終始の天秤 中編
里の大穴から脱出したリリィは、補給と報告のために揚陸艇へと戻っていた。
『リリィ、何が有った!?』
「時間が有りません、要点だけ言います!里の地下から、大量の魔物が溢れています!このままでは市街地に被害が!」
報告を行いながら、リリィは視覚データを揚陸艇と姉妹達へ送った。
井戸水の如く湧き出る魔物の大軍。
リリィが見ただけで、現状は解らないが、魔物の大軍が上がってきている事に変わりは無い。
この報告を受けて、少佐はすぐに指示を下す。
『了解した!アリサシリーズ各機に通達!出撃可能な機体は、すぐに出撃し、魔物の足を止めろ!残りの部隊は整備終了次第、彼女達を援護!リリィ、君も補給を受けてくれ』
「はい!」
少佐の指示を受けて、リリィは補給と調整を受ける為に揚陸艇へと戻る。
元々準備を済ませていた姉妹達は、指令が下ったと同時に出撃。
マリーの介抱を終えたデュラウスも、少し不機嫌になりながら飛び立つ。
「あの女、何考えてやがる!?」
デュラウスに続き、ヘリアンもライフルを携えながら追いつく。
更に、カルミアやイベリスも追従する。
「世界が滅びる、とか言ってた、多分、これがそう」
「クソが、ダンジョンは長らく籠った事有るが、あんな量見た事ねぇぞ!」
「念のため、色々積んできて正解だったよ」
「とにかく、わたくし達で抑え込みますわよ!」
話を挟みつつ、五人は里の有った場所に到着。
そこは、リリィ達が戦った事で、もはや森ではなく、クレーターの有る平原となっていた。
クレーターを昇り、どこかへ行こうと、魔物達は地を這いずっている。
その姿を観測するレッドクラウンは、まるで地獄を見ている気分だった。
「……本当に理性が有るとは思えない、隊列も汲んでいないし、むしろ踏み越えてる」
「まるでゾンビ映画だ、あれが市街地に入ったら、被害位じゃすまないな」
「なら」
レッドクラウンの観測情報を聞いたイベリスは、ランチャーを構える。
宇宙で使用していた巨大な物ではなく、地上戦闘用に制作した物だ。
イベリスの身長程の大きさの砲を二門脇に抱え、同時に引き金を引く。
「空中から一気に殲滅いたしますわ!」
放たれたビームは、魔物ごと地面を削る。
イベリスに続き、カルミアも攻撃を開始する。
「アタシらも行くぞ!」
「了解!」
何時もより重装備、重装甲のレッドクラウンは、ミサイルやバルカン砲による制圧を開始。
両腕に二門ずつ装備されたバルカン砲は、大量のエーテル弾をばらまき、次々と魔物達を撃ち抜いている。
背中に背負うミサイルコンテナからも、ミサイルの雨が降り注ぐ。
精密な誘導は必要無く、目を瞑っていても当たる状況なので、手あたり次第に撃って行く。
「クソが、まるで演習だ!」
「実戦だから、気は抜かないでね!」
「俺は降下してやる!当てんじゃねぇぞ!」
相変わらず射撃兵装を持たないデュラウスは、大剣を片手に降下。
カルミア達があまり狙って居ない場所へ降りて、紫電をまといながら大剣を振り回す。
弱体化しているリリィと異なり、万全なデュラウスは、大量の魔物を一振りで蹴散らしていく。
「おい!なんか飛び上がって来たぞ!」
「鳥型や虫型……敵の航空戦力!」
「そっちは、私がやる!」
デュラウスが暴れだすと、空を飛べるタイプの魔物が出現。
そちらは、ヘリアンが対処に当たりだす。
ちょこまかと動くような相手だが、ヘリアンの射撃技術によって、次々撃ち落とされていく。
「新型ライフル、調子いい!」
狙撃用のライフルではないが、精度と貫通力を徹底的に伸ばした新型。
銃の制作を趣味としている彼女が、この五年で作り出した傑作。
それを二丁持ち、スタイリッシュに撃ち抜いていく。
「クソが!数が多すぎる!」
