赤黒の空 後編
裂け目の出現から三日が経過。
少佐達は動員可能なドローンを用いて、通信環境をある程度改善。
市民の回収と、各国の代表の救助を優先し始めた。
国の重鎮も回収しつつ、生存者たちの捜索も行った。
本星からの応援も到着し、現地住民らの軍隊や冒険者の協力を仰ぎ、戦況の巻き返しも図ったが、ことごとく敗走を続けている。
裂け目はこの三日で、倍以上の数となり、サイズの大きい物が出現。
より強力で大きな個体まで、出現するようになっていた。
事態に比例し、彼らの世界は、どんどん赤く染まって行った。
――――――
ヴァーベナのブリーフィングルームにて。
現状を前に、少佐はリリィ達を招集。
少佐の知る実力者全員に加え、レリアもロゼ達と共に来てくれた。
因みに、呼ばれた皆、疲れ果ててどんよりしてしまっている。
それでも集まってくれたことに、少佐は頭を下げる。
「……あ~、その、召集に応じてくれた事、感謝する」
感謝しつつ、少佐は辺りを見渡す。
救出されたレリアは、多くの市民を残してしまった罪悪感で壊れ気味。
この症状は、ロゼが居ても精神異常が回復していない。
「市民を多く残して、私だけ生き延びる何て、イリス王家の恥よ、ふひ、ヒヒヒヒ」
「姫様……」
ヘリアンも、イビアがやられてから、かなり乱心気味だ。
「魔物は、排除、滅菌、全滅、根絶」
マリーは、過去にクラブを殺しておかなかった事への後悔で、顔色が優れていない。
「あの時殺しておけば、殺しておけば……」
七美の場合、連日の激戦で披露困ぱいし、暗い顔の状態で丸くなり、無重力で漂っている。
「魔物の死骸が一つ、死骸が二つ、死骸が三つ……」
召集に応じてくれたのは良いが、一部のメンバーがこんなあり様だ。
七美もスレイヤーとは言え、人間に変わりなく、疲労が溜まれば精神的に来る。
アンドロイドであるアリサシリーズも、ベースは人間の脳。
肉体的な疲れは鈍くても、精神的にダメージを受ける。
彼女達を前にして、少佐は頭を抱えた。
今のストレス状況から考えて、労いの言葉をかけたとしても、冷たい目を向けられてしまうかもしれない。
「(戦いに勝つどころか、これじゃ精神面で勝ち目がないな)」
「それで、今回の招集はどのような目的で?」
姉妹や他の隊員達が弱っている中で、リリィだけは今回の招集理由を尋ねた。
疲れていないように見えなくもないが、よく見れば、疲労で少し遠くを見ているように思える。
「リリィ君……」
そんな彼女を前に、少佐はため息をついた。
マリーとリリィの二人は、現状で最強の戦力。
その彼女達が、今やブラック企業の社員のようだ。
しかし、今も地上で起きている事を考え、早く会議を進める事を決める。
「さて、君達を呼んだのは他でもない、シルフィ君とエーラの作業が終了した」
少佐の言葉に、来ていた全員が反応した。
ここ暫くのシルフィとエーラの作業と言えば、本の解読。
本の解読は、この戦いにおける唯一の希望。
それが終わったのは良いのだが、二人の姿は見えない。
「それで、シルフィは?」
「……彼女は、その、ラベルクからの話では、顔の穴という穴から体液を噴出させて気絶していたとかで、ラベルクが休ませている」
「……」
少佐から告げられた二人の安否に、リリィ達は絶句した。
元々エーラは数日の徹夜なら大丈夫だが、シルフィはそうでは無い。
これまでの疲労と三轍で、限界だったのだろう。
そう考えたリリィは、今回ばかりはしっかり休ませてあげる事にした。
「少佐、そろそろ」
「あ、ああ、そうだな」
少佐の横でタブレットを構えたチハルの言葉の後、会議を始めるべく、ホログラムを展開。
内容の方は、つい先ほど暗器してある。
「さて、エーラも疲労を癒すために寝ているので、彼女から頂いたメモを参照し、会議を進める」
「(やっぱアイツもか)」
耐性が有るとは言え、エーラだって疲労は溜まる。
彼女も休んでいる事を聞いた七美は、苦笑しながら話を聞く。
「単刀直入に言おう、この事態を止める方法が判明した」
「そうか、それで?止め方ってのは?」
「ダンジョンの最奥、そこにあるダンジョンコアと呼ばれるものを奪えば、制御をこちらの物にできる、そうすれば、この状況を止められる」
