鉄血の集い 前編
警戒態勢が敷かれてから三日後。
城壁で見張りをするストレンジャーズ兵は、徹夜明けで集中力を欠きかけていた。
「……う、寝そ」
「しっかりしろ、もう少しで交代だ」
「ああ……ん?なんだ?この音」
ウトウトと居眠りをしかけていると、聞きなれた音が耳に入り込んできた。
元の世界では聞きなれていたが、この世界ではあまり聞かない。
彼らの脳裏に過ぎるのは、何時も頼りにしていた兵器。
今の彼らの陣営に、その兵器は配備されていない。
その事を思い出すと、見張りの兵士二人の顔は、真っ青に染まる。
「お、おい、この音、まさか……」
「もしかしなくても、だな」
恐る恐る上を向いた二人の目に、雲を上から突き破って来る巨大な影が目に映る。
それも、一つや二つではない。
単純に数えただけでも、二十以上の影が出現。
その影の正体を見た途端、兵士の一人が慌てて無線を取りだす。
「き、緊急!緊急!敵揚陸艇を確認!敵の揚陸艇を確認!」
「いや、あれは、強襲型の揚陸艇だぞ!」
「クソ、揚陸艇は強襲型!繰り返す!揚陸艇は強襲型!」
二人の報告を受け、町の警報が響き渡る。
彼らが目撃したのは、強襲型の揚陸艇。
以前リリィとの戦いで使用した物より、高い攻撃力と防御力を持っている。
艦載されている機体も、通常であれば変わらないが、恐らく今は新型機が配備されているだろう。
そう言った事を考えながら、二人は地上の方もじっくり見渡す。
「……ッ、たく、こっちには全然よこさなかったくせによ!」
「俺ら潰す時は、張り切ってコスト度外視かよ!」
地上の戦力も、並の物では無かった。
ストレンジャーズでは滅多に配備されない、重戦車や高性能のエーテル・アームズ。
兵員輸送ヘリまで確認でき、既に部隊を降下させている。
「……報告、敵は既に部隊を展開しています」
「チ、十分位寝かせてくれよな」
そんな愚痴を垂れながら、二人は武器を手に取る。
――――――
同時刻。
町の地下に設けられた作戦司令本部にて。
外からの報告を受け、カルミアは引き締まった目でカメラの映像を眺だす。
その周りで、外からの報告を受けるオペレーター達が忙しく働いていた。
「敵襲の報告が、次々と上がっています!」
「全方位に敵影を検知!完全に囲まれています!」
「……ネズミ一匹、逃れる隙が無いな」
次々ともたらされる報告に、カルミアは頭を巡らせる。
見張りからの報告だけでなく、偵察兵からも次々敵の情報が上がって来る。
聞く限り、陣形の方はカルミアの予想通り。
しかし、予想外だったのはその物量。
当初予想していた数の、倍以上の戦力が送られている。
「……作戦に変更は無い、当初の予定通り、リリィ達を」
「ッ、待ってください、敵艦からアナウンスが流れています」
「何?聞かせろ」
「はい!」
オペレーターの一人が、外で響いているアナウンスを、指令室にも響かせる。
どうやら、敵からの警告のようだ。
『当地域に潜伏する反政府勢力に告げる、直ちに武装解除し、投降せよ、従わない場合、我々への宣戦布告とみなし、例外なく排除対象とする……繰り返す、例外は無い』
「……たく、自信過剰なクソ共だな……伝達!投降はしない!野郎ども!あのクソッたれな人間どもに、目にもの見せてやれ!」
「りょ、了解!」
「……さて、こっちの読み通りに来てくれよ」
――――――
その頃。
準備を終えたリリィとマリーは、空を見上げていた。
見渡す限り、連邦の強襲型揚陸艇が空を覆っている。
リリィにとっては見なれた光景であるが、マリーにとっては異質な光景だった。
だが、二人は怖気づく事も無く、武器を握る力を強める。
「……さて、カルミアからのご命令ですよ、景気よく花火を上げるとしますか」
「……うん、お姉ちゃんには、指一本触れさせやしない」
「その意気です、それと、カルミアからの命令は、忘れないようにしてくださいよ」
「ッ、解ってるって」
プロテアスの上から、リリィはマリーの背中を小突く。
ちょっと機嫌を悪くしながらも、マリーはカルミアから言われた事をしっかり思い出す。
この後の作戦に必要な行動だというので、割と責任は重大である。
と言っても、それ程難しい事ではないので、心の隅にでもとどめておく。
二人のやり取りが終えると、連邦の艦艇から、更なるアナウンスが響く。
