リング制圧作戦 後編
イディオとの戦闘が始まる前。
リングを潜り抜けたリリィとルシーラは、艦隊に囲まれていた。
それだけであれば、特に問題は無いのだが、その物量はおびただしい物。
リリィ達の母星の方に展開されている艦隊も含めれば、数える事も面倒だ。
「リリィよ、お主らの世界とは、このような数の戦艦が必要な程、戦争が過激なのか?」
この光景を前に、ルシーラは三百年程前の戦争を思いだした。
当時は大きな船舶を作る技術が無かっただけに、人間達の軍艦が何十隻も海を渡るのは、珍しいが、有るには有った。
だが、目の前の艦船は、当時の木造船の倍以上の大きさを誇る。
しかも、装備は最新鋭の物がそろい、表面は装甲で覆われている。
スペックが圧倒的に違うというのに、数だけは同じという、頭のおかしい状況だ。
彼女の疑問に答えようにも、リリィ自身も呆れてしまっていた。
「……軍備拡大政策が行われているとは聞いていましたが、まさかこんな数が用意されているとは、思いませんでした」
リリィの思い当たる節は、連邦は相も変わらず軍縮を行わなかった事。
普段はジャック達ストレンジャーズしか頼らないくせに、肝心の本隊はこうして大量の兵器を保有している。
世界そのものが統一された事で、物量をそろえやすく成ったのも、この数の原因だろう。
それでも、折角世界が統一されたというのに、こんな物量を用意する辺り、余程戦争がしたかったとしか思えない。
だが、驚いている場合ではない。
この全てがリングの向こうへ行けば、いくらヴァーベナやライラックといえども、ただでは済まない。
「さて、こいつ等が向こう側に行く前に、さっさとケリをつけましょうか」
「そうだな、これ以上余の世界を、土足で踏み入られる訳にはいかぬ」
「(魔王のセリフじゃねぇな、まぁいいか)じゃ、行きますか!」
「ああ!」
槍と刀、こんな原始的な物で、最新の宇宙戦艦を落とす。
なんとも時代錯誤かつ、効果的といえない方法だが、二人にとっては、これ以上無い方法だ。
『敵機接近!』
『撃ち落とせ!』
「落とされるのは、お前たちだ!」
蒼い炎をまとうガーベラは、戦艦を豆腐のように切り裂いた。
こうして敵艦を落とす事は容易いが、リングの制圧は、歩兵部隊に任せるしかない。
現状、リリィとルシーラのおかげで、増援体制はほとんど遮断できている。
歩兵部隊がリングを制圧するまで、奥へ行く事を防ぐことが、二人の任務だ。
しかし、リリィには一つ不安な事が有る。
「(壊滅させる事は容易だが……昨今の艦船は、クルーの数を減らせるとはいっても、相当数の人間が乗っている、バカスカ落とすのは、気が引けるな)」
敵対している艦隊は、全て有人だ。
以前までであれば、人を殺すなんて、蚊を潰すような物だった。
だが、今の状況で虐殺を行えば、向こうに必要以上の恐怖を与えてしまう。
進軍を止め、士気を低下させる分には良いが、それを理由に、余計に敵対心を煽られては困る。
「(ま、アイツらに限っては、恐怖なんてお構い無しだろうが……殺し過ぎるとシルフィがなぁ~)」
というのは建前であり、本音は、殺し過ぎると、シルフィが殺された兵を哀れんでしまうから。
たとえリリィ達を蔑んでいた世界の人間であっても、人が死んだという事実に、彼女は目を向けてしまう。
そして今は、彼女自身も、直接手にかけている。
それだけでも、心労は相当な物だろう。
「(出来る限り早く、リングを制圧してくれると嬉しいな……ルシーラも、その辺気を使ってるみたいだし)」
ルシーラもその辺を理解しているのか、その気になれば、魔法で一気に殲滅できるというのに、リリィ同様チマチマ倒している。
簡単に落とせるのは良いが、リングの規模は大きく、陣形も広く取られている。
疲れるので、早く制圧してほしいものだ。
『ダメです!リングに到達できません!』
『相手は二人だ!限界はある!戦力を送り続けろ!』
「(そんな事したら、全滅しちまうぞ……けど、同胞をやるって言うのは、気分が悪い)」
数に任せたゴリ押し。
練度の低さを、持ち前の物量でカバーするのは相変わらずだった。
高性能なアンドロイドを否定し続けただけに、敵の兵器のほとんどが有人。
中にはアンドロイド兵もいるが、敵を見つけて撃つだけの数合わせ。
ただの動くセントリーガン程度の性能で、見かけ倒し程度だ。
それでも、同じ存在であるだけに、胸が痛む。
「……何だ?」
