間の悪いお誘い 後編
ジャックと七美の出自が打ち明けられた後。
かなり空気が重くなってしまったので、一度休憩を挟む事に成った。
実際、シルフィも七美も、すっかり気を落としてしまっている。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「無理しなくて良いですよ、色々と思う所も、有るでしょうし」
パイプ椅子に座るシルフィをなだめるが、シルフィは無理に明るく振舞ってしまう。
マリーは勿論だが、リリィもそんなシルフィの姿は見たくはない。
その近くでも、落ち込む七美に、エーラとキレンが集まっている。
「み、ミアナ」
「何だ?」
「いや、その」
「無理に励まさなくて良い、何となくだが、そんな気はしてた」
普段から励ます何て事をしないキレンは、言葉を詰まらせていた。
とは言え、七美自身そんな気はしていた。
出自も何も解らなかったのだから、誰かに作られた存在かもしれないというのは、覚悟していた。
「……エーラ、さっき、ドライヴの作り方も書かれていたと、言っていたな」
「ああ、正確には、ドライヴの中核パーツの作り方だがな」
「……お姉ちゃんが使っていた、あの禍々しいドライヴは、どこで入手したんだ?」
「そいつは……会議の続きで、説明する」
七美が疑問を持ったのは、ジャックが使用していたアーマーのドライヴ。
本来ジャックの適性に、天は無い。
その筈が、リリィ達に対して天による攻撃を行っていた。
手がかりであるドライヴは大破していたが、解析は十分行える物だった。
「……さて、休憩は終わりにするか……シルフィ、続けて良いか?」
「うん、続けて……私は、全部聞く責任があるだろうから」
「……」
「……」
明らかに無理をしているシルフィを見て、リリィとマリーは余計にへこんでしまう。
だが、今回の会議は、シルフィだけの問題ではない。
彼女の言う責任に付き合う為に、二人はシルフィの隣に立つ。
「それで、エーラさん」
「何だ?」
「この本、やっぱりルドベキアさんが書いたのかな?」
「……だろうな、お前達が見たって言うコンピュータと同じ文字が使われているし、無関係じゃないだろうな」
持って来た本を見せながら、シルフィは本の著者を聞いた。
初めて手に取った時から、何となく予想はしていたが、エーラも同じ意見だった。
ジェニーが盗んで、と言うのは考えられないので、恐らく、ルドベキア本人が入れたのだろう。
何故そんな事をしたのかは、不明だ。
「……さぁ、話を続けよう……先ずは、これを見て欲しい」
会議を再開したエーラは、部屋の明かりを消し、端末をいじる。
映し出されたホログラムは、かつてジャックが着用したエーテル・ギア。
コードネーム・イフリート。
彼女の炎の能力と合わさり、正に炎の化身と言える戦いを見せていた。
映されているのは、大破してボロボロだが、エーラ達が頑張って復元した代物だ。
「それは、あの時の」
「うん、お母さんが着てたやつだね」
「そうだ、だが、注目してほしいのは、その動力だ」
しかし、エーラが注目してほしかったのは、背部に搭載されている二個のドライヴ。
こちらも機能を停止する程壊れているが、修復すれば使える。
解析を行った結果を映したエーラは、詳細を説明し始める。
「……解析の結果、このドライヴはその辺の量産型じゃなく、リリィ達の物と同型って事が分かった」
「え、アタシらのドライヴは、以前マリーに壊されたから、もう六個しか無い筈だろ?」
リリィ達の使用する、半永久的なドライヴ。
それはカルミアの言う通り、ここに居る姉妹達の分しかない。
「さっきも言ったが、シルフィの本には、お前達のドライヴの製造法が書いてあった……恐らく、ルドベキアなら同じ物を作れる」
「……ちょっと待て、てことは」
「ああ、恐らくだが、アイツはルドベキアと、どこかで接触した筈だ」
今エーラ達が知る中で、ドライヴの制作方法を知っているのは、ルドベキアだけ。
