激突の予兆 後編
連邦軍総司令部にて。
ストレンジャーズとの通信を終えたザイームは、指令室に足を踏み入れていた。
席に着くなり、選りすぐりのエリートたちがせわしく動くさまを、上から眺める。
「経過はどうだ?」
「はい、予定通りに進んでおります」
「素晴らしい」
進捗を耳にし、ザイームはご機嫌になる。
ここで働いている者達の中で、その言葉を耳にしていた者達は安堵していた。
何しろ、ここで一つでもミスをしようものなら、どんな処罰を受けるか解らないのだ。
噂では、大きなミスを犯した職員が、一家共々蒸発した何て話もある。
アンドロイドの如く、いそいそと働いているが、内心は恐怖で一杯だった。
「奴らがどう来ようと、我々は負けやしない……全ては一つになる、そして、完全な平和が訪れるのだ……」
絶対の勝利を前に、ザイームはほほ笑む。
相手がどれだけ強力な兵器が有ろうとも、勝つ自信が有るのだ。
だが、不測の事態というのは、常に存在する。
この場に務める職員の誰かのミスのせいで、敗北する事だって十分あり得る。
それを防止するためには、あえて臆病となり、幾重にもプランを張り巡らせるのだ。
「それで、イフリートの調子はどうだ?」
「そちらも、準備は万全です」
「それは何よりだ」
――――――
しばらくして、ヴァーベナの艦内にて。
少佐とカルミア、そして、レリア達王族は、最後に話し合いをしていた。
「殿下、先ほどは、庇っていただき、ありがとうございます」
「いえ、結局は戦争を行う羽目になってしまいました……争いだけは、避けたかったというのに」
頭を下げるカルミアと少佐だったが、レリアは申し訳なくなってしまった。
何しろ、この戦いが始まる前には、言葉で戦争を止めるつもりでいた。
それなのに、戦いを避ける事なんて、一度もできていない。
その事には、申し訳さなしかない。
「……構いません、奴らはもとより、戦いを止める気はございませんでしたので」
「そうでしょう、まるで、戦争が望みであるかのような物言いだった」
「はぁ、私も、まだまだ未熟って事が解っただけね」
少佐もオレアも、落ち込むレリアにフォローを入れたつもりだった。
むしろ、気分が沈んでしまっていた。
彼女の後ろにいるロゼも、どのように励ますべきか、解らずにいる位だ。
「……良い娘さんをお持ちになられましたね」
「ああ、これでも、昔はやんちゃだった」
「ええ、ですが、人間は我々より長い時間を生きられない……一緒に居られるときは、一緒に居る事をお勧めします」
「そうだな、良い助言をありがとう」
ほほ笑むオレアは、少佐と握手を交わした。
これでも、少佐も妻子を持つ身。
少佐のかぞくは、現在はあらゆる手を駆使して、匿って貰っている。
勝手も負けても、それももうじき終わるだろう。
そんな事を考える彼の横で、カルミアは通信を受け取っていた。
「……そうか……親子愛に水を差して悪いが、地上から通達が来た、アルセアが目覚めたらしい、既に色々と情報も聞いている」
「ほ、本当!?良かった……」
この報告には、レリアも安心した。
何しろ、最愛の弟の顎を砕いてしまったのだ。
医療班の調べでは、最悪の場合、自力で口を開けられなくなると言われていただけに、とても嬉しい。
「それで、息子はなんと?」
「ああ、それなんだけど……アタシらの町を襲撃する前、情報部から女が一人が来たとしか」
「情報部?本当か?」
口元に手を置くカルミアの発言に、少佐は首を傾げた。
何しろ、連邦軍の情報部というのは、基本的にデスクに詰めっぱなし。
連絡が有るのなら、無線なり兵士なりを使えば問題は無い。
それなのに、何故かレリア達の世界へとおもむくという、不自然な行為をしたらしい。
「え、その情報部という方が来るのが、そんなに変なのですか?」
「ええ、彼らは基本的に、情報の管理を任されていますので、あまり表には顔を出さないのです」
「そう……アルセアは、他に何か言っていなかった?」
