最強のスレイヤー 後編
どれだけ昔の事なのか、もはやお覚えていない。
ザラムの脳裏をよぎるのは、ルドベキア達と絶縁した時の事。
まだ彼女が、顔を仮面で隠す事をしていなかった時だ。
シルフィやマリーのように、整った若々しい美しさをさらけ出していた。
「……どうしても、行くの?」
「ああ、もうジジィ共の娯楽に付き合いたくない」
旅の為の大荷物を持った、若いころのザラムを、ルドベキアは引き留めた。
リーデルの腐敗は、もはや留まる事を知らない。
その現状に嫌気が刺したザラムは、組織を抜けることを決めた。
しかし、そんな彼を止められなかったルドベキアは、胸に手を置きながら顔を俯かせる。
「そう……でも、貴方が居てくれれば、私は」
ザラムの言う通り、年長者たちは使命を娯楽のように扱っている。
進化するに値しないクズ共、そんな者達ばかりではある。
だが、ルドベキアはその体勢を変えたいと思っていた。
「……嬉しいお誘いだが、そんな事をやるより、俺は剣の道を極められれば、それでいい」
「……」
それでも、当時は剣術家としての道にばかりこだわっていたザラムにとって、組織の洗い直し何て、どうでも良かった。
当時の愛刀を携えながら、ザラムは一歩踏み出す。
そんなザラムの背に、ルドベキアは抱き着く。
「お願い、行かないで」
「……俺は俺だ、俺の決めた道を行く、お前はお前の道を行け……もし、気に入らない事もが有れば、互いに止めに入ればいい」
「だから止めてる」
「そうか、なら、力ずくで行かせてもらう」
そう言ったザラムは、ルドベキアの事を無理矢理振り払う。
地べたに投げ捨てられ、ルドベキアは涙ぐみながらザラムを睨む。
「……」
「……じゃぁな」
罪悪感を押し殺しながら、ザラムは瞬間移動を使用。
以降、ルドベキアと衝突する形で再会するまで、二人は絶縁した。
次に再開した時には、既に彼女は仮面を付けていた。
――――――
回想を行いながら、ザラムは刀を振り回し続ける。
溢れ出て来る後悔は、一切剣術に反映されていない。
それでも、彼の心の中は、悔しさで一杯だった。
「(俺があの時、突き放さなければ、アイツがここまで人間を嫌う事は無かった!!)」
クラブに猛攻を続けながら、ザラムは斬撃だけでクレーターを作り上げていく。
その直径は、シルフィの故郷である森に匹敵する。
既にリリィ達の乗る揚陸艇は、森の付近から退去している。
そのおかげで、ザラムの剣術は絶頂に達し、現状を作り上げていた。
「(その罪を、今ここで償う!アイツらに、俺達の咎を背負わせない!!)」
元々ルドベキアは、人間不信の気が有った。
使命を忘れ、堕落した老人たちに囲まれ、汚れた繋がりばかリを見て来た。
ハイエルフとして生まれた事で、異常なまでに長い間、そんな環境で過ごしてきた。
ザラムが産まれるまで、ずっと人を信用できなかったが、彼だけは心から信頼できた。
そんな彼女を突き飛ばしたことで、ルドベキアの不信は決定的な物となった。
その清算をする為にも、ここで終わらせる気でいる。
「ここで、お前を、殺す!!」
「(無駄だと言いたい、だが、このままだと)」
老衰を意地だけでこらえ、体力の低下は気合を支えにする。
昭和根性とも言えるような方法だけで、ザラムは更に圧力を強める。
放った斬撃よりも早く移動し、逃げようとする個体をその手にかける。
しかも、実力を解放した事によって、切断箇所の付近の消滅量が向上。
クラブへのダメージ量も増え、再生は追いついていない。
「こんな奴に、こんな奴に!!」
「いくら再生が早くとも、俺の天を受ければ効果は半分未満だ!!」
ザラムの天は、リリィの使う刀の原材料、エクスカリバーを直で触れる程強力。
その力が流し込まれる、ザラムの愛刀。
長い生涯で作り続けて来た中で、上から二番目の出来の刀。
通常なら無茶な量の魔力さえ受け止め、その力を百パーセント発揮できる。
「(リリィには、生涯最高傑作を渡したが、コイツもまだまだ現役だ!!)」
