歪みの災禍 中編
ベース・イプシロン。
カルミアの興した町に隣接する軍事基地。
陸軍も空軍もそろっており、数多くの兵器が搬入されている。
軍縮の影響は受けていながら、有事の事を考え、規定以上の戦力を保有している。
そんな基地に、緊急を知らせるアラートが響いていた。
「何が起きている!?」
プラムはドレイク達と別れ、数名のチームと共に補給と整備に訪れていた。
整備の終了まで、身体を休めるつもりが、鳴り響く緊急アラートを前に、休憩を切り上げた。
格納庫へ向かいながら、無線を使って状況を訊ねだす。
『魔物です!町だけでなく、基地にも侵入したそうです!』
「何だと!?即時バルチャーの調整を中断!魔物を排除する!」
町と基地に、魔物の侵入を許した。
前線の部隊が壊滅したという報告があれば、すぐに緊急発進の指令があった筈。
それが無く、いきなり魔物が出現したという事は、何かイレギュラーが発生したと、プラムは考える。
「(何が有った?前線の部隊が抑え込みに失敗したのなら、我々には召集がかかる筈)」
疑問を浮かべながら、プラムは拳銃を片手に格納庫へ急ぐ。
何が起きたかは置いておき、基地に魔物が侵入しているとの事だった。
警戒を怠らずに通路を進んでいき、銃声の響き渡る格納庫に到着する。
「こ、これは!?」
「死ね!化け物!」
「この!武器から離れろ!」
格納庫には、既に複数の魔物に入り込まれていた。
空間には黒い裂け目が出現しており、そこから小型の魔物が入り込んでいる。
出撃しようと、ここに来た隊員達が戦闘を繰り広げており、すぐにプラムも戦闘に参加。
入り込んでいるのは、ゴブリンやトロールのような小型の魔物、拳銃程度の武器でも制圧が出来る。
機械のように正確な射撃で、魔物達の頭部を撃ち抜く。
「……無事か!?」
制圧を確認したプラムは、馬乗りになられていた整備士を救助。
助けられた整備士は、プラムの姿を見て安堵する。
「あ、ああ、中尉……負傷者はいますが、何とか無事です」
「そうか、それで、あの黒い裂け目はなんだ?」
追加の魔物は送られていないが、黒い裂け目は健在。
数名の隊員が銃弾を数発撃ちこんでも消えず、物理的な破壊は不可能らしい。
救助された整備士は、こうなるに至った経緯をプラムに報告する。
「分かりません、発進の指示を頂いた後、黒い裂け目が現れて、そこから、魔物が」
「バカな、装置なしで空間転移が出来るというのか?」
整備士からの報告に、プラムは首を傾げた。
とても状況が呑み込め無かったが、無条件に魔物が送り込まれた事は分かった。
外がどうなっているか解らないので、プラムは辺りを見渡し、指示を下す。
「……バルチャー隊に通達!お前達は私と共に、町の魔物を排除!戦える者は、揚陸艇を確保!物資と避難民を運びこみ次第、すぐに飛び立つ!」
『了解!』
プラムの指示に敬礼した隊員達は、急いで命令を実行に移す。
戦闘可能な隊員は、すぐに装備を取り付け、整備班はその手伝いを行う。
中にはゴブリンらの攻撃で、動けなくなっている者もいるが、それは手当を行う隊員に任せ、プラムも出撃準備を開始。
整備中だった自分の機体を着込み、軽くチェックを行う。
「……整備は中途半端、けど、今は市民を守る」
『ハッチを開きます!皆さん!ご武運を!』
アナウンスの通り、ハッチが開かれた。
そして、プラムと仲間のバルチャー隊二名は、ハッチから出撃する。
「了解、バルチャー・トルーパー各機!出撃!」
三機のバルチャーは基地を後にし、残された隊員達は、それぞれの任務をこなそうとする。
みんなが出撃しようと準備を進める中、負傷者の手当てを行っていた隊員は、治療に難色を示す。
「……これ、どうしろってんだ?」
「アアア!イテエエエ!!」
ゴブリンに腕を噛まれた隊員なのだが、もはや負傷と呼べる物ではない。
噛まれた部分を起点に、腕が徐々に腐っていくかのように、変色している。
グズグズしている間にも、腐敗個所は広がって行くが、応急処置程度の知識しかない彼にはどうしようもない。
困り果てていると、この基地の軍医も駆け付けて来てくれる。
「おい!君!大丈夫か!?」
「大丈夫な訳ないだろ!腕が腐っちまって、どうしたら良いのか」
「診せてみろ!」
急いで来た軍医は、すぐに隊員の症状を見るなり、顔を青ざめる。
