ラストミッション 後編
志願兵の招集と、自由時間の終了後。
格納庫にて、志願兵やリリィ達を招集し、最後のブリーフィングが行われる。
出撃するメンバーは列を作り、先頭に立つ少佐とモニターを視界に収める。
彼らの視線を集める少佐は、彼らの事を見渡す。
「(……こんなに集まるとはな)」
集まったのは、歩兵換算で中隊規模のメンバー。
中には航空機や、エーテル・アームズを駆る者もいる。
その多くは、ストレンジャーズや元ヴァルキリー隊の面々。
彼らの中に紛れて、シルフィの世界の住民からの志願兵もいる。
「今回集まってくれた事、感謝する、では先ず、降下してすぐの事を伝える」
少佐の言動に合わせ、チハルはタブレットを操作。
作戦地点となる場所を映し出すが、リアルタイムの映像は出せない。
どんな魔物が居るのか、どんな状態に成っているのか、それは実際に行かなければ、今は何も解らない。
なので、地上部隊から最後に送られてきた映像を元にした図が映された。
「我々の向かう場所は、事の発端となった地、旧ハイエルフの森だ、戦況の悪化に伴い、ここに展開していた部隊は撤収させたため、魔物は今も増え続けている、これを止めるには、縦穴を確保し、その最奥のダンジョンコアを奪取しなければならない」
大まかな作戦概要を説明すると、映像に情報が付け加えられる。
その情報は、推定されるエーテルの濃度だ。
今回ばかりは、何時も以上に注意する必要がある。
「なお、注意しなければならないのは、この戦場のエーテル濃度、可能な限りのドローンを展開するので、通信は問題無いが、エーテル兵器の性能は、かなり制限される」
この情報に、兵士達はどよめく。
推定されるエーテル量を形成しているのは、クラブの天。
撃ちだされたエーテルは、大気中のエーテルと干渉し、霧散してしまう危険が有る。
そうなれば、使える武器は実弾か近接武器。
誘導兵器は使えない事は無いが、有線式以外意味は無い。
「加えて、これは既に伝えてあるが、深刻な大気汚染が予想される、ヘルメットの損傷には注意してくれ……以上の事を注意しつつ、作戦を進めて欲しい」
注意事項を述べた後、少佐はチハルの方を向き、アイコンタクトを取った
その目に反応したチハルは、モニターの映像を切り替える。
モニターには、作戦の概要を伝えるために、必要な情報が表示される。
「降下してすぐ、リリィを除いた、アリサシリーズ各員の先制攻撃により、敵に損害を出す、後続の部隊は彼女達を援護し、進路を切り開く、最後に突入部隊を前線に出し、縦穴を確保、ダンジョンへ突入する……彼女達をダンジョン内部へ届け終えた後、彼女達以外は撤収する」
少佐の口から伝えられた内容に、隊員達はざわついた。
折角志願したというのに、ダンジョンへの突入は一部の者。
とは言え、それは仕方がない。
航空機で入る事はできないうえに、内部は更に地獄。
よほど腕に自信が無ければ、生きて帰ることは不可能だ。
そして、突入部隊となるメンバーの名が、少佐の口より伝えられる
「ではこれより、突入部隊を通達する……ミアナ、キレン、マリー、シルフィ、そして、リリィ、君達に頼みたい……なお、勇気の有る者は、突入部隊と共にダンジョンへ入る事を許可する」
そう言い、少佐はモニターの映像を切ると、スーツを直す。
ピッシリとした着こなしと姿勢を維持し、少佐は全員に向かって敬礼する。
「君達に世界の命運を託す、以上、解散!装備の最終チェックを済ませろ!」
鶴の一声で、各隊員は装備のチェック作業に入る。
突入部隊の援護が終了すれば、即時撤退する。
この内容に不満を垂れる者もいるが、これも仕方がないのだ。
今は後が無い状態、突入後の撤退は許可できない。
つまり、縦穴から先は一方通行。
ダンジョンの中で死ぬか、作戦を成功させるかの二択だ。
「(こんな状況だ、彼女達には悪いが、突入後の撤退は容認できない)」
拳を握りしめた少佐は、こんな作戦を提案した事を悔いる。
相手は、刻一刻と勢力圏を伸ばしている。
下手をすれば、銀河全体を呑み込む恐れがあるというのなら、何としてでも今すぐ終わらせなければならない。
焦りすぎる気持ちを感じていると、格納庫にラベルクを筆頭としたメンバーが、大荷物を持って数名訪れる。
「あら?ラベルクさん?」
「どうも、皆さんのお食事をお持ちいたしました」
「あ、そうか、すまない、早速配ってくれ」
「はい」
少佐に頭を下げ、彼の分の食事を渡したラベルクは、早速食事の配給を開始する。
簡単なランチボックスを受け取った少佐は、少し笑みを取り戻す。
「(確かに、腹が減っては何とやら、か)」
腹の虫を鳴らしながら、少佐はフタを取る。
勢いよく上がった湯気と、その中身に、少佐は思わず笑ってしまう。
「(ふ、随分とベタなメニューだ)」
