戦う理由 中編
カルミア達が通信を行った翌日。
エーラとイベリスの二名は、ヴァーベナの転移装置から、カルミアの町へと降りた。
人工重力のおかげで、足の衰えはないが、本物の重力は足と腰に来る。
「ッ、やっぱり本物の重力は違うな」
「お気をつけくださいよ、ただでさえ貴女の身体は貧弱なのですから」
「はいはい」
イベリスとスーツの補助を受けながら、エーラは久しぶりの重力を噛み締める。
多少のリハビリも行っていたとは言っても、やはり、ぜい弱な彼女の身体は、ちょっと歩いただけで息が上がってしまう。
「……やば、最近はマジで座りっぱなしだったからな……イベリス、おぶってくれ」
等と言っているが、エーラが持つ筈だった機材や荷物は、既にイベリスが持っている。
その上にエーラまで背負うのは、流石に都合がよすぎる。
「嫌です」
「いけずぅ~」
「はぁ……それはさておき、案内役の方が、お見えになられていることなのですが……あ」
倉庫内を見渡すイベリスの視線に、二つの灯火が映る。
揺らめく人魂の如く、その二つの光は近寄って来る。
その光の正体が何なのか、それを視認したイベリスは、絶句しながら口を開けてしまう。
「(なんでよりによって、あのお方が)」
「どうした?イベリス……ん?」
ゆらゆらと歩いて来たのは、顔が半分程蜘蛛のようになっている女性。
茶色い髪と白装束が、頭に括りつけてあるロウソク型の電球に照らされ、異様な不気味さを放っている。
まるで丑の刻参りでも行おうとしているかのようなアラクネが、二人の前に現れた。
「過ぎ去りし我が時間、募りに募り、鍛え抜きし我が研究の御霊、特と味わうがよい狂犬」
ノートの隅にでも書いていそうな、痛々しい言葉を述べるアラクネ。
彼女は、あやとりのように糸を引っ張り、エーラの事を睨む。
くっきりと見えた彼女の顔は、何時も以上に怖い。
「(なんでよりによってこの方!?いや、どちらにせよこうなるでしょうけど……その前に!このままだと!)」
「……誰だ?コイツ」
「エーラさん!早くお逃げになってくださいませ!!」
「は?」
もう二十年以上前の事、そのうえ、今のアラクネは、昔の姿とはかなり異なる。
流石のエーラも覚えていないのは仕方ないとは言え、彼女の言葉を聞いた途端、アラクネは手を振るう。
「……え?」
細く青白い光が、エーラの周囲を取り囲んだと思うと、彼女が着ていた白衣がバラバラになる。
紙ふぶきのように散る白衣を見て、エーラは尻餅をつきながら顔面を蒼白させた。
今、明らかに攻撃された。
しかも、地味に殺意が強い。
その気になれば、今の攻撃でエーラの首が飛んでいただろう。
「ちょ!ちょっと待て!私は蜘蛛の化け物に恨まれる覚えは無いぞ!」
「……そう、二十三年も前だものね、覚えてないわよねぇ」
「あ、あの、アラクネさん?こ、ここは、どうか、穏便に」
仕方ない部分もあるとはいえ、もう彼女の怒りは行くところまで行っている。
何とか穏便に済ませようと、彼女をなだめようとするイベリスであるが、やたらと怖い笑みを浮かべる。
「……人って、死の間際になると昔の事よく思い出すのよねぇ~」
「(だめだこりゃ)」
目からハイライトを消しながら、アラクネは糸をたゆませた。
エーラに走馬灯の一つでも見る位の恐怖を与えないと、気が済まないだろう。
そんな彼女を、恐怖で一杯にしなあら見るエーラは、見覚えが有る事に気付く。
「(……まてよ、コイツどこかで……)あ」
随分と前に見た論文。
その著者は、蜘蛛とその糸に関係する事を研究していた。
見かけよりもはるかに強靭な糸を研究し、新たな複合材を生み出していた。
研究者の名前は、ニア・フラウ。
試作品の転移装置の実験中に、蜘蛛と一体化してしまった人物だ。
その事を思い出したエーラは、転移装置の方に走りだす。
同時に、アラクネは糸で攻撃を開始する。
「ああああ!コイツ思い出したぁぁ!」
「やっと思い出したか!マッドドッグサイエンティストォォォ!!」
「……どうなっても知りませんわよ」
糸を振り回しながら、アラクネはエーラの事を追い立てる。
彼女を相手に、リリィの時のような素早い操作は必要無い。
むしろ、彼女の低い身体能力のせいで、当たるか外れるかが余計に解りづらい。
だが、逃がさないようにすることはできる。
