終始の天秤 前編
閃光が収まり、赤熱している大地が現れる。
ザラムの最強の一撃によって、まるで惑星の形が変わってしまったと思える程、大地がくぼんでいる。
灼熱のクレーターの中央にて、ザラムはむき身の刀を握りながら立ち尽くしていた。
「……む、無念」
今の技で、ザラムの寿命は限界を迎えた。
老衰が進み、かすんでしまっている視界に映るのは、たった一つだけ残ったクラブの細胞。
僅か一つ、地中に隠れていた個体が、ザラムの攻撃から僅かに身を守っていた。
後一振りで倒せるという所で、ザラムは立ったまま息を引き取った。
「……熱い、老いてもなお、これだけの技を」
戦場の跡地となったクレーターの上空に、ルドベキアが現れる。
高温となる大地から放たれる熱は、フィールドで防ぐが、その高温に度肝を抜かれていた。
その状態で地上に降り立ち、事切れたザラムを前にする。
「……今のクラブでなければ、細胞一つ、簡単に燃え尽きていたでしょうね」
実際に降り立ってみると、良く解る。
今フィールドを解除したら、火傷では済まない程の熱が発生している。
クラブの身体が細胞レベルで強化されていなかったら、ここで焼失していただろう。
満身創痍と言える状態の彼女を置いておき、クラブはザラムへと抱き着く。
「……ごめんなさい、貴方をダシにしてしまって」
僅かに残っていた温もりを感じ終えると、ルドベキアはザラムの遺体を回収。
次元収納へとしまい、ついでに二つの道具を取りだす。
一つはクラブと約束していた物、もう一つは彼女が特別に調合した回復薬だ。
「先ずは、貴女を回復させないと、そのままじゃマトモに話せないでしょ?」
ザラムの天さえ中和し、ある程度は回復してくれる薬を、クラブの細胞へ雑にかける。
おかげで、クラブの細胞は徐々に増殖し、何とか顔だけが出来上がる。
とは言っても、皮膚まで回復できず、肉や骨がむき出し。
しかしその表情は、殺意と憎悪に汚れていた。
「アアアアア!!オロス!ホロヒテアル!!」
「……えっと、殺す、殺してやる、ね……もっと回復すると思っていたのだけど、ザラムの力は思った以上に強かったのね、彼だけは、何時も私の予想を超えてくれるわね」
回復の具合は、ルドベキアの予想を外れた。
思った以上にザラムの力は弱っておらず、クラブの再生は中途半端。
口の方も不完全な状態で、活舌も悪く、何を言っていたか一瞬解らなかった。
「ほら、今は落ち着いて、私の話を聞きなさい」
「ッ!」
乱心気味なクラブだったが、ルドベキアの姿を見て、多少落ち着く。
いや、ルドベキアの姿以上に、手に持っている物の方を見て、冷静さを取り戻したと言える。
「ほ、ホレ、オコセ!」
「それ、よこせ……ねぇ~、ま、約束の日没は、丁度今ね」
カルミア達を教会へ招く前に、ルドベキアはクラブと契約していた。
この日、クラブが日没まで生き残って居たら、今彼女が持っている物を渡すという約束だ。
ザラムの猛攻に耐え、死の一歩手前の状態とは言え、生き残ったのは事実。
約束通り、ルドベキアは手に持っている物をクラブの目の前に置く。
「約束の物、ダンジョン・コアよ、後は教えた通りにすれば、ダンジョンの制御は貴女の思い通りよ」
そう言いながら、ルドベキアは正二十面体の物体を手放した。
正体は、この世界に有るダンジョンの制御装置。
これを見て、クラブは暗い笑みを浮かべる。
「フ、フフフフ!」
顔だけで何とかにじり寄り、再生した網膜を装置に認識させる。
その瞬間、装置は展開。
クラブの事を取り込み、彼女が出て来た穴へと、彼女を連れて行った。
「……さ、これで準備は整ったわね」
とても長い時間をかけて、ここまで来た。
その達成感を噛み締めながら、ルドベキアは笑みを浮かべる。
「後は、滅びるのも、繁栄するのも、あの子達次第……私は、健闘を祈るだけね」
そう言い残し、ルドベキアは瞬間移動を使用した。
――――――
