戦う理由 後編
会議が終わってすぐ、月明かりの照らす森の中で、七美は一人歩いていた。
今は一人になりたいと、落ち込みながらほっつき歩く。
会議の時、随分と恰好を付けたが、実際の所、精神のダメージは大きい。
「……お姉ちゃん……ッ!」
その辺に有った大木に、七美は悔しさを込めて蹴りを入れた。
七美の身長は有ろうかという程、太い幹をもつ大樹は、物凄い音を立てながらへし折れる。
音に驚いた鳥や小動物の声がかき消しながら、大木は倒れる。
「……」
へし折った木の幹の上に、七美は膝を抱えながら座り込む。
目を閉じると、どうしても浮かんでくるのは、ジャックとの思い出。
朝はパンかご飯か、コーヒーか紅茶か、キノコかタケノコか、そんなくだらない事で、よく喧嘩した。
だが、そんな日々は、もう戻ってこない。
いや、そんな事よりも、七美には強い後悔が有った。
「約束、したのに……あたしの新作ケーキ、食べてくれるって」
最後の別れの時、相変わらずそっけない態度をとってしまった。
今となっては、もっと仲良くしておきたかった。
本当は、もっと話したかった、もっと触って欲しかった。
だが、今思っても、時間は決して巻き戻らない。
「……う、うう」
いい加減姉離れがしたい。
その心意気がアダとなり、ずっと冷たい態度を取ってしまった。
こんな事に成るのであれば、本人にも一言相談するべきだった。
後悔の念が重りのようにのしかかり、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「お姉ちゃん」
「……」
すすり泣く七美の隣に、エーラが座り込む。
彼女は何も言わずに、ノートパソコンを開き、カタカタとキーボードを叩き出す。
何かのプログラムを組んでいるようだが、七美はジャック程そちらに精通していないので、何かは解らない。
ただ、エーラは目を細くしながら、七美の隣にいる。
それだけは、良く解る。
「……」
七美は、エーラの肩に頭を乗せ、その上で静かに涙を流す。
臭いセリフはいらない。
一人になりたいと思っていても、どうしても人肌は恋しく成ってしまう。
特に、肉親を失った時となれば、余計だ。
「(……アイツは、こんな気持ちもあの耳に入れて、自分の事のように思わないといけなかったのか……)」
ナノマシンの影響で、落ち込む事が無かったとはいえ、辛い事でもあっただろう。
できる事であれば、このままエーラと一緒に、どこかへ逃げたかった。
それでも、逃げる訳には行かない。
「(けど、まだだ、まだ、涙に溺れる時じゃない、お姉ちゃんの進もうとした場所まで、進まないと……けど、今だけは)」
だが、今までに無いショックを受けてしまっている。
傷が癒えるまでの間だけ、エーラの肩を借りた。
そんな彼女達を、木の陰から見守る少女が一人。
「……ミアナ」
月明かりのおかげで、より美しくなっている白髪を揺らしながら、キレンは胸を傷める。
最初にエーラを見かけた時、妙な対抗意識が芽生えた。
始めて見る獣人の少女であるが、七美を見る目は、獣ではなく、乙女の物だった。
そして、この光景を見て、キレンは悟った。
二人は恋仲で、自分も七美に好意を寄せていた事も。
「(僕は、人がああなっている時に、どうすれば良いのか解らない、でも、アイツは解る、ミアナが苦しんでいる時、どう接すればいいのか……悔しいなぁ)」
最適解を知っている彼女と、そもそも人を助ける事を嫌悪するキレン。
どちらの方が、人と接する方法に分があるのか、考える必要も無い。
悔しさと敗北感で、キレンの胸は張り裂けそうになる。
「(初めてだ、こんなに、誰かの事で、胸が苦しくなるなんて)」
「……クゥ~ン?」
「マルコ?」
一人静かに涙を流すキレンに、マルコは心配そうな目で見つめる。
心配を受け入れたキレンは、マルコの身体に顔をうずめる。
「……でも、気持ちは伝えたい、伝えて、スッキリしたい、こんな気持ち初めてだから……ちゃんとモヤモヤを外してから、寿命を迎えたい」
自分の寿命は、もって十年。
それまでに、何とかこの気持ちを伝えたかった。
エーラからどう思われても良いから、逃した青春時代を取り戻す事を、一度で良いからして見たかった。
「……彼女達の明日は、僕が守る、それが、今の僕が戦う理由……この気持ちが崩れるなんて、考えたくも無い」
キレンの言葉を聞いて、マルコは心なしか笑ったような気がした。
