歪みの災禍 後編
建物に身を隠すスノウは、震えながら目の前の戦いを目の当たりにしていた。
「……これじゃ、勝てるわけ無い」
五人の鎧武者と戦うプラムの姿は、恐怖でしかない。
四方八方から、プラムの死角を突いて攻撃し、一撃離脱の戦いをしている。
バルチャー型の特徴である高機動を、一切活かす事の出来ない状態だ。
こうなってしまえば、背中のユニットは、むしろ邪魔となってしまう。
「(ここから魔法で援護する?いや、敵が早すぎる)」
プラムは何とか反応しているが、スノウの実力では、とても狙える的ではない。
スノウが恐怖で足をすくませている間でも、プラムは武者の凶刃にかかる。
攻撃を受ける度に、プラムのアーマーは切り裂かれ、その部分は剥がされている。
背部のウイングは既に使い物にならない程破損し、身体の至る所から出血している。
「……な、なぁ」
「ん?」
「ね、姉ちゃん、勝てるよな?」
「……」
スノウの後ろに隠れていた子供達は、劣勢のプラムを前に絶望していた。
悲しい眼を向けられるスノウは、言葉を詰まらせてしまった。
何しろ、スノウがどうしようとも、あの武者達に勝てる保証はない。
かといって、気の利いた言葉も浮かばない。
「え、えっと……」
涙を浮かべる子供達につられ、他の市民も表情を曇らせた。
スノウだって、この状況に絶望してしまっている。
自分の若さに打ちのめされながら、スノウは一人の少女を思い浮かべる。
「デュラウス」
どんな状況であっても、デュラウスは脳筋ながら好転させた。
しかし、彼女もどこかで戦っているというのは、軍の人間から聞いている。
どうしたって、デュラウスがここに飛んでこさせる方法はない。
「助けて」
流れ落ちるスノウの涙は、地面に零れ落ちた。
その瞬間、大きな地揺れと閃光が発生。
大きな音も響き渡り、まるで落雷が目の前に落ちたかのような現象だった。
いきなりの出来事であったが、スノウたちは反射的にかがんだ
「キャアア!」
「何だ!?さっきまで晴れてたのに!」
先ほどプラムに突っかかった青年の言葉で、スノウはこの雷の正体が分かった。
目をゆっくりと開け、かがんでいた姿勢を起こし、その正体を目にする。
「……」
「やれやれ、まさかこんな事態になってるとは……スノウ!無事か!?」
地味にくぼんだ地面に立つ、ガラの悪い蒼髪の少女。
デュラウスの姿を見た瞬間、スノウの抱えていた感情は一気にあふれ出した。
嬉しさと悲しさで、涙は滝のように流れ落ちる。
彼女からの問いかけを前に、スノウは涙をぬぐい、赤くした顔で言葉を返す。
「お、遅いのよ!バカ!すぐに帰るって!約束したでしょ!!?」
「そうだったな……ま、その詫びに」
大剣を片手にするデュラウスは、向かってくる鎧武者の方を向く。
武者は既に刀を構え、弾丸のような速度でデュラウスに接近している。
その武者を前に、デュラウスは片手で大剣を振り上げた。
「このニワカ侍ども、叩き斬ってやるよ!!」
紫電のまとう大剣を見てか、武者は刀で防ごうとする。
その姿を前に、デュラウスはあざ笑いながら振り下ろす。
「ヌラアア!!」
大剣と刀がぶつかり合った途端、武者の刀は砕け、大剣の刃は甲冑に到達。
デュラウスの強化された腕力に加え、大剣本来の重量の乗った一撃。
銃撃さえ防いだ甲冑は砕かれ、そのまま武者の事を叩き潰す。
「な!?」
「うへ」
辺りに鮮血が飛び散る様子に、スノウ達は顔を青ざめた。
いくら敵でも、押しつぶされる姿には、少し同情してしまう。
そんな彼女達を気にする事無く、デュラウス武者の頭を兜ごと踏み潰す。
「……子供の前でやる事じゃ無いか」
多少の罪悪感も有るらしく、デュラウスは市民達の方に目をやった。
敵ではあったが、倒し方が倒し方だったので、スノウは子供の目を自分の手で覆っている。
それでも、今はそんな事を言っている場合ではない。
武者はまだ四人もいるうえに、既に普通の魔物まで出現している。
ここで武者を倒し、少しでも事態を好転させなければならない。
その為に、デュラウスは大剣を地面に突き刺しながら、武者を挑発し始める。
「来いよ!女一人を相手に寄って集るしか能の無い、腰抜け侍ども!」
