スレイヤー 後編
リリィが改めてザラムの元へ行き、しばらくして。
エルフィリア宅にて。
今日のシルフィは、完全にオフ。
やるべき家事も終え、暇つぶしに、リリィがオススメしてくれた映画に目を通していた。
「う、血も繋がらない子供を助ける為に、民間人の身で、エイリアンの巣窟に単身攻め込む何て……」
無駄に豊かな感受性を働かせ、普通の人なら泣かないようなシーンに、シルフィは涙を流す。
大分古い映画だが、リリィがオススメするのも解る物だ。
時間を忘れ、シルフィは映画を終始ハラハラしながら視聴。
終わるころには、なんとも言えない満足感に包まれていた。
「はぁ……良かった~」
エンドロールを前にしながら、シルフィは目の前のティッシュで涙をぬぐい、身体を伸ばす。
そして、ソファにより深く座る。
「……マリーちゃんも、リリィも居ないし……お買い物も、この前したし……今日はヒマだな~」
家の中で一人、シルフィはリラックスする。
マリーは用ができたという事で、最近は夜まで何処かへ行っている。
リリィも、何時帰って来るか解らない。
ふとした寂しさに襲われながら、シルフィはソファに寝転ぶ。
「(……やっぱり、一人は嫌だなぁ)」
この町は、里と違って賑わっており、誰かを陥れる事も無い。
なので、里に居る頃よりは、寂しくない。
だが、エルフにとって、五年間と言うのは、人間の一か月程度。
そのせいなのか、まだ母であるジャックが、近くにいる気がする。
居ないと自覚するだけで、寂しさはより増してしまう。
「……ほんの数か月だったけど、なんだかんだ、楽しかった」
生前のジャックは、シルフィの花嫁修業に付き合っていた。
一番付き合ってくれたのは料理。
何時もとなりに立っては、出汁の取り方や、調味料を入れる順番何かを教えてくれた。
エルフの人生は長いので、少しでも長い間、美味しい物を食べていて欲しいという事だった。
「……ッ」
母親との思い出を振り返っていると、急な頭痛が襲った。
反射的に閉じたシルフィの目に、リリィの姿が映り込む。
修行を終え、帰宅した姿だ。
「……帰って来る、のは解るけど……日にちがねぇ~」
最近見えるようになったのは、他人の感応だけではない。
ある程度だが、未来を見られるようになった。
不意に来る事も有れば、意識して見る事もできる。
だが、問題なのは正確な時間等が、自分でもはっきりしない事だ。
その辺は修行で何とかなるらしいが、今はそんな余裕も無い。
「様子、見てみよ」
予知とは言え、リリィの姿を見てしまった事で、シルフィの寂しさは限界を迎えた。
せめて姿を見たいと思い、シルフィは久しぶりに千里眼を使用する。
「……あれ?」
この時間帯であれば、リリィはザラムと打ち合っている筈だ。
だが、何故かザラムは、一人で薪割りをしている。
そして、シルフィが千里眼を使った事に気付いたのか、ザラムは呟く。
『リリィなら、もう帰ったぞ』
「え」
その言葉を聞いて、シルフィは飛び起きる。
同時にまばたきをした為、視界は戻ってしまい、もう一度使用する。
「あ」
町に目を向けると、すぐにリリィの姿を見つけた。
荷物を下げ、楽しみな様子で帰路についている。
しかも、既に家のすぐ近くに居る。
解った瞬間に、シルフィはソファから立ち上がる。
「帰りましたよぉ」
「ッ!」
丁度人肌が恋しい時に帰って来てくれただけに、シルフィは思わず玄関に走る。
あまりの勢いに、リリィは呆気にとられながら、タックルじみた動きのシルフィを受け止める。
「オフ!……し、シルフィ?」
「……お帰り」
「た、ただいま」
予想外の反応に驚きながら、リリィはシルフィを抱きしめる。
久しぶりに味わう、お互いの柔らかさと温もりに、二人は笑みを浮かべた。
――――――
数分後。
リリィは荷物を片付け、何時もの部屋着に着替えた。
二階からリリィが戻って来るまでの間、シルフィはコーヒーを二つ用意。
テーブルに乗せ、近くのソファに座る。
「どうも、着替え終わりました」
「……ん」
「……」
リリィが二階から降りて来るのを確認するなり、シルフィは自分の隣のクッションを、手で叩く。
どことなく不機嫌な感じもするが、招かれたリリィは、シルフィの隣に座る。
その瞬間、シルフィはリリィの膝の上に頭を乗せる。
「……何か、怒ってます?」
「怒ってるって言うか、寂しかった」
「そうですか、それは、すみません」
「頭撫でて」
「はいはい」
シルフィのリクエストに応えて、リリィは頭をなでる。
