接触 前編
イリス王国、首都イリスにて。
レリアはうなされながら目を覚ます。
「……はぁ、最近よく寝れないわね」
寝汗に塗れながら起き上がったレリアは、ベッドから足を下ろす。
ここしばらく、満足に眠れた覚えがない。
その理由は、レリア自身も良く解っている。
「……はぁ」
ため息交じりにベッドから降りたレリアは窓へと移動する。
重い足取りで歩いていくと、カーテンと窓を開け、バルコニーへと出る。
「……」
外へ出たレリアは朝日を浴び、眠気を覚ましていく。
今日はなんとも心地よく晴れており、重いまぶたも軽くなる。
暖かな陽光と爽やかな風のおかげで、次第に眠気がとんでいった。
そんな心地よい自然は、レリアの悩みの種によって阻まれてしまう。
「……ここも、騒がしくなったわね」
レリアの身に影を落としたのは、空を飛ぶ鉄の箱。
彼らが来なければ聞く事の無かった音と、見る事の無かった風景。
これこそが、レリアの悩みを募らせている。
「……もう三年になるのね、彼らがこの世界と関わりを持つようになって」
ストレンジャーズ壊滅より、既に三年が経過。
その間に、連邦は艦隊を引き連れて、この大陸に外交へやって来た。
いうなれば、宇宙からの黒船来航。
来航当時こそ、非常に大きなパニックが起こった。
三百年ぶりに戦争が起こる事を危惧し、大陸の三国は軍を動かした程だ。
「……でも、戦争にならなかったのは、好都合なのかしらね?」
幸いな事に、戦争にはならなかった。
それは連邦の技術や兵器について、ある程度アラクネから聞いていたレリアには吉報。
エーテル兵器や、反応兵器の類も聞いていたので、心が休む余裕が無かった。
アラクネ不在の二十三年で、どれほど技術が進歩したかは分からない。
ひとたび戦争になれば、負ける事は目に見えている。
だが、飛び出ている杭を叩こうとしてしまった者もいる。
「(……まぁ、それでも出てる杭は、叩こうするのが人間って事よね)」
「姫様、お召し物をお持ちしました」
「あら、もうそんな刻限でしたか」
去年起きたイザコザを思い出していると、お付きの侍女に呼ばれた。
朝の身支度を整えながら、レリアは当時までの事を思い出す。
初の惑星間での外交によって、連邦との間での友好条約締結。
それが事の発端とも言える。
当然、そんな事をよしとしない元老院は、多くいた。
「失礼いたします」
「ええ、お願い(……まぁ、出る杭を叩いたというより、踏みつけたって所かしらね)」
連邦を叩いたのは、三国の反対派の面々。
彼らは合同で兵士を集め、一部の冒険者を傭兵として雇い入れた。
その総数は八千近く集まり、力の有り余っていた将校まで参加していた。
彼らは、連邦が大使館の代わりとしていた揚陸艇を包囲。
三国と連邦に対し、条約破棄を要求した。
「(彼らへの疑心や恐怖だけじゃない、内側から侵略する魂胆かもしれない、そんな不安もあったのよね……)」
予想できる動機はいくつも有る。
内側からの侵略を危惧する疑念、見知らぬ兵器への恐怖。
異世界人との接触なんて異常事態が起きているのだ、それ位不安になってもおかしくない。
レリア自身も、アラクネから兵器類の事を聞かされてから、畏怖の念が強まった。
彼らが武力行使にでた気持ちも、良く解る。
「(連邦は専守防衛を徹底していたけど、彼らは)」
だが、反対派の面々は一日で制圧された。
専守防衛に徹していたというのに、おかしな話だ。
噂では手も足もでずに、一方的に攻撃されたという。
おかげで連邦側はほとんど損失を受けていないらしい。
「終わりました、これでよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ、ありがとう(でも先ずは、目の前の問題ね)」
朝の身支度を終えたレリアは、議事堂へと向かう為に部屋からでる。
そして、部屋の外で待っていたロゼと合流する。
「おはようございます、姫様」
「ええ、おはよう、議事堂までの護衛、お願いね」
「御意……」
挨拶を交わしたロゼは、匂いからレリアの疲労を感じる。
ここ暫くは、ロゼも気が休まっていない。
何しろ、不審な匂いがあちらこちらから漂っているのだ。
監視をするかのような、嫌な臭い。
「(やはり、姫様も気が休まらないか……けど、私に出来るのは、姫様を全身全霊で守る事だけだ)」
