赤黒の空 中編
ベース・イプシロン壊滅後。
デュラウス達を乗せた揚陸艇と輸送機は、成層圏の上に差しかかっていた。
ここから先は輸送機の推力だけで上がれない為、ワイヤーで揚陸艇に繋いで引っ張る事に成っている。
訓練通りに、輸送機は揚陸艇と繋がり、その推力を利用して上昇していく。
宇宙空間には裂け目は出現していないらしく、外を確認できるパイロットたちは、胸をなでおろしていた。
しかし、命からがら生き延びた市民や負傷兵達からは、喪失感しか感じ取れなかった。
「ベース・アルファ、ガンマに続いて、イプシロンまで……ここから先、どうなっちまうんだ?」
負傷兵の発した悪意のない言葉に、近くにいた者達はどよめいた。
ダンジョンの真上に設置されたベース・アルファは、最初の頃に既に壊滅してしまっている。
続いて、リリィとジャックが死闘を演じた場所、ベース・ガンマも、早々に撤収したとは言え、それなりの被害を被った。
三か月前の話だが、その当時は全体の士気にかなり影響が出ていた。
つい先ほどまで、善戦していた気でいたが、裂け目の出現で状況は一転。
二体のドラゴンの出現で、多くの戦力を失っている。
市民達のどよめきを耳にしながら、大剣を持ちながら座り込んでいるデュラウスは拳を握りしめる。
「(情けねぇな、こんな無様な醜態……はぁ、カルミア達にどやされるな)」
柄を握る力を緩めながら、町を防衛できなかった事に、デュラウスはため息をついた
あの町は、不本意だったとはいえ、カルミアとヘリアンが心血を注いで作った町。
町民は七割前後しか救えず、町はアースドラゴンのブレスで吹き飛ばされた。
そんな事を知られたら、カルミア辺りから責め立てられるかもしれない。
責められなくとも、落胆や消沈は必至だろう。
同じ事を思うのは、彼女だけではない。
「……まさか、ここまで大規模な敗走をする事に成るとは、それに、あの二人まで」
デュラウスの隣に座ったプラムの顔は、何時もより覇気がない。
普段からアンドロイド並に表情が硬いので分かり辛いが、少し肌が青白い気がする。
彼女も部下を二名失って、かなり来ているらしい。
エーテル・ギアを途中で喪失していなければ、彼らを救えたかもしれない。
そんな後悔が有る。
「……あいつ等は残念だったな、だが、あの化け物相手にして、揚陸艇を守り切れたんだ、マジで誇っていい」
「ありがとうございます」
デュラウスの気休め程度の言葉に、プラムは少しだけ生気を取り戻す。
とは言え、本当に気休めだ。
心なしか市民達の目が、冷たい気がする。
だが、恨み辛みの籠った目を送る市民ばかりではない。
二人の事を本気で心配していた者も、少なからずいる。
「デュラウス!」
「ん?」
その一人であるスノウは、人ごみをかき分けながら、デュラウスの元へと近寄って来た。
涙を目に貯めながら、すっかり落胆しているデュラウスへと突っ込む。
「ドフ!」
「ッ!」
レッドドラゴン戦で、すっかりカツカツになっていたおかげで、今のデュラウスの防御力は一般人程度。
レスリングのタックル並の勢いで腹部に来たため、義体の中の空気が一気に吹き出た。
それを近くで見ていたプラムも、思わず身体をビクつかせていた。
「バカ、バカバカ……一人で、あんな化け物に挑む何て」
デュラウスのスーツで涙と鼻を拭きながら、スノウは彼女の胸部を軽く叩く。
弱っている事は承知らしく、軽い力で何度も叩いている。
スノウ達の里にも、レッドドラゴンの話はある。
彼女達の故郷でも畏怖の対象となっており、むやみに挑む事は推奨されていない。
そんな化け物に単機で挑んだと聞き、スノウは気が気でなかった。
胸の中ですすり泣くスノウに笑みを浮かべたデュラウスは、彼女の頭をそっとなでる。
「……悪かったよ、謝るから、泣き止んでくれ(ん?コイツの頭に付いてるのって)」
撫でていると、スノウの頭にヘアバンドのような物を見つけた。
気になってスキャンした結果、どうやら脳波を遮断する為の物だ。
まだカルミアがシルフィを毛嫌いしていた時、リリィも似たような物を作っていた。
