戦いの火ぶた 中編
両親が死んでから、もう四年近く経った。
不意にそんな事を思ったスノウは、胸を痛めながら目を覚ます。
「……ッ、まぶし」
木漏れ日がスノウの目を指し、一気に眠気が吹っ飛ぶ。
大きなあくびをしながら起き上がると、周辺を見渡す。
豊かな森林の中で、ポツンと昨晩使った焚火の跡が残っている。
その他には、故郷の森を思い出す位、立派な木々が立ち並んでいる。
「……ん」
目の前に水魔法で水の塊を作り出し、顔をすすいでいく。
寝起きに嫌な事を思い出してしまい、なんとも気分が悪い。
突然現れた化け物によって、里の住民は食い殺された。
今まで見て来たどんな魔物よりも醜く、凶暴な触手の化け物。
スノウの両親は、その化け物から彼女を守るべく、井戸へと落とした。
きっと生きていると信じていたが、目覚めた後に全て裏切られた。
ウサギの獣人の口から、両親の訃報が伝えられたのだ。
「……お腹空いた」
水面に浮かぶ自分の顔を見ながら、空腹感を覚える。
とは言え、まだ身支度は終わっていない。
普通のエルフとは異なる、金色の髪をといていく。
天然でフワフワな髪にできた寝癖を抑え込みつつ、二つの方向にくくって行く。
所謂ツインテールに整えると、香ばしい良い香りが漂ってくる。
「ッ……あ、おはよう」
「ああ、おはようさん」
「……」
香りのする方を振り向くと、蒼い髪を持った目つきの悪い少女がベーコンを焼いていた。
新しい火を用意し、二枚のベーコンに火を通している。
彼女の姿を見るなり、スノウはバックパックからパンを取りだす。
「(……デュラウス、コイツと旅を始めて、もう一年か……)」
取り出したパンを切り分けながら、スノウはデュラウスと出会った時の事を思い出す。
出会いは偶然に近かった。
スノウと、養父のウルフスが住んでいた村に、彼女がたまたま通りかかったのがきっかけだ。
両親の喪失から立ち直って来たスノウの、社会勉強も兼ねて、旅に同行させてもらっている。
「(おじさんの古い知り合いの妹、修行の旅だとかしていた所で、家を宿代わりに使わせたのが、私達の出会いだったっけ)」
「ほら、焼けたぞ」
「あ、うん、ありがとう」
焼けたベーコンを、切ったパンの上にのせ、更にその上にパンを乗せて挟む。
デュラウスも同じ事をして、一気にかぶりつく。
旅を始めたばかりの頃は、食事をしなかったが、とある町に立ち寄ってから、食事を摂るようになった。
「(確か、せいたいパーツ?が使われてるから、栄養も取らないといけない、とか……わかんないし良いか)」
考えをしまい込み、スノウは目の前のベーコンサンドをかじる。
強めの塩気を含み、表面はカリカリに、中はジューシーに焼けたベーコン。
肉の油を吸い込んで、少し柔らかくなった、素朴な黒パン。
二つが一体になる事で、程よい塩梅の味になっている。
「……おいしい(パンはやっぱり、おじさんが作った奴の方がおいしいけど)」
「……そうか」
「(あ、笑った)」
微笑みながら、おいしいと答えたスノウをみて、デュラウスもほんのり笑みを浮かべた。
それに気づいたスノウは、胸の辺りにポカポカした気分を覚える。
最近、デュラウスに嬉しい事が有ったりすると、自分の事のように思えていた。
その事を不思議に思いながら、スノウは食事を進める。
「それで?今日は何処に行くの?」
「……以前、こいつを貰った時の町だ、仲間から連絡があった」
「れ、連絡……」
機にかけている物に指さすデュラウスの発言に、スノウは眉をひそめた。
彼女の発言には、どうにも慣れない物が多い。
スノウが知る限りの遠距離連絡手段は、伝書バト等での、手紙のやり取り。
だが、デュラウスがそう言った動物と触れ合った事はない。
気が付けば連絡が来た、等というのだ。
「(遠距離のテレパシー?でも、あの町からここまで、結構離れてるし、できても無理の筈……でも、あんなの作る位だから、案外いけるの?)」
デュラウスの指さす、鉄塊とも言える大きな剣。
ウルフスから譲り受けた物を、彼女の姉妹が統治している町で改造をほどこされた物。
一年前にその町へ訪れ、装備をいくつか整えた。
身体能力面のステータスを全て上げる黒いスーツに、良く解らない技術で作られた槍。
あの町に、余程の腕の技巧が有るのか、随分と世話になっている。
「さて、そろそろ行くか、何時もより、少し急ぐぞ」
「え、わ、解った……何か有るの?(なんだろう、心なしかいつもより嬉しそう)」
「……ちょっとな、デカい戦いが有るんだ」
「……ふーん(何か、嫌だな……何でだろう)」
デュラウスが好戦的である事は、この旅で解っている。
