魔物の宴 中編
戦闘開始から一時間。
揚陸艇内で、少佐は戦場を見渡していた。
一見安全に見えるが、何時撃墜されてもおかしくない状態だ。
「クラーケン、ベヒーモス、ドラゴノイド、ブラッド・サーペントは撃破か……やはり、アースドラゴンが一番の脅威か」
見た限りでは、予想以上にエーテル兵器の減衰が痛い。
レッドクラウンの口内ビーム砲でも、そんなに距離が出ない事を考えると、ダンジョンへの突入は厳しい。
ヴァーベナの主砲、レッドクラウンのビーム砲、色々と算段は有った。
しかし、そのどれもが怪しい所だ。
「……マリー、聞こえるか?」
『ん?何?』
「縦穴を確保できるような魔法は使えるか?」
できるだけ彼女達の消耗は避けたい所だが、悠長な事は言っていられない。
マリー辺りに頼るしか、今の所思い浮かばなかった。
少佐の問いかけに答えるべく、マリーはルシーラと入れ替わる。
『待って、ッ……そうだな、やれなくもないが、体力を温存して奥に行くのならば、司令官殿の部隊の協力が居る』
「そうか……念のため積んでおいた武装が有る、アースドラゴン撃破後、君達はすぐに出撃、揚陸艇を援護しつつ、縦穴に攻撃を集中する、準備を進めてくれ」
『承知した、リリィ達にも通達しておこう』
「頼む」
――――――
少佐達の話がまとまった頃。
デュラウスは単身でアースドラゴンを圧倒していた。
彼女もダンジョンに突入するつもりでいる為、オーバー・ドライヴは利用していない。
消耗を抑えながらも、デュラウスは大剣を繰りだす。
「ヌルアァァ!!」
赤い電流をまとわせた一撃は、アースドラゴンの胴体を斬り裂いた。
その衝撃で大きく後退したドラゴンだったが、傷はすぐに癒えていく。
「チ、やっぱ頑丈な奴だな」
周囲を見渡すと、アースドラゴン以外の目ぼしい魔物は撃破済みである事は確認できる。
これ以上時間はかけられないと、デュラウスは判断。
傷が完全に塞がりきる前に、デュラウスはオーバー・ドライヴを使用する。
「加減してる場合じゃ、ねぇからな!!」
大剣を展開させ、赤い電撃を発生。
デュラウスは、アーマーのブースターを全開にする。
一気に最大速度まで加速し、距離を詰め、大剣を突き立てる。
「コイツで終わりだ、俺達の町を破壊したツケ、十割増しで払ってもらうぞ!!」
可能な限りのエーテルを大剣へ注ぎ込み、大出力の電撃を発生。
アースドラゴンを体内から爆破した。
「グ!」
発生した衝撃波でデュラウスは吹き飛び、辺り一面にアースドラゴンの身体が飛び散る。
破片手りゅう弾のように、爆風で破片が吹き飛んでいく。
唐突な事だったので、味方にも被害は出たが、周辺の魔物は数多く撃破できた。
この結果を受けて、全体に無線が繋げられる。
『よし!これだけ撃破すれば十分だ!!突入部隊出撃!揚陸艇全機!地中貫通爆弾、グランドバスターを装填!縦穴を目指せ!』
「……ケ、物騒な物持って来やがって、まぁいい、さっさと、逃げるか」
無線を聞いたデュラウスは、急いで縦穴の近くから退避した。
同時に、揚陸艇からリリィ達突入部隊が出撃。
出撃したリリィとキレン、そして七美達は、進路上の魔物を一気に排除。
空中部隊の援護を受けつつ、揚陸艇は全て前進する。
『貫通爆弾は予備を含めて全て装填!マニュアル照準でばらまけ!!』
『良いんですか!?一発いくらすると』
『四の五の言っている場合ではない!縦穴を確保しろ!!』
全速力で突き進んだ揚陸艇達は、縦穴付近で減速。
マニュアル操作によって、爆弾の雨を降らせる。
使用した物は、本来なら地中の施設を地表ごと破壊する爆弾。
魔物の肉壁程度では守りきれず、強力な外殻を持つ魔物ごと消し飛ばす。
『やったか!?』
『いえ、ギリギリダンジョンにまで届いていません!』
『クソ!』
良くない報告に、少佐はコンソール付近を殴りつけた。