その頃。
墜落した揚陸艇にて。
「……無事ですか?」
「な、何とか」
「あのクソジジイ、これで殺しきれてなかったらビンタしてやる」
ザラムの放った攻撃の衝撃波によって制御を失ったが、無事に不時着した。
操舵手の腕に感謝しながら、少佐は地味にザラムへと怒りを抱いた。
こんな目に遭わせたのだから、たとえ師匠でも、今回ばかりは許せない。
「……それにしても、こんな威力が有るなんて……これは、私やマリーが行く必要がないのでは?」
「い、いや、念には念を入れる、私は、救援部隊の要請をする、君はマリーと共に、様子を見に行ってくれ」
「は、はい、マリー、行きます、よ……」
少佐の指示通り、リリィはマリーを連れて行こうとするが、彼女は白目を向いて倒れていた。
頭部に外傷が見られるので、恐らく脳震とうか何かだろう。
そんな彼女を見て、シルフィは急いで駆け寄る。
「ちょっとオオオ!マリーちゃぁん!」
「何してるんですか!?アンタこの程度で気絶するタマじゃないでしょ!!」
急いで駆け付けた二人は、マリーの事を介抱し始める。
恐らく、先ほどの戦いによって、体力は限界だったのだろう。
いくら彼女でも、弱り切ってしまえば、一般人程度の耐久しかない。
無理に起こすのもあれなので、少佐は指示を下す。
「ええい!仕方ない!元々彼女は体力が限界だったんだ、医療班に診せておくから、君はさっさと行け!」
「は、はい!シルフィ!彼女を頼みましたよ!!」
「が、頑張ってね」
少佐からの指示を受けて、リリィは応急処置を済ませたスターゲイザーを着用。
破損しているハッチをぶち破りながら、外へと飛び出した。
リリィの事を、シルフィは手を振りながら見送ると、マリーの方を向く。
「さて、この子医務室に運ばないと」
「そうだな、私は、部隊に指令を下す」
「デュラウスちゃん!ちょっと手伝って!」
「お、おう!」
デュラウスに手伝いを頼み、シルフィはマリーの事を医務室へ連れて行く。
それを見送った少佐は、改めて周辺を見渡す。
格納庫内は、ある程度の物は固定されている。
ちょっとやそっとの衝撃では、物は倒れたりしない。
とは言え、所々に損傷が見受けられる。
マリーがダメージを受けたのは、固定されていなかった物だろう。
「……各員に通達!すぐに全機使用できるようにしろ!リリィからの報告いかんでは、全機出撃させる!七美!カルミア!ヘリアン!イベリス!君達も万全の状態にしておけ!」
少佐の指示を聞いたスタッフ達は、全員敬礼した。
彼女達を後にして、少佐はブリッジへと移動して行く。
「(胸騒ぎがする、ヴィルへルミネがいうには、我々が負ければ、宇宙その物が滅ぶと言っていた、そんな事をすれば、あの人が来ることも、アイツが予期していないとは考えられない)」
移動の途中で、少佐は思考を巡らせた。
何しろ、ここまでは全てルドベキアの思惑通りに進んでいた。
だとすれば、ザラムが介入してくる事なんて、彼女であれば予想は容易い。
「……まさか、今回は彼が狙いだったのか?」
ザラムはあまり表へ出ないのなら、無理矢理引っ張り出す気だったのだろう。
最強クラスであるリリィ達が敗北に差し掛かれば、駆け付けて来る、という算段だったのだろう。
クラブの存在は、恐らくザラムをおびき寄せる為のエサ。
いや、それどころか、リリィやマリーさえ、エサの一種だったかもしれない。
「……となると、あのエルフさえ、彼女のコマか」
何が起きるか解らないが、一先ず、出来るだけの事をするべく、少佐は歩みを進める。
――――――
揚陸艇から飛び立ったリリィは、森だった場所へと向かう。
仮にクラブが生きていても、先の攻撃が直撃していれば、生きていても満身創痍だろう。
そう思い、追加装備の類は全て外し、ロータス以外の装備はライフル一丁。
ほとんど戦闘を想定していない装備で、リリィは森の状態を目の当たりにする。
