抜歯直後は結構痛い 前編
前回のあらすじ。
シルフィは目の前に居る刺客が、知り合いだというのに、名前をど忘れしてしまっているらしく、必死に思い出そうと、躍起になっていた。
「あの、本当に忘れたんですか?」
「あ、いや、そのぉ、はい」
「キサマ、一応同級生だろうが!忘れるか普通!」
敵であっても、流石に名前を憶えていないというのは、失礼だと考えたシルフィは、頑張って思い出そうとする。
しかし、最終的に、『あ』から始まる、物凄い印象の薄い名前という事位しか思い出せなかった。
「えっと、アリオスだったか、アレルヤだったか、色々とハブられてそうな名前だったようなぁ~」
「アストレイとか、アレックスとかですか?まぁそれより、どんな人なんですか?」
「えっと、確か学び舎を首席で卒業した天才児で、神童とかって言われて、女子からもモテモテで、次期狩人筆頭の候補者になっていて、族長代理からも一目置かれてた感じ?」
「そこまで知っていて何で名前が思い出せないんですか?」
「アレンだ!ア、レ、ン!!」
何時までもグダグダしている二人にしびれを切らしたらしく、アレンは、自分の名前を滅茶苦茶強調しながら教えてくる。
名前を憶えられていなかった事が、相当嫌だったのか、アレンは青筋を浮かべ、顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす。
「俺は天才児として学び舎の教師から英才教育を施され、更にはこうして最年少で暗殺者として選ばれた有所正しき存在だ、そんな俺を忘れるとは、キサマそれでもエルフか!!」
「(自分の経歴自慢げに語るタイプか、こういう奴程落ちぶれるんだよな)」
「いやぁ、なんか学び舎時代の記憶って、なんかいろいろ抜け落ちてて」
「フン、まぁいい、所詮、貴様は我々の同胞に成りそこなった落ちこぼれ、この俺の手にかかって死ねるのなら、本望だろう」
二人の事を見下すような目で見るアレンは、手に持っている杖をシルフィに向け、魔力を集中。
炎の塊を出現させると、不敵な笑みを浮かべる。
アレンは、シルフィの事を完全に見下している。
それもその筈、アレンの適性属性は、炎・風・光、この三つだ、一般的にも天才と持てはやされるような才能だ。
魔法というのは、どうしても先天的な才能に依存しやすく、それ故に、アレンのように、複数の属性を扱える存在は、凡才の面々を見下す傾向にある。
シルフィのように、魔法の適性が低い者は、どれだけ努力を重ねようとも、自分たちには決して追いつけない。
特にエルフ達は、そう言った考えに成りやすいとも言われている。
「無能がどれだけ努力を重ねようと、我々のような天才に敵わない事を、教えてやる!!」
そう叫ぶと同時に、二人に向けて、火球を打ち出す。
アレンの炎は、着弾の瞬間に爆発。
間髪入れず、更に強力な爆炎を発生させ、二人に向けて打ち出す。
連続で繰り出された魔法は、正に炎の雨とよべる。
数秒間と言う短い時間で、空軍の爆撃並みの攻撃が行われると、アレンは攻撃を中断、爆炎が晴れるのを待つ。
今の攻撃を何の対策も無くくらって、生きているような人間はもちろん、魔物は滅多にいない。
彼からすれば、相手は魔法もろくに使えない素人コンビ、オーバーキルだったかもしれないと考えるが、そんな事はどうだって良い。
アレンが味わうのは、勝利の美酒などというものではなく、不完全燃焼と言った感じだった。
「ま、所詮は素人共、俺のような天才にかかれば、この程度か、早いところ、死亡確認して、アラクネとかいう奴も、始末しないとな」
アレンは、爆炎が晴れるまで、ユリアスとの約束を思い出す。
この付近の山に封じられているという魔物、それを復活させ、自分たちの配下置く。
その為に先ずは、封印場所を守護している魔物であるアラクネを、どうにかしなければならないのだ。
その前に、アレンとしては、自分たちエルフの顔に、泥を塗った存在であるシルフィを、個人的に始末したいと思っていた。
エルフだというのに、魔法のまの字も使えないような存在を、彼は生かしておくことに我慢ならなかった。
やがて爆炎は晴れてくると、アレンは爆散した二人の遺体を思い浮かべていたが、そんな考えとは裏腹に、全く違う代物が目に映る。
蒼い球体状の光、その中心には、巨大なシールドを携えているアリサの姿があった。
「ば、バカな」
殺す気全開の攻撃の筈が、二人が無傷で佇んでいる。
そんな事はあり得ない、心の中でアレンは叫んだ。
展開されているのは、所謂魔力障壁のような物だという事は、一目でわかった。
今の攻撃を完全に防ぎきるような強力な障壁を、あの一瞬で展開したことに、驚きを隠せなかった。
「やれやれ、反応がコンマ一秒でも遅かったら、今頃バーベキューでしたね」
「あ、ありがとう」
アリサが展開したのは、エーテル・フィールドと呼ばれる強力な防御フィールド。
爆撃等にも耐えられる程強力な強度を誇り、特殊な方法を用いなければ、突破することは困難な物だ。
