間の悪いお誘い 前編
リリィが帰宅した二日後。
カルミアの町に設けられた教会にて。
「……今日も一日、皆さんに祝福が有りますように」
ヘレルスは、礼拝堂で日課の祈りを捧げていた。
冒険者として活動していたが、メンバーのクレハがこの町に住み着き、葵達も用心棒のような役割を買って出た。
流石に彼女一人だけで、町を離れる訳にもいかない為、こうして残っている。
とは言え、カルミア達はこの世界の宗教には疎いので、彼女がここに残ってくれて助かっている。
「……一介の修道女が、こんな立派な教会で、司祭を任されるなんて」
この町で活動を行う為に、ヘレルスはちゃんとした手続きで、ここに教会を設置している。
その管理のために、彼女は司祭まで出世してしまった。
自らの地位に誇りながら信徒を導き、他の修道士達と教会の管理を行っている。
学校でも、道徳面の授業のための指導も任されている。
「司祭様!」
「ッ、な、何ですか?」
祈りを終えたヘレルスへ、一人の修道女が駆けつけて来た。
なにか慌てた様子で、手紙を持って来る。
「はぁ、はぁ」
「な、何か?」
「こ、これを」
「ッ!?それは!」
修道女の持って来た物を見て、腰をぬかしそうになった。
――――――
その頃。
情報を持って来たエーラと話をした少佐は、主要な人物を招集した。
エルフィリア一家も例外ではなく、連絡を貰った三人は基地へ足を運んだ。
「何か有ったのかな?」
「わかりません、非常招集という事だけでしたから」
「(今日収穫日だったのに)」
詳細の方はまだ伝えられていないが、召集が有ったからには、集まらなければならない。
しかし、マリーとしては、作物の収穫の手伝いをする予定だったので、少し不機嫌だった。
そんな彼女を連れながら、リリィ達は訓練に汗を流す隊員達を横目に、基地の中へ入って行く。
「……あ、でも、この本持ってきてくれって言われたから、これの事かな?」
「かもしれませんね……そう言えば、それの翻訳データ、結局貰いませんでしたね」
「あ、忘れてた」
「……まぁいいでしょう、今日の機会に、聞くとします」
「は、ははは」
そんな軽口を叩きながら、三人は会議室へと移動していく。
途中で、同じように呼ばれたカルミア達とも合流。
久しぶりに、キレンとも再会し、懐かしい顔ぶれとも出会った。
彼女達と共に会議室へと、足を踏み入れる。
「あ、エーラさん、七美さんも、久しぶり!」
「おう、久しぶりだな、お前ら」
「ああ、しばらく」
会議室に入ると、少佐だけでなく、エーラや七美とも再会した。
だが、再会を喜んでいる場合ではないらしい。
肝心の少佐は、エーラから渡されたと思われる資料を手に、難しい表情を浮かべていた。
その横に立つチハルは、皆の到着を伝える。
「少佐、皆さんが」
「ッ、すまない……」
チハルに言われ、少佐は辺りを見渡し、時間を確認する。
定刻の五分程前、召集をかけたメンバーは全員集まった。
少し早いが、少佐は話を始める事にした。
「……今日は、急な召集に応じてくれた事、感謝する……今日集まってくれたのは、現在我々が捜索を行っている、ルドベキアの事だ」
鋭い表情で、今日の議題を述べた少佐に反応し、集められた皆は息を飲む。
何しろ、この五年間、レリア達に無理を言って、世界中を捜索して回っていた。
それなのに、未だに影も形も掴めていなかった。
「だが、彼女の消息が掴めた訳じゃない、彼女がこの世界で……いや、エルフの生涯を用いて、なんの研究をしていたのか、それの一部が判明した……エーラ君」
「ああ」
消息が掴めていない事に落胆する者もいたが、エーラは部屋の電気を消し、ホログラムを起動させる。
エーラの持つ端末には、翻訳した本の内容をまとめた物が記されている。
その端末の内容が、そのまま空中に映し出される。
「それで、何がわかったんですか?」
「……まず、魔法の属性に関して、おさらいしていいか?」
「ええ、どうぞ、必要な事なら」
リリィからの許可を得たエーラは、早速モニターを変化させる。
