抜歯直後は結構痛い 中編
空中での戦闘を繰り広げていたアリサ達は、町の中央にある広場へと、取っ組み合いに成りながら墜落。
瞬時に距離を取ったアレンは、アリサへと魔法による攻撃を行う。
爆炎の発生によって、アリサの姿は隠れるが、その場に居ることは、アーマーの駆動音で認識できている。
アレンの繰り出した魔法の威力は、人間一人簡単に吹き飛ばせる威力、鎧を着ていたところで、無傷では済まない物だ。
だというのに、爆炎から出てきたアリサは、一切のダメージを受けてはいない。
しかも今回はフィールドを発生させていないのだ。
彼の携える杖には、魔法の威力を増加させる効果がある。
だというのに、魔法が一切通じない事に、屈辱を覚える。
「……お前は何なんだ」
「貴方に話す義理は有りません」
アリサはスラスターを用いて、アレンへと接近戦を仕掛ける。
エーテルによる電子妨害で、有視界戦闘が主な戦いとなってからは、機動力と攻撃力の両者を兼ね備えた兵器を求められた。
その理由から、アリサの使用するエーテル・ギアには、地上の高速ホバー移動と、空中での超高G機動を行えるようになる機能がある。
特にアリサの義体とアーマーは、両者とも格闘寄りの万能機として、改修されている。
そんなアリサに対して、接近戦を挑むことは、一般人がライオンに素手で挑むようなもの。
あまりの速さに、接近戦に持ち込まれたアレンは、杖から魔力の刃を生成し、立ち向かう。
「この、人間風情が!!」
「私からすれば、エルフ風情です(本当はこっちのセリフだと言いたいところだが)」
アリサのプライドを逆なでするような発言に、アレンは怒り心頭と成りながら、杖を振り回す。
魔法による戦闘を得意とするアレンであるが、接近戦もお手の物。
だが、アリサの前では、彼の技術なんて、所詮は井の中の蛙程度の物。
徐々に押され出し、やがては、アリサの攻撃を防ぎ止め続けるだけの、防戦一方の状態と成ってしまった。
人間に押されるだけでも屈辱だというのに、防戦一方となるとは、屈辱以上の代物と成ってしまう。
「大見えきった割に、その程度ですか?」
「畜生、畜生!」
冷や汗を流し、歯を食いしばるアレンは、ギリギリの所で踏ん張り続ける。
だが、いい加減にしてほしくなったアリサは、ブレードを力いっぱい振り下ろす。
アレンは、瞬時に魔力の障壁と、杖で防御態勢をとると、重い金属音をなびかせながらぶつかり合う。
バカの一つ覚えの様に、自分へと振るわれるブレードと、アリサの事をアレンはあざ笑う。
「馬鹿め、俺の障壁をそんな安い剣で、破れる訳がないだろう!」
「そんな事、重々承知ですよ、でも、足元をおろそかにする事位であれば、できます(まぁ、本当はこんなの簡単に破れるけど)」
「何!?」
アレンが驚きを上げた瞬間、彼の太ももと、わき腹に矢が深々と突き刺さる。
致命傷になるような攻撃ではないが、それでも活動が困難になる負傷を受けてしまう。
これはシルフィの手によるものだ。
アラクネと一緒に避難誘導を行った後、なるべく遠くから狙撃するように、指示していたのだ。
矢が飛んできただろう方向を向くと、アリサの目でも、ようやく見える場所にある建物の屋根に、シルフィの姿はあった。
「……(いや、可能な限りロングレンジで、とは言ったけど、六百メートル先から狙撃しろとは言ってない)」
弓を構え、アリサの姿に気付いたように、親指を立てるシルフィの姿に、アリサはちょっと引く。
眼が良いのは、割と知ってはいたが、こんなに射撃が上手いとは知らなかった。
ライフルであれば、これだけのロングレンジでも、訓練次第では狙撃ができるように成る。