ジャックも、量産型のドライヴを作る知識と技術は有る。
だが、リリィ達の物を作る程の知識は無い。
となると、ルドベキアと接触した事が考えられる。
しかし、そこにリリィが待ったをかける。
「……ヒューリーさんが、その二つを彼女に託した、というのも考えられますよね?」
「ッ、そうだな、確かに、それも考えられるか」
ヒューリーからラベルクに送られたのは、リリィ達の物を含めて七つ。
一つはカルドと共に消滅し、もう一つはマリーによって破壊されてしまった。
だが、ヒューリーがそれ以外に作っていたと考えれば、ジャックが持っていてもおかしくない。
カルミアもその考えに納得するが、エーラは少し異論があった。
「それも有るかもしれないが、それにしては随分と危険な代物だと思わないか?」
「そ、それはそうですが」
イフリートのドライヴは、使用することによって、着用者の身体を蝕むようにできている。
あの時シルフィが点けた煙草を吸っていなければ、ジャックはもっと早くに死んでいた程。
これに似た特徴を持っているのは、ロゼの鎧。
彼女の鎧は、ルドベキアが作ったという事なので、イフリートのドライヴを作っていたとしても、不思議ではない。
「……しかし、あの人は何故、出どころを話さなかったのでしょうか?」
「さぁな、私も、ドライヴについて聞いてみたんだが、口止めされている風だった」
「はぁ、死人に口なしですね」
せめて、その事を話してから逝ってほしかった。
そんな事を考えながら、エーラは話を続ける。
「これ以上考えても無駄だな……次は、奴が何で天による攻撃を行えたか、だな」
「うん、あの攻撃、明らかに天だった」
続いては、ジャックが使用していた属性。
胸を押さえるシルフィはもちろん、ルシーラの診断。
それらを踏まえて、ジャックが使用した属性が天である事は確実だ。
「コイツも、ドライヴを入念に調べて分かったが、マリー達がよく使う、あの赤黒いエーテルを作り出す際に出る脳波にしか、反応しないようになっていたんだ」
シルフィとマリーの使う天の特性は、基本的に色で判別できる。
通常の色は、シルフィの使う鈍い銀色。
殺傷性を高めた時の色は、マリーの赤黒い色だ。
今の解説を裏付ける為に、エーラはルシーラを呼び出す。
「……ルシーラ、一つ良いか?」
「ッ……何の用だ?」
「天は、そいつの精神状態にも影響する、コイツは合っているか?」
「いかにも……確かに、お主の言う通り、天は私用者の精神状態の影響を受けやすい、マリーの場合は、強い殺意であの力を発揮しておるが……ジャックとやらが、やたらと人間どもを滅ぼしたいと願っていたのは、その為だな」
「……」
ルシーラの話は、シルフィも身に覚えがあった。
クラブに対する強い殺意によって、シルフィも似たような力を使っていた。
あの時はマリー程では無かったにせよ、クラブもかなり苦しんでいた。
殺意が天の力を変化させるというのは、確実だろう。
「問題は、何でジャックが、お前達と同じ脳波を出せたのか、だけどな……仮説としては、デュアル・ドライヴの恩恵で、彼女の脳波が変異した、てのを思いついた」
「……そう言えば、私とシルフィが斬り合った時に、デュアル・ドライヴを疑似的に再現できていたとの事ですが、その時に……」
「ああ、そう思って、私も同じ仮説を立てたが……あれだけで、脳波が変質するかどうか」
エーラとリリィは、同じ仮説を立てたが、少し弱い気がしてならない。
当時の現象は、現在のリリィとシルフィが協力するデュアル・ドライヴと比べても、一割程度しか届かない。
その程度で、ジャックに変化があるとは考えにくかった。
適性属性が決まるのは、本人の脳波の波形。
それが変質しない限りは、使用可能な属性が変わる事は無い。
「……あるいは、元々使えたが、彼の者に封じられていた、とも考えられぬか?」
「あ」
考えこむリリィとエーラに、ルシーラは自分の考えを伝えた。
