魔物の宴 後編
縦穴へ突入したリリィ達は、連携を取りつつ奥を目指していた。
しかし、奥へと進むたび、強力な魔物は増えていく。
単体で強力な物も襲い掛かって来れば、雑兵程度の個体まで来る。
まるで存在する全ての魔物が、一か所に集まっているようだった。
この事態を前に、デュラウスは魔物を蹴散らしながら愚痴を垂れる。
「多すぎるだろこれ!」
「以前よりも魔物が出現する頻度が増しています!」
以前リリィが潜った時以上に、魔物の出現速度は増えていた。
下手をすれば、リリィやマリーまで前へ出なければならないかもしれない。
そんな不安を他所に、七美は電撃を繰りだす。
「安心しろ!あたしらが近づけさせない!」
ここまで体力を温存していた七美とキレン達の魔法で、魔物は次々と蹴散らされていく。
ダンジョン内のエーテル濃度は、今の地上と大差ない。
やはり魔法やエーテル兵器の威力は減衰しており、それ程遠くに攻撃が届く訳ではない。
それでも、七美達の魔法は有効打となり、進路は切り開かれる。
だが、この状況では、強力な攻撃を行っても撃ち漏らしは出て来る。
「何体か抜けられた!」
「撃ち漏らしは我々が片付けるぞ!」
七美達の魔法を掻い潜り、魔法の後で出現した魔物は、ドレイク達が対処に当たる。
地上での戦闘で、彼らは大分消耗してしまっている。
それでも魔法で弱った個体や、下級や中級の魔物程度であれば十分対応できる。
しかし、部隊と離れてしまえば、彼女達であっても命の保証は無い。
「散り散りになるな!固まって対処しろ!」
八方塞がり、四面楚歌、孤立無援。
七美やドレイク達は、この状況を何度も経験してきた。
この現在も似たような状況だが、相手は死を恐れない。
最近は、そんな相手ばかりだ。
しかも今回は、その手の敵は無尽蔵に沸いてくる。
「まだ来るぞ!」
「キリがない!」
「相手は三百年間積りに積もった魔物や人間の死体だ、全部倒しきれる何て考えるな!」
次から次へと、魔物は際限がない。
地上にもかなりの量の魔物が放出された筈だが、全然減っている気がしない。
この三百年で蓄積された魔物の数は、まるで人間の業その物に思える。
全く進ませる気のない魔物達を前にして、シルフィは大声でキレンに問いただす。
「キレンさん!まだつかないの!?」
「もう少し!門は見えて来た!」
マルコの背に乗りながら、キレンは進行方向に視線を向けた。
魔物の陰に隠れて、少し見えづらいが、それらしき物は視界に映っている。
しかし、周辺の魔物達も、門に到達されるのは容赦できないらしく、魔物の肉壁が形成されつつある。
これを見て、ドレイクは敵を排除しながら考えを巡らせる。
「数が多すぎるな……よし、イベリス!カルミア!進路を開けるか!?」
「やっぱそれしかないか……やってやるさ!!イベリス!手を貸せ!」
「承知しましたわ!」
メイスで魔物を蹴散らしたイベリスは、カルミア達と共に前へ出る。
キレンは彼女達より後ろへ下がり、二人に正面を任せる。
カルミアは早速口内のビーム砲を展開し、イベリスも砲撃の用意を行う。
「合わせろよ!」
「了解!」
二人の砲撃によって、目の前の魔物は消滅して行く。
しかし、門の近くの濃度は更に濃いのか、二人の攻撃は目前で霧散してしまう。
この結果を前に、二人は目を見開いた。
「そんな!」
「地上でももっと伸びたぞ!」
「クソ!バルチャー隊各員!我々で第二波を行うぞ!ヘリアン!イビア!攻撃後のカバーを頼む!!」
「了解!」
「任せろ!」
ドレイクの指示に従い、バルチャー隊は全員前へと出る。
カルミア達よりも前へと出て、ドレイク達は全員攻撃態勢に入る。
弾のきれたレールガンの代わりに、ドローンを接続したライフルを取りだす。
「各員!一斉射!!」
部隊五人による、バルチャー・クラッシャーの一斉射。
イベリス達に比べて劣る威力でも、束になれば十分な威力を出せる。
再び行く手を阻もうとする魔物を蒸発させながら、五人の攻撃は伸びていく。
