ある日の日常 前編
リリィが帰宅した少し後の事。
少佐と共にカルミアの町へ移住したチハルは、デュラウスを呼び出していた。
「本日はご足労いただき、ありがとうございます」
「いや、それで?話って言うのは?」
二人がいるのは、町にあるバーの個室。
誰にも知られたくない話という事で、わざわざこんな所に呼び出された。
少佐の秘書をしているチハルからの呼び出し、変な事にはならないだろう。
安心と緊張が同居する心境になりながら、デュラウスはチハルと向き合う。
「(なんだコイツ、この威圧、初めてマリーと敵対した時以来だ)」
普段は柔和な感じのチハルだというのに、今はとてつもない威圧を感じる。
指揮官座りを維持し、デュラウスの一挙手一投足を見逃すまいとしている。
それも、後ろの方に『ゴゴゴゴゴ』とか言う文字が見える気がして仕方がない。
マリーと初めて対峙した時を思い出すデュラウスは、チハルが姿勢を変えただけで息を飲んでしまう。
「奴が、動いたらしいのよ」
「ッ」
「ずっと息を潜めていたのだけど、どうやら向こうも限界みたい、きっと、なりふり構わず来る事でしょう」
「そ、そうか」
鋭い眼光に、重々しい口調。
歴戦の勇士であるデュラウスであっても、潰れてしまいそうになる。
息苦しいが、デュラウスはグラスに注がれるスコッチを一口含む。
「……ふぅ、それで、その件、少佐には?」
「勿論、許可を取っているわ、私が貴女をサポートしますので、貴女には目標の排除を、お願いしたいわ」
「ああ」
酒で気を紛らわせるが、息苦しい事に変わりない。
恐怖でちびりそうだが、そこはグッとこらえる。
もう彼女の方が魔王のように思えて仕方ないが、聞く前にチハルは立ち上がってしまう。
「では、明日、現地で会いましょう、ここの支払いは、私につけてください、最期に成るかもしれませんので、好きなだけ飲んでください」
「あ、ああ」
そう言い残すと、チハルは去ってしまう。
彼女の後姿を見送ると、デュラウスはグラスの中の酒を一気に飲み干す。
「……プハ」
グラスを勢いよく叩きつけるデュラウスは、一言こぼす。
「……そう言えば、奴って、誰だ?」
冷静にチハルの言葉を整理してみたが、現在抹殺を行うために捜索している人物は一人しかいない。
前の大戦で名前の上がった、ルドベキアと言う人物。
現在は、レリア達イリス王国と連携しつつ、彼女の捜索に当たっている。
だが、まだ影も形も見つかっていない。
「……アイツ、一体何させる気だ?」
不安を他所に、デュラウスは個室内にある酒を閉店まで楽しんだ。
――――――
翌日。
カルミアの町に有る広場にて。
ベンチや噴水、生垣等が並ぶ、豊かな広場。
町の景観のために設けたその場所は、デートの待ち合わせ等に最適な場所となっている。
さんさんと輝く太陽の元、一人のエルフが、噴水の池の水面を利用して、髪を整えていた。
「……うん、これで、大丈夫なはず」
特徴的な長い耳をピクピク動かし、青い目の動作を確認。
ショートボブにした草色の髪も、しっかりとかき分け、整えて行く。
自然と笑みをこぼすと、直立し、時間を確認するついでに、現在の服装を確認する。
「……チナツに教わって良かった……これで、良いよね?」
今の彼女の服装は、様々な広告を真に受けながら仕入れた物。
履き慣れないスカートや、着慣れないオシャレな服。
そこに、持ち慣れていないバッグを下げている。
とてつもなく慣れない恰好であるが、ソワソワと落ち着かない様子で辺りを見る。
「……お、落ち着け、約束の時間はまだ五分前、来なくても不思議じゃない」
「あら、チフユ、もう来てらしたのですね」
「ッ!」
待ちかねていた声を聞いた瞬間、チフユは身体を大きくビクつかせた。
視界に映したのは、ワンピースやイヤリング等で着飾るイベリス。
艦内生活から解放され、髪や雰囲気に柔らかさとおっとり感が出ている。
色々なクビキからも解き放たれたおかげか、目からも力が抜けている。