『要求の拒否を確認、これより、執行を開始する』
「……やれやれ、それじゃ、作戦開始です!」
「ッ、うん!」
敵の航空戦力が攻撃を開始すると同時に、二人は飛び上がる。
――――――
同時刻。
地上でも防衛戦が開始された。
壁の一面の防衛を任されているイビアも、張り切っていた。
「死守するぞ!後ろには、無防備な民間人が居るんだ!」
「当然だ!この壁を抜けさせるものか!」
「(しかし、この世界での戦争も、私達の世界でのやり方と変わらないのね)」
異世界の兵器が相手でも、戦いの手法はあまり変わらない。
掘りを作り、壁や柵で敵の進行を食い止める。
前時代的な防衛戦術ではあるが、この戦場はエーテルによる電子妨害が一般化している。
長距離から狙い撃つのも良いが、決定打になるのは白兵戦。
必然的に攻め方も前時代的に成ってしまうので、防御も同じだ。
相手もそれを理解しており、森の木々を盾にしながら、地上の部隊が突撃してくる。
「よし……来るぞ!」
東西南北全ての方角から、一斉に地上を駆けて来た連邦の部隊。
弾幕をかいくぐり、後少しで壁に到達する所まで接近してくる。
その直後、イビアの叫びと共に、彼らは爆散してしまう。
爆発の正体が地雷と分かり、部隊の足は止まる。
「ッ!じ、地雷原だと!?」
「奴ら、条約違反兵器を!」
「(姫様追い出しておいて、条約うんぬん、言うなんてね)発破!!」
動きを止めた彼らの足元は、再び大爆発を引き起こす。
町の外周を覆う程の爆炎が立ち上り、仕掛けられていた地雷ごと、地面は吹き飛んだ。
この光景に、ストレンジャーズの一人が、ガッツポーズを決める。
「よっしゃ!考え無しに突っ込むからこうなるんだ!」
「他の場所でも、上手くいったようだな」
「ありったけの対戦車地雷に、地面がえぐれるだけのプラスチック爆弾、エーテル・アームズでも、ただじゃ済まねぇよ」
「言ってる場合じゃない!次は飛んで来るぞ!」
堀が更に増えたが、低空を飛行していた部隊が接近してくる。
彼らを前に、設置していた砲台が火を噴く。
砲台は高出力エーテルを撃ちだす物。
近距離であれば、エーテル・アームズを破壊できるが、連射力に乏しい。
その上、数も限られている。
防衛の要でもあるので、壁の上に居る隊員やビークル達は、砲台の穴を埋めていく。
「近づかせるな!」
「撃て!撃て!」
もちろん、敵からの反撃も来ている。
気休め程度の遮蔽物もあるが、一番頼りになるのは魔法使いによる防御魔法。
集められるだけ集めた彼らによって、相手からの攻撃は防がれている。
ありがたいことに、外側からの攻撃は防ぐが、内側からの攻撃は通過させてくれている。
余程近くで撃たれない限り、一方的に攻撃を行える。
「やっぱ魔法ってのはすげぇな!ウチじゃ大尉か曹長位しか使えねぇからな!」
「言ってる暇が有ったら迎撃しろ!そっちの発明のおかげで、防御力は強化されてるが、近づかれたら終わりだぞ!」
「はいよ!」
「ミサイルの流れ弾にも注意しろ!爆風で吹っ飛ばされてはかなわん!」
「ッ、待て、あれは……」
言い合いながらも、訓練の成果を出している所に、更なる戦力が投下された。
防衛している壁の少し上空から、複数の機影が近づいてきていた。
それが何なのか確認できると、隊員の一人が叫ぶ。
「クソ!自立型の特攻兵器だ!」
「チ、行かせない!」
特攻兵器の姿を見るなり、イビアは手持ちのエーテル・ボウガンを構える。
壁に命中しそうな物を優先的に狙い撃ち、被害を抑え込んでいく。
彼女に続き、レイブン隊のメンバーも迎撃を行う。
他の方角の壁が直撃を受ける中で、イビア担当の壁だけは、無傷ですんだ。
だが、壁が狙いでない編隊は、彼女達の防御を抜けてしまう。
「ッ、手が回らない!」
「……狙撃班、頼んだぞ」
物凄い勢いで、特攻兵器がイビア達の頭上を過ぎる。
辺りに風をまき散らしながら、町内へと侵入。
機動を下へ向け、町へ特攻を仕掛けようとするが、その途中で爆散する。
「(……絶対に、これ以上は進ませない!)」
特攻兵器だったとは言え、ヘリアンに負担をかけてしまった。
その事を悔いながらも、イビアはボウガンを構える。
――――――
同時刻。
高台の上で、シルフィは息を整えていた。
全方位から町に侵入してきた特攻兵器を、全て撃ち落としたのだ。
