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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
スイートピー編
298/343

ある日の日常 後編

 カルミアの町。

 連邦を追放されたストレンジャーズ達が、決起をするべく作り出した町。

 最初は自給自足のための畑や、訓練を行うための駐屯地があるだけの、簡素な場所だった。

 その後、アラクネや葵達の援助が有り、志願してくれた魔物や冒険者達を受け入れて来た。

 しばらくすれば、魔物によって村を追われた難民まで受け入れるようになり、いつの間にか町となってしまった。

 今ではイリス王国の一部として認められ、カルミアの仕事が倍増した。


「……お、終わらん……基本アナログだから、全部手作業だし……デジタルが恋しい」

「だね」


 何時もの小柄な義体を執務室の机に倒しながら、カルミアは書類の山に埋もれていた。

 レッドクラウンが補佐をしているとは言え、量が途方もない。

 大量の羊皮紙に囲まれ、すっかり気を落としてしまっていた。

 デジタル化が進んでいれば、もう少し楽に進んだかもしれないが、そこまで手が回っていなかった。


「てか、何でお前はそんな楽しそうなんだよ」


 義体を伸ばしながら、カルミアは楽しそうに筆を走らせるレッドクラウンを見た。

 この五年間、補佐をしている間、ずっと楽しそうにしている。


「だって、こうやって戦闘以外でカルミアと仕事できるの、僕すっごく憧れてたから」

「そうかよ」


 ずっと格納庫で突っ立てるままで、仕事は訓練か戦闘のみ。

 そんな人生だった彼女にとって、こうして執務を行えるのは、新鮮な事なのだ。


「(ルシーラには、感謝だな)」


 内心感謝しながら、カルミアは仕事を続ける。

 受け入れた子供達が通う、学校の予算。

 軍に配備予定の兵器の内容。

 色々な書類を片付けていく。


 ――――――


 その頃、町の軍事基地にて。

 書類を携えたプラムは、ドレイクの元へと足を運んでいた。


「大尉、頼まれていた書類をお持ちしました」

「ああ、ありがとう、そこに置いておいてくれ」


 敬礼したプラムは、言われた場所に書類を置き、自分もデスクにつく。

 そして、自身の仕事をこなしてく。


「……」

「……」


 二人共マジメに作業をしているせいで、事務所からは作業音しか聞こえてこない。

 おかげで、一緒に仕事をしているメンバーは、気が重くて仕方が無かった。

 そんな中で、ドレイクは隣に座るプラムに話しかけだす。


「……先ほどから、私を見ているな」

「……いえ、そんな事はありません」


 作業する手を止めず、二人は暗めに話をした。

 しかし、ドレイクとしては、チラチラと見て来るプラムが気になって仕方がない。

 本人は否定しているが、視線だけ何度かドレイクへ向いている。


「……明らかにこちらを見られている気がするのだが?」

「いえ、大尉が自意識過剰なだけです」


 もとより喋る方では無い二人という事も有り、会話は最低限。

 おかげで、空気の重さが一層増してしまう。

 周りの士官も、徐々に耐えられなくなってきている。


「……質問を変える……何故ここに入った?」

「……知りたかったんです、貴方達が、何の為に戦っていたのか」

「で、答えは見つかったか?」

「いえ、大義も正義も無く戦う、私には、まだそれが解らない」

「そうか……なら、三日後、空いているか?」

「……はい」


 表情筋を一切動かさない、二人の会話。

 一瞬だけ二人の方がアンドロイドではないかと、周囲の人間は思った。


 ――――――


 三日後。

 ドレイクとプラムは、一緒に町を歩いていた。

 二人共、オシャレはしておらず、普段着で並んでいるが、無表情で歩いている。

 傍から見れば、たまたま並んだ二人が、気にせずに歩いているようにしか見えない。


「……それで、今日は何故?」

「ああ、それより……ここは、良い場所だ……空気が美味い」


 深呼吸したドレイクは、一切汚染されていない空気に感心した。

 エーテル技術が発展したとはいえ、向こうではまだ、環境問題は完全に解決しきれていない。

 それだけに、こう言った空気はとても嬉しい。

 しかし、プラムは共感できなかった。