恐らく、それの改良型だろう。
「(そうか、コイツの脳波が、敵を呼び寄せたとでも考えたのか?いや、コイツは合の里の生き残りの一人だ、それに、あの感じ、間違いなくクラブだ)」
「(あれ、ちょっとまって、私、凄く恥ずかしい事していたんじゃ……)」
思考に時間を費やしている間に、スノウは泣き止み、顔を真っ赤にしながら、デュラウスの手を弾いた。
しかも、我に返ったおかげで、自分が何をしていたのか自覚したらしい。
その恥ずかしさを隠すためなのか、スノウはデュラウスにビンタを繰りだす。
「イヤアアア!!」
「ベフ!」
「か、勘違いしないでよね!別にアンタの事心配してたわけじゃ無いんだから!!」
「あんだけやっといてそのセリフは無理あるわ!」
そう言い捨てたスノウは、顔を赤くしながら人ごみの中へと消えていく。
隣でずっと見ていたプラムは、逃げていく彼女の事を目で追う。
人ごみに消えたかと思えば、スノウはギリギリデュラウスを視認できそうな場所で停止。
身をわずかに隠しながら、デュラウスを視界に収めようとしている。
「……」
「痛てぇ~日に日に威力上がってんな」
「あの、あの子、何時もあんな感じなんですか?」
「ああ、反抗期だよ、多分な」
「……大変ですね」
ストリートチルドレンだったクラブにとって、現代社会の子供に関する知識は鈍い。
最近は子供達との交流が深かったとは言え、同性の子供に関しては、まだ解らない事は多い。
それでも、デュラウスの遠い眼を見て、色々と察してしまった。
今のデュラウスの脳裏をよぎるのは、スノウとの喧嘩ばかりの日々なのだ。
「(連邦との戦争が終わって、一緒に暮らす事に成ってから、毎日のように喧嘩三昧か……そう言えば、エルフだから人間より反抗期の期間長いって、少佐も言ってたな)」
旧政権との戦いの後、五年程一緒に住んでいたが、スノウの反抗期はおさまっていない。
気になって少佐や、他の子持ちのエルフに聞いてみた事も有った。
彼らによれば、寿命が長い分、反抗期の時期も長いらしい。
そんな事を明後日の方を見ながら思い返していると、艦内にアナウンスが響き渡る。
『間もなくライラックに着艦します、申し訳ありませんが、負傷者を最優先で下ろさせていただきます』
飛行機のアナウンスのような声が響き渡り、機体の速度が低下して行くのが感じる。
しばらくすると、固定用のアームと接続された振動が響く。
ライラックに到着するなり、搭乗していた医療班や一般人に連れられて、負傷者たちが運ばれてくる。
彼らの様子を見ていたデュラウスは、とある事に気付く。
「(医療班も何人か乗ってたか……ん?こいつ等、全員手足が切除されて)」
そして、彼らに合わせるかのように、揚陸艇のハッチが開く。
艦の前には、足りない分の担架や医療班が待機しており、負傷者たちが運ばれる。
彼らに続いて、揚陸艇を降りたデュラウスは、運ばれていく負傷者たちから目が離せなかった。
兵士は勿論の事、民間人まで、まるで有無を言わさなかったように、腕や足を落としてある。
「(どういう事だ?今の医学なら、簡単に切断する診断何て)」
現在は再生治療などが有る為、簡単に手足を切断するなんて診断にはならない。
たとえサイボーグの施術を受ける事に成っても、その後の維持費を考え、あまり行われる事は無い。
デュラウスの中では、乗り込んでいた医者が余程のヤブ医者だった可能性まで浮上していた。
「(まさか、この騒ぎに便乗して儲けようとか言う医者と企業の癒着か?保険が効くようになって来たとは言え、簡単に義手や義足を手に入れられる訳じゃない)」
火事場泥棒紛いの事は無いと、できれば信じたい。
それでも、負傷者の中に四肢のいずれかを欠損している人が多すぎた。
医療班に疑念を抱いていると、デュラウスの居るドッグに、続々と揚陸艇が入り込んで来る。
カルミアの町に残されていたのは三隻だけだったので、他の地域の艦というのはすぐ分かった。
しかも、全機傷や血で汚れている。
「……他の場所でも、大変だったんだな」
