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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
スイートピー編
314/343

終始の天秤 前編

 閃光が収まり、赤熱している大地が現れる。

 ザラムの最強の一撃によって、まるで惑星の形が変わってしまったと思える程、大地がくぼんでいる。

 灼熱のクレーターの中央にて、ザラムはむき身の刀を握りながら立ち尽くしていた。


「……む、無念」


 今の技で、ザラムの寿命は限界を迎えた。

 老衰が進み、かすんでしまっている視界に映るのは、たった一つだけ残ったクラブの細胞。

 僅か一つ、地中に隠れていた個体が、ザラムの攻撃から僅かに身を守っていた。

 後一振りで倒せるという所で、ザラムは立ったまま息を引き取った。


「……熱い、老いてもなお、これだけの技を」


 戦場の跡地となったクレーターの上空に、ルドベキアが現れる。

 高温となる大地から放たれる熱は、フィールドで防ぐが、その高温に度肝を抜かれていた。

 その状態で地上に降り立ち、事切れたザラムを前にする。


「……今のクラブでなければ、細胞一つ、簡単に燃え尽きていたでしょうね」


 実際に降り立ってみると、良く解る。

 今フィールドを解除したら、火傷では済まない程の熱が発生している。

 クラブの身体が細胞レベルで強化されていなかったら、ここで焼失していただろう。

 満身創痍と言える状態の彼女を置いておき、クラブはザラムへと抱き着く。


「……ごめんなさい、貴方をダシにしてしまって」


 僅かに残っていた温もりを感じ終えると、ルドベキアはザラムの遺体を回収。

 次元収納へとしまい、ついでに二つの道具を取りだす。

 一つはクラブと約束していた物、もう一つは彼女が特別に調合した回復薬だ。


「先ずは、貴女を回復させないと、そのままじゃマトモに話せないでしょ?」


 ザラムの天さえ中和し、ある程度は回復してくれる薬を、クラブの細胞へ雑にかける。

 おかげで、クラブの細胞は徐々に増殖し、何とか顔だけが出来上がる。

 とは言っても、皮膚まで回復できず、肉や骨がむき出し。

 しかしその表情は、殺意と憎悪に汚れていた。


「アアアアア!!オロス!ホロヒテアル!!」

「……えっと、殺す、殺してやる、ね……もっと回復すると思っていたのだけど、ザラムの力は思った以上に強かったのね、彼だけは、何時も私の予想を超えてくれるわね」


 回復の具合は、ルドベキアの予想を外れた。

 思った以上にザラムの力は弱っておらず、クラブの再生は中途半端。

 口の方も不完全な状態で、活舌も悪く、何を言っていたか一瞬解らなかった。


「ほら、今は落ち着いて、私の話を聞きなさい」

「ッ!」


 乱心気味なクラブだったが、ルドベキアの姿を見て、多少落ち着く。

 いや、ルドベキアの姿以上に、手に持っている物の方を見て、冷静さを取り戻したと言える。


「ほ、ホレ、オコセ!」

「それ、よこせ……ねぇ~、ま、約束の日没は、丁度今ね」


 カルミア達を教会へ招く前に、ルドベキアはクラブと契約していた。

 この日、クラブが日没まで生き残って居たら、今彼女が持っている物を渡すという約束だ。

 ザラムの猛攻に耐え、死の一歩手前の状態とは言え、生き残ったのは事実。

 約束通り、ルドベキアは手に持っている物をクラブの目の前に置く。


「約束の物、ダンジョン・コアよ、後は教えた通りにすれば、ダンジョンの制御は貴女の思い通りよ」


