ラストミッション 中編
ヴァーベナの格納庫にて。
シルフィより先に起きていたエーラ主導の元、整備が進められていた。
とはいう物の、当のエーラは作業にのめり込み、真面に指示を下していない。
なので、代わりに七美が取り仕切っている。
「動作不良になりそうな物は、構わず交換しろ!」
「……」
エーラは七美の装備だけでなく、アリサシリーズ全般の装備を調整している。
おかげで、完全に黙ってしまっていた。
少しでも隊員の生還率を上げる為に、何時も以上の品質するよう動いているのだ。
「システムのチェックも怠るな!ミサイル発射できなかったから、自爆特攻何てバカなマネする奴が出てこないようにな!」」
「……」
「(完全に集中しきってるな)」
もちろん、気を使っているのはリリィ達の装備だけではない。
一般的な装備にも、しっかり気をまわしている。
優秀な整備士を数多く集め、現存する装備で一番いい品質の物を吟味して用意してある。
万が一にも、不発や動作不良何て起きないだろうが、注意だけでもしておいた。
しかし、エーラの作業効率やプログラムの質は、それ以上だ。
「たく、三時間しか寝てないクセに、どんな集中力してるんだか」
エーラの作業内容をチラリと見た七美は、そんな事をぼやいた。
リリィ達が来るまでの繋ぎ、という事なのだが、その範ちゅうを超えている。
もう彼女一人で、全ての工程が終了しそうだ。
エーラのバカみたいな仕事ぶりを横目に、指示を行うとすると、リリィ達も到着する。
「あ、七美さん!」
「お、お前らか」
「随分忙しそうですね」
「他人事みたいに言うな、リリィ、お前もエーラを手伝ってやれ」
七美の親指の先を見たリリィは、すぐに手伝う事を決めた。
何しろ、リリィの目にもマズイレベルで、エーラは多くの作業をこなしている。
一部は他の人間に任せているようだが、せめてスターゲイザーとストレリアだけは変わっておきたい。
その為に、エーラの元へ向かい、仕事を引き受けた。
「さて、アイツらはアイツらで、何とかするか」
リリィ達の心配は無用だろうと、七美は辺りを見渡す。
「後は……」
七美の視界に入ったのは、格納庫のすみで剣の手入れをするキレン。
そばに居るマルコと時々戯れながら、装備を念入りにチェックしている。
そんな彼女の元へ、七美は歩を進める。
「あ、ミアナ」
「おう、そっちの準備はどうだ?」
「ばっちり、マルコも、スーツの着心地に文句はないみたい」
「くぅ~ん」
手入れを終えた剣を片手に、キレンはマルコの事をなでた。
今回の作戦には、フェンリルであるマルコも参加する。
いくら魔物とは言っても、何が起きるか解らないので、特別に調整されたスーツが支給された。
「今の地上は、息するだけでヤバいみたいだから、メットもしないといけないからな、ちょっと息苦しいかもしれないが、我慢してくれよ」
「ワン!」
七美に撫でられ、マルコはキレンと同じくらい表情を緩めた。
大人のフェンリルは見た事無いが、こうして見れば犬のように人懐っこい。
町でも、特に問題を起こす訳でもなく、結構大人しかった。
マルコの事を撫でる七美を見ながら、キレンは少し微笑む。
「ミアナ」
「何だ?」
「……アンタ等と関わって、僕の人生、随分変わったよ」
「急にどうした?」
かつてキレンは、生まれ持った特異な素質のせいで、故郷の世界で散々利用されてきた。
勇者の末裔としてもてはやされ、その力は酷使された。
そんな人生を嫌い、キレンはダンジョンの深層へと潜り、一人で生きていた。
だが、七美達と関わる様になって、そんな生活と縁を切り、普通の人生を送っていた。
その事を思い出しつつ、キレンは立ち上がる。
「ちょっとね、感慨が有った」
「……ま、お前の過去を考えたら、そうかもな」
「でも、一番良かったのは、ミアナと会えた事」
「そうか……は?」
一番良かった事を聞かされた七美は、思わず情けない声を出してしまった。
何しろ、妙に色っぽい声で言ってきたのだ。
それなりの時間、苦楽を共にしたが、キレンの少女らしい仕草や声何て記憶にない。
おかげで余計に驚いた。
「ちょ、キレン?それって、どういう」
「何だかんだ、ミアナが初めてだったんだ、僕が勇者の末裔って知っても、普通に接してくれたの」
ホホを染めるキレンは、徐々に七美との距離を詰める。
何か嫌な予感がした七美は、同じ速度で下がりだす。
しかし、タイミングを見計らっていたかのように、七美の退路はマルコが塞ぐ。