だが、今のデュラウスの笑みは、まるで恋人と会うかのような物だった。
その類は居ないという事は、他愛もない雑談で解っている。
それなのに、さっきのデュラウスの表情は乙女の物だった。
「(そう言えば、恋人は居ないけど……好きな人が居ないとは、言ってなかったっけ)」
「……ああそうだ、多分、お前も知ってる奴が、あの町に来てるだろうが、あんま騒ぎは起こさないでくれよ」
「ッ……知ってる奴?私、里と村以外の人と、あまり交流が……」
「その里の奴だよ、名前くらいは聞いた事有るんじゃないか?シルフィ・エルフィリアって奴だ」
「(……あ)エルフィリア……ああ、あの脱走者の一家、ね……」
大剣を担ぎ、移動を始めながら話していると、先ほどのデュラウスの表情の理由が分かった。
シルフィ、ルシーラ、この二人は里から脱走した二名。
いずれも、暗殺部隊の追跡を振り切ったと有名な人物だ。
ウルフスも、シルフィの話を何度かしていたので、記憶にも残っている。
「(それはそれとして……エルフィリア姉妹……その姉って、確か魔法が使えないエルフだよね……何でそんな奴を……)」
胸にチクチクとした痛みを覚えながら、里の学び舎で聞いていた話を思い出す。
エルフィリアと言う家の長女は、魔法が使えない落ちこぼれ。
村八分のような扱いを受けていただけあって、反面教師という大義の元、教師からそんな話を受けた事が有る。
そして、あの里でのカーストは、魔法の技術で決まる。
使える魔法の種類と属性の数、威力と精度。
外見なども入るので、シルフィはほとんど見た目だけのような扱いだった。
当時の感覚が、未だに抜けないスノウにしては、シルフィはカースト最下位の女だ。
「(あんな女の何処がいいの?確かに、私と違って大人だけど……でも、私の方が使える属性多いし、精度だって、おじさんから結構叩きこまれたし、スタイルだって……まだ成長期だもん、うん)」
二百歳中盤のスノウは、人間で言えば中学生程の年齢。
倍の年齢であるシルフィは、彼女からみたら十分大人だ。
後は老けて行くだけに対して、スノウはまだまだこれから。
なので、デュラウスの胸位の身長と、一切凹凸の無い身体は無視した。
「(総合的に見て、私の方が……って、何を比べてるの、私は)」
「どうした?なんか不機嫌そうだが」
「ッ、べ、別に……」
貰い物の短槍を握り締めるスノウは、妙に機嫌が悪い事に気付く。
デュラウスが格下に好感が有る事が、何故だか許せない。
プライド的に言って、そう言う思考になるのは、何となくわかる。
だが、どうしても別の感情が有る様に思えてしまう。
自分の事だというのに、どうにも解らない。
「(……デュラウス……この一年、コイツと色々あったなぁ……里での十年、二十年分の経験が有った)」
デュラウスの背後を追うように歩くスノウは、今日に至るまでのできごとを思い出す。
この旅の理由は、基本的にデュラウスの修行にある。
そのせいか、危険な魔物に挑むことがほとんどだった。
ギルドに登録していないので、ダンジョンには潜れないので、魔物の強さには限界がある。
それでも、居る所には居る。
強い魔物を探し、野を越え、山を越え、様々な場所を巡った。
その道中、何度も死にかけた。
「(……よく生きてこれたよ、私)」
魔物にたどり着く前に、その道中で死ぬ思いを何度もした。
そうしてボロボロになっているところで、ベヒーモス級の魔物と戦った。
最初の頃、戦いはデュラウスが主に行っていたが、最近はスノウも加わっている。
これでもエルフの端くれ、ダメージを与えられなくても、牽制程度の事はできる。
「(大剣を雄々しく振り回して、私達の何十倍も重い魔物を葬る……そして、決め手の雷魔法、戦ってる時のあの凛々しくて、格好良くて……組手をしている時なんて……)」
胸の高鳴りを覚えながら、戦うデュラウスの姿と一緒に、訓練を行う姿を思い出す。
魔物と戦う事もあれば、一緒に組手を行う事も有った。
里でも魔法以外にも、接近戦の訓練も行っていた。
その筈なのだが、デュラウスの前では、とても相手にならない。
毎日のようにボコボコにされた。
「(……何で今生きてるんだろう、私)」
それら全てをひっくるめても、今生きているのが不思議で仕方なかった。
高鳴っていた胸も、すっかりおさまってしまう。
とは言え、里の基準で言えば、デュラウスは上位に食い込む。
見た目も良ければ、それなりに家事もこなせる。
その上、かなり強い。
「(……あ、あれ?なんだかんだ言って、私、アイツの事好意的に見てる?)」
「(……里にはルシーラの奴もいるみたいだな……はぁ、シルフィの事だから、一緒に来る事は解るが……気が重い……)」