「ふふ、ふはははは!逃げ惑いなさい!狂犬は狂犬らしく、地べたを這いずって居ればいいわ!!」
「悪かったって!あの時の私はどうかしていた!!」
「(こんなアラクネさん、初めて見ましたわ)」
二十年間、募り続けた憎しみを発散するアラクネは、恍惚な表情を浮かべていた。
転移装置へ逃げられないように、糸を巧みに操り、とにかくなぶり続ける。
殺す気は無いのだろうが、趣味が悪い。
「(そう言えば、こんな事七美さんが容認するのでしょうか?)」
イベリスの不安は、的外れだった。
こうする事の許可は、予め七美に取っていた。
転移装置に勝手にぶち込み、研究中の蜘蛛と融合させた挙句、事故だったとは言え、この世界へ転移させてしまった。
恋仲の七美でも、流石に容認できなかったので、糸で皮以上を切らない事を条件に、少し痛い目を見せて良い、との事だった。
――――――
十分後。
顔を青ざめ、呼吸困難に陥る程にエーラを追いかけたアラクネは、気が済んだようだった。
不気味な姿はやめ、戦闘スーツに着替え、イベリス達を案内していく。
肌をツヤツヤとさせるアラクネの案内を受けながら、イベリスはエーラの事を運ぶ。
「ふぅ~、スッとしたわ」
「……」
「そ、それは、良かったですわ、ね?」
結局彼女の事を運ぶ事に成ったが、背中のエーラは既に死にかけ。
これ以上運動させたらどうなるか解らない。
代わりに、イベリスが持っていた物を、アラクネが持っているので、仕方なく容認。
彼女の後ろにつきながら、議事堂内を歩く。
「それにしても、三年ぶりね」
「ッ、え、ええ、そちらも、大変だったようで」
「ほんと、連邦の艦隊が来たのに、リリィもジャックも来ない物だから、ずっとヒヤヒヤしていたわ」
この三年、大変だったのはレリアだけではない。
アラクネも、レリアとの癒着や、リリィとの関係がバレないようにひっそりとしていた。
カルミアから誘いが来るなり、ラズカを連れて、さっさと身を隠したのだ。
「さて、この先に、みんな集まっているわ」
「はい、案内ご苦労様です」
適当に話していると、この施設の会議室へたどり着き、アラクネと共に入室。
広めの部屋には、既にリリィやラズカ達がスタンバイしていた。
だが、その空気は、どんよりとしていた
「……どうしたのかしら?」
「なにやら、お葬式のような空気ですが」
「(一体何が有ったのかしら?)」
アラクネは、葬式のような空気の中、機材を長めのテーブルに置きながら、周りを見る。
落ち込んでいる様子なのは、アリサシリーズとシルフィ、そして七美。
中でも、シルフィと七美に至っては、周りよりどんより具合が強い。
まるで、肉親が死んだような顔付きだ。
「……あの、イベリスを、連れて来たのだけど」
「……あ、そうか、すまん、気づかなかった」
話しかけたカルミアは比較的楽そうであるが、どこか名残惜しそうだった。
彼女がここまで落ち込むのは珍しいので、思わず理由を聞いてしまう。
「……何かあったの?」
「……」
アラクネの質問に、カルミアはチラリとシルフィと七美の方を向く。
その視線に気付いたのか、シルフィは涙を目に貯めながら笑みを浮かべ、頷く。
七美も、同様の反応だった。
涙もろいシルフィはともかく、七美までこの反応。
ただ事でないと、アラクネは覚悟した。
「……ジャックが、死んだ」
「ッ!?」
「そんな!?」
絶望を押し殺すかのように発した彼女のセリフに、アラクネとイベリスは驚愕した。
イベリスに背負われるエーラも、無言ながらも絶句。
カルミアの質の悪い冗談であると、三人は願った。
だが、シルフィと七美が居る中で、そんな物はブラックジョークにもならない。
「……カルミア、シルフィが居るのですよ、そんなセリフは、冗談にもなりませんわ」
「事実だ」
「ッ」
「昨日、連邦の将校を捕えた、押せど引けどゲロしないもんだから、直接脳から情報を引き出した、その結果だ」
カルミアのセリフに、イベリスは息を飲んだ。
連邦の将校の生死はどうでも良いが、脳から直接抜き取ったという事は、その情報は事実だろう。
今の技術を使えば、抜き取った記憶の偽造は可能だが、情報の内容を考えれば、隅から隅まで調べる筈。
その上で言っていたとしたら、事実でしかない。
「……まさか、彼女が……」
