時間の流れ 中編
シルフィ達が訪れて数分後。
いい加減川が崩壊しそうだったので、暴れるリリィを鉄拳制裁し、気を静めさせた。
そして、ザラムの家に上がったシルフィは、用意していたお土産を渡す。
「あ、あの、これ、七美さんがオススメしてくれたので、良かったらどうぞ」
「おお、ありがとう……お、これは」
渡された紙袋の中をみたザラムは、ほんのりと笑みを浮かべた。
シルフィが用意したお土産は、少しお高い玉露。
基本的に質素な生活を送るザラムだが、お茶をかなり嗜む傾向が有る。
ジャックがコーヒーを好むように、ザラムは緑茶等を好んでいるのだ。
「せっかく来たのだ、お主らも飲んでいくとよい」
「え、悪いですよ、折角のお土産なのに」
「よい、こういう美味な物は、皆で分け合うべきじゃ」
「折角です、お言葉に甘えましょう」
「……」
少し不満の有るシルフィだが、ザラムはお茶の用意を始める。
お湯を沸かし、棚から道具を取りだす。
そして、慣れた手つきでお茶を淹れていき、三人に振舞う。
「うむ、よい香りじゃ」
「本当に、良い香りですね」
「うん」
香りを楽しみつつ、四人はお茶を楽しむ。
そして、目の前にいる少女三人が和む様子を見て、ザラムは用意していた物を取りだす。
「さて、茶には菓子が無ければな」
「え?」
ザラムの発言にリリィは首を傾げた。
そう言えば、前日に何やら仕込んではいたのを思い出す。
彼が仕込んでいたのは、ようかん、予め切り分けられた物を、シルフィ達に出す。
「よ、ようかん?」
「ああ、遠慮せずに食べると良い、粒あんで良ければ饅頭も有るぞ」
「あ、ありがとうございます」
出される茶菓子の数々にとまどいながらも、シルフィはお茶を楽しむ。
その横で、マリーもザラム特性のお菓子に舌つづみを打つ。
だが、リリィの場合は、得体のしれない恐怖を覚えていた。
「(あ、あの最強が、まるで孫を迎えるお爺ちゃんみたいに……いや、確かに、シルフィは孫みたいなものだけど)」
この三年間、ザラムは優しさを孕む厳しさを持っている事が解った。
不器用な優しさを何度も見て来たが、ここまでホノボノとした優しさは始めて見た。
そして、両親の居ないジャックと七美にとっては、彼は父親代わりでもあった。
ザラム自身も、義父としての自覚はありつつも、これ程甘くは無かったらしい。
それがどうだろうか、ジャックの娘であるシルフィに対しては、本当に甘い。
次々お菓子を出すあたりも、孫が来たお爺ちゃんのように思えてしまう。
「(……人嫌いでも、やっぱ寂しいのかね……でも)」
なんとも朗らかに、シルフィ達を見るザラム。
家族団らんを楽しむのは良いが、さっさと本題に入って欲しい。
そう思い、リリィは話しを切り出す。
「あ、あの、ザラムさん、本題に」
「そうじゃったな、儂としたことが」
表情を戻したザラムは、座り方を正した。
彼にならい、リリィ達もしっかりと座る。
「さて、本題に入ろう……お主、確か、マリィと申したな?」
「え、うん」
「そして、お主の中に居る魔王が、ルシィラであったな?呼んでもらえるか?」
横文字が苦手という事もあり、発音に違和感が有るが、ザラムはルシーラを指名した。
その頼みに応えるべく、マリーはルシーラの事を呼び出す。
「ッ……何ようだ?異世界の鬼人よ」
「お主が以前リリィに貸与した、あの剣、もう一度見せてもらいたいのだ」
「ふむ、別に構わぬが、以前も話した通り、あれは耐性無き者では、扱えぬぞ」
「見る分には構わんじゃろ」
ザラムが彼女達を呼び出したのは、ルシーラの持つエクスカリバーが目的。
あの剣は、シルフィとリンクしたリリィによって、封印が解除され、五年前に初めて実戦投入された。
だが、リンクを解除したリリィでは、やはり扱えず、結局次元収納送りになってしまった。
しかも、台座から抜かれた事で、ちょっと近づいただけでもダメージを受ける危険物となった。