長い間一緒に居たが、キレンがここまで人のために戦おうとしたのは、これが初めてだった。
――――――
同時刻。
涙が引っ込んだシルフィは、一人議事堂の屋根で月を眺めていた。
「(……あーあ、折角引っ込んだのに、また)」」
思い出すのは、ジャックと眺めた星空。
初めて彼女と親子らしい事が出来た夜。
その時のことを、どうしても思い出して、涙が流れてしまう。
場所は違っても、あの時眺めた夜空と、同じ空であることに変わりない。
「(……せめて一言、お母さんって、呼びたかったな)」
そんな後悔にさいなまれながら、シルフィは膝を抱える。
また家族が死んだ。
その事実が、シルフィの心をえぐった。
リリィも慰めてくれようとしてくれたが、断った。
「……お、お姉、ちゃん?」
「ッ……マリーちゃん」
落ち込むシルフィの後ろの影から、マリーが出現する。
彼女にはどこで一人になるか伝えていなかったので、やむを得ず魔法で探し当てたのだろう。
かなり申し訳なさそうに、マリーは影から這い上がる。
「……その、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ、心配しないで」
「……」
シルフィの笑みを見て、マリーはショックを受ける。
また、あの無理をした笑みだ。
親を喪う気持ちは、マリーにも良く解る。
両親を喪った時、何を求めていたのか、マリーは考えた。
「(お姉ちゃんが喜ぶのは、私の成長なんかじゃない……この場で、一番喜ぶのは……)」
以前と同じテツを踏まないよう、マリーはシルフィの後ろにしゃがむと、オデコの古傷をさすりながら、当時の事を思い出す。
そして、恐る恐る、シルフィの身体へ手を回していく。
「ッ!」
「……これで、良い?」
「……え、えっと」
「ん?」
息を飲んだシルフィは、少し顔を赤くしながら、要望を考える。
確かに、マリーの温もりや柔らかさが、よく伝わって来るが、今欲しいのは、ハグでは無かった。
「その、膝枕、いい?」
「……うん、良いよ」
「ありがとう」
以前の戦いの時のように、シルフィは膝枕を望んだ。
初めて頼まれた事で、マリーは一瞬固まってしまったが、笑顔で受け入れた。
「……」
ジャックの膝は、筋肉のせいでゴムのような感触だった。
対して、マリーの膝は、もっちりと柔らかい。
ジャックと違い、マリーはスーツではなく、動きやすい長ズボン。
その事も作用しているのだろう。
「どう?」
「……ゴメンね、情けないお姉ちゃんで」
姉なのに、妹に甘えてしまう。
立派なお姉ちゃんらしい振る舞いをしていたジャックとは、大きな違いが有る。
彼女は、酒やたばこで誤魔化す事はあっても、弱みを表に見せる事は無かった。
「良いよ……ジャックって言う人、私達のお母さんでしょ?」
「うん……ちょっと、ややこしいけどね」
だが、マリーにはシルフィの気持ちが良く解る。
いや、本当は毛色が違う事も理解している。
マリーは目の前で亡くしたが、シルフィの場合、見る事も弔う事もできない。
ただ訃報が届いただけだ。
「……でも、何で膝枕?」
「三年半位前にね、ジャックに、こうしてもらったんだ、膝枕されながら、星空を……」
当時の事を思い出したシルフィは、夜空をもう一度見ようと仰向けになる。
だが、星空の代わりに、別の絶景が広がっていた。
ジャックの時も、視界の三分の一位が似た風景だったが、マリーの場合、七割がその絶景だった。
おかげで、驚きと別の哀しみが襲ってくる。
「(デッカ、全然空みえねぇ……私も農業やったら大きくなったかな?)」
「そうなんだ……私も、会ってみたかったなぁ~」
「え?……あ、そっか」
マリーの発言に、シルフィは思い出した。
実は、マリーはジャックと一度だけ会っている。
だが、底知れない恐怖をマリーから感じたジャックは、すぐに逃げ出したらしい。
記憶の隅にすらとどまって居なくても、おかしくはない。
「(そう言えば、マリーちゃんって、ジャックより強いんだっけ)……今度、写真見せるね」
「ありがとう!」
「……こっちも、ありがとう」
「あ」
マリーの嬉しそうな声を聞いたシルフィは、膝から頭を離す。
義理でも、マリーは大事な妹であり、家族なのだ。
彼女の嬉しそうな声を聞いただけで、不思議と元気が出て来た。
「(私も、なんだかんだアイツの娘か……家族が嬉しいと、私も嬉しいな)」
「……も、もう、良いの?(もうちょっと居てくれても良かったのに)」
「うん」