カルミア達より前に出たおかげか、五人の攻撃は門に直撃する。
「よっしゃ!置くまで届いたで!」
「喜んでる場合じゃありません!魔物が来ます!」
前方の魔物は蹴散らしたが、周りの魔物は片付いていない。
大量のエーテルを消費し、少し動きの鈍いドレイク達は恰好のエサだ。
彼らを救出するべく、ヘリアンとイビアはカバーに入る。
「イビア!」
「解ってる!」
ナイフでドレイク達の魔物を切り裂き、五人を救助する。
「助かった!」
「これで、リリィ達が、行ける」
「そうだな、リリィ!マリー!先に突入しろ!我々は後から行く!」
ヘリアンからの提案に賛同したドレイクは、二人に指示を下した。
彼からの指令を受けたリリィは、早速マリーとシルフィの手を握る。
「という訳です!行きますよ!」
二人の手をしっかりと握りながら、リリィはブースターを吹かせた。
初速から最高速度を叩き出せる性能を持つ、リリィのアーマー。
急いでいたのも有るが、シルフィが居るのにその性能を披露してしまう。
「イヤアアア!!」
「あ」
門の近くに到着し、リリィは急いでシルフィを看る。
シルフィの手を引いた時、明らかに嫌な音がした。
恐る恐る診断すると、繋いでいた腕の手首から肩にかけて、全ての関節が外れていた。
この診断結果は、マリーも何となく気付いており、シルフィと共にリリィの事を睨む。
「……」
「……リリィ」
「だ、大丈夫です!すぐに戻しますから!」
「自分でやるから、早く門開けて」
「は、はい」
シルフィの涙をためた目を向けられながら、リリィはマリーと共に門に手を置く。
彼女達を横目に、シルフィは腕の関節を戻し始める。
この程度の処置であれば、彼女も一人で行える。
外される時以上の痛みを伴いながら、シルフィは処置を完了した。
「ウッ!……ふぅ、何とかなった」
腕が動く事をしっかりと確認し、シルフィは弓を構える。
リリィ達が門を開ける時間稼ぎと、門を目指すカルミア達を支援していく。
実戦は久しぶりとは言え、腕は鈍っていない。
仲間に誤射する何てことは無く、むしろ魔物複数体を貫く芸当も見せる。
「リリィ!早くして!私一人だと、足止めが限度だから!」
「わかっています!でも意外と硬くて!」
「ちょっとリリィ!力入れてる!?」
「入れてるわ!」
そもそもこの階層には、キレン以外の冒険者は到達していない。
キレンも門の奥に行った事が無いと考えると、この門は三百年一度も開けられていない可能性が有る。
だから錆びついている何て事は、できれば考えたくない。
ルドベキアの名声のためもあるが、少しずつ門は開いていく。
「あ、だいぶ動いて来た!」
「ここまで来れば……」
人一人がようやく入れそうな幅を確保し、二人は好奇心からその中を覗いてみる。
もちろん、中の魔物がいきなり襲い掛かって来るような事が無いように、閉められる用意もする。
「中には何が」
おもむろに中を見たリリィの視界に映ったのは、人型の何か。
見かけこそたいした事は無いが、何故だか二人の中から生存本能に近い物を感じた。
魔物を前にして、二人は見てみぬフリをするように扉を閉じた。
「……」
「……」
「ちょっと!何で閉めたの!?折角開けたのに!!」
シルフィのツッコミを前にして、リリィ達は顔を青くしながら黙ってしまう。
だが、深呼吸をしたリリィは、返答を行う。
「いや、その、五秒、いえ、二秒だけ現実逃避させてください、そしたらまた開けますので」
レッドクラウン達の足音が近づいてくる中、そんな事を言ったリリィ。
しかし、この会話はレーザー通信を通じて、カルミア達へと伝わっている。
弱腰のリリィの言葉を聞いたカルミアは、レッドクラウンで飛び蹴りを繰りだす。
「んなボケかましてないでさっさと行けぇぇぇ!!」
「ブヘラ!!」
レッドクラウンの重量と出力、そして走って来た慣性も乗せられた飛び蹴り。
その重たい一撃で、開きかけていた門は更に開く。
蹴り飛ばされたリリィと共に、カルミアは入室。
