スターゲイザー 前編
目を覚ましたレリアの視界に、知らない天井が映り込んだ。
「ッ……ここ、は」
聞きなれない音や、薬品の臭いに戸惑いながら上体を起こし、辺りを見渡す。
見慣れない器具がいくつも置かれた、清潔感のある白い部屋。
唯一見なれている物は、なんとも簡素なベッド位。
簡素と言っても、木製ではないだけでなく、マットまで敷かれているので、その辺の宿屋よりは質がいい。
鮮明になって行く意識の片鱗に、殺されかけているロゼが浮かびあがる。
「……(確か、私は、ロゼ達とお城から逃げ出して……)ッ!ロゼ!?」
ロゼの事を思い出したレリアは、部屋中を見渡す。
レリアの寝ていた物を含め、六つあるベッドは全て埋まっている。
お目当てのロゼは、隣でぐっすりと眠っている事はすぐに解った。
それに他のベッドに寝かされているのは、薔薇騎士団の面々。
彼女達も目立った外傷はない。
「(……でも、何かしら?これ)」
とは言え、身体に取り付けられている針やヒモの類が、良く解らない。
一番ビックリしたのは、腕についている針。
どう見ても、何か薬品の類を流し込んでいる。
「(……害は、無いわよね?)」
アラクネから聞いた話には、こんな道具は無かった。
なので、何を身体に入れられているのかは分からない。
だが、ここに連れてこられる前に、リリィに似た人物と会った事は覚えている。
それを信じて、流れ込んでいる薬品を一先ず受け入れる。
「(大丈夫……よね?きっと、ポーションの類よ、うん……)」
正直、不安はぬぐえない。
何しろ、連邦とやり合ったのは記憶に新しい。
助けられた後で、また別の勢力に捕らえられ、何か劇薬でも流し込まれていたら敵わない。
「……ッ(誰か来る)」
色々考察している内に、二人分の足音が聞こえて来る。
とりあえず、針を引き抜けるように手を添え、何時でも迎撃できるよう警戒。
だが、部屋に入って来た人物を見て、レリアはそっと胸をなで下ろす事になる。
「あ、目覚めたのですね、レリア殿下」
「あ、アラクネ!」
「よかった、起きてくれて」
部屋に入ってきたのは、アラクネとヘリアンの二人。
警戒を解いたレリアは、カルテをもって来た二人と相対する。
先ずは、久しぶりに会うアラクネに、連絡をくれなかった事を訪ねだす。
「どうしたの?ここ二年は連絡もよこさないで」
「申し訳ございません、連邦の連中が来たので、下手な接触は避けるべく、ここに身を潜めていたんです」
「そう、良かった、てっきり処分されたのかと、ヒヤヒヤしていたわ」
レリアが危惧していたのは、アラクネが始末されていたかどうか。
アラクネは、敵方であるリリィに情報を売っている身。
つまり、連邦に彼女の事が知られていたら、逆賊のレッテルは既に貼られている。
この三年の内に、見つけ出されて始末されていてもおかしくはなかった。
「それで、ここは何処なの?」
「それについては、追々話す、先ずは、立てる?」
「……え、えっと、貴女は、確か……」
「ヘリアン、一応、リリィの妹、って事にして、おいて」
「わ、解ったわ(あの子妹居たのね、お姉さんが居るのは知ってたけど)」
ヘリアンとあいさつを交わし、二人からのサポートを受けて、レリアは立ち上がる。
少し足が痛んだが、それほど辛い訳ではない。
二人の案内で部屋からでる直前、レリアは立ち止まる。
「あ、その、ロゼは?」
「彼女も、大丈夫、後一時間もすれば、目を覚ます」
「……そう、良かったわ」
「それじゃ、私は残りの五人を見ておきます」
「お願い」
一先ず安心を得たレリアは、部屋を出る。
アラクネは他の騎士団の様子を見る為に残った。
彼女の見送りを受けながら、レリアは施設の外へと出る。
「ッ……」
急な太陽光に照らされながらも、レリアは辺りを見渡す。
彼女の視界に映り込むのは、豊かな森林を斬り開いて作った町。
