ある日の日常 後編
カルミアの町。
連邦を追放されたストレンジャーズ達が、決起をするべく作り出した町。
最初は自給自足のための畑や、訓練を行うための駐屯地があるだけの、簡素な場所だった。
その後、アラクネや葵達の援助が有り、志願してくれた魔物や冒険者達を受け入れて来た。
しばらくすれば、魔物によって村を追われた難民まで受け入れるようになり、いつの間にか町となってしまった。
今ではイリス王国の一部として認められ、カルミアの仕事が倍増した。
「……お、終わらん……基本アナログだから、全部手作業だし……デジタルが恋しい」
「だね」
何時もの小柄な義体を執務室の机に倒しながら、カルミアは書類の山に埋もれていた。
レッドクラウンが補佐をしているとは言え、量が途方もない。
大量の羊皮紙に囲まれ、すっかり気を落としてしまっていた。
デジタル化が進んでいれば、もう少し楽に進んだかもしれないが、そこまで手が回っていなかった。
「てか、何でお前はそんな楽しそうなんだよ」
義体を伸ばしながら、カルミアは楽しそうに筆を走らせるレッドクラウンを見た。
この五年間、補佐をしている間、ずっと楽しそうにしている。
「だって、こうやって戦闘以外でカルミアと仕事できるの、僕すっごく憧れてたから」
「そうかよ」
ずっと格納庫で突っ立てるままで、仕事は訓練か戦闘のみ。
そんな人生だった彼女にとって、こうして執務を行えるのは、新鮮な事なのだ。
「(ルシーラには、感謝だな)」
内心感謝しながら、カルミアは仕事を続ける。
受け入れた子供達が通う、学校の予算。
軍に配備予定の兵器の内容。
色々な書類を片付けていく。
――――――
その頃、町の軍事基地にて。
書類を携えたプラムは、ドレイクの元へと足を運んでいた。
「大尉、頼まれていた書類をお持ちしました」
「ああ、ありがとう、そこに置いておいてくれ」
敬礼したプラムは、言われた場所に書類を置き、自分もデスクにつく。
そして、自身の仕事をこなしてく。
「……」
「……」
二人共マジメに作業をしているせいで、事務所からは作業音しか聞こえてこない。
おかげで、一緒に仕事をしているメンバーは、気が重くて仕方が無かった。
そんな中で、ドレイクは隣に座るプラムに話しかけだす。
「……先ほどから、私を見ているな」
「……いえ、そんな事はありません」
作業する手を止めず、二人は暗めに話をした。
しかし、ドレイクとしては、チラチラと見て来るプラムが気になって仕方がない。
本人は否定しているが、視線だけ何度かドレイクへ向いている。
「……明らかにこちらを見られている気がするのだが?」
「いえ、大尉が自意識過剰なだけです」
もとより喋る方では無い二人という事も有り、会話は最低限。
おかげで、空気の重さが一層増してしまう。
周りの士官も、徐々に耐えられなくなってきている。
「……質問を変える……何故ここに入った?」
「……知りたかったんです、貴方達が、何の為に戦っていたのか」
「で、答えは見つかったか?」
「いえ、大義も正義も無く戦う、私には、まだそれが解らない」
「そうか……なら、三日後、空いているか?」
「……はい」
表情筋を一切動かさない、二人の会話。
一瞬だけ二人の方がアンドロイドではないかと、周囲の人間は思った。
――――――
三日後。
ドレイクとプラムは、一緒に町を歩いていた。
二人共、オシャレはしておらず、普段着で並んでいるが、無表情で歩いている。
傍から見れば、たまたま並んだ二人が、気にせずに歩いているようにしか見えない。
「……それで、今日は何故?」
「ああ、それより……ここは、良い場所だ……空気が美味い」
深呼吸したドレイクは、一切汚染されていない空気に感心した。
エーテル技術が発展したとはいえ、向こうではまだ、環境問題は完全に解決しきれていない。
それだけに、こう言った空気はとても嬉しい。
しかし、プラムは共感できなかった。
「そう言った感性は、捨てたつもりです……戦士には必要ありません」
「……私も、かつてはそう思った……こうして身体を改造したのも、余計な物を捨てる為だった」
プラムの発言は、ドレイクも共感できる事だった。