先決なのは、裂け目やダンジョンから魔物が出現している状況を止める事。
解読した内容によれば、ダンジョンの最奥にはコアが存在しており、それがダンジョンの全てを司っているらしい。
それを奪えば止められる。
方法は分かったが、問題なのはどうやって奪うかである。
「成程……それで、誰がどうやって奪う?」
「大雑把に言えば、志願兵のみで部隊を構成、揚陸艇でシルフィ君の故郷の森へ降下した後、周辺の魔物を排除しつつ、縦穴より内部へ侵入、奥へ進み、最奥でダンジョンコアを奪取する、と言った所か」
ロゼからの質問に、少佐は淡々と答えた。
大雑把な概要ではあるが、現状はそれしかない。
ダンジョンの入口は、世界各国に存在するが、最短で奥に行くには、シルフィの森からのルートだ。
問題なのは、その付近の魔物は親衛隊と言える個体も多くみられる。
志願兵に絞るのは仕方がないが、一番の問題が存在する。
「だが、問題なのは、最奥にクラブが居るという事だ、もしかしなくとも、コアは彼女が持っているだろう」
「クラブ、やはり生きていたのですね」
目を鋭くしたリリィは、拳を力いっぱい握りしめた。
雪辱も有るのだが、ザラムの仇もある。
今回こそは、自らの手で殺しておきたかった。
しかし、この三か月、リリィは納得のいかない事がいくつかある。
「断定はできないがな、デュラウスやスノウが、彼女の声を聞いたらしい」
「しかし妙ですね、クラブの性格から考えて、魔物なんかに前線を任せず、自ら魔物を率いて、私やシルフィを血眼になって探した筈です」
かつてクラブは、町一つを壊滅させるような行いをしながら、シルフィを殺しにかかった。
その時、部下達はかく乱や足止めに割き、一番の狙いであるシルフィは、自ら前に出た。
生きているのであれば、その姿を誰かが目撃した筈。
リリィの言葉には、デュラウスも賛同する。
「俺も同感だ、あの時のクラブは、スノウを食おうと躍起になっていたみたいだった、アースドラゴンなんて差し向けず、裂け目を介して自分から来た筈だ」
「私もそう思う、その時の話は私も聞かせてもらった、誰も信用していないからこそ、彼女は自分の手で片を付けるだろう」
少佐は当時の話を聞き、クラブの性格をある程度察していた。
ストレンジャーズの指揮官として、様々な戦場で、何人もの指揮官と頭脳を働かせてきた。
詳細な話さえ聞ければ、性格を多少図る事は出来る。
「だが、彼女がそうしないという事は、それができない状態という事だろう、あの人の攻撃は、未だに彼女を焼いていると考えられる」
「成程な」
「という事は、今の彼女はその分弱っている」
「可能性はある、リリィ君の雪辱も晴らせるかもしれない」
少佐から聞かされた可能性に、リリィは黒い笑みを浮かべた。
どれ程戦闘力が低下したか解らないが、以前のような屈辱を味わう事にはならないだろう。
殺意をむき出しにするリリィの横で、落ち込んでいたマリーは頭を押さえる。
「ッ……指揮官、そうなれば、兵の招集は早めた方がいい、出てきている魔物共は、人間を捕食対象とみている、恐らく人間を食らった際のエネルギーを、クラブに回し、回復しようとしているのだろう」
突然出て来たルシーラの発言に、全員どよめいた。
多くの戦場で、兵士が食い殺されたという報告が上がっている。
錯乱に近い魔物達が行う、死に物狂いの攻撃だと思っていた。
だが、実際はクラブの回復行為だったようだ。
その仮説を聞いた少佐は、冷静に尋ねる。
「えっと、ルシーラ君か?」
「いかにも……それに、召集を急いだほうがいい理由はまだある、今のままでは、数日で貴官の世界にも影響が出て来るやもしれんのだ」
「……やはり、君もそう思うか」
少佐とルシーラのやり取りに、参加者の全員が首を傾げた。
彼女の話を真面に聞くのであれば、今のままだと、少佐達の世界にも影響が出て来るらしい。
「少佐、それはどういう……」
「私も、この解析結果を見るまで分からなかったが、今のダンジョンコアは、コアの持ち主が好き勝手に操作し、リミッターが外れているらしい、現状が続けば、全ての世界はあの赤黒いエーテルによって包まれる」