しかし、第二の攻撃の準備は、既に整っている。
その報告が、少佐達に通達される。
「任せろ、その為に余を頼ったのであろう!?」
『ああ!頼む!』
空中でスタンバイしていたルシーラは、攻撃の準備を進めていた。
赤黒い雷をまとわせた槍を力いっぱい握りしめ、縦穴に向けて投擲する。
「その道、開けさせてもらうぞ!!」
投擲された槍は、落雷のように縦穴へ直撃。
再び上がってこようとする魔物を消滅させながら、奥へと進んでいく。
上手くいった事に笑みを浮かべながら、ルシーラは次元収納から炎の剣を取りだす。
「よし!皆の衆!突入するぞ!!」
「それができるなら、爆弾投下する意味無かったのでは?」
「……」
剣を振りかざしながら指示を下したルシーラに、リリィの言葉が刺さった。
確かにマリー達の力さえあれば、縦穴の奥まで槍を投げる事位は容易。
変な誤解を持たれた事に頭に気ながら、この事をさせた理由を話す。
「消耗を抑える為だ!これ結構疲れるのだよ!」
「はいはい、じゃ、お先」
「あ!待ってよ!」
感心無さそうに、リリィは先んじて縦穴へ突入。
彼女に続いて、シルフィも落ちて行った。
「おい!勝手に振っておいて、余の話は無視か!?」
「良いから行こう」
「置いて行くぞ」
「ワン!」
ツッコミを無視したリリィ達に続き、七美達も降下していく。
しかも、優雅にマルコに搭乗しながら穴へと落ちて行った。
彼女達の自由度に呆れながら、ルシーラ達も突入。
他の志願者たちも、縦穴へと入って行った。
『……よし、リリィ達は突入したか、各隊!これより撤退するぞ!』
それを確認した少佐は、地上からの撤退を開始する。
『頼んだぞ』
――――――
縦穴の奥にて。
先ほどルシーラの投げた槍は、地面に突き刺さり、余った魔力で放電を続けていた。
そのおかげで、ダンジョンからの増援に栓がされている。
これを見たリリィは、ルシーラの考えを理解した。
「……成程、これは確かに疲れますね」
「であろう、実現にはお主らの世界の兵器が必要だった」
魔物の肉壁は、マリー達の攻撃を防ぎきることはできないが、物理的な抵抗はある。
その分、槍に送る魔力の量は多くなる。
肉壁を破りつつ、放電によって魔物を足止め。
消耗を抑えるのなら、少しでも壁が薄い方がいいと察したリリィは、マリーに頭を下げた。
「なら、先ほどはすみませんでした、結構痺れましたよ」
「……そうか」
急に何を言い出したのかと思えば、リリィの髪の毛は少しチリチリになっていた事で、少し察した。
恐らく、進みすぎて放電に巻き込まれたのだろう。
シルフィは無傷な所を見ると、リリィの独断専行だったようだ。
そう予測したルシーラは、魔法を解除し、槍を回収した。
「さて、ここからが本番、だな!」
「ええ、そうですね!」
槍を回収するなり、ルシーラは炎の剣で斬撃を繰りだし、溢れかけていた魔物を焼却。
彼女に続いて、リリィも改良型のショットガンでエーテル弾を撃ち込む。
マリーの制作した炎の壁で道を塞ぎつつ、リリィが抜けてきた魔物を排除する。
足止めをした後で、リリィ達以外の志願者たちも到着する。
「よっと、薔薇騎士団、参戦する」
「バルチャー隊現着、我々も、全員参加させてもらう」
「アタシらも居るぞ」
薔薇騎士団とバルチャー隊が到着し、遅れてカルミア達とも合流した。
デュラウスとヘリアン、そしてイビアの三名が降り立つが、レッドクラウンの巨体で縦穴が随分と圧迫されてしまう。
というか、下手に降りたら誰か踏んでしまいそうだ。
「ちょ、下気を付けてよ!」
「分かっている、これから激戦だってのに、仲間踏みつけるバカはいない」
「マルコ、もうちょっと壁際寄ろうか」
「ワン!」
「収縮する能力位無いのかよ」
「無い」
シルフィからの注意を聞き入れながら、カルミアは慎重に着地を開始。
