表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
モミジガサ編
254/343

暖かい日々 前編

 マリーとリンクした二人の意識は、なんともどす黒い場所にでた。

 光さえなく、目の前すら見えない程の闇。

 まるで黒ずんだ水飴の中に居るかのように、身体の自由が効かない。

 精神世界では、エーテル・ギアが使えないだけに、これ以上の行動ができない。


「ア、ウ……リ、リリィ……」

「シルフィ……ウグ」


 息をすることさえままならない程、強い粘度。

 何もしていなくても、その重さで体が潰されてしまう程だ。

 そんな中でも、二人は互いの存在を認識しあう。

 水の何倍も重い空間を、泳ぐように移動し、何とか手を取る。

 だが、それ以上の事は、もうできそうにない。


「(思った以上に、あの子の闇が深い、このままだと)」


 直感的に解る。

 このままだと、二人そろってお陀仏だと。

 何とかしたいが、そろそろ息も辛くなって来た。

 ピンチの二人の耳に、聞き覚えの無い声が入り込む。


「やれやれ、情けない奴らだ、もう少し骨のある連中かと思ったが……しかたない、手を貸してやろう」

「ッ」

「誰?」

「ほれ、手を伸ばせ」


 声のする方へ手を伸ばすと、女性の手によって、二人は引っ張られる。

 おかげで、リリィ達は気色の悪い空間から脱する事に成功。

 投げ飛ばされた二人は、そのまま地面と激突する。


「ウエ!」

「ブヘ!」

「……大見えを切ったのだ、寝ておらんで、さっさとマリーを助けにゆけ」


 起き上がったリリィの視線の先には、長い黒髪をなびかせる美しい女性。

 唯一見覚えがあるのは、彼女の纏う鎧。

 現実でマリーが着ていたプロテアスだ。

 彼女は、呆れたようにリリィ達の事を見下していた。


「……ん、貴女は?」

「そうか、この姿で会うのは初めてであったな……では改めて名乗ろう、余はルシーラ、初めましてと言っておこう、リリィ、シルフィ」

「……」

「……」


 鎧のマントをなびかせながら、ルシーラは再び名乗った。

 今の彼女には、確かに魔王と名乗っても違和感はない。

 それに、マリーが多重人格者だったとしても、こうして実体化する事は無い。

 ただの多重人格出ないと思っていたが、これでは先ほどの言葉を信じるしかない。


「……え、えっと、まさか本当に、魔王だったんですか?」

「だからそうだと言ったであろう」

「……らしいですよ、シルフィ……シルフィ?」

「(何でどっちもそんなに大きいの?だったらこっちに少し位よこせや)」

「(ッ……な、なにやら殺気が)」


 ルシーラの発言が真実だった事に驚くリリィの横で、シルフィはルシーラの胸を凝視していた。

 彼女の胸も、マリーやイベリスに負けず劣らず。

 そのせいなのか、思わず殺気の籠った目で睨んでしまう。

 シルフィの方も気になる部分もあるが、一先ず無視しておき、リリィは話を始める。


「……と言うか、魔王なら魔王で、何であんな島でお山の大将やってるんですか?さっさと世界征服してくださいよ」

「いや、それをお主が言うか?」

「別に良いですよ、状況から考えて、貴女に征服された方が百倍マシですから、何なら手伝いますよ」

「おい!お主どんだけ拗らせておるのだ!?それでも勇者か!?」

「勇者ぁ?そんなサービス残業上等で、低賃金な職業、こっちから願い下げですよ、それにシルフィが居なかったら、こんな世界喜んで滅ぼします」

「貴様の方が性格魔王ではないか!?」

「それよりマリーちゃん探そうよ」


 二人の痴話喧嘩を仲裁するように、シルフィが本来の目的を口にした。

 ついでにリリィをルシーラから引き離し、ちょっとだけルシーラを睨む。

 シルフィの言葉で、言い争いを終えると、ルシーラは一度せき込む。


「オホン……そうであった……マリーであれば、この先、あの小屋だ」

「……ありがとうございます」

「ありがとう、行こう、リリィ、ルシーラさんも」

「いや、余はここで待機しておる、この結界を維持するには、集中を維持せねば」

「……では、ここは貴女に任せます」


 改めて周辺を見渡したリリィは、この空間の状態を再認識する。