増援の遮断を続けるリリィは、艦隊の横側に、機影を一つ見つけた。
全ての艦が陣形を取り、リングに向かっている中で、一隻だけが、艦隊の外にいる。
嫌な予感が過ぎったリリィの近くを、連邦の巡洋艦が通り過ぎようとする。
「ッ、させるか!」
ショットガンを構え、撃墜しようとするが、その艦は、遠くからの砲撃で轟沈。
爆炎から身を守るように、リリィは左腕で顔を覆う。
「ッ!……砲撃?……まさか、あれが!?」
「おい、どうした?」
振りむいたリリィは、遠くから迫る戦艦を再度目にする。
多数の主砲や、無数の副砲を搭載している大型の戦艦だ。
目を見張るのは、その大きさ。
宇宙に居るせいでわかり辛かったが、推定でもヴァーベナと同サイズだ。
それを見て、ルシーラも首を傾げる。
「敵の援軍か?」
「いえ、あれは!」
リリィの言葉と同時に、戦艦は砲撃を開始。
今時にしては珍しく、実弾を使用した火砲が火を噴き、敵艦を焼く。
更に、戦艦から、艦載機らしき光が出現する。
「スラスターの光?艦載されていた戦力……ッ!」
出撃した艦載機を目にして、リリィは笑みを浮かべた。
強襲型揚陸艇二隻と、護衛と思われる、大きな翼をもったエーテル・ギア部隊。
見るからにバルチャーを原型とした機体達、彼らを率いる人物は、リリィのよく知る人物だ。
「中尉!」
「久しぶりだな!リリィ!我々が援護する!!」
「了解!」
「(ほう、リリィの友人だったか)」
援軍としてやってきたのは、ドレイクとその部下達。
彼らの存在を認識した艦隊は、揚陸艇へと狙いをつけ始める。
『敵の増援だ!揚陸艇に砲撃を集中しろ!』
『リングを落とさせるな!』
揚陸艇へと向けられた砲台は、一斉に砲撃を行い出す。
月へ降りられたら、リングを落とされてもおかしくはない。
それを阻止するために、飽和攻撃が襲い掛かる。
「させない!」
「任せろ!」
揚陸艇を守るべく、ルシーラが防御を買って出る。
あえて敵の射線上へ出ると、槍を掲げ、魔力を放出する。
「友の友も、余の友人だ、守らねばな!!」
赤黒いビームが周囲に照射され、敵艦の攻撃を次々とかき消す。
ミサイルは撃ち落とされ、エーテルによる砲撃は、天の効果で霧散する。
ついでに、敵艦をいくつか落とし、相手の攻撃能力を低下させた。
「味方を降下するのであれば、はやくしろ!」
揚陸艇の誘導を行いつつ、ルシーラは援護を続けた。
そのそばで、ドレイクは見なれない彼女に首を傾げる。
「新入りか?」
「ええ、期待の大型新人ですよ」
「何処の声優だ」
リリィの冗談に呆れながらも、ドレイクは笑みを浮かべた。
彼女の口から、期待できるという言葉が、冗談でも出て来たのだ。
今の防衛から解るように、ルシーラの戦闘力の高さは、目を見張る物が有る。
だが、ドレイクにはやるべき事が有り、それに関するデータを送るべく、ドレイクは端末を取りだす。
「中尉?」
「部隊がリングを落とすのを協力する、あの女には、その援護を頼むが、貴様には他の任務を頼みたい」
「他、ですか?」
「そうだ、データを送る」
ドレイクから送られたデータを見て、目を鋭くする。
転送されたデータの内容は、衛星砲とも呼ばれている、軌道エレベーター付近に有る大型砲台。
宇宙に進出しているのだから、宇宙ステーション型の軍事基地を配備するのは解る。
だが、その基地に、地上制圧用の戦略兵器を搭載するというのは、恐怖政治がすぎる。
知らない間に、随分と物騒な物が配備されていたと、リリィは呆れてしまう。
「これは」
「衛星砲だ、これのせいで、我々の行動は制限され……そして、大尉も」
「ッ!」
悔しさを滲みだすドレイクを見て、リリィは悟った。
ジャックを殺したのは、この兵器なのだと。
それを聞くなり、リリィは衛星砲の破壊を即決する。
「……了解、こちらで衛星砲を破壊します」
「ああ、俺が案内する、こっちは部下達で対応させる」
「了解……ルシーラ、聞こえますか?」
『何だ?』
「私は、敵の兵器を破壊するために、作戦領域を離脱します、彼らと連携してください」
『承知した、そちらも気を付けろ』
リリィにとっても、私怨のある兵器だが、もう一つ理由が有る。
切羽詰まった連邦が、リングを破壊してでも、作戦を妨害しようと考えてもおかしくない。
ジャックに致命傷を与えるような兵器だ、長距離からリングを破壊するくらい容易な筈だ。
ここの任務はルシーラ達に任せ、衛星砲を破壊するべきだろう。
「では、お願いしますよ……行きましょう、中尉」
