ラストミッション 前編
ブリーフィング終了後。
リリィ達は休息と作戦の準備のために、しばらくの自由時間が与えられた。
少佐はリリィ達以外の志願兵を招集するべく、他の隊員にも声をかけている。
この自由時間を使い、リリィはシルフィの元に向かっていた。
「えーっと、居住区画、B-37……」
一度ラベルクの元を訪れ、シルフィが使用している部屋の場所を聞いたが、向かうだけで一苦労だった。
町程の大きさを持つおかげで、多くの避難民を収容できるのは良い。
その分、移動がとてつもなく面倒なのがたまに傷だ。
とは言え、この区画は軍の関係者位しか利用しないので、無邪気に騒ぐ子供は居ない。
それが一番の救いかもしれない。
「あ、ここか(ほんと、無駄に広いんだよな、この船)」
渡されたデータを元に、ホテルの通路のように細長い道を歩き、ようやくシルフィの部屋に到着した。
来る前に貰ったキーを使い、ゆっくりと扉を開けて中へと入る。
「お邪魔しまぁす……」
静かに部屋に入ると、死んだように眠るシルフィが真っ先に映り込んだ。
そっと扉を閉めたリリィは、寝込むシルフィの元へと移動。
ベッドの横にすわり、シルフィの寝顔を堪能する。
三日の徹夜と解読作業のせいで、少し肌艶が悪い気がするが、リリィにとっては、彼女の美しさに変わりは無い。
「……ふふ、可愛いなぁ~」
スヤスヤと眠るシルフィを眺めながら、そんな事を呟いた。
ここ暫くは、二人きりになれる時間何て無かったため、久しぶりの感覚だ。
柔らかな笑みを浮かべるリリィだったが、この先の事を思うと、表情に影を落とす。
次の戦いの生存率は、限りなくゼロに近い。
恐らく、シルフィやマリーは、今の魔物の攻撃に対して耐性は有るだろう。
それでも、シルフィにはこのまま眠っていてもらいたい。
悲しそうな表情を浮かべながら、リリィはシルフィの頭をなでる。
「……今回も、私達だけで何とかしないと」
そんな時だった。
リリィの手は、シルフィの手によって掴まれる。
「わ!し、シルフィ?」
「……その私達って、私も入ってるよね?」
「あ、えっと……」
完全に覚醒し、上体を起こしたシルフィは、口元に青筋を浮かべながら問いただした。
その問いかけに対して、リリィは目を逸らしてしまう。
何しろ、今回もシルフィの事を置いて行くつもりだったのだから。
リリィの反応を見て、シルフィはため息をつく。
「……はぁ、今回も除け者にする気だったんだ」
「い、いえ、やはり、最終決戦ぐらいの時は、シルフィは不参加というは、ほとんどお約束というか、何と言うか」
「そんなお約束もうゴメン何だけど」
これまでの事を思い出すと、戦いの最後の方で、シルフィは何時も寝込んでいる。
なので、何時も間接的にしか戦いに参加できていない。
そんな事は、シルフィにとって、もうゴメン被る事である。
「……私も行くよ、何があっても」
「で、ですが」
「……エーラさんが言ってたんだけど、どうせ、ダンジョンの最深部を目指すんでしょ?」
「え、まぁ、はい」
解読を行っていただけに、エーラは立案されそうな作戦内容を予測していた。
ダンジョンコア奪取のために、最奥を目指す。
大雑把ながら、その目的は当たっていた。
それを聞いたシルフィは、少し黒い笑みを浮かべながら、ポケットからUSBを取りだし、これ見よがしに見せつける。
「ふーん……それじゃ、ダンジョンの中に入った時、最短で奥に行けるルート、教えなくて良いんだ」
「え……あ!汚いですよ!」
何でシルフィが最短ルートを知っているのか、一瞬解らなかったが、考えてみれば知っていて当然かもしれない。
ダンジョンの構造等が書かれている本なのだから、地図位乗っていても不思議ではない。
何とか取り上げようとするリリィだったが、シルフィはすぐに回避。
しかし、少し熱の入ったリリィは、シルフィと取っ組み合いになる。
「ちょっと!渡してくださいよ!」
「欲しかったら私も連れて行って!」
「そう言う訳にもいきません!今回は何時もと格が違うんですから!」
「そんな事解ってる!でも、今回は私の責任でも有るんだから!おちおち寝てられないって!」