地面はしっかり補装され、近未来感と中世感の入り混じる建物。
噴水やら、飲食店やらと。
目に見えるだけでも、様々なインフラが整備されている。
しかも、住民と思われる人々は、この外で戦いが起きていたなんて知らないように、笑顔を振りまいている。
「どう?お気に、召した?」
「ええ……でも、こんな町、見た事無いわよ、一体……」
「無理もない、ここは三年前、私達が、発展させた町、位置的には、シランド公国の辺り」
「さ、三年でこんなに!?」
ヘリアンの返答に、レリアは目を見開いた。
どう見ても、三年程度で発展できる規模ではない。
森を切り開き、水道等のインフラを整えるには、かなりの労力が必要だ。
とは言え、異世界の技術を取り入れられているのは明白。
常識では考えられないような速度で、町を作り出しても不思議ではない。
「さ、行こ、ウチのリーダーに会って欲しい」
「え、ああ、分かったわ」
ヘリアンの案内を受けながら、レリアは移動を開始。
ついでに、辺りを見渡して、町の状態を観察する。
これには以前まで行っていた、お忍びの視察眼が役にたった。
「(貧困は無さそうね、それに、食べ物の値段設定も良心的……何より、みんな笑顔)」
視察中、必ずと言っていい程目にした貧困層。
何時も感じていたのは、手を差し伸べる事の出来ないもどかしさ。
一人救えば、また一人、また一人と増えてしまう。
小手先だけの偽善を考える必要が、この町には無い。
できたばかりと言うのも有るのだろうが、良い町である事に変わりは無い。
工事らしき音で、ちょっとうるさいのが、たまに傷な位だ。
とは言え、いくつか解せない事も有る。
「……それにしてもこの町、一から作ったのよね?」
「うん」
「なのに、なんでこんなに住民が居るの?」
「……最初は、リリィが作った、コネを辿って、いろいろ、人材を集めてた、でも、次第に、難民まで、受け入れる様になって、気づいたら、これ」
「……えっと、つまり?」
「最初は、町をつくる、予定じゃ、無かった」
「……そう(ようするに、流れでこうなったって事よね)」
ヘリアンの回答に、レリアは目を細めた。
実をいうと、この町は完全に副産物と言っていい。
ヘリアン達は部隊を再編するために、この世界に有るコネを使って人を集めていた。
冒険者や腕利きの職人等を雇い、戦力の足しにする予定だった。
だが、気づけば難民まで受け入れ、前線基地をつくるつもりが、町をつくる羽目になったのだ。
「(ま、カルミアとしては、これでよかったみたいだけど)さ、ここ」
「お、お邪魔します」
たどり着いたのは、この町の中でも一際大きな建物。
とても病人の恰好で入っていいとは思えないが、とりあえず入って行く。
見るからに重役そうな人や、さまざまな種族の人々を通りすぎ、目的の部屋を目指す。
たどり着いたのは、建物の二階にある奥の部屋。
その扉の前に立ったヘリアンは、ドアをノックする。
「……カルミア、私、レリア殿下を、連れて来た」
『はいよ、空いてるから入って来て』
「わかった」
「(リーダーと会話するにしては、気楽すぎない?)」
まるで友人の家に遊びにでも来たかのように、ヘリアンは部屋の中に入る。
扉を開けた先の部屋は、少し広めの部屋が広がっていた。
執務用のデスクや調度品の置かれる部屋に、白髪のエルフが書類に目を通している。
彼女はレリア達が入って来たのを確認すると、改まる様にして立ち上がる。
「どうも、アタシはカルミア、一応ここでリーダーをやってます、会えて光栄です、レリア殿下」
「え、ええ、こちらこそ」
「……うん、さて、早速本題に入るけど、悪いが無礼講で行かせてもらう、構わない?」
「ええ、どうぞ(切り替え早速)」
握手を交わしたカルミアは、本題に入るべく部屋の明かりを消す。
カーテンもピシっと閉め、光源を無くした。
薄暗くなった部屋の中で、カルミアは目をこすりながらホログラムを起動させる。