「ああ」
リリィとドレイクは、作戦領域を離脱。
遠方に有る衛星砲の元へと移動して行った。
二人の事を見送ったルシーラは、槍を構え直す。
「……さて、友人の頼みとやら、聞いてやるとするか!」
――――――
衛星砲にて。
まるで宇宙ステーションのように大きな人工衛星。
軍事基地も兼任するこの設備の上で、一人の少女が武者震いを起こしながら立ち尽くしていた。
「……あの人の言う事は正しい、あの人が居たから、私には戦う大義を、生きる意味を見つけた……いや、私だけじゃない、私達には、世界を、そして、そこに住まう人々を守るという、この上ない大義が」
向かってくる二つの影、そして、その奥に有る巨大な戦艦。
それらを前にし、衛星砲は起動する。
敵艦を捉えた場合、たとえ射線上に味方が居ようと、砲撃を行えという通達が有った。
たとえ砲撃に巻き込まれようと、彼らも本望だろう。
少女には、そんな確信が有った。
「……そんな物の無い無法者どもめ、天からの裁きを受けろ!」
彼女の言葉に応えるかのように、最大出力の衛星砲が放たれる。
――――――
その頃、衛星砲に向かう途中のリリィは、高エネルギー反応を感じていた。
「ッ!ま、まさかアイツら、味方ごとやる気か!?」
行われた砲撃の奥には、ドレイク達の乗って来た艦船が有る。
衛星砲からの攻撃を受けないように、出来る限り敵艦を盾にした場所にいた。
しかし、向こうはそんな事お構い無しに、衛星砲を繰りだしたのだ。
「チ、貴方方の船を守るためです、中尉!背後へ!」
「了解!」
ドレイクを背後へ隠したリリィは、エーテルをガーベラへ大量に送り込み、蒼白い炎をまとわせる。
巨大な刃を形成したリリィは、迫りくる衛星砲を切りつける。
「止める!!」
本来は、素手で車を止めようとするかのような、無謀な事だ。
だが、新鋭機として生まれ変わったリリィにとっては、子供の突進を受け止めるような物。
多少装甲が解けた程度で、衛星砲を受け止めきれた。
「……連邦政府も、なりふり構わない、という事でしょうか?」
「さぁな、だが、これ以上はやらせない」
衛星砲をかき消し、二人は進行を再開。
徐々に近づいてくる、軍事基地型の宇宙ステーション。
配備されている兵器は、全てリングへ行ってしまっているのか、一機も出てこない事に、リリィ達は違和感を覚える。
どんな作戦であれ、流石に基地内の全ての戦力を出すという事は、無いだろう。
「……ここは、確か軍事基地の筈ですが」
「部隊が出て来る気配がない……まて、あれは」
違和感を覚える中で、ドレイクは施設の上に人影を見つけた。
くすんだ青色に塗装された装甲を持つ、人型の兵器。
明らかに異彩を放っており、体格もかなり大きく見える。
装備も、遠目で見るだけでも、巨大なブレードが両手に装備されている。
リングの防衛という、重要な任務にアサインされていない所を見ると、リリィ達がここに来ることは、想定されていたのだろう。
あえて乗ってやろうと、二人はその機体の前に降り立つ。
「……やはり、あの方の言う事は正しかった……世界の秩序を守る、矛であり、盾である、このアルテミスを破壊しに来るとは」
「その声」
通信によって聞こえて来た声に、ドレイクは聞き覚えが有った。
なんとも生真面目そうな女性の声。
以前に一度戦った少女、プラムの物だ。
「貴様か、プラム」
「誰です?」
「……ヴァルキリー隊の人間だ、俺と同じ、ハーフエルフ型の強化人間……大尉にトドメを刺した奴だ」
「……そうでしたか」
ジャックにトドメを刺した、形はどうであれ、彼女がジャックを殺したという事。
それを聞いただけでも、彼女を殺すには十分な理由だ。
対して、プラムにとっては、リリィ達の存在こそが、戦う理由らしい。
二人の事を認識するなり、プラムの乗る機体は、彼女達の方を向く。
「……私達の世界の秩序を、これ以上乱させはしない!」
踏み込んだことによって、その振動がリリィ達に伝わる。
三メートルは有るだろう巨体、以前デュラウスが相手にしたという、グリズリーよりも大きい。
頭部の二つの赤いセンサーアイが、赤く光り、二人の事を睨む。
「この新型『オルカ』で、終わらせてやる!」
強く踏み込んだプラムは、右手のブレードを構え、ブースターを吹かせる。
その巨体は瞬時にリリィ達との距離を詰め、大剣を振り下ろす。
「チ」
間合いの中に入って来たプラムの一撃は、リリィによって防がれた。
