解き放たれた巨人 後編
城での戦い。
その内の一つで、ヘリアンとウィルソンの戦いだけは、少し雲行きが怪しかった。
彼女達の相手であるエレティコは、仮にもジャックを退けた相手。
105型への改修処置を受けていないヘリアン。
ウィルソンも、多少腕を上げたとは言え、まだスレイヤー級とは呼べない。
それでも、十分な実力を持っている二人を相手に、エレティコは善戦していた。
「ヌン!」
「ッ!」
「早い」
巨大な戦斧を操っていながらも、二人でも追いつけないような速さ。
その動きに翻弄されながらも、ヘリアンは銃撃を行う。
二丁の銃から放たれるエーテル弾は、エレティコに命中するが、とても効果が有るとは思えない。
この戦いのために、ライフルやマシンガンと言った、様々な銃を持ってきていた。
だが、それらはこの戦いで全て破壊され、残っているのは愛用の拳銃とナイフだけだ。
「この銃じゃ、歯が立たない……なら、これで!」
「ほう、来るか!機械女!」
「ヘリアン!」
「(できれば、ウィルに、手柄を譲る、つもりだったけど、そうも言っていられない)」
極力ヘリアンが後衛、ウィルソンを前衛としていた。
何しろ、エレティコは、ウィルソンと並々ならぬ因縁が有る。
それを考慮し、彼に手柄を立てるつもりだった。
だが、他の雑兵を排除し、援護に回ってくれたレイブン隊も、既にエレティコによって倒されている。
全員死んだわけではないが、重症者がほとんどだ。
「桜我流剣術・疾風斬!」
ヘリアンの接近を見て、エレティコはウィルソンを突き放す。
「面白い!」
鋭いカマイタチを全身にまとわせながら、ヘリアンはナイフをつき出す。
その彼女に向けて、エレティコは斧を振り下ろす。
握られるナイフに、彼の斧が衝突。
まとわせた風をものともせず、斧はヘリアンの手を破壊する。
「ッ!」
「ヘリアン!」
「惜しいな!機械女!」
「どうかな!?」
散らばるヘリアンの拳の破片、ナイフのグリップ部分。
それらの中からヘリアンは、唯一無事なナイフのブレードを見つける。
それに目掛けて、ヘリアンは回し蹴りを放つ。
「(アイツの、首、めがけて!!)」
「ッ!」
足でナイフを捉え、エレティコの首へ目掛けて蹴りを入れる。
ナイフの先端は、彼の首へ深々と突き刺さって行く。
だが、思った以上に彼の筋繊維は固く、旧式の出力では、切断まではいかなかった。
「チ(踏み込みが、足りなかった)」
「見上げた根性だ!」
「ッ!」
「あいつ等には、惜しい逸材だ!」
ヘリアンの足を掴んだエレティコは、彼女の事を勢いよく持ち上げる。
振り上げられたヘリアンを救出するべく、ウィルソンは鎌をもって駆けつける。
「エレティコォォォ!!」
「やかましい!」
「ガハッ!」
斧でウィルソンを黙らせると、エレティコは持ち前の怪力でヘリアンを地面に叩きつける。
「グ!」
「壊すのが、実に惜しい!!」
地面に叩きつけられたヘリアンに向けて、エレティコは戦斧を振り下ろす。
巨大な鉄塊と言える彼の斧は、長い柄の遠心力による加速で、威力を叩き上げた斧がヘリアンに降り注ぐ。
「ヌン!」
「ガハッ!」
ヘリアンの義体は、突き刺さった斧によって、大量の人工血液が吹き出る。
斧によって、局所的に強い衝撃を受けた事で、義体はパックリと割れる。
痛みこそ無いが、義体が大破した事で、アラートが響き渡る。
「ッ(なんて威力だ、こんなの、何回も受け、たら)」
「フンッ!!」
「ダハ!」
先ほどより、強い力で斧が叩きつけられ、ヘリアンの損傷は更に進行する。
珍しく出た彼女大声に反応したように、ガレキの一つから黒い装甲が出て来る。
