ベース・イプシロンの攻防 中編
レッドドラゴンが出現する数分前。
駆けつけて来たヘリ部隊と共に、デュラウスは市民の避難を行っていた。
数名の避難民を見送り、バルチャー隊へ連絡を入れる。
「こちらデュラウス、市民をヘリに乗せた」
『了解、こちらも、避難を完了しました』
『私の方も、付近の避難は完了しました』
「そうか……魔物の排除を続行し、市民の捜索を行うぞ」
『りょ、か……』
『な、が、おき……』
「ん?」
バルチャー隊との間の通信は、途中で切れてしまった。
通信機の不調かと、義体に搭載されている通信機を確認。
しかし、これと言った不調は見当たらなかった。
「一体何が……」
不安に思い、デュラウスはエーテルの濃度を確認する。
通信機の不調ではないのであれば、考えられる原因は大気中のエーテル。
その濃度の計測結果を見て、デュラウスは息を飲んだ。
「な!何だよこのデタラメな濃度!これじゃ、俺の通信機なんて役にたたねぇ……ん?」
驚くデュラウスだったが、彼女の機器に、妙な声が聞こえて来る。
その声は、怪談話に使えそうな、身の毛のよだつ不気味な声。
デュラウスの苦手な声色に乗って、かつてシルフィの故郷で感じ取った物と、同じ感覚が伝わって来る。
「な、この感じ、まさか」
『見つけた、食い残しだ、あの時の食い残しだ!』
「……まさか、クラブ?……ん?」
鮮明に聞こえて来たプラムの声に驚いていると、デュラウスの頭に何かが滴った。
雨か何かかと思い、頭に付いた物を手で拭い取り、自分の手を見る。
デュラウスの手の平には、緑色の液体が付いており、正体が判明した時にはもう手遅れだった。
「し、しま!」
デュラウスの頭上には、新たに裂け目が出現していた。
サイズは今までの物と変わらないが、出て来たのはスライム。
スライムはデュラウスの身体をあっという間に包み、その質量で彼女を押しつぶす。
それだけでは済まず、スライムは裂け目から水道水のように出て来る。
「(こ、コイツはスライムか?しかも特大の……クソ、スライムみたいな不定形生物なら、裂け目のサイズなんて関係ないか)」
自らにできていた盲点を悔やみながら、デュラウスは無理矢理身体を動かしだす。
だが、水より重い特大スライムの質量と、油のように高い粘度のせいで、思ったように動けずにいる。
まるで、深海に居るかのように、デュラウスの事を圧壊しようとしてくる。
「(チクショウ、身動きが)」
問題はまだまだある。
この質量のせいか、エーテル・ギアの破損を伝えるアラートが響く。
ブースターに破損が見られ、他の機器も損傷してしまう。
おかげで、どこかの接触に不備が出たのか、ブースターが機能しない。
大剣の電撃で吹き飛ばそうにも、この圧力を前に、剣の開閉機構が上手く働いていない。
しかも、溶解液でも出ているのか、表面が徐々に溶けだしている。
「(う、表面にエーテルを塗布しても、ここまでデカいと、服だけ溶かす何て、都合の良い事は起きないか……しかも、装備はほとんどオフライン、このままだと、潰されて溶かされっちまう!)」
声も出せず、更には無線も通じない。
武器も使えない上に、身体も上手く動かせない。
まだまだ溢れ出て来るスライムに比例し、質量も増加している。
デュラウスを取り込んでいる事を認識しているのか不明だが、動かそうとすれば、その部分の圧力が向上している。
明らかに意思を持って、デュラウスの身体を潰そうとしている。
義体やアーマーへのダメージは、より深刻な物となっていく。
「(考えろ、どうすれば抜け出せる?)」
スライムの質量のせいか、建物を押しつぶしながら活動範囲を広めている。
移動できると考えれば、基地に到達するのも時間の問題。
ミサイルのような近代兵器が通じるか解らない以上、自分で何とかするしかない。
この事態を抜け出すべく、デュラウスは頭を全力で回転させる。
――――――
デュラウスがスライムに飲み込まれている頃。
応援に来た機甲部隊は、レッドドラゴンへと攻撃を集中していた。
タンクたちはエーテルを用いた推進装置によって、戦車とは思えない機動を見せつけ、レッドドラゴンを翻弄しながら砲撃を与えている。
基地とも距離を取らせる事に成功し、流れ弾を気にする事無く砲撃を行う。
