表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
スイートピー編
313/343

最強のスレイヤー 後編

 どれだけ昔の事なのか、もはやお覚えていない。

 ザラムの脳裏をよぎるのは、ルドベキア達と絶縁した時の事。

 まだ彼女が、顔を仮面で隠す事をしていなかった時だ。

 シルフィやマリーのように、整った若々しい美しさをさらけ出していた。


「……どうしても、行くの?」

「ああ、もうジジィ共の娯楽に付き合いたくない」


 旅の為の大荷物を持った、若いころのザラムを、ルドベキアは引き留めた。

 リーデルの腐敗は、もはや留まる事を知らない。

 その現状に嫌気が刺したザラムは、組織を抜けることを決めた。

 しかし、そんな彼を止められなかったルドベキアは、胸に手を置きながら顔を俯かせる。


「そう……でも、貴方が居てくれれば、私は」


 ザラムの言う通り、年長者たちは使命を娯楽のように扱っている。

 進化するに値しないクズ共、そんな者達ばかりではある。

 だが、ルドベキアはその体勢を変えたいと思っていた。


「……嬉しいお誘いだが、そんな事をやるより、俺は剣の道を極められれば、それでいい」

「……」


 それでも、当時は剣術家としての道にばかりこだわっていたザラムにとって、組織の洗い直し何て、どうでも良かった。

 当時の愛刀を携えながら、ザラムは一歩踏み出す。

 そんなザラムの背に、ルドベキアは抱き着く。


「お願い、行かないで」

「……俺は俺だ、俺の決めた道を行く、お前はお前の道を行け……もし、気に入らない事もが有れば、互いに止めに入ればいい」

「だから止めてる」

「そうか、なら、力ずくで行かせてもらう」


 そう言ったザラムは、ルドベキアの事を無理矢理振り払う。

 地べたに投げ捨てられ、ルドベキアは涙ぐみながらザラムを睨む。


「……」

「……じゃぁな」


 罪悪感を押し殺しながら、ザラムは瞬間移動を使用。

 以降、ルドベキアと衝突する形で再会するまで、二人は絶縁した。

 次に再開した時には、既に彼女は仮面を付けていた。


 ――――――


 回想を行いながら、ザラムは刀を振り回し続ける。

 溢れ出て来る後悔は、一切剣術に反映されていない。

 それでも、彼の心の中は、悔しさで一杯だった。


「(俺があの時、突き放さなければ、アイツがここまで人間を嫌う事は無かった!!)」


 クラブに猛攻を続けながら、ザラムは斬撃だけでクレーターを作り上げていく。

 その直径は、シルフィの故郷である森に匹敵する。

 既にリリィ達の乗る揚陸艇は、森の付近から退去している。

 そのおかげで、ザラムの剣術は絶頂に達し、現状を作り上げていた。


「(その罪を、今ここで償う!アイツらに、俺達の咎を背負わせない!!)」


 元々ルドベキアは、人間不信の気が有った。

 使命を忘れ、堕落した老人たちに囲まれ、汚れた繋がりばかリを見て来た。

 ハイエルフとして生まれた事で、異常なまでに長い間、そんな環境で過ごしてきた。

 ザラムが産まれるまで、ずっと人を信用できなかったが、彼だけは心から信頼できた。

 そんな彼女を突き飛ばしたことで、ルドベキアの不信は決定的な物となった。

 その清算をする為にも、ここで終わらせる気でいる。


「ここで、お前を、殺す!!」

「(無駄だと言いたい、だが、このままだと)」


 老衰を意地だけでこらえ、体力の低下は気合を支えにする。

 昭和根性とも言えるような方法だけで、ザラムは更に圧力を強める。