「ちょ!マルコ!?」
「ぐぅぅ~」
「おい!コイツ狸寝入りこいてんぞ!フェンリルなのに!つか、誤魔化せるか!さっきまで普通に起きてただろ!」
寝たふりをするマルコのせいで、逃げ道を無くした七美の顔は、キレンの手でがっしり掴まれる。
身の危険を察知した七美は、顔面を蒼白させた。
明らかに何かしようとしている。
「強引でゴメン、こう言うの経験無いから、でも、好きって気持ちは、伝えたい」
「え、ちょ、マジ?ま、待て!あたしにはエーラが!」
「知ってる」
七美の説得を一蹴したキレンは、七美と唇を重ねた。
「ン」
「ムグ!」
数秒程キスを交わしたキレンは、満足して唇を離す。
ホホをツヤツヤとさせるキレンと対極に、七美は顔を真っ赤にしながら後ろにもたれかかる。
「ふぅ、ありがと、これで気は済んだよ、エーラと仲良くね」
「は!?どういう事だよ!?」
修羅場展開を覚悟した七美だったが、キレンの淡白な反応に、勢いよく立ち上がった。
とはいえ、どちらかを選べ、何て事にならず、少し安心も有る。
七美の問いかけに対し、キレンは吹っ切れた様子で答える。
「いやぁ、この気持ち、墓場まで持っていくつもりだったんだけど、どうせ、後五年くらいしか生きられないし、今回の戦いで死ぬかもだし、心のモヤは、さっさと捨てようと思って」
「……そ、そうなのか」
「うん、ミアナのお姉さんも、辛いんなら、いっそ吐き出せって言ってたし」
「あのクソ姉、余計な事を」
ジャックに少し憤りを覚えた七美だが、感謝もある。
これからが肝心という時に、感情の揺れで劣勢に陥っては話にならない。
なので、吹っ切れてくれる事はありがたい。
とは言え、恋人になれなくても、七美はキレンと友人で居る事を変える気は無い。
「……まぁいい、キレン」
「何?」
「お互い生きて帰れたら、これからもよろしくな」
「……うん」
七美の提案に、キレンは今まで見た事無い笑みを浮かべた。
――――――
その頃。
リリィとシルフィは、自らの装備の整備を進めていた。
すぐ横から漂ってくる、強力な気配を感じながら。
「な、何?この感じ」
「あ、エーラ、さん?」
その気配に気付いたリリィは、エーラの方に視線を移した。
視界に入り込んできたのは、モニターの画面から目を離し、フェンリルのマルコの方を向いている。
しかも、かなり目つきが鋭い。
だというのに、タイピング速度は変わらず、プログラム内容に問題は無い。
「ちょ、あの!エーラさん!」
「その速度でノールック作業は危ないよ!」
というリリィ達のツッコミに耳を貸す事無く、エーラは作業を続行。
これでノーミスなのだから凄い。
感心ついでに止めようとするリリィ達の耳に、悲鳴が入り込む。
「イヤアア!」
「え?何?」
「へ、ヘリアンさん!ブヘ!」
何と、格納庫の天井から、ヘリアンが落ちて来た。
というより、誰かに投げ飛ばされて、リリィとシルフィ、エーラを下敷きにして着陸した。
思いがけない状況に、流石のエーラも我に返る。
「う~ん、は、私は何を」
「あ、エーラさん正気に戻った」
「それは良いとして、何が有ったんですか?この非常時にトランポリンで遊んでたんですか?」
「そんな訳、無い……イビア止めようとしたら、投げられた」
「え?」
三人の上から降りながら、ヘリアンはこうなった理由を話した。
とは言え、あまり信じられない事だ。
イビアは三日前に、心臓を刺されて瀕死の状態だった。
重なる状態を崩しながら、リリィは疑いの目を向ける。
「……そんな目を、向けられても、本当だから、仕方ない」
リリィの疑いを晴らすためにも、ヘリアンは先ほどからちょっと騒がしかった所を指さす。
そこでは、病人服姿のイビアが暴れていた。
どうやらヘリアンの言っていた事は本当らしく、かなり元気がいい。
なので、薔薇騎士団の面々に取り押さえられている。
「はぁ!なぁ!しぃ!なぁさぁぁい!私も志願するって言ってるでしょ!!」
「無茶言うな!そんな熱で何ができる!?」
「……え、マジで?」
「三日であんなに回復する物なの?」
「いえ、普通は動く事も……ん?三日?」
ヘリアンが心臓移植等を行ったとしても、こんなに早く動けるとは考えられない。
しかし、リリィには心当たりが有った。
ちょうど近くに、同じ状態に成った人物がいた。
その人物を見つめながら、リリィはヘリアンに訊ねる。
「……ヘリアン、まさか」
「うん、そのまさか」
「え?リリィ?何?ヘリアンさんまで?」