「対処しきれませんわ!」
シールドキャノンと、手持ちのランチャーを交互に打つイベリスの砲撃は、まるで空爆。
カルミアと共に、編隊を組んだ爆撃機並の働きを見せるが、それでも魔物の数は減らない。
デュラウスも、一騎当千の働きを見せているが、魔物の供給量の方が上回っている。
「チ、ヘリアン!聞こえるか!?」
「何!?」
「縦穴を直接叩く!進路を開いてくれ!」
「了解!」
カルミアから頼まれ、ヘリアンは穴の付近に居る空中の魔物を撃ち抜く。
開かれた進路を辿って、カルミアは穴の上空へと移動。
記憶しているポイントに狙いを定め、レッドクラウンの口を開ける。
そして、デュラウスにも解るように、拡声器を使用する。
「久しぶりにぶちかますぞ!!」
「了解!」
「避けろ!デュラウス!」
デュラウスが退避した事を確認し、取っておきのビーム砲を繰りだした。
細いビームだが、その出力は折り紙付き。
周囲が赤く染まり、直撃せずとも魔物が焼け死ぬ。
山の形を変えた実績もあるビーム砲は、縦穴の魔物達を蒸発させていく。
「あッづア!アッヅ!テメェ!クソガキ!もうちょっとタイミング見ろ!!」
「うるせぇ!勧告しただろうが!」
照射されたビーム砲の近くから、デュラウスがギリギリで離脱してきた。
地味に髪がチリチリになっており、少し巻き込まれたらしい。
彼女達の口論を無視し、レッドクラウンは地上の観測を行う。
「たく……とりあえず口論は後にするか」
「そうだね、縦穴の方はどうにかなったみたいだけど、まだ周りにいる」
先ほどの砲撃のおかげで、何とか縦穴からの増援は防げた。
しかし、既に外に出ている魔物は、まだ健在だ。
空の敵を撃ち落とすヘリアンも、隙を見て縦穴と地上の敵を確認していく。
「……ん?」
「どうかしまして?」
「いや、何か、縦穴から……」
縦穴の中から何かが昇ってきている気がしたヘリアンは、空中で停止。
彼女につられて、イベリスも頭部のバイザーを下ろす。
暗くてわかり辛いが、確かに何かが昇ってきている。
「ッ!?地中から来る!!」
「何!?」
ヘリアンが忠告すると同時に、縦穴から巨大な個体が出現。
ライオンと鷲が合わさったような魔物、グリフォン。
かなり珍しい個体が、デュラウス達の前に、その雄姿をさらす。
「ぐ、グリフォンだと!?」
「いや、もっとデカい!」
「は!?」
「来る!」
グリフォンは、デュラウス達に向けて、大量の風魔法を放つ。
まるで機銃掃射と思えるような攻撃を前に、姉妹達は急いで回避行動を取る。
「デカいってどういう事だ!?」
「グリフォンはデカくて七メートルだ!だがアイツは体格だけでも十五メートルは有る!」
「データ照合完了、カルミアの言う通り、あれは、エルダー・グリフォン!」
「上位種って事か!」
風魔法の掃射をかいくぐりながら、レッドクラウンはデータを照合。
その結果、グリフォンの上位種、エルダー・グリフォンであると判明した。
「正体は解りましたが!今は対処に集中を!」
「だな!」
イベリスに注意され、デュラウス達は周囲に気を配る。
彼女達がグリフォンに目を奪われている間に、魔物達の流出は進んでいた。
どうにか地上の魔物を片付けたいが、通常のグリフォンまで出現してくる。
「状況はクソか、デュラウス!イベリス!お前達は地上を優先!アタシとヘリアンで、この鳥どもを殺る!!」
「分かった!大物はくれてやる!」
「では、ご武運を!」
カルミアの指示で、二人は地上に移動しようとする。
しかし、エルダー・グリフォンは、狙いすましたかのように、その巨大な翼を羽ばたかせる。
羽ばたきによって、羽の一部が散り、意思を持っているかのように、デュラウス達へ襲い掛かる。
「おい、ウソだろ!?」
「こんな能力まで!?」
