ベース・イプシロンの攻防 後編
機甲部隊がドラゴンの首を吹き飛ばした頃。
スライムに飲み込まれていたデュラウスは、頭を巡らせていた。
しかし、徐々に考える事が面倒になり、初心に帰る。
「(ダアアア!シャラクセぇぇ!やっぱ考える何て俺の性に合わねぇ!)
もう考えるより、脳ミソまで筋肉にした方がいい。
そんな脳筋根性を復活させたデュラウスは、義体の出力を最大にし、アーマーに送れるだけのエーテルを送る。
ついでにオーバー・ドライヴを使用し、全身を帯電させる。
「(ここは、俺のやり方、力技でどうにかしてやラアア!!)」
もう頭に血を昇らせ、周りの事なんて考えていないかのように、全身にエーテルを巡らせる。
無理矢理動こうとすれば、それに反発し、動きは抑え込まれる。
まるで操り人形のような状態だが、身体を縛る全ての拘束を引きちぎろうとする。
その為に力を入れるデュラウスに合わせ、スライムは収縮を開始。
身体を一か所に圧縮させ、デュラウスの事を潰そうとする。
「(ヌラアアアア!!)」
無理矢理抜け出そうにも、デュラウスは抑え込まれ、身動きも取れない。
その気になれば、デュラウス達姉妹は格納庫で使われているロック何て、簡単に引きちぎれる。
彼女を押し込める辺り、アリサシリーズの拘束具として、この上なく優秀なスライムだ。
そんな事はどうでも良く、いい加減プッツンと来たデュラウスは、反射的にエーテルを逆流させる。
「ダッシャアアアアア!!」
逆流したエーテルは、デュラウスお得意の電撃へと変換。
集まっていた雷は一気に周囲へ放出され、爆発したような現象が起こる。
無茶な運用に装甲は破裂し、辺りに電撃がまき散らされる。
その威力は、スライムの力を凌駕。
ある種の衝撃波のような物となり、スライムは蒸発した。
「はぁ、はぁ、ウ、オエ」
何とか脱出できたデュラウスは、いつの間にか入り込んでいたスライムを吐き出す。
かなりの量のエーテルを消費したが、一先ず気持ちを落ち着けだす。
そして、義手を視界に収める。
送れる場所全てにエーテルを送り込んだので、当然義手にも流れていた。
同じ事をした装甲は完全に吹き飛んだので、結果は見るまでもない。
「……あーあ、最後の腕だったてのに、それに、アーマーも吹き飛んじまったか……ま、副産物ってやつか?図らずも新技覚えちまった」
焼け焦げた腕を捨てたデュラウスは、先ほどの技を思い出し、どや顔を浮かべる。
遠距離攻撃は好かない彼女だが、出来れば広範囲技は多めに習得しておきたかった。
さっきの攻撃は割と気に入ったので、ぜひエーラ辺りに実装させて欲しい物である。
いちいちアーマーを破裂させていては、予算を湯水のように使ってしまう。
その事を頭の片隅に置いたデュラウスは、技の名前を考え始める。
「ブラスト・ウェーブいや、ボルト・アーマー、ショック・ボルト……何にするか」
「少尉!」
「何をしているんですか!?」
ニヤニヤと考えている所に、バルチャー隊の面々が駆けつけて来た。
かなり焦った様子で、デュラウスの元へ近寄る。
「何だ?何か有ったのか?」
「有ったも何も!基地の近くにドラゴンが出現したんですよ!!」
「はぁ!!マジかよ!?」
何しろ、彼らはレッドドラゴンの出現を目の当たりにしていた。
無線が使えなくなっていなかったので、手あたり次第に街中を探していた。
ようやく見つけたと思ったら、デュラウスは爆発。
その中心で、何やらニヤニヤしていたのだ。
少し怒りながらの報告に成ったが、話を聞いたデュラウスは急行を決定する。
「チ、行くしかねぇか!!」
「あ!」
「ちょっと!アンタ鎧は……」
大剣を担いだデュラウスは、すぐに飛び上がった。
しかし、バルチャー隊の面々は止めようとするが、そんな余裕は無かった。
鎧は先ほどの爆発で吹き飛んでおり、今の彼女はスーツしか着ていない。
エーテルも少ないと思われるので、戦闘能力は大きく低下している状態だ。
しかも、装備は大剣だけ。
