教皇 前編
基地の休憩所で、リリィとシルフィ、マリーの三名は一服していた。
他のメンツも、同じ部屋でそれぞれのグループに分かれて、心身を休めている。
だが、カルミアと少佐は、教会からの誘いに関する話をする為に、別室へと移動した。
彼女達を横目に、コーヒーを傾けながら、シルフィは呟く。
「なんか、実感わかないね」
「何がです?」
会議終了後。
シルフィだけでなく、参加者たちは数々の仮説を受け止めきれずにいた。
これまで、自分の意思で戦ってきた筈が、全て第三者の思い通りになっていた。
そんな事だけは、考えたくも無かった。
「リリィと出会えたのも、こうして、皆とも過ごせるのも、全部、誰かの策略だったなんて」
会議中に聞かされた事を考えると、この状況や出逢いも、全て策略の一つだった。
シルフィだけでなく、他の皆もそんな考えに成って仕方が無かった。
どれ位が黒幕の思い通りなのか、それまでは不明ではある。
それでも、ここまでの戦いは、策略の内だったと考えられる。
「……この先闇雲に進んでも、ルドベキアさんの思い通りなのかな?」
「それは解りませんが……どうです?未来視か何かで、この先の展開を見る事はできませんか?」
「う~ん、それがねぇ~」
リリィに言われて、シルフィは少し首を傾げる。
シルフィの未来視の的中率は高いが、一部不安定な部分がある。
意識して発動できない事は無いが、どうでも良い時に勝手に発動する。
だが、それ以外に問題がある。
「何か、問題でも?」
「実は、ルシーラさんと能力の練習とかもやってたんだけどね……」
リリィが居ない間、シルフィはルシーラに能力のレクチャーを頼んでいた。
未来視はルシーラもできない能力なので、少し難航したが、何とか自分の意思で発動できるようにはなった。
しかし、一つだけ問題がある。
「なんか、今から三日以上を見ようとすると、妨害が入るっていうか……見えなくなるんだよね」
「三日後……教会に招待される日ですか?」
「うん、その日以降の事って、いつ見ても見えないんだよね」
実は、公国へ招待される日以降の事だけは、どうしても見えないのだ。
見えるのは、基本的にその日までの間。
その条件であれば、何でもみる事はできていた。
とは言え、シルフィ本人は、何が起こるか全部わかる人生何て嫌、という理由で、あまり見ていない。
「その日以外だったら見えるから、便利だったんだよね……あんまり使わなかったけど」
「……どういう時に使うのか、聞いてもよろしいですか?」
「え……えっと、タイムセールのタイミング、とか」
「もう少し有意義に使ってくれません?」
「あと、ソシャゲのガチャ、天井まで回さずに済んだり」
「もう少し有意義に使ってくれません?」
「何時にマリーちゃんが帰って来るか調べて、丁度良い時にご飯作る様にできたり」
「もう少し有意義に使ってくれません?」
嫌な予感がして、能力の用途を聞いた結果は散々だった。
普通であれば、ギャンブルで常勝、商売で大成功等。
悪用しようと思えば、いくらでもできる能力の筈だ。
だが、シルフィの使用方法は、全て消費者としての物。
あまり有意義とは言い難い。
「……まぁ、その方がシルフィらしいといえば、らしいですね」
「ちょ、何それ」
「私なら、もっと悪用する方法、いくらでも思いつきますから」
リリィが覚えたのは、呆れではなく微笑ましさ。
しかし、教育的な面を考えて、悪用の方は教える気にはなれない。
とは言え、彼女の能力だけは持たないルシーラも、色々と思う事があるらしい。
「ウム、余もそのような能力が有れば、勇者には負けなかったであろうな」
「しれっと入って来たね」
「未来予知、ふ、余がいくら試そうと不可能だったことを行えるとはな……」
シルフィの予知の精度は、ほぼ百パーセント。
そんな能力を使える彼女があれば、ルシーラの勝利は確実だっただろう。
しかもその能力は、全ての属性を使いこなせるルシーラでも、実現はできなかった。
