接触 後編
会食から二時間後。
ロゼ達は何とか追跡を振り切り、近くの森林へと身を隠していた。
「あいつ等、滅茶苦茶しやがって」
「ああ、陛下も、ルアンダ殿下も、元老院の方々も捕まってしまった、薔薇騎士団として不甲斐ない」
騎士団たちは、傷の手当を行いながら現状に嘆いていた。
何しろ、せめてレリアだけでも助けろと、オレアとルアンダが囮を申し出たのだ。
二人だけでなく、会食に出席していた元老院たちも、その身を呈してくれた。
とはいえ、民家の近くだというのに、ミサイルだのバルカンだのをかましてきていた。
五人だけで、自分たちと同人数の人を連れて行くのは難しい。
「仕方ないわよ、だって、アイツらが相手なんだもの」
「ッ、殿下」
「もうし訳ございません、弟君とお父上を救えず……罰を受ける覚悟は、ございます」
話しかけてきたレリアに、騎士団メンバーは頭を垂れた。
とはいえ、やむを得ない決断でもあった。
敵は駐屯している部隊だけとはいえ、火力が違いすぎる。
薔薇騎士団の人数は五人。
むしろ近代兵器を相手に、よく逃げ切れたと言える。
と言うか、ほとんど痛み分けのような結果でもあった。
「良いのよ、それより、今貴女達に罰を与えたら、誰が私の事を守るの?」
「ッ、もったいなき、お言葉……このウルメール、ミュンスター家再興のため、必ずやお役に立って見せます」
「このアンリ・マルタンも、誠心誠意姫様をお守りいたします」
戦斧使いのウルメール、ハルバード使いのアンリは、レリアに改めて忠誠を誓った。
二人共、身分的には底辺の貴族。
採用の為の試験時にロゼとレリアに戦いの才能を見込まれ、スカウトした経緯がある。
そのため、自分たちを拾ってくれたレリアの為であれば、死ぬ覚悟だ。
とはいうものの、レリアとしては命大事に、が望ましい。
「その意気だけど、命は大事にね」
『はい!』
「良い返事だが、もうちょっと声押さえろ」
「まぁまぁ……あ、誰かナイフ持ってない?」
「え……あ、こちらに」
「ありがとう」
アンリからナイフを借りたレリアは、ドレスの丈を詰め始める。
その様子を見た騎士団たちは、驚きの声を上げてしまう。
何しろ、レリアの着ているドレスは、貴族でも手が出ないような代物。
それを無造作に切り裂いているのだから、もっともな反応だ。
「で、殿下!」
「そんなお高いドレスに何てことを!!?」
「まぁまぁ、こんな状況じゃ、ドレスなんて、ただの布よ」
「そ、そうかもしれませんが」
丁度いい丈に詰めると、今度は切った時にでた布切れを足に巻き付けていく。
元々ハイヒールをはいていたのだが、逃げる時に脱ぎ捨てていた。
ここまで無理矢理走って来たが、そろそろ足が限界だった。
強度のある素材なので、十分靴代わりになる。
「ところで暇様、どこかアテは有るのですか?このまま逃げていても、いずれ」
「そうね……一先ず、レンズに向かいましょう、歩きで三週間はかかるだろうけど」
「な、なぜそのような所に?かなり辺境の地ですが」
「そこなら頼りになる人が居るのよ、事情さえ話せば、匿ってくれるわ」
ウルメールの疑問に答えたレリアは、即席の靴で立ち上がる。
足元の小石やら虫やら枝やらが気になるが、今は歩ければ問題は無い。
当面の目的は、レンズ町に居るアラクネと合流する事。
彼女であれば、蜘蛛達の森にでも隠れさせてくれるかもしれない。
「さ、行きましょう、徹夜で歩けば、アイツらの捜索にはひっかかり辛い筈よ」
「りょ、了解!」
「無理をなさらないでくださいよ」
「ええ、でも、向こうはこっちの十倍速く行動ができると思いなさい、休むのは、次の町に着いてからになりそうよ」
