戦いの火ぶた 前編
勇者程不名誉な称号は無い。
勇者の末裔として生まれたキレンが、そう思うようになったのは何時だったか。
家族から事実を打ち明けられた時は、心を躍らせたものだった。
「(でも、どこへ行っても、それぞれが持つ勇者の虚像を、僕に押し付けて来る連中ばかり……誰も、僕の事を見てくれなかった)」
勇者として冒険者になり、尋常でない速度でランクを上げて行った。
ひたすらに魔物を狩り続けて早三年。
その頃には、アース・ドラゴンを単機で仕留める程に成長した。
おかげで、Aランクでは収まりきらないと、特例ランクであるSを貰った。
「(世界でただ一人のSランク、その肩書を持たせる事で、僕の事を勇者として祀り上げる……当時恐れられていた、魔王復活説の不安をぬぐう為に)」
キレンが表立った活躍を見せていた頃、魔王の復活が恐れられていた。
それ故に、彼女は暴動の抑制などに利用された。
しかし、その説が完全否定された辺りで、市民や貴族たちの態度が変わった。
今まで助けて来た筈の町民や、高貴な身分の人たち。
彼らは、こぞってキレンを迫害し、貴族たちは捕えようとしてきた。
全て、キレンの力を恐れての事だった。
「(勇者は、倒すべき同等の存在がいてこそ、その存在を許される……でも、存在を許されていたとしても、誰もが望む勇者でなければ、ののしり声を浴びせられる……不名誉で、理不尽だ)」
不意に昔の事を思い出していたキレンは、フードをより深く被る。
周辺にいる市民達の視線を気にしながら、キレンは家路についていた。
マリーとの一件が有ってから、紆余曲折有り地上で暮らしている。
あの時に知り合った少女と共に。
「(でも、あの子は、彼女だけは、僕を……)」
ミアナと言う異邦の少女。
彼女だけは勇者という事を明かしても、ただ一人の少女として扱ってくれた。
そう思うと、キレンは自然に笑みを浮かべる。
テイムしたフェンリルの幼体であるマルコ以外に、こんな笑みを浮かべたのは久しぶりだ。
ウキウキとした足取りで、キレンは帰りの足を早める。
「(さて、あんな過去忘れて、さっさと帰ろう、あの子が作るお菓子、結構おいしいし)」
「失礼、そこのお嬢さん」
「ッ」
早く帰りたいと思うキレンの足を、老人が呼び止めた。
思わず警戒しながら振り返ったキレンの目に入り込んだのは、東の方の国の服を着た老人。
杖を突いており、腰もびみょうに曲がっている。
かなりのご年配のようだが、彼の背丈以上の刀を担ぎながらも、元気に歩いている。
「申し訳ないんじゃが、この辺りで、黒い髪で、槍を持った人間のオナゴをみんかったか?儂の孫なのじゃが……」
「ゴメン、知らない(……何だろう、この感じ、爪を隠している猛獣……)」
「そうか……ずいぶん探しておるのじゃが……どこへ行ったのか……」
「じゃ、僕は急いでるから」
「あ……」
さっさと帰りたいので、おじいさんの話からそそくさと家へ逃げだす。
理由はもう一つ、老人の探している人物はミアナだ。
それを察することは容易だった。
この辺りで黒い髪の少女と言えば、ミアナくらいしか見ていない。
今住む町に居る人間の髪は、大体茶色か金色と言った所。
黒髪はかなり珍しい。
「(……あの子が行ってしまったら、僕は、また一人になるの?)」
散々恰好つけていたが、なんだかんだ人肌は恋しかった。
だから、ミアナとの生活は、とても有意義な物だった。
だが、結局こうなる事は解っていた。
ミアナと一緒に保護していた、もう一人の少女。
デュラウスがこの辺りに居る事を仲間に教えていたとしても、おかしくはない。
移動しようにも、ミアナの意向でずっとここに居ると決めてしまっている。
「(……でも、僕はあの子と行く事はできない、もう、だれも助けたくない……正直に助けても、僕の事を助けてくれる人は、居ない)」
町を飛び出し、ちかくの山へと入りながら、キレンはまた過去を思い出す。