恐らく、未来視は天による能力なのだろう。
それを思うだけで、珍しくルシーラは劣等感を覚えていた。
「そう言えば、天はマリーの能力でしたね」
「ああ、余はそれ以外の属性であれば、全て扱える」
「改めて考えると、異常だよね、普通三つまでなのに」
「うむ、余が魔王として生まれたから、そう思ってきたが、余もアヤツの駒として作られたからと思うと、納得がいくな」
そんな会話をしながら、ルシーラは指の一本一本に別の魔法を発動する。
しかも、火、水、風、雷、土の五つの同時使用。
言ってしまえば、五人の会話を全て聞き、会話しているような技。
常人では不可能な技術だが、ルシーラの場合は、それを行えるように作られている。
その事に憤りを覚えながら、ルシーラは拳を握り締め、魔法を消す。
「……が、むかっ腹が立つな、この余が駒とは……マリーの中に入れられたのも、何か目的があっての事であろう」
「でも、何でマリーちゃんの中に?」
「……余もわからん、気付いたらこやつの魂の中に居た」
シルフィに質問されたルシーラは、三百年以上前の事を思いだした。
キレンの先祖に殺された後、気が付いた時にはマリーの中に居た。
何が起きたのか、すぐには解らなかった。
だが、乗り移った当時は上手く動けず、思い通りにはいかなかった。
やがて、世界征服何て如何でも良く成り、マリーの付き人のような関係となった。
「ですが、先ほどの話を聞く限り、彼女の目的はハイエルフを生み出す事……最低条件が天の保持者であると考えると、マリーがその候補に挙がっても、不思議はありませんが、何故このような事をしたのか」
「うむ、ヒントと思われるのは、お主の心臓じゃな」
「え?リリィの?」
ルシーラが指さしたのは、リリィの腹部。
彼女が指す場所に有るのは、エーテル・ドライヴ。
だが、ただのドライヴではない。
リリィにのみ与えられた、デュアル・ドライヴと呼ばれる方式を採用している。
「以前の戦いの時に、ジャックが言っておったであろう?二つの意識が、その力を完全な物にすると」
「……成程」
先の大戦の最後。
ジャックは、敵としてリリィ達の前に立ちはだかった。
その時に、ジャックはデュアル・ドライヴの真価のような物を語った。
彼女の言葉を参考にした事で、リリィ達はジャックと対等に戦えた。
「さっきの会議でも、リンクによって、シルフィに多くの影響を与えてる事は証明されています、恐らく、貴女方の方式は、我々とは別の方法でのアプローチ、という事かもしれませんね」
「ああ、その考えが有望だろう」
「……」
マリーもまた、ルシーラと完全にリンクする事で、白金の髪となる。
それがシルフィと同様の形態だとすれば、マリーも同様にハイエルフの条件を満たしている。
考えられるのは、リリィ達とは違った別プランという事。
その話を聞いていたシルフィは、あからさまに目に影を落とした。
「でも、だからって」
「シルフィ?」
「……ルドベキアさんが、里を滅ぼしたのって、やっぱり、リリィとマリーちゃんの方法が、確実だったから、なのかな?って」
苦しい表情で、シルフィは何を考えていたのか打ち明けた。
里の全てに対して苦い思い出しかないシルフィだが、殺された住民に同情しない訳ではない。
分かっている範囲で、ルドベキアの目的に近いのは、マリーとシルフィ。
彼女達が有力候補となったから、里は用済みとなった。
そんな理不尽だけは、容認できなかった。
「確かに、あそこに居た人達は、あくまでも、可能性が高かったというだけです、エーラさんの言う通り、より確率の高いお二人が居れば、彼女にとって、後はどうでも良いのでしょう」
「……」
リリィの言葉は、シルフィの心を突き刺した。
里の住民のほとんどは、嫌な連中ばかりだった。
だが、こうなってしまうと、もはや哀れだ。
「……ですが、仮に、そのルドベキアという人物が、ヴィルへルミネだとすれば、今に始まった事ではありません」