クラブの暴走もそうだが、事の発端はシルフィ達の引き起こした事と言える。
自分の責任なのに、リリィ達ばかりに背負わせる訳には行かない。
だからこそ、今回の作戦には、絶対志願するつもりでいる。
その事を聞いたリリィは、取っ組み合いの力を弱める。
「……本当に、志願する気なんですか?」
「本気だよ、自分の責任位、自分で果たさないと」
「ですが」
「……」
責任を果たさなければならない。
そう訴えるシルフィの目を前に、リリィは大きくため息をつく。
シルフィの事に成ると、どうしても甘くなってしまうと卑下しながら、リリィは折れた。
「解りました、ただし、何があっても、私のお尻から離れないでくださいよ」
「うん、ありがと、無茶言って」
必ずリリィのそばに居る。
これを絶対条件として、シルフィの同行は承諾された。
その後で、二人はベッドの上に並び、密着しながら座り込む。
「……久しぶりだね、二人きりの空間何て」
「そうですね……」
ほほ笑みながらリリィの肩に頭を乗せるシルフィだが、リリィは目を曇らせていた。
何しろ、これから行く場所は文字通り地獄。
今までに無い、凄惨な戦いが起こるだろう。
舞台となるのは、ずっと眼中になかったダンジョン。
不意に、ダンジョンが何なのか、リリィは考え出す。
「……」
「リリィ?如何したの?」
「いえ……ダンジョンって、何なんでしょう、と思って」
「……」
ダンジョンが何か、そんなリリィの疑問に、シルフィは記憶を探る。
エーラと共に解読作業をしていた時、ダンジョンの正体と言えるような記述を発見した。
その内容を思い出し、先ずは一言で片づける。
「地獄だよ、あそこは」
「え?」
「地獄、文字通りのね」
「い、いえ、それは解っていますが」
「……」
シルフィにとって、ダンジョンは地獄と形容する物。
そう受け取ったリリィだが、どうも違うらしい。
リリィにとっても、内部の環境から考えて、地獄と形容できる。
しかし、ただの形容詞でない事を証明する為に、シルフィは端末を取りだす。
「エーラさんと研究していて分かったんだけど、確かにダンジョンは、こことは違う、別次元なの、そして、その場所を支配するダンジョンコアが有る」
「え、ええ、それは、先ほどのブリーフィングで聞きました」
「それで、これが、問題のダンジョンコア」
説明のために、シルフィは端末にダンジョンコアを映しだした。
と言っても、本に書かれていた模写を写真にした物。
それは、正二十面体の物体だった。
これを見たリリィは、目を見開く。
「こ、これって、もしかして」
「リンフォン、それがダンジョンコアの正体」
「……確か、濃縮された極小の地獄、都市伝説だと思っていましたが」
リリィの世界でも、都市伝説として語られている呪物。
シルフィにとっては、何のことなのかは分からなかったが、エーラから多少の説明を受けている。
本にも名称や概要の記述もあったが、リリィやエーラの知る物とは、少し違った。
どうやら、本物をベースにして、ルドベキアが手を加えた物らしい。
「うん、でも、これはルドベキアさんが作った特別製、形は同じだけど、色々と違う点が有るの」
「例えば?」
「人の手で変形させなくても、人間を地獄に落とせる、つまり、ダンジョンに出し入れできるの、それで、このコア自体が、ダンジョンでもあるみたい」
「それってつまり、あの出入り口は、その物体の中に入る為の物、という事ですか?」
「そう言う事、これを専用のコンピュータを使って制御すれば、今地上で起きている事も起こせる」
シルフィの説明を前に、リリィは目を細めた。
そんな危ない物が、何百年もシルフィの世界に有り続けていた。
しかも、その世界の生態系を崩さず、しっかりと調和している。
それで十分と思えるのに、何故ルドベキアがこのような事をするのか、余計に解らなくなってしまう。
「なぜ、あの人はこんな事を、一体何が目的なんでしょう?」
リリィのつぶやきに、シルフィは首を横に振った。
何しろ、本を最後まで読んでも、ルドベキアの目的は分かっていない。
むしろ疑問しか沸いてこなかった。
「本を最後まで読んだけど、やっぱりあの人、自分の目的を素直に言う人じゃないみたい」