二番目の出来とは言え、総合的な力はリリィの使用する刀以上。
彼女の力では不可能だった、クラブの再生阻害もしっかり働いている。
クラブの細胞を消し去り、再生も阻害。
その射程距離は、ザラムを中心にして、シルフィの故郷である森と同レベル。
ザラムが動いただけ、その範囲も移動する為、クラブに逃げ場は無い。
「クソ、クソ!!」
「この私が、こんな、下衆な奴に!」
逃げ道すらなくなり、再生すら追いつかない。
ザラムに近づけば、それだけ強烈な攻撃が待っており、場所によっては彼女の身体一つが九割消える。
遠巻きから魔法を使っても、容赦なく切り捨てられる。
「(……だが、これ以上はアイツの体力が持たない筈、ここは)」
大変心苦しく、プライドの傷つく事だが、ザラムの体力切れを狙う事にした。
魔法に使用していた魔力も、何もかもを再生と増殖に転用。
最大の速度で再生を繰り返すようになり、個体数は増加する。
「チ、更に回復を早めたか……だが!!」
クラブのパラメーターの変化に気付いたザラムも、更にパワーを引き上げる。
そして、本場の彼の技を使用する。
「火之迦具土!!」
リリィも愛用する奥義。
だが、それはジャックと七美が勝手に言っているだけで、ザラムにとってこれが一番基本の技。
その威力は、ジャックやリリィの使用する物とは比較にならない。
単純に見積もっても、その範囲は三倍以上。
白金の炎がまき散らされ、一気に大量のクラブが焼失した。
「な、まだこんな技を!」
驚きを隠せないクラブだが、まだザラムの攻撃は続く。
「雷之神!!」
七美も使う、強烈な突き技が放たれる。
白金の雷をまとうザラムの突きが、クラブ達を襲う。
しかも、その速さは七美やマリー以上。
突きで通った場所を起点にして発生した、大量の紫電がクラブを襲う。
「まだだ、こんな物じゃ終わらないぞ!!」
状況に合わせ、使用できる技を変えながら、ザラムは戦いを継続する。
特に使用するのは、ザラムが最も得意とする技。
彼の生み出した技の中で、最大の攻撃範囲と、手数を持つ技。
「志那都比古神!!」
先ほども使用したが、その範囲はシルフィの故郷を超えた。
おかげで、クレーターの深さも更に向上。
とても風の技とは、思えない程の被害が出てしまっている。
「バカな、再生が、追いつかない」
一時期は六桁まで増えていたクラブは、もう二桁に差し掛かった。
しかも、再生の阻害のせいで、増やす事もままならない。
だが、それは人の形をしているクラブの数。
飛び散っている鮮血や肉片からでも、彼女は再生できる。
細胞一つすら、見逃す事が出来ない。
それをこの戦いで理解したザラムは、しっかり全てを消し去る方法を使用しようとする。
「……」
ほんの一瞬だったが、ザラムの動きは止まった。
わずかな時間で、ザラムの脳裏に大量の記憶が蘇る。
「(これは、アイツらとの記憶?)」
ザラムの頭をよぎるのは、ジャックや七美達との記憶。
人間嫌いとなっていたのは、ルドベキアだけではない。
汚れた大人に囲まれて育ったザラムも、人間不信に陥っていた。
それだけに、ジャック達や少佐との思い出は貴重だった。
「(……そうだ、俺はあいつ等に、剣や生活を教えた、だが)」
仏教徒のような修行内容のおかげで、当時家事はからっきしだったジャックを育てた。
そのついでに、ザラムは少佐やジャック達と共に、何度も酒を飲み交わす事も有った。
共に同じ釜の飯を食い、一緒に笑い合う。
そんな事は、リーデルに居た頃は、一度もやった事が無かった。
「(俺にも、アイツらから教えられたな……なんだかんだ言って、あの時が、一番楽しかったか)」
ただ強さと剣の道のみを追求してきた人生で、彼女達とバカをやっている時が、一番楽しかった。
思わず、ザラムはにやけてしまう。
世間と関りを絶った暮らしをしていても、やはり、彼女達との生活は楽しかった。
「(そうか、これは、走馬灯って奴か)」
涙を流したザラムは、刀を構えた。
そして、最後の技を使うべく、全ての感覚器官を用いて、周辺に散らばるクラブ達を認識する。