焦っていたのだろうが、取り残されたバルチャー隊は、唖然としてしまう。
「……大丈夫か?」
「知るか、けど、あれでもアリサシリーズの一機だし、案外なんとかなるか?」
「だと良いんだけどな」
多少の不安はあるが、ドラゴンの排除の希望は、もはや彼女だけだ。
――――――
ドラゴンの元に降り立ったデュラウスは、先ずは残ったエーテルを使用して、片腕を切り落とした。
そして、機甲部隊の前に立ち、体内に残っていたスライムを吐き出した。
炎の化け物と化したレッドドラゴンを前に、デュラウスは大剣を担ぎ直す。
「……さてと、デカいワイバーンなら倒した事有るが……頭と腕が炎の化け物か」
口のスライムをぬぐいながら、デュラウスは観察を始めた。
右腕は先ほどの一撃で切り落としたが、その腕も頭と同様に、炎によって模られて再生。
見たところでは、万全の状態に戻ったとは言い難い。
とは言え、それはデュラウスも同じ事。
急ぎ過ぎたとは言え、エーテルもろくに回復していないうえに、アーマーも義手も無い。
だが、大剣さえあれば、条件は悪くない。
準備運動代わりに、大剣をグルグル振り回すと、すぐに構え、睨みつける。
「まぁいい、何にしても俺がやらないとダメなんだし……おい!お前らは下がれ!後は俺がやる!」
『す、すまない!』
『不甲斐ないぜ、アンドロドに頼る事に成るなんて』
一人余計な事を言ったが、デュラウスは聞こえないフリをした。
本来なら、首根っこ掴んで殴る位はしたいが、そんな場合じゃない。
目の前のドラゴンに集中しなければならないのだ。
気を引き締め直し、デュラウスは足に力を入れる。
「アイツ、後でぶちのめす」
そうつぶやいた瞬間、デュラウスはレッドドラゴンの懐へ一気に入り込み、ドラゴンの腹部に一撃を入れる。
大剣とウロコがぶつかり合い、まるで車同士が正面衝突したような鈍い音が響く。
何とか刃が入り、肉に到達したが、その硬い筋繊維によって阻まれてしまう。
「硬った!成程、タンクじゃ無理な訳だ!」
感想を述べたデュラウスは、ドラゴンの腹部を蹴り飛ばし、大剣を無理矢理引き抜く。
こうなってしまう事は、何となくわかっていた。
しかし、予想では骨まで到達する筈だった。
引き抜いた大剣を担ぎながら、デュラウスは自分のエーテル量を確認する。
「(チ、この量じゃ殺しきれるか分からねぇな)」
残量は五割を下回っており、機動力は問題無くとも、火力は不足してしまう。
万全の状態なら、レッドドラゴン程度なら滅多切りだった。
今の状態では、苦戦は免れない。
苦い顔を浮かべるデュラウスに、ドラゴンは口内を向ける。
炎を収束させたビーム状のブレスではなく、散弾銃のように炎の弾幕を打ち出す。
「ドワ!そんなのアリか!?」
広範囲に散らばる炎を避けるデュラウスへ、今度は炎の腕を鞭のように繰り出す。
その動きは、まるでレッドクラウンの尻尾。
見慣れているデュラウスにとって、散弾を避けながらその手の攻撃を避ける事は造作もない。
「チ、変幻自在かよ!」
そんなグチを垂れながらも、デュラウスは回避と同時に接近して行く。
大剣をナイフのように軽々と扱い、あらゆる攻撃を弾き、間合いを詰める。
彼女の接近を前に、ドラゴンはブレスを止め、腕による攻撃に専念しだす。
腕の数は一本から四本に増え、デュラウスに手を伸ばす。
「数を増やせば良いってもんじゃねぇんだよ!!」
自らの間合い、レッドドラゴンを入れたデュラウスは、大剣で何度も切りつける。
そんな彼女へと、ドラゴンは炎の腕を繰りだす。
回避と斬撃を同時に行いながら、デュラウスはドラゴンにダメージを与えていく。
しかし、折角いれた切り傷は、すぐに塞がってしまう。
「……チ、グッ!」
舌打ちをしたデュラウスに、一本の腕の爪で切りつけられる。
身体の一部は炎上し、傷の治りも悪くなる。
しかし、そんな事は関係なく、むしろデュラウスの脳筋根性にまで火がつく。
「(防御は捨てる、攻撃に全部回してやる)」