見るだけならいいかもしれないが、出したら出したで危険なのだ。
ルシーラは少し悩む。
「……仕方あるまい、茶を出してくれた礼だ、少し見せてやろう」
「かたじけない」
「ただし、外だ、ここでは床が抜けかねない」
台座から抜けても、剣に認められた者以外は扱えない事に変わりは無い。
他人に扱われない為のセーフティとして、剣じたいが滅茶苦茶重くなるのだ。
木造の家では耐えられないと思い、一旦外へ出る。
「さて、出すぞ、離れておれ」
外へ出たルシーラは、皆を後ろへ下がらせると、ちょっと離れた場所に次元収納の出口を生成。
そこから、エクスカリバーが落ちて来る。
剣の先が地面に刺さると同時に、爆風のように魔力の風が皆を襲う。
「ッ、離して置いてもこれか、一体誰が作ったのやら」
「と言うより、こんな危険物、どうするんですか?」
「なに、もうお主の戦いで、耐えられる金属と言えば、あれくらいじゃからの」
そう言ったザラムは、いつの間にか青年の姿へと変身していた。
戦闘以外でその姿を見せるのは、とても珍しいが、何故今変身したのかは解らない。
「え、何で今変身?」
「あれに近寄るには、これ位せんとな」
「え、あ、ちょ!」
変身を終えたザラムは、臆する事無く剣元へと歩いていく。
その姿をみて、ルシーラは止めに入ろうとする。
何しろ、封印の解かれた状態では、近づいただけで危険なのだ。
「うつけ!近寄ったら、痛ったぁぁぁ!!」
だが、逆に止めようとしたルシーラの腕の皮がめくれてしまった。
しかし、ザラムは一切のダメージを受ける事無く、普通に剣へと近寄っている。
これは、天に耐性が有るか、彼がアンドロイドでなければあり得ない状況だ。
この事実に、三人は目を丸める。
「うそ、何で無事なの?私でも近寄れないのに」
「前から異常だとは思っていましたが、これ程だなんて」
「バカな、何者なのだ?あの鬼人は」
驚く彼女達を背後に、ザラムは剣の目の前に到着。
柄を鷲掴みにし、軽々と引っこ抜く。
そして、刀身をじっと見つめだす。
「……成程、これであればっ!」
目を勢いよく見開いたザラムが何をしたのか、三人はすぐに解った。
漏れ出ていた膨大な量の魔力を制御下に置き、ただの危険物と化していた剣を抑え込んだのだ。
このおかげで、リリィだけでなく、シルフィ達も近寄れるようになった。
もう一週まわって冷静になった三名は、ザラムの元へ近寄る。
「どうなっておる、何故そのような事が」
「……なに、ただ抑え込んだだけだ、儂の実力では、これが限界じゃ……ルシィラよ、この剣に付いている制限、解除できるか?」
「ッ……試してはみる」
ザラムに言われたルシーラは、恐る恐る剣に手を伸ばす。
熱された後の鉄板に指を付ける気分で、指を刀身に当てる。
「ッ、やはり、直接は無理か」
だが、案の定剣はルシーラを拒絶。
指先に火傷を負ったが、腕の皮が剝がれるより遥かにマシな傷だ。
仕方ないので、手をかざして、剣の魔法に干渉を開始する。
「(……何と言う事だ、この者が抑え込んでくれているおかげで、簡単に干渉ができる)」
ザラムが力を抑えてくれているおかげか、ルシーラは剣にかけられている魔法に干渉ができた。
わざわざ台座ごと回収したのは、直接触れられなかったというのもある。
しかし、本当の所は、制限を払おうとしても、天のせいか、干渉すらできなかったのだ。
それがどうだろうか、今は簡単に干渉できる。
「……よし、制限は解除できた、これで誰でも扱えるようになった」
「そうか」
「……貴様、一体何者だ?」
「何、儂はただのしがない老いぼれじゃよッと!」
ルシーラの問いかけに、適当に答えたザラムの取った行動と、金属の音で、この辺りの空気が氷付いた。
何しろ、ザラムは剣をへし折ったのだ。
それも、発泡スチロールの板を折るかのように、容易く。
数時間にも感じられる硬直が起こった、その数秒後。