必要かどうかで、手のひらをクルクルとされるのは、もうごめんだ。
ろくな褒賞も、報酬も無い仕事を、ひたすらにこなすのはごめんだ。
人の思惑の中で、踊りくるうのはごめんだ。
そうして、キレンの十代は、呆れかえる程の魔物との闘いで潰された。
だからこそ決めた、何が有っても人を助けない、と。
「(……ああ、もう……やっぱり、ただのジジイじゃなかった)」
住まいのある山の中を駆けていると、キレンは足を止め、ゆっくりと背後を見る。
フードを取りながら、向かってくる足音に耳を傾ける。
いや、厳密にいえば、足音は先ほどまでしなかった。
足を止めた瞬間、草木を踏み抜く音が聞こえだしてきたのだ。
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほいっと」
「……元気で何よりだね、おじいちゃん」
「なぁに、元気すぎてもことじゃ、お主のようなワッパに気付かれたのじゃから……将来は、紅蓮より有望かもしれん」
杖を担ぎながら、なんとも軽快なステップで先ほどの老人が追い付く。
彼の動きを見ても、杖を突きながらゆっくり歩く姿は演技だと解る。
今居る場所は、山の中でもだいぶ険しい場所。
追っ手をまく時は、何時もこの道を使っていた位だ。
「それで?何の用?」
「お主の友人を紹介してもらいたい、もしかしたら、儂の孫かもしれん」
「……生憎、僕の友人に、アンタみたいなお祖父さんは居ないと思うよ」
「ああ、儂にとって、奴は義理の孫と言ったところじゃよ」
「……悪いけどおじいさん、最近は異世界から来たとか、怪しい事言いふらしてる連中がいるご時世だからね、いくらご老体でも、ここから先は、通さないよ!」
連れ去られるくらいであれば、いっそ排除すればいい。
そう考えたキレンは、着ていたローブを脱ぎ捨てる。
現役時代から愛用している、軽装の鎧と剣を老人へ見せつける。
キレンの髪の色を見た老人は、少し目を鋭くした。
それを敵意と取ったキレンは、躊躇なく抜剣する。
「……逃げるんなら、今の内だよ」
「……仕方あるまい、たまには、健康のために運動といこう」
「ッ、なめるなよ、クソジジィ!」
杖一本で相手しようとする老人に、キレンは斬り掛かる。
剣に水魔法をまとわせ、力一杯に振り下ろす。
一瞬で間合いを詰められたことに、老人は一切の反応を見せない。
どう見ても、反応できてないようにしか思えない状態だ。
「(所詮、ただの干からびたジジィか!)」
「……なっとらん」
「ッ!?」
刃が老人に差し掛かった次の瞬間、キレンの視界は空を捉えた。
何が起きたのか、空を見るキレンも解らなかった。
強いて言うとすれば、攻撃が命中する直前に、老人の手が、剣を持つ手に被さった。
そして、とんでもない力に流され、気づけば宙に浮きながら空を見ていた。
「ほい」
「イッ!ガハッ!」
宙に浮くキレンへ、老人は杖を振り下ろす。
杖は腹部を捉え、まるで身体に重しを落とされたような気持ちになった。
受け身を取る暇さえなく、キレンの背中は地面に叩きつけられた。
殴られて解ったが、木製の杖の中に金属が流し込まれている。
いうなれば、彼の持つ杖は金属の棒とそん色ない。
「グ……ガハッ!は、は……(そんな、一撃、殴られただけで、僕が!?これだけの、ダメージを!?)」
後から遅れて、キレンは口から血を吐いた。
しかも、そのダメージは深刻。
一撃受けただけで過呼吸となり、視界がかすんでしまっている。
だが、腹部の吐き気を催す激痛を抱えながら、キレンは立ち上がる。
「ッ、ゴホッ!……貴方、ただの人間じゃないね」
「ほぉ……大したものじゃ、完全に急所を突いたのじゃが、いやはや、見くびってしまったよ」
「……なら、今度は本気でやる!」
口の中にたまっていた血を吐き出し、今度は全力で老人の首を狙う。
横薙ぎの一閃を放ち、老人の首を取ろうとする。
常人では視認さえできない一撃を前に、老人はため息をこぼす。
