解き放たれた巨人 前編
総司令部から戻ったマクスウェルは、イリス王国の城の中で、座りながらソワソワしていた。
ヴァルキリー隊数百名と、アンスロポス隊十五機。
彼らがこの地上へと降りて来てくれた。
この動きには、恐らく敵側も感づいている。
そう思うだけで、どうしても落ち着けなかった。
「(こちらの戦力は申し分ない筈、あとは、奴らがどう攻めて来るか)」
マクスウェルの考えでは、城下町を車両で突っ切ってでも、攻めて来ると予想している。
無法者である彼らの事であれば、住民の犠牲などお構い無しだろう。
それどころか、命をかなぐり捨てた特攻だってあり得る。
城の兵士では、矢弾避け程度にしか役に立たないので、今城の警備をしているのは、連邦の兵だけだ。
「(だが、どんなに攻めて来ようとも、上からの増援が有る、それまで耐えれば、我々は勝てる)」
今のマクスウェルは、首の皮一枚で繋がっている状態。
次に失態を犯せば、今の地位だけでなく、命さえ無くしかねない。
それ故に、増援が有っても、不安はとても強い。
だが、マクスウェルは机を叩きながら立ち上がる。
「いや!勝てば良いのだ!負ければただのゴミ、ゴミどもに負けることはない!私は勝者だ!勝者になればよいのだ!いつの間にか消えていたメス豚の事なんぞ、気にする事はない!!」
彼の脳裏をよぎったのは、情報部から来たリアマ少佐。
彼女のおかげで、不安がとてつもなく押し寄せていた。
しかも、この城に戻ったと思ったら、彼女は影も形も無かった。
不安を押し殺すように、マクスウェルは激高した。
肩で息をするほど叫んだが、冷や汗をかき、心拍数も高いまま維持しており、気休めでしかなかった。
そんな彼の耳に、警報が入り込む。
「ッ!何だ、まさか!?」
――――――
場外にて。
警報を聞いて、外の警備隊は焦りに焦っていた。
「おい!あれは、揚陸艇じゃないか!?」
「この識別信号……馬鹿な、反政府勢力に撃墜されたんじゃないのか!?」
城の上空から、強襲型の揚陸艇が急接近してきたのだ。
減速する様子もなく、まるで揚陸艇その物をぶつけようとしているかのような動き。
しかも、撃墜されたと思われていた機体だ。
その解析結果も、部隊を混乱に陥れた。
「え、ええい!何をしている!各員!対空砲火!上空で破壊しろ!」
「りょ、了解!」
「ルプスクリーガ隊!対空攻撃!」
瞬時に混乱を治めるなり、連邦兵はなりふり構わず、行える攻撃を始める。
使える対空砲は全て起動させ、対空装備のルプスクリーガ隊も、上空へ攻撃する。
砲撃の衝撃や、爆音が、辺りの大気を震わせる。
まるで演習場のような光景が、城の中で繰り広げられる。
「撃て!撃て!砲身が焼けても撃ち続けろ!!」
「あんなので突っ込まれたら、城どころか町も吹っ飛ぶぞ!!」
「チクショウ!反政府勢力どもめ!!」
一人の隊員が言っていたように、揚陸艇程の質量が、今の速度で突っ込んで来れば、被害は想像を絶するだろう。
そんな事をすれば、市民にまで危険が及ぶ。
上層の人格はともかく、ここに居る隊員は、正規軍の端くれ。
たとえ異世界人たちであっても、守る義務を全うするべく、砲撃を続ける。
「撃て!撃てぇ!!」
「武器の制限なんか気にしていられない!通常兵器であれば、何でも使え!」
圧倒的な弾幕の中を、揚陸艇は突き進む。
回避する素振りも無く、装甲が剥げようが、内部から爆発しようが、お構いなしに落下してくる。
撃ち返しも無く、相手は的でしかないが、単独での大気圏突破も可能な程頑丈な艦だ。
だが、彼らの頑張りのおかげで、揚陸艇は爆散する。
「ッ!やったぞ!!」
「へへ!ざまぁ見やがれ!!」
「喜んでいる場合か!破片も撃ち落とせ!市街地に被害を出すな!」