「あ、えっと……ちょっと、早く来ちゃって」
「ふふ、そうでしたのね、でも、本日はお誘いいただき、ありがとうございます」
「い、いや、その、こっちこそゴメン、急に買い物に付き合って欲しいなんて……ぎ、義体のチェックも、したかったし」
今のチフユは、以前の人間らしい物ではなく、エルフに寄せている。
全ては、今日のイベリスとのデート(チフユはそう思っている)のため。
少しでも気を引きたいと、この恰好に改修したのだ。
「そうでしたか、可愛い義体ですわね」
「ッ!(か、可愛いって言われた)」
恐らく不意にでた言葉なのだろうが、この一言で、チフユは天にも昇るような気分となった。
その気持ちを何とか抑え込み、微笑みの顔を維持する。
――――――
イベリスとチフユの居る公園、その茂みの中。
笑顔で会話をする二人を、獣の眼光で睨む黒いスーツ姿の人物がいた。
サングラスをかける彼女は、対アンドロイド用の、強力なライフルをイベリスへと向ける。
「ええ、私が手塩に掛けた自慢の妹よ、可愛くて当然じゃない、その可愛い妹はね、貴女が来る二時間も前からスタンバっていたのよ、その失われた二時間、アンタの命で償いなさい!」
「待てやクソ女!!」
「ブラ!」
しかし、彼女は後頭部をデュラウスに蹴り飛ばされ、ライフルを手放してしまった。
「何するのよ!デュラウス!」
「こっちにセリフだ!チハル!何かと思ったら、なんつぅ事に人を巻き込んでんだ!?」
サングラスに黒スーツの恰好をする人物は、実は変装したチハル。
デュラウスは指示通りにここに来たと思ったら、こんな事に付き合わされたのだ。
狙撃を阻止されたチハルは、デュラウスに食い掛ったが、当然のように反論された。
だが、チハルもデュラウスへ反発する。
「貴女ねぇ!あの子のあんな顔見た事ある!?見なさいよ、あの女の破廉恥な恰好、きっと船内で飢えていたあの女に、ふしだらな事をされたのよ!」
「いや、確かにチフユのあんな顔見たのは初めてだけど!後半完全に被害妄想だろ!」
「何でそんな事言い切れるのよ!?今日の服装と言い、あれ完全に誘ってるでしょ!」
「チ、重要任務って言うから来たってのに、俺は帰らせてもらうぜ、他人の恋路邪魔すんのはごめんだ」
言い争う事も馬鹿らしくなったデュラウスは、早々に退散しようとした。
だが、帰ろうとチハルから背を向けた瞬間、ライフルを操作する音が耳に入る。
「何言っているの?邪魔するんじゃなくて、私はあのふしだら女を抹殺したいだけよ」
「……」
振り返った先には、やはりチハルが狙撃体勢に入っていた。
どうやら、完全にイベリスを破壊する気でいるらしい。
仕方がないので、デュラウスはチハルを止める。
「ああもう!テメェ残したら何しでかすか分からねぇから、やっぱ残るわ!つぅかどんだけ諦め悪ぃんだよ!?」
「何よ!?帰るって言ったり、残るって言ったり!貴女の舌は何枚あるの!?」
デュラウスのホールドから逃れたチハルは、着崩れたスーツを直す。
その顔に怒りを見せていたが、すぐに冷静さを取り戻し、サングラスに指を添える。
「それと、今の私は、コードネーム『スプリング13』よ、間違えないでください」
「何だよ13って、何ゴ〇ゴに寄せてんだ」
「不吉の数字よ、あの子がイベリスに惚気てる事を知ったのが、十三日の金曜日だったのよ、しかもその日、黒猫とカラスが喧嘩してるの見たわ」
「不吉に不吉塗りたくってふっくら焼いてやがるよやがるよコイツ」
有名な殺し屋から取った名を名乗るチハルに、デュラウスは頭を抱えた。
しかも、よりによって、この事態が起こるキッカケが、十三日の金曜日との事。
それは置いておき、彼女の暗殺が上手く行くとは、デュラウスには思えない。
「……てかお前、さっきから気になってたけど、そんなオモチャみたいなライフルじゃ、俺らアリサシリーズは破壊できねぇよ」