防御にも割いていたエーテルを、全て駆動系と刃に回す。
その分防御は薄くなるが、機動性と攻撃力は向上する。
何時ものデュラウスと同じ出力とは言えないが、再生能力を上回る攻撃ならできる。
諸刃の剣、神風特攻、何と言われようと、この状態で戦闘を強行。
赤い紫電も回復し、電撃を加えながらの斬撃を入れる。
「ガラアア!!」
ドラゴンのウロコを砕き、その下の肉も吹き飛ばす。
そんな威力を見せつけつつ、デュラウスは何度も斬撃を繰りだしていく。
稲妻のように俊敏な動きと、落雷のような一撃。
それらに翻弄され、レッドドラゴンは闇雲に攻撃し始める。
「俺達のシマに手ぇ出した事、後悔しやがれ、トカゲ野郎!!」
両足を一振りで吹き飛ばし、残っていた腕も両断。
再生される直前で、デュラウスは間合いを取る。
脚部に力を籠め、展開した大剣を力強く握り、剣の間から赤い電撃を収束させる。
「コイツで、殺しきる!!」
接近しようとしているデュラウスに向けて、レッドドラゴンはブレスを放つ。
今度は散弾ではなく、一本のビーム。
デュラウスはブレスを正面から受け止め、大剣で斬りながら特攻。
一気に距離を詰めると、ドラゴンを串刺しにする。
「終いだ、もう一度、死にやがれ!!」
大剣に集中させたエーテルを放出し、内部で強烈な電撃を繰りだす。
唯一残っていたレッドドラゴンの胴体は、放電によって爆散。
辺りには、ドラゴンの血肉が飛び散る。
その中央で、デュラウスは大剣を杖代わりに立ち尽くす。
「……流石に、ドラゴン吹き飛ばすには、結構消耗するな」
今の攻防で、残っていたエーテルのほとんどを消耗した。
アーマーも無いので、エーテルの貯蔵先は彼女の義体のみ。
もう大剣を持って、移動する程度の体力しか残っていない。
今戦っても、倒せるのは下級の魔物程度。
幸い、肉片にした事によって、ドラゴンは再生できないらしい。
「一旦、補給を」
大剣を杖にし、肉片やウロコを踏みつぶしながら、デュラウスは基地へ歩を進める。
回復は数時間で完了するだろうが、それまでは風邪をひいた時と同じ状態。
人間以上に、エーテルの量で体の具合を左右されてしまう、アンドロイドの悪い部分だ。
それ程離れていないとは言え、かなり遠く感じてしまう。
「……しかし、あんな物まで出て来るとなると、今後は厳しくなりそうだ」
移動の中で、デュラウスはリリィやマリーの姿を思い出す。
内部構造や性質等、そもそもの違いはあるとはいえ、今でも二人の居る場所には及ばない。
そして、彼女達さえ置いて行く力のザラム。
彼をもってしても、クラブを倒すに至らなかった。
珍しく弱気になりながら、デュラウスは軽く口元を引きつらせる。
「……俺は、結局銃弾であり、ナイフでしかない訳か」
悲観していると、銃声と車の走行音が強く成って行く。
何とか基地にたどり着き、あとは仲間達と合流するだけだ。
足を止めないで居ると、基地に戻っていた機甲部隊の一人が、弱っている彼女に気付く。
『あ、あれは、彼女だ!アイツが戻ったぞ!』
『よし、タイガー1、これより彼女を回収する!』
デュラウスの状態を察したタンクの一両は、迫りくる魔物達を巻き込みながらデュラウスの元へと移動を開始。
戦車とは思えないドリフト走行で、車体の後方をデュラウスへ向ける。
後方に付いているハッチを開け、弱っているデュラウスに手を伸ばす。
「さぁ!早く!」
「すまない」
その手を掴んだデュラウスをタンク内部に連れ込み、回収を成功させ、タンクは発進。
すぐに揚陸艇へと舵を取り、魔物を吹き飛ばしながら進む。
車体を魔物の血で汚しながら、タンクは揚陸艇の付近に到着。
「よし、到着した!」
「お前は一旦、衛星軌道上に退避しろ!」
「あ、ああ」
弱ったデュラウスの事をタンクから下ろし、揚陸艇への乗り込みを推奨した。
外観に問題は無いとは言え、一旦エーラ辺りに見せた方がいいかもしれない。
その考えに賛同し、デュラウスはタンクから降りる。