「ッ、何これ」
「ホログラム、早い話光の絵みたいな物」
「そ、そうなのね」
「よし、じゃぁ、アンタとアタシらが置かれている状況を説明するよ」
「……ええ、お願い(ちょうど良いわ、彼女達が何をしようとしているのか、聞かせてもらいましょう)」
カルミアの発言に、レリアは目を鋭くする。
何しろ、ずっと知りたかった連邦の目的が、知る事が出来るのだから。
それに、今はどんな状況なのか、この世界で何が起きようとしているのか知りたい。
そんなレリアの為に、カルミアはこの世界の惑星と、その外周を回る物を映し出す。
「先ずは、これがアンタの世界の模型、そして、周りに有るのは、この世界を軸に回る物、因みにこれが月だ」
「……私達の世界って、こうなってるのね」
初めて見る自分の故郷の姿に、レリアは興味を惹かれる。
何しろ、アラクネの話を聞くまで、この世界は平面だの、空の先には神の国があるだの。
そんな異説を本気で信じていた。
こうして見るまでは半信半疑だったが、信憑性が上がった。
「関心している所悪いが、続けるぞ」
「あ、ええ、お願い」
「発端は三年前、アタシらと連邦の部隊だったストレンジャーズは、同盟を結んだ、でも、それは連邦政府にとっては好ましくなかった、おかげで、基地ごと潰される羽目になった」
「ッ……じゃ、じゃぁ、その、ジャックや、リリィ達は」
「ジャックは解らん、だが、リリィとシルフィは無事だ(改修中だったり、誘拐されてたりしてるけど)」
レリアへの状況説明とは言え、三年前を思い出したカルミアは機嫌を悪くする。
あの時は悲惨だった。
多くの隊員が死ぬか、捕縛されるかの二択の中で、必死に生き延びようとしていた。
持っていたボールペンが、二つに折れそうになった辺りで、話を再開する。
「そして、運よく生き残り、逃げ切った連中は、予め用意しておいた脱出の手筈に従って、それぞれの場所に逃げたのさ」
「予め?裏切られる事は解っていたの?」
「ああ、ウチの大将の読みでは、近々裏切られる事を悟っててな、色々な方法で脱出する手筈が整えられていたのさ」
「それが、この町って事?」
「いや、この町は副産物、本当の逃げ場は、こいつ等だ」
カルミアが指を弾くと同時に、ホログラムは別の物を映し出す。
それは、二隻の船。
一つはカルミア達が逃げる際に使用した物、もう一方はイベリス達の乗る船だ。
「宇宙空母ヴァーベナ、そして、戦闘母艦ライラック、どちらも全長一キロに及ぶ、超大型艦だ……アタシらが逃げるのに使ったのは、こっちのライラックさ」
「……(こんなに大きな物を作るなんて、本当に戦争をするつもりなの?)そのライラックって、一体どんな船なの?」
「ライラックってのは……まぁ、ナーダ達がこの世界に逃れる時に使った艦だ、今は深海に隠してある」
カルミア達の使用するライラックは、ナーダがこの世界へ逃れる際に使用した物。
潜水艦としても機能するようになっており、予想よりも連邦が早く来ても、海に隠れる算段だった。
いずれは切り札として使用するべく、基地の一部として眠らされていたのだ。
ルートBは、この艦と基地を切り離し、逃げる為のルートである。
カルミアの説明を受けて、レリアは頷く。
「成程(ナーダ達がどうやってこの世界に来たのか、ずっと疑問だったけど、そう言う事なのね)それで、ヴァーベナって言うのは?」
「さぁな、解っているのは、この外観程度、それと、宇宙の何処かに身を潜めているって事位」
「どこかって、自分たちの兵器でしょ?何で所在が分からないのよ?」
「生憎、ヴァーベナはアタシらの姉が、極秘裏に建造していた艦だ、連絡は取れるが、正確な場所までは知らされていない……もっとも、連中に手を出した以上、もう下手に連絡する訳には行かないが」
「……貴女達も、色々有るって事ね」
ヴァーベナは、イベリス達が逃げ込んだ超大型艦。