『御意!』
五人の返事と共に、レリア達は行動を開始。
深夜の森を歩く何て、言語道断と言えるだろう。
だが、連邦側がどれだけ早く動けるか、今の所は想像しかできない。
それ故に、今は最寄りの町へ急ぐ。
「……」
「どうかしたのか?アンクル」
「あ、アンリ……ごめん、ちょっと気になる事が有って」
「気になる事?」
「ええ……」
アンクルは、眠気覚ましを兼ねたおしゃべりをする、レリアとロゼを視界に入れる。
二人が話に夢中になっている事を確認し、アンリと話を始める。
「その、殿下と隊長って、敵の事詳しすぎだと思って」
「……確かに、アンタのメイスも、アタシのハルバード、それに……」
話の腰を折る様に、アンリは最前列の団員に視線を送る。
危険なので、交代で立つ事に成っている位置を歩くのは、トゲ付き鉄球を持つ少女。
大きさはバスケットボールより大きい鉄球を、鎖でつないだ凶悪な武器だ。
だが、武器の話をしているのだが、どうしでも使い手の方に目が行く。
「フヒ、フヒヒヒ、来てみなさい、ヒヒ、異世界人、ヒヒ、今度も、ウヒ、また、これで滅殺してやる、イ、ヒヒヒ……」
「(選ぶとき、もうちょと人格に目をやるべきだったわね)」
「(まぁ、根は良いなんだけど、せめて笑い方どうにかしてくれ)」
クセの強い話し方をする彼女は、ミシェル・メイアン。
この中で唯一、冒険者から志願してきたメンバーだ。
笑い方や喋り方に問題があるだけで、根は良い奴と言うのがロゼの評価。
事実、ロゼの鼻でも、レリアへの忠義は感じ取れている。
「……うん、まぁ、とりあえず、私達の武器は、身体強化を使えばあいつ等に有効、それは今までの戦で証明された」
「そ、そうだな、うん……その事知ってるんなら、こんな上位の魔物討伐する時みたいな装備、騎士に必要ないもんな」
ミシェルの不気味さに押されながら、レリア達が何故自分たちを集めたか考察した。
二人の立てた仮説では、レリア達は異世界からの来訪者が来る事を知っていた事になる。
そして、彼らが駆る兵器に対抗するべく、薔薇騎士団を結成した。
そう考えると、今まで大型の敵や、人間の兵士と戦う訓練をしてきた理由も頷ける。
一番疑問なのは、レリアがどうやってその情報を得たか、である。
「……でも、そうなると、殿下はどうやって敵の情報を……」
「さぁな、けど、それもレンズって町に行けばわかんだろ、多分そこに協力者がいる」
「そうね……罠でないと良いけど」
「ッ!敵襲ぅぅ!」
アンクルの心配が命中するかのように、ロゼの叫び声が森中に木霊した。
会話で少しだけ気が緩んでいた二人だったが、ロゼのおかげで我に返る。
騎士団たちは上空からの攻撃を回避、先ほどまで彼女達の居た場所は爆散する。
回避に成功した五人は、レリアの事を囲い込み、円陣を形成する。
「バカな、何故ここが」
「いくら何でも早すぎる」
辺りから感じる気配を警戒しつつ、五人は武器を構える。
レリアは、思っていた以上のスピードに驚きながらも、最初の攻撃が行われた方を見上げる。
「(信じられない、敵は私達の予想以上ね)……さっきの爆発は、あれね」
「そのようですね」
レリアの視線の先に映るのは、一機のエーテル・アームズ。
一門のランチャーと、巨体を覆う程の盾を持つ機体は、ゆっくりと彼女達の前へ下り立つ。
その機体に続き、ランチャーの代わりに手斧を持つ個体と、歩兵部隊が次々と降下。
完全に取り囲まれながらも、ロゼ達は戦闘態勢をとる。
『レリア殿下、お迎えに上がりましたよ』
「お迎え、それって天からの?それとも、アルセアからの?」