「……な、なんだ?これ」
格納庫を飛び出したリリィは、森の惨状に驚愕した。
先ほど、アナウンスで反応弾並のエネルギーを観測したと言っていたが、本当に反応弾が爆発したような跡だ。
ただでさえ、マリーの魔法で森が完全に焼失したというのに、このありさまだ。
もう人間技ではない。
「……ザラムさんは?」
クラブの姿は見えないが、ザラムの姿さえ見当たらず、急いで降り立つ。
一番居る可能性の高い中央に降り立つが、やはり彼の姿はどこにもなかった。
有ったのは、彼が愛用していた刀だけ。
「そ、そんな、あの人が……ッ!」
だが、遺体がない事に気付き、リリィは刀を回収し、持って来たライフルを構える。
彼の遺体が何処に行ったのかは不明だが、クラブがどこかに潜んでいる可能性も否定できない。
とは言え、ここまでの事が出来れば、クラブも相当弱っている筈だ。
夜で見づらいが、アンドロイドのリリィには関係ない。
「……」
スキャンを活用し、リリィは細胞の有無や、血痕などを探す。
先ほどは、身体一つを残したが、今回は細胞一つ見逃さないように辺りを見渡していく。
「……どこにも、血痕は無い、が……おっと」
用心しながら歩いていると、リリィの片足が少し沈む。
すぐに足を戻し、その原因が判明する。
「……これは、そうか、あの穴か」
リリィがつまずいたのは、以前の探索で見つけた大穴。
ライトを使っても、穴の底を見る事はできないが、この下には、妙な装置が有る。
そう言った事を抜きに考えても、クラブがこの穴に逃げ込んだという事も考えられる。
「……行ってみるか?」
今回のリリィの任務は調査。
怪しい部分が有れば、調べる事が役割だ。
この穴の下は、途中から機械的な観測はできない。
その為、リリィはライフルにライトをつけて、穴の中へと降下する。
「やっぱり深いな」
外が夜という事も有って、自然の光はアテにならない。
とてつもなく深い穴を下りながら、リリィはライトで色々な所を照らす。
以前見た時より、たいした変化はない。
「何もない?いや、そんなことは」
どこにも血痕の類どころか、クラブの痕跡は見当たらない。
所々崩れているが、それはクラブが昇って来る為に付けた傷だろう。
その辺はあまり気にする事無く、降下して行くと、気づいたら地面に足がついた。
「……結局、何も見当たらなかったか」
拍子抜けしながらも、リリィは扉の方を睨む。
最後に残っているのは、奥の部屋だ。
ヘリアンの言う通り、この空間はルドベキアの物と言える。
彼女の援助を受けているクラブであれば、ある程度の融通は利くだろう。
「……待てよ、そう言えばここ、ダンジョンにも通じてる、それに、あの時、ウルフスさんに渡されたクリスタルで、私とシルフィはダンジョンへ」
どんな繋がりがあるか分からないが、ルドベキアはダンジョンに干渉できる。
あらゆる方法を用いても、ダンジョンに入る方法は、正規の出入り口だけ。
だが、ウルフスに渡されたクリスタルだけが、その正規の手順を踏まずにダンジョンへ入れる。
「いや、あの女の排除を確認した後で、ルドベキアに理由を聞いてみるか」
疑問を心の隅に置いておき、リリィは扉に手をかけようとする。
ドアノブに手をかける一歩手前で、リリィは思わず手を止めた。
「……行くか」
ライフルを構えながら、リリィは扉に手をかける。
その瞬間、扉は大きな音を立てながら動く。
「ッ!?」
大きく動いた扉を前に、リリィは大きく下がりながら、ライフルを構える。
同時に、何度も同じような現象が起こり、何かが破ろうとしているように見える。
「な、何だ?」
扉の破損は進み、徐々に犯人の姿が現れて来る。
壊れた扉の穴から、狼の顔が出現する。
「ッ!コボルト!?何で!?」
エーラのような獣人より、遥かに狼に近い姿を持った人型の狼、コボルト。
リリィの記憶では、扉の奥は、コンピューター室と、徒歩では数か月かけなければ出られない程の深層のダンジョン。