 放った斬撃よりも早く移動し、逃げようとする個体をその手にかける。

 しかも、実力を解放した事によって、切断箇所の付近の消滅量が向上。

 クラブへのダメージ量も増え、再生は追いついていない。


「こんな奴に、こんな奴に!!」

「いくら再生が早くとも、俺の天を受ければ効果は半分未満だ!!」


 ザラムの天は、リリィの使う刀の原材料、エクスカリバーを直で触れる程強力。

 その力が流し込まれる、ザラムの愛刀。

 長い生涯で作り続けて来た中で、上から二番目の出来の刀。

 通常なら無茶な量の魔力さえ受け止め、その力を百パーセント発揮できる。


「(リリィには、生涯最高傑作を渡したが、コイツもまだまだ現役だ!!)」


 二番目の出来とは言え、総合的な力はリリィの使用する刀以上。

 彼女の力では不可能だった、クラブの再生阻害もしっかり働いている。

 クラブの細胞を消し去り、再生も阻害。

 その射程距離は、ザラムを中心にして、シルフィの故郷である森と同レベル。

 ザラムが動いただけ、その範囲も移動する為、クラブに逃げ場は無い。


「クソ、クソ!!」

「この私が、こんな、下衆な奴に!」


 逃げ道すらなくなり、再生すら追いつかない。

 ザラムに近づけば、それだけ強烈な攻撃が待っており、場所によっては彼女の身体一つが九割消える。

 遠巻きから魔法を使っても、容赦なく切り捨てられる。


「(……だが、これ以上はアイツの体力が持たない筈、ここは)」


 大変心苦しく、プライドの傷つく事だが、ザラムの体力切れを狙う事にした。

 魔法に使用していた魔力も、何もかもを再生と増殖に転用。

 最大の速度で再生を繰り返すようになり、個体数は増加する。


「チ、更に回復を早めたか……だが!!」


 クラブのパラメーターの変化に気付いたザラムも、更にパワーを引き上げる。

 そして、本場の彼の技を使用する。


「火之迦具土!!」


 リリィも愛用する奥義。

 だが、それはジャックと七美が勝手に言っているだけで、ザラムにとってこれが一番基本の技。

 その威力は、ジャックやリリィの使用する物とは比較にならない。

 単純に見積もっても、その範囲は三倍以上。

 白金の炎がまき散らされ、一気に大量のクラブが焼失した。


「な、まだこんな技を!」


 驚きを隠せないクラブだが、まだザラムの攻撃は続く。


「雷之神!!」


 七美も使う、強烈な突き技が放たれる。

 白金の雷をまとうザラムの突きが、クラブ達を襲う。

 しかも、その速さは七美やマリー以上。

 突きで通った場所を起点にして発生した、大量の紫電がクラブを襲う。


「まだだ、こんな物じゃ終わらないぞ!!」


 状況に合わせ、使用できる技を変えながら、ザラムは戦いを継続する。

 特に使用するのは、ザラムが最も得意とする技。

 彼の生み出した技の中で、最大の攻撃範囲と、手数を持つ技。


「志那都比古神!!」


 先ほども使用したが、その範囲はシルフィの故郷を超えた。

 おかげで、クレーターの深さも更に向上。

 とても風の技とは、思えない程の被害が出てしまっている。


「バカな、再生が、追いつかない」


 一時期は六桁まで増えていたクラブは、もう二桁に差し掛かった。

 しかも、再生の阻害のせいで、増やす事もままならない。

 だが、それは人の形をしているクラブの数。

 飛び散っている鮮血や肉片からでも、彼女は再生できる。

 細胞一つすら、見逃す事が出来ない。

 それをこの戦いで理解したザラムは、しっかり全てを消し去る方法を使用しようとする。