「え?」
「そう言えば、そのヴィルへルミネとやら、お主の世界で猛威を振るっていたような事を、言っておったな」
ルシーラの言葉に、リリィは頷いた。
何しろ、ヴィルへルミネは途方もない極悪人。
この話は、ストレンジャーズの隊員の間では有名、というより、常識のような物だ。
それどころか、彼女を知る人物であれば、その非道さを聞かない事は無い。
「ルシーラの言う通り、彼女はクズですよ……頭の方は、本当に良いと言えるのですが、使い方は、本当に嫌な物です」
「……そっか、もしルドベキアさんが、そのヴィルへルミネって人だったら、お母さんの世界を滅ぼしたのは」
「ええ、彼女という事に成りますが、他にも非道な事は、数え切れない程行っていましたよ」
「随分な奴がいたものだな」
ヴィルへルミネの行いを思い出すリリィだったが、口には出さなかった。
何しろ、悪質な人体実験に加え、人を人と思わない精神から来る、異常な研究意欲。
それらが作用するせいで、彼女の悪行は公の場で言えるような内容ではない。
今のご時世で同じ事をすれば、避難の嵐が降り注ぐだろう。
「おーい、注目だー」
そんな話しをしていると、カルミアが書類を片手に、休憩所へ入って来る。
彼女に続き、少佐も入室。
皆の視線を集めると、カルミアは書類の方に目を移す。
「これから、公国に行くメンバーを発表する、よく耳の穴かっぽじっておけ」
公国へ行くメンバーと聞き、部屋にいる全員が息を飲む。
空間が静まり返ると同時に、カルミアはメンバーを発表する。
「……まず、アタシとレッドクラウン、その他アリサシリーズは確定だ、次に、少佐、シルフィとマリー、七美、エーラ、引率として、ヘレルスも同行する、以上だ」
「はい」
「何だ?ヘリアン」
「イビアの同行は、許可できる?」
「……人数の指定は無かったが、アタシらが居なくなった時の統率者がいなくなる、ドレイクやイビアのような連中は連れていけない」
「ちぇ」
イビアは連れていけない事を聞き、ヘリアンは少し不服そうな顔をした。
だが、イビアもそれなりに仕事が出来るので、留守を任せるのには適任だ。
そして、ヘリアンの近くでも、デュラウスは考えこんでいた。
「(……スノウの事、他の連中に言っておかないとな、二、三日帰れないと思うし)」
一応デュラウスは、ウルフスからスノウを預かっている身。
怪しくなくとも、何が起こるのか解らないような場所に、彼女を連れて行く事はできない。
治安がいいとは言え、この町で良からぬ事が起きた事を考えて、近所の人に話をつけておく事にした。
「服装はどの様な物がよろしくて?」
「手紙によると、好きな服装で、って書いて有るが、とりあえずこっちの正装で来い、多分社交辞令みたいな文だろ」
「承知いたしましたわ」
イベリスの質問にも、カルミアは淡々と答えた。
一応、教会での正装ある事には有るが、全員分が有る訳ではない。
郷に入っては郷に従えという事にしたいが、三日以内に全員分の用意は難しいだろう。
「スーツか~、この前仕立てて貰ったの、入るかな?」
「大丈夫ですよ、最後に着た時と比べて、それ程変化はございませんから」
「ッ、こういう所でそう言う事言わないでよ」
「……はぁ」
リリィのセクハラ発言を聞き流すマリーは、不満そうに息をこぼした。
何しろ、マリーは社交用のスーツが苦手なのだ。
「どうしたの?」
「いや、あの服、胸がキツイから、あんまり好きじゃないんだよね」
「あー、そう……」
マリーが嫌な部分を上げた事で、シルフィは目を細めた。
――――――
その日の夜。
帰宅したデュラウスは、スノウが作った食事を口にしながら、公国へ行く事を告げた。
「え、私は行けないの?」
「ああ、何か有ったら、隣の人の所に行けよ」
「……」
帰宅と一緒に、デュラウスは隣の住民に、スノウの事を頼んでおいた。
お隣さんとは、それなりに仲良くやっているので、信用はできる。