端末を操作し、映し出したのは、一般的な属性を解りやすく表示した。
「分かりきってる事だろうが……魔法には、炎、水、雷、土、風、この五種と、特別な部類に、光と闇が存在する、これ以外の魔法は派生した物だが、扱う魔法は適性が必要、例外を除いて、全部で三つの属性が限度とされている」
魔法に関する基本を、エーラはおさらいした。
この情報は、この部屋にいるメンバー全員が知っている事。
だが、重要なのはこれからだ。
「だが、それらの頂点、全ての魔法の原点となった属性が、シルフィとマリーが適性を持つ、天だ……どうやら、ルドベキアはその研究にお熱だったようだな」
「天」
エーラに言われて、シルフィは初めて自分の適性属性が判明した時を思い出す。
リリィの武器を借り、初めて足取りを掴んだ。
その後で、ナーダの研究員のクラウスや、ジャックの口から、色々と情報を貰った。
現在解っているのは、魔法の無効化と、殺傷能力がやたらと高い事だが、判明していない部分も多い。
「効果は色々だ、リリィ達の戦闘データや、この本に書かれてることを見る限りでは、使用された天を上回らなければ、大抵の魔法は無効化される、例えば、回復を無効化したりな……そして、異常なまでの殺傷力を持たせられる、だな?ルシーラ」
「ッ……そうだ、対象の生命そのものを消す事が出来る、人体を維持するにも、微弱だが、魔力が必要だ、それを消してしまえば、防御無視で身体を破壊できる」
「改めて聞くと怖いですね」
ルシーラに答えを尋ねたところ、やたら怖い答えが返って来た。
実際、彼女の攻撃を受けた連邦兵は、再生治療さえ行えない程、細胞がズタズタだったという。
同じく、天を高濃度に練り込んだ剣でさえ、近づいただけで火傷する程だ。
扱い方によっては、かなり危険な属性である。
「だが、悪い話ばかりじゃない……これまで、リリィとシルフィがピンチに追いやられた時、何か、メリットが有っただろ?」
リリィとシルフィに話を振るが、二人共表情が無くなる。
そして、お互いに顔を合わせ、何が有ったのかを思い出そうとする。
「……ピン、チ?」
「……あり過ぎて、何がなんだか……」
「今まで何してきたんだよ、お前ら」
二人の脳裏をよぎるのは、よく今生きていると思えるような戦いの日々。
魔物の大軍に追われ、最強クラスのドラゴンと戦い、何度も大きな戦争に巻き込まれた。
その度に死にかけてきたが、不思議な事が起きて、勝ち抜く事が出来た。
当時の事は、カルミアが一番良く知っている。
「確かに、二人の戦いを観測している時、何度か不可解な事は有ったな」
「それ、お前が魔物どもに、シルフィの脳波に引かれて襲うよう改造した時の話だろ?しかも、漁師町破壊しかけてるし、滅茶苦茶迷惑な話だぜ」
何しろ、シルフィ達が危険な目に遭っていた半分以上の原因は、カルミア達の策略。
毎日のように大量の魔物を送り込み、高みの見物をしていたのだ。
しかも、二人が危険になるような状況を作ったりもした。
デュラウスの言う通り、カルミアが一番危険な目に遭わせている。
「……その事に関しては猛省してるわ……つか、迷惑かけたって言ったら、テメェらもだろが!あの時三人とも抜け出したせいで、プログラムの改ざんとかメッチャ面倒な仕事押し付けられたんだよ!」
「ああ!?良いじゃねぇか別に!シルフィには迷惑かけてねぇ!」
「その前に人に迷惑かけといて逆ギレか!?」
「……」
過去、まだデュラウス達が作られた時、彼女達は私用で抜け出した。
そのおかげで、シルフィ達に魔物が襲わないように、カルミアは仕事が増えていた。
と言う事は置いておき、二人の口論に嫌気が刺したエーラは、ふところから変わった銃を取りだす。
「ちょっと黙ってろ」
「あっ!」
「グ!」
エーラの銃から撃ちだされた特殊弾は、口論を続けるカルミアとデュラウスの首筋に命中。
そこから、適度な量の電磁波が発生。
システムが一時的に停止し、その場に倒れ込む。
そんな二人をスルーし、リリィは話しを続ける。
「でも、そう言う事が起きた後ですよね?シルフィの身体に、色々と変化が起きたのは」