そして、その瓦礫から、一人のエルフが血だらけになりながら這い上がりだす。
「ブハッ……あんのクソエルフ、私の仲間を……ッ、はぁ、はぁ、この鎧も、もう、ダメか」
何とか這い上がったイビアは、使い物にならないエーテル・ギアを外す。
スーツのアシストは、ほとんど死んでおり、血がかなり流れてしまっている。
痛みをこらえながら身体を這わせ、近くに有った自分のボウガンを手にする。
「ッ!ヘリアン……ウィルソンは……ダメか」
斧で叩き割られるヘリアンの姿を見て、イビアは痛む身体を引きずる。
ウィルソンも瓦礫に潰され、行動不能になっており、他の仲間もほとんど戦闘不能だ。
しかも、何人か死亡しており、目の前にも、長年同じパーティとして戦ってきた戦友も転がっている。
「モルア……よくも、私の仲間を」
獣人特有の獣の耳の彼女、モルアは、ヘリアンとの関係に関する事を、よく相談していた。
それ位の仲だった彼女の死を惜しむ。
だが、その感情を押し殺しながら、モミザはモルアの腰に下げてある弾頭に手を伸ばす。
彼女達の部隊が使用しているボウガン型ライフルは、シルフィのストレリチアをベースにしている。
かつてリリィが断念した、実弾式とエーテル式の両者を搭載した状態で、小型を実現した物。
その専用弾頭をセットして行く。
「(このライフルの最大出力なら、三百メートル先から、アイツらの兵器の外殻を貫ける……人間にだって、必要以上に有効な筈!)」
イビアは、弾頭をボウガンにセットし、残っている魔力を注ぎ込む。
ライフルから紫電を走らせ、狙いをエレティコの頭につける。
訓練で何度もやって来た工程を思い出しながら、射撃体勢を完成させた。
「お前を破壊した後で、コイツを堕落した女を、殺しに行く!!」
「ッ!」
「させない!」
トドメの一撃と言わんばかりに振り上げられた斧が、ヘリアンへ命中する直前。
イビアのライフルは、チャージが完了。
瞬時に引き金を引く。
大音量の銃声が響き渡り、車にでもはねられたような反動が、イビアを襲った。
「ッ!(肩外れたかと思った!)」
何時もはレイブンを着用した状態で使用したいたが、今はスーツのみ。
ダイレクトに伝わって来た反動に驚く彼女を置いて、弾頭はエレティコへと飛んでいく。
「なッ!?」
「イビア!」
銃声に気付いたエレティコへとヘリアンだったが、既に弾頭はエレティコの頭部に迫る。
反応が遅れたエレティコの頭部に、弾頭は深々と突き刺さる。
「ガッ!」
「(流石、でも、コイツみたいな強化人間は、この程度じゃ)」
通常の銃弾であっても、頭部に命中したからと言って、確実に絶命する訳ではない。
エレティコのような強化人間は、生命力も強い。
後は、意識を気合と根性で持たせながら、怒りに染まった顔をイビアへ向ける。
「この、クソアマがぁぁぁ!!」
「ッ、させるかぁぁ!」
斧を投げる素振りを見せた彼をみて、ヘリアンはオーバー・ドライヴを発動。
何度も叩きつけられた事で、義体は半分埋まっていた。
掘り起こしている時間も無いので、切れかけていた義体を、無理矢理引きちぎる。
そして、エレティコの腕に噛みつき、空いている手を使って、気休め程度に妨害する。
「アンガ!!」
「おのれ、だが!」
「ッ!」
ヘリアンの妨害をものともせず、エレティコは斧をイビアへ向かって投げる。
「ッ!イビア!逃げろ!」
警告するヘリアンであったが、先ほどの射撃で魔力を使い果たしていた。
そのせいで、もう呼吸する事位しかできない。
剛速球の如く迫るエレティコの斧を、避け切る事は不可能。
「はは……ヘリアン、私ねアンタの事」
「ヌヲオオオオ!!」
「え?」
良い事を言いかけるイビアの横から、物凄い勢いで誰かが走って来る。