内部の動力系にでも引火したのか、揚陸艇は大爆発を起こした。
そのおかげで、大量の破片が降り注いでくる。
撃墜の余韻にひたる間もなく、今度は破片の迎撃に移る。
――――――
同時刻、外の様子を見ていたマクスウェルは、胸をなで下ろしていた。
「全く、ヒヤヒヤさせる無法者どもだ……あんな事でここの防御を超えられると思ったのか?」
安心し、気がぬけたマクスウェルは、近くにあった椅子にすわりこむ。
そんな彼の背後から、一人の人間が歩いてくる。
「愚か者め」
マクスウェルの隣に立ったのは、エレティコ。
今回の増援要請を受けて、この城に派遣された。
撃墜された揚陸艇を見上げる彼の言葉を、マクスウェルは賛同する。
「ッ、貴様か……お前の言う通りだ、どうやら、私は奴らを過大評価していたようだ、これで奴らも」
「愚かなのはお前だ」
「何?」
「俺達は戦闘配置につく、部下にもそう伝えろ!」
「何だと!?」
戦斧を携えたエレティコは、部下達を連れて、怒鳴るようにしてその場を後にした。
次々と城に降り注ぐ破片達を背景に、マクスウェルは周囲をよく見る。
特に変わった様子はないが、次の瞬間、異常が発生する。
「ッ!爆発!?」
ルプスクリーガの物と思われる爆発が、城内で起こった。
それだけではない、あちらこちらから、徐々に銃声が響き渡って来る。
「どういう事だ、揚陸艇は、確かに破壊した筈」
――――――
城の敷地内にて。
降下に成功したカルミアは、自ら銃を取り、前線で指揮を取る。
「進め!城を制圧しろ!!」
「連邦どもめ!三年前の恨み、晴らさせてもらうぞ!!」
「死んでいった仲間のために!」
彼らは、揚陸艇が爆散する前に逃げ出し、破片に紛れて降下。
エーテル・ギアの恩恵によって、パラシュート無しでも容易に成功した。
破片に気を取られていた連邦兵たちは、この異常な事態について行けていない。
普通、軍で使用される兵器を破壊すれば、何らかの形で責任を取らなければならない。
それも、材料費が国民の血税であるが故。
そんな物を破壊する前提の作戦なんて、クビ何かでは済まない。
「ば、バカな!あいつ等、あれから降下したってのか!?」
「そんな、そんな馬鹿な事!」
「戦争ってのは、型にハマらない馬鹿な奴の方が勝つんだよ!」
驚愕する連邦兵へ向けて、カルミアはライフルを撃ちこむ。
カルミアとヘリアンが共同開発した特別製のライフルは、高出力のエーテル弾を撃ちだした。
彼らのエーテル・ギアに着弾するなり、その威力のおかげで、外装を破壊。
そのまま内部までえぐり込み、隊員の身体を焼失させる。
「行け!行けぇ!」
「今回の戦も、手柄あげてやらぁ!!」
彼女に続き、護衛のオセロット隊も援護していく。
そして、葵達もそれに続き、次々とルプスクリーガ隊を破壊していく。
とにかく派手に動き、ロゼ達へ注意が向かないようにする。
「(派手過ぎて、陽動を疑われないといいが)……ん?ッ!?とまれ!!」
どんどん進軍していくと、彼女達の目前に、巨大な破片が落ち、行く手を阻む。
揚陸艇の破片だが、どうやら落ちていた物ではないらしい。
それを示すかのように、人の手形のような物が、破片の隅に出来上がっている。
「(このデカい手)……あれか!」
辺りを見渡すカルミアは、少し破損している塔の上に、人影を見つける。
大きさや形状から見て、エーテル・アームズなのは間違いない。
塔の上にいた機体は、スラスターを吹かせると同時に、大きく跳躍。
今度は本人がカルミア達の前に立ちはだかる。
「……おいおい、また新型かよ」
「なんか、四年前思い出すな」
「……それに、一機だけではないようですよ」
現れたのは、新型機であるアンスロポス。