グリズリー隊も、地上からランチャーを撃ちこみ、アタッチメントのミサイル類を叩き込む。
それでも、レッドドラゴンはビクともしていない。
『クソ、まるで特撮映画の怪獣だ!!』
『主砲が効かない!何て外殻だ!?』
『この主砲はアリサシリーズの技術が使われているんだぞ!何故奴は平気なんだ!?』
『撃ち続けろ!ダメージうんぬんより、奴の気をこっちに向けさせるんだ!』
タイガーのレールガン、バッファローのエーテル・キャノン。
それらを集中的に浴びせても、相手は多少怯む程度で、効果がある様に思えない。
バッファローの主砲に至っては、アリサシリーズの技術が使われており、軍縮のご時世にしては、破格の威力を持っている。
それでも、ドラゴンには効果的な一撃とはなっていない。
しかし、そんな理由で攻撃を止める訳にはいかないのだ。
ドラゴンの攻撃力は未知数だが、少なくとも、攻撃が基地の方に向かない様にしなければならない。
『ッ!ブレスが来るぞ!』
『退避しろ!』
圧倒的な攻撃を前に、ドラゴンの口から赤炎があふれ出た。
ブレス攻撃の前兆と判断し、ドラゴンの近くにいた車両たちは距離を取る。
その瞬間、ドラゴンの口より火炎が放射される。
火炎というより、もはやビームのようなブレスが地面を焼く。
『チ、そのクセェ息の口ィ、閉じやがれ!』
一両のバッファローの砲手が、逃げ惑う中でドラゴンの口に照準を合わせる。
動き回る車両の中で、砲手は引き金を引く。
ブレスを吐く最中のドラゴンの口に、巨大なエーテルの塊が打ち出され、命中する。
爆炎に飲まれたドラゴンの姿に、砲手はガッツポーズを取る。
『ッシャ!当たったぜ!』
ブレス攻撃も収まり、恐らく脆いだろう口内に攻撃が命中した。
倒せていなくても、大ダメージは確実だ。
そう予測していると、ドラゴンを覆っていた爆炎は晴れる。
というよりも、健在だったドラゴンの羽ばたきによって、無理矢理かき消されたと言った所だ。
『ヘ!顔が半分剥げてら!ザマァ見やがれ!』
砲塔のスコープから、レッドドラゴンの顔が半分溶けている所を確認できた。
しかし、それはヌカ喜びに終わってしまう。
半壊していたドラゴンの顔は、瞬く間に再生。
元の状態に戻ってしまう。
『な!再生しやがったぞ!』
『だが、外殻への攻撃より、体内への攻撃の方が有効な事は分かった!』
今の一部始終見ていた車長は、体内への攻撃が有効という事に気付いた。
次は再生する前に攻撃を集中する事が出来れば、倒す事が出来るかもしれない。
そう考えた車長は、スピーカーのマイクを取る。
無線が使えない中では、こういうやり取りしかできないので、かなり不便だ。
『こちらバッファロー3!各員に通達!相手の体内を狙え!口内でも眼球でも、どこでもいい!内部を狙え!!』
他の車両からすれば、かなり聞き取り辛い状況だが、ドラゴンの損傷を見た者は、体内への攻撃が有効という事に気付く。
各自で頭部に攻撃を集中しようと、照準は同じ場所を向けられる。
攻撃が再開する前に、ドラゴンの方が一手早く動く。
振り上げられた片手に、炎が集中する。
『マズイ!第二波来るぞ!』
その警告がなされた瞬間、ドラゴンの爪による一撃が繰り出される。
ドラゴンに生える五本の指より、炎の斬撃が発生。
銃弾並みの速さの斬撃は、数両のタンクに接近して行く。
一両のタイガーが、五本の斬撃のうち一本と命中してしまう。
『マズイ、ウワアアア!!』
炎の斬撃は、一撃でタイガーを破壊した。
刈り取られるように、車両は地面ごと融解。
乗組員たちは、一目で即死だったと解る。
タイガーの装甲は、高温にも耐えられるというのに、飴のように溶けてしまっているのだ。
嫌でも認めるしかない、味方の死を。
『このクソトカゲが!!』
『もう許さねぇ!!』
車両を扱う者は、荒くれ者である事が多いせいで、仲間の死に頭に血を昇らせてしまう。
幸い車両の舵を取る運転手は、逸る気持ちを押さえつけ、下手に接近したりしていない。
代わりに、照準はデタラメになり、動体等に命中してしまう。
『落ち着け!まだ来るぞ!』
爪の斬撃だけではなく、ドラゴンの攻撃はまだ続く。
今度は尻尾に炎を集中させ、一歩踏み出すと、鞭のように尻尾を振り抜く。
今度は一本の巨大な斬撃が形成され、地上スレスレを広範囲に渡って切り裂いている。
