赤黒の空 前編
カルミアの町、ベース・イプシロンに展開していた部隊は、信号弾を見るなり、撤退を開始していた。
車両の部隊として戦っていたネロやチアキも例外ではなく、逃げる準備を開始。
アースドラゴンの脅威は身に染みている者は、我先にとその場を離れようとしている。
チアキもその一人、銃座から離れようとしないネロと共に、逃げようと準備を進める。
「ネロ!あっしらも逃げるっスよ!」
「あ、ああ……」
「え?」
ネロを下がらせようとするチアキだったが、顔が青いどころか、黒く成りだしている事に気付いた。
まるで、腐敗の始まった死体のようだ。
そんなネロの姿を見るなり、チアキは急いで銃座から離す。
「ネロ?ネロ!!」
「……」
銃座から下ろし、席に座らせたネロは、病人のようにぐったりとする。
目の焦点もあっておらず、口もダランと開いている。
傷口は黒く変色し、まるで壊死しているようだった。
嫌な予感のしたチアキは、恐る恐る診断を開始する。
「……ネロ、いや、イヤアアアア!!」
ネロに抱き着いたチアキは、心の底から悲鳴を上げた。
脈拍は止まり、とても心臓が動き出すようには見えない。
リリィ達と違い、涙の流れないチアキは、ただ叫ぶだけ。
今まで大勢の仲間や、姉の死を見たが、今はそれ以上の哀しみを覚えている。
悲観に浸っているヒマは無いと言わんばかりに、一人の兵士がチアキ達の車両に乗り込む。
「何している!?逃げるぞ!ッ!?」
「……はい」
乗り込んできた兵士は、チアキが何時までも逃げない理由を悟った。
彼もネロの死を惜しみながら、ジープのキーを回す。
エンジンを点けるなり、兵士はアクセルを踏み込む。
「ハッ!ドラゴンが!」
「何!?」
走りだしと同時に、アースドラゴンは裂け目から落下。
レッドドラゴンと違い、翼の有るタイプではないので、そのまま勢いよく落下する。
細胞が金属のような質量と性質をもつ巨体は、地面のコンクリートを潰しながら降り立つ。
その衝撃波と地揺れで、チアキ達の乗るジープは転倒してしまう。
「ウワアアア!」
「キャアアア!」
何度も転がりながら、ジープは基地の外へと吹き飛んでいく。
スーツやヘルメットを被っていなければ、普通の人間では生き残れないだろう。
そんな目に遭うジープは、上下反転した状態で止まる。
「……止まったか」
「はい……ネロ」
チアキは、ジープの天井に倒れ込むネロに寄り添う。
もう起きる事は無いとは言え、まだ目を覚ましてくれるのではないかと、希望のない期待もある。
しかし、そんな彼女の事を、一足先に出ていた兵士は引っ張り出す。
「何してんだ!?」
「あ、離してほしいっス!」
「ダメだ!お前まで死んだら、他の姉妹や、大尉に申し訳が立たない!!」
「ウ……で、でも……」
一緒に逃げ出した兵士は、ストレンジャーズの一人。
チアキの活躍や、ジャックとの仲も知っている。
ならば、ここで無駄に死なれては、彼女達に頭を下げても下げきれない。
力づくで引っ張り出されたチアキは、鋭い眼をアースドラゴンに向ける。
「……」
「……行くぞ、あれの戦闘力は、お前も知っている筈だ、前のより、心なしか小さいみたいだが……ん?」
以前出くわした個体より、小さいように思えるが、落下の衝撃だけでこの被害だ。
暴れ出したら、抑え込みは効かないだろう。
しかし、既にアースドラゴンは、上空に居る揚陸艇に視線を合わせている。
ブレスで揚陸艇を狙い撃とうとしているようにしか見えない。
「マズイ!アイツ、揚陸艇を狙ってるぞ!!」
「……」
アースドラゴンの本当のブレスは見た事無いが、チアキはリリィの持っていたデータで見た事ある。
多少体積は小さくても、揚陸艇程度は一撃で沈めるだろう。
何らかの足止めが必要だろうが、もうその猶予はなさそうだ。
悩んでいると、二人の視界に二つの光が映り込む。
