傾いた世界 中編
リリィがベース・アルファに到着した頃。
シルフィの故郷の里が有った場所では、激戦が続いていた。
予想以上に長引いている戦いだが、増援が到着し、何とか戦線は維持できている。
『Aチーム!右側面をカバー!CチームはDチームを援護しろ!!三度目の応援部隊も、もうじき到着する!!』
少佐の命令を乗せた通信と共に、銃声や爆音が響き渡る。
戦闘開始から三時間以上が経過しているが、一向に魔物が収まる気配がない。
それだけ長時間の戦闘は滅多にない為、流石のアリサシリーズもキツくなっていた。
「クソが、リリィが突入してから二時間!何モタモタしてんだ!?」
地上に降り、魔物を蹴散らすカルミアも、状況の変わらない事にピリピリしていた。
尻尾の方は問題無く動作し、魔物を切り裂いているが、両腕のバルカン砲は限界だった。
いくらエーテルが無限に供給されるとはいえ、ここまで連続して使用すれば、銃身が持たない。
オーバーヒートと破損を知らせるアラートが響くと、すぐに装備を破棄する。
「バルカン砲がオーバーヒート、切り離すよ!」
「頼む!」
レッドクラウンの操作で、四門のバルカン砲は破棄された。
少しでも身軽になった機体で、今度は格闘戦に移行する。
その際、デュラウスとすれ違う形で合流する。
「デュラウス!そっちは大丈夫!?」
「何とかな!けど、そろそろキツくなって来た!」
五年前の大戦時より愛用する義手で、雷撃と共に打撃を繰りだし、周囲の魔物を焼く。
一度に大量の魔物を排除するが、思った威力は出なかった。
三時間も連続で戦った影響で、備蓄されたエーテルがつきていた。
その影響で、魔物の供給量はデュラウス達の駆除能力を上回りつつあり、外周を埋めている兵士達の負担も大きくなっている。
「後ろ失礼いたします!!」
「どわ!!」
大剣を振り回すデュラウスの背後に、イベリスがメイスを振り下ろしながら降下してきた。
彼女は空中からの砲撃で、魔物を排除していた。
その筈が、地上へ降下し、メイスによる戦闘を開始する。
「おい!何でお前まで来てんだ!?」
「砲身が焼けてしまいまして!冷却の完了まで、地上でお手伝いいたしますわ!」
イベリスの言う通り、彼女の背負うランチャーは、赤く染まっている。
仕方がないので、地上に降りて格闘戦に移行したのだろう。
メイスを握るイベリスは、一振りで魔物を複数吹き飛ばす。
しかし、飛ばしたのはゴブリンやトロールのような小型。
オークのような中型までは、吹き飛ばせていない。
明らかに追い込まれている状況に、デュラウスは舌打ちする。
「チ、射撃兵装は軒並みダメ、そのうえガス欠寸前か、シルフィとヘリアンは!?」
「お二人ならご心配なさらず!ですが、シルフィの方は少しお疲れの様子です」
「クソが、やっぱりドライヴが有っても、直に供給するシルフィもバテるか」
カルミア達の使用するドライヴは、半永久的な供給が出来る代わりに、一定量しか供給してくれない。
どんなに貯蓄できる量を増やしても、無駄使いすれば枯渇する。
しかし、今の状況で節約してしまえば、それこそ突破される危険が高まってしまう。
節約したくても、できない状況だ。
――――――
ガス欠の波は、シルフィにまで迫っていた。
シルフィの方は、ヘリアンと共に空中の敵を撃ち落とし続けているが、ドローン操作や敵の多さを前に、疲弊の表情が浮かぶ。
武器の方も、傷んだライフルからブレードに変え、接近戦に持ち掛けている。
「はぁ、はぁ、最近楽をしすぎたかも!」
「無理しないで!一旦、後退して、大丈夫だから!」
ドライヴからのエーテル供は、体力の向上と回復に役立つ。
欠点はリリィ達の物より消耗が早く、長時間の戦闘には向かない。
とはいえ、回復量は人体に無理がないレベル、前線で戦うシルフィの使用量に追い付いていない。
以前ジャックが無理な使用をした為、リミッターが設けられたおかげで、余計だ。
「そうしたくても、魔物が邪魔で動けない!!」
空の魔物の量は地上より少ないとは言え、撃破数よりも、供給量の方が上回っている事に変わりは無い。
攻撃の手を緩めれば、それだけ多くの魔物を見過ごす事に成る。
マリーや七美もその事を理解しており、各所に手を貸しつつ、余裕が無さそうに戦っている。