久しぶりの狙撃が、こんな無茶ぶりだった。
緊張で心臓も息も乱れまくっている。
そんな彼女でも、狙撃に成功した。
両手に握られている、特別な狙撃兵器のおかげだ。
「(三十ミリ個人携行型防衛砲、ブローディア……カルミアちゃん謹製だけあって、良い精度)」
個人携行型と言うには、とても大きな武器。
エーテル兵器よりも、精度の良い実弾兵器だ。
絶対にくるであろう、特攻兵器や空中の部隊の子機に対抗するために、カルミアが制作した物。
重量も有ってかさばるが、十分な威力を持っている。
その性能に満足していると、別のポイントに居るヘリアンから通信がかかる。
『こっちも、全部撃ち落とした、そっちは?』
「うん、こっちも大丈夫」
『良かった……』
ヘリアンも同様の武器を装備しており、シルフィと同様に狙撃を行っていた。
それなりに広い町なので、半分ずつをカバーしあっている。
しかし、無駄話をしている場合ではない。
ヘリアンのセンサーに、上空からの反応を検知する。
『上空から敵、多分、リリィ達の、撃ち漏らし』
「……了解ッ」
ヘリアンの言葉を聞いて、シルフィは砲口を上へ向ける。
リリィ達も上空で揚陸艇を次々落としているが、彼女達の攻撃を逃れた機体が降下してくる。
接近してくるのは、エーテル・ギア『ファルコン』と、エーテル・アームズ『イーグル』
彼らへ向けて、出来る限りの砲撃を行う。
『恐れるな!人類の崇高なる世界のために!!』
『お前たちのせいで、戦友が大勢死んだ!責任を取ってもらうぞ!!』
「……」
『シルフィ!集中して!』
「……うん!」
聞こえて来た言葉に惑わされながらも、シルフィは目標を狙い撃つ。
弾頭に天をまとわせることで、装甲表面のエーテルを剥離。
防御が低下したところに、ヘリアンが砲弾を撃ち込む。
使用されている弾は、攻撃ヘリ等にも搭載されるような強力な物。
本来であれば、戦車以上の装甲を持つエーテル兵器には効果が薄い。
だが、エーテルで強化される事で、貫徹能力が向上している。
その恩恵もあって、敵の機体は、空中で次々爆散していく。
『……全機、撃墜』
「はぁ、はぁ……(やっぱ辛い)」
何とか全ての機体を撃墜したのは良いが、やはりシルフィの精神面がやられている。
今回は薬無しで参戦しているだけに、死人の思念がダイレクトに伝わって来た。
ブローディア二丁を下ろしながら、息を整えていく。
『……大丈夫?』
「……うん何とかね」
次々と落ちて来る残骸たちを、アラクネの部下の蜘蛛達が受け止める中で、シルフィは立ち上がる。
空を見上げ、リリィ達の活躍を目にすると、休んで居ようという気にはならない。
弾の切れたブローディアをリロードし、次々と襲い掛かって来る上空の敵に睨みを利かせる。
「(リリィ達も、頑張って敵を落としてる……でも、あの子達の任務は、揚陸艇の破壊、その後の事も考えると、艦載機は二の次……もとより、私達の相手!)」
『(……あれは、私達がやる、重戦車は、頼んだ)』
ありったけの弾倉を抱えながら、二人は移動しながら戦い始める。
上から壁の守備隊を守る為に。
――――――
シルフィ達が、航空戦力を相手にし始めた頃。
連邦の地上部隊は、重戦車を引き連れながら、上空の部隊と連絡を取り合っていた。
「……ッ、こちら地上部隊!揚陸部隊!どうなっている!?」
次々と墜落してくる揚陸艇をみて、車両内の通信士が慌てて連絡をいれた。
だが、目の前の事実が、上の状況を物語っている。
通常であれば、上の揚陸艦隊だけで、あの程度の町は制圧できる。
だというのに、飛び立った二つの光によって、艦隊が撃墜されていく。
その事実を前に、乱暴に通信機を切る。
「ッ!クソ、反政府勢力どもめ……だが、この重戦車が有ればあんな板切れ!」
重戦車エレファントの内部は、簡易的な指令室にもなっている陸の要塞。
装甲の重量のせいで、速度こそあまり出ないが、威力は折り紙つき。
町を守る突貫の壁程度であれば、一撃で破壊できる自信が有る。
彼の自信満々な声は、スピーカーを通じて外に漏れていた。
「……そう言う訳にも行かないのよ」
その声を聞いていたのは、待機していたアラクネ。
重戦車と、その護衛部隊に向けて、自慢の糸を繰りだす。
「ッ!何だ!」
「て、敵か!?」
「ワイヤーだ!」