「そう言った感性は、捨てたつもりです……戦士には必要ありません」

「……私も、かつてはそう思った……こうして身体を改造したのも、余計な物を捨てる為だった」


 プラムの発言は、ドレイクも共感できる事だった。

 戦う上で、余計な感情に捕らわれては意味がない。

 そう考えたドレイクは、脳以外を機械に置き換えるつもりだった。

 当時の事を思い出すドレイクの脳裏をよぎったのは、ジャックの姿。


「彼女を守りたかった、どん底から、私を救い出してくれた、あの人を」

「……わかります、私も、あの方を守りたかった」


 ドレイクの言葉に共感したプラムが思い出したのは、ザイームの姿。

 今の彼は、システムという監獄に捕らえられ、汚れた過去の清算を行っている。

 その男の過去がどうであれ、プラムには救われた恩があった。

 だからこそ、ザイームについていく事こそが大義であり、正義だと信じて疑わなかった。

 同じ過去を持つように思われる二人だが、違うのは扱われ方だった。


「……だが、あの人は、つまらない生き方をするなと、私に言った……戦士である以前に、人として生きろと」

「人として、ですか……」


 話を続けていると、二人はいつの間にか公園へと辿り付いていた。

 丁度良かったので、休憩のために、二人はベンチを見つける。

 ベンチの前で、ドレイクは辺りを見渡し、自販機を発見する。


「……何か飲みたい物は有るか?」

「では、ミネラルウォーターを」

「わかった、買って来る、座って待ってろ」


 ドレイクが自販機に向かっている姿を見送りながら、プラムはベンチに座る。

 強化を受けているとは言え、疲労は感じる。

 その疲労を取るように、足をもみほぐす。


「……ん?」


 数時間町をぶらついた疲れを取っていると、プラムの耳に無邪気な声が入り込む。


「あれは」


 声のする方を向くと、町の子供達がサッカーを楽しむ姿が入り込む。

 労力になるならば、子連れだろうと手あたり次第に受け入れた結果、子供まで増えていた。

 今では学校なんかも作られる位に、子供の数が増えている。

 彼らの遊ぶサッカーは、町が落ち着いて来た頃に、数名の兵士が子供達に教えた物。


「(そう言えば、子供があんな風に無邪気な所、昔は見る事無かったな)」


 スラムに居た頃、自分も含め、子供達は今を生きるだけで精いっぱいだった。

 だから、目の前の子供達のように、無邪気に遊ぶ機会何て、滅多になかった。

 だが、この町では、獣人だろうと人間だろうと、種族間の事さえ関係なく遊んでいる。


「……大義のためとは言え、私達は、これを壊そうとしたのか」


 ボソッと呟いた言葉で、プラムは複雑な気持ちとなった。

 五年前、仮にこの町を落とす事が出来たとしても、こうして平穏に生きている子供達の命さえ、奪う所だった。

 だが、それは戦争では当然の事。

 敗戦した国の住民の平穏は、戦後の混乱が終わるまで夢の話だ。

 酷い場合は、隷属される事だってある。


「……」


 カルミア達であれば、この町の住民を守りたい。

 そんな気持ちが有っても、不思議ではない。

 ドレイクのように、この町とは関わって者達が戦う理由。

 色々と思いつく所は有るが、真意はまだ解らない。

 視線を落とし、悩むプラムの首筋に、急に冷やりとした感覚が襲う。


「きゃっ!」

「……如何した?浮かない顔をしていたが」


 感覚の犯人は、ドレイクが買ってきたペットボトル。

 思わず驚いたプラムは、顔を赤くしながら水を受け取る。


「いえ、どうも」

「……ならいい」


 水を手渡したドレイクは、プラムの前で、購入した缶コーヒーを開ける。

 その時だった。

 子供達の悲鳴にも似た声が公園に響く。


「ッ、大尉!」

「ん?」


 缶を傾けながら振り向いたドレイクの視線の先に映るのは、子供が誤って放ったボール。

 それを見るなり、ドレイクはボールを胸で上に弾く。


「ふ」


 そして、慣れた足さばきで、ボールを手に取る。

 プロ並みのリフティング姿に、プラムは目を丸める。


「……サッカー、お上手なんですね」

「いや、軍の仲間内で、親睦会としてスポーツをやる事があった、それだけだ」

「は、はぁ……」


 ドレイクの言葉に、プラムは息を飲んだ。

 ストレンジャーズに配属されてから、薄々感じていたが、この部隊はかなり自由だ。

 まだ世界がバラバラだった頃、各国の合同演習の際、親睦会でスポーツを行う事は有った。