レッドクラウンの巨体がすっぽり入る程広いとは言え、実際に入られると狭い。
キレンと同行するマルコも、この数年で大分大きく成ったので、早い所ダンジョン内部に入った方が良さそうだ。
でなければ、上のイベリスが何時まで経っても降下しきれない。
「あのぉ、できれば早く進んでいただけます?わたくしが下りられませんので」
「何でそのままで来た!?」
「いえ、何かお役に立てるかと」
カルミアのツッコミの通り、イベリスはわざわざ大型のバックパックと共に降下してきた。
室内では死角も多くなり、無用の長物でしかない代物だが、火力は段違いだ。
一先ず先へ進む為に、ルシーラは形成した炎の鎮火を始める。
「仕方あるまい、炎の門を開く、イベリスはその後で付いてくると良い」
「という訳です!全員戦闘態勢!」
炎でできた壁を消せば、その奥に居る魔物達は一斉に放出される。
全員リリィからの指示で、なだれ込む魔物に備えるが、彼らの前に七美が立つ。
「任せろ」
「ウム、では、行くぞ!」
帯電しながら槍を構えた七美に合わせ、ルシーラは炎の壁を解除。
予想通り魔物達が一斉に襲い掛かって来た所に、七美は電撃を繰りだす。
「来させるか!!」
収束した雷は、まるでビームのように撃ちだされた。
狭い場所に集中していたおかげで、電撃は魔物達を一気に焼き払っていく。
「よし、我々と薔薇騎士団で先陣を切る!他も後続として突入しろ!」
「了解!」
一瞬出来上がった通路に、バルチャー隊と薔薇騎士団が突入。
彼らの手によって、残りの魔物が排除されていき、次々とダンジョン内へと入り込んでいく。
主要な戦力であるリリィとマリーの二名を囲い、残りのメンバーで魔物を消す。
そんな陣形を取りながら、魔物を蹴散らしていくと、カルミア達は周りの変化に気付く。
「クソが、以前の神殿みたいな雰囲気が見る影も無ぇ!」
「この分だと、残してきた僕のキャンプもズタズタだね」
辺り一面、溢れて潰れた魔物の血で汚れ、恐らくリリィが殺した魔物の死骸が踏み荒らされている。
長年この階層で暮らしてきたキレンも、家の中を荒らされ放題にされた気分だった。
その憂さ晴らしも兼ねて、今度はキレンとマルコが前へ出る。
「とりあえず、一気に蹴散らすよ!マルコ!」
「ワン!」
二人は一度別れ、互いの方向に狙いを定める。
キレンは自らの剣に水をまとわせ、マルコは風魔法の準備を行う。
そして、キレンは剣を介して、巨大な水の塊を大量に形成。
次々と押し寄せて来る魔物に向けて、全て射出する。
「ウォーター・ブラスト!!」
放たれた複数の水の塊は、向かってきた魔物達に命中。
高所から水に落下した際の衝撃は、コンクリートにぶつかった時と同じ。
魔法で形成され、制御される水はそれ以上の効果を発揮。
魔物達はどんどん潰れ、流されていく。
その後ろでも、魔法の用意ができたマルコの攻撃が始まる。
「ワヲオオオン!!」
遠吠えと共に、大量の竜巻が雷を伴って出現。
移動と共に魔物達を巻き込み、風で引き裂き、雷で焼いていく。
両者ともダンジョンごと破壊しかねない攻撃を行い、出現していた魔物を撃破。
彼女達の戦いぶりに、シルフィとリリィは唖然としていた。
「マルコって、本当にフェンリルだったんですね」
「うん、大きい犬型の魔物だと思ってた」
「随分失礼な事言ってくれるね」
二人の言葉に、キレンは青筋を浮かべた。
実際、二人がマルコの戦いを見たのは、これが初めて。
宇宙でマルコは戦えないうえに、王都では、お城を壊す訳にもいかなかったので、目立った活躍はしていない。
「すみません、その子が戦ったの、初めてマトモに見たので」
「……まぁいいや、君達の事を無駄に消耗させる訳には、いかないし(それにしても、勇者の末裔の僕が、魔王たちをエスコートするなんて)」