羽根は刃のように鋭く、弾丸のように早く飛翔し、ドローン兵器のように不規則に動き回る。
デュラウス達の進路を妨害しつつ、攻撃を加えて来る。
おかげで、下の魔物達の妨害に支障がでてしまう。
「なら!」
デュラウス達を援護するべく、ヘリアンとカルミアは、グリフォンへ攻撃を仕掛ける。
ヘリアンの早打ちで通常のグリフォンは、次々と撃ち抜かれていく。
単発射撃でありながら、まるで機銃掃射並の連射を発揮させ、その全てが命中。
肉壁になられる事を防ぐと、カルミアは二門のロケットランチャーを構える。
「焼き鳥になりやがれ!」
全てのロケットを撃ち尽くす勢いで、カルミアは引き金を引く。
使用されているのは、エーテルを用いた対戦車弾。
通常の炸薬より強力な爆発が起こり、グリフォンの巨体を破裂させていく。
『ギュオオオオ!』
ランチャーによって身体が引き裂かれ、グリフォンの悲鳴が響き渡った。
砲撃で怯んだ事で、羽根の攻撃が止まり、大きな隙が出来上がる。
その瞬間を、デュラウスは見逃さない。
「この、鳥野郎が!!」
紫電をまとう大剣によって、グリフォンの胴体は真二つに切り裂かれる。
それでも、攻撃を行おうとしてくる素振りを見せたので、イベリスが追撃に入る。
「させませんわ!」
攻撃を放たれる前に、イベリスの二門のエーテル・キャノンが炸裂。
上半身と下半身が離れ離れになった、グリフォンの身体のほとんどを消滅させる。
「脅威を排除!」
「これで下の連中に集中できる!」
落ちて行くグリフォンの死骸を無視しつつ、デュラウスとイベリスは下方向の魔物に目をやる。
既にクレーターからあふれ出る程の量が吹き出しており、対処を急がなければならない状況だ。
「ヤッベ!もう溢れてんじゃねぇか!!」
デュラウスが急いで降りようとすると、魔物の群れの一部が爆散する。
それだけではない、何かに貫かれたように、一直線に魔物が葬られた。
「え、援軍か!」
「その用ですわ!」
「みんなー!大丈夫!?」
どうやら、今回護衛に来た部隊が駆けつけて来たらしい。
しかも、シルフィまで加入している。
とは言え、戦力差は焼け石に水だ。
今回は戦争をする予定では無く、持って来たのは揚陸艇の格納庫に空きが出る位の分だけ。
武器も弾薬も、自衛目的の物から戦闘用の物に変えているが、物量差は埋まらないだろう。
シルフィも空中の敵を次々撃ち落としているが、気休めにしかならない。
「てかシルフィ!何でお前まで!?」
「皆が頑張ってるのに、後ろで待機なんて嫌だからね!マリーちゃんは医療班の人たちに任せてるから、大丈夫だよ!」
マリーを医療班に任せたシルフィは、ストレリアに身を包んで援軍に来ていた。
とはいえ、こんな危険な場所に来た事には、カルミアはご立腹だった。
しかし、解読が仕事だったとは言え、シルフィも訓練は欠かしていない。
力を発揮できる場所では、発揮したかった。
「クソが、ま、その優しさには、何時も感謝してるよ!」
「(本当に丸くなったな~、お姉ちゃん嬉しい!!)」
カルミアの感謝のセリフと共に、レッドクラウンの増加装甲を展開。
中に仕込んでいたミサイルを、一気に放出させ、地上と空中両者の敵を一掃する。
「無理はするなよ!ブランクも有るだろうし!」
「ありがとう!多分マリーちゃんもリリィもそうだけど、町からの増援もすぐに来るよ!」
「そうか、なら、シルフィは空中の連中を頼む!アタシらは地上をやる!」
ミサイルを撃ち終えた装甲をパージしたカルミア達は、デュラウスと共に地上へ降りて行く。
彼女を見送ったシルフィは、ヘリアンと共に空中の敵に専念する。
シルフィの射撃能力は、やはりヘリアンと並んでおり、百発百中で、ドローンの操作もなまっていない。
