傾いた世界 後編
リリィがライラックより出撃した頃。
少佐達の維持していた戦線は、崩壊寸前だった。
周辺を封鎖する部隊は勿論、アリサシリーズの姉妹も、限界を迎えている。
疲労とストレスが限界に達したシルフィも、少し怒りが出てしまう。
「リリィィィ!!早くしてぇぇぇ!!」
辛すぎて涙目になりながら、シルフィは周囲の魔物を撃ち抜く。
だが、疲労のせいか、何時も頭部を正確に撃ち抜いていたというのに、胴体や足などに命中する。
銃の冷却や、応急処置も完了しているので、精度に問題は無い筈である。
「ゆ、指先の感覚が」
「戦闘開始から、五時間、もうすぐ、日の出、無理もない」
一緒に戦うヘリアンも、ライフルで攻撃を続けるが、焼け石に水だった。
ヘリアンは、目標の認識と共に、マリーや七美、他の姉妹の様子もうかがう。
いずれも、顔に疲労が見え、技にもキレがない。
「(それに、他の皆も、集中力がきれてる)」
「マリーちゃん!そっちは大丈夫!?」
『何とかね、でも、魔力がもう』
マリーの様子を見たシルフィも、通信で彼女の容態を確認した。
その弱弱しい声は、ヘリアンにも聞こえ、現状のマズさを物語る。
彼女達のおかげで、ギリギリ維持されていた戦線も、徐々に押し出されていた。
クレーターのおかげで、多少進軍が遅れているとは言え、五時間に及ぶ戦闘で、戦線はどんどん下がっている。
そんな彼女達に、朗報が飛び込む。
『こちら司令部!もう少しで応援が到着する!それまで持ちこたえてくれ!!』
その報告に、シルフィは笑みを浮かべる。
とは言え、これで三度目の応援だ。
どんなに補給物資や増員を行っても、すぐに使い果たしてしまう。
「あ、応援来るって」
「……」
「ヘリアンさん?大丈夫?」
「あ、いや、ちょっと……おっと」
攻撃を回避したヘリアンは、少し考えこんでいた。
魔物からの攻撃を回避、反撃を行ったヘリアンは、少し考える。
増援要請は近くの基地に送っているが、どこも軍縮で最低限の装備しかない事は承知。
しかし、一部の基地からは、連絡も応援も来ていないという事だ。
「(……ここから、一番近いのは、ストリア帝国の、近くに有る基地、でも、そこからは、一度も応援が、来てない)」
カルミアの町より、ストリア帝国の所に有る、シルフィとリリィが最初に向かった基地の方が近い。
エーテルによる電波障害で、通信が届いていないと考えたいが、ヘリアンには少し違和感が有った。
「(……でも、それは、後で考えた方が、良い)ッ!シルフィ!後ろ!」
「え?あ!」
疑問に思考を裂いていたせいで、シルフィに攻撃しようとしていた魔物に気付かなかった。
急いでライフルを向けるが、場所が悪く、シルフィに当たる恐れがある。
ヘリアンの腕なら、シルフィに当てず、魔物だけに当てる程度は問題無い。
しかし、時間が足りなかった。
戦場で余計な事を考えた事を悔やんでいると、緑色のビームが、魔物を貫いた。
「え!?」
「この攻撃、まさか!」
『こちらバルチャー隊!作戦エリアに到着!戦闘中の部隊を掩護する!!』
「ドレイクさん!」
『急げ!前線の部隊を支援しろ!!』
無線の主の声を聞いたシルフィは、涙を流しながら喜んだ。
駆けつけてくれたのは、ドレイク率いるバルチャー隊。
以前から構想されていた、バルチャー型エーテル・ギアを使用した部隊だ。
ドレイクは、他に五機の緑色の機体を引き連れ、魔物の軍団に攻撃を開始する。
『バルチャー隊各機!突入!』
『了解!!』
「(この声、プラムさんも)」
隊長であるドレイクは、他の機体と異なり、ジャックの物と同様に赤が主体の黒と言ったカラー。
武装は同じらしく、同様のライフルで攻撃して行く。
彼に随伴するのはプラムだが、他の隊員達も、二人一組で行動を開始する。
万全な状態の彼らは、今のシルフィ達以上の働きを見せ、シルフィは手を振りながら感謝する。
「援護ありがとう!」
『一旦後退を!ここは我々が引き継ぎます!!』
「あ、そうだった、ヘリアンさん!」
「うん、それじゃ、私達は、一旦後退する」