ジャックという存在は、ルドベキアが作ったとすれば、能力に制限をかける事は容易な筈だ。
何しろ、同じ事をシルフィに行っているのだ。
ジャックにも同じ事をしていても、おかしくは無い。
「そうかその可能性も有るか……」
「で、あろう……」
納得するエーラを横に、ルシーラは未だに映されているデータに目を通す。
四つの内、三つが判明している。
だが、まだ判明していない一つのデータに、ルシーラは釘付けとなる。
「……そのデータが、如何かしました?」
「いや、これは」
「ああ、そいつは誰か判明していない、多分この世界に居るんだろうが、誰なのか……」
「……いや、多分だが」
まだ判明していない人物。
それを前に、ルシーラはまるで、心当たりが有るかのような反応を見せた。
だが、自身が無いのか、はっきりしない様子で答える。
「……それ、多分余だな」
「……は?」
ルシーラの発言に、部屋にいる全員が硬直した。
自信はなさそうだが、本気で言っているようにしか見えない。
数秒程硬直した後で、リリィが声を上げる。
「何でここでお前が出て来るんだよ!!?」
「いや、よくよく考えてみるとな、余も出自が解らぬのだ……気付いた頃には、蜘蛛が自らの巣をつくる様に、世界を征服しようとしていたからな」
「……そう言えば、貴女の側近、ルドベキアの説が有りましたね」
「左様……恐らく奴は、様々な方法でハイエルフを生み出そうと、画策していたのだろうな」
ルシーラが思うのは、自分はルドベキアが作った存在という事。
そもそも、魔王時代の彼女の側近は、ルドベキアであるという考えが有った。
しかもその側近は、キレンの先祖にまで力を与えた。
今にして思えば、それもハイエルフを生み出す実験の一つだったのかもしれない。
「(だがそうなると、最初の勇者にだって、エルフを起用するはず……わざわざ人間を選んだ事にも、理由があるのか?)」
口には出さなかったが、ルシーラにも腑に落ちない点はある。
エルフの上位種を生み出す事が目的でありながら、勇者に人間を選んだ理由。
そして、魔王時代のルシーラも、エルフでは無かった。
そう考えるルシーラに、エーラは根拠を問いただす。
「けど、これがお前の物って言う根拠はあるのか?」
「……いや、だが、記録と該当する人間の体格から考えて、昔の余の身体はそれ位だった」
「無いのかよ(つか、これと同じ身体って事は、ほとんど今と変わんねぇじゃん)」
「まぁ確かに、マリーの精神世界で見た貴女は、データと同じ位ではありましたね」
「であろう?マリーも同じくらいで助かった、おかげで不自由な部分はあまりない」
胸を強調しながら話すルシーラを前に、シルフィと七美は少し白くなった。
そんな二人を気にせずに、エーラは端末を操作。
さっさと話題を変えたかったのか、目が虚無をむいている。
「少佐、次の話に行かせてもらうぞ」
「あ、ああ、頼む」
「さて、寄り道しちまったが、これが最後の議題だ」
少佐に許可をもらいながら、エーラは次の議題へと移る。
そして、次に映しだされたのは、リリィ達の動力のコア部分。
ずっと解っていなかった、生成方法だ。
「リリィ達に使われている、エーテル・ドライヴのコア、そいつの製造方法だ」
流石にその部分はしっかり聞いておきたいのか、リリィ達は真剣な目を向けだす。
何しろ、自分たちの身体の事なのだ。
一番重要な部分が何かくらい、しっかりと知っておきたい。
「……それで、その生成方法とは?」
「……惑星の核だ」
「は?」
「死んだ惑星の核から採取できるらしい」
先ほどから何度も硬直したり、言葉を失ったりしていた。
だが、今回ばかりは、本当に意味が解らなかった。
魔石は本来、魔物から採取できる物。
惑星という生物ではない物から、取る事が出来る何て、考えられない。
しかし、カルミアは一つ心当たりが有った。
「……そうか、ガイア理論か」
「ガイア、何?」
「ガイア理論、惑星その物が、一つの生命体と言う考えだ」