『当然アルセア陛下からのお達しです、反逆者に捕らえられた姫様の救出を頼まれまして』
「……そう(こいつ等、あくまでもロゼ達を悪人に仕立て上げるつもりね)」
展開する連邦兵たちを睨みながら、レリアは姑息なやり方に腹を立てた。
状況的に見ても、ロゼ達に誘拐されたといわれれば、そう見えるかもしれない。
だが、そんな事は承知なのか、ルプスクリーガに乗る兵士はためらい無く声を発する。
『テロリストに告げる、ただちにレリア殿下を解放しろ、要求に応じない場合、命の保証はできない』
「(よく言う、姫様を渡しても、どうせ私達ごと殺すつもりだというのに)」
開放してもしなくても、結局待っているのは死。
ロゼはルプスクリーガのパイロットから漂う臭いから、明らかな殺意を感じた。
最後まで抵抗する意思を見せる様に、ロゼは武器を構える。
彼女に続き、薔薇騎士団の面々も武器を向ける。
『……交渉決裂、か』
「ああ……姫様を守れ!!」
『了解!』
ロゼの叫びと共に、騎士団たちは行動を開始。
振り上げられた斧やメイスと共に、敵へと接近。
だが、目の前に居る彼らからは、恐怖を感じない。
どちらかと言えば、余裕ともとれる怪しい気配だ。
「(なんだ?こいつ等、今までの連中と違う)」
敵へ向かうロゼは、目の前に居る連邦兵たちの異質さに気付く。
追撃をしてきた連中は、みんな接近するだけで怖気づいていた。
だが、目の前の兵士達は、怖気づくどころか、不敵に笑っているように思える。
フルフェイスのヘルメットで、表情は見えなくとも匂いは正直だ。
その正体を知る前に、ルプスクリーガの持つ盾が展開する。
『威勢のいいウサギだ』
「ッ!?なんだ?」
見下すような発言をされた瞬間、全ての盾から衝撃波のような物が発生。
ロゼ達とレリアは、身体になにかが通ったかのような感覚を覚えた。
痛みも何も無く、何かが通り過ぎた。
妙な感覚を覚えていると、ロゼはその場に転んでしまう。
「ッ、なん、だ……」
「体が、言う事を、聞かないっ」
「いった、い、何を、した……」
ロゼだけでなく、他のメンバーやレリアまで倒れだした。
全員武器を持つ事はおろか、ろくに喋る事もできずにいる。
それだけでなく、全身の魔力の流れに不調が出てきている。
状況が一切解らない彼女を見下すように、最初のルプスクリーガがロゼの前に立つ。
『何をした、か、強いて言うのであれば、これは天罰だ』
「てん、ばつ……」
何をバカな事を。
そう思うロゼへと、ランチャーが向けられる。
『そうだ、我々の目指す、人類の崇高なる世界を邪魔しようという輩に与える、天罰だ』
「(成程、八千もの軍勢を無傷で相手にできた理由はこれね)」
話を聞いていたレリアは、去年のできごとを思い出した。
少ない手勢で、八千もの軍を相手にして完全勝利する。
撃つ相手が一切抵抗できないのであれば、ただ張りぼてを壊すように簡単だ。
「(でも、今はそんな情報、意味が無い!)」
だが、今のレリアにそんな情報や真実はいらない。
ロゼに向けられている砲は、今にも放たれそうなのだ。
この状態では、ロゼの鎧も機能しないだろうし、単純な防御を落ちている。
何とかして助けに行きたいが、もう呂律すら回らなくなってきた。
「(ロゼ、ロゼ……)」
『では、排除します』
パイロットの一言と同時に、彼女達の周囲から落雷のような音が響いた。
その音は、一度だけでなく何度も響き渡り、同時に金属音をとどろかせた。
先ほど地面を撃った時のような爆発音は、一度も鳴っていない。
そんな事態に、レリアは恐る恐る顔を上げる。
