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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
モミジガサ編
260/343

戦いの火ぶた 前編

 勇者程不名誉な称号は無い。

 勇者の末裔として生まれたキレンが、そう思うようになったのは何時だったか。

 家族から事実を打ち明けられた時は、心を躍らせたものだった。


「(でも、どこへ行っても、それぞれが持つ勇者の虚像を、僕に押し付けて来る連中ばかり……誰も、僕の事を見てくれなかった)」


 勇者として冒険者になり、尋常でない速度でランクを上げて行った。

 ひたすらに魔物を狩り続けて早三年。

 その頃には、アース・ドラゴンを単機で仕留める程に成長した。

 おかげで、Aランクでは収まりきらないと、特例ランクであるSを貰った。


「(世界でただ一人のSランク、その肩書を持たせる事で、僕の事を勇者として祀り上げる……当時恐れられていた、魔王復活説の不安をぬぐう為に)」


 キレンが表立った活躍を見せていた頃、魔王の復活が恐れられていた。

 それ故に、彼女は暴動の抑制などに利用された。

 しかし、その説が完全否定された辺りで、市民や貴族たちの態度が変わった。

 今まで助けて来た筈の町民や、高貴な身分の人たち。

 彼らは、こぞってキレンを迫害し、貴族たちは捕えようとしてきた。

 全て、キレンの力を恐れての事だった。


「(勇者は、倒すべき同等の存在がいてこそ、その存在を許される……でも、存在を許されていたとしても、誰もが望む勇者でなければ、ののしり声を浴びせられる……不名誉で、理不尽だ)」


