第二話 脱走
同日、シルフィの住まう里に設けられている地下牢。
不衛生で、毒虫や蜘蛛などが沸いている劣悪な環境に、リリィは全裸で捕らえられていた。
「(初戦闘カットされた!?そして、どうしてこうなった)」
アンドロイド兵たちを退け、エルフ達を助けたはいいが、頭の固いエルフたちは、彼女の事を捕らえ、拷問の末に、身ぐるみを剥ぎ、この地下牢へと放り込んだのである。
しかも図々しいことに、早々にリタイアしていたチームリーダーは、自分たちだけでも勝てていた、なんて見栄も張っていた。
と言うより、張らなければ、人間に助けられる、という不名誉極まりない烙印を押されてしまうので、そうせざるを得なかった、と言った方が良いかもしれない。
収監されている中で、リリィは昼間の戦闘を振り返っていた。
彼女たちの前に立ちはだかっていたのは、連邦側の第四世代型アンドロイドの高機動仕様、リリィと同様に、肉体を人工皮膚や人工筋肉で構成されたモデルだ。
一世代分の性能差を見せつけ、一瞬にして四機を撃破したが、この戦闘は余計に疑問が浮上する結果に成った。
彼ら第四世代型も、ビーム兵器を使えないことは無いが、成層圏まで狙い撃つぜ、的なことまではできない、あれはもっと強力な個体が行ったことだ
しかも、彼らは連邦軍仕様、なぜこんなところで展開していたのか、宇宙艇を破壊した真犯人はだれなのか、疑問は深まるばかりであった。
宇宙開発では、リリィの属しているナーダの方が、一日の長があり、数年前の戦闘で、一部のデータが連邦に漏出してしまったとはいえ、リリィよりも早く異世界へ辿りつくことは難しい。
仮に連邦が既にここに到着しているというのであれば、斥候として送られてくるのは、もっと凶悪な存在の筈。
わざわざ高い運用コストを持っている高機動モデルが、土地勘も無い場所に送り込むとも考えられない。
データを取り出そうと、接触したときにハッキングを試みたが、それらしいデータは見つからず、義体を調べようにも、撃破後、瞬時にナノマシンが、義体を蒸発させてしまった。
おかげ、リリィは何の情報も得ることができなかった。
「(考えても仕方がない、明日には晒し首にされかねないし、今はここから脱出する事が先決だな)」
脱出の為に、リリィは演算を開始する。
先ず問題なのが、今の彼女は、民間人に手を出すことが許されない、セーフ状態であるという事だ。
民間人であるかの区別は、軍人に投与されているナノマシンで判別をしている、その反応が無ければ、たとえ武器を持っていても、民間人や武装市民として扱われ、『直接』手を下すことは許されていない。
専守防衛や正当防衛などといった行為も、指揮権限を持つ人間が居なければ、デコピン一発たりとも許されないのだ。
次に武装、位置情報は把握しているので、こちらは問題ない、後は如何やってこの檻から出るか、である。
石造りの壁や天井、木造の格子戸、人工筋肉で油圧以上のパワーを出せるアリサにとっては、豆腐とプリッツでできた檻だ。
――同時刻、地下牢の有る施設の外
「……ここまで来たら、もう、引き下がれないよね」
迷彩柄のマントに身を包んだシルフィが、施設のすぐそばにある大木に乗り、警備の動きを確認し、リリィを助け出すためのプランを実行しようとしていた。
リリィの収監されているのは、議事堂と呼ばれ、里の重鎮たちやが集い、会議などを行うための施設。
先ほどまで裁判や会議が行われていたこともあり、当然警備は厳重なものとなっている。
もしもリリィを助け出したら、シルフィは逆賊として扱われ、捕まった場合、容赦なく斬首となってしまうだろうけど、彼女には、そのリスクを冒すだけの理由がある。
シルフィの父親であり、師匠のジョニー、五年前に理不尽な理由で、里の連中に殺されてから、こんな里とは早々にお別れし、生き別れてしまった妹と再開し、森の外を冒険したい。
そう思って、生きていた。
だけど、森から出た事が無いという恐怖心から、今まで行動に移せていなかったが、リリィの存在が、彼女の心にきっかけをもたらした。
救助と称して、丸太を投げつけてくるという、最悪な第一印象であったが、今まで待ち続けていたきっかけが、変化が、彼女の身に降り注いだ。
今だからこそ、外に出ることができると、直感的に感じていた。
「お父さん、私に、力を……」
意を決したシルフィは、施設へと侵入していく。
幼少のころから、父親から教わってきた潜入の為の技術、気配を殺し、決して敵に姿を見られず、建物に潜入する。
戦闘は最小限、本当に最後の手段、これを心掛ける。
そして、シルフィは狩人に成ったばかりの頃を思い返す。
議事堂内の構造、取り上げた装備の扱い、そして、何処に投獄されるのか、研修時代にしっかりと覚えた事だ。
人間を捕まえた場合、取り上げた装備を、どのように使うのか決めるまで、議事堂の倉庫に保管されていることも、その倉庫がどこにあるのかも、しっかりと覚えている。
「(まずはあの子の装備を回収だ、きっと、今は装備を取り上げられて丸腰の筈)」
そう考え、倉庫を目指して行くと、いいタイミングで、この議事堂の警備をしているエルフが、ガチャガチャと音を立てる木箱を持って、倉庫へと向かっているところを見つける。
このまま無力化してもいいかもしれないが、それでは、万が一ここを通りかかったエルフに発見され、警備を強化されては、せっかくここまで、気づかれなかったのに、全てが台無しになる。
こそこそと、リリィの装備を運ぶエルフを尾行していき、もうじき倉庫にたどり着く、というところで事件は起こる。
ドゴォン!!