彼女に続いて、突入部隊は全員部屋へ入る。
「全員入ったか!?門を閉めるぞ!」
ドレイクの指示によって、一部の隊員達は門を閉じ始める。
門に差し掛かりそうな魔物は、ヘリアンとイビア、シルフィの射撃で足止めをされる。
三人の援護のおかげで、魔物が門に到達する前に閉じられた。
「……ふぅ」
「何とかなったな」
「後は、あれか……」
「……引っ張った割に、何か、地味だな」
門を閉じるなり、全員部屋の中央に居る魔物に釘付けとなった。
改めて見てみると、ただの血色の悪いスキンヘッドの全裸人間。
青白い肌に、白目を向いており、とても生きている状態とは思えない。
立ち方も、バランスをギリギリ保っている状態に見える。
「……」
ここまで地味だと、むしろ怪しさの方が勝る。
部屋も野球ができそうな程広く、正にボスの部屋というにふさわしい。
見え見えの罠、としか思えなかった。
しかし、ここで立ち止まっている訳にもいかないので、中央に立っている魔物だけ倒して、早く奥の扉へ移動する事にした。
「仕方ありません、罠でもなんでも、こちらから仕掛けるとしましょう」
ショットガンを抜いたリリィは、中央の魔物の頭上に移動。
初手から最大出力で発砲。
エーラの手で強度を上げられたショットガンは、以前よりも威力を上げていた。
威力を上げていながら、銃身は少し赤く成る程度で、すぐに再発射を行える状態だ。
その性能に笑みを浮かべながら着地したリリィは、刀を引き抜く。
爆炎の中から襲い掛かる事を警戒するが、何時まで経っても来る様子が無かった。
「……あれ?」
晴れた爆炎の中には、何も無かった。
肉も骨も残さず、先ほどの魔物は消えていた。
念のため周囲を見てみたが、どこにもそんな姿は確認できない。
「……嫌な予感しかしない」
だからこそ、嫌な予感がしていた。
どう考えても、今の魔物にこの空間は分不相応。
顔を強張らせるリリィだが、後ろからドレイク達が接近してくる。
「気持ちはわかるが、これ以上何か起きる前に、さっさと行くぞ」
「……ですね」
軍の形式として、指揮官不在の際は一番階級の高い者が指揮を行う事に成っている。
今この場で一番階級が高いのは、大尉であるドレイク。
彼の言う通り、何か起きる前に進んだ方がいいだろう。
何しろ、門の方がかなりうるさい。
またあの量の魔物に襲われるよりは、遥かにマシだろう。
「さて、さっさと開けようか」
「そうだな」
カルミア達が先立って、開門を試みる。
彼女達に続き、多くの者が門を開ける事に協力。
十分近くかけて、門を開ける事に成功する。
同時に全員の視界に光が差し込み、目をくらませてしまう。
「何だ!?」
「この感じ、転移?」
「開門と同時に発動するようになっていたか」
ルシーラの考察が響いた直後、全員の身体に身に覚えのある感覚を襲った。
転移装置をくぐった際に感じる感覚と同じものだ。
そんな感覚を覚えつつ、リリィは恐る恐る目を開く。
「……マジか」
「どこ?ここ」
リリィ達の視界に映り込んだのは、地平線のかなたまで、岩石ばかりの荒れた荒野。
遮蔽物も何も無い、ひたすらに赤黒い空と大地だけの空間。
幸い通信は可能ではあるが、外部との通信は相変わらず無理だ。
辺りを見渡しながら、ルシーラは考察を開始する。
「……この感覚、ダンジョン内の異空間と同じか……いや、何かしらの手が加えられているな」
空間を見渡す限りでは、ダンジョンの内部である事に変わりは無い。
だが、どこか違和感があり、ルシーラの考えでは、キレンの手で何かしら手が加えられているらしい。
元々どんな空間だったのか解らないが、妙な事が起きている事に変わりは無い。
その事は、薔薇騎士団のアンクルの声ですぐに判明する
「あああ!!団長!扉が有りません!」
「何だと!?」
アンクルの報告の通り、リリィ達がくぐって来た筈の門が無かった。
以前も同じ目に遭ったリリィ達は、落ち込む程度で済むが、他はそうはいかない。