ラベルクが物資をこっそりと横流しにして建造していた代物だ。
この状況を見越して建造されていたので、正確な場所はジャックとラベルク位しか知らない。
最近まで通信で近況報告をしていたが、今となっては容易にはいかない。
「……それで、こんな危ない物使って、貴女達は戦争をしようって言うの?」
「最終的にはな、だが、戦力が足りない、世界一つ潰すには、まだまだ届かないさ」
「そう(私達の世界でも、十分の一程度の船も作れないのに……それだけ大きな戦艦を二隻用意しても、あいつ等には勝てないというの?)」
カルミアの推測に、レリアは難しい顔を浮かべる。
できる事であれば、連邦との全面戦争は回避したい。
だが、カルミア達は戦う覚悟でいる。
せめて連邦の高官たちと、もう一度交渉を進めたい所だ。
しかし、カルミア達は仲間を殺され、居場所を追い出された身。
戦ってでも、その無念を晴らしたいだろう。
「……カルミアさん、だったわね」
「ああ」
「……教えてちょうだい、あの人達が、連邦政府が何をしようとしているのか」
異世界の都合で、この世界を戦場にされては困る。
戦いが始まれば、三百年以上前の魔王との戦争以上に、悲惨は事となるだろう。
そうならない為にも、連邦政府とは真剣に交渉する必要がある。
先ずは、カルミア達が掴んでいる情報を、出来る限り知っておきたかった。
「良いだろう、だが生憎、こっちも全部は解らないが……奴らの直近の課題としては、この世界との交通手段を確保する気でいる」
「交通手段?」
「そうだ」
ホログラムを戻し、解説を始めたカルミアの横に立つレリアは、彼女が指をさす方に目をやる。
場所はこの世界の軌道の外側、月の近辺だ。
その場所には月だけでなく、人工物が描かれている。
「この、輪っかは何?」
「そいつが奴らの移動手段として建造している代物だ、通称はリング」
「リング?」
「正体は超大型の転移装置、その気になれば、向こうにある全艦隊を、一日以内にこっちへ移動させられる代物だ」
「ッ、い、何時の間にそんな物が」
カルミアの言葉に、レリアは息を飲んだ。
自分たちの知らない間に、空にそんな物騒な物が置かれていたのだから。
だが、連邦がやろうとしている事は、それだけではない。
苦い表情を浮かべるカルミアは、説明を続ける。
「コイツがある限り、アイツらは向こうから援軍をドンドン送って来る……そこにさらに、イリス王国の軍事力も加わる、そうなれば、こっちはジリ貧になる」
「……厄介ね、そこまでして、あいつ等は何をする気?やたらと資源や鉱石を望んでるけど」
「……鉱石、か……せめて向こうの仲間と連絡が取れればいいんだがな」
「向こう?貴女達の世界にも仲間が居るの?」
「ああ、距離が有り過ぎて、とても話ができる状況じゃないけどな」
「……貴女達でも、まだわかっていないのね」
「ああ、申し訳ない」
レリアに謝罪を入れたカルミアは、片目をこすりながらホログラムを消す。
明かりも付けると、二人は改めて見つめ合う。
レリアの瞳を見るカルミアは、その目に平和を望む思いを見つける。
ヤサグレ時代に得た目利きのおかげだろう。
「……アンタとしては、平和を望みたいだろうが、既に宣戦布告はされている」
「……そうでしょうね、仮にも、アイツらの部隊を一つ潰したのだから」
「そこで取引をしたい」
「何?」
「アタシらアンドロイドと、この町の存在を、三国全てに認めさせる、これを約束してくれるのなら、アンタの兄が戦争を吹っ掛ける前に止める事を約束する」
「……わかったわ、内戦になるのだけは、もう止められそうに無さそうね」
何とも複雑な心境になりながらも、レリアはカルミアとの取引を飲む。
それと時を合わせる様にして、扉が勢いよく開く。
「報告!薔薇騎士団が目覚め、医療施設を占領されました!」
「早速内戦かよ!!」
「……大丈夫かしら、この人たち」