シルフィ達の報告書を改めて見直し、冷や汗をかく。
初めて書かれている文章を見た時、少佐は二人の事を疑った。
何しろ、出現している魔物達を通じて、クラブの持つ天が世界を包みだしているのだ。
魔物の数とクラブの力に比例し、散布される魔力の量は向上する。
話を聞いていたレリアは、真剣な表情で問いただす。
「あの魔力が充満すると、どうなるのです?」
「……その世界の生命は絶滅、残るのは、ダンジョンから出て来た魔物か、あのエーテルに耐性を持つ者だけです」
「そんな、そんな事」
「考えられるな、実際、昨日辺りから、ロクな装備をまとっていない連中は、揃いも揃って体調不良を訴えていた」
うろたえるレリアを前に、カルミアは最近の避難民の容態を答えた。
避難民だけでなく、何らかの衝撃で、ヘルメットが機能しなくなった兵士まで体調を崩していた。
既に呼吸するだけで影響が出る程、エーテルの被害が広がっているのだろう。
「それだけなら可愛い物だ、何らかの方法で魔力が一点に集まれば、裂け目が出現し、さらに多くの魔物が現れる、そして、その量と、クラブの力が合わされば、魔力の量は更に増え、やがて魔力はこの世界を飛び出し、距離の概念さえ超え、銀河その物を飲みこむ汚染となるだろうな」
「距離の概念って、そんな事」
「とても呑み込める話じゃないな」
レリアやロゼ達は、ルシーラや少佐の話に困惑してしまう。
魔力が世界を覆う位なら、まだわかるが、距離の概念を超えるという事までは解らない。
あり得ない現象の為、現実感がないのだ。
「エーテルを利用すれば、通常の科学では手の出なかった、転移装置や瞬間移動さえ実現できます、裂け目を作り、魔物を一方的に送る事が出来るのなら、その程度は容易です」
「だから、何故魔法を使えば容易なんだ?我々の世界では、ダンジョン内以外では確立できていないというのに」
「一言で雑に転移の原理を説明するなら、距離を消す、って事だ、物と物の間にできた距離、コイツが有るから、電波や音にラグができる、だが、エーテルは使い方によっては、アタシらの知る物理学を超越する、その後は……色々専門的な知識を用いれば、転移技術は作れる」
「……そうか……」
リリィの言葉に苦言を呈したロゼだったが、カルミアの小難しい話を前に目を回してしまった。
詳細に説明していたら、ロゼの頭がパンクしそうだったので、最後の方は適当な表現で済ませた。
そろそろ話が脱線しそうなので、少佐は話を元に戻すべく、最初の一言だけ、少し大きめの声で喋りだす。
「とにかく!あまり時間がない事は事実だ、この事態は、クラブの回復が進んでいる証拠の可能性が有る、彼女の力が全快する前に叩かなければならない」
話を元に戻した少佐のセリフに、全員集中を取り戻した。
クラブの回復が先か、世界が彼女の魔力であふれるのが先か。
どちらにしても、もはや猶予はない。
表情を引き締めた少佐は、部隊の編成を言い渡す。
「部隊の編制だが、アリサシリーズ各員には、済まないが強制的に参加してもらう、後の者は、今ここで、志願してほしい」
リリィ達は問答無用で参加、気持ちは分からなくはない。
だが、他の人間が志願制という事には、少し納得いかなかった。
その疑問ぶつけるべく、カルミアは手をあげる。
「何で他の奴は志願なんだ?いっそ、姫様以外全員で行った方がいいだろ?」
「……他の隊員にも、後で声をかけるが、君達にも話しておこう」
カルミアの質問に答えるべく、少佐はチハルとアイコンタクトをとる。
視線に気付き、相槌を打ったチハルは、タブレットを操作。
映し出されているホログラムに、今回の負傷者の画像を加える。
全ての傷は、黒く変色し、壊死したようになっている。
「この傷は?」
「魔物の攻撃を直接受けてしまった者の傷だ、変色している個所は、全ての細胞が壊死してしまっている」
「……わざわざ見せるって事は、問題が有るんだね?」
仮に体のどこかが壊死したとしても、再生治療によって改善は見込める。
しかし、わざわざここで見せられた事で、レッドクラウンは何かを察した。
実際に問題が有る為、少佐は表情を曇らせながら頷く。