ハイペースで戦い続けるシルフィへと、ヘリアンは張り付く。
「……私から、離れないで!」
「分かった!」
そんな二人を援護する部隊もいるが、状況が好転する事は無い。
支援中の部隊さえ、銃器の劣化が進んでいる。
間を挟む事無く、連続しての銃器の使用は消耗も早い。
ドローンに至っては、攻撃を防ぎすぎて破損している。
押されている事を嫌でも自覚してしまう状況に、シルフィは弱気になってしまう。
「リリィ、早く戻って来て」
――――――
弱音を吐くシルフィ達の下でも、激しい戦闘が続く。
空中以上の量を前に、いい加減限界に達している。
そんな状態でも、デュラウスは果敢に応戦する。
「ラッシャァァ!」
タイラントを一撃でほうむったデュラウスは、続けざまに魔物を一掃した。
大振りな大剣を巧みに扱い、血しぶきを辺りに散乱させる。
そんな中、デュラウスの横腹に、鈍い衝撃が走る。
「ヅッ!ガハ!」
魔物ごと吹き飛んでいくデュラウスは、今の衝撃に身に覚えがあった。
イベリスにメイスで殴られた時と、似たような感覚。
そう考えたデュラウスは、起き上がりながら叱責する。
「イベリス!テメェ!何処に目ぇつけてんだ!!?」
「え?」
しかし、今のイベリスは、ヘビ型の魔物の頭部をメイスですり潰している最中だった。
デュラウスの事を殴った後、という訳では無さそうだ。
急に攻められたイベリスは、訳が分から無さそうにデュラウスの方を向く。
そして、同時に目に入った物に、イベリスは叫ぶ。
「デュ、デュラウス!後ろですわ!!」
「は?ノワ!!」
イベリスに言われ、振り返ったデュラウスは、迫りくるメイスを回避。
ついでに、その犯人へ蹴りを入れる。
デュラウスの足に伝わって来たのは、まるで鎧を蹴り飛ばしたかのような感触。
出現している魔物は、装備と言えるような物を身に着けていなかった。
明らかに別の存在だろうと、相手の観察を始める。
「な……だ、誰だよ?お前」
デュラウスの視界に入ったのは、全身を鎧で包んだ人間。
先ほどの蹴りでヘルメットが取れ、ゾンビのように血色の悪い顔があらわに成る。
しかし、鋭い蹴りを受けても尚、その人間は痛がる素振りを見せずに襲い掛かる。
「だんまりか!だったら、永遠に黙ってろ!」
メイスを握る男へ、デュラウスは大剣を振り下ろした。
生命反応は無かったため、容赦無く装備ごと叩き潰す。
そして、鎧ごと潰された人間を前に、デュラウスは周辺の魔物を切り裂く。
「……つか、このオッサン誰だ?何でこんな奴が急に?」
「キャアア!」
「イベリス!?」
疑問に襲われたデュラウスだが、イベリスの悲鳴に反応。
振り返り、彼女の様子を見たデュラウスは、目を見開いた。
「な!そっちにも人間!?しかも三人!?」
「お、お気持ちはわかりますが!援護をお願いいたします!!」
「そうだな!」
デュラウスの目に入ったのは、イベリスに襲い掛かる三人の人間だった。
メイスと二枚のシールドで、攻撃を防ぎ止めている所に、デュラウスは駆けつける。
魔物を叩き潰しながら接近し、デュラウスは大剣で二人の人間を串刺しにする。
「そいつは頼むぞ!!」
「ええ、ありがとう存じます!!」
張り付いていた一人の人間を退いたイベリスは、メイスによって叩き潰した。
頭をかち割り、無力化した横で、デュラウスも串刺しにした人間を電撃で消し飛ばす。
人間の始末は終わったが、残尿感のように嫌な気分が残る。
「てか!誰だったんだ!?今の連中は!?」
「存じ上げませんわよ!少なくとも、わたくしのデータに該当する人物はございません!」
『人間ならアタシの方にも何人か出た!けど、一人だけアタシのデータに該当する奴がいた!!』
「は!?なんだと!?」
「何ですって!?」
突然通信を行ってきたカルミアの報告に、デュラウスとイベリスは驚愕した。
二人の始末した人間は、明らかにこちらの世界の住民。
装備の質は良さそうだが、リリィ達の世界の特徴はない。
驚く二人へと、カルミアはデータを読み上げる。
『ジョーン・サリバン、Bランク冒険者だ!』
「冒険者!?何でそんな奴がここに!?」
「というか、何で貴女が知っているのですか!?」