 不意に昔の事を思い出していたキレンは、フードをより深く被る。

 周辺にいる市民達の視線を気にしながら、キレンは家路についていた。

 マリーとの一件が有ってから、紆余曲折有り地上で暮らしている。

 あの時に知り合った少女と共に。


「(でも、あの子は、彼女だけは、僕を……)」


 ミアナと言う異邦の少女。

 彼女だけは勇者という事を明かしても、ただ一人の少女として扱ってくれた。

 そう思うと、キレンは自然に笑みを浮かべる。

 テイムしたフェンリルの幼体であるマルコ以外に、こんな笑みを浮かべたのは久しぶりだ。

 ウキウキとした足取りで、キレンは帰りの足を早める。


「(さて、あんな過去忘れて、さっさと帰ろう、あの子が作るお菓子、結構おいしいし)」

「失礼、そこのお嬢さん」

「ッ」


 早く帰りたいと思うキレンの足を、老人が呼び止めた。

 思わず警戒しながら振り返ったキレンの目に入り込んだのは、東の方の国の服を着た老人。

 杖を突いており、腰もびみょうに曲がっている。

 かなりのご年配のようだが、彼の背丈以上の刀を担ぎながらも、元気に歩いている。


「申し訳ないんじゃが、この辺りで、黒い髪で、槍を持った人間のオナゴをみんかったか?儂の孫なのじゃが……」

「ゴメン、知らない(……何だろう、この感じ、爪を隠している猛獣……)」

「そうか……ずいぶん探しておるのじゃが……どこへ行ったのか……」

「じゃ、僕は急いでるから」

「あ……」


 さっさと帰りたいので、おじいさんの話からそそくさと家へ逃げだす。

 理由はもう一つ、老人の探している人物はミアナだ。

 それを察することは容易だった。

 この辺りで黒い髪の少女と言えば、ミアナくらいしか見ていない。

 今住む町に居る人間の髪は、大体茶色か金色と言った所。

 黒髪はかなり珍しい。


「(……あの子が行ってしまったら、僕は、また一人になるの?)」


 散々恰好つけていたが、なんだかんだ人肌は恋しかった。

 だから、ミアナとの生活は、とても有意義な物だった。

 だが、結局こうなる事は解っていた。

 ミアナと一緒に保護していた、もう一人の少女。

 デュラウスがこの辺りに居る事を仲間に教えていたとしても、おかしくはない。

 移動しようにも、ミアナの意向でずっとここに居ると決めてしまっている。


「(……でも、僕はあの子と行く事はできない、もう、だれも助けたくない……正直に助けても、僕の事を助けてくれる人は、居ない)」


 町を飛び出し、ちかくの山へと入りながら、キレンはまた過去を思い出す。

 必要かどうかで、手のひらをクルクルとされるのは、もうごめんだ。

 ろくな褒賞も、報酬も無い仕事を、ひたすらにこなすのはごめんだ。

 人の思惑の中で、踊りくるうのはごめんだ。

 そうして、キレンの十代は、呆れかえる程の魔物との闘いで潰された。

 だからこそ決めた、何が有っても人を助けない、と。


「(……ああ、もう……やっぱり、ただのジジイじゃなかった)」


 住まいのある山の中を駆けていると、キレンは足を止め、ゆっくりと背後を見る。

 フードを取りながら、向かってくる足音に耳を傾ける。

 いや、厳密にいえば、足音は先ほどまでしなかった。

 足を止めた瞬間、草木を踏み抜く音が聞こえだしてきたのだ。


「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほいっと」

「……元気で何よりだね、おじいちゃん」

「なぁに、元気すぎてもことじゃ、お主のようなワッパに気付かれたのじゃから……将来は、紅蓮より有望かもしれん」


 杖を担ぎながら、なんとも軽快なステップで先ほどの老人が追い付く。

 彼の動きを見ても、杖を突きながらゆっくり歩く姿は演技だと解る。

 今居る場所は、山の中でもだいぶ険しい場所。

 追っ手をまく時は、何時もこの道を使っていた位だ。


「それで?何の用?」

「お主の友人を紹介してもらいたい、もしかしたら、儂の孫かもしれん」

「……生憎、僕の友人に、アンタみたいなお祖父さんは居ないと思うよ」

「ああ、儂にとって、奴は義理の孫と言ったところじゃよ」

「……悪いけどおじいさん、最近は異世界から来たとか、怪しい事言いふらしてる連中がいるご時世だからね、いくらご老体でも、ここから先は、通さないよ!」


 連れ去られるくらいであれば、いっそ排除すればいい。

 そう考えたキレンは、着ていたローブを脱ぎ捨てる。

 現役時代から愛用している、軽装の鎧と剣を老人へ見せつける。

 キレンの髪の色を見た老人は、少し目を鋭くした。

 それを敵意と取ったキレンは、躊躇なく抜剣する。


「……逃げるんなら、今の内だよ」

「……仕方あるまい、たまには、健康のために運動といこう」

「ッ、なめるなよ、クソジジィ!」


 杖一本で相手しようとする老人に、キレンは斬り掛かる。

 剣に水魔法をまとわせ、力一杯に振り下ろす。

 一瞬で間合いを詰められたことに、老人は一切の反応を見せない。

 どう見ても、反応できてないようにしか思えない状態だ。