ザラムの扱える中で、最強の技の構え。
使えるかどうか不安だったが、ここまでの攻撃で、身体は万全だと分かった。
「(……全ては、古代の人間どもが始めた、カビの生えた事、ここで、俺ごと終わらせる)」
「こんな所で、死んでたまるか!!」
「スレイヤァ、いや、この桜我清太郎の名の下に、貴様を殺す」
何とか延命しようと、クラブは再生を続ける。
延命のためならば、もはやプライドはかなぐり捨ててだす。
逃げられる個体は逃がし、中には土に潜る者もいる。
その全てに狙いを定め、塵のようになっている皮膚片すら逃さない。
「(奴らなりに言えば、この技は)」
「ッ!!」
「桜我流剣術・最終奥義『天照大御神』」
最後の技の名を言ったザラムは、クラブに向けて刀を振るう。
刀が振り下ろされると同時に、まるでその場に太陽ができたかのように明るくなる。
斬撃と共に爆発が何度か引きおこり、辺り一体が消し飛んだ。
――――――
少し前。
揚陸艇へ退避したリリィ達は、シルフィに抱き着かれていた。
「良かった、二人共、無事で」
「あ、ありがとうございます」
「ちょ、お姉ちゃん、苦しい」
リリィを通して見ていたのだが、実際に無事と分かった事に、シルフィは涙を流す。
満足したシルフィは、涙をぬぐいながら離れる。
「ゴメン、嬉しくて」
「……それは、なによりですが」
しかし、リリィとしては、ザラムを置いてここに来た事が悔しかった。
その事はシルフィも承知しており、彼女の悲しげな表情は、痛い程解る。
「……そうだよね、あの人が」
「はい」
二人そろって落ちこんでしまい、格納庫内の空気が若干重く成ってしまう。
そんな二人の反応に、マリーや他の姉妹達は首を傾げる。
確かに、ザラムにバトンを渡した事は悔しいだろう。
それでも、あのままザラムと交代していなければ、リリィ達は負けていた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん達、あの人なら心配ないでしょ?私の事一撃で倒しちゃう位だし」
「ああ、マリーの言う通りだ……あの剣、俺でもビビった位だ」
マリーとデュラウスも、ザラムの剣術を目の当たりにした。
とても負ける要素が見当たらないが、二人の反応は、負け前提の物だ。
少し恐怖を覚えていたと発言したデュラウスの後ろに、ヘリアンはこっそり潜り込む。
「……スノウが、ホラー映画を楽しんで、見てた中で、ビビり散らして、気絶した癖に」
「ッ!?」
ボソッと呟いたヘリアンに向けて、デュラウスは渾身のアッパーカットを炸裂。
殴り飛ばされたヘリアンは、壁にめり込む程の強さで激突した。
「はぁ、はぁ、はぁ(……い、何時見てやがった、アイツ!!)」
顔を真っ赤にしながら、デュラウスは肩で息をしていた。
何しろ、デュラウスはホラー系が苦手。
反対にスノウは、ホラー映画が大好きで、毎日のように見ている。
その度に、デュラウスは気絶している。
という余談は置いておき、イベリスは先ほどの話の続きを始める。
「あの方が負ける要素は見当たりません、貴女達は、何故そんなに?」
「……あの人は、死ぬつもりです」
「うん、そんな気しか、しなかったよね」
リリィとシルフィは、リンクしていただけに、ザラムの様子を見て取れた。
彼の老衰具合や、残りの寿命等が良く解った。
老人の状態では解らなかったが、元の姿で見た事で、はっきりした。
「何ですって?」
「確かにアイツ、寿命が近いとは少佐から聞いていたが、あの強さなら、時間内に倒せるだろ?」
「……だと、良いんですが」
カルミアの言葉に、リリィは目に影を落とす。
リリィでさえ、ザラムの全貌は理解していない。
それに、ジャックだってザラムの全てを知っていた訳ではない。
彼女からも、それ程情報が言い渡されていなかった。
「いや、難しいだろうな」
「七美?」
その事に苦言を呈したのは、この中で一番ザラムを知っている七美だった。
彼女は、リリィ達を前に、厳しい眼を向ける。