この事実を、イベリスは受け止められずにいた。
いや、彼女だけでない、この場に居る、ジャックとの所縁が強い者は、みんな同じだ。
特に、肉親である七美とシルフィは、その傾向が強い。
その中で、七美は涙をぬぐいながら喋る。
「さぁ、役者はそろった、さっさと始めよう」
明らかに強がっている七美を見て、カルミアは目に影を落とす。
「……もう大丈夫なのか?」
「うるさい、死んだかどうか、そんな物は死体を見てから決める、あんな地獄から出禁くらいそうな奴が、そう簡単に死ぬかよ」
「(ミアナ……)」
七美の言葉に、カルミアは笑みを浮かべた。
どう見ても無理をしているのは、彼女のそばに居るキレン以外からも解る。
それでも、彼女も一介の軍人。
肉親の死だけで、立ち止まる程、弱い覚悟は持ち合わせていない。
それに、死んだというのは、あくまでも書面の内容。
実際に死体の写真が有った訳でもない。
「……そうだな、シルフィ、続けて大丈夫か?」
「……」
カルミアの言葉に、シルフィは頷いた。
言葉も出ない程に辛いのだろうが、七美同様に立ち止まる気は無いらしい。
それどころか、涙に溺れていた目に、光と力が戻っている。
彼女だけではない、ジャックの死を悲しんでいた者たちの瞳に、力がこもる。
「(……悲しむより、進む方を選ぶよな、このバカ共は)」
カルミアも作り笑いをすると、本題に入るべく、情報の共有を始める。
議題は、直近の課題である、リングの奪取と、レリアの城の奪還。
一番の問題は、この二つの作戦を同時に行わなければならない、という事だ。
蜘蛛達からの知らせだと、城には揚陸艦隊が未だに駐屯。
月、というより、リングの周辺にも、まだ連邦の艦隊は居る。
前回の戦いによって、連邦側も警戒を強めている事は想像に容易い。
既に一度目の増援が、城に集結した後だ。
会議室の電気を消し、ホログラムを使用して、これらの事をまとめた。
それらの情報を元に、カルミアは話を進める。
「ま、情報はこんな物か……城だけを叩いても、また宇宙から増援が来る、かといって、宇宙だけをやっても、地上の部隊が増援として上がり、下手したら挟み撃ちだ」
どちらに転んでも、頭数の少ない彼女達には、分が悪い。
リリィとマリーも、全ての味方を守り切れるとも限らない。
一方だけを相手にしても、結局は駐屯している連邦全てを相手取る可能性の方が高い。
「つまり、戦力を公平に分けて、両者を攻めるしか、方法はない」
「そうだ、城の方は、揚陸艇を使った電撃作戦でどうにかするとして、問題はリングだ」
リリィの発言に賛同したカルミアは、ホログラムにリングを映し出す。
偵察班が捉えた、現状最新の写真。
既にリングの周囲には、艦隊が陣を整えている。
巨大な転移装置であるリングを使えば、更に量は増えるだろう。
だが、城の方も、既に増援が到着しているとの事。
それを踏まえて、戦力を分ける必要がある。
考えこんだカルミアは、エーラの方を見る。
「……現状最強戦力のリリィとマリーは、そっちにくれてやる」
「い、良いのか?」
「ああ、それと、シルフィとデュラウスも付けよう、こっちは異世界人共とヘリアン、それと、七美とウィルでどうにかする」
随分と大盤振る舞いをするカルミアの発言に、エーラは頭をボリボリとかいた。
リリィ達も加わるとなれば、戦力の向上は確実。
むしろ、地上の方が心配になる位だ。
ロゼや葵等、強者が揃っていても、不安要素は多い。
「だが、七美達が居ても、頭数が」
「レリアの城の近くには城下町が有る、下手に戦闘を長引かせれば、住民に被害が出る、だったら、少数精鋭の電撃作戦で終わらせるしかない」
「……そうか」
確かに、地上の部隊は宇宙に比べて少ない。
少数精鋭による作戦も、迅速に行えば成功するかもしれない。
それでも、敵陣は王族の住まう城。
何度か改築は行っているが、内部構造は人類同士の戦争が有った時の名残が有る。
そして、今や連邦の兵器による防御が敷かれている。
突破するのは容易ではないだろう。
「方法に関しては心配しないで、手はあるから」
その心配を消すために、レリアは手を上げた。
この中では、誰よりも城の構造に詳しいだけに、ちょっとした手が有った。
「城には、いざという時のために、王族用の抜け道が有るの、アラクネに調べさせたら、そこの警備は手薄らしいわ」