「はぁ……未熟」
「ッ!」
剣を振り抜いたキレンは、まるで手ごたえを感じなかった。
まるで、一枚の羽毛を切ったような、軽い物。
目の前の老人は、あり得ない身体能力で体を回転させ、再び地面に足を付ける。
その様子を見て、直感的に悟った。
身体を回転させる事で、衝撃を全て逃がされたと。
「……なら、もっと切ってやる!」
「やれやれ」
頭に血を登らせたように、キレンは何度も老人を切る。
その度に、老人はキレンの剣に合わせて、柔軟な動きで回避。
当たっている筈なのに、老人は一切傷付いていない。
まるで水を切っているかのように、なんの効果もない。
「(クソ、クソ、何なんだ、コイツは)」
「まったく、少しはおとなしくせい」
「ッ!」
攻撃を受け流した瞬間、老人は拳を繰りだしてくる。
先ほどの一撃によって、見かけによらない威力である事は解っている。
キレンはその拳を受け止めようと、瞬時に剣をつき出す。
回避の選択を選べなかった程、素早い拳は、キレンの剣に直撃する。
「(止めた!)ッ、ガハ!」
「……加減は、しておいたぞ」
口から血を吹き出したキレンは、なにが起きたのか理解できなかった。
剣の腹で受け止めた筈の攻撃、その衝撃は腕から胴体へと移動。
その瞬間、身体は内側からはじけたように思えた。
老人の一撃が直撃したかのようなダメージが、キレンを襲った。
腹部を抑えながら座り込むキレンは、老人の事を睨みつける。
「……お前、何を、した、ウグ」
「なに、殴った衝撃を、お主の腹部に集中させたまで、訓練次第では、お主でも使えるようになる」
「うそ、こけ」
吐き気を伴う痛みをこらえながら、キレンは立ち上がる。
その姿をみた老人は、感心したように目を見開く。
彼の見立てでは、今の一撃でキレンの事を無力化できた筈だった。
息が上がり、手も震えているが、その目から闘志は無くなっていない。
「ほぉ、儂の目も狂ったかの?お主の力量を見誤っていたわ」
「知らないよ、アンタみたいな、化け物の、事情は」
「……そうか、七美の居場所を聞けば、すぐに引くつもりであったが、お主がそう言うのであればッ!」
「ッ!?」
老人が着物の上半身を脱いだ後、老人に起きた変化にキレンは目を見開いた。
彼の身体から湯気のような煙が立った次の瞬間、よぼよぼの身体はツヤとハリを取り戻す。
等身も徐々に上がり、筋肉も若さを取り戻す。
キレンの目の前にいた老人の姿は、もう見る影もない。
無精ひげを生やす、倍以上の身長を持つ二十代程の男性が佇んでいる。
「(若返った!?)」
「……ふぅ、三年ぶりじゃ、この姿になるのは」
「……アンタ、一体なんなの?」
「儂は、ただの鬼人族じゃよ……どぉれ、このザラム、ここはひとつ、異邦の少女に手ほどきでも、してやろうか」
「……剣を抜くんだ」
ザラムと名乗った老人は、担いでいた太刀を引き抜く。
まるで銀のように輝く刀身を持つ太刀を、ザラムは構える。
その姿に、キレンは息を飲む。
気配を一切感じないというのに、焚火に全身を焼かれているかのような感覚。
威圧が無いのに、威圧を感じる。
そんな不可思議な感覚、その正体が徐々に解ってくる。
「(……威圧感を全部身体の内に留めてるんだ、相手に殺気を読ませない事は、先読みを防ぐ利点がある……あの状態のアイツと街中ですれ違っても、きっと僕でも気づかない)」
「……では、ゆくぞ」
「ちょ!タイムタイム!ッだアアア!」
「ミアナ!?」
「七美?」
ザラムが一歩踏み出そうとした時、木々の陰から七美が滑り込んで来る。
と言うより、止めに入ろうとしたら、つまづき転んで、二人の間に滑り込む形となった。
彼女の介入によって、一気に冷めた二人は、彼女の方に視線を置く。
身体を少しけいれんさせた七美は、若干埋もれている顔を引き抜く。
「やめろお前ら!ただでさえ連邦の連中が鼻利かせてんだから!ここでお前らが暴れたら取り返しつかない事に成るだろうが!」