しかし、シルフィが持っているのは、現代の技術で作られているとはいえ、ただの弓。
魔力を充填すれば、威力と射程距離を上げられるが、照準器も何も無く、裸眼によって狙撃を成功させたのだ。
それはそれとして、アレンは体に突き刺さった矢を、無理矢理引き抜き、アリサの事を睨みつける。
「貴様、俺に一体何をした!?毒でも盛ったか!?」
「ただの弓を撃たせただけですよ」
「嘘をつけ、ならば何故回復魔法が発動しない!?」
アレンの手を見ると、確かに回復魔法をかけているように見えるが、その光は、患部に触れた瞬間に、霧散してしまっている。
見たことも無い現象に、アリサも首をかしげていると、背後から足音が聞こえてくる。
「悪いけど、ここから私にやらせて」
「ラズカさん?」
「お願い」
「ですが」
「待ちなさい」
アリサを後ろに引かせ、前に出たのはラズカだった。
青筋を浮かべ、指もボキボキ鳴らしながら、アレンの前へと歩み寄るラズカを、アリサは止めようとするが、アラクネによって阻止された。
気になるのは、アラクネの顔は、まるで化け物にでも遭遇したような、恐怖に溺れた顔に成っている事だ。
「あの子、ああなったら聞かないから」
「そ、そうですか、まぁ、あの状態の彼であれば、簡単に倒せるでしょうけど、いざというときは……」
「ああ、その辺も大丈夫よ」
「え?」
いざというときは、加勢すると、ブレードを構えるアリサを、アラクネは止め、ラズカを見守る様に促す。
喧嘩上等な感じで接近するラズカを、アレンは完全に見下していた。
今度は本当にただの人間が前に出たのだから、当然の反応だろう。
しかも見るからに丸腰。
負傷しているとはいえ、小娘一人を相手する程度であれば、問題は無い状態だ。
「この町の代表の娘として、たとえ漁夫の利でも、アンタを制裁しないとね」
「ち、人間風情が、貴様如き負傷していても!」
負傷していようが、勝つ自信があるアレンは、素手で魔法を放とうとする。
しかし、放つ直前で、思いとどまってしまった。
何故なら、ラズカがパンチを放とうとしている態勢で硬直してしまっているからだ。
今にもパンチを繰り出そうという、あからさますぎるにも程が有る姿勢に、さすがのアレンも戸惑ってしまっている。
「(まさか、このままパンチを繰り出そうというのか?いや、いくら下等生物でも、こんなにあからさまなのは……)」
茫然となってしまうくらい、下手くそなフォームに、手を痛めてしまいそうな握り方、素人程度の構えだ。
仮に当てる事が出来たとしても、ラズカの殴り方では、殴った本人の方が深手を負いかねない。
アリサも、その姿勢を見た瞬間、ブレードを構え、すぐにでも援護に入ろうとしている位に下手。
これで攻撃を中断しても、油断しているとか、気を抜いているとは思われないだろう。
それ以前に、これを攻撃と認識するような事はできない。
「やれやれ、低能な種族の考えることは、理解できないな」
呆れていると、繰り出されたラズカの拳は、アレンの顔面に直撃。
この一瞬で、信じられないような現象が起こる。
彼女の一撃は、とても少女の腕からではなく、巨大な何かが、通り過ぎるような音と、とても人を殴ったとは思えない、グロテスクな音が周囲に響きわたる。
直撃を受けたアレンが感じたのは、まるで巨大な鉄球が直撃したようなイメージだった。
「!?」
鼻はへし折れ、前歯は砕け散る。
そうして、後方へと吹き飛ばされたアレンは、民家に激突する。
そんな光景を、アリサは信じられない物を見るような目で見ていた。
一般人である筈のラズカの一撃で、まるで突風にでも吹き飛ばされたように、民家へと吹き飛ばされたのだ。
「あ、が、こ、この小娘が!」