『ダンジョン探索している時に、邪魔だったからぶっ殺した奴だ!』
イベリスからの疑問に答えてくれたのは良いが、とんでもない発言だった。
確かにカルミアは、手駒として使える魔物を探すべく、ダンジョンへ潜っていた。
その時はヤサグレ時代だったので、殺めるのは仕方ない。
そんな事を易々と話す彼女も、大分問題だ。
しかし、内部で殺したという事は、ダンジョンに取り込まれた筈である。
「……アイツの爆弾発言は置いといて……どういう事だ?ダンジョンで死んだら、人間も魔物も関係なくダンジョンに吸収される筈だろ!?」
「ええ、その筈ですが」
『確かにアイツは、ダンジョンに装備ごと吸収された』
当時の事を思い出すカルミアは、多少自己嫌悪に陥った。
頭がイカレていたとは言え、当時の自分は本当にクソだったと思い知ってしまう。
踏みつぶされた時の事は、レッドクラウンは身に染みている。
その当時の事を思い出した彼女は、苦い笑みを浮かべる。
『そうそう、アタシら最高だー、とか言って、イキイキしながら踏みつぶしたよね』
『けど、今こうして目の前に現れた!』
『また踏みつぶされちゃって、可哀そ』
『さっきからうるさい!』
という通信を聞き流しながら、デュラウスとイベリスは魔物を蹴散らした。
「あっちは余裕が有りそうで何よりだ」
「わたくし達は、わたくし達で、リリィの帰還をお待ちいたしましょうか」
「それだ!死んだ人間が出て来た事も驚いたが……あの女何時までかかってんだ!!?」
大剣のフルスイングと共に放たれた一撃と共に、悲痛なデュラウスの叫びが放たれた。
その声は戦場に木霊せず、銃砲の音にかき消される。
―――――
その頃、荷物の搬入を終え、出航したライラックのブリッジにて。
「何!?あれが今までダンジョン内で倒された魔物だと!?」
「ええ、恐らく」
艦長として乗り込んだベース・アルファの司令官は、リリィの考察を聞いて驚愕していた。
何しろ、リリィの考えの通りであれば、彼らを襲ったのは死骸たちという事だ。
とても信憑性の有る話とは言えないが、リリィは本気で言っているらしい。
長時間の戦闘で、頭がおかしくなったとしか思えなかった。
「……アンドロイドのお前も解っているだろうが、死人が生き返る事なんて」
「ええ、ですが、どれだけ魔物を倒しても、絶対に入っている筈の魔石は見つかりませんでした」
「……」
ダンジョンに入ってすぐに、溢れている魔物に魔石が無い事は判明した。
勿論この基地に来る道中でも、数十体調べてみたが、全て空だった。
その事を話され、息を飲む司令官に、リリィは更に考えをつづる。
「ダンジョン内で死んだ魔物は、魔石以外を吸収します、その肉体を用いて、デッドコピー染みた物を作る事は出来る筈です」
「……だが、誰が何の為にそんな事を?それに、本当にそうである確証はない、ただの仮説にしか思えないぞ」
「ええ、あくまで可能性です、別の方法で召喚された事も十分考えられます」
「我々は軍人だ、せめて確証を持ってから話せ……だが、少佐達の元への救援と、避難指示は送ってやる」
「ありがとうございます……けど、通信が」
考えをはねられたリリィだが、報告の傍らで、少佐達へ向けて通信を試みていた。
先ほどから様々な方法を用いているが、全く通信が届かない状況のようだ。
それだけ戦闘が激化しているか、考えたくないが、全滅もあり得る。
しかし、今の事態が全世界で起きている事は、衛星からの撮影で判明している。
この事実は、早めに知らせた方がいい。
「しかたありません、私は、一足先に戻っています」
「ああ……その前に」
「はい?」
通信機を置き、急いでブリッジを出て行こうとするリリィを、司令官は止めた。
そして、息をしっかり吸い込み、その理由を打ち明ける。
「シャワー位浴びて行け!トマト女!!」
そう、今のリリィは全身血濡れで真っ赤。
もう赤くない所を探す方が難しい。
そんな恰好で艦内を歩かれてもあれなので、シャワー位浴びて欲しい物だ。
しかし、リリィとしては、シルフィが心配なので、早く駆け付けたい所である。
「……いえ、シルフィが心配なので、このままで」
「……そんな恰好で行って、そいつが喜ぶのか?」
「すぐに浴びます」
司令官に言われ、リリィはシャワーを即決した。