拳に力を入れながら、ロゼはレリアの背後に着く。
せめて妙な事に巻き込まれないように、レリアを守るため。
「(相変わらず、気を張り詰め過ぎよ……でも、確かに変な気配は有るのよね)」
ロゼの事を気にかけながら、レリアは議事堂へ移動していく。
――――――
王国の城のすぐ近くに隣接している議事堂にて。
集まった元老院とレリアの一家は、なんとも緊張感のある空気を作り出す。
指定の席に座ったレリアは、隣に座る二人の弟に目をやる。
「(……アルセア、レアンダ……お願いだから、内輪もめだけはやめてよね)」
長男のアルセアに、次男のレアンダ。
二人共、レリアの実の弟たちだ。
元老院たちが変な事を言いだす事も心配だが、彼らがどんな愚行をするのかも心配だ。
と言うか、アルセアは過激派、レアンダは穏健派と、既に別れつつある。
「貴様らはあの異世界からの蛮族共に、何時まで尻尾を振るつもりだ!?」
「そうだ!奴らは仲の良いフリをして、内部からこの国を乗っとるかもしれないというのに!」
「また武力行使を行うつもりか!?そんな事をすれば、一年前の惨劇を再び起こす事になるだけだ!」
「彼らの持つ力は未知数だ!ここは大人しくするのが得策!」
「(こうなるわよね……でも、このまま彼らに気を許すのも、得策とは言えないわ)」
相変わらず、過激派と穏健派の言い争いは続く。
会議は踊るされど進まず、という言葉がしっくりくる。
彼らの不毛な論争には、ホストであるレリアの父『オレア』も頭を抱えてしまっている。
一応、イリス王国の王であるオレアは、今の所和平を望む立場にある。
「……和平か、対立か、どちらにせよ、このような事態になれば、彼らが不安になるのも無理はない、か……だが、不安要素を取り除くのは、事実上不可能だな」
「(……不安になる要素、やはり、存在そのものもあるけど、行動にも有るのよね)」
父であるオレアの独り言に、レリアは反応する。
代表的な事を上げると、感染症等の予防策として薬を無償で提供してきた。
確かに異世界からきたのだから、未知の病気を持ち込まれては敵わない。
上辺だけの感謝こそあれど、元老院はこの行動に不満を抱えているのだろう。
「(この世界では、真っ当な薬は貴族か、ある程度裕福な人間にしか、風邪何かが原因の薬は手に入り辛い、それを考えると、無償で市民にも配るなんて、異質もいい所ね)」
この世界において、ポーションのような傷薬は広く広まっている。
だが、漢方薬や抗生物質のように、風邪薬と呼べるような物は広まっていない。
技術的な面や需要が原因で、簡単には手に入らないのだ。
魔物関係の事が影響で、傷薬の需要のほうが高いせいもある
彼らからみて、高級品をなんの見返りも無く、ばらまいているように見えてしまっている。
「(彼らと関わる時は、こっちでの常識を捨てなければならない、彼らが、それを理解してくれると良いのだけど)」
リリィ達の話を聞いているレリアにとっては、割と考えられる事。
だが、リリィ達の事を知らない彼らからしてみれば、異常にしか思えないだろう。
そんなこんな、最終的にオレアの和平路線は覆らなかった。
過激派からすれば、臆病者見えてしまうだろう。
――――――
議事堂でのやりとりが終わった後。
レリアはロゼと共に、バルコニーでくつろいでいた。
「あ~、もう、気が休まらないわ」
「あ、あの、姫、さま」
「……(スゥ~)」
「フィアッ!」
椅子に腰かけるレリアは、膝の上にロゼを乗せている。
動揺するロゼを他所に、レリアはロゼの首筋で深呼吸をする。
侍女の入れてくれたハーブティーも良いが、今のレリアにはこれが一番効く。
「はぁ~、やっぱりウサギ吸いは良いわね~」
「ね、猫みたいに言わないでください」
「……ねぇ、ロゼ」
「はい」
「あいつ等が来てから……熱風の匂いはする?」
「……いえ」
ロゼを膝に乗せたまま、レリアは暗号で質問をした。
こういった事態になった時に、アラクネと一緒に決めた暗号の一つ。
リリィやジャックの存在を、ロゼが感じているかの質問だ。
ジャックを感じた時は、とても暑いと答える。
シルフィの場合は風が吹いている。
リリィの場合は、華の匂いがする。
と言うように決めてある。
「そう……」
「ですが彼らが来ても、なんの事態も変わらないかと」