戦う上で、余計な感情に捕らわれては意味がない。
そう考えたドレイクは、脳以外を機械に置き換えるつもりだった。
当時の事を思い出すドレイクの脳裏をよぎったのは、ジャックの姿。
「彼女を守りたかった、どん底から、私を救い出してくれた、あの人を」
「……わかります、私も、あの方を守りたかった」
ドレイクの言葉に共感したプラムが思い出したのは、ザイームの姿。
今の彼は、システムという監獄に捕らえられ、汚れた過去の清算を行っている。
その男の過去がどうであれ、プラムには救われた恩があった。
だからこそ、ザイームについていく事こそが大義であり、正義だと信じて疑わなかった。
同じ過去を持つように思われる二人だが、違うのは扱われ方だった。
「……だが、あの人は、つまらない生き方をするなと、私に言った……戦士である以前に、人として生きろと」
「人として、ですか……」
話を続けていると、二人はいつの間にか公園へと辿り付いていた。
丁度良かったので、休憩のために、二人はベンチを見つける。
ベンチの前で、ドレイクは辺りを見渡し、自販機を発見する。
「……何か飲みたい物は有るか?」
「では、ミネラルウォーターを」
「わかった、買って来る、座って待ってろ」
ドレイクが自販機に向かっている姿を見送りながら、プラムはベンチに座る。
強化を受けているとは言え、疲労は感じる。
その疲労を取るように、足をもみほぐす。
「……ん?」
数時間町をぶらついた疲れを取っていると、プラムの耳に無邪気な声が入り込む。
「あれは」
声のする方を向くと、町の子供達がサッカーを楽しむ姿が入り込む。
労力になるならば、子連れだろうと手あたり次第に受け入れた結果、子供まで増えていた。
今では学校なんかも作られる位に、子供の数が増えている。
彼らの遊ぶサッカーは、町が落ち着いて来た頃に、数名の兵士が子供達に教えた物。
「(そう言えば、子供があんな風に無邪気な所、昔は見る事無かったな)」
スラムに居た頃、自分も含め、子供達は今を生きるだけで精いっぱいだった。
だから、目の前の子供達のように、無邪気に遊ぶ機会何て、滅多になかった。
だが、この町では、獣人だろうと人間だろうと、種族間の事さえ関係なく遊んでいる。
「……大義のためとは言え、私達は、これを壊そうとしたのか」
ボソッと呟いた言葉で、プラムは複雑な気持ちとなった。
五年前、仮にこの町を落とす事が出来たとしても、こうして平穏に生きている子供達の命さえ、奪う所だった。
だが、それは戦争では当然の事。
敗戦した国の住民の平穏は、戦後の混乱が終わるまで夢の話だ。
酷い場合は、隷属される事だってある。
「……」
カルミア達であれば、この町の住民を守りたい。
そんな気持ちが有っても、不思議ではない。
ドレイクのように、この町とは関わって者達が戦う理由。
色々と思いつく所は有るが、真意はまだ解らない。
視線を落とし、悩むプラムの首筋に、急に冷やりとした感覚が襲う。
「きゃっ!」
「……如何した?浮かない顔をしていたが」
感覚の犯人は、ドレイクが買ってきたペットボトル。
思わず驚いたプラムは、顔を赤くしながら水を受け取る。
「いえ、どうも」
「……ならいい」
水を手渡したドレイクは、プラムの前で、購入した缶コーヒーを開ける。
その時だった。
子供達の悲鳴にも似た声が公園に響く。
「ッ、大尉!」
「ん?」
缶を傾けながら振り向いたドレイクの視線の先に映るのは、子供が誤って放ったボール。
それを見るなり、ドレイクはボールを胸で上に弾く。
「ふ」
そして、慣れた足さばきで、ボールを手に取る。
プロ並みのリフティング姿に、プラムは目を丸める。
「……サッカー、お上手なんですね」
「いや、軍の仲間内で、親睦会としてスポーツをやる事があった、それだけだ」
「は、はぁ……」
ドレイクの言葉に、プラムは息を飲んだ。
ストレンジャーズに配属されてから、薄々感じていたが、この部隊はかなり自由だ。
まだ世界がバラバラだった頃、各国の合同演習の際、親睦会でスポーツを行う事は有った。
その事は、プラムも知識として知っている。