「……何か、その女は、火傷で顔を隠してるとか」
「そう……」
カルミアの言った特徴だけでは、断定はできなかった。
シルフィの故郷である里で出会った、ルドベキア族長。
彼女も、何らかの事情で仮面を付けていた。
アルセアの言っていた人物が、ルドベキアとは判断できない。
「……では陛下、もうじき戦いが始ますので、そろそろ」
「ああ、君達の武運を祈る」
「ありがとうございます」
すぐに戦いが始まるため、オレア達は帰るべく立ち上がった。
リリィ達が居るとは言え、艦船が堕ちないとも限らない。
それに、宇宙ではちょっとした事で死人が出てもおかしくない。
彼らのような重鎮に死なれては、ストレンジャーズの名前に傷がつく。
だが、レリアは動こうとしなかった。
「……姫様?」
「少佐さん、私もこの艦で、戦いを見届けます……お願いできますか?」
「レリア!」
レリアの発言に、オレアは声を上げた。
何しろ、一番危険といえる場所で観戦しようなんて言い出したのだ。
当然、少佐もそんな事を許せない。
「殿下、申し訳ございませんが、それは」
「良いじゃん、そいつも、色々と思う所が有るだろうし」
「ええ、それに、この戦いは、もう貴方たちだけの物じゃない、下手をすれば、私達は機械の化け物に成り下がるだけよ」
「……」
レリア自身、連邦がやろうとしている事を半分理解できているかさえ、自信がない。
だが、連邦の思い通りに運んでしまえば、機械の化け物と成ってしまう事は解る。
それだけはお断りというのもあるが、一番の理由は、ザイームのような人間の下に着くのはゴメンなのだ。
「陛下」
「……仕方あるまい……ただし、生きて帰る事を保証しろ」
覚悟の決まっている様子のレリアを前に、オレアはため息混じりに残る事を許した。
もちろん、生還させる事は絶対条件だ。
しかし、何が起こるか解らない以上は、保証しきることはできない。
先ほど一緒に居られるときは、一緒に居ろといっただけに、それでも生きて返す事は保証しなければならない。
「大丈夫です、必ずお返しいたします」
「ありがとうございます!」
勢いよく立ち上がったレリアは、笑顔で頭を下げた。
そして、彼女に続いて、ロゼも立ち上がる。
「……では、私も残ります」
「ろ、ロゼまで残る事なんて」
「いえ、敵が内部へ侵入してこないとも限りませんので」
「……」
ロゼのいう事にも一理ある。
何しろ、ライラックでは、一度敵に取りつかれてしまったのだ。
その時はシルフィが迅速に対応したので、問題は無かった。
宇宙服を着ることができないロゼでも、船内に侵入してきた敵を倒す事位はできる。
「わかった、そう言う事ならば」
頭を抱える少佐だったが、ロゼが残る事も許した。
その事に、二人は手をつないで喜びだす。
「……まったく、おてんばな娘を持つと苦労する」
やんちゃな二人に、ため息をつくオレアだったが、微笑みながら、二人が残る事を許した。
――――――
その頃、デュラウスとヘリアンは、ライラックで補給の手伝いをしていた。
地上からの支援もあるが、ほとんどフリージアから物資を送られている。
「しっかし、少佐の奴、こんだけの物資をどうやって」
「少佐は、色々なパイプを、持ってる、多分、軍や政府以外にも、企業の協力もある」
「成程な」
ヘリアンの考察に、デュラウスは頷いた。
少佐には、軍だけではなく、様々な企業との繋がりがある。
そうでなければ、敵のど真ん中で、フリージアのような巨大艦や、補給物資の手配なんてできない。
「ヘリアン!」
「ッ……イビア」
補給品を運ぼうとすると、頭に包帯を巻いているイビアが、ヘリアンに抱き着く。
結果、ヘリアンの持っていた物資は、全て散らばってしまう。
それより、彼女もそれなりの怪我をしていたが、どうやら十分回復したらしい。
その事に安堵しながら、ヘリアンも抱きしめる。
二人の様子を横で見ていたデュラウスは、思わず物資を手放してしまう。
ヘリアンがシルフィ以外の女性を受け入れただけでなく、結構幸せそうに微笑んでいるのだ。