この状況を前に、ドレイクは指揮官として責務を全うする。
「クソ、ここまで来て厄介な……全員いるな!念のために点呼をとる!」
何が起きるか解らない以上、ドレイクは点呼を行う。
突入した部隊全員を合わせて、十九人と一匹。
全員いる事は確認できたが、帰還方法が分からない事に変わりは無い。
ドレイクはダメ元で、ルシーラに知恵を借りようとする。
「……さて、どうした物か……ルシーラ、転移の魔法で脱出できないか?」
「この空間では無理だ、外界と隔絶されてしまっている、無理矢理やれば、ダンジョンその物を破壊する事に成りかねん、そうなれば、我々もただでは済まぬ」
「そうか、なら、どうすれば」
「そうだな、ダンジョンコアとやらを入手できれば、脱出できるかもしれん」
予想はしていたが、ルシーラでも無理という事に、ドレイクはうつむいた。
とは言え、ルシーラが指し示してくれた提案に、リリィは乗り気だ。
「ですが、あのクソエルフから、例のブツをかっぱらえば良いんですよね」
「あくまで可能性だ、確実に上手く行く保証はない」
楽観的な意見を述べたリリィだが、ルシーラの言う通り、確実な答えではない。
とは言え、やる事に変わりは無いのだ。
やる気を見せるように、柔軟を始めるリリィの横で、シルフィは全身に悪寒を覚えだす。
「……あ」
「シルフィ?」
「……何か、来る、禍々しい何かが!」
心配するリリィからの問いかけに答えたシルフィの声に、全員反応した。
真っ青な顔をするシルフィの反応から見て、何かが来る事は明らかだ。
全員周辺を警戒するが、どこにもそんな姿はない。
そんな中で、ルシーラはシルフィの悪寒の正体を見抜いた。
「上だ!」
上へ意識を向けた者達全員の目に、とんでもない物が映り込んだ。
「……バカな」
「あれは、一体」
彼らの目に飛び込んだのは、穴の開いた赤黒い空。
一部分だけ、大気が異常な動きを見せ、穴のような物を形成している。
機械的に見ても、魔法的に見ても、穴の有る場所だけ異常な反応が出ている。
レッドクラウンは、急いで現象の解析にあたる。
「……あの場所だけ、異常な重力場が形成されてる……となると、それだけ膨大なエーテルが?」
「まさか、てことは、あそこにクラブが居るって事か」
「可能性はある、あれだけのエーテル量を操れるとすれば、アイツ位だね」
二人の話を聞いていたリリィ達は、上空の穴を警戒する。
しかし、シルフィとルシーラは、まだ怯えた様子だった。
「待って、何?あれ……ッ!う、ウソ」
「な、何が見えてるんですか?」
シルフィだけは、異常な視力で穴の先が見えていた。
その表情は、まるで絶対的な何かを見ているかのように、恐怖に駆られている。
「……ドラ、ゴン……でも、解らない、あんなの、見た事無い!」
滝のような汗を流すシルフィが答えると、裂け目から正体不明のドラゴンが出現。
白銀のウロコに覆われ、三キロを超える全長を誇る巨大な体格。
これまで遭遇したタイプのドラゴンとは、全く異なる姿をしている。
リリィ達もその姿を認識し、急いでデータを調べ出す。
「何かが出て来たぞ!」
「……あれは、一体」
「ドラゴン、いや、龍の方が正しいか?あれは」
「確かに、その方が、いいかも」
「ですが、あんな個体のデータは何処にも」
上空に居るドラゴンのデータは、誰のデータにも含まれていなかった。
だが、ドラゴンと言うより龍、その表現に異論はなかった。
ヘビのように長い身体に、巨大な複数の腕。
正に龍と呼べる出で立ちだ。
「やれやれ、厄介な奴に絡まれたな」
誰もが首を傾げるなかで、ルシーラだけはその正体に気付いた。
「知っているのですか?」
「ああ……地上最強の魔物の称号を持つアースドラゴン、その対となる存在」
元魔王である彼女の頭には、ルドベキアから与えられた魔物の知識が存在する。
その中に、空の魔物の記憶がある。
「……プラネットドラゴン、天上最強の魔物だ」
顔を真っ青に染めながら、ルシーラは答えた。