「……」


 ほんの一瞬だったが、ザラムの動きは止まった。

 わずかな時間で、ザラムの脳裏に大量の記憶が蘇る。


「(これは、アイツらとの記憶?)」


 ザラムの頭をよぎるのは、ジャックや七美達との記憶。

 人間嫌いとなっていたのは、ルドベキアだけではない。

 汚れた大人に囲まれて育ったザラムも、人間不信に陥っていた。

 それだけに、ジャック達や少佐との思い出は貴重だった。


「(……そうだ、俺はあいつ等に、剣や生活を教えた、だが)」


 仏教徒のような修行内容のおかげで、当時家事はからっきしだったジャックを育てた。

 そのついでに、ザラムは少佐やジャック達と共に、何度も酒を飲み交わす事も有った。

 共に同じ釜の飯を食い、一緒に笑い合う。

 そんな事は、リーデルに居た頃は、一度もやった事が無かった。


「(俺にも、アイツらから教えられたな……なんだかんだ言って、あの時が、一番楽しかったか)」


 ただ強さと剣の道のみを追求してきた人生で、彼女達とバカをやっている時が、一番楽しかった。

 思わず、ザラムはにやけてしまう。

 世間と関りを絶った暮らしをしていても、やはり、彼女達との生活は楽しかった。


「(そうか、これは、走馬灯って奴か)」


 涙を流したザラムは、刀を構えた。

 そして、最後の技を使うべく、全ての感覚器官を用いて、周辺に散らばるクラブ達を認識する。

 ザラムの扱える中で、最強の技の構え。

 使えるかどうか不安だったが、ここまでの攻撃で、身体は万全だと分かった。


「(……全ては、古代の人間どもが始めた、カビの生えた事、ここで、俺ごと終わらせる)」

「こんな所で、死んでたまるか!!」

「スレイヤァ、いや、この桜我清太郎の名の下に、貴様を殺す」


 何とか延命しようと、クラブは再生を続ける。

 延命のためならば、もはやプライドはかなぐり捨ててだす。

 逃げられる個体は逃がし、中には土に潜る者もいる。

 その全てに狙いを定め、塵のようになっている皮膚片すら逃さない。


「(奴らなりに言えば、この技は)」

「ッ!!」

「桜我流剣術・最終奥義『天照大御神』」


 最後の技の名を言ったザラムは、クラブに向けて刀を振るう。

 刀が振り下ろされると同時に、まるでその場に太陽ができたかのように明るくなる。

 斬撃と共に爆発が何度か引きおこり、辺り一体が消し飛んだ。


 ――――――


 少し前。

 揚陸艇へ退避したリリィ達は、シルフィに抱き着かれていた。


「良かった、二人共、無事で」

「あ、ありがとうございます」

「ちょ、お姉ちゃん、苦しい」


 リリィを通して見ていたのだが、実際に無事と分かった事に、シルフィは涙を流す。

 満足したシルフィは、涙をぬぐいながら離れる。


「ゴメン、嬉しくて」

「……それは、なによりですが」


 しかし、リリィとしては、ザラムを置いてここに来た事が悔しかった。

 その事はシルフィも承知しており、彼女の悲しげな表情は、痛い程解る。


「……そうだよね、あの人が」

「はい」


 二人そろって落ちこんでしまい、格納庫内の空気が若干重く成ってしまう。

 そんな二人の反応に、マリーや他の姉妹達は首を傾げる。

 確かに、ザラムにバトンを渡した事は悔しいだろう。

 それでも、あのままザラムと交代していなければ、リリィ達は負けていた。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん達、あの人なら心配ないでしょ?私の事一撃で倒しちゃう位だし」