ツヤツヤな髪を堪能しつつ、リリィはシルフィの表情が緩んでいく事に和む。
本当にシルフィは、孤独を嫌う。
リリィが心置きなくザラムの元で修業できたのも、マリーが居てくれたから。
それなのに、マリーの姿は何処にも無い。
買い物に行った、と言う訳でも無さそうだ。
「ところで、マリーは何処に?今日は彼女も休みと記憶していますが」
「……あの子、最近帰りが遅くて……何時も基地に寄ってるらしいから、変な事に巻き込まれてる訳じゃないと思うけど」
「……そうですか」
マリーの仕事は、この町の農業の手伝い。
彼女の実家が農家だったので、そのノウハウを活かして働いている。
級金も貰っているが、収穫時には、お駄賃代わりに野菜を貰ったりしている。
軍で集団生活をするより、マリーに有った仕事だ。
「では、久しぶりに二人きりですね」
「うん、それに、最近全然甘えられなかったから……」
膝から頭を放したシルフィは、今度はリリィの隣に、密着しながら座る。
互いに体温を感じ、息をする音が聞こえる程、密着する。
「その分、甘えさせてね」
「……よく言いますよ、妹に甘えていたクセに」
「リリィじゃないと取れない養分があるの!」
「……」
自分が言われる側になるとは、思いもしなかったリリィだった。
とは言え、悪い気はしなかった。
喜ぶリリィの手を、シルフィはこっそり握り締める。
「……前より、ゴツゴツしてるね」
「はい、一応、手も生体パーツですから、刀を握っていれば、タコもできます」
何時も体中を触られているだけに、リリィの手の変化は良く解る。
ザラムとの修行のせいで、滑らかだったリリィの手はゴツゴツになっている。
だが、これはリリィが頑張って来た証拠だ。
責め立てる訳にいかないが、正直悲しい。
「また、戦いになるの?」
「そういう予測です」
何時起こるのか解らないが、この先に大きな戦いが有ると予測されている。
だから、リリィもザラムの元で修行し、他の姉妹も、それぞれの方法で準備を整えている。
その事は知っているが、シルフィとしては、もううんざりしていた。
「……もう、嫌だ」
「……」
少し涙を浮かべたシルフィは、思わずつぶやいた。
今日に至るまで、何度も戦争に参加してきたが、その度に死人の脳波を受け取って来た。
しかも前の戦いでは、何十人とその手にかけた。
自分で殺した時は、他人が殺した時よりもダイレクトに来る。
「確かに、貴女の性格を考えると、死者からでる感応はお辛いでしょうが」
「それも有る、けど……」
「けど?」
リリィも、シルフィとは感覚が違うが、気持ちは解る。
だが、シルフィは別の部分にも、苦労していた。
「前の戦いの時、大勢の意思が、私の中に入って来たの……リリィとリンクしてる時も、多くの人の意思が流れ込んできたけど、あの時はずっと我慢したけど、でも」
「……シルフィ」
徐々に震えだすシルフィを、リリィは抱き寄せた。
それでも落ち着かず、シルフィは更に語る。
「だんだん、気にならなくなってきたの、どんなに殺しても、その人が生きたいという意思を踏みにじった事が、当たり前みたいになって」
「シルフィ」
「今思うと、私の心がすり減ってたんだよ、心を潰して、はは、心置きなく戦おうとしてた、ふ、ふふ……それに、徐々に楽しいって思えてた、そんな事、もう嫌だよ」
「シルフィ……」
「おかしいよね、リリィは戦いの中で感情を得て来たのに、私は、戦う度に、感情が消えていくなんて、こんなの……自分が、怖い」
「ッ」
どんどんネガティブになって行くシルフィの口を、リリィは自分の口で塞ぐ。
「んぐ!」
ついでにソファに押し倒し、暴れだすシルフィを力ずくで抑え込む。
呼吸が辛く成って来たのか、シルフィは徐々に落ち着き出す。
そして、本当に限界になったのか、リリィの背中がバンバンと叩かれる。
「ブハ!はぁ、はぁ」
「ふぅ……」
「なに、すんの」
ソファに倒れるシルフィの問いかけを無視し、リリィは彼女の胸に手を当てる。
以前より少し成長したかもしれないが、そうとも言えないような、シルフィの胸部。
皮膚と脂肪の下に存在し、生きる証を伝えるべく、絶え間なく動き続ける器官、心臓。
恥かしさと、暴れた影響なのか、バクバクと動いている。
脳波を計測するまでも無く、赤くなった顔だけでしっかりと解る。
今のシルフィが感じているのは、羞恥だ。
「脈が早まり、顔面部分が好色に染まる、多少の窒息を加味しても、貴女は今、恥ずかしいと感じている」
「そ、そりゃ、慣れてても急に舌入れたり、歯とか歯茎なんて舐めてきたら、恥ずかしいって」