『ああ!少し休め!』
プラムとドレイクの言葉に従い、シルフィ達は後退を開始。
他の隊員達も、マリーや七美の救出を始める。
彼らの動きはとても見事、まさしく訓練された精鋭と言える程、洗練された動き。
しかし、彼らの真価は、その動きだけではない。
地上は地上部隊の増援に任せ、一旦空中の魔物を相手にするように、ドレイクは命令を下す。
「各機!ドローンの展開を許可!空中の敵を排除せよ!」
『了解!!』
指令と共に、全ての機体はドローンを展開。
更に手数を増やし、魔物の大軍を相手取る。
ドレイクとプラムを含め、この部隊は強化人間のみで構成されている。
彼らの強化された空間認識能力と、脳の演算能力であれば、脳波を用いたドローンの操作は可能だ。
「遠慮はするな!訓練通りにぶちかませ!!」
『了解!!』
ドレイクもプラムも、ジャックが認める程の腕を持つが、彼女達のような働きをするには無理がある。
だからこそ、彼らはドローンによる手数と部隊の連携によって制圧する。
これが、ドレイク達の導き出した答えだ。
「マリー!曹長!君達も下がれ!」
『我々が援護します!気にせず下がってください!』
「あ、ありがとう、もう限界」
「あたしが連れて行ってやる、掴まれ」
クラブとの戦闘で、元々疲弊しているマリーを連れ、七美も後退を開始した。
しかし、二人の退路を塞ぐように、大型のワイバーンが立ちはだかる。
「チ、こんな時に」
「プラム!」
『了解!』
ドレイクはプラムと共に、ワイバーンの前に立つ。
二人はドローンをライフルに接続し、バルチャー型の一番の特徴である翼を展開する。
「バルチャー・クラッシャー!!」
二人の使用したのは、彼らの身長程の直径があるビーム砲。
二本のビームは、ワイバーンを貫通し、射線上に居る魔物を制圧する。
ジャックの使用していたプロトタイプから引き継がれ、改良の加えられた代物だ。
この攻撃によって、マリー達の退路を確保する。
「行け!」
「助かった!!」
再び道を塞がれる前に、七美は稲妻のような速度で駆けた。
マリーの事を連れ、揚陸艇へと戻って行く。
それを見届けたドレイクは、ドローンと翼を元に戻す。
『何時もこうなんですか!?』
「ああ!大体こうだが、ここまで酷い状況は初めてだ!」
プラムの質問に、ドレイクは嫌な気分になりながら答えた。
何しろ、自軍の倍以上の敵を相手にする事は、ドレイク達にとっては珍しい事ではない。
今回も同じ、と言いたいところだが、シルフィ達が六時間も戦闘を続けて、決着が付いていない程の状況は始めてだ。
とは言え、問題なのは数、質はそれほど高くないのが幸いだ。
「とにかく、あえて言う、死ぬな!」
『(死ぬな、か、初めていわれたな)はい!』
プラムを引き連れたドレイクは、戦闘を再開する。
――――――
その頃。
揚陸艇へ戻ったシルフィ達は、装備の調整と、体力の回復を行っていた。
それは姉妹達も同様で、調整を開始している。
「つ、疲れた」
「五時間ぶっ通しだったもんね」
タオルを首に巻き、回復ポーションを飲みながら、シルフィはマリーと共に疲れを癒す。
不眠と間髪入れる事の無い激戦。
五分だけで良いから寝たいと思える程、疲れが溜まってしまっている。
しかし、シルフィが一番気になるのは、リリィの行方である。
「……リリィ、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ、アイツがそう簡単に死ぬとは思えないし」
「そうだけど……多分、今のダンジョンって、外よりマズそうだし」
ダンジョンからあふれ出ている大量の魔物。
リリィは他の姉妹以上に、回復力が高いとは言え、連続して戦えば消耗する。
しかも、ダンジョン内部は外以上であると考えると、単独でそんな危険地帯に入り込むのは、かなり危険だ。
そのシルフィの発言で、マリーの中のルシーラが反応する。
「ッ……今のダンジョンは、外より……いかん!肝心な事を見落としていた!!」
「え?マリー、じゃなくて、ルシーラさん?如何したの?」