こんなものを展開できるとは知らなかったシルフィは、攻撃された瞬間は生きた心地がせず、攻撃を防いでいる最中はアリサが神様に見えた位だった。
「俺は天才だぞ、俺の攻撃を、あんなサルなんかに……ふざけやがって!!」
「無駄な事を」
安心している暇はなく、プライドを傷つけられたアレンは、すぐに次の魔法を発生させる。
ビーム照射のような光魔法に、先ほどのように大量の火球を打ち付ける魔法。
自身の出せる様々な魔法を繰り出したが、アリサのフィールドの前では、全て意味をなさなかった。
「クソ、なめやがって……」
攻撃の全てを防ぎきるアリサの姿をみて、アレンは一つの賭けにでた。
あたかもアリサに攻撃を行うように見せかけると、発射の寸前で、照準をレンズの町に合わせ、魔法を数発放ったのだ。
「しまった!」
流石に民間人まで巻き込む訳にはいかず、すぐさまライフルを生成し、町へと向かう火球を狙い撃つ。
ライフルはエーテル・ガンよりも、精度と射程に優れている。
長距離狙撃による要人暗殺、ミサイル迎撃。
そう言った事を行えるようにプログラムされているおかげで、全弾撃ち落とす事に成功。
しかし、その隙にアレンは一足先に町へと、空中から向かってしまっていた。
街中では、いくらアリサが防御しても、広範囲の攻撃を行われてしまえば、自然と民間人に被害が出てしまう。
せめて町にたどり着く前に追いつきたいところであったが、もう追いつけそうにはない程、アレンは町へと接近してしまっている。
しかも道中でアリサ達をチラリとみるなり、悪意のある笑みを浮かべている辺り、本気で町を盾に使う気のようだ。
明らかな条約違反、と言いたいところであるアリサであったが、そもそも異世界なのだから、自分たちの条約なんて意味はない。
急いで追いかけるべく、エーテル・ギアを装着したアリサは、シルフィにも指示を下そうとするが。
「……シルフィ?」
「私のせいで、わたしのせいで……」
「……」
シルフィの方へと視線を向けると、何故かシルフィは顔を青ざめ、あの緑の石を握りながら震えていた。
自分が外に出たばかりに、関係のない人たちにまで、迷惑が掛かってしまっている。
そう考えると、また罪悪感を覚えてしまっていた。
当然、そんな状態に成ってしまっているシルフィを、放っておくアリサでは無かった。
過去を悔いる暇があるのであれば、今起きている問題を解決していた方が、時間的にも効率がいい。
「今起きている事を悔いている暇があるのなら、戦ってください」
「え?」
「とにかく、私の言う通りに動いてください、アイツに一泡吹かせてやりましょう」
後悔の念に苛まれているシルフィに、アリサは喝を入れ、耳打ちで作戦を伝える。
シルフィにとって、難易度の高い事ではあるが、これ以上被害が出ないようにするためにも、必要な事だ。
作戦を伝えたアリサは、背部の飛行用バックパックを吹かせ、町へと進むアレンを追いかける。
町の上空まで差し掛かってしまうが、ライフルによる射撃で、アリサは自身の存在を気づかせる。
思惑通り、飛行するアリサの存在に気付いたアレンは、目を丸くする。
飛行魔法というのは、とても難易度が高い技だ、シルフィ達の里でも、飛行魔法が使えるのは、かなり少数。
それを人間が使えるというだけで、アレンとしては驚きポイントだった。
「チ、あの人間、飛行魔法まで」
「……対象の危険レベルをBと判定、戦闘モードに移行する」
アレンの言葉を無視したアリサは、脅威レベルを判定し、目の前に居るアレンを敵と判別。
現在のアリサは、上層部の許可が下り、一定以上危険人物としての判定を受けた人物であれば、攻撃が可能だ。(ただし、レベルBでは殺傷までは許可されていない)
「AS-103、リリィ、攻撃開始」
ブレードを引き抜き、戦闘態勢に入ると、アリサ達は、戦闘を開始する。
――――――
二人の戦闘開始から数分後。
空高く飛び上がるアリサ達を、町へと到着したシルフィは眺めていた。
しかし、今は感傷に浸っている場合ではなく、自分のやるべき事を思い出す。
先ずはアラクネとラズカに合流し、市民を安全な場所まで逃がす事だ。
自分の目的を思い出したシルフィは、周りから何があったのかという言葉を聞き流しながら、急いで二人を探しだすために、奔走する。
上空では、アリサ達の戦いが行われており、激しい戦闘音が響き渡っている。
「……アリサ、本当に飛べるなんて」
アリサの装備品を見つけた時、空を飛べるようになると聞いていたが、まさか本当に飛べるようになるとは思っていなかった。
アラクネ達を探すついでに、チラチラと上を見て、アリサの安否を確かめていると解る。
アリサの持っている装備品の性能は、かなりの物。
アレンの実力は、最強でなくとも、里でも強い方だと言える。
だというのに、彼女は一人で相手にしている。
しかも、下にある町に被害が出ないように、できる限り配慮を行いながらだ。
「(あの子があんなに頑張ってるんだ、私だって」」
シルフィは逃げ惑う人達から、アラクネ達の居場所を聞きながら、父の形見を握りしめ、二人を探した。




