終始の天秤 後編
大量の魔物との戦闘が始まった頃。
レンズの町、アラクネの住む山にて。
「……どういう事?蜘蛛達が怯えてる?それに、さっきの閃光は、まさか」
蜘蛛達が妙に怯えている理由は分からないが、先ほどの閃光の正体に心当たりが有った。
太陽のように明るくなり、その後で熱風と爆音が響く。
この現象は、反応弾の炸裂だ。
「でも、何故?アイツらがそんな物使うとは思えないわ」
反応弾の使用は、条約で禁止されている。
旧連邦政府との戦いで、地雷等を使う事はあっても、両陣営共、反応兵器だけは使用していなかった。
何か解らないが、何かが起きているというのは、アラクネの第六感が告げている。
「……それに、妙にムズムズするのよね……ねぇ、貴方」
「キィ?」
「私は、ちょっとあっちに行ってくるわ、貴方は他に何人か連れて、ラズカの護衛に付いて」
怯えていた蜘蛛の内一匹に、アラクネは護衛を頼んだ。
何しろ、反応弾を使用しなければならない状況になっている可能性が有る。
アラクネがここを離れたら、ラズカの安全は保障できない。
「なんなのよ、この感じ」
ラズカの護衛に付く為に行動する蜘蛛達を横目に、アラクネも移動を開始。
山で寝泊まりする際に使用しているポイントに行き、木に吊るしている物に目をやる。
「……まさか、また使う事に成るなんてね」
自分の蜘蛛の糸で吊るしてあるアタッシュケースを取り、その蓋を開ける。
中身は、アラクネ専用に調整された戦闘スーツ。
服を脱いだアラクネは、急いでそのスーツに着替える。
「……ん?この音」
着替えの途中で、かすかに聞こえて来る音に耳を傾けた。
この世界に来てから、あまり聞く事は無かったが、最近は聞くようになった音。
「まさか、揚陸艇?こんな所に?」
ますます怪しくなったアラクネは、着替える速度を速めた。
――――――
その頃。
リリィ達の元に、増援部隊が到着。
四隻の揚陸艇の内一隻は、大破した揚陸艇から、少佐達非戦闘員たちを回収。
他の揚陸艇は、周辺のエリアへと散開。
収容された少佐は、すぐに応援の揚陸艇のブリッジへ移動する。
「助かった、支援に感謝する」
「いえ、では、指揮をお願いします」
「わかった、チハル、位置につけ」
「は」
敬礼したチハルは、少佐と共に配置につく。
先ずは、リリィ達に指令を下す。
「リリィ、作戦通り、縦穴に突入してくれ」
『こちらリリィ、了解です!』
「マリー君、君は七美君と共に、地上部隊を援護してくれ」
『了解』
『了解』
「よし、前線の部隊へ通達、援軍が到着した、地下より上がって来た魔物の掃討を開始してくれ」
『待ちかねた!』
カルミアにも、援軍の到着を伝えた。
空中部隊はすぐに展開するべく、リリィ達に同行。
地上部隊は、森の周囲を封鎖するべく、急いで揚陸艇から展開中だ。
他の揚陸艇も、レーザー通信ドローンを飛ばしながら、配置についた。
「各隊に通達、ただちに森の周辺を封鎖!魔物は一匹たりとも市街地に入れるな!」
――――――
少佐から指示を貰ったリリィは、マリー達と共に空を駆けて行く。
「援軍が来てくれたのは良いが、止められるのか?あれ」
「何言ってんの、一番万全なのアンタでしょ?やるしかないよ」
「はいはい」
マリーも飛べるだけの元気が有るとはいえ、彼女はまだ万全な状態ではない。
雑魚の魔物を相手にする分にはいいが、地下に行って、あの量の魔物を消す事は難しい。
なので、彼女はデュラウス達姉妹と共に、強力な魔物を排除する事に成っている。
「ッ、来るぞ!」
話を終えた瞬間、リリィ達は魔物達の射程距離に入り、魔法の攻撃が繰り出される。
マリーは勿論、増援の機体はその攻撃をかいくぐって行く。
一般の兵士とは言え、彼らも精鋭部隊の一員。
魔物達の狙っていない攻撃であれば、容易く避けられる。
『周辺の敵は俺達に任せろ!アンタは作戦通り、突入してくれ!』
「了解!マリー、七美さんと化け物級を頼む!」
「任せて!」
「こっちは気にせず、派手にやってやれ!」
敵の攻撃を避けつつ、リリィ以外の部隊は散開。
マリーと七美も、別々のポイントへ降下し、大型や強力な魔物を相手取るついでに、小物の魔物も一緒に吹き飛ばしだす。
