リベンジマッチ 中編
絶海の孤島にて。
リリィとシルフィは再会した。
それと同時に、ルシーラとも再会した。
既にガーベラを引き抜き、戦闘態勢のリリィをみて、ルシーラは前へ出る。
「何?このまえボコボコにしたの、もー忘れちゃった?」
「いいえ、貴女には辛酸を舐めさせられましたからね、忘れたくても忘れられません」
「ッ、じゃー何しにきたの?勝てないことくらい、わかってるでしょ?」
「ふふ、いいえ、今回の私は、ちょっと強いですよ」
「そ」
ルシーラは次元収納から、グングニルを取りだす。
ついでに着ていた服も、生活用の物から戦闘用に切り替える。
赤黒いオーラで穂先を覆い、リリィに対して異常なまでの殺意を向ける。
リリィもまた、ルシーラを睨み返す。
大気を震わせる程の殺気をぶつけ合う二人の間に、シルフィは割って入る。
「待って!」
「ッ、シルフィ」
「お姉ちゃん……どいて、そいつは、私がたおすから」
「お願い、ルシーラちゃん、ちょっと待ってて……ねぇ、リリィ」
「……何でしょう?」
構えを解いたリリィは、シルフィと話を始める。
リリィの方を向いたシルフィは、目をそらす。
彼女が来てくれた時の本音を、胸を傷めながらも全力で押し殺す。
少し言葉を詰まらせながら、シルフィは言葉を発する。
「……お願い、帰って」
「……何故です?」
「放っておいて、お願い、私達と、もう関わらないで、私は、貴女にふさわしい女じゃない」
「……」
軽蔑をするようにリリィを見るシルフィだが、リリィは引こうとしない。
それどころか、リリィはシルフィへと歩み寄る。
今のシルフィの言葉は、答えになっていなかった。
納得がいかなかっただけに、少し怒りを覚えた。
そんなリリィを見て、シルフィは後ずさりをする。
「シルフィ」
「い、いや、来ないで」
「ッ」
怯える様に下がるシルフィの前に、ルシーラが立ちはだかる。
今の彼女の表情は、どこか嬉しさを孕んでいた。
何しろ、シルフィは怯えていたのだ。
それはつまり、先ほど笑っていたのは気のせいだったと、自己完結した。
「来ないでって言ってるよ、さぁ、帰ってよ」
「ッ……」
「(あれ?リリィ、何処を向いて……)」
リリィを前に、怯えるシルフィをルシーラは守る。
ルシーラを前にするリリィは、ガーベラを彼女へと向ける。
だが、彼女の持っている野心や闘争心は、ルシーラへ向いていない。
ルシーラの方を向いていながら、別の人間を見ているようだった。
「ルシーラ……いや、貴女じゃない」
「は?」
「私が倒したいのは、貴女のような子供じゃない……本性を現せ」
「ッ!」
「り、リリィ、何を言って……ルシーラちゃん?」
リリィの言葉に首を傾げるシルフィだったが、ルシーラは突然苦しみだす。
両手で頭を抱え、何かをブツブツと呟き出している。
そんな彼女を見て、シルフィは口元を抑える。
ルシーラの内側から、何か別の物が湧き出て来るように見えた。
そして、リリィの言う通り、ルシーラの様子が一変する。
「……何時から感づいていた?余の存在に」
「ついさっきです、目覚めた時、シルフィとルシーラ、そして貴女を感じた……いや、違う、貴女こそが、ルシーラさん、ですね?」
丸めていた体を直し、再び目を合わせたルシーラ。
その目つきは、かつてリリィを負かした時と同じ。
遂に本性を現したことに笑みを浮かべるリリィの質問に、ルシーラは頷く。
「ふふ、勘の鋭い奴だ、その通り、余が本当のルシーラだ」
「……やはり、貴女は多重人格者か、どおりで喋り方に差異があった訳だ……それに」
「ん?」
「大尉が貴女を女児と誤認したのも、これで頷けます。」
リリィは、開発中に聞いていたエーラの話を思い出す。
かつてジャックが犯した誤認。
ルシーラの事を、彼女好みの女児と認識したのだ。