満足そうに身体を伸ばすシルフィだが、マリーとしては、もう少し甘えて欲しかった。
そして、シルフィは一つの決心を固める。
「(私の家族は、絶対に殺させない、リリィ達も、マリーちゃんも)」
「お、お姉ちゃん?」
もう二度と、家族を失わない。
いや、戦争で亡くしたくない。
そんな決心が、シルフィの中で改めて固められた。
そのお礼のために、シルフィはマリーに近寄る。
「……今日はありがとう」
「ッ!」
今日のお礼に、シルフィはマリーとキスをした。
シルフィの方からしてくるのは初めてだったので、マリーは珍しく顔を真っ赤に染める。
「……次の戦いも、必ず生き残ろうね、みんなで」
「……うん」
一緒に笑みを浮かべた姉妹は、夜空の下で抱き合う。
遠くの方から、何か炸裂音が聞こえたように思えたが、気のせいだろう。
――――――
シルフィとマリーとの関り、その一部始終を見ていたイベリスは微笑みながら議事堂から降りた。
久しぶりに会ったうえに、あそこまで落ち込んでしまったのだから、慰めの一つでもかけておこうと思ったが、必要無かったらしい。
「取り越し苦労でしたわ」
マリーにはちょっとトラウマが有るので、あまり関りたくなかったが、ちょっと残念だった。
そう思いながら、イベリスは退散していく。
その途中で、一人のエルフと遭遇する。
「(それに、貴女がそんなに、気負うことは有りませんわ、今度こそ、守り抜いてみせますわ、あんな思い、もうゴメンですもの)……ッ!」
「クソが、取り越し苦労か」
「何で貴女まで!?」
「ちょっと慰めに……」
どうやら、カルミアも同じ考えだったらしい。
理由を聞いて、イベリスは何も聞かず、一緒に帰っていく。
だが。
「出遅れた」
「あ、貴女まで」
「……ん」
「え?」
渋々帰る二人の前に、ヘリアンが仁王立ちをしていた。
彼女も同じだったらしいが、親指で指さした方に、案の定という人物がいた。
「……何だよ」
「いや、案の定というか」
「チ」
流れ的に居ると思っていたが、やはりデュラウスも来ていたようだ。
舌打ちをしたデュラウスは、一人帰ろうとする。
そんな彼女の後を追い、ヘリアンはその背中を叩く。
「残念、でも、貴女は役得が有る」
「あ?」
「貴女は、宇宙で彼女を、支えられる、本当は、私がやりたかった」
「……はいはい、それと」
ヘリアンからの弄りにイライラしていたデュラウスだったが、すぐそこの茂みに腕を突っ込む。
そして、何かをその茂みの中から引っこ抜く。
「きゃ!」
「あ」
「……何でお前まで来てんだ?」
デュラウスが引っこ抜いたのは、スノウ。
スーツの首の後ろ部分を掴みながら、デュラウスは顔を近づける。
この状況に、スノウはちょっと顔を赤くしながら、目を逸らす。
「え、え~っと」
「それと、新顔のエルフも」
「ッ、や、やっぱりばれてた?」
「あ、イビアまで」
デュラウスの睨んだ茂みから、今度はイビアが申し訳なさそうにして出て来る。
この三年間、多種多様な魔物と戦っていたせいか、システム無しでも索敵を行えるようになっていた。
おかげで、至近距離であれば簡単に索敵できる。
「……あら、あのお二人、先ほど会議室で」
「ああ、最近入ったイビアとスノウ、スノウは解らんが、イビアは優秀さ、ヘリアンも認めている」
「あら、ぶっきらぼうなヘリアンが、珍しい」
「聞こえてる」
「あら、ゴメンあそばせ……」
イベリスの発言に、ヘリアンは珍しく不機嫌な顔になった。
それは置いておき、デュラウスが手離したスノウを目にする。
年齢もマリーより年下、そのうえ、ジャックが好みそうな体型。
それに、先ほどのスノウの表情。
「ところでデュラウス、その子は?」
「友人からの頼みで預かってるだけだ」
「へぇ~……てっきりジャックのような、少女趣味がお有りなのかと」
「ある訳ねぇだろ!」
「(ガーン)」
イベリスの発言を猛反発した事で、スノウは硬直する程ショックを受けてしまった。
そんな彼女の頭に、イビアは慰める様に手を置く。
「てか、何でアンタ等がここに?」
「え、あ、えっと……この子と、夜の散歩に出もと」
「そ、そうそう、同じエルフとして、仲を深めようと」
「……そう言う事にしておくか」
明らかに何か理由が有るようだが、カルミアは黙認する事にした。
ホホを赤く染める二人を見ても、それは明らかだ。
因みに、二人がここに隠れていた理由は。
「(ヘリアンが)」
「(デュラウスが)」
「(シルフィの方に行ったのが)」
