最強のスレイヤー 中編
揚陸艇にて、少佐達は自分の目を疑っていた。
リリィとマリーの奮闘によって、クラブの身体は消滅した。
二人と同様に、揚陸艇で様子を見ていたメンバーも安堵した。
喜んでいた矢先、二人が苦戦したクラブが百人以上現れたのだ。
「ば、馬鹿な、こんな事が」
『少佐!指示をくれ!すぐに助けに行く!』
「ッ……」
同様する少佐に、通信を行ったデュラウスだが、彼女の申し出は却下された。
助けに行きたい気持ちはわかるが、彼女が行っても無駄だ。
相手は一人でも、リリィとマリーのコンビを圧倒出来る。
増えた事で、戦闘力にどれ程変化があるか不明だが、数を考えると、彼女達が行っても、焼け石に水だろう。
「(増えたら弱体化してくれるか?いや、そんなデメリットが有るような事をしてまで、百人以上に増えるか?それとも、あれだけ増えて弱体化しても、十分な戦闘力を持っているのか?)」
少佐が願うのは、分裂によってクラブの戦闘力が低下しているという事。
だが、少佐にはその確証がない。
不安の募る少佐は、重い腰を上げるように指示を下した。
「分かった、アリサシリーズ各機に通達!リリィ達を援護し、敵性勢力を排除せよ!」
「待って下さい!何かが高速でこちらに接近しています!!」
「な、何だと!?」
チハルからの報告は、デュラウス達にも届いていた。
許可が下り次第、すぐに飛び立つつもりだった彼女達も動きを止めた。
――――――
その頃。
百人以上のクラブを前に、リリィ達は戦意を喪失していた。
しかも、しっかりと統率が取れているのか、全員が邪魔になっている様子がない。
彼女ら全員は、リリィとマリーの事を見下すようにほほ笑む。
「もう忘れたか?私を倒したければ、この身体の全てを消さなければならない」
「さっき私は、首から全て再生させた」
「その時、前の身体は、貴様らは放置していただろ」
「こんな簡単な事も解らないとは、途方も無く頭が悪いな」
「……ヤッベ」
見下すクラブのセリフで、リリィ達は思い出した。
クラブの首から下は、完全に放置していたのだ。
その身体から、彼女は再生と増殖を行ったのだろう。
「……チェックメイトか?」
「かもね」
一人でも圧倒されていたというのに、この大人数。
流石の二人も、諦めムードだった。
そんなリリィ達を見て、クラブ達は笑みを浮かべる。
「流石の貴様らも、この数の私を殺しきることは、不可能だ」
「分かっただろ?貴様らがどれだけ愚かであるか」
「お前らを殺した後で、勝利の美酒を味わった後、最後のエルフィリアを殺す」
「これで、復讐は完了だ」
「……」
「……」
向かってくるクラブ達は、自らの目的をベラベラと話してくれた。
そのおかげで、二人のやる気は再燃。
最後のエルフィリアと言えば、もうシルフィしかいない。
彼女を殺される位なら、ここでまた死ぬ気で戦った方がマシだ。
「マリー」
「リリィ」
無理矢理立ち上がった二人は、クラブ達を睨む。
もう一度武器を手に取り、進もうとする。
「シルフィを殺す気なら」
「どんな事があっても」
「お前を殺す!!」
「お前を殺す!!」
武器を構える二人を見て、クラブ達は嘲笑する。
百人以上の笑い声がリリィ達に降り注いでも、戦う姿勢は変えようとしない。
「……無謀」
「無駄」
「何をしようと」
「私の望む全てが叶う」
「いや、勝利の美酒も、復讐も、全て叶わない」
聞き覚えのある声に、リリィとマリーは振り返った。
「ッ!」
「し、師匠!?」
後ろに居たのは、二人の師匠でもあるザラム。
しかも青年姿で、戦う気満々である事が伝わって来る。
二人の無事を確認したザラムは、二人に笑みを浮かべながらリリィの肩に手を乗せる。
「え?」
「交代だ、お前達は下がっていろ」
そう言いながら、ザラムは前へと出た。
この光景に、クラブは目を細めた。
彼女からしてみれば、見知らぬ鬼人が、自分の腕を過信して前に出て来たのである。