近くに居たプラムは、デュラウスの事を運び出そうと行動する。
「大丈夫ですか!?」
「駆動系に問題は無いが、もう燃料切れだ」
「解りました、揚陸艇内に運びます、少し休んでいてください」
「そうさせてもらう」
肩を貸したプラムは、デュラウスを揚陸艇まで運ぶ。
ふと気になった事を浮かべたデュラウスは、運ばれる途中で、その疑問をプラムに投げかける。
「避難の、進捗は?」
「分かっただけでも七割程の収容は完了、観光客は解りませんが」
「そうか……七割か……」
「ここまで来ると、他は既に……」
「嫌な事言うな」
「はい」
市民の七割の収容の完了。
喜べばいいのか、嘆けばいいのか解らない。
七割を助けられたとしても、三割を救えなかったと責め立てられると思うと、なんとも歯がゆい。
兵士だって人間だ、全ての実を拾いきることは無理な話だ。
「……グッ」
「少尉?」
「……この、声は……」
運ばれていると、デュラウスのサイコ・デバイスは、またあの声を拾う。
通常の電波通信さえ通じないこの状況では、人の意思だけが良く伝わる。
当然、邪心や憎悪さえ通じる。
『食う、必ず、食う!』
「……」
再び聞こえて来たクラブの声。
その中から見えて来るのは、スノウを食べようという貪欲な精神。
拾った彼女の思惑に、デュラウスは顔を青ざめた。
スノウやウルフスの話によれば、彼女達の同胞は、全員変異したクラブによって捕食された。
そこに何かの意味が有るとすれば、スノウの捕食は、何としてでも成功させたい筈。
でなければ、レッドドラゴンや特大のスライムなんて送ってこないだろう。
「逃げろ」
「は?」
「このままだと、絶対にマズイ、早く逃げた方がいい」
「そ、そうかもしれませんが、まだ到着していない避難民が」
プラムの言う事は最も。
一人でも多く連れて帰りたいが、余計に事態が悪化し、全滅するよりはマシだ。
怯えるデュラウスに反し、既に手遅れだったかのように、プラムにも頭痛が起こる。
「ッ!ま、また、この声……」
「マズイ、また来るぞ!」
プラムの姿を見て、デュラウスは上を向く。
まだレッドドラゴンの出て来た裂け目が浮いており、魔物を雨のように降らせている。
それがピタリと止まると、その数秒後に変化が起こる。
裂け目は更に大きく広がって行き、そこから黒い頭が出現。
その頭部は、デュラウスの見覚えのある物であり、思い出したくもない物だ。
「お、おいおい、それは、反則だろ!!」
「く、黒い、ドラゴン?」
「アースドラゴン……」
デュラウスにつられ、上を向いたプラムも、その姿を視界に収めていた。
レッドドラゴン以上の大きさに加え、見ただけで硬そうな外殻。
そして、特徴的なその方向に、デュラウスは何が出たのか確信する。
入り込んだ揚陸艇に手をつくと、船のスピーカーと自分の声帯をリンクさせる。
「各員!すぐに撤退!方法は何でも良い!とにかく生き延びろ!!」
『デュラウス!何を勝手な!』
「今の戦力じゃ、どう転んでもあれには勝てない!早く飛び立て!あの化け物が襲い掛かる前に!!」
『……やむを得ないか』
デュラウスの説明に折れた司令官は、撤退を視野に入れる。
アースドラゴンの脅威は定かではないが、デュラウスや兵士衰弱具合から見て、そうするしかなさそうだ。
少し惜しみながらも、司令官はスピーカーによって、命令を下す。
『各員!直ちに撤退を開始せよ!最悪装備を放棄して構わん!生き残れ!!』
「何だと!?市民はまだ居る筈だ!」
「そうも言っていられない、頼みの綱のアンドロイドもあの様、備蓄も尽き掛けてる」
「それに、あれはアースドラゴンだ、今の装備で勝てる相手じゃない」
「クソ!」
悔しそうな兵士達の言葉をしり目に、揚陸艇は撤退を知らせる信号弾を打ち上げる。
この信号が打ち上げられると、兵士達は車両へと乗り込んでいく。
町の中のヘリや車両も、信号弾を確認するなり、撤退を開始する。
響き渡るアースドラゴンの咆哮を耳にしながら。