 確かに、この空間は半透明の膜で覆われている。

 ルシーラの言う通り、彼女が結界を張ってくれているようだ。

 その事に頭を下げた二人は、急いでマリーの元へと走って行く。


「……ここって、もしかして、マリーちゃんの家?」

「……恐らく……入りましょう」

「うん」


 扉の壊れたボロ小屋の中へと、二人は入って行く。

 念のため銃を構えながら、周辺を警戒する。

 部屋の中は荒らされており、人間の血痕と死体が散乱している。

 死体の中には、金髪のエルフまで確認されている。


「……リリィ」

「ええ、アイツらと同じですね……恐らく、マリーさんの……」

「でも、お母さんは何処に?」

「……二階が有るようです、先ずはマリーさんを探しましょう」


 マリーの母親と思われる人物が見当たらない事に、疑問を持ちながらも、二階へと移動していく。

 二人の重さで、今にも崩れてしまいそうな程、ギシギシと嫌な音がする。

 上の階に到着した二人は、いくつかの扉を発見。

 その中から、人の気配のする部屋へと入る。


「……マリー、ちゃん?」


 部屋に入ると、血でボロボロの布でくるんだ女性を抱くマリーを見つける。

 今のマリーの姿を見たシルフィは、目を見開いた。

 何しろ、体中に刺し傷や切り傷が散見されている。

 その姿は、初めて家に来た時のマリーの姿を連想させた。


「……お姉、ちゃん?」

「ッ……マリーちゃん、迎えに来たよ」


 彼女の凄惨な姿に臆しながらも、シルフィは近寄る。

 光の灯っていない目を向けられながら、シルフィはマリーの手を取る。

 そして、彼女の持つ布の中を覗き込む。

 その中は、傷だらけで、生気を全く感じないエルフの女性。


「ッ……この人が、貴女の」

「……うん、私の、おかーさん」

「……辛かったね、マリーちゃん……」


 涙を流しながら、シルフィはマリーに抱き着く。

 この精神世界にいるせいか、今のマリーの気持ちが、よく伝わって来る。

 彼女の誕生、成長、そして、今日に至るまでの惨劇。


 ――――――


 マリーは農業を営むエルフの間に生まれた。

 二人の優しい両親に、大切に育てられ、毎日幸せに生きて来た。

 だが、ずっと続くと思っていた幸せは、百六回目の誕生日に終わりを告げた。

 突然入り込んできた見知らぬ男達に襲われ、父親は殺され、母親と共に捕まった。


 捕まった先で、マリーは酷い目に遭わされた。

 まだ子供だったマリーにとって、心を切り刻まれるような日々。

 数か月間もの間、地獄のような時間を過ごしてきた。

 だが、何かのタガが外れたマリーは、自力で脱出した。

 乱暴を働いていた人間達を、手斧だけで斬殺し、捉えられていた場所から逃げ出した。


 そこから、母を探して歩き回った。

 何度も道に迷い、何度も魔物に襲われた。

 そんな生活を続けながら、マリーは多くの人間を殺した。

 数多くの命を奪った先で、ようやく捕まっていた母を見つけ出した。

 だが、時はすでに遅く、マリーの母は力尽きていた。


 ――――――


 マリーの過去を断片的に垣間見たシルフィは、涙を流しながら抱きしめる。

 ずっと寂しくて、冷たくて、そして怖かった。

 そんな日々を過ごしてきたマリーに、シルフィは沢山の涙を流す。


「……ゴメンね、貴女を突き放して……ゴメンね……」

「お姉ちゃん……私を、一人に、しないで」

「しない!絶対にしない……私も解る、一人で居る事が、どんなに辛いのか」

「……じゃぁ、私をえらんでよ……私と、あのしまで、ずっと」

「……」


 同じく涙をこぼすマリーも、シルフィの事を抱きしめようとする。

 それでも、シルフィは手を振り払い、首を横に振る。

 シルフィの行動に、マリーは目を見開く。


「どーして?あそこなら、何も怖い事はないんだよ、ずっと、二人だけの幸せな」

「……二人だけなんて、つまらない生き方は、私は嫌だ……貴女には、私以外にも姉妹が、家族が沢山出来たの、だから、一緒に行こう、リリィとも、仲直りして」

「……」


 シルフィの言葉に、マリーは考え込む。

 他の人とは、できれば関わりたくない。

 だが、シルフィは島に残るという選択肢を選ぶ気は無い。