意識を取り戻したシルフィは、声を上げる。
「お、折ったぁぁぁ!?伝説の剣へし折ったよこの人!」
「何してるんですか!?伝説の剣へし折る奴が何処の世界に居るんですか!?」
「目の前におるじゃろ」
「うるせぇジジィ!」
「仕方ないじゃろ、お主が両手剣より、刀の方がよいというのだから、折って加工すれば、コイツは立派な刀となる」
折れた刀身を眺めるザラムの意図が、ようやくわかった。
ルシーラの管理するエクスカリバーを、リリィの新しい刀にするつもりのようだ。
わざわざ呼び出した辺り、剣の魔力程度では屈しない事が解っていたのだろう。
実際、平気であると確信したように、剣を手に持っていた。
しかし、ルシーラにとってはそんな事どうでもよく、ザラムの襟をつかむ。
「何をしとるのだ!?貴様!!貴様以外もそうだが、伝説の剣を何だと思っておる!?」
「まぁまぁ、何も剣は剣のまま使わなければならない、と言う決まりはないじゃろ」
「そうだが!もう少し美学と言う物をだな!!」
ルシーラにはルシーラなりの美学があるようだが、ザラムにそんな物は無い。
扱えない物はどんな形であれ、扱えるようにする。
それが、戦場で生きて来た彼の正義でもある。
そんな事は語らず、ルシーラの拘束から逃れる。
「さて、これは与かる、夕飯の支度をする故、お主らはくつろいでおれ」
「え、良いのかな?」
「この際です、お言葉に甘えましょう」
「……」
折れた剣を持って、家の中へ入って行くザラムに続き、リリィ達も家へ入る。
だが、ルシーラだけは、とても不機嫌そうだった。
――――――
しばらくして。
老人に戻ったザラムは、工房に剣の残骸を置き、夕食の準備を始めていた。
外見の年齢に見合わない手つきで、次々と料理を作っていく。
何時もの味の薄い精進料理ではなく、一般の家庭で作られるような物がほとんどだ。
そんな彼の姿に、リリィはシルフィと驚きながら眺める。
「珍しいね、何時も七輪で焼いたメザシとか、梅干しとかなのに」
「ええ、しかも、何時も夕食は冷やご飯なのに、ご飯もしっかり炊いています」
羽釜でご飯を炊くザラムは、朝に一日分のご飯を炊き、おひつに保管するという手法を取る。
電子レンジさえ持たないザラムは、こうして夕飯にご飯を炊く事は滅多にない。
わざわざ炊き立てご飯を出す時は、彼がそう言う気分になった時だ。
「(それにしても、リリィと戦う時に差し入れしてくれたおじいさんが、噂に聞くザラムさんって事を知った時が、一番驚いたなぁ)」
手際よく料理を進めるザラムを見ながら、シルフィは結婚前の事を思い出した。
娘の結婚を報告するために、異世界の自然を謳歌していたザラムに報告したのだ。
まるで、母親が自分の父親に、娘の結婚を報告するかのような感じだった。
ジャックは、あまり表に出さないだけで、ザラムの事を義父のように思っていたようで、ぜひとも紹介したかったらしい。
その際、初めて青年となったザラムに会い、その正体を聞かされたのだ。
「……ところでマリー、如何かしましたか?」
その横で、リリィは頭を抱えるマリーを心配した。
妙に顔色が悪く、頭痛にも悩んでいるようだ。
「……またルシーラが拗ねてる」
「あの人、意外と武器にはうるさいんですね」
「記憶見たけど、趣味が並べられてる武器の鑑賞だったみたい」
気分を悪くするマリーの言葉で、リリィはルシーラの武器に対する執着の理由を理解した。
ルシーラは、収集した物を並べ、見て楽しむタイプのオタク。
そう言うタイプは、コレクションを傷つけられ、雑に扱われることを嫌う。
「(どうりで、剣を雑に扱っただけですぐに拗ねると思った)」
「さ、待たせたな、好きなだけ食べなさい」
「……」
ルシーラの事に納得し、目を開けたリリィが目撃したのは、ザラムとは思えない量の料理。
向かいに座るザラムは、質素なイワシの丸干しを前にしている。