コボルトは、そんな深層には居ない。
もっと表層の辺りに居る筈だが、確認できるだけでも、十数体は居る。
それよりも、出て来たコボルトは、とても正気とは言えない。
「クソ、何か知らんが、ここで倒しておいた方がいいな!!」
コボルトは元から凶暴だが、目の前に居る個体は、理性その物が見当たらない。
外へ出て、町にでも入られたら、大変な被害が出てしまう。
そう考えたリリィは、瞬時に発砲する。
「犬っころめが!!」
エーテル弾によって、コボルトたちの身体は削り取られる。
数が多いので、銃身へのダメージを経験するべく、一発で頭を撃ち抜く。
だが、扉から出て来るのは、コボルトだけではない。
ゴブリンやオークと言った、モダンな個体まで出て来る。
しかも、彼らは仲互いせずに、まるで本能に従っているかのように、扉を打ち破ろうとしている。
「クソ、数が!」
一発で仕留められるとは言え、数が数だ。
隙間からは、潰れた個体のせいか、大量の血が流れ出て来る。
制圧するには手数が足りず、とうとう扉は決壊。
肉の波とも言えるような、大量の魔物や血が流れ出て来る。
「ギャアアア!!」
予想以上の量に、リリィは飲み込まれてしまう。
ライフル程度では、もはや対処しきれない量に潰されてしまったリリィだが、刀を引き抜いて技を使用する。
「炎鬼楼!」
周辺の魔物を燃やしながら切り殺すが、クラブにやられたせいか、威力はとてつもなく低い。
しかも、大量の魔物は、全て殺しきれておらず、また追加されてくる。
「何匹居るんだ!?」
たまらず飛び上がったリリィは、信じられない量の魔物が溢れ返って来る光景を目の当たりにする。
多種多様な魔物達は、全員正気を失っているかのようにリリィへと手を伸ばしている。
まるで生者を妬む、亡者たちの巣だ。
「キモいんだよ!!」
そう言いながら、リリィは刀を振り下ろす。
爆炎によって、大量の魔物が燃え尽きるが、それでも魔物の量は焼け石に水。
しかも、今のリリィはかなり弱っている。
威力の弱まった技では、対処しきれない。
残った魔物達に飲まれたリリィは、大量の魔物達に拘束されていく。
「ッ!は、離せ!この!私を好きに出来るのは!シルフィだけだ!」
魔物達の汚い手を何とか振り払いつつ、リリィはブースターを吹かして飛び上がる。
何体かしつこくつき回ったが、それらさえ振り払い、何とか飛び上がる。
「はぁ、はぁ……マズいな」
今のリリィの装備は、とても貧弱だ。
しかも、まだエーテルのチャージが終わっていない。
また技を使用しても、足止めが精一杯。
それでも、前にしている魔物程度であれば、デュラウス達でも対処は可能だ。
「チ、しかも、あの化け物共、下からどんどん吹き出てきやがる!」
応援を呼ぶために、リリィは急いで穴の外を目指す。
途中であの違和感を覚え、無線が使用可能となった事を確認。
すぐに揚陸艇へと連絡を入れる。
「緊急連絡!こちらリリィ!応答を!」
だが、リリィの耳には、砂嵐のような音が響いている。
これを聞いて、リリィはエーテルの濃度を計測する。
「クソ、こんな量じゃ、揚陸艇に通信が届かない!」
計測の結果、その濃度の前では、レーザー通信のような強力な方法でしか、通信はできない事が判明。
仕方なく、リリィは推力にエーテルを回し、加速する。
もう直接言いに行くしかない。
「……ルドベキア、アイツ、一体何をしやがった!!?」
井戸水の如く溢れ出て来る魔物達を前に、リリィは珍しく恐怖を覚える。
この状況を例えるとするのならば、地獄の蓋が取れ、亡者が漏れ出てきたようだ。
地獄何て信じないリリィだが、今回ばかりは信じるしかなかった。
「……私達が敗北すれば、世界は終わる、確かに、こんなのが溢れ出たら、マジで終わるな!」
リリィは焦りながら揚陸艇へと戻って行った。
これ以上の最悪な事態になる事を、防ぐために。