「こ、この症状は!す、すぐに腕を切り落とさなければ!」
「な、何だと!?」
「マズイ!魔物がまた来たぞ!」
――――――
出撃したプラム達は、市街地上空で様子をうかがっていた。
既に避難指示が出され、シェルターへ向かおうとしていた市民達だが、部隊の誘導で、基地を目指している。
整備士の言っていた通り、魔物の出現する黒い裂け目が各所に出現している。
裂け目は魔物を数体落とし、そのまま状態を維持。
いくらかのスパンを挟んだ後で、再び魔物が追加されている。
民間人の避難ルートは、町に出ていた隊員が対処している。
『中尉!民間人の避難を優先しますか!?』
裂け目の数は、市街地内部の方が多い。
逃げ遅れた市民や、追手の魔物。
それを考えると、町内の魔物は排除しておいた方がいい。
「いや、民間人は自主避難させる、私達は魔物の排除を優先するぞ!」
プラムは部下の二名と共に、町の方へと移動。
既に数多くの魔物が落とされており、逃げ遅れた町民に襲い掛かっている。
その様子を見るなり、プラム達はライフルを構える。
『細かい奴らばかりゾロゾロと!』
「よく狙え!市民の犠牲を出すな!」
絶対に市民に当たらない様に、プラム達は精密狙撃を開始。
基本的にゴブリンのような細かい魔物である為、ライフルではパワーが過剰だ。
なので、出力を極力落とし、消耗を抑えながら戦う。
『早く逃げろ!シェルターはダメだ!基地の揚陸艇に迎え!』
部下の一人が避難誘導を行う姿を尻目に、プラム達は次々魔物を潰していく。
対空装備を持たない相手なので、戦いは一方的な物。
流れ弾さえ気を付ければ、負ける事は無い。
制圧の完了と共に、司令部からの通信が来る。
『こちら司令部、中尉、協力感謝する』
「はい、こちらで魔物は対処しますが、基地はそちらで何とかしてください(エーテル濃度のせいか?少しノイズが)」
『すまない中尉、こちらの基地でも、裂け目から魔物が溢れている、応援部隊の到着には、かなり時間がかかる』
多少のノイズが入っているが、会話に支障はなかった。
孤立無援になる事は、最初から覚悟の上だ。
元々、ダンジョンから出て来る魔物の対処のために、かなりの量が出払っている。
基地にも裂け目が有るとなれば、応援は期待できないだろう。
「解りました」
『だが、救難信号は送ってある、運が良ければ、近くの味方が駆けつけてくれる筈だ』
「了解(こっちの期待はできないだろうな)」
根拠のない司令部のセリフに、プラムはため息交じりに無線を切った。
アリサシリーズやスレイヤーの救援を、期待しなくはない。
だが、彼女達は世界中を転戦している。
この三か月、プラムもほとんど休み無しに戦ってきただけに、その辛さはわかる。
たまたまこの町の近くに居たという確率は、かなり低い。
「各機散開!魔物を見つけ次第、即座に排除!逃げ遅れた市民を見つけたら、すぐに救助しろ!」
『了解!』
プラムの指示通り、部下の二人は町中に散る。
彼らとは違う方へと、プラムは移動を開始。
魔物の捜索を行いながら、状況の分析を始める。
「(幸いなのは、出て来る魔物は全て人間サイズって事か……サイクロプス級の魔物が出ていたら、私達でも大きな被害が出ていた)」
基地の時もそうだったが、出現する魔物のサイズは、どれも人間程の大きさ。
シルフィの里の縦穴から出てきていたような、大型の魔物が出ていたら、この町は廃墟となっていただろう。
その事に安堵していたら、プラムの近くで爆音が響く。
「何だ!?」
部下の攻撃ではなく、魔法による物の音。
逃げ遅れた市民の中に、冒険者や魔法使いが居たらしい。
爆音がしたという事は、魔物も近くに居るという事。
すぐに音のした方へと向かう。
「……あれは」
「シャイニング・ランス!」
音のした方では、金髪のエルフの少女が魔物を相手に応戦していた。
彼女は背後の家屋に逃げる事はせず、果敢に戦っている。
かなり長く戦っていたのか、少女の息は上がっており、手数も足りていない。
魔物の波はどんどん押し寄せている。
それを見たプラムは、すぐに降下。
驚く少女を横目に背後を見ると、複数の家族が店内で震えていた。
ライフルのモードを切り替え、マシンガンのようにエーテルを連射する。
「伏せてください!」
威力の低いエーテル弾は、魔物達を次々となぎ倒す。
