決戦の時 中編
時は少しさかのぼり。
クラブが地上に向けて、魔法を乱射している頃。
『アハハハハ!!』
苦しむシルフィや、地上に居るメンバーの逃げ惑う様子。
それらを高みから見下ろしていると、後頭部に強烈な衝撃が走る。
「人の嫁に何しとんじゃアバズレが!!」
『グハ!』
地上に注意を向けすぎていたクラブは、復帰したリリィに気付かず、奇襲を受けてしまった。
龍の頭上に叩きつけられた頭を引き上げたリリィは、そこから追撃が繰り出す。
怯んでいる状態を良い事に、リリィはクラブの顔面や腹部を何度も殴打。
気の済むまで殴った後は、もう一度龍の頭部にクラブの顔面を叩きつける。
更に後頭部を踏みつけ、何度もクラブの顔面と龍の頭部をキスさせる。
「この!この!この!害虫女が!!」
全体重をかけて、クラブの頭を踏みつけていく。
クラブの頭を、落ちた生卵のように爆ぜさせ、再生したところでまた踏みつける。
これを何度も繰り返していると、クラブの頭は変形。
四つに割れたクラブの頭は、触手のようにリリィへと襲い掛かる。
「キモ!」
多少の既視感を覚えながらも、抜刀したリリィは触手を切り落とす。
相変わらず、リリィの攻撃では再生を阻害できず、クラブの顔は元通りとなる。
例にならって、クラブの顔は半分しか再現できていない。
肉が半分むき出しの状態であるクラブは、リリィへ明確な敵意の目を向ける。
『グエアアアア!!』
「チ、戦闘行為以外の思考が鈍ってるのか?」
先ほどから気になっていたが、今のクラブは獣のようだ。
多少の思考は見られても、半分以上の行動が反射的なように見える。
加えて活舌も安定していなければ、叫んでばかりだ。
考えられるのは、ザラムの攻撃の後遺症で、脳の大部分が損傷しているという事だ。
「(師匠の攻撃の後遺症か?それとも、魔法に思考のリソースを裂きすぎている?ま、どちらにせよ、動きが以前より単調なのはありがたいな)」
先ほどの斬り合いで分かったが、今のクラブは周囲への注意能力が欠如している。
それだけではなく、近接攻撃の方も腕や触手を振り回す程度。
だから奇襲も受けやすく、隙も見つけやすい。
考察するリリィに向け、クラブは触手や魔法を繰りだす。
『ゲアアアア!!』
「しつこい奴だ!」
伸びて来る触手を切り裂き、魔法もかき消す。
この程度の対処であれば、問題は無い。
一番の問題は、クラブの倒し方だ。
「(ルシーラの話だと、この空間は時間経過で崩壊する、それまでに決着をつけたいが、どうした物か)」
どんなに斬っても、踏みつぶしても、クラブは再生してしまう。
本来は一番の急所である頭部を潰しても、魔法で細かくしても無理。
方法として考えられるのは、やはり細胞一つ残らず消し飛ばす事。
だが、クラブは龍から血を受け取り、それを使って自分の身体を構築している。
下手をすれば、龍ごとクラブを消し去る必要が有るかもしれない。
「リリィ!ボサっとするな!!」
「七美さん!」
ダラダラと考えていると、七美の槍がクラブを背後から突いた。
稲妻をまとう槍は、クラブの心臓部分を吹き飛ばしても効果は無い。
大きくえぐられても、またすぐに血を取り込んで再生する。
『ヴエェアアア!!』
「チ、やっぱりダメか」
再生を終えたクラブの反撃をかわした七美は、背後に居たマルコの背に乗る。
そして、一緒に乗っていたキレンと共に、マルコは辺りを巡行する。
マルコにまたがりながら、キレンはクラブの分析を行う。
「斬ってもダメ、突いてもダメ、わがままだね」
「ああ、どうした物か……てか、腹の傷は大丈夫か?」
「何とかね……気休め程度の回復なら、使えるから」
先ほどクラブに刺された場所に、キレンは自ら回復魔法をかけていた。
急所を逸らしたとはいえ、深手に変わりは無い。
天の力を受けないおかげで、魔法は効いているが、慣れない技なので時間がかかっている。
「決定打が居るな、あの龍と一緒に殺せるだけの」
「確かに、でも、相手はオリハルコン以上の硬さだよ、さっきまでの攻撃でもビクともしてないし
クラブから放たれる魔法を避けながら、二人は殺し方を検討する。
真っ先に思いつく方法は、龍ごと殺すという事。
だが、それは無理に近いかもしれない。
ブレスで吹き飛ばされる前に、何度も彼女達で攻撃した。
