スレイヤー 前編
カルミアの町の外れ。
ザラムは、自宅の工房で作業に勤しんでいた。
刀自体は完成しているが、最後の工程を行っている。
「……」
完成した二振りのむき身の刀と、隣に並べられる専用の鞘。
刀身から何から何まで、全てがザラムの手による物。
それらを前にして、ザラムは座禅を組み、念仏のような物を唱えていく。
同時に、自らの魔力を使って加工を行う。
この作業を行う事数時間。
日が昇り、昼に差し掛かる頃。
作業は完了し、閉じていた目を開く。
「……客か」
客人の気配を感じたザラムは立ち上がり、お茶の用意を始める。
気配がたどり着く前に、ザラムは用意を終える。
そして、客人が戸に手をかける前に、ザラムは戸を開ける。
「ッ!」
「……少し、鈍ったか?」
ザラムの家を訪れたのは、手土産を片手に持った少佐。
どうやら、気配を殺して来たつもりだったようだが、ザラムには効果が無かったようだ。
驚きを上げる少佐だが、その顔に笑みを浮かべる。
「そのようです、私も、歳のようで」
ほほ笑んだザラムは、少佐を家へ上げる。
その際、少佐はザラムの古民家に目をやる。
囲炉裏等の和風で古風な内装で、電子機器の類は見当たらない。
黒電話さえ無く、連絡手段も伝書鳩や矢文、伝言位だ。
「しかし、人嫌いと機械嫌いは、相変わらずのようで」
「ああ、ハイカラな物は、身体に合わん……遠慮せず座れ、今のお主は、ただの客だ」
「はい、お言葉に甘えて……それと、こちらはお土産です」
「ありがとうな」
ザラムの許可を得て、少佐は囲炉裏の前に座る。
その姿を横目に、ザラムは予め用意しておいたお茶を出す。
「ほれ、申し訳ないな、紅茶は無くてな」
「いえ、貴方にお茶を入れていただけるだけで、光栄の限りです」
茶菓子と一緒にだされたお茶を、少佐はゆるりと楽しむ。
茶葉は、以前シルフィが持って来た玉露。
紅茶とはまた異なる香りと風味に、少佐は笑みを浮かべる。
「……それで、今日はなんのようだ?」
「あ、いえ、最近、リリィの刀を仕上げているとお聞きしまして、様子を見に」
「ああ、それなら、もう完成している、明日にでも、アイツを呼ぶつもりだ」
「そうでしたか」
少佐がわざわざ足を運んだ理由を聞いたザラムは、お茶をすすりながら考えこむ。
歳のせいか、最近記憶が曖昧になっているが、少佐を前にすると、よく思い出せる事が有る。
それは、まだ少佐が若い頃の姿。
当時の少佐は、まだ士官とは程遠い場所に居たが、随分と出世した物だ。
「ところで、リリィはどうでしょうか?ジャックよりは、大分マジメだと思いますが」
「……ああ、確かに、紅蓮よりは手がかからないが、少々頭が固いようだ」
「成程」
「しかし、機械ではなく、本当に少女と居る気がして仕方が無かったな、やれやれ、技術の進歩とは、恐ろしい物だ」
少佐の過去の姿も思い出すが、リリィとの修行生活も印象深い。
七美のようにマジメで、手がかからない印象だった。
聞き訳もよく、吸収するべき点は、しっかりと吸収している。
それに、人間関係には淡白であるが、受け答えはしっかりとしていた。
機械を使わず、自分から学ぶ。
本当に人間と接しているようだった。
その話には、少佐も頷く。
「確かに、私も接していると、アンドロイドであるという事を忘れそうになります……姿形が似ていると、余計です」
「ああ、そうだな」
少佐の秘書であるチハル達も、アンドロイドである事に変わりは無い。
しかし、彼女達の場合は、リリィ達と異なり、首から下は完全に機械となっている。
彼女達は、私生活では服を着ているが、勤務中は全裸。
アンドロイドである事を容易に認識できるが、リリィの場合は生体パーツに包まれている。