シルフィも疲れていると思われるので、そんな所に全身血濡れで行ったら、どうなるか分からない。
そう思ったリリィは、シャワー室へと急ぐ。
彼女を見送った司令官は、格納庫へ通信をつなぐ。
「やれやれ……あ、私だ、そちらにご婦人が行かれる、素敵なドレスとガラスの靴を用意してやれ」
――――――
その十分後。
血を落としたリリィは、急いで格納庫へと向かう。
思った以上に張り付いていたので、落とすのに時間がかかってしまった。
急いで格納庫へ来たリリィに、一人の整備士が気付く。
「お、おーい!嬢ちゃん!こっちだ!こっち」
「(ん?アイツは、さっきの)」
その整備士は、先ほどリリィが助けた隊員の中に居た事に気付いた。
リリィとしては、早い所目的地へと向かっておきたいので、預けていたエーテル・ギアを返してほしかった。
「すみません、私のエーテル・ギアを、すぐに飛び立ちます」
「ああ、それはいいが、アンタ、ここからオプション無しで行く気か?」
リリィを呼び止めた整備士の言う通り、ここから少佐達の元にはかなりの距離がある。
オーバー・ドライヴを使用して行っても、着く頃には疲弊している。
せめて何か、オプションの一つでも欲しい所だ。
しかし、リリィからしてみれば、それらはガラクタも同然。
「当然ですよ、人間向けの装備では、今の私の早歩き感覚です」
「そう言うな、ま、こっち来な」
「え?」
妙にフランクな態度の整備士は、リリィを案内する。
長距離移動用のオプションの多くは、人間用に調整されている。
スーツのおかげで、以前よりは高性能になったが、それでもリリィからしてみれば、あまり意味がない。
不安に思うリリィの目に、一機の戦闘機らしきものが映る。
「ッ、こ、これは」
サイズは従来のエーテル・ギアより二回り大きい程度だが、そのサイズの戦闘機とも見て取れる。
かなり真新しい所を見ると、配備されたばかりのようだ。
しかも、リリィのデータには無い。
「AF10-アマツバメ、アンタ等アンドロイドを超高速で送り届ける為の、新鋭機だ」
「最高速度は?」
「通常の状態でもマッハ20、それ以上は、アキレア達だと耐えられなくて、計測できていないんだが、それ以上は出る計算だ」
「そんなに」
「それに、二発のエンジンに直接ドライヴを付けているから、アンタの体力を消費させずに移動できるぜ」
「成程」
整備士からの説明に、リリィは笑みを浮かべた。
目の前の機体であれば、今の彼女と同レベルの速さが出せる。
それであれば、現場へ急行する事が出来る。
「……では、私は出発します」
「おう、アンタのエーテル・ギアは、コックピットに格納している、着込めば、そのまま機体を使える、ついでに官給品だが、装備もいくつか詰め込んどいた、使ってくれ」
「ありがとうございます」
「気にすんな!力のない俺らが出来るのは、精々この程度だからな、それに、俺は助けられて恩を返さない恩知らずじゃない」
そう言いながら、整備士は笑顔でリリィの準備を手伝う。
いくらリリィでも、初めての装備を完全に扱う事は難しい。
しかも、マッハを超える速度で移動できるのなら、その分の危険が有る。
しっかりとマニュアルに目を通す。
「マニュアルは読んだか?」
「はい、ご協力感謝します」
送られてきたデータのインプットを終えると、機体は出撃ハッチへと運ばれる。
そんな彼女へ、整備士は親指を立てる。
「健闘を祈る、グッドラック!」
リリィも同じようにしたかったが、両手が塞がってしまっているので、仕方なくエンジンを少し吹かした。
そうして、リリィを乗せた機体は、カタパルトに繋がれる。
出撃ハッチの方角は、リリィの行きたい方を向いており、そのまま加速できるようになっている。
「(機体は上々、後は、どれだけスピードが出せるか……)」
シルフィの事を思い浮かべてすぐ、発進許可が下りた。
射出のタイミングを譲渡され、リリィは目を鋭くする。
「リリィ・エルフィリア、アマツバメ、出ます!!(待っててださい、シルフィ)」
電磁カタパルトによって、リリィを乗せた機体は一気に射出された。
同時にブースーターが点火され、更に加速。
シルフィ達が全滅していない事を祈り、航行を開始する。