「……何者か知らんが、身の程をわきまえないゴミが、また死にに来たか、全く、目障りなんだよ!そこのゴミクズと、まとめて消して」
「……おい」
「ッ!」
クラブの言葉を遮りながら、ザラムは彼女を睨みつけた。
その眼光はクラブ達の恐怖心を貫き、全員の動きを止めた。
「俺は今この子達と話している、独り言なら他所でやれ」
「き、貴様、少しは自分の立場を考えろ!誰に向かってッ」
蚊帳の外の扱いをするザラムに対し、頭に血を昇らせ、激高したクラブ。
だが、唇、舌、喉に違和感を覚え、途中で怒鳴るのを止めた。
「……ッ!?」
その瞬間、怒鳴っていたクラブの舌と唇が落ち、声帯の部分がパックリと割れた。
何が起きたのか、一瞬解らなかったが、ザラムの刀を納める姿を見て、すぐに解った。
百メートル以上離れる間合いから、彼の刀がクラブの声を出すための器官を切り裂いたのだ。
「少し黙っていろ、後で相手をしてやる」
「(こ、この距離からアイツを切ったのか!?)」
リリィとマリーが押そうと引こうと、最初の一回以外は一切傷つけられなかった。
それが、遥か遠くの目標であるクラブを切ったのだ。
驚く二人の方を振り返ったザラムは、手招きを行った。
そんな彼に従うように、デュラウスが駆け寄って来る。
「な、何でアンタがここに?」
「何、この戦い、俺が与かろうと思ってな、それより、そいつらを連れて、早く行け」
「けど、アンタ一人で大丈夫なのか?」
リリィ達を連れて行くように命令されたデュラウスは、百人以上居るクラブ達に目をやる。
先ほどザラムに斬られた個体の傷は、既に治っている。
それを皮切りに、全てのクラブはザラムの事を睨みだす。
「この、小汚い鬼人如きが」
「この私の、ハイエルフの顔を切っただと?」
「何処までも頭の悪い奴らだ!まとめて、殺してやる!!」
「うるさい奴だ」
鞘に収まっている刀に手を置いたザラムは、今にも襲い掛かって来そうなクラブ達に狙いを定める。
そして、常人では絶対に見えないような速度で、刀を振った。
次の瞬間、全てのクラブの足がバラバラに切断され、全員が地べたに倒れる。
「な!」
「何が!?」
「……」
この光景に、マリーもデュラウスも目を丸め、口をあんぐりと開けた。
リリィも、存在しない物を見つけてしまったように硬直している。
何しろ、彼の攻撃する姿を認識できたのは、シルフィとリンクするリリィだけ。
ザラムはたった一度刀を振り、発生させた斬撃でクラブ達の太ももを消し飛ばしたのだ。
人間技であるかどうか、それ以前の話だった。
「……これで分かっただろ?」
「そ、そうだな、俺達がいたら、アンタの邪魔になるな」
「う、うん、私達は、離れた方が、良さそうだね」
マリーですら恐怖を覚える程、ザラムの実力がはっきりした。
修行の時、何度もザラムにコテンパンにされたが、その時の彼ですら本気では無かった。
そう考えただけで、ザラムが急に恐ろしく成ってしまう。
邪魔にならない為に、揚陸艇へ下がろうとする。
「いや……」
「え?」
ザラムの勝利を確信するマリー達だが、リリィだけは表情が穏やかではなかった。
何か不安が有るようで、冷や汗を流しながらも、リリィは刀を納める。
「行きましょう……何にしても、私とマリーは、休息が必要です」
「お、おう……お前ら、飛べるか?」
「何とかね」
「私も、一人で行けます」
リリィとマリーを連れて、デュラウスは揚陸艇へと帰って行く。
三人の後ろ姿を見送ったザラムは、改めてクラブの方を睨む。
全員足の再生は終わっており、揃いも揃ってザラムへ殺意を向けている。
「鬼人如きが」
「この私に、土くれを舐めさせるとは!」
「万死だ、万死に値する!!」
「……」
殺意を向けてくるクラブ達を前に、ザラムは刀を構える。
彼の顔は、僅かに焦りが見え、冷や汗が少しだけ垂れる。
そんな彼に気付かず、クラブ達は動き出す。
「三分の一はあのゴミ共を追え!残りはあの害虫だ!!」