チハルの持っているライフルは、対アンドロイド用とは言え、有効なのは一般的な個体のみ。
イベリスに対して、狙撃で倒すのなら、頭部を一発で撃ち抜く必要がある。
徹甲弾を使用しているようだが、それではアリサシリーズの頭部は貫けない。
だが、チハルはハイライトの消えた真顔を浮かべる。
「ははは、確かに、これだと頭部は貫けないけど……装備無しの状態なら、腹部のコアを撃ち抜けるわ」
「そんな事したらこの町その物が吹っ飛ぶわ!!」
チハルの言う通り、装甲の少ない状態であれば、腹部のコアを撃ち抜ける。
ただし、そんな事をすれば、反応弾の爆発並の被害が出るので、この辺り一体が吹き飛ぶ。
生き残れるのは、化け物級の連中と、アリサシリーズだけだ。
「(てか、冷静に考えて、何で俺らこんな設計なんだ?もうちょっと頑丈な場所にしまっとけよ、腹に反応弾かかえてるようなもんだし)」
「知った事じゃ……って、あの子達もう行っちゃったじゃない!!」
などと言い合っていると、いつの間にか二人は移動していた。
そして、デュラウスはチハルを止める事はできず、イベリス達の後を追う事になった。
――――――
チハルとデュラウスに追跡されている事も知らず、イベリス達は談笑しながら町を歩く。
艦内で一緒に居る事が長かっただけに、話題は尽きない。
そんな様子を、チハルが許す筈無かった。
「あのアマ……私の可愛い妹を篭絡しようだなんて、良い度胸してるわね」
「だから、してねぇって、ライフル下ろせ」
物陰に隠れながら、チハル達は二人の尾行を続ける。
楽しそうな二人の様子に、街中で狙撃しようとしていたが、デュラウスによって阻止。
その行動に、チハルは嫌そうな顔を浮かべだす。
「なにするのよ」
「……良いから、俺の話聞け」
「……」
後頭部をボリボリかくデュラウスに、チハルは仕方がないと黙る。
そして、デュラウスは話を始める。
「良いか?よく見ろ、二人は並列で歩いているが、手をつないでいる訳じゃない、身長はイベリスの方が高いが、アイツは地味に気が利く、故意にチフユと足並みを合わせてやがるって所か」
デュラウスはが話したのは、イベリスとチフユの距離感。
一緒に歩いているが、手をつないでいる訳ではなく、並んでいるだけだ。
チフユの目は、チラチラとイベリスの手に何度か向いているが、イベリスはそうでも無い。
つまり、イベリスにとっては、チフユは友人程度の認識と言うのが、デュラウスの仮説だ。
だが、先ほどの発言だけでは不十分と思い、更に続ける。
「それに、チフユの視線は、何度かイベリスの手に目が行っているが、イベリスの場合はずっと前を向いてる、それに、チフユに色目を使う様子も無い……つまり、イベリスにとって、チフユは一緒にショッピングできる位の友人って事だ」
「……」
デュラウスの放しを聞いたおかげか、チハルの動きは止まる。
解ってくれたのだろうと、デュラウスは認識した。
恋人ではなく、友人。
これであれば、チハルも納得するだろう。
そう思っていたが、チハルの目は余計に鋭くなる。
「それってようするに、チフユには恋人にするだけの魅力が無いって事よね……ギルティ」
「めんどくせぇ女だな!!」
「クラウン!」
必死の説得も虚しく、余計に火に油を注ぐ結果となった。
だが、デュラウスは何とかチハルを殴って抑え込む。
しかし、チハルの行動には、一つ疑問点が出て来る。
「たく……てか、チアキの奴はどうなんだ?軍辞めてまでネロと同棲してんだろ?」
現在、もう一人の妹のチアキは、ネロと同棲中。
それを許しておきながら、何故ここまでイベリスを排除しようとしているのか、理解できないのだ。
その疑問には、チハルは冷静に答える。
「軍曹は良いんですよ、人柄もよく、なにより、チアキにやましい事しない、そう言う確証が有りますから」
「……確かにそうだけどよ……何でイベリスはダメなんだよ」
「あの子には人間と添い遂げて欲しいの!できれば、ドレイク大尉と!」