空中から現れる姿に既視感を覚えた葵だが、そう言っていられない。
一機だけでなく、合計で五機が彼女達を取り囲む。
その内の一機、恐らく隊長機と思われる機体が、カルミア達の前に降り立った。
『ミつけたぞ、このセカイにハビコる、ガンサイボウを』
「ッ!その声……あの時の」
機体から発せられた男の声に、カルミアはライフルを握る力を強める。
忘れる訳がなかった。
言いがかりに近い事を言われながら、あの男に止めを刺されたのだから。
『ハンセイフセイリョクドモめ!コンドこそ、ワレワレの、セイギのテッツイをウけるがいい!!』
「来るぞ!」
『ジゴクで、そのケガれたスベてにザンゲしろ!!』
ファナティクは、拳にナックルダスターを装着し、カルミア達へと襲いかかる。
――――――
別の場所へ降下した七美とキレン、そしてマルコは、残りのアンスロポス隊にかこまれていた。
他にも、ヴァルキリー隊や、一般の連邦兵まで混ざっている。
普段は大人しいマルコも、今は狂犬のようにうなっている。
「ううぅ~」
「これまた、ヴィルへルミネの好みそうな兵器が来たな」
「……あれ、人が乗ってるの?」
「ああ、だが、随分とバカみたいな改造してやがるな……(機能の全てを失った強さ、か……大馬鹿だな)」
アンスロポスを目にした七美は、槍を担ぎながら簡単に分析した。
エーテルの流れを感じとり、パイロットの状態はある程度理解できた。
以前から似たような物と戦ってきた七美からしてみれば、見飽きたものだ。
とは言え、見た限りだけでも、その性能はおおよその検討が付く。
マルコも、その辺をかぎ取っているのだろう。
「さて、と……見た限り十機に、雑魚がワラワラ、か……大丈夫そうか?」
「う~ん、後一体増えたら、マズイかな?」
二人共ニヤニヤと話しており、表情からも余裕が感じ取れる。
大丈夫だの、マズイだの、完全に比喩でしかない。
一人五機倒す程度であれば、相手のエーテル・アームズを倒すのは容易だ。
むしろ、強力なのがまとめてここに来てくれて、感謝さえ覚える。
「ワン!」
二人の会話を聞いたマルコは、先ほどの獰猛な表情を無くし、一言吠えた。
だが、表情が柔らかくなった事位しか、七美には解らなかった。
「……なんて?」
「えっと、その一体はこの子が倒す、だって」
「成程な……来るぞ!」
七美の言葉通り、アンスロポス隊が襲い掛かる。
「(……やっぱり、僕が心配する事じゃなかったか)
――――――
同時刻。
ヘリアンとウィル、そしてイビア率いるレイブン隊も敵に囲まれていた。
降下に成功したのは良かったが、降下して数分で、小隊規模の部隊に取り囲まれてしまった。
「よ、読まれてたの?」
「読まれてたっちゅうより、解っとったようやな……」
この状況に、ウィルソンは目を鋭くした。
何しろ、この手の作戦方法は、ストレンジャーズでも度々行ってきた。
カルミアもストレンジャーズと関わりが多かっただけに、作戦の思考が似通っている。
揚陸艇の残骸に紛れて降下なんて、彼らと関わりが深ければ、大体の見当はつく。
「なぁ、エレティコ」
「貴様らの考えなぞ、手に取るようにわかるさ」
初老のダークエルフ、エレティコは、ウィルソンに対して殺意の籠った目を向ける。
内心呆れていたが、今のウィルソンを見るなり、一週まわって殺意に変わった。
「……もはや、貴様は見るに堪えない……誰だ、誰が貴様をそこまで腑抜けさせた!!?」
「……腑抜け、か……」
子供が出来たせいだろうか、エレティコの目に映るのは、腑抜けきったウィルソンの姿。
だが、彼の言葉に、ウィルソンは鎌を持つ手を強める。
その殺意は、この先に起こるだろう最悪の未来に向けられる。
ここで彼を逃せば、彼の家族に危険が降りかかる。