その攻撃に、グリズリーとバッファロー二両が巻き込まれる。
『ウワアア!!』
『ここまでか!』
直撃した事により、命中した彼らは蒸発した。
このままでは、押し切られる事は明白。
せめて一矢報いるべく、一機のグリズリーが前へと出る。
『畜生、これ以上やられてたまるか!』
『おい!何処へ行く!』
前へと出て行ったグリズリーは、臆する事無く間合いを詰めていく。
地上戦闘用の装備なので、地面の上を滑るように移動。
ブースターによって一気に距離を縮め、飛び上がると、ランチャーから他の装備へ切り替える。
『そこからなら、防御もクソも無いだろ!?』
彼が狙ったのは、ドラゴンの耳。
頭に乗り、出来る限り身体を固定して耳に狙いをつける。
眼球や口内より狙いやすいとは言えないが、すぐ近くには脳が有る。
そこに向けて、右腕の装備、パイルバンカーを突き刺す。
超至近距離から強力な電磁投射によって、特殊合金の杭を打ち込んだ。
『死にやがれ!!』
シルフィのストレリチアをベースに作り出された試作品だが、威力は十分。
射出された杭は、ドラゴンの鼓膜を突き破り、その奥の器官を潰しながら脳へ到達する。
しかし、脳幹まで届かず、激痛にあえぐドラゴンから離脱。
重々し悲鳴を響かせながら、ドラゴンはグリズリーへと手を伸ばす。
『クソ、頑丈な奴だ!』
掴もうと伸ばされるドラゴンから、グリズリーは逃れ続ける。
その途中で、杭の無くなったパイルバンカーを捨て、背負っていたランチャーを手に取る。
地上に降り立ち、ホバー移動によって距離を取って行く。
彼の動きに頭に来たのか、ドラゴンは口に炎を収束。
大きく息を吸い込み、狙いを定める。
『……』
その姿を見たグリズリーの隊員は、大型の盾を構え、スピーカーのスイッチを入れる。
聞き取れるかは別として、生き残っている隊員達に作戦を通達する。
『俺がブレスを受け止める!タンク!口内に火力を集中しろ!!』
『ハァ!?何馬鹿な事言ってやがる!』
『来るぞ!!』
議論している余裕はなく、ドラゴンのブレスが繰り出された。
使用できるエーテルの全てを防御へ回し、フィールドと大盾で炎を受け止める。
強力なビーム砲としか思えない攻撃を前に、盾とアーマーは融解していく。
だが、今のドラゴンも隙だらけだ。
『撃て撃てぇ!!』
『全火力を叩き込め!!』
『ぶちかませ!長くはもたないぞ!!』
全ての車両は、扱える火器の出力を限界まで引き上げ、ドラゴンの口内へと攻撃を集中させる。
生き残った全車両による、限界以上の出力の一斉砲撃。
エーテル・キャノンと、レールガンの弾頭はドラゴンの口内に直撃する。
弾頭が口内を貫き、エーテルの塊が口内で爆発した。
『……どうだ?』
ブレスは止み、爆炎が再びドラゴンを包み込んだ。
今度は大きく血しぶきが上がり、その血が機甲部隊の車体を濡らす。
やがて爆炎は晴れ、首無しのドラゴンの姿が現れる。
『やったぞ!!』
『へ、伝説の勇者にでもなった気分だ』
『それより!アイツは大丈夫か!?』
首から上を吹き飛ばされたドラゴンを見て浮かれる中で、グリズリー隊の一人が、ブレスを受け止めていた隊員の方へ向かう。
比較的早めに撃ちこんだと思って居たが、戦車の装甲を一瞬で溶かす程の攻撃が出来るのだ。
ならば、ブレスはどれだけの火力か解らない。
ブレスの熱で赤熱している地面の上を滑走しながら、中心で立ち尽くす隊員を回収。
安全な所へ移し、早急に中の仲間を救出しようと、脱出コードを入力しようとする。
「……クソ、溶けてコードを送れないぞ」
「仕方ない、ここなら大丈夫だ、無理矢理でもアーマーを剥がすぞ」
「ああ」
最後に生き残ったグリズリー隊の人間も駆け付けてくれたので、彼のアイディアを採用。
ここであれば、ドラゴンの熱も大丈夫だ。
そう考え、二人は彼のアーマーを剥ぎ取って行く。
エーテルが流れていないのか、割とすんなり剥がれたアーマー内から、大量の湯気が上がる。
嫌な予感が過ぎり、すぐにスーツの上にアーマーの手を乗せる。
「……どうだ?」
「……」
スーツからは送られてくる筈のデータは来ず、同僚の問いかけに首を振った。
恐らく、スーツの内部は蒸し焼き状態。
それこそ、スーツに組み込まれている生命維持装置を破壊する程の熱だったのだろう。
むしろ、よく原型をとどめていてくれたものだ。