「だそうだ、そこに城の構造に詳しい連中を行かせて、外で陽動でも行えば、この城は取れる」
「成程」
大雑把に言えば、城へ揚陸艇を使って奇襲を仕掛け、相手の注意が外に向いている間に、ロゼ達が落とす。
細かい部分は後で考えるが、一先ずはこれが地上での作戦だ。
これには、エーラも頷き、聞いていた葵とロゼは闘志を燃やす。
とは言え、同時に行われる作戦は、一筋縄ではいかない。
「けど、問題はリングですね」
「そうですわね……ヴァーベナの主砲はもうじき完成いたします、それを使えば、艦隊はどうにか出来るかもしれませんが、奪取となると……」
ホログラムを操作しながら発せられたリリィの発言に、イベリスの目に影が落ちる。
リングの破壊であれば、ヴァーベナの主砲でどうにかなる。
だが、今回の作戦で使える場面は艦隊の殲滅。
こちら側の艦隊を壊滅させても、向こう側の艦隊が居る筈だ。
「こちらと向こう、両者の艦隊を抑える……確かに、私とマリーが居なければ、成し遂げられませんね」
「ああ、それと、ライラックも出そう、そいつと艦載機を使えば、ちょっとは足しになるだろう」
リング奪取は、城の奪還よりも頭数が必要になる。
広大な宇宙では、リリィとマリーの力をもってしても、カバーしきれる保証はない。
であれば、もう一つの大型艦であるライラックも必要だろう。
後は、精鋭たちの布陣を如何するかである。
「貴女方二人を前に出すとして、守りはわたくしとデュラウスが行う、これでどうにかなるでしょう」
「俺は後方かよ」
「二隻のサイズから考えて、アリサシリーズも二機程必要でしょうね、それも、飛び切り早い方が必要です」
「アキレアの援護が有っても、二隻を守り切れる保証は無いからな」
「チ」
リリィの反論に、デュラウスは渋々了承した。
連邦もリングを攻められる事位予想しているだろう。
であれば、何らかの防衛装備が有っても不思議ではない。
他に目立った戦力が無い以上は、その布陣にするしかない。
そんな彼女を横目に、マリーはずっと疑問に思っていた事を打ち明ける。
「でも、何でそのリングってやつを壊さないの?その方が早くない?」
実際の所、増援の遮断だけであれば、リングは破壊した方が早い。
それこそ、ヴァーベナで敵陣を突っ切り、主砲を撃ちこんでしまえばすぐだ。
彼女の発言に、リリィは首を横に振る。
「それでは、向こうにいる仲間と通信ができません……向こうと連絡が取れなければ、連邦の目的も解りませんので、こちらも動きようが無くなるんですよ」
「ふ~ん、戦うのに、そんなに色々考えないとだめなの?」
「ええ、とかく、戦争においては、色々と理由やらなんやらが必要なんですよ」
なんだかんだ言って、マリーは戦争の経験は浅い。
それどころか、政府のイザコザに巻き込まれた事も無い。
必要な時に魔物と戦うだけで、他人の思惑の為に戦う事も無い。
「……他人の思惑のために戦うなんて、バカみたい」
「ええ、バカな事ですよ、他人の定めた大義だのなんだの、そんな事のために戦うなんて、私は嫌です……私はただ」
マリーの発言に賛同しながら、リリィは座るシルフィに、後ろから抱き着く。
会議中は黙りながら涙を流していたシルフィだが、今やすっかり落ち着いている。
その事に安心しながら、今のリリィが戦う理由を告げる。
「シルフィ達と、幸せに暮らせる未来が有るのなら、戦う理由なんて、それで十分ですよ」
穏やかな表情を浮かべるリリィの言葉。
それが複数系である事に気付いたシルフィは微笑んだ。
「私達、ね」
「ッ」
思わずマリーの事も含めてしまっていたのだろう。
その事に気付いたリリィは、柄にもなく顔を赤くした。
「べ、別に、マリーの事ではありませんよ!」
「マリーちゃんの事とは言ってないけどね」
急に始まった痴話喧嘩を止める様に、カルミアは手を叩いた。
乾いた音が二回会議室の中に響き渡り、イチャイチャしていた二人は我に返る。
そして、ちょっと不機嫌になったカルミアは、指示を下す。
「配置はさっき言った通りだ!二日以内に作戦の詳細を決める!それまで、各員は装備のチェックを怠るな!」
カルミアの言葉に、部屋にいた面々は敬礼する。
キレンとマリーも、周りのマネをして、同じポーズを取った。
その後で、部隊は解散する。