その流れ弾と呼べるような攻撃は、龍の頭部に何度も命中している。
それでも、あの龍は傷一つ付いていなかった。
「……って、マルコ!避けて!」
「ワン!」
考察をするキレン達の元へ、クラブの魔法が襲い掛かる。
彼女らに向けられた攻撃というより、リリィへの攻撃の流れ弾だ。
不満を募らせながら、マルコは攻撃をかいくぐる。
そんな彼女達を視界に留める事無く、リリィはクラブへの攻撃を続けていた。
「ああクソ!魔物の召喚はするわ、不死身だわ、こんなの初めてだ……いや、それよりも」
その不満は、リリィにもあった。
シルフィも地上で裂け目の防衛に当たっているのだから、さっさとケリをつけたい。
一番可能性が高いのは、マリーとの同時攻撃。
なのに、マリーは何処にもいない。
「あんの駄肉エルフ!どこ行きやがった!?」
頭に血を昇らせながら、リリィはマリーを探しつつ、クラブへと接近。
うっぷんを晴らすように、炎をまとわせた刃でクラブの頭に斬撃を入れる。
クラブの顔は跡形もなく消滅するが、またすぐに再生。
形を取り戻される前に、リリィはもう一撃入れる。
「こっちはただでさえ気が立ってんだよ!クソ女が!!」
マリー不在のイラ立ちと、何事も無かったかのように再生するクラブへの憤慨。
炎はリリィの心境を表すように激しく燃え、その火力を乗せた一撃を入れる。
「死ねぇぇ!!」
乱心気味ではあっても、剣技の精度に変わりは無い。
フルパワーの一撃は、クラブの身体を完全に切り裂かれる。
クラブの身体を切断して行く刃は、龍のウロコに到達する。
「グッ!(やはり硬い!)」
甲高い金属音が響くが、刃は一ミリも入っていなかった。
むしろリリィの刀の方に、ダメージが入っていそうな手ごたえだ。
全力で打ち込んだ筈のリリィの一撃でさえ、龍は弾いた。
「クソ、どうしたら」
「リリィ!退いて!!」
「ッ、マリー!貴女どこに行って……」
対処法を考えようとしたリリィの背後から、マリーの声が聞こえて来た。
今の今まで不在だった事を注意しようと振り向いた瞬間、リリィのすぐ隣をマリーが通りすぎた。
その刹那、激しい金属音と衝撃波が発生。
至近距離に居たリリィは、吹き飛ばされてしまう。
「ギャアア!」
『ゴォアアアア!!』
そろそろマリーへの怒りが限界に達しかけた時、龍の咆哮が響き渡った。
いや、咆哮というよりは、悲鳴のようだ。
「ウグ!」
遠くに居ても騒音と思えるような音は、至近距離で聞くともはや衝撃波のようだった。
騒音で壊れる事は無いが、リリィは反射的に両耳を塞いだ。
音から身を守るリリィの目に、信じられない物が映り込む。
「んな!」
眼球が飛び出そうな程開かれるリリィに目に映ったのは、出血するプラネットドラゴン。
その原因は、龍に槍を突き立てたマリー。
彼女の持つ槍は、龍の肉体に深々と突き刺さっている。
しかも、先ほどリリィが居た所から、一メートル程離れた場所まで切れ込みが入っている。
「アイツ、何で……ッ!」
衝撃波から復帰したリリィは、改めてマリーの姿を見た。
右目と鼻からは出血し、一部の血管が浮き出てしまっている。
明らかにマトモではない目をしており、とても正常な状態としか思えない。
その理由は、マリーの両肩に有る。
「あのバカ、一体何時の間に!」
すぐにでもぶん殴って、肩のドライヴを回収したかった。
だが、今のマリーを殴ったところで、リリィ手が反作用で壊れるだけだろう。
しかし、シルフィの悲しむ顔を想像するだけで、そんなのは安い代償と思える。
マリーを止めようとするが、腕輪にシルフィから連絡が入る。
『……リリィ、待って』
「シルフィ!ですが、これではマリーが!」
『良いの、お願い、あの子の選んだ道を、尊重してあげて』
「シルフィ……」
泣きながら言っている時点で、シルフィも本意ではない。
腕輪から伝わる彼女の意思からも、それは明らかだ。
それでも、シルフィはマリーの選んだこの状況を尊重している。
「……ごめんなさい、シルフィ、その頼みは、聞けません」
『リリィ?』
そう言ったリリィは、腕輪の通信をマリーにつなげる。
――――――
プラネットドラゴンに一太刀入れたマリーは、激しい動悸に襲われていた。
確かに全体的なステータスは上がっているのだが、コンディションは最悪だ。