「ああ、マリーの言う通りだ……あの剣、俺でもビビった位だ」


 マリーとデュラウスも、ザラムの剣術を目の当たりにした。

 とても負ける要素が見当たらないが、二人の反応は、負け前提の物だ。

 少し恐怖を覚えていたと発言したデュラウスの後ろに、ヘリアンはこっそり潜り込む。


「……スノウが、ホラー映画を楽しんで、見てた中で、ビビり散らして、気絶した癖に」

「ッ!?」


 ボソッと呟いたヘリアンに向けて、デュラウスは渾身のアッパーカットを炸裂。

 殴り飛ばされたヘリアンは、壁にめり込む程の強さで激突した。


「はぁ、はぁ、はぁ(……い、何時見てやがった、アイツ!!)」


 顔を真っ赤にしながら、デュラウスは肩で息をしていた。

 何しろ、デュラウスはホラー系が苦手。

 反対にスノウは、ホラー映画が大好きで、毎日のように見ている。

 その度に、デュラウスは気絶している。

 という余談は置いておき、イベリスは先ほどの話の続きを始める。


「あの方が負ける要素は見当たりません、貴女達は、何故そんなに?」

「……あの人は、死ぬつもりです」

「うん、そんな気しか、しなかったよね」


 リリィとシルフィは、リンクしていただけに、ザラムの様子を見て取れた。

 彼の老衰具合や、残りの寿命等が良く解った。

 老人の状態では解らなかったが、元の姿で見た事で、はっきりした。


「何ですって?」

「確かにアイツ、寿命が近いとは少佐から聞いていたが、あの強さなら、時間内に倒せるだろ?」

「……だと、良いんですが」


 カルミアの言葉に、リリィは目に影を落とす。

 リリィでさえ、ザラムの全貌は理解していない。

 それに、ジャックだってザラムの全てを知っていた訳ではない。

 彼女からも、それ程情報が言い渡されていなかった。


「いや、難しいだろうな」

「七美?」


 その事に苦言を呈したのは、この中で一番ザラムを知っている七美だった。

 彼女は、リリィ達を前に、厳しい眼を向ける。


「リリィ、お前は師匠と打ち合った筈だというのに、あの人の剣を理解していないのか?」

「え、あ、いや、それ程変化はなかったかと」

「というか、身体の状態に驚いて、剣筋見るのおろそかに成ってた」

「……」


 気持ちはわかるが、大事な所を見落としたのは重罪と思えた。

 その事に、七美は手で顔を覆いながら黙認した。


「七美の言う通りだ」

「ッ、少佐」


 格納庫内に入って来た少佐も、七美の発言を支持した。

 何しろ、少佐もザラムの弟子だった経緯がある。

 映像からでも、彼の弱り具合は分かったつもりだ。

 周辺の兵士達からの敬礼を下げさせ、リリィ達の前に立つ。


「リリィ、すぐにエーラの元に行って、調整を受けてこい、マリー、君も医療班から診察を受けて来い、再出撃の準備をしろ」

「しょ、少佐!?」


 鋭い眼を向けながら言い放たれた指示に、リリィは驚愕した。

 完全にザラムの敗北を前提とし、保険を用意しようとしている。


「少佐、やっぱり貴方も」

「ああ、あの人なら、あの女の足どころか、下半身全てを消せた筈……全盛はすでに過ぎているとは思っていたが、あそこまで弱っていたとは」


 拳を握りしめながら、少佐はザラムの老衰具合を悔いた。

 だが、今では彼に頼るしかない。

 仮にリリィ達を手伝わせようとも、ザラムの邪魔にしかならない。

 クラブに挑んだ時点で、ザラムの敗北は決定している。


「……解りました、では、私は調整に行ってきます」

「ああ」

「けど、本当に、そう?」

「あ、ヘリアン」


 壁から抜け出して来たヘリアンは、リリィが調整に行く前に反論した。

 彼女のデータの中には、ザラムの技が全て記憶されている。

 とはいえ、それはリリィ達も同じ事だ。


「……あの人の、最後の奥義なら、アイツを」

「確かに、それはそうだが……」


 ザラムの持つ奥義。

 シルフィとマリーは、その存在さえ知らないが、他のメンバーは知っている。

 実際に見た事は無いが、強力である事は伝え聞いている。

 少佐の反応を見て、シルフィは首を傾げる。


「え?もしかして、有るってウソついてたの?」

「いや、私ですら見た事の無い技だが、実在しているかどうかより、あの人がしっかりと放てるかどうかだ」

「……成程」


 少佐が心配するのは、ザラムが奥義をしっかりと使えるかどうか。

 彼が奥義を使えない程にまで弱っていたら、彼の負けは確定だ。

 だが、使用さえできれば、勝てる可能性はある。


「(少佐の言う事も最もだが……もう森からは数キロ離れているというのに、轟音が聞こえて来る、これだけ調子がいいというのに、奥義を使えないというのか?)」


 少佐の言葉にうなずくリリィは、今も揚陸艇内に響く音に耳を傾けた。

 もうかなりの距離を移動した筈だというのに、空気の振動が伝わってきている。

 そんな攻撃が出来るというのに、奥義が放てないという事は、それだけ技が難しいという事だろう。


『こ、こちらブリッジ!戦闘区域で、反応弾以上のエネルギーを確認しました!!』

「え?」

「ッ」


 リリィが不安に駆られていると、ブリッジに居るチハルからのアナウンスが響き渡った。

 呆気に取られるリリィの横で、少佐は何が起きたのか察し、息を飲んだ。


「いかん!!総員衝撃に備えろ!!早く!!」


 何が起きたのか察した少佐も、艦内のアナウンスを用いて、注意喚起を行った。

 その注意喚起は、怒号のように響きわたり、みんな訳も分からず、衝撃に備えだす。

 アナウンスから数秒が経過した後、とてつもない揺れが起こる。


「な、なんだ!!?」

「この揺れは!?」

「クソが!」


 艦内で地震の如く揺れが起き、リリィ達を含めたスタッフ全員がパニックに陥る。

 固定の甘い備品が崩れ、立っている事も難しい。


『こちらブリッジ!コントロール不能!これより不時着する!!』

「ッ、ザラムさん、貴方は、一体何をしたんですか!?」


 驚くリリィは、シルフィの事を必死に庇う。

 その時、コントロールを失った揚陸艇の外では、その場に太陽が有るかのような光が輝いていた。

 まるで、ザラムの命の、最期の輝きのように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