黒い髪をなびかせ、巨大な金棒を携えた鬼の少女。
葵が全力疾走で接近してくる。
「そんないい雰囲気で、死んでんじゃねぇぇ!!」
「ギャアア!!」
彼女の振り下ろした金棒のおかげで、イビアは命拾いした。
だが、一歩間違えたら、イビアまでひき肉になっていた距離。
そのおかげで、魔力切れとは別件で、イビアは気絶してしまう。
「葵!」
「はぁ、はぁ、カルミアの奴に、遊撃頼まれて、来てみれば、間に合って良かった……」
文句を言っていたようだが、本当に心配していたらしい葵は、安心しながら膝をつく。
ただでさえ限界だった体力を再燃させ、ここまで来たので、体力はもう限界である。
愛用の金棒と一緒に、地面に倒れ込んでしまった。
「この、どいつもこいつも私を邪魔しやがって!!」
攻撃の失敗に腹を立てたエレティコは、ヘリアンの顔を鷲掴みにする。
「ムグッ!」
何とか引き離そうとするヘリアンは、彼の視線が下の方に向いている事に気付く。
無理矢理引きちぎった義体からは、金属骨格とエーテル・ドライヴが丸出し。
骨格の方は良いが、むき出しのドライヴは、簡単に破壊が可能だ。
「(マズイ)」
「貴様のエーテル・ドライヴを破壊し、全てを消し去って」
「消えんのはお前や」
「ッ!」
激怒するエレティコの背後に、ウィルソンが急に出現。
そして、愛用の大鎌を振るい、エレティコの首を刎ねる。
「……影に紛れ、風と共に敵を屠る、お前に教わった心得や」
「ウィル、ソン!!」
「誰も信じんお前、いい友人を大勢もったワイ、どっちがええか、一目瞭然や!!」
そう言ったウィルソンは、宙を舞う彼の首に向けて、鎌を勢いよく振り抜く。
その一撃によって、エレティコの頭部は完全に吹き飛んだ。
「ッ、はぁ、はぁ、地獄に堕ちろ」
目を丸めるヘリアンの目の前で、気の抜けたウィルソンは腰を落とした。
「……何時の間に、影移動、なんて」
「ははは、なぁに、あのルシーラはんに、適性有るからって、軽く教えられてなぁ」
「(……だからって、一朝一夕で、できる技じゃ、ない)」
「(つーか、やっぱ、人間に近い見た目やと、この状態は慣れんな)」
エレティコを倒したことで、ヘリアンも開放された。
当然、胸から下がない状態。
背骨もむき出しで、どうにもグロテスクが過ぎる。
だが、お互いから見ておかしい状態。
思わず、二人共笑ってしまう。
「……ん?」
そんな二人の横から、またドタドタとした足音が響いてくる。
音からして、フォームも滅茶苦茶で、余計な動きが多い足音だ。
「ヘリアアアン!!」
「うげ!」
物凄い勢いで走って来たのは、魔力不足で血色の悪い状態のイビア。
体力もゼロに近い筈なので、走り方は崩れまくっている。
おかげで、ゾンビのようにしか見えない。
そんな怖い状態で、イビアはヘリアンに抱き着いてくる。
恐怖感は倍増されている。
「ちょ、イビア、怖い」
「……うるさい、こうさせて」
「……」
抱き着かれたヘリアンは、チラリと見えるイビアの顔を捉えた。
零れ落ちる一滴の涙が、ヘリアンへと滴る。
初めての感じに、ヘリアンは戸惑ってしまう。
「……どうした、の?」
「馬鹿……す、好きな人がこんな目に遭ってたら、誰だって泣くわよ」
「ッ……ふぇ?」
シルフィ以外の人物から、好きと告白された。
何時もは見ているだけ、なんて奥手のヘリアンには、無い心臓が掴まれたような気分になった。
そして珍しく、ヘリアンは動揺した話し方をする。
「す、好きとか、そ、そんな事、急に、言われても……」
「(へ、ヘリアンって、こんな表情出来るんだ)」
今まで見た事ないような乙女なヘリアンに、イビアは戸惑いながら両手で顔の近くまで持ち上げる。