「(スルー!?)あ、でも……そ、そうかも」
「そうだ、天には、肉体の破壊以外にも、進化の促進効果が有るって事が、解析ついでの研究で分かった、もちろん、リリィにも影響は有る」
銃をしまいながら、エーラも研究の結果を打ち明けた。
毎回危険な事態に陥る事で、シルフィとリリィは切り抜けた。
その度に、シルフィとリリィの身体に、何らかの異常が出ていた。
両者共、明らかにオーバースペックな力を引き出していた。
リリィの記憶で一番新しいのは、マリーとの戦いだ。
「……進化の促進……まさか、あの時シルフィが天使に見えたのは」
「え?」
「は?」
思わずつぶやいたリリィの言葉に、イベリスとヘリアンが反応。
比喩で言ったのならまだしも、リリィは本気で言っていた。
シルフィが、天使に見えたと。
急にそんな事を言い出したため、二人はリリィの頭に手を乗せる。
「大丈夫でして?生体パーツを使っているせいで、お熱でも?」
「ちょっと、頭の中、メンテしてみる、シルフィが天使なのは、当たり前だけど」
「……」
イベリスはリリィに熱が無いか、それを確認する為。
ヘリアンの場合は、接触する事でリリィにアクセスし、バグの有無を確認する。
だが、本当にその姿を見たのだから、仕方がない。
無表情で怒りながら、リリィは二人の顔面を鷲掴みにする。
「ムグ!」
「ンぐ」
「だったら、その時の視覚データ送りますよ」
「あばばば」
「アガガガガ!」
ついでに放電したので、二人は倒れ込んでしまった。
会議開始からおよそ十分、アリサシリーズ四機が気絶。
かなり重要な会議の筈なのだが、貴重な人員である姉妹は、ほとんど気を失った。
「……何で会議してるだけなのに、四人も気絶してるの?」
「別に良いだろ」
「良くないでしょ!」
「さて、話を続けるぞ」
「(あ、もう完全にスルーなのね)」
余程早く終わらせたいのか、エーラは話を続ける。
確かに、後でリリィが入手したデータを送れば良いかもしれないが、シルフィとしては、できれば心配してほしい所だ。
一応、今となっては、彼女達はシルフィの妹達なのだから。
それを知っていても、エーラはとにかく打ち明けたい事を話そうと、端末を操作する。
「リリィ、シルフィが天使に見えた、そう言ったな?」
「はい、貴女には、視覚データを送っておきましたので、知っている筈ですよね?」
さっき二人に疑われたせいか、リリィは妙に殺気立ってしまった。
キツイ眼光を向けられながらも、エーラは続ける。
「……安心しろ、私は信じている、確かにあの時、背中に翼、頭にリング、天使のような姿をしていた、それも不可解な現象の一つだな?」
「はい」
「それと、覚えているか?お前とシルフィが斬り合ったあの日の事」
「ええ、あの時も、不可解な事が起きましたね……あの時の一撃は、完全に直撃したと思いましたから」
今や巨大船の補給基地となっている、孤島の基地。
かつて二人は、そこで殺し合いを演じた。
そこでも、シルフィは妙な現象を起こした。
完全にリリィの攻撃が入ったと思ったら、完全にすり抜けたのだ。
「あの時、一体なにが」
「……解析には苦労した、何しろ、ロクなデータも取れなかったからな……だが、コイツのおかげではっきりした」
「え、お父さんの、本?」
「ああ」
当時の現象を話すエーラは、ホログラムにジェニーが遺した本を映し出した。
その中に書かれていた事で、エーラの度肝を抜く事に成った。
「シルフィ、お前はあの時、一秒先の未来に移動したんだ」
「……は?」
「……え?」
「もちろん誤差も有るが、リリィが振った剣の速さから逆算して、それ位が妥当だと」
「待って待って、整理が追い付かない追いつかない」
エーラの爆弾発言に、シルフィもリリィも、他に集まったメンバーも追いつていなかった。
しかも、一緒に向こうに帰った筈の七美まで、口をあんぐりと開けている。
未来に移動、理論上は可能な事ではある。
だが、それはあくまでも、光の速さで移動した時。
直立状態からそんな速さを出すなんて、絶対不可能だ。
