傾いた世界 前編
異世界に点在する、ナーダの遺した複数の軍事基地。
ストレンジャーズ壊滅後の、旧連邦政府の弾圧により、そのほとんどが武力によって制圧されてしまった。
新政府樹立を皮切りに、非人道的な扱いを受けていたナーダ兵は開放。
以降は、新政府軍の基地として扱われている。
軍事基地の判別は、整数が付けられるが、こちらの世界では特別な部類の名前が付けられた。
かつてリリィ達が住まいとして使っていた、ナーダの総司令部は『ベース・アルファ』と呼ばれ、大型艦たちの整備等に使われている。
現在、そのベース・アルファは混乱を極めていた。
「クソ!どうなってるんだ!?」
「このままだと基地に魔物が溢れるぞ!」
「撤収!撤収!装備は放棄していけ!」
リリィ達が大量の魔物と対峙してしばらくした後。
このベース・アルファでも、同様の事が起きていた。
ダンジョン内の調査のために、入り口近くで駐屯していた部隊は、突如あふれ出した魔物の毒牙にかかる。
あまりに突然の襲撃だったため、ロクな反撃を行える訳がなく、やむを得ずに撤収を選択。
一緒に居た整備班と共に、入り口から離れて行く。
急いで隔壁を閉じ、基地への侵入を防ごうとする。
「数が多すぎる!まるで魔物の大波だぞ!!」
「急げ!隔壁を下ろす!」
「おい!待ってくれ!」
「頼む!助けてくれぇ!」
あまりにも急な事だったため、何人かの隊員が取り残されてしまった。
しかし、救出するには魔物が近づきすぎており、救出は困難を極めていた。
これ以上の被害を出さない為には見捨てるしかなく、助かった隊員達の表情は、死んだ方がマシと思える程苦しい物になる。
「……畜生!何が起きてんだ!?」
「わからねぇ、クソ!」
いきなりの理不尽な仲間の死に、一部の隊員は隔壁に八つ当たりしていた。
仕方が無かったとは言え、見捨てた事に変わりは無い。
十分な準備さえしていれば、対処できた事だった。
そんな悔しさを覚える隊員達を横目に、一人の隊員が通信を行う。
「こちらダンジョン探査チーム……魔物の大軍の襲撃を受けた、仲間も、何人かやられた、指示を請う」
『こ、こちら司令部、確か、ですが?』
「ああ、監視カメラの映像を見てくれ、どうなっている?」
『は、はい、映像を確認します』
魔物が入り込む事を想定し、ダンジョンの入口付近には、監視カメラが設けられている。
隔壁もその一つだが、今まであまり使う機会が無かった。
『……こ、こちら、司令部……ご無事で、何よりです』
余程悲惨な映像が映り込んだのか、通信機の奥から動揺の声が響いている。
そして、オペレーターは、更に落ち込んだ様子で、通信を返してくる。
『司令部より探査チームへ……これより、インシネレート・プロトコルを実行します』
「ッ、そうか……みんな、離れるぞ、これから魔物を焼く」
ダンジョン探査は、不鮮明な事が多い。
時々ダンジョンから魔物が湧き出る事を想定し、隔壁や監視カメラを設け、二十四時間体勢で監視を行っている。
そして、現在のような非常事態が起きた際は、すぐに対応できる設備が取り付けられている。
オペレーターの言っていたプロトコルは、それを起動して、魔物を一掃する為の物。
とうぜん、取り残された仲間も、同じ運命をたどる事に成る。
「ま、待てよ!向こうには仲間がいるんだぞ!」
「解っている!……だが、あの量の魔物、野放しにはできない、それに、既に彼らは……」
「クソ!」
魔物の波にのまれた以上、取り残された仲間は助からないだろう。
ならば、味方の手にかかっても同じ事。
そう割り切るしか無い事に、ほとんどの者が悔しがる。
『では、始めます、隔壁から離れてください』
「了解、お前ら!隔壁から離れろ!」
オペレーターからの指示で、助かった隊員達は隔壁から離れる。
その数秒後、隔壁の内部は炎に包まれた。
