教皇 後編
ずっと影も形も無かったルドベキアが、目の前に居る。
そう認識した瞬間、デュラウスと少佐、マリー、ヘレルス以外は拳銃を引き抜き、彼女へ照準を合わせる。
「ちょっと皆さん!」
敵意満載の皆を前に、ヘレルスは声を上げた。
それと同時に、部屋の影からもう一人の人間が、ルドベキアを庇うように出現。
メフィスとは対極に、銀色のラインが入ったローブを着ており、魔法使いの杖らしき物を持っている。
「……敵?」
「いいえ、お客様ですよ、フェレス」
「……殺気、感じる」
「仕方のない事です、貴女はお姉さんと一緒に、もてなしの用意を」
「……はい」
ルドベキアの説得に応じたフェレスは、警戒を解く。
しかし、リリィ達は銃を下ろす事は無い。
もはや少しでも動こうものならば、ハチの巣にしてやろうという雰囲気だ。
そんな彼女達を置いておき、部屋に明かりが灯る。
ルドベキアの命令の通り、メフィスとフェレスは、おもてなし用に大きなテーブルと、人数分の椅子が用意される。
「……こんな殺気だらけの中で、よく準備ができますね?」
「……というより、あの二人なんなの?リリィと同じアンドロイド?」
「いえ、それにしては金属反応を感じません」
テーブルにクロスが敷かれ、焼いておいたお菓子やお茶が、次々と出て来る。
その手際の良さは、ラベルクも顔負けだろう。
僅か数分で準備が終わり、ルドベキアは席に着き、メフィスとフェレスは、その両隣に立つ。
「さ、そのような物騒な物はしまって、よろしければどうぞ」
仮面で顔半分が見えないが、口元に笑みが浮かぶ。
だが、リリィ達からすれば、その口は血まみれの吸血鬼のように錯覚した。
そして、マリー以外は同じ事を考える。
『(よろしくねぇよ!!)』
ルドベキアが居る、と言うだけでも警戒に値する。
見ただけで、精神異常を起こす何かが飾ってあるかもしれない。
変なガスが、知らない内に充満するかもしれない。
聞いただけで、体調異常を引き起こす音が流れているかもしれない。
もはや、呼吸はおろか、五感を使う事すらためらってしまう。
「……お茶は飲みませんか?」
「飲めるかよ」
「そうですか、では私は、遠慮なく」
未だに銃を下ろさないカルミアの返答を前に、ルドベキアはお茶を傾ける。
だが、この行動だけでは、信用は勝ち取れない。
解毒不可能な毒が盛られていても、彼女が相手では通じないだろう。
「……ふぅ、以前より美味しくなっているわ」
「ありがとうございます」
「……」
お茶の感想を述べたルドベキアに、メフィスは一礼した。
その様子を見て、シルフィは銃を下ろし、一人で席に着こうとする。
「あら、久しぶりね、シルフィ、元気そうで何よりよ」
「……どうも、その節は」
「ちょ、シルフィ!」
シルフィの手が椅子に触れる前に、リリィはその手を抑えた。
背もたれに、触れただけで死ぬ毒が塗ってあるかも。
そう考えただけで、危険でしかない。
「(スキャン結果は……異常無さそうだが)」
リリィに搭載されているスキャン機能で、どこまで分析できるか解らない。
結果に異常が無くても、何か仕掛けられている可能性は否定できない。
その誤解を解く為か、メフィスは二人の元にやって来る。
「……どうぞ、遠慮なさらず」
「……では、ちょっと待ってくださいね」
警戒のおさまらないリリィは、隠し持っていたナイフを使い、シルフィの座る所を徹底的に調べる。
ワイヤー、センサー、隠しスイッチ。
何が仕掛けられているか解らない。
「……」
「り、リリィ?そ、そこまでやらなくても」
「ダメです、何が仕掛けられているか」
血眼になってトラップを探すリリィだが、やはり見つからない。
もしかしたら、ゲームの隠しアイテムのように、巧妙に隠しているかもしれないと思うだけで、疑心暗鬼が収まらない。