恐らく、ルシーラと言うのはもう一つの人格の名前。
本人格が幼い少女だとすると、彼女の過去は悲惨な物だったと、リリィは察する。
「それで?お主は余と何がしたい?」
「……シルフィを連れ戻す前に、貴女とは決着をつけたい」
「……良いだろう、だがその前に」
「ッ」
話をしている最中、ルシーラはリリィへ槍を突いた。
その光景は、消えたルシーラが突然リリィの居たところに現れたように見えた。
だが、リリィは反射的に避け、彼女の後頭部に回し蹴りを入れる。
鋭い蹴りによって、なんとも鈍い音を響かせながら、ルシーラは海の方へと吹き飛ぶ。
「ガ!」
「……」
「ルシーラちゃん!」
蹴り飛ばされたルシーラは、すぐに受け身を取る。
追撃や反撃を取れる形で、再びリリィを睨みつけだす。
しかし、反撃を行わず、その口角を上げるのみだった。
「……成程、腕を上げたか……よい、合格だ……あそこにて待つ、込み入った話をしてから来るがいい」
「ッ……ありがとうございます」
立ち上がったルシーラは、自らの後ろにある孤島を指さした。
そして、リリィとシルフィが話をする事を許し、先に移動して行く。
彼女の後姿に敬礼したリリィは、改めてシルフィの方を向く。
「……どうしても、行くの?」
「……はい、その前に、こちらを渡しておきます」
「ッ」
リリィはバックパックから、戦闘スーツとボックスを渡す。
ついでにエーラから渡されていた、シルフィ用の新装備品だ。
今のシルフィは、ただの私服。
ルシーラとの闘いがどうなるか解らない以上は、安全のために着ていて欲しい。
そんなリリィの想いを無下にするように、シルフィは首を横に振る。
「……いらない、私はあの子とここに」
「いいから、装備着ける!」
「ッ、お願い!言う事を聞いて!これは命令!」
「……シルフィ」
「……」
装備を押し付け合う二人だったが、シルフィの一言で、リリィは硬直する。
普通のアンドロイドは、人間からの命令には絶対服従しなければならない。
しかし、今のリリィは普通のアンドロイドではない。
ましてや、今は主無しの完全フリー。
シルフィとの主従契約も、アップデートの際に破棄されている。
「シルフィ、私、四年前凄く嬉しい事が有ったんです」
「……急に何?」
「命令で、貴女と離れ離れになって……その時私も思ったんです、貴女には、会いたくないって」
「ッ!」
「でも、貴女は来てくれた……何で来たんだって、どうして来てしまったんだって、思いました……でも、嬉しかった、また貴女と会えた事が、来てくれた事が……貴女も同じだと、解ります」
「……」
シルフィに装備を渡したリリィは、優しく微笑む。
そして、彼女を置いて、ルシーラが先に行った場所へと飛行する。
――――――
その頃。
一足先に未開拓の無人島についていたルシーラはと言うと。
「……不満そうじゃな」
『あたりまえ、あんなやつ、さっさとおい返しちゃえばよかったのに』
「まぁ、そう言うでない、少し位余興が有った方が、余としては嬉しい」
『私は、や』
「解ったわかった、お主は寝ておれ、マリー」
『そーする』
ルシーラは、本人格であるマリーと話をしていた。
はたから見れば、なにかブツブツ呟いている人に見える。
そんな不気味な様子で、リリィの事を待っていた。
とは言え、ルシーラ自身の内心は心躍っていた。
「ククク、よいな、この感覚、なんとも懐かしい、やはり余には、こう言った事が向いておるやもしれん」
「何が向いてるんですか?」
「ッ、おっと済まぬ、昔の事を思い出しておった」
無人島に降り立ったリリィの方を向いたルシーラは、笑顔で槍を構える。
彼女に合わせ、リリィも首を傾げながらガーベラを向ける。
「昔……貴女と言う人格が産まれた時ですか?」