「あの二人は……でも、あっしはここで、止まる訳には」
その正体はすぐに分かったチアキだが、このままジッとしている訳にはいかない。
横転したジープは、一緒に居る兵士と協力すれば直せる。
しかし、機銃程度の火力では、今のチアキの気持ちは晴れない。
周囲を見渡すチアキは、いい物を発見し、笑みを浮かべる。
――――――
「あんな奴が出て来るなんてな!」
「既に揚陸艇を狙ってやがる、こっちで足止めするぞ!」
チアキ達の視界に入ったのは、バルチャー隊の二人。
二人は揚陸艇に狙いを定めるアースドラゴンを見るなり、武器を構え、ドローンを展開。
距離を取りつつ、銃撃を浴びせていく。
「こっちだ!化け物!」
「アイツらには指一本触れさせない!!」
ライフルの出力を最大にしつつ射撃を行い、射撃の合間にドローンの攻撃を入れる。
高機動で動き、ドラゴンの頭部を狙う。
攻撃が効かなくとも、目や口内に攻撃が入れば、多少の挑発になると思い、攻撃を集中させるが、ドラゴンは見向きもしない。
それどころか、ブレスを行おうとしている姿勢すら崩せない。
「マズイ!ブレスだ!」
「チ、オーバー・ドライヴを使うぞ!!」
「それしかないか!!」
この非常事態に、二人はオーバー・ドライヴを使用する。
他の機体にはまだ取り付けられておらず、バルチャー隊の為に、特別に取り付けられた物だ。
赤く発光した二名は、ブレスのチャージを行っているドラゴンへ集中砲火を開始。
先ほど以上の威力を発揮する二人のライフルとドローンは、ドラゴンに命中する。
それでも、アースドラゴンの注意は依然として揚陸艇を向いている。
「これでもダメか!」
「こうなったら、バルチャー・クラッシャーだ!」
「おう!やるぞ!!」
二人はドローンをライフルに接続し、翼を展開した。
バルチャーに搭載された、最も火力の高いビーム砲、バルチャー・クラッシャーが放たれる。
二人のビーム砲は、アースドラゴンの下アゴに命中。
下方向から、先ほどまでと比べ物にならない威力の攻撃うけ、頭部の照準はズレた。
そのおかげで、発射されたブレスは揚陸艇に当たらず、代わりに雲を貫く。
「よっしゃ!」
「オーバー・ドライヴを解除しろ!エーテルは残して置け!」
「そうだな、陽動を再開する!!」
喜ぶ間もなく、二人はオーバー・ドライヴを解除する。
この長時間の戦闘で、燃料切れになりかけているのは、二人も同じ。
できるだけ長引かせられるように、通常の状態で応戦する。
「今度は相手してくれよな!」
「バルチャー隊の力、思い知れ!」
ドローンとライフルの攻撃を浴びせる二人は、アースドラゴンと目が合う。
どことなく、その目には怒りを孕ませているように見えた。
それも仕方のない事だ、獲物をしとめる絶好の機会を逃したのだから。
大気圏さえ突破してしまえば、アースドラゴンのブレスとはいえども、射程圏外だ。
その怒りに気付き、二人は更に挑発を続ける。
「へ、ヤッコさん、怒ってやがる」
「怒れ!怒れ!俺達に釘付けに成りな!」
効果は無くとも、アースドラゴンにとっては、エアガンを撃たれている事と同じ状態。
死ぬことは無くても痛みは有るので、気を引くには十分だ。
調子付きながら、攻撃を続けていると、二人の頭に鋭い痛みが走る。
「痛って!何だ!?」
「クソ、頭が」
頭痛のせいで、ドローン制御に支障が出てしまう。
上手く射撃ができなくなった事を悟り、ドローンを回収した二人は、ライフルだけで攻撃する。
二日酔いのような痛みに耐えながら攻撃していると、声のような物が響いてくる。
『……ルナ』
「ん?なんだ?」
「頭に、声が?」
強化手術によって、二人はドローンが扱える程強化された人間。
その影響で、シルフィや七美達程ではないにせよ、相手の脳波を感じ取れる。
相手の動きを先読みするような芸当はできなくとも、ドローン操作は問題無い。