ちょっと卑怯かもしれないが、今はこうしたくて仕方がない。
親友まで死に、流れとは言え、想い人に告白してしまった。
沸き上がる欲求を抑えられず、イビアはヘリアンと唇を重ねる。
「良かった、無事で」
「ンぐ!」
「……」
涙を流しながら、イビアは胸から上だけのヘリアンと何度も唇を重ねた。
そして、気の済んだイビアは、ヘリアンを放す。
「……ありがとう、私の気は済んだから、アンタは気にしないで、何時も通りシルフィを」
「ん」
「ムグ」
セリフを言い終える前に、ヘリアンは指でイビアの口を押えた。
その時イビアが目にしたのは、ヘリアンの何時もより鋭い視線や、震える瞳。
今までより読み取り易い彼女の表情から、嬉しさを感じる。
「……その、ほん、き?」
「ッ、ほ、本気だけど、アンタには、その、シルフィが……」
最初からダメ元だった。
ヘリアンはシルフィ一筋といえる程、彼女に好意を寄せていた。
それこそ、リリィという本命が居ると知っていながら。
何かにつけて彼女の名を出し、その姿を見る時は、うっとりとした表情だった。
そんな彼女の心を奪うなんて、無理な話だ。
「……確かに、そうだけど……イビアが、私を選ぶなら、いい、よ」
「……は?」
「だから、本気なら、良いよ、私も、シルフィの事に、関しては、諦めが、つくし」
柔らかな笑みを浮かべるヘリアンは、イビアの好意を受け入れた。
彼女だって、叶わない恋をしていた事に変わりは無い。
シルフィに恋をしていた、それを自覚した頃には、もうシルフィとリリィの仲は良好。
既に引き裂けない間柄となっていた。
だから、何時もとなりにいたリリィに、自分を投影しつつ、シルフィの事を陰から見ていた。
正攻法でのやり方も解らなかったので、ただ見つめる事が、彼女の精一杯の恋愛だった。
「……ばか」
「ッ……ん」
思いが成就した喜びを表すように、イビアはヘリアンを抱きしめた。
何時も大きく思えていたヘリアンの身体は、今や半分以上無くなっている。
おかげで変な抱き心地であるが、それでも、確かに彼女の事を抱きしめている。
その事実だけで、イビアは満足だった。
「葵、若者同士の会話っちゅうのは、歯がゆいもんやな」
「……お前何でそんな余裕何だよ、こっちは恥ずかしくて見てらんねぇ」
「妻子持ちの余裕や……」
二人の様子を、邪魔にならないように見ていたウィルソンと葵は、生存者の確認を始める。
味方であるレイブン隊は、半数近くがやられてしまった。
ウィルソンと葵の見知った顔も、ちらほら見られる。
彼らに哀悼の意を込め、簡単に祈りながら、救助していく。
そして、ウィルソンは最後に、残されたエレティコの身体へと近寄る。
「……哀れやな、ホンマ……じゃぁな、親友」
まだ仲間だった頃、もう戻る事の出来ない時間。
その思いを捨てる様に、ウィルソンはレリア達が侵攻している場所に目をやる。
「(予定では、あの人らも、もうじき任務が終わる筈やな……それと、こんだけ暴れても、増援の気配も無いっちゅうことは、上の人たちも、上手くやれとるようやな)」
予想される脅威の排除は大分済んでいる。
その事をほのめかすように、戦火は徐々に静まって行く。
先ほどエーテル・アームズ一機が、空高く飛んで行ったが、敵側なのは明らかだ。
何しろ、今回の地上戦力には、エーテル・アームズは一機も配備されていない。
全て宇宙での戦いにもっていっている。
「(助けに行きたいのはやまやまやけど、もうみんな、体力ギリギリ、悪いが、現状の戦力で何とかしてくれよ)」
周りを見ても、陽動の為に裂いた戦力は、ほとんど行動不能だ。
ロゼ達の頑張りに、期待するしかなかった。