そんなリリィに嫌気が刺したのか、マリーは一人、席に着こうとする。
「……疲れたから座るね」
「ああああああ!!」
自分で椅子を動かし、どっしりと席に着く。
礼儀も一応教えたつもりだったが、無視するように座った。
しかも、メフィス達が用意したティーセットにも手を出す。
「……ん、美味しい」
「オイイイイ!命知らずにも程が有るだろ!?」
「……大丈夫そうだから、私も座るね」
「ええええ!!?」
流石のシルフィも嫌気が刺したのか、彼女も席に着く。
しかも、マリー同様に、お菓子を食べ、お茶を嗜む。
もう親戚の家にでも訪れたかのように、遠慮が無い。
そんな二人を見て、リリィはかなり戸惑ってしまい、硬直してしまっている。
「……」
「あんなリリィ、初めて見た」
「ですが、わたくしでも、同じようなリアクションを取っていたかと」
「全くだ、逆に何でアタシらこんな冷静なんだ?」
「あれだろ?他人の焦ってる姿見た方が、逆に安心する、みたいな奴だろ?」
仰天するリリィのおかげか、他の姉妹はもちろん、少佐達まで落ち着いてしまっている。
とは言え、少佐と七美、エーラは警戒を完全に解いた訳ではない。
何しろこの三人は、長年にわたってルドベキアと戦ってきた。
それこそ、腰を据えて話した事何て一度も無い。
「……どうした物か」
「ヴィルへルミネ、仮面被ってても、アイツの顔は間違えようもない」
「ああ、もう二度と顔合わせ無いと思ってた、てのに」
「あ、あの、皆さん、何が有ったのか解りませんが、これ以上の騒動は」
ギスギスした空気が収まらない彼女達を前に、ヘレルスは力なく説得を始めた。
何しろ、この件に関しては、ヘレルスは完全に蚊帳の外。
少佐達に何が有ったのか、知る由も無い。
急に拳銃を抜き、折角用意したもてなしにも、無礼を働く。
とても教皇様を前にした人間の取る行動とは、思えない。
「……けど、どうするよ少佐?シルフィ達は大丈夫そうだが」
「いや、流石の私も、今回ばかりはどうしたら良いか」
「私もだ、アイツとお茶食何て、反応弾を枕にして寝る方が安心する」
ヘレルスには悪いが、ルドベキアの前でお茶を飲むのは、どうも恐怖心が出てしまう。
正に、蛇に睨まれた蛙の、カエルの気分である。
この状況に嫌気がさしたレッドクラウンは、一歩踏み出る。
「……はぁ、ヘレルスさんに悪いし、僕も行かせてもらうよ」
「アタシもそうさせてもらおう、アイツの想い通りになるのは癪だが、そうしないとマジで話進まないな」
一応、シルフィとマリーは美味しそうにお茶をしている。
遅延性の毒でも入っている危険があるだろうが、もう疑っても仕方がない。
メフィスとフェレスの実力も不明慮なので、直接首を取りに行くのも危険だ。
諦めたカルミアとレッドクラウンも、一緒に席に着く。
「大丈夫か?」
「けど、ヴィルへルミネから、招待してるのに、だまし討ちが無い、多分、大丈夫」
「……確かに、ウソの情報で釣り上げた所に、大軍なりなんなり送り込んで、何てことがあってもおかしくないからな」
「彼女がいる、その情報がアテになった事なんて、一度も無かったとお聞きしておりますわ」
消えない少佐の不安に、ヘリアン達は答えた。
ルドベキアが居るという情報程、信用できない物は無かった。
だが、招待された先に、本人がちゃんといる。
これは極めて異例な事だ。
「おら、リリィ、何時まで気絶してんだ?」
「ヘア!……私は何を」
「ずっと、気絶してた」
とりあえず、ずっと立ったまま気絶していたリリィの頭を叩き、再起動させると、デュラウス達も席に着く。
もう疑う事さえ野暮な気がしてきた少佐やリリィ達も、椅子に腰を掛ける。
「……随分と時間がかかってしまいましたが、何とか信頼していただけた、と言う訳でも無さそうですね」