「……そうだけどね、でも、ちょっと位熱を感じれば、少しはこっちも動きやすいんだけどね」
連邦が来たという事は、リリィ達は敗北している可能性が高い。
なので、来るとすればジャックの辺りだ。
彼女が来た所で、政治の話が動くわけでもない。
だが、ジャックの事なので、勝手に会いに来る可能性は高い。
「護衛と仲が良くて何よりだ」
「ッ、父上!」
「あ……」
等と話していると、バルコニーにオレアが訪ねてきた。
その事に気付いたロゼはレリアから飛び降り、目にも止まらぬ速さで地面に顔を叩きつける。
自分の娘に護衛が抱き着いていた事がしれれば、どうなるか分かったものではない。
「申し訳ございません!護衛如きが出過ぎたマネを!!」
「ロゼぇぇ!」
バルコニーが粉々に砕けそうな勢いで、ロゼは地面に額を叩きつけた。
おかげで、床に大きなヒビが入ってしまう。
そんな彼女を涼しい顔で通り過ぎたオレアは、レリアの目の前に腰掛ける。
「よい、君には、何時も娘を守ってくれている恩がる……すまない、私にも、一杯貰えるか?」
「は、はい!ただいまご用意します!」
「だからロゼよ、表をあげよ、そのような状態では、護衛もままならぬ」
「……も、もったいなきお言葉!!」
「ちょ、せめて止血くらいしなさい!貴女!何か布持ってきて!できるだけ綺麗なやつ!」
「は、はい!」
オレアの言葉に応え、ロゼは血と涙で汚れる顔を上げた。
ロゼには再生能力が無いので、割れた額からダラダラと血が流れている。
急いでもう一人の侍女に清潔な布を持ってこさせ、その間に、レリアはロゼへ回復魔法をかけだす。
「お、お手数をお掛けします」
「もう、鎧で痛みが無いからって、変な事しないで」
「た、タオルをお持ちしました」
「ありがと、私がやるから下がってて」
タオルを受け取ったレリアは、ロゼの額を縛る。
侍女からしてみれば、こんな事を姫にやらせるなんてもってのほか。
だが、妙に慣れた手つきで作業するレリアに、思わず息を飲んでしまう。
その姿を見たオレアも、笑みを浮かべだす。
「レリア、どうやら、あの旅はお前の皮を剥く、いい機会だったようだな」
「……はい(流石父上、ロゼのオーバーリアクションに怯みもしない……相変わらず肝太すぎ)」
ロゼの手当てを終えたレリアは、新しいハーブティー片手に、父と話を始める。
流石に父親の前でイチャつく訳には行かないので、ロゼは警備のために立ち聞きする。
「……レリア、どうやらお前は、彼らに疑いの目があるようだな……だが、過激な思想は持ち合わせていない」
「……はい……その、彼らには、何か裏がある様に思えるのです、なので、信用できるかどうか」
「そうか、確かに彼らは異様だ……彼の者たちが異世界からの来訪し三年、我々の目の届かない所で、牙や爪をといでいるやもしれん」
レリアの話を聞いたオレアも、彼女の考えに賛同する。
オレアとて政治家のはしくれ、連邦の持つ異臭には感づいている。
だが、臭うからと言っても、臭いの元が何処にあるか解らない。
それで何か進言しても、ただの妄言でしかない。
彼らの目的で、ヒントになりそうなのは、彼らが真っ先に構築しようとしていた関係。
そこになにか手がかりが無いかと、レリアは考え出す。
「(連邦の人たちが私達に求めているのは、資源採掘の共同開発……あの人達には、特殊な方法で鉱脈を見つける技術がある、貴重なアダマントであそこまでの量の兵器を生産できるように成る位)」
アダマントが採れる鉱山は、この世界では数える位しか見つかっていない。
加工にも技術が必要なので、それらを使った武具はかなり値が張る。
レリア達にとって、それだけ価値のある金属を彼らは湯水のように使っているのだ。
「(でも、彼らの事だから、私達の常識では測れないような、常軌を逸した使い方をする事だって)」
「……どうやら、何か思うところがあるようだな……」
すっかり考え込んでいるレリアを前に、オレアはハーブティーを含む。
すると、部屋の奥から足音が二人分近づいてくる。
何やら言い争いながら、このバルコニーに向かっているようだ。
「父上!ここにおられましたか!」
「お父上!貴方の方からも兄君をご説得ください!」
「……騒がしくなりそうだな」
言い争いながら、アルセアとルアンダはオレアの前に立つ。
