な音を立て、コアはリリィの手に収められる。
回収を終えた事を確認したシルフィは、クラブの身体を離れたところへ投げ飛ばす。
そして、リリィから渡されたショットガンを向ける。
「……哀れだね、あんなに誇ってたハイエルフの面影が、今は何も無いなんて」
シルフィ達に攻撃される前から、クラブの身体はもはやエルフとは呼べなかった。
それこそ、あれだけ自負していたハイエルフからも、遥か遠くにいる。
いや、外観なんて関係ない。
マリーへの嫉妬と、シルフィ達への復讐心。
それらが元々のクラブの性格に作用して、今のように醜い化け物となった。
かつてウルフスに言われた事を不意に思い出しながらも、シルフィは改めて銃を構える。
「シルフィ」
「……うん」
数歩引いたところに立ったシルフィの隣に、リリィは立った。
そして、シルフィと共にショットガンを構える。
「これで」
「きめる」
二人は共に引き金を引き、銃の出せる以上の火力を叩き出す。
反動は二人の事を吹き飛ばす程の物となり、放たれた砲撃はクラブに命中。
エーテルは地面をえぐりながら、全てを貫通して行った。