赤黒い天による、防御無視の強力な魔法。
電撃による、超広範囲攻撃。
それらが、次々と魔物の群れを一掃していく。
応援の地上部隊が配置に着くまでの間、火力を集中させ始める。
「以前にも魔物を大量に相手にしたが、こんな量は初めてだ!」
「人間を相手にするよりマシだ!それに、今回は頼りになる味方がいる!」
援軍として駆けつけたのは、この世界での戦争に何度も参加している猛者たち。
空中の敵だろうと、地上の敵だろうと、次々と返り討ちにしている。
以前より数段向上した性能を活かしつつ、数の暴力を抑え込んでいく。
「チ、汚い化け物共が!(シルフィは……無事か)」
戦闘を続ける味方を横目に、リリィは魔物達を斬りながら進みつつ、シルフィの安全も確認。
ヘリアンと共に、空中の敵を中心に倒しており、手あたり次第に魔物を撃ち落としている。
シルフィの事を任せつつ、リリィは地上で奮闘しているカルミアに目をやる。
「カルミア!もう一度縦穴にビーム砲を撃てるか!?」
『当然だ、今行く!デュラウス!ここは頼む!』
『ああ、もう一度ぶちかまして来い!』
デュラウスに地上を任せつつ、カルミアは装備のほとんどを捨て、周辺の魔物を排除しながら飛び上がる。
空の敵は、残った爪と尻尾で引き裂き、縦穴の上空まで移動。
リリィはカルミアの援護をしながら待機する。
「一気に吹き飛ばす!突入の準備をしておけ!」
「分かっています!」
リリィの援護を受けながら、カルミアはオーバー・ドライヴを使用する。
黄色く輝くレッドクラウンは、口を大きく開く。
照準は、魔物の大軍で詰まっている縦穴。
「道を開けろ!化け物共!!」
先ほど以上の出力で放たれたビームは、縦穴にはびこる魔物達は蒸発。
肉の壁と呼べる程にまでなる魔物を押しのけ、ビームは最奥に着弾。
大爆発を引きおこし、爆炎と衝撃波が穴の入口から吹き出る。
「突入する!!」
その爆発が収まる直前に、リリィは先行。
周辺にフィールドを張りながら、縦穴を駆け落ちて行く。
「ウ、また追加されてやがる!」
先ほどよりも早い時間で降りたリリィだが、既に追加の魔物が扉の向こうから湧き出ていた。
だが、今のリリィは万全な状態。
刀を抜き放ち、一気に斬り進む。
「邪魔だ!」
波のように迫りくる魔物達を切り裂きながら、リリィは更に奥を目指す。
炎の白刃は、全ての魔物を両断。
一撃で魔物を葬り去りながら、リリィは狭い通路を進む。
「オラ!」
そして、開けた部屋に出ると同時に、リリィは強めの一撃で、魔物を一掃した。
魔物達の勢いが落ち着いた所で、リリィは周辺を見渡す。
「……こ、これは」
リリィの視界に映り込んだのは、ダンジョンの深部。
マリーとキレンと初めて顔を合わせ、大敗をした場所だ。
だが、神殿のようだった筈の場所は、魔物の巣窟へと変わっていた。
「床、壁、柱、天井……そこら中から魔物が出てきている」
ダンジョンのあらゆる場所から、次々と魔物が溢れている。
天井や柱から出て来た個体は、下の魔物を潰しながら立ち上がり。
床から出て来た個体も、潰されようと、何をされようと進む。
理性がない魔物達は、とにかく外を目指そうとリリィの居る方へ歩いている。
「……」
顔を青ざめるリリィは、言葉を失いながら後ずさりをする。
見渡す限り、魔物、魔物、魔物。
生気を一切なくした魔物達が、溢れかえっている。
強さの強弱、体格の大小、それら一切に関係なく、どんどん生み出されている。
「こんな、こんな……ッ、何だ、ゴブリンか」
後ろにゆっくりと下がっていると、リリィはゴブリンの死骸を踏みつけた。
先ほど斬り殺した個体の心臓の部分を踏んでおり、骨がもろくなっているのか、簡単に踏みつぶせてしまった。
「……待てよ、ッ!」」
この時、リリィを違和感が包み込んだ。
突然の攻撃を回避したリリィは、次々生まれて来る魔物達を相手にしながら、違和感の正体を探っていく。
「そこ!」
目を付けたのは、一匹のゴブリン。
首を斬り落とした後、数秒程敵を倒しながら待機。
そしてすぐに、首無しのゴブリンの心臓部分に手を突っ込む。
「ッ!魔石がない!」