「知りたかったら、先ずはワイをバラしてからにせい!!お前の得意分野やろうが!!」
珍しくプッツンとキレたウィルソンは、殺意をエレティコに向ける。
そんな彼を見て、少しは見直したのか、それは定かでないが、エレティコは彼の前に降り立つ。
「……そうか、ならば、聞くとしよう!!」
「ああ、来やがれ!」
「援護する!イビア!周りをお願い!」
「解った!」
攻めて来るエレティコを倒すべく、ヘリアンも参加。
イビアはヘリアンの指示に従い、周りの兵士を相手にする。
――――――
城内にて、レリアとロゼ達は、隠し通路から城内へと潜入していた。
随分使用されていなかったので、ホコリやただの蜘蛛巣を被ったが、背に腹は代えられない。
そう思いながら、出入り口の一つである、レリアの自室に出るなり、髪や鎧についた汚れを払い、周囲を警戒していく。
『急げ!外の連中を援護するぞ!』
『反政府勢力どもめ!』
「……陽動は上手く行っているようね」
あちらこちらから爆音や銃声が響き、内部にいる兵士も慌ただしく動いている。
漏れて来る兵士の声や足音からも、それが伺えた。
「はい、敵兵のほとんどが外へ行っているようです」
「しかし、自分たちの城を攻め込む事に成るなんて」
六人で城の中に入り込んだはいいが、なんとも妙な気分だった。
何しろ、ロゼ達薔薇騎士団は、城の、いや、イリス王国の最後の盾になる予定だった。
その筈が、なんの因果か、こうして自分の城に攻め込む事に成っている。
「さて、私達はマクスウェルを捕えて、父上達を開放する、その為にも、アイツの居る場所まで行くわよ」
「はい、奴の位置は、既に特定しております……最奥の謁見の間……完全に城をわが物顔で使ってやがる」
「解ったわ……それじゃ、行きましょう!私達の国を取り戻しに!」
そう言いながら、レリアは先陣を切りだす。
その前に、ロゼはレリアを静止させる。
「お待ちください!」
「グへ!」
着ているスーツの首根っこを掴まれ、レリアは停止。
そして、ロゼは怒りの籠った目でレリアを睨みつける。
ぶつけられる眼力は、何時も以上に真剣で、流石のレリアも委縮する程に重い。
「あの、姫様、どうしてもというのでお連れしましたが、私達から決して離れないでくださいよ?貴女に死なれたら元も子も無いので」
「う、ご、ごめんなさい」
「あの、もう歩哨部隊はいなくなっていますよ」
アンクルに言われ、落ち着いた二名も行動を開始しようとする。
だが、その後ろで。
「ちょっとミシェル?何やって……」
「ゴメン、ちょっとひっかかっちゃって……」
ミシェルの装備であるトゲ付き鉄球。
それが隠し通路にひっかかっており、彼女はそれを無理矢理引き抜く。
「フン!」
「あ」
「……」
当然、そんな事をすれば、大きな音を立てながら、壁は引きはがされ、使われた石材は崩れ落ちる。
その結果には、流石のミシェルも黙ってしまう。
勿論、奇襲に来た六人も、絶句してしまった。
『おい!今の音はなんだ!?』
『こっちだ!誰か居るのか!!?』
明らかに毛色の違う音だったせいか、兵士数名が彼女達の方へ向かってくる。
その声を聞き、ミシェル以外口が外れそうな程に口をあんぐりと開けてしまう。
「……ゴメン」
ミシェルが謝罪をいれた瞬間、ロゼは部屋の前に来た連邦兵を扉ごと排除。
部下達を手招きし、一気に駆けだす。
その中で、レリアはこの状況に叫ぶ。
もう奇襲の意味がない。
「奇襲の意味!奇襲の意味ぃ!!」
「しかたありません!このまま突っ切ります!」
「だからアイテムボックス入れていけって言ったんだよ!!」
一斉に走り出すなり、向かってくる連邦兵を返り討ちにしながら、ロゼ達は最奥をめざしていく。