 その事実にうつむくマリーが思い出したのは、リンクした際に流れてきたシルフィの記憶。

 多くの人達と笑うシルフィの姿は、マリーの望んでいた笑顔だった。


「ねぇ、おねえちゃん」

「何?」

「私もいっしょに行ったら、お姉ちゃんは、嬉しい?」

「ッ……嬉しいよ、とっても……みんなの中で、貴女が笑ってくれれば、もっと」

「ッ!」


 マリーの発言に、シルフィは笑顔を浮かべた。

 ずっと見たかった、シルフィの心からの笑顔。

 それを見る事のできたマリーは、涙を滝の様に流した。

 心からの歓喜に、シルフィの胸に飛びつき、大声を上げて泣き出す。


「……お姉ちゃん、行く、私も、貴女の方に」

「ッ、マリーちゃん、ありがとう」

「……」


 抱き合いながら涙を流す二人を見守るリリィは、入るかどうか悩んでいた。

 流石に姉妹の仲に水をさす訳にはいかないと、嫉妬心を抑え込む。

 だが、その嫉妬を爆発させ、割って入ってやろうかとも考えてしまう。

 迷う彼女の肩を、誰かが叩く。


「どうした?浮かない顔をしおって」

「ッ……もう大丈夫なんですか?」

「ああ、あの子の闇が晴れてきた、もう余が抑えなくとも大丈夫だ」

「……一つ聞かせてください」

「何だ?」

「何故魔王である貴女が、こんな所に?」

「人の心をこんな所呼ばわりするではない……だが、教えるのは後になりそうだ」

「え?ッ!」


 ルシーラの言う通り、質問を聞いている場合ではなくなった。

 マリーの家は、光の粒子となって消滅。

 四人は、美しい農園へと放り出される。

 さんさんと輝く太陽の元、沢山の農作物が並び、その奥には綺麗な小屋が立つ。

 何とも風勢の有る空間の中央で、抱きあうシルフィとマリーも辺りを見渡す。


「……ここって」

「私達の畑……私がマリー・ゴールドとして生きていた場所……でも、もう思い出でしかないよ」

「……ちょっと流ちょうになった?」

「あ……何でだろう」

「ま、いっか……さて、次は現実で会おうね」

「うん」


 二人がもう一度笑顔を浮かべると、まばゆい光が発生。

 四人は包まれていく。


 ――――――


 包まれた光から抜け出したリリィとシルフィは、辺りを見渡す。

 島は辺り一面切創が出来上がり、爆発で砕けた場所が散見できる。

 周辺の惨状も開いた口が塞がらないが、一緒に映り込んだシルフィの姿に、リリィは目を見開く。


「ッ!?し、シル、フィ?」

「ん?何?……」


 一瞬だったが、シルフィの姿が天使のように見えた。

 比喩ではなく、背中には翼が生え、頭には輪が浮かんでいるように見えた。

 何時もの草色の髪も、先ほどまでのマリーと同様に、鈍い銀色のようだった。

 しかし、シルフィと目が合った途端に、その姿は元に戻ってしまう。

 見間違いだったのかと、リリィは目をこすり、もう一度シルフィを見る。


「ッ……あ、あれ?……」

「どうかした?」

「あ、いえ……って、それより腕は大丈夫ですか!?」

「ッ!?」


 何も変化なんて無かったように、シルフィは首を傾げた。

 それはさておき、リリィは思い出した。

 先ほどマリーに手を伸ばした時、シルフィは右腕を怪我した。

 いや、怪我なんて物ではない、腕の皮がほとんど焼け落ちてしまった。

 しかもマリーの天による負傷、下手をすれば、また人工皮膚を移植しなければならなくなる。

 リリィに言われて思い出したシルフィは、右腕を視界に持って来る。


「……あれ?」

「……治ってる?それに、目が……」


 だが、シルフィの腕は新品同様。

 とても装甲ごと、スーツを吹き飛ばすような状況に陥ったように見えない。

 と言うか、今のシルフィはカルミア特性のメガネをつけていない。

 普通に見えているようだ。


「(どういう事だ?……と、とりあえず、後で検査するとして……)」


 とても状況に付いて行けないリリィだったが、今は後回しにしておく。

 とりあえず、シルフィの横で寝ているマリーへと視線を送る。

 彼女の方も、魔力の暴走による傷がウソだったように治っている。

 気になるのは、一瞬見えたシルフィの姿と、さっきのマリーの姿が酷似していたという事だ。