「そうか」
「悪いが、俺はこいつを運ぶ、先に失礼するぞ」
「ああ、美味い酒でも供えてやろう、そいつの功績だ」
「そうだな」
囮になってくれた隊員を担ぐと、基地へと移動して行った。
彼らを見送ると、残されたグリズリー隊の隊員は、ドラゴンの亡がらに目をやる。
この世界の冒険者は、この化け物を近代兵器無しで倒すという。
魔法の技術面での発展は、自分たちの世界より進んでいる事が、嫌でも解る。
「ケ、肩身が狭いぜ」
その辺の石を蹴り飛ばすと、彼も基地へ帰投しようとする。
車両部隊も、続々と基地へ戻ろうとしている。
これ以上長居するくらいなら、装備を補給して、基地の防衛に当たった方がいい。
「急ぐか」
今でも戦いは続いているので、さっさと戻って行く。
その時、何か嫌な音が響いた。
「何だ?」
まるで何かが引きずられたような音。
嫌な予感がし、恐る恐る振り向く。
「……お、おい、ウソだろ」
彼の視界に飛び込んだのは、首無しのドラゴンが立ち上がろうとしている姿。
魔物に限らず、通常は頭を飛ばされれば、生物というのは死ぬ。
しかし、首無しの状態でも、数秒意識があると言われている。
極端な話だが、首のない鶏が十八か月生きた例もある。
だが、それは偶然脳の一部が残っていた事による奇跡。
目の前のドラゴンは、首の上が完全に吹き飛んでいる。
「だ、大丈夫だ、ただの、反射的な物だ、虫が死んだときの足と同じだ、じきに死ぬ」
ランチャーを構えながら、徐々に下がって行く。
恐怖で足をすくませながらも、死ぬのを待つ。
死んだことによる筋肉の硬直だと思い込む事で、平静を維持する。
これで生きていたら、殺す方法は本当に解らない。
恐怖と格闘するが、ドラゴンの首から炎が湧き出た瞬間、気休めの勇気は崩れ落ちる。
「う、ウワアアア!!」
勇気が崩れた事で、なりふり構わずランチャーの引き金を引いた。
何度も引き金を引き、今度こそ止めを刺そうとする。
しかし、目ぼしい急所はもう無い。
ダメ元でも、とにかく砲撃を命中させる。
まき散らされる爆炎から、炎で模ったドラゴンの頭が出現。
「ッ!グアアア!!」
まるでヘビのような動きを見せ、ティラノサウルスのように大きな口に食いつかれる。
炎で出来た牙とアゴにより、アーマーは瞬時に融解。
牙はスーツを貫き、中の隊員を焼きながら食いつくす。
その一部始終は、車両部隊も見ていた。
『ウソだろ!』
『た、退避!退避しろ!!』
炎の頭となって再生した、レッドドラゴンの頭部。
何故完全に再生しないのか解らないが、余計に危険レベルが増したようにしか見えない。
タンクの搭乗者の一人は、昔の事を思い出す。
『あ、あれは……に、逃げるぞ!!ああなったら、なりふり構わず来る!!』
彼が思い出したのは、ジャックを相手にしていた時の事。
ジャックも再生が完全にできず、身体を炎で補強していた事がある。
完全に化け物のように振舞い、当時の仲間を大量に殺していたのだ。
その時の恐怖が蘇り、一両のタイガーが放棄され、乗組員たちは退避する。
彼ら以外は、ここで引くわけにいかないと、踏みとどまる。
『それなら、なおさら引けるか!』
『各機攻撃再開!せめて足止めはするぞ!!』
再度照準をドラゴンへ向けた車両たちは、砲撃を開始する。
先の全力砲撃で威力が低下しているが、足止め程度にはなって欲しい。
藁にもすがる思いで砲撃を行っていると、町の方で爆発が引きおこる。
『な!今度はなんだ!?』
『あ、赤い、電気?』
『気にするな!今はあのドラゴンに集中しろ!!』
町の方では、赤い紫電が巨大なドーム状に広がる光景が、かろうじて見えた。
しかし、今はそちらに気を向けている余裕はない。
砲撃を再開し、ドラゴンの足止めを行う。
その数分後、今度は赤い光が彼らの周りを包み込む。
『な、なんだよ!?』
『これ以上は勘弁してくれ!!』
嘆く隊員達は、眩んだ目を光から放す。
ドラゴンが死ななかっただけでも異常だというのに、これ以上の増援は心が折れそうだ。
そう思っていると、彼らの前に人影が立ちはだかる。
『あ!アンタは!』
「はぁ、はぁ……オエ、特大スライムの次は、化け物ドラゴンかよ」
機甲部隊の前に立ったのは、アーマーも着用せず、大剣だけを握る、片腕のデュラウスだった。




