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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
マリーゴールド編
243/343

マリーゴールドの花言葉 中編

 三百年前。

 故郷の森にある、シルフィの実家にて。

 シルフィは笑顔でルシーラの手を握っていた。


「これからよろしくね!ルシーラちゃん」

「よ、よろしく、お姉、ちゃん」


 シルフィの手を握り返したルシーラは、不器用ながら笑い返す。

 目覚めたばかりの頃は、生気も何も無かったが、ジェニーやシルフィとの交流を経て、何とか笑える位に回復した。

 ルシーラという名は、彼女がそう呼んで欲しいと頼み込んだ物。

 本当の名前は別に有るが、思い出したくないらしい。

 新しい一歩を踏み出すためだと、ルシーラ自身の決意でもある。


 ――――――


 数十年後。

 ルシーラを家族として受け入れた後、二人は学び舎に通う歳になった。

 学び舎に通うようになってからという物の、シルフィは魔法の適性が低い事を理由に、いじめを受ける様になった。

 連日続くいじめは、日に日にエスカレート。

 思春期にも入ったシルフィにとって、劣等感にもさいなまれていた。

 そのせいで、心の傷はより深く彼女をえぐっている。


「私、エルフなのに、何で?」


 そう呟きながら落ち込むシルフィは、一人の少女が必死に魔法の練習をする姿を見つける。

 その少女というのが、ルシーラだった。

 彼女の魔法適正は圧倒的なまでに高く、全ての属性が使用可能という、破格の才能を持っていた。

 適性は最高で三つまでだというのに、彼女は常識外れだ。


「……ルシーラ、ちゃん」


 練習を続ける彼女を見て、シルフィは拳を強く握りしめた。

 シルフィも当時から努力肌だったため、必死に魔法の練習を続けていた。

 客観的に見ても、その辺のエルフを寄せ付けない位の練習量。

 それなのに、ルシーラは何時もシルフィの二歩も三歩も先に行っていた。


「……私だって、頑張ってるのに、才能なの?これが……」

「あ、お姉ちゃん!」

「ッ」


 悔しさに顔を歪めていると、練習を終えたルシーラに見つかった。

 手を振りながら、ルシーラは笑顔で向かってくる。

 姉としてシルフィは、抱いている妬みを隠すように笑みを浮かべる。

 なんとも嬉しそうにシルフィの前に立つルシーラは、その喜びを分かち合おうと、練習の成果を話し出す。


「ねぇねぇ!聞いて!きょーねぇ、じょーきゅーまほーって言うの、つかえるよーに成ったの!」

「ッ(私は初級も使えないのに)す、凄いね、え、偉いよ」


 沸き上がる妬みを必死に押さえこみながら、シルフィはルシーラを褒める。

 そんなシルフィの気持ちも知らず、ルシーラは子供のように喜びだす。

 いや、ルシーラは子供がそのまま大人になったような少女だった。

 言い回しにも幼さがあり、非常に純粋な考えを持っている。

 シルフィよりも何個か下の歳だが、エルフからしてみれば、それほど差異がある訳じゃない。


「やった!やった!お姉ちゃんにほめられた!」

「……」

「ふふふ~、お姉ちゃん、だ~い好き!」

「……私も、大好きだよ」

「えへへ~」


 純粋に喜ぶルシーラは、シルフィがいじめられている事を知っている。

 ルシーラも説得したが、イジメのグループ達はやめる気配を見せない。

 ルシーラのたどり着いた答えは、自分が頑張ってシルフィに喜んで貰うという物。

 考えた結果、こうして毎日頑張って練習をして、様々な魔法を覚えた。

 喜んで欲しいから、元気になって欲しいから。

 その一心だけで、ルシーラは努力を続けた。

 でも、シルフィが浮かべるのは、無理をしている笑み。


「(……お姉ちゃん、まだこころからよろこんでない……そんなに泣かないで、私、もっとがんばるから、いっぱいがんばって、お姉ちゃんを喜ばせてあげるから)」

「(才能がないせいで、いじめられて、妹にも追い付けなくて、私、何のために生まれたの?私、お姉ちゃんなのに、何で?本当のお姉ちゃんじゃないから?)」


 ――――――


 自分が原因であることに気付くことも無く、ルシーラは努力を重ね続けた。

 シルフィも、ルシーラに負けない為に、ジェニーからのレッスンを受ける様になった。

 だが、ルシーラも同じ家に住んでいるので、そのレッスンに、ルシーラも参加するようになった。

 おかげで、シルフィが何年もかけて習得した技を、ルシーラは数か月で会得。

 鬼人拳法もシルフィよりも長く、強力な物を使用できるようになった。

 それどころか、ジェニーですら到達できなかった領域まで、足を踏み入れた。


「(何で?何でなの?私が先に頑張ってたのに、私が、先輩だったのに)」

「お姉ちゃん!できたよ!すっごいまほーだね!(ほら、凄いでしょ?だから喜んで、もっと笑って!)」

「ッ!……」

「……お姉ちゃん?」

「……うるさいよ……バカ」

「え……」


 ルシーラは、自分の耳を疑った。

 最愛の姉の口から、絶対に出ないと思っていた言葉。

 それが、ルシーラの心に突き刺さった。

 暴言を吐き捨て、自分の部屋へ籠ったシルフィに、ルシーラは困惑する。

 先ほどのシルフィの表情は、無理して浮かべていた笑みではない。

 まるで、ゴミを見るような目。


「なんで?私、何かした?……違う、お姉ちゃんはあんな事言わない、私のこと、大好きだって、言ってくれたし……そうだ、そうだよね、もっと頑張んないと、がんばって、すごいことできるよーになって、お姉ちゃんをよろこばせないと」