『な、何者だ!?ッ、クソ、メインカメラが!』
「な、何が起きて……」
先ほどまでロゼにランチャーを向けていた機体は、まるで針山のようになっていた。
上半身の至る所に、金属でできた矢が複数本突き刺さっている。
そのおかげで、砲撃は止められたらしい。
だが、周りのルプスクリーガも、同じ場所が同じ武器で潰されている。
その認識ができた頃、更に別の音がレリアの耳に入り込む。
男女の声が入り混じる雄叫びと共に、その声の主たちは現れる。
「突撃しろぉ!!」
「レイヴン隊に後れを取るな!我々オセロット隊が手柄を上げる!!」
空中からは、弩や剣を装備し、機械の羽を持つ部隊。
地上からは、馬のように大きな狼の魔物に搭乗し、戦斧や弩を装備する部隊。
同数の歩兵部隊達が駆けつけてくる。
敵の増援かと思ったが、全くの取り越し苦労。
現れた部隊は、レリア達を包囲していた連邦兵を次々と葬って行く。
「クソ!何だ!?こいつ等は!!」
「増援部隊じゃない!こいつ等敵だ!」
「何でエーテル兵器を持ってる奴と戦う事になるんだ!?」
「(あれは、エーテル・ギア、それに、あいつ等の乗っている魔物は、ダークネス・ウルフ!)」
完全に奇襲を受けた連邦兵は、状況について行けていない。
その隙をつくかのように、駆け付けてきた部隊は獅子奮迅の活躍を見せる。
あの天罰とやらも、彼らには無意味なようだ。
天罰だけをアテにしていた彼らにとっては、対処の出来る相手ではない。
『チクショウ!ブレイン・ジャマーが効かない!』
『目を潰したからって、いい気になるな!』
ルプスクリーガ達も、襲撃者たちを相手にし始める。
だが、目や腕を潰された彼らは、もはやただのカカシ。
通り過ぎ様に振るわれる斧で、四肢は簡単に切断。
そこへトドメと言わんばかりに、弩やダークネス・ウルフの魔法が繰り出される。
地上の部隊に、なす術もなく始末された。
「ひけ、引けぇ!」
「こんなの聞いて無いぞ!」
「逃がすものか!」
「一人たりとも生きて返すな!」
「せめてその首を置いて行け!!」
すっかり逃げ腰な連邦兵でも、彼らは容赦しない。
逃げようとする者にも、容赦なく弩を繰りだしている。
アダマント合金の装甲を貫く矢は、エーテル・ギア程度は簡単に貫徹。
身体の一部が吹き飛び、上半身と下半身がお別れするような威力がぶつけられた。
「よし、要救助者を確認しろ!すぐに保護するんだ!」
「他の者は周辺を警戒!敗残兵を確認しろ!」
あっという間に連邦の部隊を蹴散らした彼らは、急いで周辺を警戒しだす。
一部のメンバーは、倒れるロゼ達の手当てに回る。
そして、手当てに回った部隊の内、数名がレリアの元へとかけよって来る。
「ッ、あ、貴方たちは?」
「安心してください、我々は貴女の味方です」
「無事で、よかった、二個分隊しか、連れてこれなかった、けど、十分すぎた」
衛生兵に面倒を見てもらいながら、レリアは一人だけ異質な存在を見つけた。
彼女だけは、何故だか生気を感じない。
まるで、リリィの時のように。
リリィに似た少女は、レリアの前に立つと、フルフェイスのヘルメットを脱ぎだす。
「ッ、り、リリィ?じゃ、ない、のね」
「うん、初めまして、私は、AS‐103-04ヘリアントス、ヘリアンと呼んでください、レリア殿下」
レリアの前でひざまづいたヘリアンは、挨拶を済ませると、衛生兵と一緒に彼女を担ぐ。
そして、降下してきたヘリへと、レリアを乗せる。
「どこへ?」
「私達の町、そして、反撃の為の、拠点」
「反撃の、拠点」
疲れ果て、意識を飛ばしたレリアを乗せ、ヘリは飛び立つ。
日の出を背にして。