プラムの機銃掃射を前にして、市民達は頭を抱えながらしゃがむ。
魔物の掃討を確認したプラムは、市民達の様子を見る。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
「え、ええ、ありがとう……って、あんた、確かプラム、さん?」
「はい、そう言うあなたは、確か……」
「スノウ、スノウ・ドロップよ」
「ああ、そうでした」
逃げ遅れた市民を守っていたのは、デュラウスの所のスノウ。
前大戦の後、町で何度かすれ違う程度の関係なので、名前が出てこなかった。
その事を確認すると、スノウが守っていた市民の方へと視線を向ける。
まだ中学生程度の年齢だというのに、十人以上は守りきったようだ。
「よく、守り切りましたね」
「と、当然よ……で、でも」
「でも?」
「でゅ、デュラウスには、内緒にして」
「……わ、わかりました」
スノウとしては、もっと誇りたい状況であるが、デュラウスに怒られる事を恐れ、プラムと約束を交わした。
とりあえず、その事を承認していると、震えていた子供達と目が合う。
彼らは、スノウ以上に見知った顔だった。
「……あ!プラムの姉さん!」
「き、君達!」
以前、ドレイクと町を散策した時に出会った子供達。
彼らは、プラムの姿を見るなり、涙ながら安堵する。
プラムの力は、いつの間にか一緒にサッカーで遊ぶ仲になった彼らは良く知っている。
何時も、超人のようなプレーを見せる彼女が来たのだ。
子供達からして見ると、スーパーヒーローが助けに来たような感覚だろう。
「な、何で君達まで」
「え、えっと、ここで皆でご飯食べようとしたら、急にこんな事に」
「……そうでしたか」
上を見上げたプラムは、彼らの逃げ込んでいたのが飲食店だった事に気付く。
運の悪い事に、あの黒い裂け目は店の目の前に出現している。
不幸中の幸いか、スノウのアルバイト先だったおかげで、彼らは命拾いしたようだ。
その事を考えていると、助かった市民の一人の青年が、プラムに食い掛る。
「そんな事より、早くシェルターに行くぞ!アンタ軍人だろ!?守ってくれ!」
「……それは、構いませんが、行き先はシェルターではなく、軍の基地です」
「何だと!?ここからどれだけ離れていると思っている!?」
「相手は魔物を無条件にどこにでも送り込めます、申し訳ありませんが、揚陸艇で避難してください」
プラムの発言に、市民達は顔に影を落とす。
彼らにとってこの町は、ようやく見つけた安息の地。
その筈が、また魔物の襲撃のせいで捨てなければならなくなった。
自らの不幸に、自己嫌悪すら抱いているように見える。
もちろん、子供達も、解らないながらも、この町から逃げなければならない事は理解できている。
「お姉さん、この町、本当に捨てないといけないの?」
「……」
純粋に悲しむ子供の顔を前に、プラムは言葉を詰まらせた。
慣れ親しんだ場所から、別の場所に避難する。
大人は良いかもしれないが、子供にとっては相当なストレスだろう。
だが、ここで避難しなければ、彼らは犠牲になる。
子供達の前にしゃがみ込んだプラムは、以前ドレイクが見せたように、優しく語り掛ける。
「あ、安心してください、お姉さん達が、魔物を全部倒します、それが終わったら帰って来れますから、また皆で、サッカーで遊びましょう」
子供達の頭をなでながら、プラムは子供達を安心させた。
目に涙をためながら、子供達は笑みを浮かべ、頷く。
その様子に、子供達の親は、プラムに一礼した。
「……そう言うのもいいけど、早く行かない?」
「あ、そうでした……私が護衛いたします、無理せずに基地に向かってください」
スノウからの指摘に、プラムは我に返ると、市民の誘導を始める。
しかし、少し話を長引かせすぎたらしく、裂け目から魔物が出てきてしまう。
ライフルをしまったプラムは、エーテル・ガンを抜き、銃撃を行う。
「スノウさん!貴女も避難に集中を!」
「わ、分かった!」
応戦するプラムだが、自分自身に違和感を覚えていた。
何しろ、今の自分の任務は、市民の護衛ではなく、魔物の排除。
本来なら魔物を倒した後、彼らを見捨てるように別の場所に行かなければならない。
なのに、彼らだけは守りたかった。
「(……これが、大尉の言っていた、大義以外の、戦う理由?)」