「ギャァァ!!?」
装備を運んでいたエルフが踏んでいた床が、突如爆散、それに巻き込まれたエルフは、盛大にすっ転び、床に後頭部を強打し、気絶してしまう。
「ふぅ、何とか成功したか」
そして、瓦礫の中から、蒼髪で全裸のリリィが姿を現す。
檻を破壊し、天井や壁を破壊し、ついにここまでたどり着き、装備を取り戻すことに成功したのであった。
装備を取り付ける彼女を見るシルフィは、内心ご立腹に成りながら、装備を取り付けているリリィの元へと近寄り、リリィの肩に、手を勢いよく叩きつける。
「おや、何故貴女がこのような場所に?」
「そんな事より……何でかい音立ててるの!?せっかくここまで気づかれずに来れたのに!」
「申し訳ございません、装備奪還の為に、やむを得ず、天井を破壊するという強行に及んでしまいました、現在は、一般市民に直接手を下す事が出来なかったので……」
「強行すぎでしょ!もう少し静かにやろうとは思わないの!?」
「一理ありますが、まぁ、見つかっても、倒せば結果的に見つからなかった事になりますよ」
先ほど、一般市民には手を出してはいけない事に成っている、などと言っていたのに、倒して無かった事にするという、脳筋な発言に、シルフィは頭を抱えてしまう。
「……ちょっと待って、さっき一般市民には、手を出さないって、言ってたけど、この人は一般人に入って無いの?」
「入っていますよ」
「入ってんのかよ!?」
「直接です、直接やってはいけないだけです、私がぶち抜いた天井の上に、たまたま彼が居た、というだけです、事故です、不可抗力です」
「暴論すぎるでしょ!」
二人が喧嘩していると、先ほどの爆音を聞きつけたのか、シルフィがでかい声で突っ込んでしまった、と言うことも起因したのか、沢山の足音が、どんどん二人の元へと接近しているのを認識する。
「ヤバ!でかい声出しすぎた!」
「その声もでかいです」
「もとはと言えばあんたのせいでしょ!あ、この声もでかい!」
そうこうしているうちに、二人のいる場所へと、ぞろぞろと警備兵たちがやってくる。
完全に計画が瓦解していくことに、頭を抱えてしまうが、リリィは、まるでその程度の事は当たり前であるかのように、冷静でいる、と言うか、ガイノイドの彼女には、焦るという概念が無い。
「居たぞ、あそこだ!」
「異端児も一緒だ!」
「もう、せっかく脱出経路確保したり、ばれないような時間帯選んだのに、如何するの?」
「まぁ、経路ならここにありますから」
「え、ちょっと!!」
シルフィを連れたリリィは、ぶち抜いた床から下の階へと逃げ、外への最短ルートを進む、と言うか、外への距離が近い方へと、直進していく、壁をぶち抜きながら。
その度に議事堂中に爆音のようなものが響き渡る。
もう大声上げながら全裸で徘徊していた方が、まだ目立たないかもしれない。
「ちょっと、あんた逃げる気有るの!?こんなの自分の居場所大声で伝えてるようなものでしょ!」
「いいから、付いてきてください、貴女には、色々と聞きたい事があるので」
「聞きたいこと?」
「それは、また後の機会に」
最後の壁を破壊し、外の景色があらわとなる。
普通であれば普通であれば、此処で一旦止まるのだろうが、リリィは一切足を止めることはなく、シルフィを抱えたまま、議事堂の外へと飛び出す。
そのまま木を伝っていき、そのまま里の外へと走り去っていく。
二人を追っていた警備兵たちは、まさかこんなにもダイナミックに脱走する。
という事まで予想しておらず、魔法を放つことも、弓を放つことも、完全に忘れてしまっていた。
結果、二人は脱出することに成功し、枝伝いに移動すること数時間、追っ手を振り切ることに成功したが、アンドロイドのリリィと違い、シルフィは生身、やはり少しバテ気味であった。
「はぁ、はぁ、こんな距離、訓練の時でも走らなかったよ」
「まぁ、無理をしてもよくはありませんよね、では、体力が回復するまでの間、お話をいたしましょう」
その言葉に安堵したシルフィは、木から飛び降りてすぐに座り込み、マントを座布団代わりにして、一息つき始める。
「ふぅ、ところで、話って何?」
呑気に疑問を振りかけるが、完全に油断しきっているシルフィは、いつの間にか接近し、抜刀していたリリィに気付かなかった。
ブレードを振るい、器用にシルフィの着用している衣服だけを切り裂いた。
「え?」
そして、刀身がシルフィの首元にあてられ、ついに質問が放たれる。
「なぜ、貴女が、そのようなものを身に着けているのですか?」
シルフィが着用している服、その下に着こまれていたのは、この異世界に存在するはずのない、アリサとデザインの似通っている。
黒い戦闘スーツだった。