だが、そんな事よりも、スノウはデュラウスが長期間どこかへ行く事にご不満だった。
「……帰って、来るよね?」
「当然だ、今回はただの出張みたいな物だ、別に戦地に行くわけじゃ無い」
「……なら、良かった」
食べている途中のパンを置きながら、スノウは安堵した。
デュラウスは戦士の一人、長期間どこかへ行くと聞き、連想するのは戦地。
そこへ行く事が無いと聞いた事で、不安は消えた
「……安心しろ、オッサンにお前の事を任されたんだ、何があっても、ここには帰って来るよ、心配せずに待ってろ」
「(……信じて待つのも、強さの一つか)」
別に戦地へ行かずとも、この世界には魔物があふれている。
移動すれば、何かしらの魔物と遭遇する。
一年間魔物を殺しながら一緒に居たからこそ、その辺の魔物にデュラウスが負けるとは思えない。
だが、それを信じて待つのも、強さの内と、シルフィやイビアに教わった。
「(戦ってる姿はカッコいい、けど、あんな姿は、もう見たくない)」
先の大戦で、デュラウスはボロボロになって帰投してきた。
誰よりも彼女の力を見て来ただけに、酷く傷ついた姿は考えられなかった。
それに、シルフィの言う可愛い姿を見たくないと、思わないでもない。
「……焦った時は女の子みたいな喋り方、か」
「ブフォ!」
「え?あ、やべ」
思わず口に出ていた事を自覚したスノウは、口を押えた。
だが、食事を吹き出したデュラウスは、椅子から転げ落ち、床を這うようにスノウの元へと移動。
顔を真っ赤に染め上げながら、スノウの肩を掴む。
「て、テメ、誰からそれ聞いた?」
「あ~、えっと……シルフィ」
「アイツ~」
焦ったり、感情が高ぶったりすると、つい女の子よりの口調になってしまう。
それを知るのは、シルフィとジャック、そしてアリサシリーズの面々だ。
シルフィ達ならいいのだが、他の姉妹に知られたせいで、色々と馬鹿にされてしまった。
なので、今まではずっと抑え、こらえて来た。
おかげで、今日に至るまで、男勝りな口調はブレていない。
「い、いいか!その事は他の奴に言うなよ!俺のイメージに関わる!」
「え~、良いじゃん、私にくらいは見せなさいよ」
「うるせぇ!だったら掃除の時位テメェの部屋に入れさせろや!」
「そ、それとこれとは別!勝手に私の部屋に入らないでよね!!」
やはりエルフとは言え、思春期である事に変わりは無い。
この家は、二人のプライベートようの部屋も有る。
だが、部屋の家具を充実されてから、スノウはデュラウスを入れようとしていないのだ。
スノウが留守の時も、施錠する魔法で、入る事が出来ない。
粗暴に見えるが、デュラウスは意外と綺麗好きなので、二人の居るリビングはかなり綺麗だ。
「なら!後で面倒な掃除とかしないで済むように、掃除とか片づけは自分でしなさいよね!変な虫とか出ても、私は知らないわよ!!」
「……」
「あ」
口論の中、デュラウスは思わず例の口調が出てしまった。
思春期で感情の制御が難しい時期の筈が、今のデュラウスを見て、ピタリと止まった。
赤面するデュラウスの可愛い話し方を聞き、なんとも言えないギャップを感じた。
おかげで、激高する怒り等ではなく、可愛いという感情が、僅かに上回った。
「ぷ、し、知らないわよって」
「アアアア!!しまったアアア!!」
マイルドにバカにされたデュラウスは、頭を抱えながら叫んだ。
スノウに手を上げる事は無いが、逆にスノウの方からデュラウスに接触する。
「まぁ、か、可愛いって、ふ、ふふふ、本当に」
「う、うるさいわよ!私はカッコいいって思われたいのよ!なのにこんな訳の分からないプログラムされて、本当に迷惑してるの!!って、また!!」
何時ものツンデレが出るより先に、素直に可愛いという感想が出て来た。
それ位、何時もと今のデュラウスに、ギャップを感じてしまった。
そしてスノウは、ギャップ萌えという概念を覚えた。