「そのようですね」
揚陸艇の状態で、プラムもデュラウスの言葉に賛同した。
いつの間にか隣に立っていた事に驚きながら、デュラウスは彼女の方を向く。
プラムの事なので、子供達の所へ行くと思っていたのだ。
「ん?お前、子供達とやらの所に行かないのか?」
「後で向かいます、いきなりこんな所に連れてこられたのですから、少しでも安心させなくては」
「そうか」
「……」
他愛もない話をしていると、二人の後ろでスノウがホホを膨らませていた。
二人共軍の人間である事は知っているので、その方面での話が盛り上がってしまう事は仕方ない。
込み上げて来る嫉妬に、機嫌を悪くするスノウは、その場を後にしてしまう。
「なによ、あれ」
という言葉を残して。
医療班に呼ばれているというのも有るが、妬みに耐えきれなかった事が、一番の理由だ。
スノウが医療区画に向かう最中で、到着した揚陸艇のハッチが開く。
例にならって、負傷者から優先で降りて来る。
その内の一つに、生命維持装置付きの担架が見られた。
「あれは、生命維持装置?それに、他の負傷者たちも、軒並み手足が切断されていますね」
「ああ、余程の激戦だったんだな……ん?」
負傷者たちは、相変わらず四肢が切断されていた。
もはや偶然の一致や、企業との癒着と呼べる状況ではない。
恐らく、何らかの異常が起きていると考えた方がいい。
その事を証明するかのように、見知った人物が、どんよりとした雰囲気で降りて来る。
「ヘ!ヘリアン!?」
「……あ、デュラウス」
何と、降りて来たのはヤツレた様子のヘリアン。
彼女もデュラウス同様、死線を潜り抜けて来たらしく、アーマーを身に着けていない。
更に、精神的な疲労や苦痛を強く感じているように見える。
「どうした?お前がそんなに落ち込む何て」
「……守れなかった、イビアを」
「は!?じゃ、じゃぁ、さっきの生命維持装置は」
思わず叫んだデュラウスの言葉に、ヘリアンは頷いた。
この戦いが始まってから、イビアはヘリアンと共に戦場へ赴いていた。
まるでリリィとシルフィのコンビのように、二人は多くの戦果を挙げていた筈である。
それなのに、生命維持装置が必要になるような重症を負ってしまったらしい。
「一体何が有った?お前が居ながら」
「……裂け目から、あり得ない量の魔物が、出て来た」
落ち込むヘリアンから視覚データを送信されたデュラウスは、息を飲んだ。
ヘリアン達の担当していた場所は、ダンジョンの出入り口の付近。
ただでさえ、魔物が源泉のように湧き出ている場所に裂け目が出現。
その裂け目からは、カルミアの町以上の量の魔物が出現し、戦線はわずかな時間で崩壊した。
通信も途切れ、孤立無援の状態に成った事で、彼女達は撤退を開始した。
「お前」
「……戦線が崩壊して、イビアとは、別れて戦うしか、無かった、みんなを逃がしていたら、彼女は冒険者に、心臓を刺された」
裂け目から出て来たのは、魔物だけでなく、過去に活躍した冒険者もいる。
分散して戦わざるを得なかったおかげで、ヘリアンも自分の事だけで手一杯だった。
絶え間なく襲い掛かる魔物を前に、お得意の狙撃を披露するヒマすらなかった。
幸いな事に、致命傷を負いながらも、イビアは他の隊員に救助され、揚陸艇へと運ばれた。
ヘリアンの手で処置を施され、一命をとりとめ今に至る。
「そうか……応急処置はできたんだろ?後は、医療班に任せるしかないな」
「うん……私も、ちょっと、休む」
何時になく目に影が落ちているヘリアンは、力無く船内へと入って行った。
その背中は、何時になく落ち込んでいる。
仮にも姉妹であるデュラウスも、何か声をかけたかったが、慰められた立場じゃない。
デュラウスだって、全員を守りきれたとは言い難いのだ。
「(張り合う気は無いが、俺だって軍曹やチアキを地上に残してきた、それに、他の民間人まで)」
最後まで立っていたネロやチアキは、揚陸艇に乗っていない。
二人だけでなく、地上部隊として戦っていた兵士は、みんな陸路で撤退している。