「やはり、目的までは書かれていなかったんですね」
「うん……でも、あの人にとって、私達が何かの鍵って事は、間違いないと思う」
「でしょうね、でなければ、あの人があんなに私達にこだわる事はありませんから」
三か月前、実際に話してみて分かった事はある。
ルドベキアは、単に冷徹で、人道に反している人物という訳ではない。
目的の為であれば、一切の犠牲をいとわない性格と言える。
そうさせてしまったのは、過去の彼女の周りに居た人間。
環境さえ良ければ、彼女もここまで人間性を損なう事は無かったかもしれない。
それでもルドベキアは、人類が進む可能性も信じていれば、滅んでしまえと思う気持ちの両者を持っていた。
彼女の気持ちは、リリィには解らなかった。
「……でも、私には何故彼女が人類の可能性を信じているのか、理解できません」
リリィの口から不意に出て来たその言葉に、シルフィも考え込んだ。
進めないのであれば、滅びろと、ルドベキアは言っていた。
かなり過激な考えであるが、寿命が近いが故の焦り、もしくは、彼女なりの荒療治ともとれる。
シルフィの目でも、ルドベキアの思考は見えなかったので、真意は定かではない。
だが、彼女が何故人類の可能性を信じていたのか、シルフィには何となく察していた。
「何となくだけど……見て来たから、かな?」
「え、何を?」
「……人類の未来、とか?」
「何ですか、その曖昧な答え」
「だって、あの人の思考読めなかったんだもん」
シルフィの能力には、未来視のような物がある。
今も使用できないのだが、ルドベキアにも似たような能力があっても不思議ではない。
その能力を用いて、人類が進んだ未来を見たのかもしれない。
だが、彼女の思考が読めない以上、これも仮説でしかない。
シルフィの話を聞いていたリリィだったが、余計に解らなくなった。
「……仮に、彼女が未来の全てを見通せても、そうでなくても、彼女の長い人生で見て来た物を考えれば……私なら絶望しますよ、何千年もの間、戦争続きの人類の歴史なんて」
「う~ん、確かに、そうだけど……」
戦闘を有利に進める為に、リリィにはあらゆる時代の戦闘データがインプットされている。
逆を言えば、それだけ幅の広い時代、戦争は続いていた。
シルフィもその歴史は把握している。
ルドベキアの年齢は二千を超えているというのなら、それらを実際に目の当たりにしている。
「やっぱり、酷い所以外も見て来たから、かな?」
「というと?」
「リリィは、戦闘のために、酷い所位しか入れられてないだろうけど、戦場でも仁義って呼べる物は有ったでしょ?」
「……ええ、確かにそうですが」
「そこに可能性を見つけたって、考えられない?」
シルフィが調べた限りでは、戦場で敵同士が助け合う話はいくつも有る。
リリィにも、その類のデータは入っている。
確かに人の持つ可能性うんぬんは、その話から分かる。
だが、それだけでルドベキアが、ここまで手の込んだ事をするとは思えない。
「正直考えられないですね」
「あ~、そっか……」
きっぱりと即答されたシルフィは、見てわかる位気を落とした。
リリィの人間嫌いの度合いは、十分把握しているつもりではある。
彼女の事なので、それも作用しているのだろう。
落ち込むシルフィの機嫌を直すためにも、リリィは一つ質問する。
「……それでも、貴女は進むのですよね」
「え?」
「私みたいにひねくれてしまった人の意見を前にしても、貴女は進む事を選びますよね?」
「……うん」
何度もリンクしているだけに、シルフィの気持ちは良く解る。
ルドベキアのように、何らかの理由で可能性を信じるようになった訳ではない。
彼女自身の経験した戦争という行為の凄惨さ、それを他の人が味合わなくて済むようにしたい。
そう言う気持ちで、シルフィは今回の事を承諾した。
「ただ、あの人の意思とは、ちょっと違うかもだけど」
「それでも十分だと思います、貴女の心がけなら、私は喜んで協力します」
「うん、ありがと」
話の終わりと同時に、時間を確認したリリィは、ベッドから立ち上がる。
シルフィの様子見も大事であるが、装備の点検等も大事だ。