 その事は、プラムも知識として知っている。

 だが、ヴァルキリー隊では、スポーツを仲間とやる、という事は無かった。

 文化の違いを目の当たりにするようなプラム達の前に、ボールを蹴った子供達がやって来る。


「ごめんなさい!そのボール、僕達のです!」

「そうか、次からは気を付けろよ」

「は、はい」


 謝る子供達に、ドレイクはボールを返した。

 ドレイクの無表情のせいか、子供達は怯えてしまう。

 怒っているように見えて仕方ないが、本人にその自覚が無いのが致命的だった。


「……ところで、そっちの部隊では、サッカーやバスケをやる事は無かったのか?」

「はい、基本、訓練して、食事をして、シャワーを浴びて、寝る、それだけです」

「……先任の大尉が聞いたら、発狂するな」


 プラムの発言を聞いて、ドレイクは真っ先に、嫌だと言いながら暴れるジャックの姿が浮かんだ。

 仮に彼女がヴァルキリー隊に配属されていたら、猛反発していただろう。

 ほとんど刑務所と変わらないような環境、いや、刑務所の方がマシかもしれない。

 そんな場所に居れば、スポーツの経験は薄いだろう。


「まさか、サッカーとかやった事ないのか?」

「……」


 ドレイクの質問に、プラムは顔を赤くしながらそっぽを向いた。

 その反応のせいか、まだ近くに居た子供達も反応する。


「お姉さん、こっちの人なの?」

「いえ、私は、向こうから来た者です」

「ええ!お姉さん、向こうの人なのにサッカーやった事ないの!?」

「は、はい」

「へ~、これ教えてくれた人、みんなやった事有るって言ってたのに」

「それは人による、地域や生まれによっては、やった事の無い奴もいるんだ、俺も向こうの人間だが、君達位の頃は、やった事が無かった」


 ドレイクの話で、子供達は納得がいったように首を縦に振りだす。

 すると、集まった子供達数名は、小声で何かを話し出す。

 何かと思い、ドレイクとプラムは待機する。

 数分程話し合った子供達は、笑顔でプラム達の方を向く。


「じゃぁ、僕達と遊ばない?」

「え?」

「そうそう、サッカーやった事ない何て、つまらないでしょ?」

「で、ですが……」


 突然の子供達の提案に、プラムはドレイクの方をむく。

 静かに缶コーヒーを飲むドレイクは、少し考える素振りを見せる。


「構わない、お前にも、いい経験になるだろう」

「え」


 ドレイクからの提案に、プラムは言葉を失った。

 何しろ、プラムはサッカーどころか、子供と遊んだ事すらない。

 出来れば断って欲しかったが、許可を得た子供達は、プラムの手を取りだす。


「ほら、お兄さんが良いって言ったよ!」

「早く早く!」

「え、ちょ、ちょっと!私、あまりそう言うのは」

「安心しろ、俺も付き合う」

「そ、そう言う問題じゃ」


 流石に子供を相手に、力ずくで振り払う訳にも行かず、プラムは連行されてしまう。

 ドレイクもついていくが、プラムとしては断って欲しい所だった。

 結局、プラムは子供達と一緒に、人生初のサッカーを楽しむ事となった。


 ――――――


 二時間後。

 プラムは慣れないスポーツに、力加減などで四苦八苦していた。

 しかし、子供達とドレイクのレクチャーで、徐々にコツを掴んで行った。

 日が傾き始めた頃、ドレイクをキーパーにしたPKを、最後行う。


「フン!!」


 サッカーとは思えないような音をまき散らし、ソニックブームまで引き起こすシュート。

 ボールが破裂してもおかしくない衝撃波で、子供達の髪や尻尾の毛が揺れた。

 そして、蹴り飛ばされたボールは、弾丸の如く勢いで、ゴールまで飛んでいく。


「ッ!」


 彼女のシュートを、ドレイクは素手で受け止めた。

 強烈な回転のせいで、手が火傷しかねない程に擦られる。

 何とかボールがダメにならないように、ドレイクは細心の注意を払い、ボールを受け止める。


「……ふぅ、まぁ、悪くは無いな」

「……ど、どうも」


 口をあんぐりと開ける子供達を横目に、プラムはちょっとした高揚を覚えていた。

 生死を分ける為に、身体を動かすのではなく、ただ楽しむ為の運動。

 それが、軍の訓練では味わえない、なんとも言えない爽快感を与えていた。


「(……しかし、こんな事をして、子供達が怖がらないと良いが)」


 プラムが心配したのは、子供達。

 異質な存在を拒むのは人間の性。