「(所詮、ただの干からびたジジィか!)」

「……なっとらん」

「ッ!?」


 刃が老人に差し掛かった次の瞬間、キレンの視界は空を捉えた。

 何が起きたのか、空を見るキレンも解らなかった。

 強いて言うとすれば、攻撃が命中する直前に、老人の手が、剣を持つ手に被さった。

 そして、とんでもない力に流され、気づけば宙に浮きながら空を見ていた。


「ほい」

「イッ!ガハッ!」


 宙に浮くキレンへ、老人は杖を振り下ろす。

 杖は腹部を捉え、まるで身体に重しを落とされたような気持ちになった。

 受け身を取る暇さえなく、キレンの背中は地面に叩きつけられた。

 殴られて解ったが、木製の杖の中に金属が流し込まれている。

 いうなれば、彼の持つ杖は金属の棒とそん色ない。


「グ……ガハッ!は、は……(そんな、一撃、殴られただけで、僕が!?これだけの、ダメージを!?)」


 後から遅れて、キレンは口から血を吐いた。

 しかも、そのダメージは深刻。

 一撃受けただけで過呼吸となり、視界がかすんでしまっている。

 だが、腹部の吐き気を催す激痛を抱えながら、キレンは立ち上がる。


「ッ、ゴホッ!……貴方、ただの人間じゃないね」

「ほぉ……大したものじゃ、完全に急所を突いたのじゃが、いやはや、見くびってしまったよ」

「……なら、今度は本気でやる!」


 口の中にたまっていた血を吐き出し、今度は全力で老人の首を狙う。

 横薙ぎの一閃を放ち、老人の首を取ろうとする。

 常人では視認さえできない一撃を前に、老人はため息をこぼす。


「はぁ……未熟」

「ッ!」


 剣を振り抜いたキレンは、まるで手ごたえを感じなかった。

 まるで、一枚の羽毛を切ったような、軽い物。

 目の前の老人は、あり得ない身体能力で体を回転させ、再び地面に足を付ける。

 その様子を見て、直感的に悟った。

 身体を回転させる事で、衝撃を全て逃がされたと。


「……なら、もっと切ってやる!」

「やれやれ」


 頭に血を登らせたように、キレンは何度も老人を切る。

 その度に、老人はキレンの剣に合わせて、柔軟な動きで回避。

 当たっている筈なのに、老人は一切傷付いていない。

 まるで水を切っているかのように、なんの効果もない。


「(クソ、クソ、何なんだ、コイツは)」

「まったく、少しはおとなしくせい」

「ッ!」


 攻撃を受け流した瞬間、老人は拳を繰りだしてくる。

 先ほどの一撃によって、見かけによらない威力である事は解っている。

 キレンはその拳を受け止めようと、瞬時に剣をつき出す。

 回避の選択を選べなかった程、素早い拳は、キレンの剣に直撃する。


「(止めた!)ッ、ガハ!」

「……加減は、しておいたぞ」


 口から血を吹き出したキレンは、なにが起きたのか理解できなかった。

 剣の腹で受け止めた筈の攻撃、その衝撃は腕から胴体へと移動。

 その瞬間、身体は内側からはじけたように思えた。

 老人の一撃が直撃したかのようなダメージが、キレンを襲った。

 腹部を抑えながら座り込むキレンは、老人の事を睨みつける。


「……お前、何を、した、ウグ」

「なに、殴った衝撃を、お主の腹部に集中させたまで、訓練次第では、お主でも使えるようになる」

「うそ、こけ」


 吐き気を伴う痛みをこらえながら、キレンは立ち上がる。

 その姿をみた老人は、感心したように目を見開く。

 彼の見立てでは、今の一撃でキレンの事を無力化できた筈だった。

 息が上がり、手も震えているが、その目から闘志は無くなっていない。


「ほぉ、儂の目も狂ったかの?お主の力量を見誤っていたわ」

「知らないよ、アンタみたいな、化け物の、事情は」

「……そうか、七美の居場所を聞けば、すぐに引くつもりであったが、お主がそう言うのであればッ!」

「ッ!?」


 老人が着物の上半身を脱いだ後、老人に起きた変化にキレンは目を見開いた。

 彼の身体から湯気のような煙が立った次の瞬間、よぼよぼの身体はツヤとハリを取り戻す。

 等身も徐々に上がり、筋肉も若さを取り戻す。

 キレンの目の前にいた老人の姿は、もう見る影もない。

 無精ひげを生やす、倍以上の身長を持つ二十代程の男性が佇んでいる。


「(若返った!?)」

「……ふぅ、三年ぶりじゃ、この姿になるのは」

「……アンタ、一体なんなの?」

「儂は、ただの鬼人族じゃよ……どぉれ、このザラム、ここはひとつ、異邦の少女に手ほどきでも、してやろうか」

「……剣を抜くんだ」


 ザラムと名乗った老人は、担いでいた太刀を引き抜く。

 まるで銀のように輝く刀身を持つ太刀を、ザラムは構える。

 その姿に、キレンは息を飲む。

 気配を一切感じないというのに、焚火に全身を焼かれているかのような感覚。

 威圧が無いのに、威圧を感じる。

 そんな不可思議な感覚、その正体が徐々に解ってくる。


「(……威圧感を全部身体の内に留めてるんだ、相手に殺気を読ませない事は、先読みを防ぐ利点がある……あの状態のアイツと街中ですれ違っても、きっと僕でも気づかない)」