「リリィ、お前は師匠と打ち合った筈だというのに、あの人の剣を理解していないのか?」
「え、あ、いや、それ程変化はなかったかと」
「というか、身体の状態に驚いて、剣筋見るのおろそかに成ってた」
「……」
気持ちはわかるが、大事な所を見落としたのは重罪と思えた。
その事に、七美は手で顔を覆いながら黙認した。
「七美の言う通りだ」
「ッ、少佐」
格納庫内に入って来た少佐も、七美の発言を支持した。
何しろ、少佐もザラムの弟子だった経緯がある。
映像からでも、彼の弱り具合は分かったつもりだ。
周辺の兵士達からの敬礼を下げさせ、リリィ達の前に立つ。
「リリィ、すぐにエーラの元に行って、調整を受けてこい、マリー、君も医療班から診察を受けて来い、再出撃の準備をしろ」
「しょ、少佐!?」
鋭い眼を向けながら言い放たれた指示に、リリィは驚愕した。
完全にザラムの敗北を前提とし、保険を用意しようとしている。
「少佐、やっぱり貴方も」
「ああ、あの人なら、あの女の足どころか、下半身全てを消せた筈……全盛はすでに過ぎているとは思っていたが、あそこまで弱っていたとは」
拳を握りしめながら、少佐はザラムの老衰具合を悔いた。
だが、今では彼に頼るしかない。
仮にリリィ達を手伝わせようとも、ザラムの邪魔にしかならない。
クラブに挑んだ時点で、ザラムの敗北は決定している。
「……解りました、では、私は調整に行ってきます」
「ああ」
「けど、本当に、そう?」
「あ、ヘリアン」
壁から抜け出して来たヘリアンは、リリィが調整に行く前に反論した。
彼女のデータの中には、ザラムの技が全て記憶されている。
とはいえ、それはリリィ達も同じ事だ。
「……あの人の、最後の奥義なら、アイツを」
「確かに、それはそうだが……」
ザラムの持つ奥義。
シルフィとマリーは、その存在さえ知らないが、他のメンバーは知っている。
実際に見た事は無いが、強力である事は伝え聞いている。
少佐の反応を見て、シルフィは首を傾げる。
「え?もしかして、有るってウソついてたの?」
「いや、私ですら見た事の無い技だが、実在しているかどうかより、あの人がしっかりと放てるかどうかだ」
「……成程」
少佐が心配するのは、ザラムが奥義をしっかりと使えるかどうか。
彼が奥義を使えない程にまで弱っていたら、彼の負けは確定だ。
だが、使用さえできれば、勝てる可能性はある。
「(少佐の言う事も最もだが……もう森からは数キロ離れているというのに、轟音が聞こえて来る、これだけ調子がいいというのに、奥義を使えないというのか?)」
少佐の言葉にうなずくリリィは、今も揚陸艇内に響く音に耳を傾けた。
もうかなりの距離を移動した筈だというのに、空気の振動が伝わってきている。
そんな攻撃が出来るというのに、奥義が放てないという事は、それだけ技が難しいという事だろう。
『こ、こちらブリッジ!戦闘区域で、反応弾以上のエネルギーを確認しました!!』
「え?」
「ッ」
リリィが不安に駆られていると、ブリッジに居るチハルからのアナウンスが響き渡った。
呆気に取られるリリィの横で、少佐は何が起きたのか察し、息を飲んだ。
「いかん!!総員衝撃に備えろ!!早く!!」
何が起きたのか察した少佐も、艦内のアナウンスを用いて、注意喚起を行った。
その注意喚起は、怒号のように響きわたり、みんな訳も分からず、衝撃に備えだす。
アナウンスから数秒が経過した後、とてつもない揺れが起こる。
「な、なんだ!!?」
「この揺れは!?」
「クソが!」
艦内で地震の如く揺れが起き、リリィ達を含めたスタッフ全員がパニックに陥る。
固定の甘い備品が崩れ、立っている事も難しい。
『こちらブリッジ!コントロール不能!これより不時着する!!』
「ッ、ザラムさん、貴方は、一体何をしたんですか!?」
驚くリリィは、シルフィの事を必死に庇う。
その時、コントロールを失った揚陸艇の外では、その場に太陽が有るかのような光が輝いていた。
まるで、ザラムの命の、最期の輝きのように。