挑発の効果はさておき、武者は一人を除いて、デュラウスへと襲い掛かる。
槍や刀を向けられるデュラウスは、大剣を地面から引き抜くと、黒い笑みを浮かべだす。
再度大剣に雷をまとわせ、デュラウスは武者を相手にする。
「ヘ、やっぱ喧嘩は、棒切れ一本でやるもんだな!!」
三人の武者をまとめて相手するデュラウスは、魔物の軍団を相手にする時より、何故かイキイキとしていた。
――――――
「……こいつだけは、私の相手をする気か」
「……」
三人はデュラウスの方に行ったが、一人の武者だけは、プラムの前に留まっていた。
最初にプラムが相手にしていた個体で、プラムの事をジッと見つめている。
ボロボロだが、戦意は失っていないプラムは、アーマーを捨て、スーツだけになる。
「せめて、子供達に、カッコいい所、見せないといけませんね」
先ほどまでボコボコにされていたが、一人相手なら何とかなるかもしれない。
そんな考えもあるが、せめて手柄の一つでも立てて、子供達に希望を持たせたかった。
どちらが大事かと言えば、後者の方が強い。
真剣なまなざしのプラムを見つめる武者は、ゆっくりと、ぎこちない動きで左手を動かす。
「ん?」
武者の動かしている腕は、まるで押さえつけられているかのように、自由が効いていない。
ダンジョンから湧いて来る元冒険者達は、解らない事が多い。
生体反応は感じられない事から、何者かによって操られていると言われているが、真相は分かっていない。
剣術は見事な物だったが、今の武者の動きは、ゾンビのようにゆったりしている。
そんな動きで、武者は腰の鞘に手をかけ、引き抜く。
「え」
「鞘を捨てた?」
やっとの思いで抜かれた鞘は、武者の手から零れ落ちた。
スノウもその光景を見ていただけに、首を傾げてしまう。
意味不明な行為であったが、鞘を捨てた武者は、刀を構える。
「ィ、ィィ……イ」
「ッ!」
先ほどまで、不気味な呼吸音だけしか発していなかった武者の口から、不器用ながら台詞のような物が出た気がした。
偶然だと割り切ろうとするプラムを知ってか、武者は先ほど以上に美しい構えを見せ、一気に正面から斬り掛かって来る。
しかも、お雄叫びをあげながら」
「ザアアアア!!」
「……来い!」
向かってくる武者を前に、プラムも全力で接近する。
ドレイクから直々に教わった技を出すべく、ブレードに風をまとわせる。
双方正面から、それも防御も一切行う気のない攻め方。
正に、この一撃に全てを賭けているかのような気迫だ。
「アアア!!」
「ハアアアア!!」
互いに叫びながら、二人は刃を交えた。
切り結ぶでもなく、ただ一太刀を当てる。
すれ違った二人の空間に、緊張した空気が流れだす。
一部始終を見ていたスノウでさえ、どちらが勝ったか解らない程の速度。
「……」
時間差を生じ、プラムの首に赤い線ができ、そこから血が流れる。
武者の方は、兜が取れ、素顔をさらす。
小さな角を生やした黒髪の青年は、血色の悪い顔をプラムの方に向ける。
「ミ、ゴ、ト……」
明らかに言葉と取れるような発言をすると、武者は首から血を流しながら倒れ込む。
気のせいかもしれないが、彼の表情はとても満足そうだった。
「……制圧完了、後は」
感傷に浸りたかったが、プラムは急いで魔物の排除を行う。
武者達と戦っている間に、大分増えてしまっていたので、先ずは周囲の魔物だけでも排除して行く。
「(あのサムライ、まるで自分の意思があったような)」
魔物の制圧を開始したプラムは、先ほどの武者の事を考えた。
先ほどの立ち合いで、プラムは僅かに、感謝と敬意、感じ取った。
他の武者からは何も感じなかったが、今斬った武者だけは、確かにそれを感じたのだ。
「……」
「おーい、こっちは片付いたぞ」
「あ、お疲れ様です」
考え事をしていると、デュラウスも武者達を無傷で倒し終えて来た。
これで、町の脅威は現象したが、完全に去った訳ではない。
色々と気になる事も有るが、今は作戦を優先するべきだと、プラムは気を引き締める。
「(ん?この侍、鞘を外してやがる)」
「湧いた魔物は排除しました、後は彼らを」
「あ、ああ、そうだな……よし、お前がこいつ等を護衛しろ、俺は魔物共を掃除する」