 そう言いながら、ルドベキアは正二十面体の物体を手放した。

 正体は、この世界に有るダンジョンの制御装置。

 これを見て、クラブは暗い笑みを浮かべる。


「フ、フフフフ!」


 顔だけで何とかにじり寄り、再生した網膜を装置に認識させる。

 その瞬間、装置は展開。

 クラブの事を取り込み、彼女が出て来た穴へと、彼女を連れて行った。


「……さ、これで準備は整ったわね」


 とても長い時間をかけて、ここまで来た。

 その達成感を噛み締めながら、ルドベキアは笑みを浮かべる。


「後は、滅びるのも、繁栄するのも、あの子達次第……私は、健闘を祈るだけね」


 そう言い残し、ルドベキアは瞬間移動を使用した。


 ――――――


 その頃。

 墜落した揚陸艇にて。


「……無事ですか?」

「な、何とか」

「あのクソジジイ、これで殺しきれてなかったらビンタしてやる」


 ザラムの放った攻撃の衝撃波によって制御を失ったが、無事に不時着した。

 操舵手の腕に感謝しながら、少佐は地味にザラムへと怒りを抱いた。

 こんな目に遭わせたのだから、たとえ師匠でも、今回ばかりは許せない。


「……それにしても、こんな威力が有るなんて……これは、私やマリーが行く必要がないのでは?」

「い、いや、念には念を入れる、私は、救援部隊の要請をする、君はマリーと共に、様子を見に行ってくれ」

「は、はい、マリー、行きます、よ……」


 少佐の指示通り、リリィはマリーを連れて行こうとするが、彼女は白目を向いて倒れていた。

 頭部に外傷が見られるので、恐らく脳震とうか何かだろう。

 そんな彼女を見て、シルフィは急いで駆け寄る。


「ちょっとオオオ!マリーちゃぁん!」

「何してるんですか!?アンタこの程度で気絶するタマじゃないでしょ!!」


 急いで駆け付けた二人は、マリーの事を介抱し始める。

 恐らく、先ほどの戦いによって、体力は限界だったのだろう。

 いくら彼女でも、弱り切ってしまえば、一般人程度の耐久しかない。

 無理に起こすのもあれなので、少佐は指示を下す。


「ええい!仕方ない!元々彼女は体力が限界だったんだ、医療班に診せておくから、君はさっさと行け!」

「は、はい!シルフィ!彼女を頼みましたよ!!」

「が、頑張ってね」


 少佐からの指示を受けて、リリィは応急処置を済ませたスターゲイザーを着用。

 破損しているハッチをぶち破りながら、外へと飛び出した。

 リリィの事を、シルフィは手を振りながら見送ると、マリーの方を向く。


「さて、この子医務室に運ばないと」

「そうだな、私は、部隊に指令を下す」

「デュラウスちゃん!ちょっと手伝って!」

「お、おう!」


 デュラウスに手伝いを頼み、シルフィはマリーの事を医務室へ連れて行く。

 それを見送った少佐は、改めて周辺を見渡す。

 格納庫内は、ある程度の物は固定されている。

 ちょっとやそっとの衝撃では、物は倒れたりしない。

 とは言え、所々に損傷が見受けられる。

 マリーがダメージを受けたのは、固定されていなかった物だろう。


「……各員に通達!すぐに全機使用できるようにしろ!リリィからの報告いかんでは、全機出撃させる!七美!カルミア!ヘリアン!イベリス!君達も万全の状態にしておけ!」


 少佐の指示を聞いたスタッフ達は、全員敬礼した。

 彼女達を後にして、少佐はブリッジへと移動して行く。


「(胸騒ぎがする、ヴィルへルミネがいうには、我々が負ければ、宇宙その物が滅ぶと言っていた、そんな事をすれば、あの人が来ることも、アイツが予期していないとは考えられない)」