リリィを包んでいた違和感の正体が、はっきりとした。
魔物を殺しているというのに、魔石が一つも出てきていないのだ。
魔石は死んだ魔物の心臓部分に出現する、魔力の結晶。
その筈なのに、確実に殺した魔物から、欠片一つ出てきていないのだ。
「クソ!何が起きていやがる!」
確認が終わるなり、すぐに手を引き抜いたリリィは、冷静になりながら周囲の敵と交戦する。
違和感の正体は解った。
しかし、この状況の解決方法までは解らない。
それだけではない、何が起きているのかさえ解らないのだ。
「(ダンジョンがこんな状態になるなんて、聞いた事も無い、一体、どうすれば止まる!?)」
強力な上位種まで現れ、数は一向に減らない。
そんな状況でも、リリィは戦いを止めずに考え続ける。
この現象を止めるには、どうすれば良いのか。
解決策が思いつかなかったら、どれだけの被害が出るのか。
「(被害……待てよ、この現象は、ダンジョンのどれだけの場所で起きている!?)」
被害状況の事を考えていると、不意にこの現象の規模の事が過ぎった。
ダンジョンは、世界中の入口全てと繋がっている。
仮にこの現象が、ダンジョンの各地で起きていたとしたら。
「(これがダンジョン全体で起きていたらどうなる!?孤島の基地、ダンジョンの入口に構えてある出店、開拓した村や町、その周辺の被害は!?)」
急に絶望的な状況が、リリィの頭の中を駆け巡った。
この事を伝えたくても、このダンジョンでは、外と無線が繋げられない。
いや、繋がったとしても、今のエーテル濃度では無理だ。
「(……止めるにはどうすればいい?先へ進むか?いや、奥に進んだらクラブが居るのか?)」
リリィは、苦い表情を浮かべた。
このまま訳も分からず進むか、それとも、疑問を解決するべく、一旦地上へ戻るか。
「(進んだところで、この被害を止められる保証はない……そもそも、最深部に何が有るのかさえ分かってないってのに)」
ダンジョンは三百年前から存在するが、その広大さと、魔物の存在もあって、最深部に入り込めた人間はいない。
今リリィが居る場所は、キレン程の実力が有ってようやくたどり着ける。
かなりの深部だが、ここでも最奥ではない。
「(……よし、あの基地に行こう、何にしても、私の考え通りだったら、ルドベキアが言うように、この世界が終わる!)」
ダンジョン奥に、クラブが居る保証はない。
そもそも何が理由で、こんな事が起きているのか、それすら解らないのだ。
ならば、外で何が起きているのか、それを判明させる必要がある。
唯一ダンジョンと通じている基地に行き、それを探る事にした。
「ここからあそこまで、徒歩ではかなりかかるが、今の私なら!」
地上で戦う仲間達の為に、リリィはオーバー・ドライヴによって一気に加速。
当然、その道中の敵は、全て切り裂いて進む。
――――――
その一方で。
教会へ戻ったルドベキアは、メフィス達に指示を仰いでいた。
戦闘が始まった少し後に、防衛網の構築を行い、市民の保護を開始。
現在の町は、教皇であるルドベキアが言うのなら、という事で、避難で慌てている。
「……どうやら、ここは問題なさそうね……うっ」
教会のベランダから、様子をうかがっていたルドベキアだったが、強いめまいに襲われた。
思わず柵に手を突きながら、何度も強く呼吸し、息苦しさを誤魔化す。
このような症状を緩和させるべく、ルドベキアは薬をポーチから取り出し、水無しで無理矢理飲み込む。
「ん……はぁ、はぁ」
乱れた息を整えながら、薬が効くのを待ち続ける。
しかし、何時もなら、だいぶマシと思えるように成る時間が過ぎても、症状はおさまらない。
即行性が有る訳ではないが、長らく服用していたせいで、効きが弱くなっているようだ。
「……私が先に終わったら、意味無いものね」
苦しみながら、ルドベキアは柵を強く握り締める。
ルドベキアの悲願は、この戦いを見届ける事。
ずっと夢見て来た状況が、こうして実現しているのだから、このまま寿命を迎えるつもりはない。
「ッ!」
しかし、症状は和らぐどころか、更に強く成る。
ルドベキアの視界は、揺れ動くというより、洗濯機にでもかけられたように乱れだす。