服の下は生身の女性と変わらず、常に軍服や戦闘服を着ており、本当に人間と大差ない。
おかげで、時々アンドロイドである事を忘れてしまう。
「……人間を、正規の手順を踏まずに生み出せる……成程、アイツらがゴチャゴチャと言いたい気持ちも、良く解る」
この話をしていると、ザラムが思い出すのは、連邦の兵士達が言っていた言葉。
ザラムも戦場に顔を出していただけに、ちょくちょく耳に入れていた。
その事を考えながら、リリィの事を考えると、不気味さを感じてしまう。
「アイツらには悪いが、不気味、嫌悪……そう言った感情が産まれてしまうな」
ザラムが思い浮かべるのは、和服を着た日本人形が動く姿。
あえて例えるのなら、リリィ達は怪談に出て来るような動く和風の人形。
多少の嫌悪感と恐怖が産まれてしまう。
だが、そんな話しでも、二人には笑い話だった。
「が、そんな物は初めて他種族を目の当たりにすれば、当然の反応じゃな」
「ええ、そうですね、私も、初めて鬼人を見た時は、ドキっとしました」
他種族を前にした時、多少の嫌悪や畏怖を感じることは珍しくない。
特に獣人のように、通常の人間との差異が大きい種族は、そのような感想を受けやすい。
リリィ達アンドロイドも、それに近い反応と言える。
その話を肴にしながら、二人はお茶をすする。
「初めて鬼人を見た時、か……貴様も出世したものだ、あの鼻垂れのやんちゃ坊主が」
「ッ、い、いえ、それも貴方の教えの賜物です」
ザラムが不意に思い出したのは、過去の少佐。
その当時の少佐は、とても士官と呼べるほどの身分ではないゴロツキだった。
だが、ザラムの元で修業を積み、今の地位へと上り詰めたのだ。
経緯を思い出すザラムだったが、残念そうな顔となってしまう。
「……だが、惜しいな、お主であれば、リリィと同等にはなっただろうに」
「はい、ですが、仕方ありません、当時は再生治療技術も、未発達でしたから……」
同じくしょげてしまった少佐は、利き手の袖をまくる。
その腕には、古傷が痛々しく残っている。
ジャック達が部隊に入る前に負い、筋をやられてしまったのだ。
以前はジャックに負けず劣らずの剣の使い手だったが、この傷のせいで後方に下がった。
「二代目スレイヤーの座は、とても短い物でした」
「しかし、その名に恥じぬ戦績であったのは、聞き及んでいる」
「それでも、私は貴方には及ばなかった、故に、この腕に傷を負ってしまった」
かつて少佐は、ザラムの代わりとして、二代目のスレイヤーを務めていた。
しかし、当時は再生治療を行える程、医術や技術が発展していなかった
おかげで握力は落ち、前線から身を引く事に成ったのだ。
それでも、ジャック達には負けない戦果を残している。
その頃はまだストレンジャーズは無く、スレイヤーの扱いは酷い物だった。
「……いかに腕を上げても、お主らの役目は、最前線で敵の露払いを行う事……一人では限界がある、やはり、助けが必要だった」
スレイヤーの高い戦闘力を活かすために、たった一人で敵陣へ切り込む。
そう言った戦術が多く使われ、少佐は毎度死ぬ思いだった。
少佐は次の世代のスレイヤーに、重荷を背負わせないよう、随伴する特殊部隊を創設した。
「ええ、それで創り上げたのが、ストレンジャーズです」
「おかげで、三代目は長く戦えた……それで、四代目は誰にする気だ?」
「……」
ザラムからの質問に、少佐は少し間を置く。
四代目の有力候補は、ドレイクだった。
しかし、今や彼以上に務まると思える人物が入隊した。
「やはり、リリィ達を推薦したい所です、彼女が望むのなら、ジャックと同じ地位を」