「……おいおい、どういう風の吹き回しだ?」
「あ」
彼女のセリフに気付き、二人は離れる。
「え、ええと」
「その」
二人共顔を真っ赤にしながら、なにか誤魔化そうとするが、デュラウスまでホホを好色させてしまう。
何となく察したデュラウスは、無重力であちらこちらに散らばる物資全てを素早く回収。
咳を一回して、そそくさと去ってしまう。
「じゃ、俺はこれで」
「ちょ」
「……き、気ぃ、使ってくれたのかな?」
「だと、いいだけど……でも、そう言うのは、二人きりの時に」
「う、そうだね」
周りにはデュラウスだけでなく、整備班や、他に補給を運び込んでいるスタッフもいる。
なので、できればこう言う事は、ひと気のない所でやるべきだ。
「おい!そこの二人!イチャイチャするのは後だ!物資を運んでくれ!」
というお叱りを受けてしまったので、二人は急いで補給を受け取りに行く。
「で、宇宙酔いはどう?」
「だ、大丈夫、さっきぶちまけて来たから」
「……せめて医療班の、診断を受けてから、来て」
実は、イビアもスノウ同様、宇宙空間に酔ってしまっていた。
しかし、今は症状が回復し、ヘルメット越しからでも顔色が良くなっている事が解る。
「次の戦い、結構ヤバいの?」
「ヤバい、多分」
「……なら、私も協力するわ」
荷物の運送を始めたイビアは、協力を進言した。
確かに、もう正規軍ではないので、志願者してくれれば作戦に参加できる。
しかし、今のイビアは負傷している事に変わりない。
「……本当に、大丈夫?」
「……無理はしないわ……でも、私だって、連邦の連中には借りがあるのよ」
「……」
イビアの冒険者時代の仲間は、以前の戦いで半数が戦死した。
そのほとんどが、連邦の部隊の手による物。
彼女以外は、負傷していて戦闘ができない状態、動けるのはイビアだけだ。
「解った、少佐に、話をつけておく」
「ありがと、感謝するわ」
――――――
デュラウスは、受け取った備品をあちらこちらに渡していき、医療班の所へと訪れ、医療道具を渡し終えた。
ひと段落着いたので、先ほどの光景を思い出す
「……まさか、アイツがシルフィ以外に興味を持つ何てな」
常日頃シルフィをストーキングしていたというのに、とても意外だった。
イビアとは何度か話した程度だが、確かに彼女は悪い奴という訳ではない。
「……けど、最近は俺か?」
「ッ」
何となく振り向いたデュラウスは、通路の曲がり角で隠れた少女を目にした。
だが、特徴的な長い耳が隠れきれてなかった。
しかも、無重力のせいで、ツインテールの片方だけが、ひらひらと浮かび上がる。
すぐに髪だけ引っ込めたが、また浮いてしまう。
「……何してんだ?スノウ」
「う」
名前を呼んだことで観念したらしく、スノウは姿を現す。
「べ、別に、ちょ、ちょっと迷子になっただけだし」
「いや、ここに来てからまでずっと付けて来てただろ」
誤魔化すように迷子になっていたというが、そうでは無い。
この医療区画に来てからというもの、スノウはずっとデュラウスの後をつけていた。
おかげで、デュラウスはずっと気になっていた。
「……ま、そう言う事にしてやるか」
「う、うるさいわね!戦いが終わった後なんだから、ちょっと心配してただけよ!」
「そうか、それはありがとうな」
「て、勘違いしないでよ!こっちは医療班として言ってるんだから!」
面倒なスノウの反応に、デュラウスは頭をかきむしった。
一緒に旅をしていた時は、こうでは無かったが、町に戻る時にこうなってしまった。
反抗期か何かだろうとは思うが、こういう時にどうしたらいいのか、デュラウスには解らない。
「そ、それに……」
「それに?」
赤い顔のまま、スノウはデュラウスに背を向けた。
そして、両手の指同士を絡ませながら、スノウは過去を思い出す。
ある日突然失ってしまった、故郷と両親。
先の戦争に参加して、ハッチの爆発に巻き込まれた時に、似たような恐怖に襲われた。