「考えてみろ!ダンジョンは、全て繋がっておる!魔物が溢れているのは、本当にここだけなのか!?」
「え?……あああ!!」
ルシーラに言われ、シルフィは勢いよく立ち上がった。
封鎖する事に夢中で、全く思いついていなかったが、今の事態がここだけとは限らない。
この事に気付いたシルフィは、すぐに少佐へと連絡を付けようと、デュラウス達の元へと行く。
ルシーラの言う事ももっともだが、先ずは確証が欲しかった。
「みんな!大変!大変!」
「うわ、どうした?」
「何か有ったのか?」
「え、えっと、この状況って、ここだけなのかな?ほら、ダンジョンって、入り口とか全部繋がってるし」
焦るシルフィの言葉を聞いて、姉妹は持っている工具を手放した。
何しろ、シルフィの言う通り、この事態は他の場所でも起きている可能性だってあるのだ。
この話を聞いて、ヘリアンは先ほどの疑問に合点が行き、ライフルの整備途中でありながら、勢いよく立ち上がる。
「それだ!」
「ど、どうした?ヘリアン」
「さっきから、気になってた、ここから一番近いのは、ストリア帝国の基地、しかも、そこは、ダンジョンの入口とも、近い、それに、音信も不通……もしかしたら、既に」
ヘリアンの考察に、全員顔面が蒼白した。
現状、魔物達の放つエーテルのせいで、通信能力を強化する、専用のドローンが無ければ、通信さえままならない。
そんな魔物達に囲まれてしまったら、有線の通信機でもなければ、通信は不可能だ。
ヘリアンの発言に、カルミアも頭を巡らせ、偵察部隊の派遣を考える。
「マズイな、少佐に伝えて、すぐに偵察を」
『緊急連絡!この戦場に展開する、全ての部隊に通達する!!』
「ッ!り、リリィ!?」
「アイツ、急に」
突如、リリィの通信が艦内に響きわたった。
――――――
少し前。
リリィは整備士の貸与してくれた装備のおかげで、予想より早く帰れた。
限界まで速度を上げたので、機体が隕石のように燃えようとしている。
機体の内部も、スーツを着た人間であっても、潰れてしまいそうな程の負荷がかかっている。
アリサシリーズであっても、量産型のアキレアでは耐えられない程の物だ。
「(凄い、エーラさん抜きでも、ここまでの装備を!)」
ベース・アルファは、絶海の孤島。
オマケに、小うるさい世間の目も無いおかげで、様々な兵器開発を行えていた。
エーラのような天才こそ居ないが、ラベルクやカルミアの残したデータのおかげで、エーテル兵器の開発は進んでいる。
「(連邦の技術研究部、侮れない!……いや、それはさておき、どうやら全滅は免れているみたいだな)」
意外な技術力に驚いていると、リリィの乗る機体は目的地付近へ到着。
通り過ぎてしまう前に、リリィ自身の射出準備と、機体は揚陸艇に自動帰還するようにプログラムを行う。
ついでに、整備士が積み込んでくれた装備も取り付けていく。
「プログラム完了、私も!」
準備の完了したリリィは、機体の下部を開け、爆弾のように投下される。
彼女を投下し終えたアマツバメは、プログラム通りに揚陸艇へ向かい出す。
残りの距離は、慣性と自前の推進力で進んでいく。
戦場を目指しつつ、リリィは現在の戦況を確認する。
「……戦線が広がってる、応援の部隊も……それにあれは、大尉のバルチャー・ライジング?それに、新型も来ているのか……シルフィは……無事か?」
せめてシルフィの安否だけ確認したかったが、どうもそんな余裕はなさそうだ。
増援部隊も、何とか戦線を抑え込もうと必死の様だが、どうやら姉妹達も下がっているらしい。
いくらドレイク達が強くても、数が数であるこの状況、彼らには、ここで死なれては困る。
早い所危機を知らせる為に、リリィは使用可能な装備を展開する。
「こういうのは、趣味じゃないが!」
整備士の人達が持ち出してくれたのは、ライフル以外には、ミサイルやランチャーの類。
近接武器もそうだが、このような武器はリリィの趣味ではない。
それでも、背に腹には代えられず、数多くの魔物をロックオンし、使用する。