「はい」
今のプラムは、バルチャーを失ってしまっている。
大きく機動力を欠いている為、もう町中を移動して戦闘する事はできない。
デュラウスは大急ぎで来たとは言え、十分な働きを出来る。
その事を自覚する本人は、その指示に従う事にし、隠れている市民達を呼び出す。
「それでは皆さん、出てきてください!私が基地まで護衛します!」
プラムの言葉に従い、市民達は建物から出て来る。
皆がプラムの元へ行く中で、スノウは顔を赤くしながらデュラウスの方へ行く。
「どうした?」
「……そ、その……ありがと」
「……フ」
「な、何よ!?何がおかしいの!?」
「いや、別に」
「な!」
久しぶりに素直なスノウを見る事の出来たデュラウスは、思わず笑ってしまった。
理由は話したくないので、何となくはぐらかしたが、かえってスノウの顔を赤くさせてしまう。
ギャーギャーと騒ぐ彼女をしり目に、デュラウスはコソコソと作業を開始。
その風景のおかげか、スノウは騒ぐのを止める。
「……あれ?それ」
「……コイツの魂さ」
「ふーん、武器が魂」
「スノウさん、そろそろ行きますよ」
デュラウスの哲学じみた発言に、スノウが頷いていると、出発の準備ができたらしい。
という事で、スノウとデュラウスは、またお別れだ。
その事を反射的に気付いたスノウの耳は、ペタリと力無く下がる。
「……」
「ほら、ちゃんと逃げろよ」
「……わかった」
「何だ?寂しいなら、キスの一つでもしてやろうか?」
「ブ!?」
からかわれた事で、スノウは何時ものツンデレを発揮。
今度は、赤くなった耳をパタパタとさせ始める。
「う、うるさいわよ!このロリコン!全然寂しくないもん!」
「はいはい……プラム、そいつを頼む、後これも」
「え、ッ」
走ってプラムの元へ行くスノウの背を見ながら、デュラウスは手に持っていた物を投げた。
デュラウスが投げ渡した物を受け取ったプラムは、目を丸める。
何しろ、先ほどまで戦っていた武者の刀を渡されたのだ。
「な、何でこれを?」
「良いから、貰っておけ、自分で使う得物位、いい物使え」
「……はい、ありがとうございます、では、これで」
腰に刀を差したプラムは市民を連れ、揚陸艇へと向かう。
「……さて、片付けますか」
彼女達を見送ったデュラウスは、屋根の上へと上がる。
町中を見渡し、魔物の様子をうかがう。
近頃センサーの精度は、日を追うごとに低下しているが、困らない程ではない。
実際、プラムの部下達は、せわしく働いているのが目に映っている。
「……エーテルの濃度が濃すぎる、このままだと遠距離が見えなくなるか……ま、そっちは頭のいい連中に任せるか、俺は俺で、掃除させてもらう!」
これでも、この町はそれなりに思い入れがある。
加えて、折角カルミアとヘリアンが作ったのだから、魔物の襲撃ごときで潰されるのもシャクだ。
品のない不法占拠者には、ご退場を求める。
「……ん?この場合、余計に汚れるか?」
掃除と発言したが、ここで魔物を殺しても、ブチまかれた血や臓物は残る。
ここで倒した魔物をそのままにしたら、防護服でも着ないといけなくなるだろう。
それに、建物や地面に染み付いた臭いや血は、簡単には落ちない。
市販の芳香剤では、気休め程度にしかならない程、異臭を放つ事に成る。
「ゲームによっては、殺した後の魔物がゾンビ化してパワーアップする、なんて事も有るが……ウ」
ゾンビ化によるパワーアップなら良いが、腐敗の結果で、湧く物もある。
以前、この町の近辺の清掃任務に就いた時、遺体の回収を行っていた際に、何度もそれを見た。
それを思い出しただけで、デュラウスの身体に鳥肌が立った。
「……もう殺してるだけでヤバい気がしてきた」
嫌な予感を抱きながら、デュラウスは魔物の制圧を続ける。
――――――
その頃。
カルミアの町の農場近辺では、まだ老人や子供が取り残されていた。
三つの穴からは、コボルトやゴブリンが出てきており、一人のドワーフが応戦している。
「はぁ、はぁ、流石に、この老体に響くな」
引退後、農場で土いじりをしていたネロは、取り残された民間人を助けるべく、農具を武器として戦っている。