「……では、ゆくぞ」

「ちょ!タイムタイム!ッだアアア!」

「ミアナ!?」

「七美?」


 ザラムが一歩踏み出そうとした時、木々の陰から七美が滑り込んで来る。

 と言うより、止めに入ろうとしたら、つまづき転んで、二人の間に滑り込む形となった。

 彼女の介入によって、一気に冷めた二人は、彼女の方に視線を置く。

 身体を少しけいれんさせた七美は、若干埋もれている顔を引き抜く。


「やめろお前ら!ただでさえ連邦の連中が鼻利かせてんだから!ここでお前らが暴れたら取り返しつかない事に成るだろうが!」

「……そ、そうか」


 七美の言う通り、今は連邦の勢力がこの近辺をうろついている。

 ここで連邦達に居場所がバレてしまうことは、できるだけ避けたい。

 捕まるような事はないだろうが、今後の展開が不利になる危険が有る。

 顔を泥まみれにする七美の説得に応じたザラムは、元の老人の姿へと戻った。


「(……この爺さん、本当にミアナの知り合いだったんだ)」


 そんな二人の様子を見たキレンも、自分に回復魔法をかけながら、剣を納めた。


 ――――――


 その後。

 キレンの案内の受け、彼女達が住居として生活していた小屋へと足を運んだ。

 沢の水の流れる音が良く解る位、近くに建てられたお手製のログハウス。

 多少不格好であるが、雨漏りしない程度にはしっかりしている。

 その家に招かれたザラムは、椅子に座りながら頭を下げるキレンと向かい合っていた。

 七美の紅茶を待ちつつ、お互いに謝罪を入れていく。


「……ごめん、なさい、本当にミアナの知り合いだとは、思わなかったから」

「いやいや、儂も、もう少し説得に力を入れるべきだった……申し訳ない」

「(本当だよ、マジで死ぬかと思った……それに、今不意打ちを入れようにも、隙が全然無い)」


 お互いに謝罪を入れ合うと、二人は下げていた頭を上げる。

 そして、キレンは改めてザラムを観察する。

 老人でありながら、キレンを圧倒する程の身のこなしをする体。

 しかも、今この状態でも警戒心は解いておらず、隙を見せていない。

 いや、隙を探ろうにも、どう動くか解らないように気配を断っている。

 今の彼に攻撃を入れに行くのは、そうとうな素人だ。


「(厄介なのが、この爺さん、常に自然体で警戒してるんだよね、もう、無意識に周辺を警戒してるのに、精神は常にリラックスしてる、こんなやつ見た事ない)」

「ほら、紅茶が入ったぞ……悪い、これ位しかないんだ」

「よい、こう言った席では、我慢してでも飲まねばな(それに、孫同然のおぬしの茶を、断る訳にもいかん)」

「ワン!ワン!」

「はいはい、お前にはミルクな」


 キレンが老人の状態を分析していると、七美が紅茶をもって来る。

 テーブルにティーカップを人数分おくと、足元を動き回るマルコにはミルクを淹れる。

 ここで生活している内に、すっかり七美にも懐いてしまっていた。

 尻尾を振りながら、七美の足にすり寄る姿は、なんとも可愛らしいが、ザラムは少し睨みを利かせていた。


「……魔狼、か、しかも、最上級の……ここまで懐くとはな」

「名前はマルコ、僕が五年くらい前に拾ったフェンリルの子供」

「フェンリルでも、懐くと結構可愛いもんだ、今は小さいが、その気になれば馬くらいデカくなる」

「そうか、それは頼もしいな」

「ワン!」


 マルコにミルクを与えた七美も卓につき、二人と改めて顔を合わせる。

 色々と込み入った話もあるだろうが、早速本題に入る事にした。


「……さて、師匠、貴方がここに来たってことは、余程の事態なんだな」

「ああ……先ずは、これを渡しておこう、儂はこういうのに疎いのでな、お主が持っていた方が、勝手がわかるだろう……それと、今何が起きているのか、二人にも話しておこう」