「プラム?プラム!!」
「え?」
考えこんでいたプラムの名前を呼ぶスノウの声で、浮かんだ疑問は引っ込んだ。
その事には感謝したが、どうやらボーっとしていたから、何度も呼んだ訳ではないらしい。
「成程、こういう報告も受けていましたが」
「どう?勝てそう?」
裂け目から出て来たのは魔物ではなく、和風の甲冑に身を包んだ侍。
プラム達を前に、侍は手に握る刀を構えだす。
冒険者が敵として現れる事は、報告で聞いていた。
まさかこんなタイミングで来るとは、プラムも予想外だった。
やることは変わらないが、冒険者の実力は、ゴブリン程度の魔物とは訳が違う。
「……解りません、とにかく、下がっていてください」
スノウたちを近くの建物に避難させ、プラムは武者の事を睨みつける。
ダンジョンに入れるのは、ギルドでちゃんとした段階を踏み、一定以上の実力を示した実力者。
しかも、ランクが高い人間の実力は、プラムも身に染みている。
この基地で教官として雇っている葵と、イリス王国の近衛兵のミシェル。
二人共Aランクで、プラムがかつて所属していたヴァルキリー隊とマトモに戦った実力者だ。
「(あいつがAランク冒険者の確証はないが、もしそうなら、私一人で勝てるかどうか)」
多少腰を引かせながらも、プラムはライフルを発砲。
相手は刀である以上、近づかれる前に狙い撃つことにした。
一直線で進むエーテル弾を前に、鎧武者は刀を振り上げる。
折角の銃撃は、一太刀でかき消されてしまった。
「な!?」
「ウソでしょ!」
その姿に、プラムとスノウは目を見開いた。
通常のライフル弾より若干遅いとは言え、一般人の反射神経で回避する事は不可能。
プラムだって、ライフル弾の両断程度ならできる。
つまり、剣術に関しては、プラムと同レベルかそれ以上だ。
驚いているまもなく、鎧武者はプラムへと接近してくる。
「チ!」
舌打ちをしながら、プラムはライフルで迎撃を開始。
連射による弾幕形成で行く手を阻むが、見事な刀さばきで防がれてしまう。
思わず見とれてしまう技だが、そんな余裕はない。
瞬時に間合いに入り込まれ、プラムは咄嗟にライフルで刃を受け止める。
「ッ!」
しかし、武者の使う刀の前では、ライフル程度の強度では簡単に切断されてしまった。
瞬時にライフルを捨て、エーテル・ガンを抜いたプラムは、自分から接近し、至近距離から銃撃を浴びせる。
「この!」
互いの間合いに完全に入り込んだ事で、防がせる事無くエーテルは直撃。
武者の事を後退させる程の数を何発も撃ちこみ、武者は転倒する。
「……そ、そんな」
転倒した筈の武者は、何事もなかったように立ち上がった。
エーテル弾を撃ち込まれた甲冑の腹部は、少し煙が上がる程度の傷。
「(冒険者は、魔物の外皮やウロコを使って、鎧を作ると聞くが……まさか銃撃を防ぐほど何て)」
防御も攻撃も、現代の軍を相手に戦えそうな代物だ。
官給品程度の安物であれば、プラムの世界の中世時代の鎧と同性能。
エーテル・ガンで十分貫通できる。
だが、目の前の鎧武者の甲冑は、プラム達の戦闘スーツレベルの強度を持っている。
そう判断したプラムは銃をしまい、ブレードを引き抜く。
「(甲冑があの強度となると、刀も一級品の筈)」
プラムの使用するブレードは、支給された代物。
ドレイクやリリィの使用するような、一級の物と比べれば、鉄パイプも同じだ。
「プラム後ろ!」
「ッ!?」
スノウの警告に気付き、プラムは寸前で迫りくる白刃を回避。
空ぶった刃は、石畳の地面を切り裂いた。
しかし、斬り掛かって来たのは、プラムが相手にしていた武者ではない。
「……ブシドーってやつは、この連中には無いか」
何と、武者は一人ではなく、五人に増えていた。
それぞれ和製の装備をまとい、プラムを前に槍や刀を構えている。
葵から武士道という物を聞いていたが、女性一人に大人数でかかるような、卑怯な事では無かった。
「……同じパーティか何か知らないが……これは」
一人でも勝てるかどうか分からない相手が、今度は五人。
孤立無援を覚悟していたが、今ばかりは猫の手でも借りたい。
「手伝う!?」
「いえ、民間人を先頭に巻き込む訳にはいきません!貴女達は、そこに隠れてください!!」
連邦の軍人として、一人の戦士として。
市民を守るべく、プラムはブレードを構えた。