どうやら、二人そろって今後の事で意見が分かれてしまっているらしい。
揃いも揃って姉を無視し、オレアへと意見を発する。
「父上!こんな甘いやり方を何時までも続けていては、あの蛮族共になめられる一方!奴らの手品が通じない程の軍勢を他国と合同で作り、奴らを打ち払うのです!!」
「兄君!それではいけません!余計な争いを避け、国の更なる発展のために、彼らとはより友好な関係を築くべきです!」
「……一先ず落ち着け、そんなに事を急いだ所で、どうにかできる訳ではない」
二人共勝手に意見を述べるが、オレアとしては極端な関係には持っていきたくない。
長男のアルセアのように、武力で威圧しても一年前の二の前だろう。
かといって、次男のルアンダのように友好重視で行っても、どうなるか解らない。
そんな弱気な姿勢に、アルセアは反発する。
「そんな弱気で如何するのです!?奴らに我々の恐ろしさを見せつけず、いかにして対等な関係を築くというのですか!?」
「チ、姉上も、黙っていないで、この脳筋に何か言ってください!貴女も和平を望んで居る筈!」
「何!?それは本当なのですか!?」
「……はぁ」
二人の言い分に、レリアはため息をこぼした。
二人の反応はもっともだ。
レリアも異世界人の存在を知らなければ、穏健派としてアルセアに反発していただろう。
だが、レリアは大雑把に知っている。
彼らの恐ろしさを。
「彼らは一筋縄でいくような相手では有りません、過激であろうと穏健であろうと、極端に傾けば、彼らの思うつぼでしょう、それ故に、私は適切な距離をもって、彼らのアラを探すべきだと思います」
「ッ、姉上までそんな弱腰な」
レリアが今欲しいのは、連邦が強行姿勢に入らないようにする為の弱み。
そのためには、最近音信不通のアラクネの協力が必須になる。
それまでは、適切な距離感が必要だろう。
弱腰に見えるかもしれないが、向こう側の真意がわからない以上、それが最適だ。
「弱腰ではありません、八千近くの軍勢を一日で退けるような軍を相手にすれば、兵が一万だろうと、十万だろうと、用意しただけの兵士の屍ができるだけです、今を平和に生きる者達を、私達のプライドの為に犠牲にする事は、容認できません」
「国の威信の為に散る事は戦士の誉れ!この国が蛮族共に好き勝手されない未来を築く礎となれるのであれば、彼らも本望でしょう!」
「いいえ、それは一部の勇気ある者だけ、そのほかの大勢にとっては、ただの巻き添えでしかありません」
彼らが戦うのは国の為では無く、今自分たちが通そうとしているワガママ。
ジャックからの受け売りだが、上手く行く保証も無い事に軍を作る訳にはいかない。
そんな弱気な姉の姿に、アルセアは愛想をつかせる。
「チ、売国奴が!」
そう言い、アルセアは城の中へと戻って行く。
何とも複雑な心境であるが、レリアはハーブティーを飲んで落ち着く。
「……戦っても、私達が勝てる訳がないのよ、向こうには、一度の攻撃で町一つ消し去る兵器を所有しているのよ」
「ッ、姉、上?」
ルアンダの耳に、レリアの呟いた言葉が引っかかった。
一度の攻撃で町一つを消せる兵器。
彼らがここに来てから、そんな物は一度も使っていない。
反抗勢力も一日で壊滅したが、建物に穴が開き、兵士がバタバタとやられた程度。
そんな大損害は受けていない。
「(……姉上、貴女は彼らの事を知っているのですか?)」
――――――
その頃。
アルセアは連邦から遣わされた外交官と、立ち話をしていた。
自室に戻る最中に、偶然出くわしたのだ。
「それで、話とはなんだ?マクスウェル外交官」
「先ずは、お忙しいところ、お話に応じてくれた事、誠にありがとうございます」
「チ、キナ臭い男だ」
腕を組んだアルセアは、スーツ姿というこの世界の住民にとって異質な恰好の男性を睨む。
彼の前に立っているのは、マクスウェル外交官。
この国との外交を行う為に派遣された、使節団の一人だ。
その使節団の中でも、彼は特別胡散臭いというのが、アルセアの印象だ。
「それが、貴方を見込んで頼みがあるのです」
「ほう、俺を見込むとは、大した奴だ、それで頼みとは?」
「ええ、ですが、立ち話もあれですので、よろしければ、殿下のお部屋の方で」
ニヤリと怪しい笑みを浮かべたマクスウェルは、アルセアと共に彼の自室へと移動していく。




