親知らずは抜いとけ抜いとけ 後編
気絶してしまったシルフィは、意識が覚醒してすぐ、アリサに魔法の使い方を土下座で頼み込んだ。
アリサ自身、魔法に関しての知識があるだけで、経験はない為、困惑してしまうが、あまりにもシルフィがグイグイ来たので、思わず頷いてしまった。
どうやらラズカに痛いところを突かれたので、これから生きていくためにも、最低限魔法を使えるようになりたいらしい。
この四百年、魔法適性が低いという理由で、基本的な魔力操作程度しか教わらず、体術と弓しか磨いてこなかったこともあり、魔法に関しては本当に素人同然である。
これを機に、適当な的に命中できる位の攻撃を、手から出せるように成る事が、最低限の目標とした。
一先ず、町の郊外へと出た二人は、その辺で貰った廃材を使い、制作した的を設置。
さっそく練習を開始する。
「とりあえず、貴女に適性の有る属性は、炎であるのが解っていますので、とりあえず火を出してみてください」
「それは、良いけど……何で知ってるの?」
「以前ギルド登録を行った際に、チラリと見えました(ついでにスクショもしておいたし)」
魔法には、いくつかの属性が存在し、大きく分けると、火・水・風・雷・土の五つと、特殊な属性として光と闇が存在する。
それぞれ、適性に見合った属性を使用することで、体力の消耗を抑え、威力と精度も高くできる。
人間やエルフと言った種族に関わらず、人間たちには、五つのいずれかの属性に、最低でも一つに適性を持っている。(現代人は魔法を使う器官が退化しているので、使えない人間がほとんど)
基本的に、三つ以上の適性が限界とされ、四つ以上は存在しないとされており、仮に存在するとしたら、魔王のような、人知を超えた存在だ。
一応シルフィは、炎よりの適性を持っている事は、以前のステータス照会で判明している。
ただし、適性は無いよりの有る、というレベルであったため、身体強化程度が限度と、言い下されてしまったのだ。
とはいっても、適性がある事には変わりないので、一先ず、火を出してもらう事と成った。
少し不安げな表情を浮かべながらも、シルフィは十メートル先の的に手をかざし、炎の魔法を発動させようとする。
アリサは火事に成らないよう、背後で消火準備を整えている。
父から教わったように、できるだけ炎に関するイメージを膨らませ、頑張って手から火を出そうと尽力する。
「フヌヌッ~!」
「もうちょっとで何か出ます、頑張ってください」
顔を赤くし、ちょっと変顔になりながらも、シルフィはほとんど気合でひねり出そうとする。
しかし、火花すら出る気配はなく、手がちょっとだけ火照りだした位だ。
それから踏ん張り続け、とうとう彼女の手から、何かが出てくる。
「あ」
「出ましたね」
ポンッ、と、情けない音を立てながら、炎は飛び出る。
だが、出て来たのは、まるで千鳥足のサラリーマンの如く、安定しない軌道を描き、規模はマッチ程度の物。
とても炎とは、言いえないような火だった。
速度に至っては、赤ちゃんのハイハイ程度しかなく、シルフィから五メートル離れるのに、二十秒近くかかった。
更には五メートルきっかりの所で、地面に墜落し、地面の草一本燃やせることも無く、というか、地面に落ちる前に消滅してしまった。
「(何なら青狸の空気発射するピストル程度の射程も無いか)」
等と呆れるアリサの横で、シルフィは顔を青ざめ、肩で息をしてしまっていた。
「はぁ、はぁ~」
「(しかも風前の灯程度の火で虫の息になってるし!)こ、これで、出力何パーセントくらいですか?」
「えっと、九十パー位?」
「(マジか)」
今の威力程度で、ほとんど戦闘不能レベルまで消耗してしまっているシルフィを見て、アリサは流石にこの問題を無視できなかった。
幾ら適性値が低いとはいえ、この火力は明らかにおかしすぎる。
シルフィの魔力の量は高い方で、Bランクの冒険者の平均程度。
しかも、魔法を得意とする、エルフの血筋を持っている。
その条件でありながら、マッチ程度の火力というのは、あまりにも低すぎる。
「(うん、正しい意味で、このおかしいは弱すぎるって意味だな)」