「あの子、腕は落ちてないみたいだね」
「ああ、リリィとマリーが来るまで、アタシらで何とか持たせるぞ!」
「わかった!」
降下と同時に、カルミアは地上に居たサイクロプスに一撃を入れる。
落下の速度とレッドクラウンの重量によって、その巨体は破裂。
間髪入れずに、カルミアは背中の尻尾を使用し、地上の魔物を掃討して行く。
「デカい奴らまで出てきやがったか!」
「……レーザー通信回復、揚陸艇とも連絡が取れるよ」
「そうか!悪いが少佐につないでくれ!」
どうやら、友軍の中に通信装置を身に着けた機体が居たらしく、通信が回復した。
高濃度のエーテルが充満している中では、通信が扱えないが、特殊な装置で通信強度を高めれば、何とか通信はできる。
回復した通信を用いて、カルミアは少佐に連絡をつける。
「少佐!聞こえるか!?」
『ああ、どうやら通信は無事に回復したようだな』
「それより、リリィとマリーの出撃を急いでくれ!サイクロプス級まで出てきている!今の地上部隊の火力じゃ、対応しきれない!」
『そんなにか……分かった、各隊に通達!強力な個体も出現している!地上部隊はアリサシリーズの援護に集中!戦線を押し返す事は考えるな!援軍が来るまで、戦線の維持を考えろ!』
補給の物資を頼んだのはカルミアである為、現在の部隊の火力は把握している。
融和政策による軍縮で、配備できる兵器の数は減少しているが、その分性能は向上させている。
それでも、火力はせいぜい三割増し程度。
アリサシリーズに追従する僚機としては、申し分ないかもしれないが、現状では足止めがせいぜいだ。
「地上部隊の扱いは良いけどよ!これ、どうやったら終わるんだ!?」
通信していたカルミアに割り込んだのは、この状況の終了が解らないデュラウス。
何しろ、湯水のように魔物が溢れ出るこの状況。
撃破しても、撃破しても、減るどころか、むしろ強い個体が出現してきている。
「知るか!とりあえず、リリィにあの穴に突入してもらうしか、道がない!」
「穴の奥で何か起きている事は間違いないからね!」
「成程、元を断つわけか!」
カルミアが考えているのは、あふれ出ている場所、縦穴の先に有るかもしれない元凶を断つ事だ。
その為には、リリィやマリーのレベルでないと、突入は難しい。
マリーは体力が消耗しているだろうが、リリィは調整と多少の休息後でも、十分戦える。
このような扱いは気が進まないが、これがアンドロイド兵の強みだ。
「でも、リリィも結構やられてたし、そんなにすぐ来るかな?」
「来る!シルフィが来てんだ!下手したら調整途中でも来る!」
「だな!」
「……気持ちはわかるけど……(せめて調整はすませてよね)」
現在のリリィは調整中だが、この戦場にはシルフィが居る。
下手をしたら、中途半端な調整で来る危険が有る。
「てな訳だ!少佐!リリィの調整はどれ位かかる!?」
『エーラが言うには、後五分だ!』
「そうか、カップうどんでも作って、待ってるとするか!」
『ああ、それまで、何とか持たせてくれ!』
『ああああ!!シルフィ!シルフィが居ねぇぇぇぇ!!』
『おい!まだ調整終わってねぇんだから暴れんな!マリー!ちょっとコイツ押さえつけろ!』
「……」
「……」
「……」
通信を終了しようとした時、明らかにリリィの物としか思えない叫びが聞こえて来た。
大方、揚陸艇内の監視カメラにでもアクセスしたのだろう。
そのせいなのか、随分と荒れているらしいが、どうやらマリーは復活したらしい。
彼女の言葉を聞いて、黙ってしまう三人だったが、気を取り直して戦闘を再開する。
「さ、さて!何とか持たせるぞ!!」
「あ、ああ!」
「元気で何よりだよ!!」
リリィの到着を待って、カルミア達は戦闘を再開する。