「ククク、どうやらお主は、余がただの別人格だと思っているようだな」
「違うと?」
「ああ、だが……答えは余興が終わってからだ!!」
「(本当に楽しそうだな)」
ルシーラは、一気にリリィへと接近。
同時に鬼人拳法も発動し、デュラウス達と戦った時と同じ実力を出す。
赤黒いオーラを宿る槍を繰りだすも、リリィはそれを正面から受け止める。
イベリスとカルミアを、一撃で粉砕した一撃。
それを受け止めたのだ。
「ッ……クク、レベルアップしたか……それでこそ勇者よ!」
「(頭の中RPGゲーマーかよ)」
槍を構え直したルシーラは、続けざまに槍を繰りだす。
二人の刃は何度もぶつかり合う。
その一撃一撃で、島の表面が削れ、地が割れる。
切り結びの中で、ルシーラはリリィの実力を把握して行く。
半分程度の実力から、徐々にパワーを上げだす。
「(攻撃がどんどん重く!)」
「(良いぞ!あの時の勇者の末裔以上だ!!)」
この状況で、ルシーラが思い出したのはキレンの姿。
堕落し、戦いに慣れていない彼女とは違う。
未熟な部分もあるが、向上した能力を上手く使えている。
激しく武器をぶつけ合った二人は、一度距離を置く。
「ッ……素晴らしい、こんなに楽しいのは三百年ぶりだ!」
「ッ、何を言って」
「そんなお主は……全力で潰そう!!」
「ッ!」
ルシーラは遂に本気を出す。
全力で放たれた一撃を受け止め、リリィは後方へ吹き飛ばされる。
間髪入れず、ルシーラは二つの魔法を使用する。
赤黒い炎の槍と、赤黒い風の槍。
この二種類を八発ずつ生成し、リリィへと放つ。
「チ、これが彼女の全力か!」
受け身を取り、体勢を直したリリィは瞬時に魔法に反応する。
ガーベラ一本で魔法を切り裂く。
「流石だ!」
「ッ!?(何時の間に!?)」
魔法を対処し終えた時、ルシーラが背後から出現。
右手に赤黒い火球を作り出し、ゼロ距離でリリィの背中を爆破する。
爆炎に飲まれたリリィだったが、吹き飛ばされる事は無かった。
「ッ!」
「この程度で!」
攻撃をこらえたリリィは、踏み込みながら回転し、蒼白い炎まとったガーベラを振るう。
炎の刃が、ルシーラの首を捉える瞬間。
ルシーラは右手を振り上げる。
「今の直撃を耐えるとはな!」
「何!?」
ルシーラが腕を振り上げた途端、リリィはせり上がった島の地盤に打ち上げられる。
空高く打ち上げられたリリィは、すぐにルシーラを視界に収める。
スラスターを巧みに使用し、一気に急降下。
接近してくるリリィに対して、ルシーラは次の一手を出す。
「これでどうだ!?」
槍の穂先から、ルシーラは赤黒い魔力を放出。
極太のビームと言える砲撃を前に、リリィはショットガンを構える。
「ならこっちも!」
最大出力の一撃を、ルシーラの攻撃へとぶつける。
衝突した二つの攻撃は、お互いに崩壊。
ぶつかり合った魔力は、花火のように周辺へ飛び散って行く。
「……これ程とは……やはり、余はお主を舐めていたようだ」
「それはどうも、私も、思っていませんでしたよ、貴女をコケにできそうな程に、強くなれるとは」
「……ク、クク」
攻撃を相殺したリリィは、銃身を交換しながら、ルシーラの前に立つ。
ついでに一言煽っておくと、ルシーラは不気味に笑い出した。
その笑いは、怒りから来た物と言うより、喜びから来ている物。
「こんなに楽しいのは久しぶりだ……三百年の時を経て、あれを使う時が来たか」
「あれ?」
空を仰ぎながら喜ぶルシーラは、鋭い目をリリィへ向ける。
そして、両手両足を広げ、とっておきの名を呼び、次元収納の出口を出現させる。
「……こい、プロテアス」
金色の波からは、禍々しいオーラがあふれ、そこから防具が出て来る。
黒く、不気味な鎧。
それが次々と、ルシーラの体を覆っていく。
素直にその様子を見守りながら、リリィは微笑む。