視界は血で赤く染まり、内側から爆ぜてしまいそうになる。
装備しているドライヴの性質上、常にマイナスな思考で居ないといけない。
おかげで、マリーの頭の中は哀しみや憎しみのような感情が渦巻いている。
「はぁ、はぁ……お母さん、この装備、全身が痛い、そのうえ、物凄く、悲しい……貴女は、こんな状態で戦っていたの?」
以前戦ったジャックも、同じ装備を付けていた。
そう考えると、今のマリーと同じ症状を発症していた事は容易に考えられる。
今の状態で、ジャックはリリィとマリーを相手に圧倒したのだ。
ジャックの事を考えていると、腕輪からリリィの声が響く。
『だったら、早く脱ぎなさい!今ならシルフィの力で治せる筈です!』
恐らく、シルフィからの連絡が有ったのだろう。
そう考えたマリーは、槍を龍から引き抜きながら答える。
「……リリィ、ゴメン、それはできない」
『どうして!?』
「この空間はもう持たない、早くコイツを倒さないと、私達も世界も終わる」
シルフィにも説明した事だが、リリィにも改めて現状を伝えた。
詳細を説明する余裕を与えないかのように、クラブの攻撃がマリーに繰り出される。
『ギエエエエ!!』
『マリー!』
「大丈夫!」
マリーは空へ飛びあがり、攻撃の全てを回避した。
魔法による弾幕と、触手による斬撃をかわしたマリーは上空で静止。
互いに次の一手の準備をしつつ、マリーはリリィと話を始める。
「……こうしてると、何となくわかるよ、ルドベキアが、何で私の中にルシーラを封じ込めたのか」
『今する話か!?そのまま後退しろ!後は私達で』
「何ができるの?さっきも攻撃弾かれてたし」
『……』
マリーの正論に、リリィは言葉を失った。
確かに、時間も僅かなうえに、リリィ達の攻撃の効果はない。
もはやマリーに頼るしか、方法はない。
「きっと、ザラムって言う人が前線に出たのも、私がアイツに命がけで挑む事も、ルドベキアの策略の内、リリィ達の勝利への、救済であり、生贄」
『……そんな』
「でも、ルドベキアの思惑通りにもさせたくない、だから、私が全部終わらせる!」
クラブの操作によって、龍の尾はマリーへと襲い掛かっていた。
それと同時に、マリーはオーバー・ドライヴを発動。
全身に赤黒くも神々しい光が振りまかれ、マリーの身体に更なる負荷がかかる。
その代償を支払って手に入った力を、マリーは存分に振るう。
「ウワアアアア!!」
絶叫ともとれる掛け声によって、マリーは龍の尾を切り裂く。
感じた事の無い衝撃が槍と腕に伝わり、愛用していた槍は折れてしまう。
龍も尻尾を失ったが、マリーにはまだ武器はある。
「まだまだ!!」
すぐに槍を捨てたマリーは、次元収納より剣を複数本取りだす。
同時に、マリーは一気に間合いを詰めてクラブを攻撃しようとする。
『ッ!』
だが、間合いを詰める前に、龍の身体がマリーの事を包みだす。
球体状にその巨体を巻き、マリーの事を閉じ込めた。
正に袋の中のネズミとなったが、一切の危機は感じなかった。
相変わらずの往生際の悪さに関心さえ抱きながら、マリーは攻撃を入れる。
「そんな事したって!」
龍の身体は斬り裂かれ、大量に出血した
しかし、攻撃に使用した剣は全て折れてしまう。
とは言え、その程度でマリーの攻撃は止まない。
徐々に迫って来る龍の身体が到達される前に、本体を見つけようとする。
「チ、だけど、まだまだある!!」
マリーにだって、ドライヴを使っている以上、制限時間のような物がある。
七美達も対処に当たりだしているが、地上にも次々と新手の魔物が出現している。
早く決着を付けなければならない理由は、山ほどあるのだ。
次元収納から次々と武器を取りだすマリーは、休む間も無く斬撃を繰りだす。
「終わらせる、これ以上、お姉ちゃん達を絶望させない!!」
大量の魔法がマリーに向けられてくるが、それもマリーは自らの手でかき消す。
龍の身体は、マリーの力で再生していない。
しかし、このままでは、巨体の先に有るクラブに到達する前に力尽きる。
そう判断し、マリーは次元収納からありったけの武器を取りだす。
「良いの?全部壊れるよ?」
『構わん!貴様の家族のためだ!大盤振る舞いと行くぞ!!』
「うん!」
ルシーラから許可を得たマリーは、全ての武器に込められるだけの魔力を込める。