苦い笑みを浮かべながら、ルドベキアは全員が椅子に座ってくれた事を喜んだ。
実際、ルドベキアを相手に、信頼なんてできない。
リリィ達は全員座っているが、側近であるメフィスとフェレスは、かしこまった状態で立っている。
何か仕掛けて来るとすれば、彼女達の方が有利だ。
警戒を弱めず、カルミアは今回の招待の目的を問いただす。
「それで?黄泉の国からなんのようだ?ヴィルへルミネ、いや、教皇様、とでも呼んだ方が良いか?」
「呼び方は何でも結構ですが、そうですね、ここはシルフィ達に合わせて、ルドベキアでお願いします」
「……わかった、それでルドベキア様?今回はどの様なご用件で?」
とても失礼かもしれないが、招待がルドベキアと知るだけでも、もう礼儀を出そうと思えない。
彼女はその辺りを気にしていないのか、カルミアの質問を受け入れる。
カップを置いたルドベキアは、微笑みながら答える。
「そうね……要件は二つあるのだけど、一つは、答え合わせ、かしらね?」
「答え?」
「そう、色々とヒントはあげたし、仮説くらいは立てられたと思うのだけど」
「……それは、何の仮説でしょうか?ヴィルへルミネ、いえ、ルドベキア様」
心当たりはあるが、念のため少佐は質問した。
それに、ヒントをあげたと言う事は、ここまではやはり、彼女の思い通りだったのだろう。
その事に憤りを覚えるリリィ達に対し、ルドベキアはホホ杖をつきながら笑う。
「そうね……先ずは、ジェニーがここに来た理由」
「アンタの研究所の事故で、魔石が暴発し、タイムトンネルのような物が形成され、過去へ送った」
「ん~、まぁ正解かしら」
「……意味深な事言いやがって」
「じゃ、第二問」
「何問出す気だよ」
――――――
ルドベキアからの問題に答えたエーラだったが、まだ次々と問題は出された。
そのほとんどは、三日前の会議で出た内容に関係する物だった。
天の特性や、デュアル・ドライヴとの関係性。
シルフィの身に何が起きているのか。
ジャックや七美達の出生。
リリィ達の使用する、ドライヴの核の生成方法。
その他にも色々と聞かれ、エーラやリリィは、それに答えていく。
そんなやり取りをする事三十分、ルドベキアの質問は終了する。
「う~ん、八十九点かしら?……予想の九十五より下回ったけど……及第点ではあるわ……でも、シルフィが半分以上、私の本の内容を把握していなかったのが、一番の誤算ね」
「シルフィ」
「……ごめん」
ルドベキアの採点に、エーラとリリィは不満があった。
だが、その理由は、シルフィが本の内容をあまり理解していなかった事が原因だった。
とは言え、テストで言えば、及第点は行っている。
ルドベキアとしては、九十五点は行ってほしかったらしい。
それでも、十分な程に理解していると言っていいらしい。
「でも、気を落とす事は無いわ、結構難しく書いちゃったし」
「自覚してるなら、教科書位解りやすくしてくださいよ」
「それじゃ、謎解きが面白くないでしょ?」
「……何が目的なんですか?貴女」
完全にゲーム感覚で話しているルドベキアだが、彼女はそう言う部分がある。
そうでも無ければ、今まで集めた情報でテスト感覚の採点や、謎解き呼びしている時点で、もはやゲームでもやっている気分なのだろう。
そう思うリリィは、ルドベキアに対して強気に質問した。
「……目的、ね……それを話すのが、二つ目の要件よ」
カップを置いたルドベキアは、リリィの質問に答えた。
二つある要件の内、一つは彼女の目的の開示。
そう聞いた瞬間、全員の視線は、ルドベキアへと向く。
「それで、目的とは?」
「……まず、私達の正体について、簡単に話しておきましょう」
笑みを崩したルドベキアは、自らの正体を打ち明けるべく、胸に手を当てる。