「……あふれ出た魔物は、安全面を考慮して、全て焼却か」
「ああ、仲間の骨が、解り辛くなるな」
「せめて骨は拾ってやりたいな」
現在、隔壁の先は焼却炉と化している。
ナパーム剤と呼ばれる燃料を用いた強力な火炎で、魔物達を燃やしている。
その火力は千度を超える事も有り、ただの水をかけるだけでは消火できない程強力な代物だ。
焼かれるだけではない。
その強力な火力で周辺の酸素を奪い、窒息や一酸化炭素中毒を引き起こす危険が有るので、兵器使用を禁じられている。
「……司令部から通達だ、室内の冷却が終わるまで、俺達は下がっていろ、との事だ」
「ああ、せめて、祈ってやろう」
一分程の燃焼を終了し、室内は冷却と換気が開始される。
ナパームは消えづらい特性がある為、終了にはかなりの時間が必要だ。
それまで、彼らに言い渡された指令は待機。
仲間が死した後、すぐに働けという程、この軍はブラックではない。
気を沈ませながら、撤収を始める彼らの耳に、嫌な音が入り込む。
「ッ!何だ?」
その音は、金属を殴ったような鈍い音。
空耳ではなく、何度も同じ音が響き渡る。
しかも、その度に強い揺れが発生する。
「この揺れ、一体、何が」
「お、おい、あれ」
一人の隊員が指さした方を、生き残りの全員が向いた。
彼らの視界に映り込んだのは、歪んでいる隔壁。
「ま、まさか、これって」
恐怖に身をすくませる隊員達の目に映る隔壁は、先ほどの音と共に、更に歪む。
間違いなく、生き残った魔物が、隔壁を殴り壊そうとしているのだ。
「ばかな、馬鹿な!ナパームの熱に耐える特殊装甲だぞ!」
「いや、そもそも、ナパームで焼かれて、無事でいられる生物何て……いない事も無いか」
壊されようとしているのは、ナパームの熱は勿論の事、簡単には破壊できない強度を誇る隔壁。
設計にはカルミアも携わっているので、その強度は信頼できる。
とは言え、既に隔壁は半壊しており、もう一度焼けば、隊員達まで焼かれてしまう。
既にナパームの熱が漏れ出しており、今すぐ逃げなければならない。
「き、緊急連絡!隔壁が決壊しつつある!こ、こより退避……うわぁ!退避!退避ぃ!」
司令部に連絡をしていると、今度は隔壁が赤くなり始める。
破壊しようとしている魔物がしびれを切らしたのか、強力な魔法を使用したのだろう。
巻き添えを食う前に、隊員達はヘルメットを被り、退避しようとする。
「逃げろ!巻き込まれるぞ!!」
「ヘルメットを忘れるな!肺が焼けるぞ!!」
「それじゃ済まない!あんなのくらったら、骨も残らねぇ!!」
恐怖に襲われながら、隊員達は逃げる。
隔壁が破られる寸前で、何とか全員エレベーターに乗り込む。
しかし、ビークルを搬入する為のエレベーターで有る為、動作がいちいち遅い。
扉が閉まりきる前に、隔壁は破られ、犯人である魔物、タイラントが出現する。
ナパーム剤が身体に付着しているのか、まだ体が焼かれている。
「あ、あれは、タイラントか!?」
『グヲオオ!』
鼓膜が破れる程の咆哮が響かせ、タイラントはエレベーターへと駆けだす。
エレベーターから隔壁まで、ほとんど距離はない。
一斉に銃撃を行い、足止めを図る。
だがタイラントの前では、歩兵の火器は無力だ。
「マズイ!マズイ!マズイ!」
「早くしろ!」
慌ててボタンを押しても、動作は早くならない。
それが解っていても、何度もボタンを押してしまう。
だが、銃撃のおかげか、到達する寸前で扉は閉まる。
「うわ!」
「危な!」
タイラントのタックルで、エレベーターの扉が歪んでしまう。
しかし、何とか逃げられた事に、隊員達は安堵するが、すぐに状況は一転。
扉はタイラントの怪力でこじ開けられ、ゴンドラに力ずくで入り込もうとする。
「う、ウソだろ!?」
数百トンを超える荷物を運ぶエレベーターだけ有って、タイラントも浮かせ、身体を拘束する働きを見せる。