「(ショックだったとか言えない)」
好意を寄せるアンドロイドが、シルフィの方に行ったからであった。
――――――
シルフィ達がキスをした頃。
ザラムの作業場の前のクレーターの上にて、リリィは正拳突きの構えを維持していた。
「ひゅ~」
「何をしとるんじゃお主は」
「いえ、何か急に嫉妬が湧き出て」
シルフィとマリーがキスをした時、遠くに居た筈のリリィは、何故かその事を察知。
湧き出てきた嫉妬を発散するように、外で正拳突きを行った。
その威力は見ての通り。
彼女の拳は空気を弾き、踏み込みで地面が少し陥没した。
「……申し訳ございませんでした……それで、貴方程の方が、私になんの御用件で?」
嫉妬を発散したリリィは、姿勢を直し、ザラムの元へと本題を聞きに行く。
リリィにとって、ザラムはジャック以上に尊敬の対象。
そんな彼が、直々に用があると招待された。
とても光栄な事であったが、失礼な事に成ってしまった。
「……なぁに、単純な事じゃ、こっちへ来い」
「はい」
ため息交じりに、リリィはザラムの手招きを受け、室内に入る。
部屋の中は、鍛冶場となっており、この町の鉄製品の加工を行っている場所だ。
その中から、ザラムは一振りの刀を取りだす。
「……ほれ」
「ッ」
取り出した刀を、ザラムは投げ渡した。
しっかりとキャッチしたリリィは、その刀をよく見る。
リリィの使う物よりも短いが、脇差という程短くない。
いわゆる小太刀だ。
刀にしては軽量なので、リリィの趣味にも合っている。
「……これは」
「紅蓮の刀だ」
「え?」
「それは、奴が最も長く愛用していた業物だが、以前の戦で折れてしまっただろう?」
「……」
ザラムの言葉を聞き、リリィは小太刀を抜く。
波紋や切っ先の形状を照らし合わせると、確かにジャックの先代の刀だ。
何度も鍛え直され続け、以前の戦いで折れてしまった。
それを小太刀として打ち直したのだろう。
「……大尉の」
「ああ、そいつを、あの大馬鹿に返してきてくれ」
「え、で、ですが、彼女は、もう」
何とも不機嫌そうに放たれた、ザラムの言葉に、リリィは目を丸めた。
彼もあの会議室に居たのだ、ジャックの訃報は知っている筈だ。
それなのに、返して来い、などと言ってきたのだ。
だが、それは冗談ではなく、本気で言っているようだ。
「……別に、お主を元気づけようという訳ではない……あの大馬鹿が、死ぬと思うか?」
「そ、そうですが、現実に」
「七美が言っていたであろう?死体を見るまで、死んだと決めつけるな」
「ッ」
確かに、ジャックの死体を、仲間の誰かが見た訳ではない。
もしかしたら、少佐達と合流していて、次の戦いにひょっこり現れるかもしれない。
その時に、この小太刀を返せばいい。
そう思いながら、リリィは小太刀を握りしめる。
「……そうですね、彼女が生きていたら、これを返します、それと、私とシルフィのウエディングも、ちゃんと見せますよ」
「う、うえ?」
「あ、結婚式の事です」
首を傾げたザラムに、リリィは訳した言葉を教えた。
ザラムは確かに強いのだが、世間にとてつもなく疎い。
というか、横文字に弱いのだ。
知っていて、チョベリグだのナウいだの、そんな古い奴ばかりだ。
それと、同性愛に関しても少々ついて行けていない部分もある。
「そ、そうか……おなご同士の恋愛とは、良く解らんな」
「案外いい物ですよ、異性と違って、解り合える部分が有りますから」
「そう言う物かの?時代というのは、良く解らん方向に行くな……年を取ると余計にそれが目立つ」
感想を言いながら、ザラムは昔の携帯電話を取りだす。
と言っても、流石にショルダーフォンではない。
折り畳み式ではないガラケーである。
今となっては、本当に見る機会が少ない代物だ。
「(え、今時ガラケー?)」
「はぁ、時代に取り残されて、どれだけ立つのだろうな」
「は、はぁ……」
「まぁよい、それと、これも返しておこう」
「あ、見かけないと思ったら」
落ち込んでいたザラムだったが、更にもう一振りの刀をザラムは取りだす。
それは、リリィの愛刀であるガーベラ。
防衛戦の後見かけないと思ったら、どうやら彼が勝手に持って行っていたらしい。
渡されるなり、リリィはガーベラを鞘から抜く。
「……この刃」
「ああ、しっかり研いでやった」
「あ、ありがとうございます!」
何とも美しく研ぎ上げられたガーベラを持ちながら、リリィはザラムに頭を下げた。