鉈や斧等、武器として扱える物は何でも使い、衰えを感じさせない戦いを繰り広げている。
しかし、老衰等が起因し、体力の方が持ちそうにない。
今の彼の唯一の希望は、一足先に基地へ向かったチアキだ。
「……チアキ、早くしてくれ!」
鉈でコボルトの頭をかち割りながら、ネロは珍しく弱音を吐いた。
チアキには、市民を輸送する為の車両を取りに行ってもらっている。
ネロが認識できる限りでも、魔物が出ている裂け目は町中に出現している。
何か足止めを受けてしまっている事を考えると、遅くなっても仕方はない。
「ええい、うっとうしい!!」
ゾンビのように纏わりついてくるゴブリンを、ネロはその怪力でねじ伏せる。
老いた身体に鞭を打ち、怪力に任せた技で叩きのめしていく。
以前にも似たような戦いに参加したが、今回は農具しか装備していない。
攻撃は十分だが、防御の面が心配な状態だ。
疲労で鈍くなっていく彼へと、コボルトとゴブリン数匹が襲い掛かる。
「ヌ、ヌヲ!!」
覆いかぶさって来たコボルトは、人の顔位簡単に飲み込んでしまいそうな口をネロへ向ける。
明らかに噛みつこうとしている事に気付いたネロは、斧の刃で防ぎ止める。
「グヲ!!」
しかし、コボルトの爪は、ネロの分厚い皮膚や服で守られた肉に食い込む。
更に、片足の太ももに、ゴブリンが噛みついてくる。
足に強い電流を流したような痛みが、足の全体に広がっていく。
痛みへの訓練は受けていても、初めての激痛だった。
「グアアアア!!グ!」
悲鳴を上げたネロだが、激痛の走る身体を奮わせ、コボルトの顔に一撃を入れる。
ドワーフは小柄だが、屈強な肉体と力を持つ。
その一撃は、まるで横綱の貼り手。
スーツを着ていなくとも、二トン以上の威力が出る。
「この!離れろ!」
素手で魔物達を殴り飛ばし、身体の自由を確保するが、そろそろ体が限界だ。
満身創痍となっているネロへと、魔物の群れは容赦無く襲い掛かる。
「……これまでか!」
諦めてしまうネロの耳に、車両のエンジン音が響く。
そして、魔物がネロの元へ到達する前に、車両は畑の上だろうとお構いなしに爆走。
オリーブ色の車体を血に染めながら、ネロ達の元へと駆け付ける。
見事なドリフトを見せながら停車した、一両の車両は運転席の扉を開ける。
「遅くなって申し訳ないっス!」
「チアキ!来たか!」
「兵士も連れて来たッスから、みんな逃げられるっスよ!」
チアキの言う通り、車両は五両も有る。
兵員輸送用のトラックだけでなく、武装したジープに、装甲車まで随伴してくれている。
更に、兵士達も数名来ており、一部は魔物銃口を向け、残りは民間人の避難の手伝いを始めだす。
「さぁ!早く乗ってください!」
「早く!ここから逃げるぞ!!」
「チアキ、私が銃座に付く、手を貸してくれ」
「りょ、了解ッス」
避難を開始する市民達を守るべく、ネロはチアキの手を借りながら、ジープの銃座に付く。
取り付けられている五十口径の機銃を操作し、銃口を向ける。
「くらえ!!」
大口径機銃ならではの反動が、ネロの身体に響く。
負傷の痛みに堪え、次々襲い掛かる魔物を吹き飛ばす。
人間サイズの魔物相手には、少々協力すぎるが、そんな事を言っている場合ではない。
弾を節約しながら、次々と撃ち抜いていく。
彼の下でも、チアキがサブマシンガンを手に、応戦を始める。
魔物を抑えていると、後ろの方からおじいさんの声が聞こえて来る。
「好き勝手暴れおって!そこの野菜は、もうちっとで収穫だったんだぞ!ゴブリン共め!!」
「気持ちはわかるが今は大人しく車両に乗ってくれ!!」
どうやら、畑を滅茶滅茶にされた事が頭に来ていたらしい。
車両の爆走のせいでもあるが、魔物が暴れたせいで、畑は見る影もない。
丹精込めて耕した畑をズタズタにされたのだから、怒っても無理はない。
「全員乗ったか!?」
「はい!乗り込み完了!」
「チアキ!出せ!」
「了解ッス!」
基地へ向かうべく、チアキは銃をしまい、運転席に着く。
すぐにギアを切り替え、アクセルを踏み、発進する。
「しっかり掴まるッス!」
発進された車両たちは市民を乗せ、魔物の巣窟となっている町を突き進む。