感じた事の無い胸の高鳴りを覚えるスノウの前で、デュラウスは頭を抱えていた。
その理由は、カルミア達から発信されたメールの内容。
添付されていた写真には、シルフィの姿だけでなく、復活したリリィと、ひと悶着有ったマリーの姿もあった。
シルフィの性格上、何としてでも和解の道を選ぶことは解る。
解っていても、槍で刻まれ、エーテル弾でメタメタにやられた記憶が脳裏をよぎる。
そんなデュラウスに気付く事無く、スノウは真っ赤になる顔を両手で抑えていた。
「(い、いや、いやいや!……か、仮にそうだとしても、憧れ、だもん……だ、だってあり得ないもん……わ、私達、女の子同士だもん……てか、今私の顔どうなってる?デュラウスに見られたくないんだけど)」
「(そういや、ヘリアンの奴、あの時戦闘に参加してるように見えて、全然参加してなかった気が……いや、参加してたけど、遠くから銃撃ってただけか……てか、イベリスもカルミアの奴も、早々にリタイヤしやがって……多分俺が一番酷い目遭ったわ!!)」
嫌な記憶がよみがえり、後ろで悶々とするスノウに、デュラウスは一切気付いていない。
圧倒的な力でねじ伏せられ、なす術もなく体を焼かれる恐怖。
もう二度と同じテツを踏まない為にも、力を付けるためにこうして旅をしている。
「(……だが、今は違う、この一年間、数多の魔物を葬って来た……この新しい相棒達と一緒に)」
新型の105型の義体は、無機物で構成された103型と異なる。
背骨と頭蓋の金属パーツ以外は、全て生体パーツで構成されている。
エーラの研究していたセンサー技術も相まって、人間に近い五感を手に入れた。
それに加えて、人間の筋肉と同じように、鍛える事による能力の向上も行える。
背負っている大剣も、一年前は振り回される位重かった。
だが、今となっては、以前まで愛用していた太刀程度の感覚で使える。
「(……相棒達、か……この剣だけじゃねぇな、この子も、案外俺の助けになった)」
「(いや、でも、おじさんと暮らしたあの村だと、何か女の子同士で、キ、キキ、キス、してたし……)」
自分の成長に陶酔していたデュラウスは、何となくスノウを視界に収めた。
一年前は、ウルフスと一緒に開いていたパンやで、手伝いをするただの村娘だった。
それなのに、今ではすっかり貫禄のある顔になっている。
「……フ(考えてもみれば、一年前に比べて、こいつもたくましくなったな……ただのガキかと思ったら……エルフにしちゃ、早い成長だ、シルフィと同じで)」
「ッ」
成長を称える形で、デュラウスはスノウの頭に左手を置いた。
右手は諸事情で失礼と考えての事だが、スーツ越しでもデュラウスの手の感触が、スノウの頭にのった。
これを自覚したスノウは、安心と温かさを覚える。
それと同時に、これ以上ない嬉しさと多幸感、ついでに恥かしさも登って来る。
「……あ」
「(一センチ位伸びたな)」
「あ、ああ」
ナデナデと何度も頭上を移動するデュラウスの手。
それを感じるスノウの心拍数は、どんどん上昇。
早まる鼓動と一緒に、顔から火が出る程に熱く成って来る。
徐々に思考も原始的になって行き、早くデュラウスの手を引きはがそうという考えに至る。
「ウワアアアアア!!」
「え?」
思いがけないスノウの行動に、デュラウスは反応できなかった。
その行動は、力強く握られた短槍を、デュラウスにフルスイング、というもの。
全力で振るわれた槍は、デュラウスの顔面に命中。
スーツの補助と槍の遠心力、身体強化魔法の相乗効果によって、かなりの威力を叩き出した。
重々しい金属音を響かせながら、デュラウスは吹き飛ばされ、木に激突。
人工皮膚も剥がれ、ぶつかった木がへし折れる程の被害が出た。
「……え?」
「はぁ、はぁ……わ、私に、気安く触れるな!!」
「……え(い、今更思春期か?)」
顔を真っ赤にするスノウは、勢いよく背を向けた。
金属骨格むき出しになっている部分を抑えながら、デュラウスはその行動に疑問符を浮かべる。
年齢的に考えても、そろそろではある。
だが、突然すぎて、思考が追い付いていなかった。
そんなデュラウスとは裏腹に、背を向けたスノウは呼吸を整える。
「はぁ、はぁ……やば(これ、ゾッコンじゃん)」
「(……やれやれ、そうなると、今まで以上に面倒になりそうだ)」
木くずをとりながら立ち上がったデュラウスは、一先ず彼女の要望通りにする。
触らないように、できるだけ近づかないように話しかける。
「……と、とりあえず、行くぞ」
「ッ……ん」
「(……以前よりそっけなくなってら)」
色々と荷が重く成って来たデュラウスは、心なしか腹部に痛みを覚えた。