その状態がアダとなったように、どす黒い声が響き渡る。
『ジャマをスルナ、カトウシュゾク!!』
「イギ!」
「あ、頭が、割れる!」
脳を直接握り潰されたような、鈍い痛みが二人を襲った。
割れてしまいそうな頭を押さえた事で、彼らの動きは止まってしまう。
でき上がったその隙を、アースドラゴンは見逃さない。
もう一度ブレスのチャージを完了させたアースドラゴンは、二人に照準を合わせる。
「やっべ!回避するぞ!」
「クソ、間にあえ!!」
照準を向けられた二人は、急いで回避行動に出る。
バルチャーの売りは高い瞬発力とは言え、アースドラゴンのブレスを回避するのは並みの技量では無理だ。
ブレスはライフル以上の速度を持っており、相応の反射神経を求められる。
何時撃たれるかという不安と恐怖に包まれる二人に、ドラゴンの口が向けられる。
「ヤバい!」
撃たれると身構えた瞬間、アースドラゴンの顔は爆発。
一度ではなく、一定の間隔を入れて爆発する。
この発破の仕方は、タイガーの使用するレールガンの炸裂弾頭。
その事に気付いた二人は、砲撃ポイントに目をやる。
「だ、誰だ!?勇敢だが、こんなバカな事する奴は!」
「あれは!?」
――――――
地上にて。
チアキは先ほどの兵士と放棄されていたタイガーに乗り込み、アースドラゴンに砲撃を加えていた。
「アンタまで付き合う事無いんスよ!」
「いくらお前でも、一人で運転しながら砲撃は無理だろ!」
二人の乗るタイガーは赤く発光し、通常より強力な砲撃を行う。
チアキは、タイガーに使用されているエーテルをオーバーロードさせ、強制的にオーバー・ドライヴを再現していた。
今のタイガーは、エンジンまでエーテルを使用しており、こんな事をすれば爆発の危険が有る。
なので、チアキだけで砲撃するつもりだったが、一緒に居た兵士は操縦士として乗り込んだ。
「どうなっても、知らないッスよ!」
「分かっている!」
連射速度も威力も上がっているとは言え、アースドラゴンに対して出来るのは陽動程度。
ドラゴンに対してこんな事をしても、無駄な事は十分わかっている。
ネロは生き返らないし、彼が喜ぶ訳でもない。
それでも、こうでもしなければ、収まりがつかないのだ。
砲撃を行いながら、チアキは歯を食いしばる。
「……」
砲身が焼き切れても構わない、そんな連射を行うチアキの脳裏に過ぎるのはネロとの生活。
彼と共に軍を抜け、余生を農家として生きるつもりだった。
機械に囲まれた生活とは異なるスローライフは、とても充実していた。
だというのに、その安らぎは、何者かの手によって容易く崩された。
涙の流れない顔をしかめながら、チアキは叫ぶ。
「お前達のせいで、お前達のせいでぇ!」
ずっと想いを寄せていたネロは、この魔物達によってぶち壊しになった。
その怒りを発散するように、チアキは更にネロとの思い出を呼び起こす。
リリィ達のように、食物を味わう事もできなくとも、ネロと家族のように過ごせた。
「ネロは、最期の言葉すら言えなかったぁぁぁ!!」
「ヤベ!ブレスが!」
ブレスの矛先は、バルチャー隊の二人ではなく、チアキ達に向けられる。
その事に気付いた兵士は、すぐに回避行動を取る。
オーバー・ドライヴ状態の性能のおかげで、繰り出されたブレスは何とか回避。
照射された地面は爆発し、その爆風に飲み込まれてしまう。
「グわ!」
「ウグ!」
発生した爆風に巻き込まれても、タイガーは四本の足を巧みに使い、姿勢を維持。
おかげで砲撃を続行できる。
二人の安心もつかの間、アースドラゴンは次の一手に出る。
口内に魔力を収束させた球体を作り出し、口を上空へ向ける。
その攻撃パターンは、提出されたリリィの記録に見られたものだ。
「ま、マズイッス!」
「チィ!」
舌打ちが車内に響きわたり、アースドラゴンの攻撃が始まる。
一瞬だけ収縮した球体からは、大量の光が発生。