一部のクラブはリリィ達を追いかけるべく、背に翼を生やす。
残りはザラムの方へと、全速力で襲い掛かって行く。
刀を構えるザラムは、向かってくるクラブだけでなく、空を飛ぶクラブにも狙いを定める。
「……」
ゆっくりと息を吐き、ザラムは目を見開く。
「志那都比古神」
技の名を唱えた瞬間、ザラムは刀を振るった。
そして、空中であろうと、地上であろうと、全てのクラブの首が飛び、続けざまに体が粉々に切り裂かれる。
「(ば、馬鹿な!?何が、一体何が起きた!?百人以上の私が、全員!)」
クラブが体感したのは、まるで風魔法による攻撃。
それによって、身体がバラバラになった。
しかし、感じたのは初級程度の風魔法。
その筈が、全てのクラブがバラバラとなったのだ。
「(……マズいな)」
だが、ザラムはこの結果に不服だった。
予想では、この倍以上ダメージをクラブに与えたつもりでいた。
それも、斬られた事に気付かない程、繊細で柔らかな風の斬撃を放った。
結果の方は、見ての通り。
クラブの身体はサイコロステーキ程の大きさまで斬れたが、もっと細かくなる予定だった。
最近ロクに本気を出していなかったせいで、気づけなかった。
自分自身の、身体の衰えに。
「(思った以上に、寿命が迫っている……技のキレも、以前の三分の一か?いや、それ以下だ)」
肉の雨が降る中で、ザラムは衰えを悔いた。
老衰を送らせるために、老人で居たのだが、それでも老いが止まる訳ではない。
それは認識していたのだが、思ったよりも老化は進んでいた。
「……とはいえ、今の俺の斬撃を受けて、液状化しないだけの防御力か、たいしたものだ、そこは誇ってもいいぞ」
「……ッ、この、化け物が!!」
リリィ達の時よりも遅い回復速度で、クラブは身体を再生。
人数は先ほどの倍以上に増やし、クラブはザラムの事を囲う。
これを見て、ザラムはクラブの異常性に気が付く。
「成程、どれだけ増えるかはお前の思い通り、しかも強さもそのままか、だが」
もう一度向かってくるクラブに対して、ザラムはもう一度身構える。
実力もそのままで、いくらでも分身を作る事が出来る。
それでも、クラブは諦める事をしなかった。
「所詮は、井の中の蛙か」
結果は先ほどと同じ。
何百人で来ようとも、ザラムは全てのクラブを粉々になるまで切り裂いた。
しかも、今度は攻撃の手を休めず、更に小さく、細かく切り刻んでいく。
反撃も一切許さず、ひたすらに切り刻んでいくが、ザラムの焦りは消えない。
「(困った、勝てそうにない……ならば)」
焦りにより、わずかに呼吸と剣筋が乱れる。
その辺は上手く抑え込み、より早く動く。
冷や汗を流しながら斬っているザラムは、何となくわかってしまった。
クラブを完全に倒すには、全ての細胞を消し去らなければならない。
今のペースでは、先に寿命が来てしまう。
「(クソ!再生が追い付かない!だが、このままであれば負ける事は無い)」
ザラムの現状を知らないクラブだが、負ける気はしなかった。
再生は追いついていないが、ザラムの剣速との差は、頭一つ分程度。
全て斬られる前に、先にザラムの方の体力が尽きる。
だが、そんな勝ち方はクラブのプライドが許さない。
「(だったら、もっと再生と増殖を早める!!)」
「ッ、更に数が!」
思いついたのは、再生と増殖の加速。
どんなに斬られたとしても、細胞の数はどんどん増え、ザラムの攻撃を上回りだす。
『フハハハ!これだけの数、貴様でもさばけまい!!』
「小癪な」
斬撃の嵐とよべるような攻撃の中で、徐々に多くのクラブが人の形を取り戻す。
そして、数百の単位の数から、今度は数万にまで増えて行く。
攻撃が可能な程に回復した個体から順に、遠距離から攻撃を開始。
その間であっても、クラブの増殖は続く。
「死ね!」
「鬼人如きが!」
「厚かましい!!」
「(よく言う、だったらその手で俺を殺しに来い)」
偉そうに魔法を使用するクラブだが、ザラムからしてみれば、臆病風に吹かれているだけだ。