定説であるかどうかさえ不明な理論であるが、惑星を一つの生命体と仮定すれば、魔石の採取も行える筈だ。
エーラも同じ考えだったようで、カルミアの発言を肯定する。
「そうだ、実際、世界にはパワースポットと呼べる場所も有れば、植物も惑星のエーテルの恩恵を受けている……惑星が死ねば、そのエーテル全てが濃縮された、特別な魔石が出来上がる、シルフィの本には、そう書いて有った、再現も解析もできないから、確証はないけどな」
エーラも半信半疑の様だが、十分に信憑性はある。
何しろ、惑星から魔石を採取しよう何て、誰も思いつかない。
思いついたとしても、実行に移すような者は居ない。
だが、その生成方を知ったシルフィは、一つの疑問が出る。
「で、でもそうなると……爆発した物を含めて、リリィ達ので、七個、お父さんの形見で一個、お母さんので二個だから……十個も有るんだよ!それだけの世界を滅ぼしたって事!?」
「……そうとも考えられるが、本当にそうか?」
「え?」
シルフィの言う通り、特殊なドライヴは全部で十個。
それと同数の世界を、ルドベキアが滅ぼしたとも考えられる。
だが、魔石の大きさと言うのは、とてもマバラである。
握り拳より小さい位の魔石さえ一つ採れれば、それを十等分にする事で、数を増やせる。
「デカめの魔石一つを分ければ、十個以上作れる」
「あ、そっか……でも、どこの」
「……身近な奴の世界が、たしか滅んでいた筈だぞ」
「ッ、お義母様の世界!」
「そうだ」
シルフィの横で考えていたリリィは、ルドベキアが採掘に使用した世界を言い当てた。
ジャックが元居た世界は、随分と前に滅んでいる。
そこから、ジャックがどうやって七美の居る世界に来たのか、それが問題ではある。
「……あれ?そう言えば、お義母様って、どうやって私達の世界に」
「コイツも仮説だが、恐らく、ジャックの世界を滅ぼしたルドベキアが、採掘のついでにアイツを連れて来た……何でこっちに付かせたのか、分からねぇけどな」
「そうですか……しかし、死んだ惑星……成程、その辺の人間では、解りませんね」
自らの動力が、そんな大それた物とは思いもよらなかった。
同じような感想は、リリィ以外にも思っていた。
姉妹達は勿論、魔法に関してはジャック以上の七美でさえ、考えもしなかった事だ。
その事にも驚いたが、その片隅で、リリィはとある事を思いつく。
「……そうなると……お義母様だけでなく、ヒューリーさんまで、ルドベキアの協力を受けている事に」
「ま、そうなるな、魔石を持っているのは、実際に採掘した人間だからな」
「けど、本当にジャックの世界の奴なのか?」
「多分な、本には、ジャックが元居た世界の事も書かれていたし、なにより、ジャックが私らの世界に来た経緯に、説明がつかない」
カルミアの疑問にも、エーラは淡々と答えた。
これで、今まで解決できていなかったことは、仮説ではあるが、解決できた。
とは言え、ルドベキアとジャック達の癒着と言う、新たな疑問が産まれた事も事実だ。
「これで、現状判明した事の全てを話した」
「エーラさん凄い、まだ半分しか翻訳送って無いのに、こんなに解決するなんて」
「これで半分ですか……今度こそ、翻訳にお付き合いしますよ、これ以上のビックリは無しにしたいので」
「うん、そうする」
翻訳の手伝いの約束をした、リリィとシルフィ。
二人は勿論の事、話しを聞いていた全員、不満が有る。
エーラの話が全て事実だったとすれば、完全にルドベキアに踊らされている事に成る。
何時からかは解らないが、全ては一人の人間の意思で動いてしまっている。
「……でも、ルドベキアさん、大丈夫かな?」
「何がです?」
「いや、もし、これ全部一人でやってたとしたら、その、過労とかで倒れそうだけど」
「……そ、そうですね、人心の掌握とか、大変でしょうし」
不満の有る心情でありながら、シルフィはルドベキアの心配をしていた。