今回は大丈夫だったが、この先の戦いも、デュラウスは参加し続けるだろう。
「また、戦いに出るんでしょ?」
「当然だ、俺は戦うのが好きなんでね」
「ッ……死ぬかもしれないのに!?」
勢いよく振り返ったスノウの目から、しずくが一滴こぼれた。
それを見たデュラウスは、彼女の過去を思い出した。
「……そうか、そうだったな、大丈夫だ、余程の事がない限り、俺は死なねぇよ」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」
涙をこぼすスノウに、デュラウスは申し訳なさそうに手を頭に乗せた。
溢れ出て来る感情を抑えきれず、スノウは鼻をすすりながらデュラウスに抱き着く。
すすり泣くスノウの事を、デュラウスはそっと抱きしめた。
――――――
場所は戻り、ヴァーベナの格納庫にて。
イベリスはチフユと共に、センペルビレンスの二号機を整備していた。
「センペルビレンスの二号機なんて、何時の間に作っていたのですか?」
「こんな事も有ろうかと思って、予備でエーラと一緒に作ってた」
「準備のよろしい事で」
先の戦いで破壊されたのは、二門の火砲だけだったのだが、放置していたバックパックは、防衛中に何処かへ流れてしまった。
捜索する時間も無かったので、仕方なく予備を持ちだす事にしたのだ。
予備を用意してくれていた事に感謝しながら、イベリスは作業を終える。
「ふぅ、そちらはいかがですか?」
「うん、こっちも終わった」
顔に着いた汚れをぬぐいながら、チフユも作業の終了を告げた。
そして、二人は少し離れた場所で出来を確認。
ピカピカの新車のように、立派な仕上がりを見て、二人は満足そうに表情を緩める。
「何とか間に合いましたわね」
「うん、間に合った」
「……これで、次の戦いも、出来るだけ多くの方を救えればいいのですが」
「……何か、悔しい」
「え?」
横で拳を強く握るチフユの姿に、イベリスは息を飲む。
普段無表情で、感情の読み取れないチフユが、明確に怒っているのだ。
「ど、如何なされたのですか?」
「……私達は、戦う力も何も無い、カルロスの仇も、チナツの仇も取れない、貴女達に任せるしかない、それが、悔しい」
カルロスの死。
それを聞いた時、チフユは酷くショックを受けていた。
何しろ、彼とは共に傷を舐め合っていた仲。
どれだけ華々しく散っても、彼の死は悲しい物だった
そんな彼女の両腕を、イベリスは握りしめる。
「チフユ」
「ッ、何?」
「わたくしは、貴女に託された身でしてよ、だから、貴女は、わたくし達が仇討を出来るように、全力でサポートしてくださいませ」
「……」
チナツを失ったショックで、イベリスは数日程、鬱のようになっていた。
だが、チフユが叱咤してくれたおかげで、もう一度戦おうと思えたのだ。
カルロスの命を犠牲にする事となったが、イディオを倒せたのは、チフユのおかげとも言える。
「わたくし達は、稼働している限り、決して、無価値ではないのですから」
「ッ、そう、だったね……」
三年前、チフユのくれた言葉を、イベリスは返した。
チフユ達は、イベリス達のように戦う目的で作られてはいない。
だからこそ、チフユ達の出来る事で、イベリス達の事をサポートする。
それが、カルロス達の死を、無駄な物にしない為の行動だ。
「……これからもずっと、私が、貴女をサポートする、だから、その、よ、よろしく」
「はい、今後とも、よろしくお願いいたしますわ」
「……」
ちょっと恥ずかしそうに放たれたチフユの言葉に、イベリスは笑顔で返した。
しかし、チフユの顔は、少し不満が募っていた。
そんな事に気付かずに、イベリスは追加装備のチェックに行こうとする。
「では、作業を再開いたしましょう、お次の戦いも、物量が相手ですもの」
「うん(もうちょっと直接言った方がよかったかな?それとも、耳をエルフっぽく改造して……)」
胸の奥にモヤモヤとした感覚を覚えながら、チフユはイベリスと整備を続ける。