 移動の途中で、少佐は思考を巡らせた。

 何しろ、ここまでは全てルドベキアの思惑通りに進んでいた。

 だとすれば、ザラムが介入してくる事なんて、彼女であれば予想は容易い。


「……まさか、今回は彼が狙いだったのか?」


 ザラムはあまり表へ出ないのなら、無理矢理引っ張り出す気だったのだろう。

 最強クラスであるリリィ達が敗北に差し掛かれば、駆け付けて来る、という算段だったのだろう。

 クラブの存在は、恐らくザラムをおびき寄せる為のエサ。

 いや、それどころか、リリィやマリーさえ、エサの一種だったかもしれない。


「……となると、あのエルフさえ、彼女のコマか」


 何が起きるか解らないが、一先ず、出来るだけの事をするべく、少佐は歩みを進める。


 ――――――


 揚陸艇から飛び立ったリリィは、森だった場所へと向かう。

 仮にクラブが生きていても、先の攻撃が直撃していれば、生きていても満身創痍だろう。

 そう思い、追加装備の類は全て外し、ロータス以外の装備はライフル一丁。

 ほとんど戦闘を想定していない装備で、リリィは森の状態を目の当たりにする。


「……な、なんだ?これ」


 格納庫を飛び出したリリィは、森の惨状に驚愕した。

 先ほど、アナウンスで反応弾並のエネルギーを観測したと言っていたが、本当に反応弾が爆発したような跡だ。

 ただでさえ、マリーの魔法で森が完全に焼失したというのに、このありさまだ。

 もう人間技ではない。


「……ザラムさんは?」


 クラブの姿は見えないが、ザラムの姿さえ見当たらず、急いで降り立つ。

 一番居る可能性の高い中央に降り立つが、やはり彼の姿はどこにもなかった。

 有ったのは、彼が愛用していた刀だけ。


「そ、そんな、あの人が……ッ!」


 だが、遺体がない事に気付き、リリィは刀を回収し、持って来たライフルを構える。

 彼の遺体が何処に行ったのかは不明だが、クラブがどこかに潜んでいる可能性も否定できない。

 とは言え、ここまでの事が出来れば、クラブも相当弱っている筈だ。

 夜で見づらいが、アンドロイドのリリィには関係ない。


「……」


 スキャンを活用し、リリィは細胞の有無や、血痕などを探す。

 先ほどは、身体一つを残したが、今回は細胞一つ見逃さないように辺りを見渡していく。


「……どこにも、血痕は無い、が……おっと」


 用心しながら歩いていると、リリィの片足が少し沈む。

 すぐに足を戻し、その原因が判明する。


「……これは、そうか、あの穴か」


 リリィがつまずいたのは、以前の探索で見つけた大穴。

 ライトを使っても、穴の底を見る事はできないが、この下には、妙な装置が有る。

 そう言った事を抜きに考えても、クラブがこの穴に逃げ込んだという事も考えられる。


「……行ってみるか?」


 今回のリリィの任務は調査。

 怪しい部分が有れば、調べる事が役割だ。

 この穴の下は、途中から機械的な観測はできない。

 その為、リリィはライフルにライトをつけて、穴の中へと降下する。


「やっぱり深いな」


 外が夜という事も有って、自然の光はアテにならない。

 とてつもなく深い穴を下りながら、リリィはライトで色々な所を照らす。

 以前見た時より、たいした変化はない。


「何もない?いや、そんなことは」


 どこにも血痕の類どころか、クラブの痕跡は見当たらない。

 所々崩れているが、それはクラブが昇って来る為に付けた傷だろう。

 その辺はあまり気にする事無く、降下して行くと、気づいたら地面に足がついた。


「……結局、何も見当たらなかったか」


 拍子抜けしながらも、リリィは扉の方を睨む。

 最後に残っているのは、奥の部屋だ。

 ヘリアンの言う通り、この空間はルドベキアの物と言える。

 彼女の援助を受けているクラブであれば、ある程度の融通は利くだろう。


「……待てよ、そう言えばここ、ダンジョンにも通じてる、それに、あの時、ウルフスさんに渡されたクリスタルで、私とシルフィはダンジョンへ」


 どんな繋がりがあるか分からないが、ルドベキアはダンジョンに干渉できる。

 あらゆる方法を用いても、ダンジョンに入る方法は、正規の出入り口だけ。

 だが、ウルフスに渡されたクリスタルだけが、その正規の手順を踏まずにダンジョンへ入れる。


「いや、あの女の排除を確認した後で、ルドベキアに理由を聞いてみるか」


 疑問を心の隅に置いておき、リリィは扉に手をかけようとする。

 ドアノブに手をかける一歩手前で、リリィは思わず手を止めた。


「……行くか」


 ライフルを構えながら、リリィは扉に手をかける。

 その瞬間、扉は大きな音を立てながら動く。


「ッ!?」