ラベルクが作って来たのは、縁起を担いでか、カツ丼だった。
しかも全員分手作りしたらしく、まだ湯気が上がっている。
せめて美味しい物をという、彼女なりの配慮だろう。
色々な事に感謝しながら、少佐は食事を始める。
「(これが、我々のラストミッションになるかもしれないな)」
――――――
その頃。
ドレイクもラベルク達から食事を受け取り、ひと時の休息を楽しんでいた。
その隣で、プラムは不思議そうに手を進めていた。
「……」
「どうした?」
「いえ、こういう、ゲン担ぎ?が有るのは知っていましたが、本当にやるとは思わなくて」
「ほとんど気休めみたいな物だ、それに、強化人間にも食事は必要だ、食べておいて損はない」
「それもそうですね」
ドレイクに諭されたプラムは、大人しくかつ丼をかきこむ。
ヴァルキリー隊に入っていた頃の食事と言えば、SF映画に出て来るような味気ない物。
こうして真心のこもった料理は、滅多に出なかった。
しかし、このような食事がとれるのは、今や兵隊特権のような物だ。
「……しかし、我々だけこのような食事を摂って、よろしいのでしょうか?避難民は、今も貧しい食事を」
数が多いだけに、避難民の食事はかなり貧しい。
艦内の備蓄、本星や現地住民の持ってきてくれた食材。
これらを用いても、すぐに無くなってしまう。
全ての人間の口の量を作らなければならないので、糧食班は毎日大忙しだ。
そんな中で作ってくれたのだから、ラベルク達はかなり奮発してくれたらしい。
「言うな、みんな気にしている……それに、そう思うのなら、我々が勝利すれば、この程度いくらでも振舞える」
「確かに……あの子達にも、早く美味しい物を食べさせなければ」
「……」
プラムの呟いた言葉に笑みを浮かべたドレイクは、再度食事を再開。
以前の彼女は、国の為だ、という物にばかりこだわっていた。
しかし、何時ぞやの散歩が功を奏したのか、ドレイク達に寄った思考になっている。
そんな彼の笑みに、プラムは目を細める。
「何か?」
「いやなに、そろそろ、我々の戦う理由が解って来たと思ってな」
「……はい」
器で赤く染まった顔を隠しながら、プラムは肯定した。
――――――
ドレイク達のすぐ近く。
ウィルソンは図らずも、ロゼ達の方に移動していた。
折角なので同僚と食べたかったが、とてもそんな雰囲気ではなかった。
「どうした?」
「アカン、ええ空気すぎて、近寄れん」
「そうか、確かに、あのハーフエルフ共、仲がいいな」
レリアに恋い焦がれているだけに、ロゼにもその手の感情は有る。
そのせいか、恋愛面の乙女の勘が地味に働き、ドレイク達を前に口元を緩めてしまう。
だが、その話を聞いた騎士団の面々。
特にミシェル以外のメンバーは、表情を曇らせた。
「前の戦いで色々功績立てたのに、むしろ高嶺の花のようになって殿方が近づいていないのよね」
「ああ、こっちもさっさと良い人見つけろって、母上がうるさくてな」
「もういっそ、同性でもいいので、誰かとお付き合いしなければ」
という愚痴をこぼす三人は、貴族の出身。
家を継がせるために、同じ位の身分の貴族との結婚は重要。
特にウルメールは、先の大戦の功績で再興したとはいえ、没落していた家。
折角立て直せたのに、むしろ上に見られすぎて、男性が寄り付いていないのだ。
他の二人も、早く良い人を見つけろと、両親や使用人辺りからネチネチ言われている。
「ねぇ、ミシェル、貴族で誰か良い人知らない?」
「ヒヒ、私、そう言うの興味ない」
「冒険者はそう言うの気楽でいいな」
明らかに検討違いの助け舟だった事に、三人は大きなため息をついた。
そんな暗い話をする彼女達を横目に、ウィルソンは少し自重していた。
貴族の方々の前で、恋愛の話はあまりよくなかったと。
「……地雷踏んでもうたわ」
「貴族も大変だな」
「そう言うたら、アンタ貴族や無かったな」
忘れているかもしれないが、ロゼは元平民で、レリアのスカウトがきっかけで今の地位に居る。
その事を思い出したウィルソンを横目に、ロゼは彼女達の方を向く。
「……」
彼女達のように、騎士として戦う貴族にとって、名誉や面子は大事だ。
ならば今回の戦いに参加し、勝っても負けても、彼女達の家は英雄視される。
それでも、彼女達にも家族は居る。
「お前ら」
「はい?」
「これが最後通告だ、もう後戻りはできない、それでも、参加するか?」
ロゼの言葉を前にして、四人は互いに顔を合わせ合った。
しかし、全員そろいもそろって、覚悟を決めているかのように目を鋭くする。
「愚問ですよ、世界の危機なのですから」
「ま、今回も生き残ってやるよ」
「ええ、ここは我々の世界でも有りますから」
「ヒヒヒ、魔物退治は、そもそも私の専門、全員捻り潰す」
「……そうか」
ちゅうちょを微塵も感じない返答に、ロゼはほほ笑んだ。