勇者として生まれた、その事は自覚していたキレンだが、こんな事をする羽目になるとは考えていなかった。
とは言え、国にこき使われるより、こうして仲間と戦っていた方が気分はいい。
感慨にふけるキレンの近くで、イベリスはマリーに頼みごとをしていた。
「もうしわけございません、装備を収納していただく事に成るとは」
「良いよ、こんな大きいので暴れられても、私達が苦労するだけだし」
イベリスは必要な装備だけを持って、バックパックをマリーの次元収納に格納していた。
センペルビレンスの全長は、レッドクラウンよりも大きい。
人型であるレッドクラウンと比べたら、死角も多く、装備も大振りすぎる。
なので、肩のシールドキャノンと、二門のランチャー、メイスを携行した。
「さて、準備は完了でしてよ」
「やれやれ、ところでシルフィ、最奥へのルートは?」
「え?あ……そうだったね、えっと先ずは……」
イベリスの準備が完了したところで、リリィはシルフィにルートを訊ねた。
シルフィはストレリチアを使い、エーラから貰ったデータを選択。
リリィ達にルートを送り、判明している限りの情報を通達する。
「この奥に、ボスの部屋みたいなのが有るから、そこを攻略する」
ボスを攻略する、という説明で終わった。
意気揚々と説明するシルフィだが、リリィは何処か違和感を覚えた。
「……で、次は?」
「え?」
「次」
「……その奥にクラブが居るよ」
リリィに言い寄られたシルフィは、さりげなく視線を逸らし、簡潔に説明した。
彼女の反応を見て、リリィは色々と察し、シルフィの胸倉を掴んだ。
「シルフィ!貴女参戦する為に最短ルートとか大ウソ言いましたね!?」
「良いでしょ!それ位言わないとどうせ居残りさせられたんだから!!」
「もしかして、今通って来た道がその最短ルートですか!?」
「そうだよ!ていうか、穴落ちるだけで最下層来れる何て、これ以上の最短ルート何て無いでしょ!」
シルフィの言う最短ルート、それは縦穴をくぐり、更に奥に居るボスを倒すという物。
今リリィ達の居る場所は、殺風景な広間が広がるだけで、迷路のように道が入り組んでいる訳ではない。
この場所を知り尽くしているキレンもいるので、迷う事は無いだろう。
てっきりこの奥に広大な迷宮が広がっていると思っていたリリィは、騙されたような物だ。
喧嘩が更に白熱しそうなところで、カルミアは二人に警告する。
「喧嘩はそれまでだ、お客さんが次々出てきてるぞ」
辺りを見渡せば、追加の魔物がどんどん出現していた。
体長五メートルのレッドクラウンが入っても、十分余裕のあるこの空間。
外程ではないが、大きな魔物も散見される。
これらを見て、リリィはため息をつく。
「……仕方ありません、ここまで来て帰れとは、言えませんもの」
「足手まといにはならないから、安心して」
「分かっていますよ、貴女の実力は、誰よりも」
「仲直りは済んだようだな……よし、全員聞け!」
武器を構えた二人を見て、ドレイクは指揮を執る為に、全員に話しかけた。
「キレン、シルフィの言っていた、ボスの部屋は解るか?」
「まぁね、ここからだとちょっと遠いけど、確かにあるよ、入った事無いけど」
「よし、お前は我々を先導しろ、曹長は彼女を援護、薔薇騎士団は我々と共に遊撃を行いながら進む」
「了解、英雄の矛となろう」
「アリサシリーズ各員とシルフィ、お前達は強敵を見たら、出し惜しみせずに全員ぶちのめせ、できるだけリリィとマリーの消耗を抑えるんだ」
ドレイクからの指示に、全員が頷いた。
既に魔物は大渋滞を引き起こしているが、キレンが突破口を切り開く。
彼女に続いて、全員行動を開始する。
ここから先、補給は無く、ただ魔物が押し寄せるのみ。
人類の命運のかかったこの戦いに、リリィ達は身を投じる。