「そうか……アヤツが、納得してくれると良いが……」
予想通りの名に、ザラムは不安そうにお茶を飲む。
何しろ、リリィはシルフィ以外の事に興味が薄い。
実際、正式に加入し、少尉の座を貰っているが、それ以上を望む様子が無い。
と言うより、ジャックと同じ事が出来るかどうか、その事を考えて自己嫌悪に陥る事も有る。
それらを踏まえると、やはりドレイクに四代目を任せるべきかもしれない。
そんな考えが、二人の中を錯綜した。
「他の姉妹はどうじゃ?」
「考えてはみましたが……」
リリィ以外の姉妹を提案したザラムだが、少佐は難しい顔を浮かべてしまった。
先ず、カルミアは政治関連の仕事についてしまい、スレイヤーとしての活動は不可能。
イベリスの方も、砲兵隊との支援任務をメインに活動したいと、本人から希望をだされた。
残るは、デュラウスとヘリアンだ。
「何か、問題が有るのか?」
「う~む、現時点で、候補に挙がっているのは、デュラウスと、ヘリアンですね……デュラウスは切り込み隊長としての気概が有ります、ヘリアンも、姉妹の中では頭がキレる方ですが……最後に決まるのは、本人の承諾です」
「……あの二人が、断ると?」
難しい顔で放たれた言葉に、少佐は静かにうなずく。
デュラウスとヘリアンは、十分スレイヤーとしての責務を全うしてくれるだろう。
だが、浮かんでしまうのは、リリィにその座を譲る姿だ。
二人共、傲慢に見えて、リリィとの間に如何ともしがたい実力差がある事を自覚している。
聞いてみない事にははっきりしないが、悪い予想ばかりが浮かんでくる。
「ですが、忘れてはいけないのが、あの姉妹共はジャック同様、前線に立ち、指揮をする将校としても、敵を葬る兵士としても優秀です」
「そうか……しかし……」
少佐の話を聞き、ザラムはうつむく。
確かに、部隊としてスレイヤーと共に戦う以上、先頭に立って指揮を執る必要がある。
部隊を指揮する将校として、多くの敵を打ち取れるエースとして、最前線に立つ。
それが、今のスレイヤーの最低条件となってしまった。
その事に、どうしても悲しさが出てしまう。
「スレイヤァの、本来の役割、覚えておるか?」
「ッ……はい、ですが、今の体制になってからは、すっかり」
慣れない横文字を使ったザラムは、かつて少佐に説いた事を聞いた。
正確には、少佐と、ジャック、そして、七美に教えた事。
スレイヤーの本来の役割だ。
「……世を乱す悪鬼を討ち、善なる者を栄えさせる、故に」
「スレイヤーが殺すのは、人の争いその物」
今では、ただの名誉勲章のようになっているが、かつては、争いを無くす象徴だった。
だが、その強すぎる力のせいで、連邦政府から強力な武器としてしか、認識されなくなってしまった。
身内であるストレンジャーズからも、スレイヤーとは、エースに向けられる称号のように浸透している節もある。
「そうだ、どんなに矛盾を孕もうと、それが、我々の役目じゃ」
「はい」
「……」
少佐の返事を聞き、ザラムは天井を見上げる。
最近、不意に考えることが有る。
もはや、スレイヤーのような存在は、不要なのではないのかと。
後を継がせる事ばかりを考えて来たが、もう必要が無いと思えてしまう。
「……如何か、されましたか?」
「……なに……ただ、もう、終わりにしようと思ってな」
少佐に心配されながら、ザラムは心の内を明かした。
口にするのは、とても心苦しかった。
何しろ、このスレイヤーと言う存在自体、ザラムが言い出した事。
それを、本人の口から、終わらせよう等と言っているのだ。
「そう、ですが」
「……解って、くれるか」
しかし、少佐はザラムの考えを肯定しながら目を閉じた。