「さて、そろそろ時間も時間ですし、装備の調整にでも入りましょう、シルフィの分は、私がやっておきますので、寝てて大丈夫ですよ」
「ちょ、私も行くよ、七時間くらい寝たし、もう十分」
「あら、そうでしたか」
リリィに続き、シルフィもベッドから立ち上がった。
部屋を飛び出た二人は、その足で格納庫へと向かっていく。
その道中で、シルフィはとある事に気付いた。
「……あれ?そう言うえば、マリーちゃんは?」
そう、マリーの姿が無かったのだ。
彼女の事なので、リリィ並の速度で突撃してきそうだというのに、顔も見せていない。
その質問に、リリィは直前の事を思い出しながら答える。
「えっと、何か、用事があるとかで、どこかに」
「え?用事?」
――――――
リリィとシルフィが格納庫へ向かい出した頃。
唐草模様の風呂敷を頭にまいたマリーは、ヴァーベナの中でも人気の無い区画をコソコソしていた。
「……うん、誰も、いないね」
「僕は居るけどね」
「ブ!」
瞬間移動を使用し、人目が無い事を確認していたが、運悪くレッドクラウンと鉢合わせしてしまった。
彼女の声に反応し、珍しく顔を青ざめたマリーは、恐る恐る彼女の方を向く。
レッドクラウンは柔らかい笑みを浮かべながら、マリーに手を振っている。
しかし、マリーとしては、こんなにコソコソしていた事は黙っていて欲しい所だ。
「あ、あの、別に、やましい事してたわけじゃ無くて……」
「あはは、大丈夫、別に僕は、君が何か泥棒した何て、誰にも言ったりしないよ」
「な、何で泥棒した何て」
「いや、そんな恰好してたら、誰でも泥棒したって思うよ」
レッドクラウンに指摘され、頭の風呂敷を取ったマリーは、視線を彼女から逸らした。
マリーが先ほどまで居たのは、エーラの研究所。
エーラの記憶を覗き見て、欲しい物の場所を探り当てた後、瞬間移動で拝借してきたのだ。
レッドクラウンはそこまで察していないが、深く聞くつもりはない。
話を逸らしてあげる為に、レッドクラウンは話題を変える。
「……カルミアの技術をもっても、僕の意識は引き出せなかった、でも、貴女達のおかげで、僕はこうして話ができる、その事には、とても感謝しているよ」
「その話ならルシーラに言って、私は、ほとんど何もしてないし」
レッドクラウン自身の意識は、随分と前から芽生えていた。
それでも、カルミアやエーラが手を尽くしても、意識を表に出す事は出来なかった。
しかし、ルシーラの提供したアイテムの恩恵で今に至る。
「ルシーラも言っていたけど、僕の意識の土台になったのは、僕の中で死んでいった子供達、だから、機械的な干渉じゃ、どうあがいても発現はできなかった、人間の意識を機械につなげる技術が、何の因果か、こんな結果になったんだよ」
「……」
かつてルシーラから受けた説明を、淡々と述べるレッドクラウンに、マリーは目を細めた。
かなり遠回りであるが、何かを訴えようとしている。
「何が言いたいの?」
「……最初、ようやくカルミアと話せるって、嬉しかった、でも、この意識を形成しているのが、あの子供達の犠牲の上だったって考えると、どうもやるせなくてね、だから、これはカルミアにも話して無い」
「だから、何?」
「……犠牲の上の幸せ何て、重たいだけだよ」
レッドクラウンの指摘に、マリーは言葉を失った。
何しろ、エーラの研究所から盗んだのは、自己犠牲を覚悟しなければならない。
もちろん最後の手段のつもりだが、使用すれば確実にシルフィは悲しむ。
「……これは最後の手段だよ、順調に事が運べば、使うつもりはない」
「よかった……さて、僕は格納庫に行くよ、色々準備しなきゃだし」
手を振りながら格納庫へ向かうレッドクラウンを見送りながら、マリーはうつむく。
そして、表情を曇らせたまま、ルシーラに話しかける。
「(解ってるの?あれを使ったら)」
「(うむ、覚悟の上だ、それに、これはマリーが自ら選んだ行い、余に止める権利はない)」
「(……ゴメンね、色々と)」
「(気にするな、今までここで過ごしてきた宿代と思えば、安い物だ)」
「(ん、ありがとう)」
ほほ笑んだマリーは、自分の身体をルシーラに見立て、そっと抱きしめた。