しかし、タイラントは身体が挟まれようとも、無理矢理入り込もうとあがき出す。
腕が届かない場所に逃れ、隊員達は銃撃を行う。
「クソ、撃て!撃て!」
「バカな奴だ、身体を挟まれてやがる!」
何とか倒すべく、タイラントに銃撃を浴びせる。
だが、至近距離からの銃撃であっても、その強靭な表皮で防がれてしまう。
一方的に撃たれるタイラントは、角の間に魔力を集中。
それを見た隊員達は、攻撃の密度を増やす。
「ま、マズイ!あれを使う気だ!」
「魔法を使われたら、全員蒸発するぞ!」
一部の隊員は、タイラントの使用する魔法の威力を知っている。
この島での戦闘で、武装化されたタイラントを相手取り、かつての仲間を何度も吹き飛ばされたのだ。
それを阻止するためにも、手持ちの銃弾を全て撃ちこむ。
「撃て!撃てぇ!!」
「離れろ!離れろ!!」
次々と襲い来る銃弾をものともせず、タイラントの収束する魔力の塊は発光。
発射の前兆の光に、隊員達は顔を青ざめた。
ここまで来ると、もはや止める術はない。
中には走馬灯を見てしまう程、絶望をしてしまう人もいた。
「ダラッシャァァァァ!!」
「ギャアア!!」
「何だアアア!!?」
全てを諦めていた矢先、血に塗れた人らしき何かが、奇声を上げながらエレベーターに突っ込んできた。
おかげで、タイラントの上半身は破裂。
エレベーターも一部破損したが、おかげでエレベーターは動き出す。
そして、血に塗れた何かは慣性で転がって行き、エレベーターの隅に激突する。
「……あ~、何で嫌な予感ばかり的中するんですかね」
「そ、その声は、まさか」
よろよろと立ち上がった血濡れの何かの発した声は、一部の隊員には聞き覚えのある物。
彼女は何処からかウェットティッシュを取りだし、顔に付いた血をぬぐう。
「皆さん、ご無事で何より……とは言えませんか……血がパリパリだ」
血濡れの何かの正体は、ダンジョン内を突っ切ってきたリリィ。
道中まで大量の魔物がはびこっており、その全てを切り捨てながら進んだため、全身血濡れとなってしまったのだ。
それなりに時間もかかったせいで、もう血が乾燥してパリパリになっていた。
とは言え、そんな事情を知らない隊員達からしてみれば、何で彼女がここにいるのか、見当も付かない。
「あ、アリサシリーズの長女か!」
「何でアンタか!?別の町に配属されていた筈!?」
「いえ、大問題が発生しまして……って、こんな事してる場合じゃなかった」
顔の血だけでもぬぐい終えたリリィは、急いでこの基地の司令部と連絡をつなげた。
何しろ、先ほどまでの事態は、ただの前兆にすぎない。
ここに来る際、大量の魔物を切り捨てたが、全てを片付けられた訳ではない。
魔物はまだまだ溢れだしてくる。
「こちらストレンジャーズ所属、リリィ少尉、司令官に通達、緊急の連絡が有ります」
『な、何故貴様がここに!?ベース・イプシロン勤務だろ!?』
「ご託は省きます、このままでは、この基地は魔物に飲まれます!直ちに放棄し、持ち出せる装備は全て持ち出してください!」
現在の危険な状況を話したリリィだが、急に基地を放棄しろと言われても、はい解りました、とはならない。
その事は承知の上であるリリィは、自らの視覚データも一緒に送り付けた。
魔物達のあふれ出る速度は、リリィの姉妹全員が対処に当たって、何とか抑えられる程。
その状況を説明する為に、このエレベーター内の隊員にも、映像を見せる。
「おい、どういう事だよ、それ」
「私にも解りませんが、とにかく、ダンジョン内から大量の魔物が出現しています、下手をすれば、地上が魔物に覆われる、そんな日が来てしまうでしょうね」
隊員達は、リリィの説明を前に、言葉を無くした。
ダンジョンは、世界中の出入り口と繋がっている。
そのダンジョンの内部から、尋常ではない量の魔物が生成され続けている。