近づけば、斬り刻まれる事が解っている。
だからこそ、離れた場所から魔法を撃っている。
魔法程度では、ザラムの手で構築される刀の結界は破る事はできない。
「チ、だが、そんな状態が何時まで持つ!?」
「貴様が攻撃する度に、敗北の時は迫る一方だ!」
「どんなに攻撃しようとも、私は増えるだけ、貴様の負けだ!!」
「もはや打開する術はない!!」
「……」
確かに、今の状態では分が悪すぎる。
相手はザラムが対処できないレベルで増え続け、更に体力の限界も近づいている。
今の状態では、ザラムがジリ貧になって負けてしまう。
「本当の事を言われ、言葉も出ないか……ならばそのまま朽ち果てるがいい!!」
増えたクラブ達は、一気に前へと出る。
煽り散らしたはいいのだが、やはりこのまま体力切れを待つのは趣味ではない。
だったら、この物量で押しつぶしてしまえばいい。
そう考えたクラブは、動く事の出来る個体の全てが自爆覚悟で特攻してくる。
「……この状況の打開策?簡単な事だ」
次々と斬撃を超えて来るクラブを前に、ザラムは刀を握る力を強める。
そんなザラムの様子を見たクラブは、攻撃の手を緩めずに嘲笑する。
「馬鹿め、もはや何をしようと無駄だ!!」
ザラムをバカにした、次の瞬間。
彼を覆っていた大量のクラブは、一瞬にして消え去った。
全てではないが、もうじき十万に差し掛かるという所で、九割以上が持っていかれた。
「……な、何が、起きた?」
生き残った一割のクラブ達は、ザラムの居る場所を睨む。
そこには、黒い髪を生やした青年は居らず、代わりに白金の髪を靡かせる青年が立っていた。
彼の服装がザラムと同じである事に気付いたクラブは、目を丸める。
「き、貴様、まさか」
「……それさえ上回る力で、剣を振るえばいい、ただそれだけだ」
マリーやシルフィと、同じ髪に変わったザラム。
よく見れば、クラブとマリー以上の輝きを放っており、心なしかガタイも良くなっている。
いや、更に若返ったと言った方がいいのかもしれない。
それだけ、ザラムの様子は変わっているのだ。
「そ、その姿は」
「何だ?進化した存在が、お前らだけだと思っていたのか?」
「あり得ない、いや、それ以前に、許されるものか、我々エルフ以外が、あの姿になるなんて」
ザラムの姿をみたクラブは、あからさまな動揺を見せた。
これでもクラブは、ルドベキアから様々な知識をもたらされている。
今の二人のように、白金の髪を持つ存在こそが、完全な上位種とされている。
「……いや、許される筈がない、許されるものかぁぁぁ!!」
喉がはち切れそうな程の大声を出したクラブは、先ほど以上の速度で分裂と増殖を開始。
再び数の暴力を行い、ザラムに攻撃を仕掛ける。
「許される、全ての生命には、進化できる資格を持っているからな」
クラブのセリフに反論しながら、ザラムは迎撃する。
いや、迎撃と呼べるような生易しい物では無く、猛攻をクラブへとぶつける。
「おのれ!おのれ!子汚い種族が、我々ハイエルフと肩を並べる何て……害虫風情が!駆除される以外の選択肢はない!!」
怒りを表面に出しながら、クラブ達はザラムに特攻していく。
魔法を駆使し、身体を刃にして挑み、あらゆる方法を試す。
それでも、ザラムの戦闘能力を上回る事は出来なかった。
どんな方法を試しても、クラブはザラムに触れる事すらできていない。
「死ね!死ねッ!死ねぇ!!」
四方八方から地上に居るザラムへと襲い掛かる。
完全に逆上しているのか、逃げたリリィ達を追う事を忘れている。
その事が原因なのか、クラブの特攻には迷いがなく、ザラムを殺す事だけしか、頭にない。
「(……そうだ、全ての生命には、進化していい資格が有る、だが、何時も進化を目指す奴は、とても資格が有るとは言い難い奴らばかりだった)」
先ほどの自分の発言を思い出したザラムは、不意に昔の事を思い出した。
神がかりな剣術を披露しながらも、ザラムは涙を流す。