だが、ヴァルキリー隊では、スポーツを仲間とやる、という事は無かった。
文化の違いを目の当たりにするようなプラム達の前に、ボールを蹴った子供達がやって来る。
「ごめんなさい!そのボール、僕達のです!」
「そうか、次からは気を付けろよ」
「は、はい」
謝る子供達に、ドレイクはボールを返した。
ドレイクの無表情のせいか、子供達は怯えてしまう。
怒っているように見えて仕方ないが、本人にその自覚が無いのが致命的だった。
「……ところで、そっちの部隊では、サッカーやバスケをやる事は無かったのか?」
「はい、基本、訓練して、食事をして、シャワーを浴びて、寝る、それだけです」
「……先任の大尉が聞いたら、発狂するな」
プラムの発言を聞いて、ドレイクは真っ先に、嫌だと言いながら暴れるジャックの姿が浮かんだ。
仮に彼女がヴァルキリー隊に配属されていたら、猛反発していただろう。
ほとんど刑務所と変わらないような環境、いや、刑務所の方がマシかもしれない。
そんな場所に居れば、スポーツの経験は薄いだろう。
「まさか、サッカーとかやった事ないのか?」
「……」
ドレイクの質問に、プラムは顔を赤くしながらそっぽを向いた。
その反応のせいか、まだ近くに居た子供達も反応する。
「お姉さん、こっちの人なの?」
「いえ、私は、向こうから来た者です」
「ええ!お姉さん、向こうの人なのにサッカーやった事ないの!?」
「は、はい」
「へ~、これ教えてくれた人、みんなやった事有るって言ってたのに」
「それは人による、地域や生まれによっては、やった事の無い奴もいるんだ、俺も向こうの人間だが、君達位の頃は、やった事が無かった」
ドレイクの話で、子供達は納得がいったように首を縦に振りだす。
すると、集まった子供達数名は、小声で何かを話し出す。
何かと思い、ドレイクとプラムは待機する。
数分程話し合った子供達は、笑顔でプラム達の方を向く。
「じゃぁ、僕達と遊ばない?」
「え?」
「そうそう、サッカーやった事ない何て、つまらないでしょ?」
「で、ですが……」
突然の子供達の提案に、プラムはドレイクの方をむく。
静かに缶コーヒーを飲むドレイクは、少し考える素振りを見せる。
「構わない、お前にも、いい経験になるだろう」
「え」
ドレイクからの提案に、プラムは言葉を失った。
何しろ、プラムはサッカーどころか、子供と遊んだ事すらない。
出来れば断って欲しかったが、許可を得た子供達は、プラムの手を取りだす。
「ほら、お兄さんが良いって言ったよ!」
「早く早く!」
「え、ちょ、ちょっと!私、あまりそう言うのは」
「安心しろ、俺も付き合う」
「そ、そう言う問題じゃ」
流石に子供を相手に、力ずくで振り払う訳にも行かず、プラムは連行されてしまう。
ドレイクもついていくが、プラムとしては断って欲しい所だった。
結局、プラムは子供達と一緒に、人生初のサッカーを楽しむ事となった。
――――――
二時間後。
プラムは慣れないスポーツに、力加減などで四苦八苦していた。
しかし、子供達とドレイクのレクチャーで、徐々にコツを掴んで行った。
日が傾き始めた頃、ドレイクをキーパーにしたPKを、最後行う。
「フン!!」
サッカーとは思えないような音をまき散らし、ソニックブームまで引き起こすシュート。
ボールが破裂してもおかしくない衝撃波で、子供達の髪や尻尾の毛が揺れた。
そして、蹴り飛ばされたボールは、弾丸の如く勢いで、ゴールまで飛んでいく。
「ッ!」
彼女のシュートを、ドレイクは素手で受け止めた。
強烈な回転のせいで、手が火傷しかねない程に擦られる。
何とかボールがダメにならないように、ドレイクは細心の注意を払い、ボールを受け止める。
「……ふぅ、まぁ、悪くは無いな」
「……ど、どうも」
口をあんぐりと開ける子供達を横目に、プラムはちょっとした高揚を覚えていた。
生死を分ける為に、身体を動かすのではなく、ただ楽しむ為の運動。
それが、軍の訓練では味わえない、なんとも言えない爽快感を与えていた。
「(……しかし、こんな事をして、子供達が怖がらないと良いが)」
プラムが心配したのは、子供達。
異質な存在を拒むのは人間の性。