火花を散らしてぶつかり合った、二人の刃。
その力を前に、リリィは目を見開く。
「(コイツ、意外とやる……それに、この機体構成……アリサシリーズの技術か)」
以前のリリィであれば、この一撃で大きく飛ばされていただろう。
それだけの力ではあったが、今のリリィであれば、敵ではない。
だが、それ以前に、さんざん否定してきた自分たちの技術が使われている事が、許せない。
「中尉!」
「解っている!」
プラムから距離を取ったリリィは、ドレイクに攻撃を任せる。
頭上に居たドレイクは、風をまとわせたブレードで、プラムのオルカを切り裂く。
リリィの目にも留まらない連続攻撃が放たれ、動きが止まった所で、リリィの鋭い蹴りが入る。
「フン!」
「グ!」
リリィの蹴りでオルカの装甲は、彼女の足の形にへこみ、後方へと飛んでいく。
更にその追撃として、ドレイクはブレードを用いて、二つの大きなカマイタチを飛ばす。
完全に無防備だったオルカのボディは、バツ印の傷がつけられる。
「今ので表面が傷ついた程度か、中々に硬いな」
「まだ来ます!」
ドレイクの言う通り、かなりの頑強さを持っていたらしく、まだ戦う気のようだ。
ブースターで接近するオルカより、大量のミサイルをばらまかれる。
そして、展開した肩部ユニットから、エーテル弾が撃ちだされる。
弾幕を張りながらの接近を行いつつ、プラムはブレードを向ける。
「死ね!無法者ども!」
二本のブレードを振り回し、リリィ達へデタラメな攻撃を始める。
ちょこまかと動き回る二人に、当たればいいとさえ思えるような大雑把さ。
地面となっている衛星が損傷しようと、彼女は構わずに攻撃する。
これも、ザイームに拾ってもらった恩を返すためだ。
「あの方が構築し、未来永劫の平穏を実現できる秩序、それを破壊する空っぽの無法者どもめ、この私が、お前たちの身勝手な野望を潰す!」
「空っぽ?随分な言葉ですね、他人の言葉でしか戦う理由を見つけられない貴女こそが、私には空っぽのように思える!」
リリィの言い放った言葉に、プラムは歯を食いしばった。
彼女のようなアンドロイドに、そんな事を言われたくはなかった。
プログラムされた事しかできない、ただの人形が、なんとも偉そうな発言だ。
「プログラムされた事しかできないただの人形が、言えた事か!?」
彼女の怒りを乗せて、ブレードをリリィへと振り下ろす。
だが、感情任せに振るわれたブレードを回避する事は容易い。
軽々と攻撃を避けたリリィは、オルカとの間合いを詰める。
大きいだけあって、懐に入ってしまえば、リリィの独壇場だ。
「そんなの、人間も同じ事だ!!」
繰り出されたアッパーカットで、オルカの巨体は浮かび上がった。
間髪入れず、ドレイクの連撃が入り、動きが止まった所で、リリィのかかと落としが炸裂。
物凄い勢いで、ステーションへと突っ込む。
先ほどまでの戦いで脆くなった天井が崩れ、オルカの巨体は内部へと落ちて行く
「人間だって産まれてからの教育で知識を得る、それは、私達アンドロイドも同じだ、違いなんて、頭に詰まっているのが、脳かAIかだけですよ」
ステーションから退避したリリィは、自らの持つ考えを述べた。
今のリリィの義体は、以前までの物と違い、人間と大差ない作りになっている。
それを踏まえれば、人との違いなんて、頭の中身の位しか違いはない。
プラムを見下すように発言したリリィの横に、ドレイクも並ぶ。
「……言ってくれるな、だが、事実だ」
彼女の話が耳に入っていたドレイクは、少し渋りながらも賛同した。
何しろ、ドレイクも首から下が機械になっている。
それでも人間のように生きているのだから、認めるしかない。
アンドロイドとの違いなんて、頭が機械でできているかどうかだ。
「すみません、出過ぎた事を」
「いや、俺もその考えは良く解る、今のお前とは、身体の作りが逆だ」
「……そうでしたね」
話を終えた二人は、早速砲台を破壊しようと動こうとする。
だが、その直後で、突如崩れたステーションが爆発する。
「何だッ!?」
「このエネルギー、まさか……オーバー・ドライヴ?」
リリィの予測は当たっていた。
瓦礫の中より這い出たオルカは、白く発光しており、先ほどまでと雰囲気が違う。
「今ならわかる……あの方の崇高な考えを理解しない、お前たちこそが、戦争の火種だ!!」
明らかに本領を発揮したとしか思えない彼女を前に、二人は構えを取り直した。