「……そ、そうか」
七美の言う通り、今は連邦の勢力がこの近辺をうろついている。
ここで連邦達に居場所がバレてしまうことは、できるだけ避けたい。
捕まるような事はないだろうが、今後の展開が不利になる危険が有る。
顔を泥まみれにする七美の説得に応じたザラムは、元の老人の姿へと戻った。
「(……この爺さん、本当にミアナの知り合いだったんだ)」
そんな二人の様子を見たキレンも、自分に回復魔法をかけながら、剣を納めた。
――――――
その後。
キレンの案内の受け、彼女達が住居として生活していた小屋へと足を運んだ。
沢の水の流れる音が良く解る位、近くに建てられたお手製のログハウス。
多少不格好であるが、雨漏りしない程度にはしっかりしている。
その家に招かれたザラムは、椅子に座りながら頭を下げるキレンと向かい合っていた。
七美の紅茶を待ちつつ、お互いに謝罪を入れていく。
「……ごめん、なさい、本当にミアナの知り合いだとは、思わなかったから」
「いやいや、儂も、もう少し説得に力を入れるべきだった……申し訳ない」
「(本当だよ、マジで死ぬかと思った……それに、今不意打ちを入れようにも、隙が全然無い)」
お互いに謝罪を入れ合うと、二人は下げていた頭を上げる。
そして、キレンは改めてザラムを観察する。
老人でありながら、キレンを圧倒する程の身のこなしをする体。
しかも、今この状態でも警戒心は解いておらず、隙を見せていない。
いや、隙を探ろうにも、どう動くか解らないように気配を断っている。
今の彼に攻撃を入れに行くのは、そうとうな素人だ。
「(厄介なのが、この爺さん、常に自然体で警戒してるんだよね、もう、無意識に周辺を警戒してるのに、精神は常にリラックスしてる、こんなやつ見た事ない)」
「ほら、紅茶が入ったぞ……悪い、これ位しかないんだ」
「よい、こう言った席では、我慢してでも飲まねばな(それに、孫同然のおぬしの茶を、断る訳にもいかん)」
「ワン!ワン!」
「はいはい、お前にはミルクな」
キレンが老人の状態を分析していると、七美が紅茶をもって来る。
テーブルにティーカップを人数分おくと、足元を動き回るマルコにはミルクを淹れる。
ここで生活している内に、すっかり七美にも懐いてしまっていた。
尻尾を振りながら、七美の足にすり寄る姿は、なんとも可愛らしいが、ザラムは少し睨みを利かせていた。
「……魔狼、か、しかも、最上級の……ここまで懐くとはな」
「名前はマルコ、僕が五年くらい前に拾ったフェンリルの子供」
「フェンリルでも、懐くと結構可愛いもんだ、今は小さいが、その気になれば馬くらいデカくなる」
「そうか、それは頼もしいな」
「ワン!」
マルコにミルクを与えた七美も卓につき、二人と改めて顔を合わせる。
色々と込み入った話もあるだろうが、早速本題に入る事にした。
「……さて、師匠、貴方がここに来たってことは、余程の事態なんだな」
「ああ……先ずは、これを渡しておこう、儂はこういうのに疎いのでな、お主が持っていた方が、勝手がわかるだろう……それと、今何が起きているのか、二人にも話しておこう」
「……ありがとう」
真剣な表情を浮かべる七美は、ザラムから無線機を渡される。
ここに来る前に、エーラから預かった暗号通信用の機器だ。
それを渡した後、ザラムはあらかたの事情を七美に話す。
部隊は壊滅したが、残党がまだ活動を続けている事。
連邦がこの世界で、何かよからぬ事を企てている事。
事態は思った以上に深刻である事を聞いた七美は、勢いよく椅子から立ち上がる。
「……ッ!」
「ミアナ?」
「……まさか、少佐の言う通りになるとはな」
この事態は、以前から少佐から予言のように伝えられていた。
伝えられていた当時の事を、脳裏に浮かべながら、七美は立てかけられていた槍を手に取る。
巻かれているサラシ布を取り、身体の具合を確かめる様に、軽くストレッチを始める。