「先ずは数を減らす!!」
渡された装備の大半を使い、大量の魔物を吹き飛ばした。
ミサイルはさっさと使い切り、肩部のエーテル式ランチャーを二門ほど残す。
そして、ライフルとランチャーによって、複数の敵を葬り、全ての回線に通信を入れる。
「緊急連絡!この戦場に展開する、全ての部隊に通達する!!」
武器の消耗は気にする事無く、地上と空中、あらゆる箇所の魔物を撃ち抜く。
限界を超えた運用方法によって、過剰な破壊力の産まれた攻撃は、多くの魔物を消滅させる。
「この現象は世界各地で起きている!繰り返す!この現象は、世界の各地で起きている!ベース・アルファは既に放棄された!!」
この通信と同時に、貰った装備の大半が破損。
壊れた武装はすぐに捨て、何時ものショットガンと刀に切り替える。
ある程度の敵を減らしておいたので、あとは穴の周囲の魔物を一掃していく。
「なお、ベース・アルファの生き残りは、ライラックに収容された!まもなく、彼らからの支援が来る!」
『リリィ!それって本当!?』
「シルフィ!?無事でしたか!」
アマツバメで消耗せずに来られたおかげで、万全の戦いを披露する中、シルフィから通信が入った。
シルフィの声に安堵したかったリリィだが、今はそう言っていられない。
何とか戦線を押し上げ、後続の部隊だけでも対処できるようにしたいのだ。
「先ほどの話は本当です!今でも、各地のダンジョンから、魔物が吹き出ているんです!!」
『そんな、どうしたら』
「とにかく、現地住民の避難と、可能な限りの封鎖を行わなければなりません!少佐、可能ですか!?」
シルフィに通信しつつ、リリィは少佐に現状の対処を申し出た。
今こうして居る間、魔物の数はどんどん増えている。
その証拠を少佐の居る揚陸艇へ送り、何らかの対処をとって欲しい所だ。
『バカな、こんな事が……これは、迷っている暇はない、広域封鎖が必要だ』
「少佐!」
『解っている!本星に緊急連絡を送り、ただちに応援を要請する!』
「ありがとうございます!」
少佐の判断に、リリィは礼を述べた。
その間、数多くの魔物が倒され、外周に居る部隊も、徐々に戦線を押し上げている。
だが、まだ足りない。
相手は無限に魔物を呼ぶことができるが、味方の戦力には限りがある。
せめて、今地上に居る魔物だけでも掃討したい。
『リリィ!ライラックからの増援は、どれくらいで来る予定だ!?』
「短く見積もって、あと二時間かと!」
『……わかった、大まかな部分の監督は、私が行う!君は増援が来るまでの間、何とか敵を抑え込んでくれ!!』
「了解!」
少佐からの命令で、リリィは更に張り切って戦う。
現状、真面に戦う事が出来るのは、彼女だけだ。
味方が駆けつける間、一人も犠牲を出さない為に、リリィは奔走する。
――――――
その頃。
リリィの話を聞いていた姉妹達は、お互いに顔を合わせていた。
「……アイツ、まさかこことアルファを往復したのかよ」
「どうりで時間かかったと思った」
「んで?俺らはどうするよ、流石にここに残ったままじゃぁな」
「うん、私達も、動く必要が、有る」
「では、わたくし達は、一旦町へ戻り、他の仲間と共に、各地の封鎖に当たる、という事でよろしいでしょうか?」
『うむ、それしかないだろうな』
姉妹の話を聞いていた少佐は、イベリスの出した案に賛同した。
現在もっとも強力な戦力を蓄えているのは、カルミアの町の基地だ。
町には、まだ猛者が何人かいる。
彼女達とも、今は連携を取る必要がある。
『……それでは、アリサシリーズ各機に通達する』
少佐からの無線に、カルミア達は気を引き締める。
その場しのぎでもいいので、今は各地に戦力を送らなければならない。
『君達は一度、ベース・イプシロンへ戻り、準備を整えた後、部隊と連携し、各所の防衛に当たれ……なお、武器の使用は、各々の判断に任せる、一人でも多くの市民を救え!世界中全ての場所が、最前線であり、最終防衛線である!その気構えで行動せよ!!』
少佐の演説を胸に、姉妹達は敬礼した。