彼女達の反応に、ウィルソンも親近感を抱いた。
「(どこの世界も、戦士の持つ志は、同じっちゅうことか)」
――――――
その頃。
ヘリアンに薬を注射されたイビアは、目を覚ました。
熱はすっかり下がり、視界も開けている。
身体にミミズが這いずっているような感覚が有ったが、それも収まっている。
「……そう、やっぱり、私は居残りね」
気を失う前の最後の記憶は、ヘリアンに注射をうたれる所。
その記憶のせいで、今回は居残りであると確信してしまう。
しかし、その言葉は、すぐに否定される。
「別に、置いて行く気は、無い、今は、一人でも仲間が、欲しい」
「へ、ヘリアン!?」
ヘリアンはイビアのすぐ横で、ラベルクから貰ったカツ丼を口にしていた。
だが、その言葉に、イビアは目に影を落とした。
先ほど気絶させておいて、そんな事を言われても説得力がない。
「……でも、私はお払い箱、でしょ?」
「いや、さっきの貴女は、平静を欠いていた、だから、連れて、行けなかった、でも、今は、大丈夫」
「何を言って……」
落ち込みながら上体を起こしたイビアは、頭に敷かれていた物に気付く。
それが何時も使用しているスーツである事に気付いたイビアは、スーツを広げる。
「これ」
遠まわしに来てくれと言っている事に気付き、イビアはヘリアンの方に顔を向けた。
顔を向けられたヘリアンは、すぐ傍に置いておいた弁当を差し出す。
しばらく栄養剤しか摂れていなかったので、ガッツリしすぎかもしれないが、食べた方がいいだろう。
「ちゃんと食べて、空腹で、倒れられたら、困る」
弁当を笑顔で受け取ったプラムは、早速胃袋に詰め込み始める。
そのついでに、ヘリアンは先ほどの少佐の説明をもう一度話した。
――――――
ラベルクが食事を持って来た一時間後。
多くの者が食事を終え、最後の調整に勤しむ。
リリィとシルフィは、装備の整備を完了し、後は他の隊員の完了を待つだけだった。
つかの間の休息の中で、リリィの隣に立つシルフィは矢をいじりだす。
「こういう時の空気、どうも慣れないよ」
「でしょうね、皆さんピり付いてますから」
大きな戦いが始まる前の空気。
これまで何度も味わってきたシルフィだが、とても慣れた物ではない。
本来なら慣れない事が一番良いが、緊張で心臓が強く鼓動している。
そんなシルフィの背をリリィがさすっていると、マリーが二人の元へやって来る。
「お姉ちゃん?大丈夫?」
「あ、マリーちゃん、大丈夫、それより、用事はもう大丈夫なの?」
「うん、ヘリアン辺りに、武器とか渡して来ただけだから」
用事を終え、戻って来たマリーは、シルフィの隣に立つ。
久しぶりに家族がそろい、喜ばしい筈なのだが、どうにも素直に喜べなかった。
これからこの三人と、七美とキレン達で、死地へ行かなければならないのだ。
円満に話そうとも思えないが、マリーはこの空気に耐え切れずに、話を切り出す。
「二人共、ちゃんとこの腕輪着けてる?」
「え、うん、ちゃんと大事にしてるよ」
「この腕輪なら、現在の地上でも、マトモな通信ができますから、ダンジョン内部でも重宝すると思いますので」
そう言いながら、三人は身に着けている腕輪を、互いに見せ合う。
三か月前にマリーがルシーラと共に制作した物で、戦いが始まってからかなり愛用している。
通信機も兼ねており、リリィとマリーの居る区画では、やり取りが容易だった。
笑みを浮かべたマリーは、二人に聞こえないような声で、ボソリと呟く。
「やっぱり私、貴女達と家族になれて良かった」
「ん?何か言いました?」
「いや、ただの指輪しか渡さなかったリリィより、いい仕事したなって」
「チ」
誤魔化すためだったとは言え、失言が過ぎたマリーに、リリィは襲い掛かる。
向かってきたリリィを前に、マリーは応戦。
軽く取っ組み合いが始まってしまい、シルフィは仲裁に入る。
「何か言ったか!?この駄肉エルフが!」
「襲い掛かって来る位ならアンタもマシな物作れば良かったでしょ!」
「コラ!重要なのはこれからなんだから!喧嘩はやめなさい!!」
というシルフィの言葉も耳に入らないのか、二人は離れなかった。
しかし、シルフィは見ていて微笑ましさを覚えた。
二人共殺し合うでもなく、ただ仲の良い喧嘩をしているように見える。
リリィもマリーも、元々人付き合いが上手い訳でもなかったので、こうして喧嘩する相手も居なかった。
それだけに、二人に友情じみた物を感じると、笑みが浮かんでくる。
とは言うものの、そろそろ止めなければ、いい加減少佐の逆鱗に触れてしまう。
「貴様ら!!今がどういう状況か解っているのか!!?」
「あ」
だが、既に遅く、少佐の雷が三人を直撃。
三人の頭に拳骨が降り注ぎ、出撃準備が終わるまで正座する羽目になった。