「……ありがとう」


 真剣な表情を浮かべる七美は、ザラムから無線機を渡される。

 ここに来る前に、エーラから預かった暗号通信用の機器だ。

 それを渡した後、ザラムはあらかたの事情を七美に話す。

 部隊は壊滅したが、残党がまだ活動を続けている事。

 連邦がこの世界で、何かよからぬ事を企てている事。

 事態は思った以上に深刻である事を聞いた七美は、勢いよく椅子から立ち上がる。


「……ッ!」

「ミアナ?」

「……まさか、少佐の言う通りになるとはな」


 この事態は、以前から少佐から予言のように伝えられていた。

 伝えられていた当時の事を、脳裏に浮かべながら、七美は立てかけられていた槍を手に取る。

 巻かれているサラシ布を取り、身体の具合を確かめる様に、軽くストレッチを始める。

 マリー達にやられた傷は、この三年でだいぶ回復した。

 万全とまではいかないが、戦えなくはない。


「……よし、行こう、師匠……キレン、今まで世話になったな」

「ッ……」


 出て行こうとする七美を見て、キレンは目に影を落としながら、拳を握り締める。

 いくらか解らない単語や、状況等が出てきたが、彼女でも大体の察しはつく。

 七美はこれから、連邦の連中と戦争をしに行く気だ。

 それこそ、誰かを助ける為に。


「……何の意味が有るの?」

「あ?」

「人を助けて、何の意味が有るの?……アンタがそんな事する必要、どこにあるの?」

「……キレン?」

「ッ」


 七美を呼び止めたキレンの目からは、一滴の涙がこぼれ落ちた。

 涙に気付いたキレンだが、何故こんな物が流れたのか、自覚するのに時間がかかった。

 今の七美と、昔の自分を、思わず重ねてしまったのだ。

 以前のキレンも、今の七美のように、誰かのためにと、剣を取った。

 その後で、全部無駄になる事も知らずに。


「……見知らないこの世界の連中を、どうして助けようと思えるの?アンタが、そんな事する義理、どこにもないじゃん……そんな事より、ここに……ッ」

「……あたしに、ここにいて欲しいのか?だったら悪い、お断りだ」

「ッ」


 七美の言葉は、キレンの胸ははち切れそうな痛みをもたらした。

 そして自覚した、呼び止めたもう一つの理由を。


「(そうか、僕は、また一人になるのが、置いて行かれるのが、嫌なんだ……)」


 ずっと一人で平気だったのに、七美と言うイレギュラーと出会ってしまった。

 おかげで、苦だと思わなかった孤独を、苦しく感じてしまっている。

 胸に手を当てながら、キレンは表情を歪める。

 そんな彼女を前に、七美は槍を握る力を強める。


「……アンタが何で人を助けなくなったのかは、以前聞いたから知っている……だがな、あたしが戦うのは、不特定多数の連中のためじゃない、友人のためだ」

「……友人?」

「ああ、あたしには守りたい友人が、家族がいる、そいつらの為に戦うのさ、友人の中には、自分を守れる力がない奴の方が多い、だから、あたしが守るのさ、他の奴らが何と言おうと、あたしは、友人の為に戦うだけさ……あたしだって、一人は辛いからな」

「ッ」

「……それと、お前も何か辛い事が有ったら、あたしの所に来い、可能な限り力になるからさ……お前も、あたしの大事な友人だからな……またな」

「……」

「クゥ~ン?」


 そう言い残すと、七美はザラムと共に小屋を出て行った。

 彼女の後姿を見送ったキレンは、呆気に取られていた。

 足元でミルクを舐めていたマルコは、茫然とするキレンの元に寄り添う。

 だが、キレンは気づいていないかのように、マルコの行動に反応しなかった。


「(……本物、だ、あれが、本物の、勇者の姿だ)」


 七美を本当の勇者のように錯覚したキレンは、深く考えだす。

 本物の勇者とは何か。

 名声でもなければ、称号でも、ましてや職業でもない。

 それは、七美のように、自分から勇気ある行動を示す事だと気づいた。


「(……そう言えば僕は、友人の為に、戦った事が無かったっけ……)マルコ」

「アン!」

「……お前は気が利くな」


 マルコの名前を呼びながら振り返ると、そこには剣をくわえた彼女の姿が有った。

 お礼に顔をモフモフとしながら、キレンは剣を腰に差す。


「(勇者程不名誉な称号は無い、でも……称号なんかじゃない、恩知らずな連中を助けるでもない……友人の為に、僕は……)行こう!マルコ!」

「ワン!」


 意気揚々と、キレンは家を飛び出した。

 そして、既に先を行っていた七美達と合流し、共に行く事を打ち明けた。

 彼女を快く受け入れた七美達は、早速目的地へと歩むのだった。

 しかし。


「……それで、僕達は何処に行けばいいの?」

「そうじゃのう、儂はなんも聞かされとらん」

「……」


 目的地予定のリリィ達の居る町が何処にあるのか、知らず知らずに飛び出した事に気付いた七美は、顔を真っ赤に染め上げたのだった。



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