なので、エーラは説明のために、リリィのみぞおち部分を指さす。
「……本によれば、リリィ達のドライヴに使用されているコア、その魔石は、天の力を増幅させる効果が有る、理論上、いや、理論なんかじゃ説明できない、あらゆる物理法則を踏みつぶすレベルの力を発揮できる位だ」
「そんな力が……では、全く観測できなかったのは」
「そうだ、シルフィがその時間軸上に存在していなかったからだ」
時間への干渉。
それだけでも驚きだったが、エーラの発言からして、それ以外の事さえもできそうだ。
だが、そもそもの存在が無ければ、既存の機械では観測できない。
その事に悩んでいたエーラだったが、本の内容を知った時に、その考えが浮上。
あらゆる方法で当時のデータを漁った結果、一切シルフィの反応が無かったため、確信が持てた。
エーラの話を聞き、リリィはかつてヒューリーから聞いた事を思い出す。
「……化学は現象の観測、魔法は現象への干渉……ヒューリーさんが言っていた事ですが、まさか時間にまで……あれ?てことは、過去にも」
リリィが思いついたのは、過去への移動。
物理的に言って、過去への移動は不可能とされている。
炎の魔法でも、水をかければ消えるように、魔法も科学的な影響は受ける。
だが、エーラの話が真実だとすれば、本当に物理的に物を考える必要はない。
ならば過去へ移動する事だって、可能な筈だ。
「……それじゃ、お父さんは」
「そうだ、アイツはあの事故の時、この世界の過去に飛ばされた、という事になる」
「……ご、五百年も前に……だからリリィと話が食い違ったんだ」
「ですが、そんな事を、あのヴィルへルミネが許すかどうか……」
シルフィが驚愕する横で、リリィはとある事を危惧した。
何しろ、シルフィの里を治めるのは、ヴィルへルミネである可能性が有る。
全て彼女が仕組んだ事だとしたら、そんなイレギュラーを許すとは思えない。
当時のジェニーの装備を見れば、未来から来た異物である事を、ヴィルへルミネは見抜くだろう。
とはいえ、エーラはそんな事を考えていない。
「……許していなければ、シルフィが産まれる前に始末するだろうし、何かと肩入れもしない、それに、大ヒントになる本なんて、アイツに渡さない筈だ」
「そ、それもそうですね……という事は、全ての事態は、彼女の予定調和、修正可能な状況、という事ですね」
「そうだ」
シルフィから聞く、ルドベキアの行いを考えると、ジェニーの件はイレギュラーではないと言える。
むしろ、かなり優遇していると言って良い。
その事を考えると、この状況は、完全にルドベキアの思い通りと言う事かもしれない。
「……ルシーラの、言う通りですね、完全に手のひらで踊らされています」
「ああ、私達は、チェス盤の駒、アイツは、そのゲームマスターだ」
「……チ、あの女、絶対にとっ捕まえて、目的を吐かせてやる」
「ほ、程々にね」
手の上で踊らされている事に気付いたリリィは、目をギラつかせた。
完全にヤル人の目なので、シルフィは冷や汗をかきながら静止させた。
そんなやり取りをする彼女達が居る、この会議室の扉が勢いよく開く。
「カルミア様!」
「ッ!?へ、ヘレルス、さん?」
勢いよく扉を開けたのはヘレルス。
彼女は、何かを片手に握り締め、肩で息をしながらカルミアを探し始める。
「はぁ、はぁ……あの!カルミア様はここにお出ででしょうか!?」
「……ここに居るぞ……クソが、いきなり電磁パルス何て撃ち込むなよな、頭が痺れる」
エーラの攻撃から回復したカルミアは、ヘレルスを呼んだ。
彼女の姿を見るなり、ヘレルスは届け物を差し出す。
「こ、これを」
「……羊皮紙?しかも、この封ロウの刻印」
ヘレルスが持って来たのは、封ロウで閉じられた羊皮紙。
そのロウに刻まれている刻印は、シランド公国の物。
つまり、公国のトップからの手紙だ。
「はい、その、教皇さまからの、手紙です」
「こ、こんな時にか?」
色々と忙しい時に、かなりの大物からの手紙。
とてつもない間の悪さに、カルミア達は困惑した。