「うーん、やっぱり、別の属性に派生させた方が良いのかな?」
「いえ、この威力は、もはやそのくらいで解決できるレベルでは……」
確かに、一般的な属性から派生させ、自分に合った属性を生み出すことで、対処を行う場合もある。
しかし、シルフィの場合は、そう言った事で解決できるような問題では無かった。
言ってしまえば、生きている生命の必ず持っている部分が欠如してしまっているに等しい状態だ。
流石にそこまでは言わなかったが、普段無表情なアリサが、顔に出るくらい悩んでしまった所を見たシルフィは、膝から崩れ落ちてしまった。
「ウ~」
「……とりあえず、こちらを使ってみてください、これを使えば、本当に適性の有る属性が、判明するかもしれません」
「え?アリサの銃?」
「はい」
アリサがシルフィに渡したのは、自身の持っているエーテルガン。
この銃は、銃本体に蓄積させた魔力を直接打ち出す銃。
その構造のせいか、水であれば青、火であれば赤というように、使用者に最も適性のある魔力を表す色の光弾が出てくる。
尚、アリサの場合は、適性の属性がないので、偽装の為に蒼く着色している。
その機構を利用して、シルフィの本当の適性魔法を調べるのだ。
とりあえず、銃を受け取ったシルフィは、銃に魔力を流し込み、的へと照準を合わせる。
「……よし、いくよ」
「はい、できれば誤射ってアラクネさんの山か、貴女の故郷の森を吹っ飛ばすオチを期待しておりますね」
「まだ引きずってるし!」
ツッコミと同時に、シルフィは引き金をガクビキ(力任せに引き金を引く事)し、蓄積された魔力は、先ほどの火の如く、不安定な軌道と、遅めの弾速で放たれる。
放たれたのは、黒とも白ともいえず、銀や灰色とも取れない、微妙な色の魔力だった。
アリサの様なアンドロイドが撃った場合、はっきり白と呼べるような色の光弾が出て来る。
だが、シルフィの場合、何色かと聞かれるのであれば、銀か何かだろう。
フワフワと、シャボン玉の如く宙を漂う正体不明の魔力を、二人は見つめる。
「えーっと」
「この色は……なんでしょう、銀?」
「だよね」
一先ず、先ほどの火よりも、出力は安定しており、シルフィ自身の体力も問題ない。
燃費は異常に良いところを見ても、これがシルフィの適性なのかもしれない、というのはわかる。
しかし、何の色なのか、皆目見当がつかないので、何に適性が有るのか、不明のままだ。
一見すると、光属性に近いが、光の場合、もうちょっと金色めいた白、と言った感じの色だ。
頭をひねる二人を後目に、シルフィの魔力は不安定な軌道を維持しつつ、的の辺りまでフワフワ飛び、着弾と同時に辺りに光をまき散らす。
「「え?」」
情けない声を口から出した瞬間、二人はとてつもない閃光と轟音、同時に発生した爆炎に包まれた。
爆炎に包まれるも、何らかの補正が働いたおかげで、体中がススだらけとなり、口から黒煙を吐き出す程度で済んだ。
「何?今の」
「あ、ありのまま今起こったことを話すと、貴女の放った魔力が、大爆発を起こしたといった所ですね」
「この銃って爆発する奴だっけ?」
「いえ、あくまで敵を貫通させる物の筈ですが……形成が不安定だったのでしょうか?」
シルフィの魔力が着弾したポイントは、完全に焼け野原となっており、的は完全に消滅していた。
明らかに火を出した時よりも火力が異常に高く、まるで爆弾でも爆発したような被害だ。
しかし、エーテルガンは、あくまでも敵の装甲を貫くことを目的とした武器。
オプションパーツが無ければ、榴弾のように爆発することはあり得ない筈だ。
爆発したという事は、魔力の形成が不安定すぎるあまり、着弾の衝撃で爆ぜてしまったのだろうと、アリサは勝手に判断した。
一先ず、シルフィには、正体不明の魔法属性に対する適正があることは分かったが、結局何の属性なのかは、判明しなかった。
「とりあえず、今のを手から出せるようにしましょう、アラクネさんと戦った時に使用したあの技は、もろ刃の剣です、貴女の戦闘能力では、やはり後方からの狙撃が性に合っています」
「そうだね……ていうか、アリサも知ってるの?あれ」