 大きく動いた扉を前に、リリィは大きく下がりながら、ライフルを構える。

 同時に、何度も同じような現象が起こり、何かが破ろうとしているように見える。


「な、何だ?」


 扉の破損は進み、徐々に犯人の姿が現れて来る。

 壊れた扉の穴から、狼の顔が出現する。


「ッ!コボルト!?何で!?」


 エーラのような獣人より、遥かに狼に近い姿を持った人型の狼、コボルト。

 リリィの記憶では、扉の奥は、コンピューター室と、徒歩では数か月かけなければ出られない程の深層のダンジョン。

 コボルトは、そんな深層には居ない。

 もっと表層の辺りに居る筈だが、確認できるだけでも、十数体は居る。

 それよりも、出て来たコボルトは、とても正気とは言えない。


「クソ、何か知らんが、ここで倒しておいた方がいいな!!」


 コボルトは元から凶暴だが、目の前に居る個体は、理性その物が見当たらない。

 外へ出て、町にでも入られたら、大変な被害が出てしまう。

 そう考えたリリィは、瞬時に発砲する。


「犬っころめが!!」


 エーテル弾によって、コボルトたちの身体は削り取られる。

 数が多いので、銃身へのダメージを経験するべく、一発で頭を撃ち抜く。

 だが、扉から出て来るのは、コボルトだけではない。

 ゴブリンやオークと言った、モダンな個体まで出て来る。

 しかも、彼らは仲互いせずに、まるで本能に従っているかのように、扉を打ち破ろうとしている。


「クソ、数が!」


 一発で仕留められるとは言え、数が数だ。

 隙間からは、潰れた個体のせいか、大量の血が流れ出て来る。

 制圧するには手数が足りず、とうとう扉は決壊。

 肉の波とも言えるような、大量の魔物や血が流れ出て来る。


「ギャアアア!!」


 予想以上の量に、リリィは飲み込まれてしまう。

 ライフル程度では、もはや対処しきれない量に潰されてしまったリリィだが、刀を引き抜いて技を使用する。


「炎鬼楼!」


 周辺の魔物を燃やしながら切り殺すが、クラブにやられたせいか、威力はとてつもなく低い。

 しかも、大量の魔物は、全て殺しきれておらず、また追加されてくる。


「何匹居るんだ!?」


 たまらず飛び上がったリリィは、信じられない量の魔物が溢れ返って来る光景を目の当たりにする。

 多種多様な魔物達は、全員正気を失っているかのようにリリィへと手を伸ばしている。

 まるで生者を妬む、亡者たちの巣だ。


「キモいんだよ!!」


 そう言いながら、リリィは刀を振り下ろす。

 爆炎によって、大量の魔物が燃え尽きるが、それでも魔物の量は焼け石に水。

 しかも、今のリリィはかなり弱っている。

 威力の弱まった技では、対処しきれない。

 残った魔物達に飲まれたリリィは、大量の魔物達に拘束されていく。


「ッ!は、離せ!この!私を好きに出来るのは!シルフィだけだ!」


 魔物達の汚い手を何とか振り払いつつ、リリィはブースターを吹かして飛び上がる。

 何体かしつこくつき回ったが、それらさえ振り払い、何とか飛び上がる。


「はぁ、はぁ……マズいな」


 今のリリィの装備は、とても貧弱だ。

 しかも、まだエーテルのチャージが終わっていない。

 また技を使用しても、足止めが精一杯。

 それでも、前にしている魔物程度であれば、デュラウス達でも対処は可能だ。


「チ、しかも、あの化け物共、下からどんどん吹き出てきやがる!」


 応援を呼ぶために、リリィは急いで穴の外を目指す。

 途中であの違和感を覚え、無線が使用可能となった事を確認。

 すぐに揚陸艇へと連絡を入れる。


「緊急連絡!こちらリリィ!応答を!」


 だが、リリィの耳には、砂嵐のような音が響いている。

 これを聞いて、リリィはエーテルの濃度を計測する。


「クソ、こんな量じゃ、揚陸艇に通信が届かない!」


 計測の結果、その濃度の前では、レーザー通信のような強力な方法でしか、通信はできない事が判明。

 仕方なく、リリィは推力にエーテルを回し、加速する。

 もう直接言いに行くしかない。


「……ルドベキア、アイツ、一体何をしやがった!!?」


 井戸水の如く溢れ出て来る魔物達を前に、リリィは珍しく恐怖を覚える。

 この状況を例えるとするのならば、地獄の蓋が取れ、亡者が漏れ出てきたようだ。

 地獄何て信じないリリィだが、今回ばかりは信じるしかなかった。


「……私達が敗北すれば、世界は終わる、確かに、こんなのが溢れ出たら、マジで終わるな!」


 リリィは焦りながら揚陸艇へと戻って行った。

 これ以上の最悪な事態になる事を、防ぐために。


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