怒りの矛先をラズカに向けたアレンは、今度は物理障壁を展開しながら、ラズカへと接近する。
お互い間合いに入った途端、ラズカの第二撃が繰り出される。
「フン!」
「ボフッ!!」
結果、障壁は窓ガラスのように砕け散り、威力が減衰する事無く、拳はアレンの顔面を捉え、地面へと叩きつける。
石畳の地面は割れ、とても人間を殴ったとは思えないような音も、辺りにまき散らされる。
その光景を見ていたアラクネは、口元を引きつらせ、身体をちょっと震わせながら、解説を始める。
「無駄よ、あの子の一撃は受けすら通じないレベル、以前怒ったときに、腕が生木を貫通したわ」
「何ですか、その鍛えないギャングみたいな感じの奴は、それに、あれなら夜盗如きに逃げる必要も無いでしょう」
「いえ、あの子、喧嘩上等な性格じゃないし、何より、タイマンじゃないと、あんな風にはできないから」
アラクネは身震いをしながら、ラズカの解説を行った。
アレンへ攻撃を行い続けるラズカを横目に、アリサはアラクネの言う事に、疑心を生み出していた。
しかし、考えてもみれば、彼女はボーリング玉位の岩を、軽々と投げ飛ばしていた。
相応の怪力が有っても、おかしくはない。
「(まぁ、確かにあの子、バカでかい岩持ち上げてたっけか)」
「そんな事より、あのエルフ、ライフゼロなのに叩かれまくっているから、早く止めに行きましょう!」
「ラズカさん!?それやっていいのは、素手で人殺せるスキンヘッドの死刑囚に対してだけですよ!」
呑気に話していると、いつの間にかラズカは、気を失っているアレンの顔面を、必要以上に殴りまくっていた。
殴る度に、アレンの後頭部は地面に叩きつけられ、とても人間を殴っているような音では無く、石を殴り壊しているような音だった。
完全に殺しにかかっているというのに、まだ生きているアレンの生命力には驚くところであるが、それ以前にラズカの一方的な攻撃の方が驚きだった。
徐々に大きなクレーターが形成しているラズカを、アラクネとアリサは止めに入ったおかげで、アレンは一命をとりとめた。
そして、アリサと、超視力で一部始終を見ていたシルフィはというと。
「(ら、ラズカさんだけは、怒らせない様にしよう)」
と、少し漏らしそうに成りながら、心に誓っていた。
――――――
その頃、アラクネの山にて。
戦いが繰り広げられている中で、一部の蜘蛛達は、山にある封印地点を警護されていた。
けわしい道のりには、罠が多数張り巡らされ、更には蜘蛛達の精鋭が管理している。
彼らの守っている物は、重厚な門が設けられた洞窟。
誰も立ち入ろうとは考えたくはないような環境、一歩でも踏み入ろうものであれば、無傷では済まされない。
その筈が、全ての罠は剥がされ、警護に当たっていた蜘蛛は、全て無力化されてしまっていた。
「これかぁ、噂の魔物が封印されている場所って言うのは」
罠と警備を潜り抜けた犯人は、とても小柄で、少年ともいえるような体格をしたエルフ、ユリアスだった。
ここに来るまでに、今までテイムしていた魔物達は、全て使い果たしてしまったが、問題はない。
何故なら、もっと強力な魔物が手に入るのだから。
不敵な笑みを浮かべるユリアスは、門の奥からにじみ出ている気配を肌で感じ取っていた。
封印されている状態だというのに、気配が漏れ出ている事に驚きながら、門に手を添え封印の解除を試みる。
「成程、なかなか強力な封印だけど、僕の魔法なら……」
自らの抱く目的の達成に、徐々に近寄っている事に喜びを覚えながら、封印の解除を進める。
「ありがとう、僕の野望はこれで果たせる、君には感謝しているよ、マヌケな天才君」