息苦しさも、まるで数分止めた後のように辛く成り、立っている事すら難しくなる。
心臓も全力で走った後のように、強く早く動き、ルドベキアの事を苦しめる。
「これが、必要以上の長生きの代償……ふふ、このまま、死んだ方が楽かもね……けど、まだ終われないのよ」
死んでしまいそうな程の苦しさに襲われながらも、ルドベキアは生を望む。
普通に老化する程度であれば、今の苦しみは感じない。
とっくの昔に、彼女の寿命はつきている筈だったというのに、薬で無理矢理延命していたのだから、この程度は覚悟の上。
何しろ、苦しみの原因は、薬の副作用のような物なのだから。
「(ハイエルフの力をもってしても、生物の老化は完全には止められない、けど、ここまで来たのだから、見届けないと)」
根性と意地だけで立ち上がったルドベキアは、薬をもう一錠飲み込む。
強力な薬なので、乱用は御法度だが、これ位しないと抑えられそうにない。
「教皇様、ご報告が……教皇さま!?」
「あら、メフィス」
薬の服用を終えると、メフィスが駆けつけて来た。
一時的な報告に来たのだろうが、その事を忘れ、ルドベキアの事を介抱する。
「どうなされたのですか!?」
「いえ、ちょっと、具合がね」
「あまり動かないでください、お体に障ります、今すぐに人をお呼びいたしますので、しばしお待ちください」
「その必要はないわ」
ルドベキアは彼女のローブをしっかりと握り締め、人を呼びに行こうとしたメフィスを止めた。
だが、メフィスからしてみれば、ルドベキアの容態は無視できない状態だ。
顔は仮面で隠れているが、辛そうなのは十分伝わる。
出来れば、今すぐにでも医者に見せたいところだ。
「ですが、とてもお辛そうですよ!すぐに担当の者及びいたしますから!」
「大丈夫よ、誰を呼んだところで、結果は同じだもの」
「しかし」
「いいから!私の最期の頼み、聞いてちょうだい」
「……」
何時も温厚に話すルドベキアの、珍しい怒鳴り声を前に、メフィスは硬直した。
今のルドベキアの症状は、本人ですら治せない。
ならば、人間の中でも、少し秀でている位の者に、治せる筈がない。
だからこそ、最期の頼みを、メフィスにお願いする。
「まず、エレベーターに、私を連れて行って」
「……はい」
渋々従ったメフィスは、ルドベキアに自分の肩を貸す。
本来なら、おぶった方がいいのかもしれないが、それはルドベキアが拒否した。
せめて自分の足も使って、移動したかった。
「(これが、最期の移動になるかもしれないし)」
そして、メフィスはルドベキアの指示に従い、エレベーターに到着する。
何時も通りの手順で、エレベーターに乗り込み、上に行こうとするが、ルドベキアが止める。
「な、何か?」
「……行くのは、上では無くて、下よ」
そう言うと、ルドベキアはレバーのすぐ下を軽く触れる。
すると、カバーが開き、掌紋を確認する為のディスプレイが出現。
そこに右手を当てると、レバーを上から下へ瞬時に操作する。
「ッ、下にも部屋が?」
「ええ、本当に私以外行く事が出来ない、特別な部屋よ」
下に数分程降りて行き、目的の部屋へと到着する。
メフィスからしてみれば、その部屋は、殺風景な模様の書かれた壁が広がり、ポツンと一つだけ椅子が置かれた、広い部屋。
だが、ルドベキアにとっての特別な部屋なら、そうなのだろうと、納得させる。
「……椅子へ」
「は、はい」
そして、ルドベキアはメフィスの手伝ってもらいながら、椅子に座る。
この椅子に座ったからと言って、症状が和らぐ訳でもないので、ただ座っただけだ。
それでも、ようやく休めた事に、ルドベキアはホッとする
「……ふぅ、ありがとう、貴女は、仕事へ戻って、私が言った通りの事をしてくれれば、報告なんていらないから」
「は、はい……それでは」
「またレバーを上げれば、普通に上へ戻れるわ、心配しないで、こっちからでも、操作できるようになってるから」
「はい、ありがとうございます」
メフィスを見送ったルドベキアは、仮面に手を置き、この世界の現状を目にする。
全ては、自らの目的のために。
「さて、終わりか、始まりか、天秤は、どちらに傾くかしら?」