「これで!!」
取り出した全ての武器は、攻撃を開始。
マリーも魔法で援護しつつ、龍の身体を次々と破壊する。
ルシーラのコレクションでもある武器達も、どんどん壊れていく。
覚悟のうえではあったが、思う所もある。
『ギィエアアアアア!!』
龍の受ける痛みはクラブにも伝わり、断末魔のような声が響き渡った。
その頃には、龍の身体の六割近くが消滅。
隙間から脱出したマリーは、クラブの姿を認識する。
「……見つけた」
『グウウ~』
獣のようにヨダレを垂らすクラブは、マリーの事を睨む。
しかし、先ほどの攻撃のせいで、プラネットドラゴンはもはや行動不能状態。
それでも、急所である頭部はまだ生きている。
そのおかげか、クラブは魔法をデタラメに撃ちだす。
『ウギャアアア!』
「武器は無くなった、けど、とっておきが有るでしょ?」
『(無論だ、強力すぎるが故に、ザラム氏に封印され、力不足故に完成しきれなかったが、今ならば!)』
クラブからの攻撃は全て無視しながら、マリーは槍を召喚。
愛用のグングニルより、遥かに禍々しい槍をその手に携える。
マリーの使用する、赤黒い魔力その物のように、槍は周囲に威圧を与えだす。
「ルシファースピア、私達の使用する魔力を槍状に練り上げた物」
『(そうだ、物質状になる程魔力を練り固めた故に、余たちの魔力を無限に込められる)』
「うん、だからこそ、このドライヴが必要だった、だから」
槍を握りしめたマリーは、ルシーラと共に魔力を注ぎ込む。
ドライヴや鎧から漏れ出す余剰のエネルギーに至る、全ての魔力を一点に集中。
その禍々しさは、クラブにも伝わる。
『グギャ!』
「……ふ、ふふ」
槍の危険度を察したクラブは、マリーにとって懐かしい顔を浮かべた。
思い出したマリーは、槍を構えながらあざ笑う。
かつて片目を奪った時、似たような表情をしていた。
当然だろう、龍は満足に動けず、魔法も効果が無い。
しかも、目の前には絶対の敗北だ。
絶望しても、不思議ではない。
「そう、貴女はそうやって……」
セリフを言い放つマリーは、クラブへ突撃。
その直後、クラブは守りを固めだす。
障壁と残った龍の肉を使って、壁を形成。
一番形の残っている頭部は、下あごをマリーに向け、最大限守りを固めだす。
最後の悪あがきと言える彼女の行動は、全て水疱に帰すこととなる。
「絶望しているのがお似合い!!」
クラブの形成した守りは、全て貫通。
プラネットドラゴンの巨体は全て消滅し、マリーの手にも、確かな手ごたえを感じた。
しかし、マリー自身も限界を迎えてしまう。
「……は、はは、やったぁ、でも、私も、限界」
もうろうとする意識のマリーの手から、槍は消滅。
ドライヴも切り離され、飛んでいる力も失い、そのまま地面へと落下していく。
「(ごめんね、ルシーラ、こんな事に付き合わせて)」
『(構わんと言っている、それに、巻き込んだのは余でもある、すまなかった、だが……よく頑張った、もう、休め)』
心なしか、ルシーラの声も弱弱しくなっている。
今の二人は、運命共同体。
どちらかが死んでしまえば、両方死んでしまう。
「(うん、今まで、ありがとう……責任も果たせたし、これで、私も悔いはないよ)」
彼女達が絶望的な状況に遭っていたのは、若さゆえの過ちが招いた事。
その清算ができたのだから、満足できた。
だが。
「(でも、でも、やっぱり……)」
落下していくマリーの脳裏によぎるのは、リリィとシルフィとの記憶。
二人は過去の闇から解放し、求めていた温かさをもう一度与えてくれた。
恩人という言葉では言い表せない、大切な友人であり、姉であり、家族。
走馬灯とも言える物を見たマリーは、大粒の黒い涙を流す。
「い、嫌だ、死にたく、無いよ、お姉ちゃん、リリィ」
後悔の念に包まれるマリーは、号泣しながら地面に向かう。
そんな彼女の元へ、二つの声が近づいてくる。
「アアアア!マリーちゃぁぁぁん!!」
「ウオオオオ!マリィィィ!!」
「ッ!」
地上からは、シルフィが全力ダッシュで。
空中からは、フルスロットルのリリィが近づいてくる。
二人は、協力してマリーの事を受け止める。
「掴まえた!」
「掴まえた!」
「……もう、これ以上未練を作らないでよ」
二人の温かさに包まれながら、マリーは笑みを浮かべた。