バラバラになった味方を見て、連邦の兵は周辺を警戒する。
だが、その瞬間に、彼らは切り刻まれてしまう。
重戦車さえも、丸太のように切断された。
その惨状を、アラクネは配下の蜘蛛達と作り出した。
「……リリィとの闘いが、役に立ったわね」
リリィとの闘いを経て、アラクネは糸の強化を怠らなかった。
いや、リリィとの闘いだけではない。
シルフィの里での戦いも、アラクネの向上心に火を付けた。
強度も切断力も、以前までの比ではない。
「……他の所でも、頑張っているようね」
敵の殲滅を確認したアラクネは、次の重戦車へ進みながら、他の部隊も知覚する。
葵達が率いる部隊に、ロゼの率いる部隊。
連邦の部隊が壁に気を取られている隙に、こうして精鋭部隊で攻める算段だった。
一番注意しなければならなかったのは、重戦車の部隊。
彼らを倒す為に、高い戦力を持つ部隊のほとんどが、外で戦闘を行っている。
「(あの子達なら、心配する事は無いでしょうね)」
アラクネの予想は当たっていた。
いや、予想するまでも無い結果だった。
――――――
葵の率いる部隊の担当区画にて。
「オラオラ!どうした!戦で手柄も上げずに逃げる気か!!?」
「もう嫌だ!こんな化け物共を相手にできるか!」
「後方の部隊は何していやがる!?」
葵の金棒によって、重戦車は瞬時にペシャンコ。
更に練度の違いによる、彼女の部隊の快進撃。
どちらが正規の軍人なのか、解らない程の士気の違いが産まれていた。
その違いによって、武器を捨て、逃げ出す兵士もいる位だ。
「ケ!本隊がこんな腰抜けどもだと、あいつ等の負担もヤバかっただろうな!」
敵を金棒で潰しながら、葵はジャック達の部隊を思い出す。
彼らも一人一人は大した事無かったが、志は武人のそれだった。
本当の戦士と言えた彼らに比べれば、目の前の兵士達はただの腰抜けだ。
――――――
ロゼの担当区画にて。
状況は葵の場所とほとんど同じ。
だが、彼女の部隊だけは、薔薇騎士団のみによる少数精鋭。
葵達の半分の数、たったの五人で、同じ敵の量を壊滅させていく。
特に、彼らの恐怖を煽る一番の要因が、ミシェルだった。
「ヒッ!ヒッ!ヒッ!逃げ惑え!慄け!死んで平伏しろ!異世界人共!」
「(何時も以上に怖っ)」
トゲ付きの巨大な鉄球を振り回し、不気味に笑い、叫ぶ。
鎖で切り裂かれ、鉄球で潰される。
そんな惨劇が繰り広げられ、敵の部隊を蹴散らす。
彼女の元々の不気味さも相まって、ロゼでさえ臆してしまう程だ。
そんな恐怖を振り払いながら、ロゼは重戦車とエーテル・アームズを破壊していく。
「(……今回は、鎧の力も使わずに行けそうだ)」
「く、クソ」
破壊されたルプスクリーガから、剣を引き抜くロゼの視界に、一人の兵士が映り込む。
ロゼの攻撃に巻き込まれたのか、全身を怪我している。
その兵士は、痛みをこらえながら、通信を始める。
「こ、こちら第一攻撃部隊、部隊は壊滅……くり、かえす、部隊は、壊滅した……」
「……無駄な事を」
「……こちら、第一攻撃部隊、後続の、部隊に通達、部隊は壊滅、直ちに救援を……」
苦しみながら、うわ言のように呼び掛けるが、通信機からは砂嵐の音が響くのみ。
彼の無駄な行動を遮るように、ロゼは彼の事を持ち上げる。
「ッ」
「無駄だ、救助は来ない」
「黙れ、そんな脅しには、屈しない」
「……ま、信じたくないのなら、それも良い」
兵士を手放したロゼは、容赦なく叩き斬った。
血の滴る剣を担ぎながら、ロゼはリリィ達の向かった方を向く。
丁度良く、彼女達の居る方が風上。
僅かであるが、リリィ達の匂いも認識できる。
「……どうやら、アイツの思惑通りに運んだようだな」
町の周辺以外からも、次々爆音や雷鳴が響き渡る。
嗅覚程ではないが、ウサ耳により、ある程度の音も敏感に聞き取れるおかげで、様子は大体わかる。
カルミアの予想通り、敵には第二、第三の戦力が有ったようだ。
そちらの方は、リリィとマリー、そして、増援の部隊によって蹴散らされている。
「隊長、この近辺の部隊は殲滅しました」
「わかった、次の目標を叩く!あの鉄の塊を優先して破壊する!」
ロゼの言葉に、騎士団は心地よい返事を返した。
できれば壁の防衛に向かいたいが、作戦通りに、敵の火力を削ぐことに集中していく。
壁の中にいるレリアを守るために。