「……それが、貴女のとっておきですか」
「その通り、これを使うのは、貴様で二人目だ」
警戒を強めるリリィは、ガーベラを構え直す。
その時、カチカチと言う金属音が鳴る。
音の正体は、ガーベラの揺れる音。
それに気づいたリリィは、目を細める。
「(恐怖?いや、武者震いか?……いや、どっちでもいいか)」
「おい、行くぞ」
着用を終え、最後にヘルメットのバイザーを下ろし、ルシーラはリリィへ襲い掛かる。
その一歩で、地面が砕け散った。
「ッ!?」
鎧を付けたルシーラの身体能力は、圧倒的に向上していた。
予想を上回る動きに、リリィは反応できず、その一撃を貰ってしまう。
振るわれた槍によって、義体とアーマーが切り裂かれる。
「ガハッ!!」
「フン!」
一撃を受けたリリィは、更に追撃を受ける。
体勢を崩されたリリィに対し、強烈な打撃や槍術、魔法の猛攻。
反撃の隙どころか、息をする暇さえ与えずに、攻撃を続ける。
一部はガーベラ等で受け止めるが、防戦一方である事に変わりは無い。
「(クソ、あの鎧、エーテル・ギアの類似品か!)」
「どうした?貴様の実力はそんな物か!?だとしても、こちらは容赦せぬ!」
一気に劣勢に立たされたリリィに、ルシーラは更に攻撃を追加する。
彼女の槍と共に放たれる、魔力で形成された赤黒い刃。
八本近く生成された刃によって、リリィの義体さえ切り裂く。
圧倒的な手数で斬られ続けるリリィは、大きな隙を作ってしまう。
「久しぶりに、楽しかったぞ!!」
グングニル全体を赤黒い魔力に包んだルシーラは、渾身の一撃を繰りだす。
リリィ側からだとバイザーで見えづらいが、彼女の表情は満面の笑み。
勝利を確信したその笑みを前に、リリィは目を見開く。
「ッ!」
「なッ!」
凄まじい轟音と地響きと共に、ルシーラの一撃は海と島を両断した。
直撃していれば、リリィでも耐え切れなかっただろう。
だが、ルシーラはリリィを切ったという手ごたえを感じなかった。
一つ言えるのは、刃がリリィを捉える直前に光ったという事。
「……上か!」
「(読まれた、だが!)」
上空には、オーバー・ドライヴで、蒼く輝くリリィの姿が有った。
先ほどまでとは別人のようなスピードで、ガーベラを振るってくる。
彼女に対し、ルシーラは反応する。
「素晴らしいぞ!余が現役であれば、右腕として置いていた!」
「なんの話か知らんが、これで終わらせる!!」
二人の戦いは、もはや異次元の物となる。
はたから見れば、姿を捉える事はできず、光と音だけが不気味に認識できる程度。
お互いに一瞬の油断も許されない戦いに、二人は集中力を極限まで高める。
ルシーラの魔力の剣も、限界まで早く動く。
今のリリィであれば、その猛攻にも対処ができる。
「オオオオオ!!」
「ハアアアア!!」
戦場となっている島は、それほど狭い訳ではない。
直径にして五キロ程度の島は、どんどん刻まれていく。
切り結び合う二人によって、原型が無くなって行ってしまう。
彼女達の戦場として、この島は、と言うより、世界その物が狭すぎる。
そんな二人の斬撃は止み、お互いに間合いを取りあう。
「……これ以上は、この世界が壊れそうですね」
「……ああ、次で最後だ……そうだ、貴様の名前は、何だったか?」
「……リリィだ」
「そうか、ククク、来い、リリィ!!」
構えを取った二人は、一気に接近する。
リリィは、蒼く激しい炎に包まれながら。
ルシーラは、生み出していた魔力の刃を、槍に収束させながら。
間合いに入り込んだ二人は、同時に技を放つ。
「壱の奥義・火之迦具土!!」
「ジ・エンド!!」
二人の技がぶつかり合った時、島で大きな爆発が引きおこった。
その衝撃で、周辺の海は荒れ、高波を作り出す。
衝撃波はシルフィの居る島さえ通過した。