マリー達にやられた傷は、この三年でだいぶ回復した。
万全とまではいかないが、戦えなくはない。
「……よし、行こう、師匠……キレン、今まで世話になったな」
「ッ……」
出て行こうとする七美を見て、キレンは目に影を落としながら、拳を握り締める。
いくらか解らない単語や、状況等が出てきたが、彼女でも大体の察しはつく。
七美はこれから、連邦の連中と戦争をしに行く気だ。
それこそ、誰かを助ける為に。
「……何の意味が有るの?」
「あ?」
「人を助けて、何の意味が有るの?……アンタがそんな事する必要、どこにあるの?」
「……キレン?」
「ッ」
七美を呼び止めたキレンの目からは、一滴の涙がこぼれ落ちた。
涙に気付いたキレンだが、何故こんな物が流れたのか、自覚するのに時間がかかった。
今の七美と、昔の自分を、思わず重ねてしまったのだ。
以前のキレンも、今の七美のように、誰かのためにと、剣を取った。
その後で、全部無駄になる事も知らずに。
「……見知らないこの世界の連中を、どうして助けようと思えるの?アンタが、そんな事する義理、どこにもないじゃん……そんな事より、ここに……ッ」
「……あたしに、ここにいて欲しいのか?だったら悪い、お断りだ」
「ッ」
七美の言葉は、キレンの胸ははち切れそうな痛みをもたらした。
そして自覚した、呼び止めたもう一つの理由を。
「(そうか、僕は、また一人になるのが、置いて行かれるのが、嫌なんだ……)」
ずっと一人で平気だったのに、七美と言うイレギュラーと出会ってしまった。
おかげで、苦だと思わなかった孤独を、苦しく感じてしまっている。
胸に手を当てながら、キレンは表情を歪める。
そんな彼女を前に、七美は槍を握る力を強める。
「……アンタが何で人を助けなくなったのかは、以前聞いたから知っている……だがな、あたしが戦うのは、不特定多数の連中のためじゃない、友人のためだ」
「……友人?」
「ああ、あたしには守りたい友人が、家族がいる、そいつらの為に戦うのさ、友人の中には、自分を守れる力がない奴の方が多い、だから、あたしが守るのさ、他の奴らが何と言おうと、あたしは、友人の為に戦うだけさ……あたしだって、一人は辛いからな」
「ッ」
「……それと、お前も何か辛い事が有ったら、あたしの所に来い、可能な限り力になるからさ……お前も、あたしの大事な友人だからな……またな」
「……」
「クゥ~ン?」
そう言い残すと、七美はザラムと共に小屋を出て行った。
彼女の後姿を見送ったキレンは、呆気に取られていた。
足元でミルクを舐めていたマルコは、茫然とするキレンの元に寄り添う。
だが、キレンは気づいていないかのように、マルコの行動に反応しなかった。
「(……本物、だ、あれが、本物の、勇者の姿だ)」
七美を本当の勇者のように錯覚したキレンは、深く考えだす。
本物の勇者とは何か。
名声でもなければ、称号でも、ましてや職業でもない。
それは、七美のように、自分から勇気ある行動を示す事だと気づいた。
「(……そう言えば僕は、友人の為に、戦った事が無かったっけ……)マルコ」
「アン!」
「……お前は気が利くな」
マルコの名前を呼びながら振り返ると、そこには剣をくわえた彼女の姿が有った。
お礼に顔をモフモフとしながら、キレンは剣を腰に差す。
「(勇者程不名誉な称号は無い、でも……称号なんかじゃない、恩知らずな連中を助けるでもない……友人の為に、僕は……)行こう!マルコ!」
「ワン!」
意気揚々と、キレンは家を飛び出した。
そして、既に先を行っていた七美達と合流し、共に行く事を打ち明けた。
彼女を快く受け入れた七美達は、早速目的地へと歩むのだった。
しかし。
「……それで、僕達は何処に行けばいいの?」
「そうじゃのう、儂はなんも聞かされとらん」
「……」
目的地予定のリリィ達の居る町が何処にあるのか、知らず知らずに飛び出した事に気付いた七美は、顔を真っ赤に染め上げたのだった。