 であれば、人間離れした今のシュートで、恐怖を与えてしまったのではないかと、心配してしまう。


「す、すっごいよ!お姉さん!」

「うん!あんなシュート見た事ねぇ!」

「え?え?」


 しかし、プラムの予想は外れ、子供達は次々と彼女の元へと群がりだす。

 彼らの目は、とてもキラキラとしており、一切の曇りが無い。

 子供の持つ純真な心で、プラムを尊敬している。

 初めての境遇に、プラムは状況が呑み込めずにいた。


「ねぇ!どうしたらあんな凄いシュート打てるの!?」

「教えてよ!お姉さん!」

「ねぇ!ねぇ!」

「え、あ、いや、私は、その」

「規則正しい生活さ」


 困惑するプラムに助け舟を出すように、ドレイクが戻って来た。

 ボールを小脇に抱え、持ち主の少年へと返すと、話を続ける。


「いいか?朝はしっかりと早く起きて、夜はすぐに寝る、そして、好き嫌い無く、食事を適量キッチリととり、今日みたいに、運動をしっかりとする、それだけで、強い体は作られる」

「ほ、本当に?」

「ああ、本当だ」

「大尉?」


 ドレイクの返答に、プラムはキョトンとした。

 何しろ、二人が今のように強く成ったのは、強化手術を受けた結果。

 通常の人間の健康方法で、ここまで強く成れるわけではない。


「それに、そろそろ、良い子は帰る時間だ、遊ぶのは、また明日だ」

『は~い!』


 ドレイクの言葉で、子供達は素直に帰って行く。

 そして、ドレイクは子供達に手を振りながら、子供達を見送る。

 夕暮れの町に消えていく子供達を送るドレイクに、プラムは近寄る。


「……何故、ウソを?」

「……大尉なら、こう言うと思ったんだ……あの人は、少年兵だけは、絶対に認めない人だった」

「成程」


 子供達が、将来は強化手術を受けようと思わせないために、ドレイクは必要なウソを言った。

 恐らく、ジャックも同じ事を言った。

 そう考えながら、ドレイクは寂しそうな目を浮かべだす。


「我々が守らなければならないのは、大義や家族だけじゃない、子供達の未来を、何の隔たりも無く守る事が、我々ストレンジャーズの、何よりの任務だ」

「……そう、ですか」


 ドレイクの言葉に、プラムは疑問が一つ解けたと感じた。

 システムに繋がれば、死ぬ事が無いだけに、子孫の繁栄を気にする事は無い。

 しかし、それは子供達の成長さえも奪う事となる。

 仮にザイームの計画が成功していたら、先ほどの子供達の未来を奪っていた。

 その事を考えていると、帰宅途中の子供の一人が、大声で話しかけてくる。


「お姉さぁん!恋人さんと仲良くねぇ!!」

「ッ」


 考えをまとめていると、プラムの耳にとんでもないセリフが入り込んできた。

 特徴的な長い耳まで赤くしたプラムは、そんな事を言ってきた子供に対し、声を上げる。


「わ、私と大尉は!そんな関係ではありません!」

『アハハハハ!!』


 あからさまなプラムの反応に大笑いしながら、子供達は逃げるように帰って行った。

 その横で、ドレイクはズボンのポケットに、両手を入れながら首を傾げた。


「……俺と、コイツが?」

「真に受けないでください!!」

「はぁ、解っている」


 珍しく感情的な発言をするプラムに驚きながら、ドレイクは飲み終えた缶を取りだす。

 その缶を蹴り飛ばし、すっぽりと空き缶用のゴミ箱に入れた。


 ――――――


 因みに、彼女達が過ごした公園の茂みにて。


「……」

「……」


 リリィとシルフィ、そして、マリーの三名が、隠れて様子を見ていた。

 そして、プラムの様子に、リリィとシルフィは、口をあんぐりと開けていた。


「な、成程、イビア軍曹が、そう言う事を言ったのが頷けます」

「う、うん、本人は気付いてないけど、落ちる三歩前位の所まで、来てる感じ」

「……良く解んないんだけど」


 たまたま見かけ、悪いと思いながら様子を見ていた。

 その結果、イビアの言っていた事が、何となくわかってしまった。

 既に落ちているとは言い難いが、意識している位にはなっている。


「……でも、確かにお母さんなら、同じ事言ったかも」

「はい、あの人なら、子供達が参戦しないように、ああしたウソを言ったでしょうね」


 二人は、少し感傷に浸ると、マリーを連れて帰宅していった。


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