それも、お菓子を渡していた時のような、穏やかな笑みだ。
「(今度は張り切って沢山作っちゃうお祖母ちゃんだな)」
冷や汗をかきながら、リリィは目の前の料理と向き合う。
肉じゃが、すき焼き、川魚の塩焼き、ふろふき大根、筑前煮、だし巻き卵、漬物類。
他にも沢山の料理が並ぶ。
一汁一菜が基本のザラムからは、考えられないラインナップだ。
味噌汁も、豚汁並に具沢山で、ご飯も山盛り。
何時も健康に気を使う筈が、この量だ。
完全に張り切っている。
「……うん、美味しそうだけど、量が」
「仕方ありません、張り切って作ってくれたのですから、いただきましょう」
量に圧倒されるシルフィだが、マリーは嬉しそうに箸を動かす。
だが、食べ進めて行くうちに、リリィもシルフィも、料理の味に表情を緩める。
何時も貧しい食事だったリリィとしては、このようなご馳走はありがたい。
シルフィも、久しぶりに誰かが作ってくれた料理を楽しむ。
そして、ザラムも、彼女達の嬉しそうな顔に、見た事ない顔を浮かべだす。
「……そう言えば、ザラムさんも七美さんも、あんまりご飯食べないよね、お母さんは結構食べてたけど」
シルフィが気になったのは、ザラムと七美の小食。
七美は小食と言うよりは、普通の量の食事を摂る。
ザラムの場合は、白米こそ沢山食べるが、総量的には七美と大差ない。
対して、ジャックは常人の数倍の量を食べる。
その理由は、鬼人拳法の使用による、エネルギー消費の過多の筈だった。
同じ技を使う筈の彼らが、何故質素な食事で持つのか、良く解らなかった。
「……アイツは、元々が大食漢でな、その上に、力の使い方も下手ときた……おかげで、使う体力が無駄に多いのじゃよ」
シルフィの何気ない言葉を聞いたザラムは、彼女の質問に答えた。
元々食べる方だったうえに、使用する力の効率が悪かったらしい。
それが重なり、無駄に多くの食事が必要だったらしい。
「あ~、だから……てことは、私も下手って事?」
「……アイツよりは……マシ、だとは思う、ぞ」
「……」
慣れないフォローのせいで、シルフィはお世辞と言う事を見抜き、落ち込んでしまった。
確かにマリー達を比べれば、要領が悪い方ではある。
その事を自覚しているだけに、ショックも大きい。
「どうせ私は要領悪いですよ!」
その反動のせいか、シルフィはヤケ食いを初めてしまった。
軽く罪悪感を覚えながら、ザラムはリリィの方を向く。
「慣れぬことはするものではないか……リリィよ明日より、お主はその者たちと、一度帰るといい」
「え?修行はいいのですか?」
「修行をしようにも、儂は工房に籠る、終了しだい、伝書鳩を送る、それまでは休暇とする」
刀の制作には、数日程掛かってしまう。
その間、ザラムは工房に籠る必要があるので、修行の相手ができないのだ。
制作が終わるまでの間の休息を、ザラムは提案した。
「そう言う事であれば、解りました、ありがとうございます」
「うむ、今日は、ゆっくり休むと良い」
「……」
休んでいけ、つまり泊って行って欲しい。
そう思ったリリィは、少し強直した。
ジャックが亡くなってからと言うもの、ザラムの様子がおかしいとは、少佐も言っていた。
恐らく、義理の娘を亡くした影響で、普通のお祖父さんのような感情が出てしまったのかもしれない。
「(完全に寂しがってるな、この爺さん)」
はっきり言って、今から帰っても、深夜になるまでには家に着く。
その事はザラムも解っていると思われるので、少しでも長く孫たちを居たいという気持ちが、ひしひしと伝わって来る。
予想が当たっているのか、少し不安になりながらも、リリィはお新香をかじる。
「(うん、やっぱりこの人の漬物美味しい)」
「(う、食べ過ぎた)」
「(お姉ちゃんのご飯も良いけど、おじいさんのご飯も美味しい)」
ヤケ食いのせいで、シルフィの体調が悪く成ってしまい、結局その日、三人は泊る事にした。