であれば、人間離れした今のシュートで、恐怖を与えてしまったのではないかと、心配してしまう。
「す、すっごいよ!お姉さん!」
「うん!あんなシュート見た事ねぇ!」
「え?え?」
しかし、プラムの予想は外れ、子供達は次々と彼女の元へと群がりだす。
彼らの目は、とてもキラキラとしており、一切の曇りが無い。
子供の持つ純真な心で、プラムを尊敬している。
初めての境遇に、プラムは状況が呑み込めずにいた。
「ねぇ!どうしたらあんな凄いシュート打てるの!?」
「教えてよ!お姉さん!」
「ねぇ!ねぇ!」
「え、あ、いや、私は、その」
「規則正しい生活さ」
困惑するプラムに助け舟を出すように、ドレイクが戻って来た。
ボールを小脇に抱え、持ち主の少年へと返すと、話を続ける。
「いいか?朝はしっかりと早く起きて、夜はすぐに寝る、そして、好き嫌い無く、食事を適量キッチリととり、今日みたいに、運動をしっかりとする、それだけで、強い体は作られる」
「ほ、本当に?」
「ああ、本当だ」
「大尉?」
ドレイクの返答に、プラムはキョトンとした。
何しろ、二人が今のように強く成ったのは、強化手術を受けた結果。
通常の人間の健康方法で、ここまで強く成れるわけではない。
「それに、そろそろ、良い子は帰る時間だ、遊ぶのは、また明日だ」
『は~い!』
ドレイクの言葉で、子供達は素直に帰って行く。
そして、ドレイクは子供達に手を振りながら、子供達を見送る。
夕暮れの町に消えていく子供達を送るドレイクに、プラムは近寄る。
「……何故、ウソを?」
「……大尉なら、こう言うと思ったんだ……あの人は、少年兵だけは、絶対に認めない人だった」
「成程」
子供達が、将来は強化手術を受けようと思わせないために、ドレイクは必要なウソを言った。
恐らく、ジャックも同じ事を言った。
そう考えながら、ドレイクは寂しそうな目を浮かべだす。
「我々が守らなければならないのは、大義や家族だけじゃない、子供達の未来を、何の隔たりも無く守る事が、我々ストレンジャーズの、何よりの任務だ」
「……そう、ですか」
ドレイクの言葉に、プラムは疑問が一つ解けたと感じた。
システムに繋がれば、死ぬ事が無いだけに、子孫の繁栄を気にする事は無い。
しかし、それは子供達の成長さえも奪う事となる。
仮にザイームの計画が成功していたら、先ほどの子供達の未来を奪っていた。
その事を考えていると、帰宅途中の子供の一人が、大声で話しかけてくる。
「お姉さぁん!恋人さんと仲良くねぇ!!」
「ッ」
考えをまとめていると、プラムの耳にとんでもないセリフが入り込んできた。
特徴的な長い耳まで赤くしたプラムは、そんな事を言ってきた子供に対し、声を上げる。
「わ、私と大尉は!そんな関係ではありません!」
『アハハハハ!!』
あからさまなプラムの反応に大笑いしながら、子供達は逃げるように帰って行った。
その横で、ドレイクはズボンのポケットに、両手を入れながら首を傾げた。
「……俺と、コイツが?」
「真に受けないでください!!」
「はぁ、解っている」
珍しく感情的な発言をするプラムに驚きながら、ドレイクは飲み終えた缶を取りだす。
その缶を蹴り飛ばし、すっぽりと空き缶用のゴミ箱に入れた。
――――――
因みに、彼女達が過ごした公園の茂みにて。
「……」
「……」
リリィとシルフィ、そして、マリーの三名が、隠れて様子を見ていた。
そして、プラムの様子に、リリィとシルフィは、口をあんぐりと開けていた。
「な、成程、イビア軍曹が、そう言う事を言ったのが頷けます」
「う、うん、本人は気付いてないけど、落ちる三歩前位の所まで、来てる感じ」
「……良く解んないんだけど」
たまたま見かけ、悪いと思いながら様子を見ていた。
その結果、イビアの言っていた事が、何となくわかってしまった。
既に落ちているとは言い難いが、意識している位にはなっている。
「……でも、確かにお母さんなら、同じ事言ったかも」
「はい、あの人なら、子供達が参戦しないように、ああしたウソを言ったでしょうね」
二人は、少し感傷に浸ると、マリーを連れて帰宅していった。