「(さっきのコイツの姿と、関係が有るのか?……まぁいいか)」

「……マリーちゃん……良かった」

「ッ……(我慢だ、今は我慢)」


 マリーが助かった事に気付いたシルフィは、涙を流しながら抱き着く。

 そんな彼女の姿に、リリィは拳を握り締める。

 今は姉妹水入らず、邪魔するのは無粋だと自分に言い聞かせる。

 光の灯っていない目で睨み、義体から嫉妬のオーラを吹き出しながら。


「……」

「(ヤバ、リリィの嫉妬がそろそろ限界かも)」


 安らいだ表情でマリーを撫でるシルフィだったが、リリィの嫉妬に冷や汗を垂らす。

 ブレーキはギリギリ機能しているようで、刀の柄に手をかざす程度にとどまっている。

 これ以上行ったら、間違いなく斬り掛かって来るだろう。

 そんな恐怖を身に感じている中で、マリーは目を覚ます。


「ん、あ……お、姉ちゃん?」


 差し込む日差しで目を眩ませながらも、マリーはシルフィを認識。

 声に反応し、笑みを浮かべながら涙を流すシルフィが視界に映り込む。

 マリーの回復に、シルフィは抱きしめる力をより強くする。


「ッ!マリーちゃん」

「お姉ちゃん!」


 抱き合う二人は、更に涙をこぼす。

 この時、二人は今までに無い開放感を覚えていた。

 ずっと引きずっていた、過去からの脱却。

 肩の荷が一つ降りたように、心が軽くなっていた。


「ごめんね、マリーちゃん、ごめんね……」

「もう良いよ、私の方こそごめんね、お姉ちゃんのお友達に、沢山酷い事しちゃったし」

「……うん、それについては、後でちゃんと皆に謝ろうね、だから……」


 二人一緒に謝るが、その最中で、シルフィは恐る恐る上を見る。

 視線の先に有るのは、ブレーキが折れる寸前まで行っているリリィの姿。

 顔に青筋を浮かべ、炎をまとった状態のガーベラを振り上げている。

 このままマリーがキスの一つでもしようものであれば、その凶刃は容赦なく襲い掛かるだろう。


「あの、その……もうちょっとだから!もうちょっとで済むから!それまで堪えて!」

「お願いしますよ、もうこれ以上、私は、私を抑えられません」

「(何か、洗脳を無理矢理押さえつけてる味方キャラみたいになってる)」


 今のリリィは、何時タガが外れてもおかしくない状態。

 このままでは、カルミアと追い掛け回された時の二の舞である。

 いや、その時より遥かに酷い状態に成ってもおかしくない。

 恐怖でちびりそうになるシルフィの横で、マリーはリリィの方を向く。


「……ねぇ」

「何でしょう?」

「……その……ゴメン、色々と」

「……」


 深々と頭を下げたマリーを前に、リリィは少しだけ怒りを鎮める。

 炎は弱まり、嫉妬のオーラも解消される。

 リリィは、色々と考える様に息を大きく吸うと、息を吐き出しながら刀を下ろす。


「……はぁ、とりあえず、これで手打ちにしますか」

「……ほ」


 リリィが刀を下ろし、マリーと仲直りをした事で、シルフィは胸をなでおろした。

 もしかしたら、このまま犬猿の仲の状態が維持されるのではないかと、ヒヤヒヤしていたのだ。

 こうして口頭だけでも仲直りが出来た事に、安心を覚えた。

 そんなシルフィに、マリーは抱き着く。


「あ、でも、島から出ても、お姉ちゃんはあげないから」

「……」

「こんな奴より、私の方が良いよねぇ?お姉ちゃん」

「……チッ!」


 もう声に出しているレベルで、リリィの舌打ちが響き、シルフィは体が真っ白になる。

 折角消えかけた炎に、ガソリンがぶちまけられたのだ。

 その事を証明するかのように、リリィの刀は再燃。

 彼女の怒りに応えるかのように、蒼白かった炎は、蒼黒く成ってしまう。

 怒りと嫉妬で、顔を真っ赤に染めながら、涙を流すリリィは、息を大きく吸い込む。


「シルフィの……」

「(あ、オワタ)」

「(やれやれ、これでは暖かい日々と言うより、熱々な日々になりそうだな)」

「バカアアアアア!!」


 マリーごしから見ていたルシーラの感想が終えると同時に、リリィの凶刃は島を捉えた。

 そして、リリィの渾身の一撃によって、無人島は完全に消滅した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