その事実は、実際にダンジョンを使って移動してきたリリィが、一番よくわかっている。
しかも、この島はダンジョンの真上に作られている。
今すぐに退避しなければ、全滅は免れない。
「という事です、迷っているヒマは有りません、ご決断を」
『……了解した、各員に通達!基地を放棄する!可能な限りの備蓄物資を持ちだせ!』
リリィの映像と説明を前に、司令官は基地の放棄を即決した。
それと同時に、エレベーターは地上に到着。
リリィの手で扉を無理矢理開け、隊員達を逃がしていく。
「さ、貴方方は避難を」
「あ、ああ、助かった」
「アンタは、どうするんだ?」
「私は、魔物を抑え込みます、入り口が大きければ大きい程、それだけ大きな魔物が出てきますからね」
覚悟の決まった目を向けながら、リリィは答えた。
ここまでオーバー・ドライヴの使用によって、それなりの量のエーテルを使用したが、まだ十分戦える。
この基地の入口の大きさは、十メートルを超える。
つまりサイクロプス級の大きさを持った魔物も、出現する危険性も有るのだ。
「では、お気をつけて」
「アンタもな」
隊員と別れたリリィは、エレベーターを突き破って下降。
薄暗いエレベーターシャフトの下へと、リリィは落ちて行く。
「……チ、こっちもあっちも、似たような物かよ!」
下は既に、魔物達であふれており、地上を目指そうと這い上がってきている。
死人も同然の魔物達であるが、ある程度の知能も有るのか、壁を昇っている。
そんな魔物を撃ち落としつつ、リリィは本流へと身を投げる。
「魔石一つ落とさない死肉が!!」
幸いな事に、非常階段を除けば、ダンジョンに通じる道は、エレベーターだけ。
状況としては、シルフィの里と同じ。
リリィ一人でも、十分抑え込む事は出来る。
「(速くこの事を少佐達に伝えなければ!ここに有る大型艦の無線なら、何とかなると良いが)」
――――――
その頃、この基地のスタッフは、全員大型艦への乗り込みを行っていた。
既に二隻は宇宙へ上がっているが、ライラックは非常手段として残されている。
おかげで、大量の物資や兵器を搬入できている。
「急げ!アリサシリーズだって、無敵じゃないんだ!!」
「物資の持ち出しが完了した区画は、すぐに隔壁を閉じる!逃げ遅れるなよ!!」
食料や医薬品等も優先して持ち出し、次々と艦内に運ばれる。
一応、ライラックにも備蓄は積まれている。
本星からの応援が遅れ、物資不足になる事を、少しでも防ぐためだ。
恐らくこの先、避難民の収容も行わなければならないだろう。
「こんなに物資が必要なのか?」
「彼女の報告だと、世界中で魔物が溢れているらしい、多分、避難民を収容する事にもなるだろうな」
「けどソイツ、アンドロイドだろ?信用できるのか?」
「何だ?お前、本星所属だったのか?安心しろ、アイツはその辺の人間より信用できる」
「本当か?所詮プログラムされた事しかできない、ただの人形だろ?」
中には、やはりリリィの事を疑う者もいるようだ。
特に、本星から異動してきた隊員にとっては、アンドロイドはまだ卑下する存在らしい。
しかし、ストレンジャーズとして、リリィ達と戦ってきた隊員から見れば、今は何より頼りになる。
「何とでも言え、彼女達は、今は俺達の希望だ」
ほとんどの人間は、傍からリリィ達の戦いを見るしかできない。
それでも、リリィの戦闘力は身体に伝わる。
現代社会で鈍った野生の勘が呼び覚まされ、全身が痺れたように、格上だと自覚してしまうのだ。
「ああ、何時見ても、俺達とはレベルが違う事を実感させられるな」
「妬ましさもあるが、こういう状況では、心強い」
「……お前らの感覚は、良く解らん」
そんなやり取りをしながら、隊員達は物資の搬入を行っていく。
この先に起こる、かつてない戦争に備えて。