その目を開いた少佐は、更に続ける。
「はい、ですが、直近の課題を片付ける必要があります」
「……そうであったな」
だが、今はその考えを受け入れる時ではない。
直近の課題として、ルドベキアの事を探しださなければならないのだ。
ルシーラの立てた仮説が本当であった場合、彼女の事は無視できない。
「今お主らが見つけようとしている者を倒した後、彼女達には、自由に、己の意思で、守りたい物を守り、生きて欲しい、こんな老いぼれの考えに、縛られる必要など、彼女達には無い」
優しい笑みを浮かべながら、ザラムは少佐に考えを伝えた。
他者の考えに縛られ、生きるより、自分の考えと意思で、生きて欲しい。
「(次の戦いが大きければ、このワシが、終わらせよう)」
残りのお茶を飲み干したザラムは、一つの決意を固めた。
――――――
その日の夜。
お茶を飲み終えた少佐は、ザラムの家を出る事にした。
玄関先で、二人は再び話を始める。
「本日は、お邪魔しました」
「いや、好きな時に来い……しかし、よいのか?この辺りは、我々の世界と違い、魔物が出るぞ?」
「護身程度なら、まだできますぞ」
月明かりに照らされて、視界は良いのだが、この世界は魔物であふれている。
当然、この森も例外ではない。
特に夜中は、魔物の動きも活発になるので、出歩くのは夜警中の兵士位だ。
「……いや、心配じゃ、途中まで送ろう」
「い、いえ、そんなお手を煩わせるような事は」
「なに、気にするな」
「しかし……」
とまどいながらも、少佐はザラムの提案を受け入れた。
こんな事を言うなんて、彼らしくも無いが、最近はどうも丸くなっている気がして仕方がない。
町の近くまで送るべく、ザラムは少佐と共に夜の森を歩く。
「……」
「……」
無言の中、二人は森の中を進む。
虫や小動物が動き、木の葉や草がこすれる環境音。
向こうの世界では、すっかりそのような自然は減ってしまったが、ここではまだ健在だ。
それらを耳にしながら、新鮮な空気を肺に貯める。
「変わられましたな」
「そうかの?」
「はい、以前であれば、用が済んだのなら、さっさと帰れ、と言う見送りでした」
「……そうじゃったかの」
杖をつきながら歩くザラムは、自分を振り返る。
確かに、以前であれば家の前までで、客人はすぐに返していた。
だが、今は町の近くまで送る何て事をしている。
「……あいつ等のおかげかの」
「そうかもしれません……彼女達と関わってからでしょう、そのような老人の姿となったのは」
変わった心当たりが有るとすれば、ジャック達との関りだ。
彼女達と繋がり合い、触れ合ってきた事で、ザラムを変えた。
少佐の知るザラムは、今のような優しさを持っていても、どこか棘が有った。
生への執着も、これと言って無く、少佐とジャックに後を任せ、さっさと骨をうずめるつもりだった。
それが、わざわざ老人になってまで、延命しようとしている。
「……認めたくは、無い物だ」
「ですが、事実です」
「(確かに、アイツらと過ごすのは、楽しいものだったな)」
走馬灯のように、ザラムはジャック達と過ごした日々を思い返す。
無駄に明るい性格だったせいか、近くにいると、変に影響されてしまった。
「……さぁ、着いたぞ」
「おっと……では、私はこれで、お見送り、感謝いたします」
「ああ、それと、リリィに言伝を……刀ができた、出来るだけ、早く来い」
「はい、承知しました」
リリィへの伝言を言ったザラムは、夜の森へと消えていった。
そして、少佐は彼に手を振ると、町の中へ入って行く。
「(できるだけ、か)」
ザラムの言葉に、少佐は少し引っ掛かった。
言葉の意味を考えながら町へ入り、帰宅していく。