「ええ、貴女の親御さんから、戦い方を学んだと考えると、使える可能性は高いですからね」
「で、できれば、他言無用で、いい?」
「ええ、教え広める代物でもありませんし、さぁ、とりあえず属性云々はこの際置いておいて、魔力を直接打ち出す方向で行きましょう」
「わ、分かった」
問題としては、弓も銃も、戦場では全て限りがあるという事と、手に持っていなければ、意味を成さないという事だ。
銃に至っては、今持っている分の弾薬しかない。
それに、遠距離攻撃ができる場合とできない場合では、戦術的なアドバンテージに、影響が出て来る。
シルフィの使用するスキルは、体と精神にかかる負担は、異常なまでに大きい。
これらを考慮すれば、やはり、シルフィには後方支援を担当しておいた方が良い。
それが、アリサの結論だった。
アラクネと戦った時のように、図らずも丸腰になってしまったケースを踏まえて、せめてエアガン位の威力を出せるようには、成ってほしい所である。
そんなアリサの願いに応えるべく、シルフィは練習を再開。
火を出した時のように、手をかざし、今度は魔力其の物を出そうとする。
すると今度は、先ほど以上に容易く発射体制に入れた。
「あ、なんか出そう」
「先ほどより三倍速いですね(赤くないのに)」
「よし、このまま……えい!」
ポスン、という力ない音を立てながら、シルフィの手から先ほどの光弾と同じ色をした煙が出てくる。
明らかに不発だった。
何とか光る玉的な物を出そうと、シルフィは連続で手に魔力を集中するも、連続で煙が出てきてしまう。
連発しまくっていても、これと言って体力消費をしていないところを見ても、やはり燃費は圧倒的に良い。
しかし、あまりにも練習しなさ過ぎているせいか、全くうまく行かずにいる。
徐々に熱くなり始め、自分の体力を気にすることも無く、連続で煙を吹かしだす。
「ヌヲォォ!出ろぉぉ!私の何かぁぁ!!」
「それ以上やるとぶっ倒れますよ、煙吹かせるのは肺だけにしてください」
「後ちょっと!後ちょっとで上手くいきそうぅぅ!!」
「はいはい、一旦休憩してからにしましょう」
等と言っているが、煙しか出ないところから、進歩することは無く、このままでは魔力切れで倒れかねないので、一旦休憩を挟むことにする。
朗らかな天気の中で、休憩するシルフィは、今まで魔法の練習をさぼっていた事を後悔していた。
今まで無能と蔑まれ、自分には鬼人拳法があるからと、魔法を伸ばそうとはしなかった。
そんな良い訳をしながら、ずっと魔法とは背を向けていた。
「はぁ、暴言なんて気にせずに、しっかり練習しておけば」
「……(彼女は気づいていないみたいだが、鬼人拳法はコツコツと努力、何て練習のやり方では、発動すら困難な技、相応の気合と努力が必要になる、気長にやるとなると人間の寿命全て費やしても無理だ、つまり、彼女にはそれだけの根気がある)」
と成れば、練習を投げ出しさえしなければ、あの正体不明の魔法も、実戦でも通用していたかもしれない。
そんなことを考えているアリサの脳裏を過ぎったのは、かつて彼女のマスターが呟いていた言葉だった。
「可能性を信じない者に、大事は成せない、か」
「え?」
「いえ、何でもありません」
「(なんか今、恋する乙女みたいな表情してた気が……)」
休憩を終わりにした二人は、もう一度魔法の練習を再開。
今度こそはと、シルフィは息巻き、魔法を放つ体制をとる。
「さて、練習あるのみ!」
「わざわざ出発延期しているんですから、程々にお願いしますよ」
「そんな事した所で、無駄だと言っただろう」
練習を再開しようとした時、上空から男の声が聞こえてくる。
視線を上に向けた二人の視界に映ったのは、フードと仮面をつけ、杖を携えた謎の男。
彼は、丁度アリサ達の事を見下せる高度に佇み、着けている仮面とフードをぬぎ去り、素顔をさらす。
その顔を見た瞬間、シルフィは驚愕した。
「アナタ、もしかして」
「知っているのですか?」
「うん、えっと……誰だっけ」
「ど忘れですか!?」
珍しいシルフィのボケに、アリサは思わず突っ込んでしまった。