「(そういやアイツ大尉に昇進したんだったな)いや、アイツも半分以上機械だろ!」
「サイボーグは可!!」
「テメェの許容範囲どうなってんだ!?」
と言う感じで、大声で言い合う二人であった。
――――――
時を同じくして。
イベリスとチフユは、流石に背後の二人に気付いていた。
「……何をしているのかしら?あのお二人」
「(……どうりで少佐が妙に怯えてると思った)」
横で疑問符を浮かべるイベリスの横で、チフユは昨日の少佐の事を思い出した。
準備のために早く帰ろうと、デスクを片付けている時。
チフユは、妙に怯えた様子の少佐を見かけた。
恐らく、チハルは少佐に脅迫まがいの事をして、今回の件を勝ち取ったのだろう。
「(……チハルにだけは、邪魔されたくない)イベリス!」
「え、チフユ!?」
デュラウスとチハルがもみ合っている隙を見計らい、チフユはイベリスの手を引いて走り出す。
今日は本当にショッピングを楽しむつもりでいたが、予定を少し変更する気でいる。
できるだけチハルから距離を取り、デュラウスが捜索を妨害してくれる事を祈り、別の場所へ移動して行く。
――――――
数分程走り、チハル達の気配を感じなくなった頃。
チフユは足を止め、周囲を見渡す。
「(もう、居ない?)」
「……あ、あの」
「ん?」
「その、お手を」
「ッ!」
イベリスに言われて気付いたが、チフユは思いっきり彼女の手を掴んでいる。
走り出した時は、とても気にする余裕は無かったが、今になって気付き、手を放す。
しかも、イベリスもホホを好色に染めているので、余計に恥ずかしくなる。
「……そ、そのゴメン」
「いえ」
お互いにモジモジとして、目を合わせられていない。
意外と初心な面を見られて、チフユとしては嬉しいが、手を握ってしまった恥ずかしさの方が勝っていた。
しかし、このままでは進まないので、チフユは何とか切り出す。
「……い、イベリス」
「は、はい」
「その、予定変わっちゃったけど、ショッピング、行こ」
「……はい」
恥かしがりながら伸ばされたチフユの手に、イベリスは自分の手を置く。
そして、二人は日が暮れるまで、ショッピングを楽しんだ。
――――――
チフユとイベリスが、手をつなぎ合った頃。
チハルはと言うと。
「ウガアアアアア!!」
「止めろおおお!!」
その様子を見て、チハルは完全に乱心。
突撃しながらライフルを乱射しかねない彼女を、デュラウスは何とか抑え込む。
その後、デュラウスは応援を要請。
三十分後にダラダラとかけつけた、ヘリアンとイビアによって、チハルは完全に捕縛された。
――――――
その日の夕暮れ。
イベリスとチフユは、ショッピングを終えていた。
「……本日は、お付き合いいただき、ありがとうございました」
「ううん、私こそ、無理言ってゴメンね」
途中変なハプニングは有ったが、何とかデートは成功した。
夕焼けに照らされる、二人の乙女の顔。
お互いに美しさが際だち、なんとも言えない恥ずかしさが出て来る。
イベリスのその姿をみて、チフユは彼女へと抱き着く。
「チフユ!?」
「……イベリス」
「な、何を」
生体パーツを使用された、イベリスの最新型の義体。
その温もりは、人間と大差がない。
対して、チフユの義体は、ほとんどが機械で出来た旧式に服を着せているだけ。
そんなチフユ相手でも、イベリスは同胞として見ている。
それも純粋に嬉しいが、一緒に戦う事に成ってから、だんだんと彼女を意識するようになっていた。
「今日はありがとう、それじゃ、私はこれで」
「ッ……はい、また、明日」
「うん、これからも、私が、貴女をサポートするから」
そう言い残し、チフユは自宅へ戻って行く。
イベリスも、彼女に手を振りながら見送った。
余談だが、帰宅したチフユは、イベリスに抱き着いた事を思い出し、ベッドの上で滅茶苦茶恥ずかしがる羽目になった。
それと、チハルも問題行動を起こしたため、無事に営倉送りとなった。