アースドラゴンの攻撃を無事に退け、生還している事を祈るしかない。
落ち込むデュラウスの様子を伺いながら、プラムは中座を申し出る。
「……少尉、申し訳ございませんが、私はこれで」
「ん、ああ、そうか、養生しろよ」
「はい」
「……はぁ、俺も戻るか、色々報告しないといけねぇし」
互いに敬礼した後で、二人は別れた。
そして、デュラウスも報告の為に、艦の奥へと進んで行く。
――――――
ヴァーベナのブリッジにて。
次々送られてくる報告を前に、少佐は頭を抱えていた。
デュラウスとヘリアンがライラックに着艦してから、衛星軌道上に集結している艦へと、部隊がどんどん撤退している。
チハルと共に状況を整理し、送られてくる報告書に目を通していく。
「……たった一日で、地上に展開していた部隊の約六割が撤退か、いずれも、被害は甚大」
「はい、更に困った事に、地上部隊との連絡がほとんど取れませんので、彼らの帰還を待つしかありません」
突如現れた裂け目から、大量の魔物が出現。
その報告を受けて僅か一日で、この被害である。
せめてシルフィ達が本の解読が終了するまで、時間稼ぎができればと思っていたが、これでは物量で押しつぶされるだけだ。
出来れば追加の部隊を降下させて、防衛線の再構築と、生存者の救出も行いたい。
地上との連絡が取れない以上は、下手に部隊を降下させる訳にもいかないのが問題だ。
「デュラウスやヘリアンからの報告だと、アースドラゴンまで出現し、さらには多くの部隊が散り散り、生存者の安否も地上の様子も不明か、厄介だ」
「はい……」
デュラウスからの報告を前に、チハルは表情を曇らせた。
何しろ、チアキもネロと一緒に地上に残ったという報告を見つけたのだ。
連絡さえ通じれば、すぐに解るのだが、今はそう言っていられない。
心配する彼女を横目に、少佐は息を飲みながらモニターに映る今の世界の惨状を目にする。
「禍々しい空だ、まるで、地獄が侵食しているようだ」
「……ええ、まるで血の大気です」
モニターに映るのは、シルフィ達の世界を包む、赤黒く禍々しい大気。
酸化した血液を塗られるように、今も赤く染まりつつある。
少佐達にとって、見覚えのある色だ。
「……あの色、アーセナルドラゴンの主砲を思い出すな」
「はい、それと、マリーさんのエーテルの色にも酷似しております」
「天か……あの色は、確かマズイ色だったな」
少佐の記憶では、赤黒い色の天は、殺傷能力の高い状態。
現在大気を漂っている物が、少佐達の考える物と同じだった場合、マズイ事態と言える。
冷や汗をかく少佐は、チハルに医療班からの報告を受ける。
三か月前にベース・デルタが壊滅し、そこの生存者より、いくらか報告を受けていた症状が有ったのだ。
「チハル、医療班から送られてきた報告は?」
「はい、魔物によって、ひっかかれる、噛まれる、魔法を受けると言った負傷箇所は、全て壊死してしまう、との報告を受けています」
「そうか」
「厄介な事に、その傷は細胞に異常が出る為、再生治療を行えず、放置すれば壊死する箇所も広がってしまっているようです」
「……だから、切断するしかない」
「はい」
身体が壊死する症状が出る、そんな報告は受けていた。
しかし、詳細な事は判明しておらず、医療班に任せっきりだった。
研究結果は医療班を中心に広まっていたが、少佐達は忙しさのせいで、ロクに知る事ができていない。
四肢の欠損者が異常に多いという報告を受けた事で、ようやく真剣に向き合う機会ができたと言った所だ。
この情報を前に、少佐は更に頭を痛める。
「……本星にも、この情報は?」
「既に回っています」
「そうか」
新政府にも、この情報は回っている。
政治家たちがどのような審判を下すか、考えるだけで身の毛がよだつ。
考えたくはないが、最悪の場合、反応弾によって滅菌しろ、という指令が下るかもしれない。
やはり希望は、シルフィ達だった。
「……シルフィ君、早く、解読を終了させてくれ」
この事態を解決する糸口は、待つしかないという事が、少佐はとても歯がゆかった。