リリィとヘリアンが見つめるのは、とぼけた様子のシルフィ。
もう随分前の事だが、シルフィも心臓を刺され、三日程度で回復した。
しかし、その時のシルフィより、明らかに回復が早い。
「心臓停止から復活する事で、潜在能力の解放、そう言えばそんな設定有りましたね」
「うん、それと同じ、でも、シルフィの時は、ジャックに滅多裂きに、されたから、回復も遅かった、イビアはただ、心臓を刺されただけ」
「成程、確かにあの時、結構ボロボロでした……しかし、ロゼさん達を苦戦させるとは、随分レベルアップしましたね」
「でも、まだ本調子じゃ無い筈……後、リリィの施術が、少し雑だったのも、有る」
「しれっと喧嘩売りましたね」
「……お母さんに滅多裂き、心臓……あ」
二人の会話を聞いて、シルフィもようやく思い出した。
ジャックと本当に初めて戦い、ボコボコにやられた時。
おかげで、イビアがこんなに早く復活した理由も分かった。
同時に、ロゼ達が五人がかりでようやく抑え込めている理由も、何となく察したシルフィは、何故だか感慨深くなる。
「そっか、あの時の私って、イビアさんより弱かったんだっけ」
「ええ、ホント、強く成りましたよ」
「そこからお母さんと何とか戦える位だったから、今のイビアさん、ロゼさんと同じ位かな?」
「恐らく」
「……そろそろ、止めて来る」
これ以上ロゼ達を疲れさせたくないので、止める為にヘリアンは彼女達の元へと移動。
よく見れば、地味に拘束が解けかけている。
薔薇騎士団の実力は、ヘリアンも承知。
彼女達全員の拘束を破りかけている辺り、随分と強く成っている。
「(まぁ、そうでも無いと、私を投げ飛ばすなんて、できないか)」
「あ!ヘリアン!こいつ等に何とか言って!私なら、もう大丈夫だから!」
「大丈夫な訳有るか!医者は騒げるのが不思議なくらいの高熱だと言っていたぞ!」
そう言いながら、ロゼは暴れるイビアを更に押さえつけた。
旧政府との戦いで、医療班に何度も世話になったロゼは、彼らの診断を無視できなかった。
事実、イビアの顔は、風邪をひいているかのように赤い。
ならば無理はさせられない。
「イビア、その辺にして」
「……言っておくけど、私も行くからね、あの時は不覚を取ったけど、今度こそ!」
熱のせいも有るだろうが、今のイビアは頭に血が上っている。
今の状態のイビアは、とても作戦に参加させられない。
そう判断したヘリアンは、バックパックからこっそり注射器を二本取りだし、イビアに視線を合わせる。
「イビア」
「ッ、ヘリアン」
ヘリアンの優しい笑みを見て、安堵したイビアだったが、その隙に薬を打ち込まれた。
中身は解熱剤と筋弛緩剤、しかも結構高濃度の物。
そんな物を注入されたイビアは、糸の切れた人形のように、意識を手放してしまう。
暴れる元気を無くしたイビアを見て、ロゼ達は離れる。
「……やっぱり、連れて行かないのか?」
「今の彼女は、急激な成長で、平静を欠いてる、この状態はダメ……迷惑をかけた、ゴメン」
「いや、いい」
気絶したイビアを抱き上げたヘリアンは、彼女を格納庫のすみに運ぶ。
こうして抱き上げていると、今もイビアの身体が成長している事がわかる。
筋弛緩剤の力も跳ね除け、細胞の一つ一つが活性化している。
「(この分だと、数時間で、起きるか)」
イビアを運び終えたヘリアンは、黒い布を枕にして寝かせた。
できれば医療班に頼みたいが、今は時間が惜しい。
ここまで回復していれば、下手な事さえしなければ死ぬ事は無いので、このまま寝かせる事にした。
「……」
「そっちも大変そうだな」
「あ、デュラウス」
「オっす」
イビアを寝かせ終えたヘリアンに話しかけたのは、どこか疲れた様子のデュラウス。
彼女の姿に、ヘリアンは何となく何が有ったか察した。
恐らく、スノウ辺りが付いていくと言っていたのだろう。
「……また、スノウ?」
「まぁな、また戦争って聞いたら、自分も行くって」
「やっぱり」
「ま、今回ばかりは絶対連れて行く訳行かねぇから、首締めて落として来た」
「……」
デュラウスの脳筋過ぎる黙らせ方に、若干引いたヘリアンだった。
一応何か言おうとしたが、ツッコミスキルが足りず、言い出せなかった。
とは言え、前の戦いでも後方に徹していた彼女が、前線に出て来ても、足手まといなだけだろう。
「ま、でも、置いて来たのは、正解」
「ああ」
「どっかの、艦長の息子、みたいに、揚陸艇に密航、しないと、良いけど」
「その辺マジで気を付けないとな」