「私は、いえ、私達は、この銀河に存在する、全ての人類を見守る為に結成された組織、『リーデル』……何時考えても、ちょっと大げさな名前ね」
「……リー、デル」
「ルシーラさんの予想当たっちゃったよ」
揚陸艇で、図らずも話題にでた、ルドベキアが何らかの組織の人間と言う仮説。
それが当たった事に、シルフィとリリィは目を丸めた。
その横で、不機嫌になった七美は、ルドベキアを睨む。
「……リーデル……統率者の意だが……人類を見守る、随分と大仰な使命だな」
「……ええ、私もそう思うわ」
「それで、誰が創設したのだ?やはり、貴女か?」
七美の発言を受け入れたルドベキアに対し、少佐は更に質問した。
そんな大げさとしか思えない組織の創設、一体誰が行ったのか、気になる所だ。
しかし、その質問に対して、ルドベキアは少し困った顔を浮かべる。
「……ごめんなさい、実は、私にも解らないのよ」
「何だと?」
「……そうね、もう何万、いえ、幾千万とよべるほど昔に創設された、という事は聞いているわ」
「そんなに前から」
「でも、もう私達は、リーデル何て大げさな名前を名乗れる程、偉くはないのよ」
ため息交じりに、ルドベキアはカップを傾けた。
統率者の意を持つ、リーデルと言う組織。
創設者が何者だったのかさえ分からない程、長く続いて来た。
だが、それだけ長引けば、当然腐敗は起こる。
「どんなに賢明な存在が組織を創り上げたとしても、長引けば、カビは生えるし、腐る事も有る……他の人類が滅びない様に見守るという思想も、やがて腐り果て、まるで喜劇のように楽しむようになってしまったの」
「つまり、組織は腐り果て、貴女だけになってしまったと?」
「ええ、腐り果てた彼らでは、もはや使命を全うできない、そう判断した私は、多くの同胞を殺し、彼らのまいた、災いの種を回収してきました」
「……では、私のお義母様、いえ、五十嵐蓮の世界が滅びたのは?」
「はい、恐らく、私が回収し損ねた種が原因かと」
悲しそうな声色で話すルドベキアだが、全てを信用できる訳がない。
災いの種とやらを回収しておきながら、何故混沌を振りまいているのか。
どうも彼女の言っている事と、やっていることは、別のように思えてしまう。
「……ですが、貴女はどれだけの人を殺したのですか?どれだけ、戦火を振りまいたのですか?」
「ええ、確かに、私の行いは、とても償いきれない物……ですが、リーデルを再建するには、この方法しかありませんでした」
「再建?何故そのような事を?」
「……内輪での揉め事を解決せず、異星文明と接触しても、植民地支配をしていた頃と、同じ事が起きてしまう、それを防ぐためにも、陰から人類を導かなければならなりません」
ルドベキアは、リリィの問いかけに次々と答えたが、どうにも要領を得ない。
今まで彼女がしてきた事を考えると、まるで逆の事をしている。
戦争でリリィ達をかき乱し、多くの人間の命を奪ってきた。
そんな人間が、陰ながら人類を導く何て、どうにも胡散臭い。
「確かに、貴女の言う事はもっともですが、貴女方の助力が無くとも、人類は銀河を旅できる程の力を手に入れられると思いますが?」
「でも、私達の力も無しに、銀河を旅できる程の技術を得れば、いずれ貴女達のような存在が産まれてしまう、その時の用途は、恐らくただの戦闘マシーンでしょう」
「……下手をすれば、強力な力を持った惑星同士の星間戦争が引きおこると?」
「ええ、だからこそ、必要だったのです、次世代のリーデルを守る為の、剣と盾、そして、共に愛し、歩める存在が」
リリィとシルフィを視界に収めたルドベキアは、優しく微笑んだ。
次の世代を担う少女と、以降の世代を守り、共に歩める存在。
ルドベキアの長い人生の中で、ようやく見つけた希望。
それが、彼女達なのだ。