「そうだ、あの魔物の攻撃を受けた者の傷は、再生治療すら行えないのだ」
少佐の話に反応したルシーラは、腕を組みながら顔をしかめた。
「あの愚か者めが、本当に全て滅ぼすつもりか」
「ルシーラさん?」
「天は確かに細胞異常を引き起こすが、その部分を切除すれば、お主らの言う治療は行える、だが、力を引き上げれば、取り返しの付かない傷となる」
天の力は、この中でルシーラが一番よく知っている。
だからこそ、今の報告には心底頭に来ていた。
目論見が当たったと言わんばかりに、少佐はルシーラから詳細を聞き出そうとする。
「すまないが、詳細を教えてもらえないか?できれば、治し方も」
「……この力は死に至らしめる力、生を与える力を持つ、余たちが主に使う力は、力を強めれば、対象の魂にさえ影響を及ぼす」
「魂?」
「そうだ、魂が傷付けば、お主らの言う所の、バグという物が起こる、そうなれば、肉体は自らの形を忘れ、形成に不和が生じる、こうなってしまえば、お主らの使用する治療方法では、どうしようもない」
「つまり、肉体そのものが、自らの治し方を忘れる、という事か?」
「そうだ……恐らく、クラブが回復する原理は、人間の魂を食らっているからであろう」
ルシーラの口から告げられた言葉に、少佐は眉をひそめた。
現代医学ではどう仕様もないと、直球で伝えられたのだから。
負傷者の中には民間人もいるだけに、今でも嘆いている人が居る。
出来れば、治療法を知っていて欲しい所だ。
「……それで、治し方は?」
「余かシルフィの力を使えば、魂を修復できるが、下手をすれば、身体が奇形となってしまう……しかも、治療には多くの魔力と、集中力が必要になる、今からでも戦を行おうというのに、余もシルフィも体力を消耗している場合ではないから、今すぐには無理だ」
「……わかった、すまない、無茶な事を」
「いや、よい、無事に終わったら、対策を検討しよう」
無理なお願いをしてしまった事に、少佐は頭を下げた。
そして、ルシーラと少佐のやり取りを聞いていたメンバーの内、一部は何故志願制にしたのか理解した。
今回の作戦は、生存率が絶望的という事だ。
アンドロイドであるリリィ達は良いが、生身の人間にとっては、事実上の特攻と言える。
一度咳払いした少佐は、改めて志願者を募る。
「……そう言う訳だ、薄々気付いた者もいるかもしれないが、これは事実上特攻、生存率はゼロと言って良いかもしれない、生きて帰っても、身体を治せる保証は無い、たとえ名乗り出なくても、責めはしない」
申し訳なさそうな物言いで、演説を終えた少佐は、辺りを見渡す。
リリィ達以外の者は、顔を合わせたり、小声で話し合ったりしている。
少佐の予想では、何人か部屋を出て行くかと思っていた。
みんな揃いも揃って、覚悟が決まっているような顔付きだ。
数分後、遂に志願者の一人が手をあげる。
「あたしは行くぞ、最後のスレイヤーとして、なすべき事を成す」
最初に手を揚げたのは七美。
彼女に吊られるように、キレンも立ち上がる。
「なら、僕も行くよ、こういう時こそ、勇者の出番でしょ?」
「勇者扱いは嫌じゃなかったのか?」
「今は別」
二人のやり取りを横目に、次は三人が一斉に手をあげる。
「プラム、作戦に志願します」
「ワイも行くで、クレハにどやされてまうかもしれんが」
「そう言う訳です、バルチャー隊、全員参加いたします」
プラム、ウィルソンに続き、後ろに居た二名も敬礼。
最後にドレイクが敬礼し、バルチャー隊全員の参加が決定した。
彼らの横で、ロゼ達はレリアに一礼すると、今度は少佐の方を向き、リリィ達の世界にならった敬礼をする。
「指揮官殿、我々薔薇騎士団各員、友軍として志願いたします」
「……よろしいのですか?殿下」
「はい、必ず帰って来てくれるというのであれば」
レリアからの返答に頭を下げた少佐は、覚悟の決まっているメンバー達の方を向いた。
彼女達を前にして、少佐は目を瞑り、ほほ笑むと、ボソっと呟く。
「全く、死ぬことしか考えてない訳じゃあるまいし」
目を開いた少佐は、改めて感謝を口にする。
「諸君らの勇気に感謝する、ありがとう」
一言告げた少佐は、全員に敬礼した。