口元に手を添えたシルフィは、リリィにされた事を口にした。
夜の営みをしていても、急な攻めと、久しぶりのキスのせいか、かなり恥ずかしそうだ。
しかし、リリィには丁度良かった。
「本当に感情がすり減っていたら、そうはなりませんよ」
「……」
「感情と言うのが一番現れるのは、やはり心臓です、他は訓練すれば良いですが、やはり、心臓は難しい物です、しかし……私のは」
「あ」
リリィはシルフィの手を取り、自分の胸で挟み、奥の方に当てる。
鼓動は無く、少し熱がこもっている程度。
ドライヴは人工血液を巡らせるためのポンプの役割があっても、心臓のように鼓動はしない。
だからこそ、本当に動揺しているのか解り辛い。
「私だって、恥ずかしいと思っても、鼓動は早まりません、今なら顔が赤くなると言った事は有りますが、私には、このドキドキが無い、そのせいで、本当に感情が芽生えたのか不安になる事だってあります」
「……ご、ゴメン、勝手な事言っちゃって」
「大丈夫です、むしろ、よく今まで我慢しましたね」
先ほどのシルフィの症状は、戦争帰りの人間が起こすパニックに似ていた。
そう考えると、理性を維持できずに、自分勝手な事を言っても仕方がない。
むしろ、よく今まで発作を起こさなかったと言える。
「それに、私は貴女のおかげで、私はこうして、感情を芽生えさせられました、なら、貴女の感情が本当に死んでしまった時は、私が必ず治します、だから、安心してください」
「リリィ……」
シルフィは、リリィの事を力いっぱい抱きしめた。
零れ落ちる涙は、シルフィの感情をリリィに伝える。
「(……何が来ようと、必ず守る、彼女の命だけじゃない、感情も、私が、私達が守る)」
この先に何が有るのか、それはまだ解らない。
だが、何があっても、リリィはシルフィを守る事を決めた。
決意を固めたリリィと一緒に、シルフィは起き上がる。
「……ん、ありがと、元気出た」
「はい、どういたしまして」
わずかに残った涙をぬぐいながら、シルフィは笑顔を浮かべる。
その顔に、リリィはほほ笑む。
無理な笑みではなく、ちゃんとした笑顔だ。
「(マリーも言っていたが、やっぱり、シルフィの笑顔は良いな)」
シルフィの笑顔を見ていると、リリィは思わず、またキスをしてしまった。
――――――
リリィ達が惚気ている最中。
軌道エレベーターに隣接する、宇宙ステーションにて。
エーラはまとめた情報を持って、七美と共に使用する為の宇宙船を目指していた。
「……それ、本当なのか?」
「ああ、早いとこ、少佐達に伝えないとな」
軌道エレベーターは、地上から大気圏外をつなぐ、巨大なエレベーター。
いちいちロケットを飛ばす必要も無く、より低コストで宇宙へ行ける施設だ。
以前はこの後で、軍用の艦船に乗り、長時間かけて移動していた。
今や旧連邦政府が作り出したリングのおかげで、交通が遥かに楽になった。
だが、まだ一般的に使用はされておらず、新政府によって厳しく取り締まっている。
「けど、リングの使用の許可は出てるのか?」
「勿論だ、イキシアに話を通したら、使わせてくれるように手配してくれた」
「そうか、流石准将様」
取り締まりの方は、准将へと昇進したイキシアの手配で、使用の許可が出た。
何しろ、割と緊急事態でもあるのだ。
遅かった、何て事にならないように、エーラは急ぐ。
「(こういう時、無重力は助かる)」
普通に歩いていたら、途中で息切れを起こしていただろう。
しかし、ステーション内は基本的に無重力。
三年近く宇宙で過ごしていたおかげで、素早く動けている。
「……お、あれか?」
「みたいだな」
急いでいると、プラカードを掲げる人間を見つけた。
カードには、ストレンジャーズ御一行と書かれている。
おかげで案内人と確定できたため、その人の元へと駆け寄る。
「あんた、准将の言っていた案内役か?」
「あ、エーラ技術士官様ですか?」
「ああ……どうやら、時間通りに着けたみたいだな」
腕時計で時間を確認したエーラは、目を鋭くする。
案内役の人を急かす訳ではないが、急いでほしい気持ちは強い。
「……頼むぞ」
「は、はい」
無自覚に出てしまっている威圧に、案内役の人はすっかり押されてしまう。
彼女の後を追いながら、エーラはまとめた内容を思い出す。
「……」
「何が解ったんだ?」
「色々だ、何でジャックがあんな物を持っていたのかも、な」
「……」
今までに無い表情を浮かべるエーラの後を追いながら、七美も気を引き締めて行く。