ヘリアンの冗談に、デュラウスはうつむいた。
割とあり得る可能性なので、注意しておきたいところだ。
そんな事を気負いながら、デュラウスはスノウの事を思いながら遠い眼を向ける。
今のスノウの気持ちは、何となくわかるのだ。
「(ウルフスが来てねぇんだ、不安になってんだろ)」
地上の状況を考えると、ウルフスの安否も心配だ。
何しろ、彼はまだどの艦にも載っていないのだ。
彼も凄腕の剣士でるが、片腕を失ってからは引退し、剣もデュラウスが譲り受けている。
魔法が使えても、彼が生き残るのは絶望的だろう。
デュラウスにできるのは、できるだけ早く問題を解決する事位だ。
決意を示すかのように、デュラウスは拳を強く握りしめる。
「せめて、俺が」
「……ん?なんか、向こう騒がしい」
「あ?」
デュラウスの決意を目の当たりにしていたヘリアンは、エーラ達の居た所が騒がしい事に気付いた。
気になったので、二人も彼女達の方へと向かう。
どうやら、薔薇騎士団の面々が関係しているらしく、彼女達が中心に盛り上がっている。
「何が有ったんだ?」
「デュラウス、あれ」
「ん?」
ヘリアンの指さした方を視界に収めると、そこには紫が中心の鎧をまとった人物が居た。
悪魔を模ったように禍々しい造形の鎧を着る者は、物珍しく自らの鎧を観察している。
この鎧に、デュラウスとヘリアンは見覚えが有った。
「あの鎧、まさかロゼか?」
「みたい、以前、カルミアが、撮ったデータとも、九割、一致する」
「だよな、ヤバくないのか?」
カルミアがドローンを使って撮影したロゼのデータと、鎧が一致していた。
所々マイルドな感じがするが、暴走状態に変わりないので、デュラウス達は少し警戒してしまう。
デュラウスの発言は、その場にいた一人に否定される。
「いえ、どうやらエーラさんが、手を加えたようで、暴走の危険はないようでしてよ」
否定したのは、先に来ていたイベリス。
ヘリアン達が来る前から、イベリスはここで自分の装備の整備をしていた。
ついでに、先に野次馬になっていたので、ある程度状況を聞いていた。
「あ、イベリス、居たんだ」
「貴女がご到着する前から、ずっと居ましてよ」
「で?どういう事なんだ?」
「……」
デュラウスの発言に不満を感じながらも、イベリスはエーラの改造内容を話す。
「シルフィとの作業で、古代文字をご理解なされたらしく、そちらを用いて、ある程度のプログラムの改ざんにご成功なされたようですわ」
「成程、確かあの鎧も、ルドベキアの作品だったな」
「具体的に、どんな改造?」
「現在の地上の大気でもご活動できるよう、ヘルメットを改造なされたとか、加えて、暴走せずに鎧の力を一部引き出せるようでしてよ」
イベリスの解説を受けながら、二人は何度か頷いた。
先ほどの短時間でそれをやったのかは知らないが、ルドベキアの作った物に手を加えられる辺り、流石としか言えない。
とは言え、エーラ自身に不満もある。
鎧のデキに感心するロゼに、エーラは注意事項を伝える。
「水を差すようで悪いが、扱う感覚は、何時もと同じで頼むぞ」
「な、何故だ?」
「変形と同時に暴走するギミックは取り外したが、呪いは残ったままだ、手綱を手放せば、またすぐにお前を蝕む、それを忘れるな」
「……わかった、ご忠告感謝する」
エーラの注意に、ロゼは頭を下げた。
呪いがそのままであっても、負担も無く、少しだけ強く成っている事に変わりは無い。
それだけでも、十分ありがたいのだ。
――――――
その頃。
機体の整備を行っていたカルミアは、ロゼの周りの野次馬を眺めていた。
「……やれやれ、アタシは、アイツらみたいに気楽でいられないな」
「でも、これから大変なんだし、少し位はしゃいでも良いでしょ」
「何時の間に来たんだよ、チフユ」
緊張がほぐれないカルミアに茶々を入れたのは、イベリスと整備を行っていたチフユ。
しかし、自分で言っておきながら、チフユも緊張がほぐれていない。
「……今回は、何人生き残れるかな?」
「不謹慎だぞ」
「ゴメン、今回は、何時もと違うし」
「確かにな、整備班と少佐には言ったが、あの環境だと、使える武器も制限される、どれだけやれるか、アタシにもわからん」
「そう……時間とってごめん、私は、せめてイベリスが帰って来れるようにしないと」
「ああ、頑張れよ」
多くの不安を抱えながらも、カルミアとチフユは、整備に戻った。
もうじき、志願兵の選別も終了する。
彼らと少佐の到着を待ちながら、武器の整備は続く。