大量の光は、雨のように地上へと降り注ぐ。
ドラゴンの付近は、ただ無差別に焼かれ、破壊される。
その絶望的な暴力は、近くの全てに降り注いでいく。
「クソ、避けきれない!」
今のタイガーでさえ、避け切れない弾幕。
無数の光の中に、タンクは飲み込まれてしまった。
――――――
同時刻、上空でも似たような状況が起きていた。
大量の光は、ミサイルのような軌道を見せる。
上空のバルチャー隊の二人は、フィールドを展開しつつ回避を行う。
「畜生、何だ!?この攻撃!こんなの反則だろ!」
「アリサシリーズの連中は、こんな化け物と戦っていやがったのか!?」
培ってきた全ての技術を用いて、回避に専念していく。
無茶な機動で身体が潰れそうになっても、止まる事無く動き続ける。
大量の光の誘導性は低くとも、不規則な動きに翻弄されてしまう。
やがてその光の内の一つに、一人は命中する。
「し、しまッ!」
フィールドのおかげで直撃は免れたが、一撃で防御を崩された。
衝撃でバランスを崩してしまい、そのまま別の光に飲み込まれてしまう。
仲間の最期を見届けたもう一人の隊員は、歯を食いしばる。
「クッソ……」
残りの一名は、大量の光は何とか避け切ったが、依然としてドラゴンは健在。
しかも、未だに揚陸艇への狙いを諦めていないかのように空を見上げ、口内に魔力を集中させている。
バルチャーの装備では、アースドラゴンのブレスを止める事は不可能。
揚陸艇は、ドラゴンの射程内から出られたとも限らない。
この状況を前に、彼はオーバー・ドライヴを使用する。
「なら、今俺にできる事を!!」
赤く発光したバルチャーは、ドラゴンのブレスの射線へと移動。
一点にフィールドを展開すると、そのままアースドラゴンへと突撃する。
彼の接近と同時に、ドラゴンのブレスは放たれる。
正面からバルチャーのフィールドとぶつかり合い、怯む事無くブレスを抑え込んでいく。
「グ、ガ、アア!」
強力なアースドラゴンのブレスによって、アーマーは融解。
ヘルメットにもヒビが入り、あらゆる機器が悲鳴を上げる。
それでも進む事を止めず、ドラゴンの口内へと進む。
「俺は、市民の最後の希望だぁぁ!!」
ドライヴの負荷限界と、ドラゴンのブレスの熱によって、バルチャーは自爆。
口内の爆発によってブレスは停止。
彼の犠牲のおかげで、揚陸艇達は無事に成層圏を脱した。
――――――
焼け野原となった地上にて。
先ほどの攻撃によって横転したタイガーの残骸より、チアキは這い出て来る。
操縦していた兵士は、爆発で死亡してしまった。
彼に追悼の意をくべながら、片腕を喪失したチアキは立ち上がる。
「……あっしは、リリィさん達が羨ましい……」
義体のあらゆる場所が悲鳴を上げ、修理が必要な状態になりながらも、チアキはアースドラゴンを見上げる。
こんな事をするドラゴンに対しても。
この事態の引き金を引いた人物に対しても。
果てには、自分に対しても、割り切れない憎悪が沸き上がる。
「もっと、強いアンドロイドに、生まれたかったッス」
上を見ながら座り込んだチアキは、怒号のように響くアースドラゴンの雄叫びを全身に浴びる。
その雄叫びには、明確な怒りが組まれているように思えた。
空気は揺れ、大地はきしむ。
衝撃波のような叫びを終えたアースドラゴンは、再度ブレスの準備を行う。
照準は上ではなく、地上の町だ。
「……やれやれ、今度は、八つ当たりっスか?随分、人間臭いっスね」
チアキの言葉に合わせるように、ドラゴンはブレスを町に向けて照射。
まるでやり場のない怒りをぶつけるように、町をブレスで薙ぎ払っていく。
ブレスによって発生した、閃光と爆炎。
それらは町と森を飲み込み、破壊の炎はチアキにまで差し掛かる。
絶対の死を前に、チアキはほほ笑んだ。
「今、そっちに行くッスよ、チナツ、大尉、ネロ」