 ――――――


 先の一言を皮切りに、シルフィはルシーラの前で笑わなくなった。

 すれ違っている事に気付かず、ルシーラは自分を磨き続ける。

 魔法だけでなく、剣術、槍術、あらゆる武術を身に着け、シルフィを喜ばせようと頑張ったが、全て空振りだった。

 対して、シルフィは、ルシーラの事が嫌いになりつつあった。


「(ルシーラちゃんが憎い、あの子は、私が欲しい物を何でも持ってて、いじめられる事も無くて)」


 ルシーラへの妬みは、何時しか憎しみに変わっていた。

 今でも、その才能を磨き続けており、強さを増している。

 魔法も何もかも、里で右に出る者は居ないと言わしめる位だった。

 他にももう一人、そんな事を言われている人物が居た気がしたが、どうでも良かった。

 そんなシルフィに、悪魔のささやきが耳に入る。


「ねぇ、シルフィ」

「ッ!な、何?」

「こっち来て」


 シルフィを呼び止めたのは、何時もいじめて来るグループのリーダー。

 彼女はシルフィの事止めるなり、警戒するシルフィを取り巻き達は拘束。

 なすすべも無く、シルフィは学び舎の裏に連行されてしまう。

 到着した場所で、いじめっ子たちに囲まれながら、シルフィはリーダーの話に耳を傾ける。


「私らさぁ、アンタの事いじめるの、そろそろ飽きてきちゃってさぁ」

「ッ、だから何?」

「それでねぇ、次はアンタの妹にしようと思ってるの、スタイル良いし、顔も良い、オマケに、魔法の腕も一流で、頭も良い、アンタも気に入らないでしょ?」

「そ、それは……」


 リーダーの言う事は合っている。

 シルフィ自身、ルシーラの事は気に入っていない。

 最初こそ妹が出来たと、大いに喜んだが、今となっては目の上のコブ。

 ただの邪魔者でしかない。

 それを見抜いていた彼女は、残酷な提案をしてくる。


「これ以上いじめられたくなかったら、協力して」

「え?」

「だから、これ以上ちょっかい出されたくなかったら、アイツイジメるの協力してよ、アイツがどんなに強くても、アンタにだけは手を出さないだろうし」

「そ、そんな」

「嫌ならいいよ、これまで通りアンタをイジメる」

「……」


 優柔不断なシルフィを見て、リーダーはシルフィの髪を掴み上げる。

 これ以上黙られると、彼女も最終手段に出かねない。


「ッ!」

「はっきりしろよ、いいじゃん、妬ましいアイツに仕返しが出来て、アンタは開放されて、私達はウップンを晴らせる、万々歳じゃん」

「……わかった」

「はい、契約成立」


 断る理由は無かった。

 ルシーラへの妬み、いじめから逃れたいという気持ち。

 その弱さに付け入られたシルフィは、首を縦に振るしかなかった。


 ――――――


 それからという物、シルフィは命令通りに、ルシーラを傷つけた。

 階段から突き落とし、無視し、理由も無く暴力を振るった。

 そんなある日、ルシーラは涙目になりながらシルフィを問いただした。


「ねぇ、お姉ちゃん、もう止めてよ、もっといい子にするから、もっとおべんきょーも、がんばる!おねがい、もう、ゆるして」

「……」

「ねぇ、何かいってよ!ごめんなさい!なにかしちゃったなら、あやまるから!」

「ッ」


 謝り続けるルシーラに、シルフィは平手打ちを放った。

 ルシーラは、ぶたれた部分を抑えながら、目を見開き、今起こった事実を受け入れだす。

 そして、ルシーラに募りに募った感情は、遂に爆発する。


「う、ウワアアア!どうして!?どうしてなの!?ごめんねって、いってるのに!いい子にするって、いったのに!」

「ッ……うっとうしいの!!」

「え」

「貴女がうっとうしい、うるさくて、邪魔で仕方がない」

「……」

「……もう、話しかけないで」


 そう言い、シルフィは先に帰っていった。

 彼女の事を見届けながら、ルシーラは座り込み、号泣する。

 訳が分からなかった。

 ずっと頑張って来たのに、ずっと褒められる為に努力してきたのに。

 否定された。


「う、うう……お姉ちゃん、どうして……」


 落ち着いて来たルシーラは、不意に窓に視線がいき、そこにいる数名の女子が目に入る。

 何時もシルフィ達をイジメているグループの面々だ。

 あざ笑うかのような彼女達を見て、ルシーラは、シルフィの身に何が起きたのかを考え始める。


「(あいつ等……あ~、そっか、アイツらに汚されたんだ、アイツらのせいで、お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんは……ほかの人たちもそーだ、みんながお姉ちゃんをイジメるから、お姉ちゃんは、おかしくなっちゃったんだ)」


 そして、ルシーラは考えだす。

 どうすればシルフィを救えるのかを。

 この森の中も、外も、汚い物であふれている。

 そんな汚い物から、シルフィを守る最適な答え。

 それは、かつて自分が置かれていた状況、そして、シルフィとの約束だった。


「そーだ、そーすればいーんだ、私と、お姉ちゃんと、お父さんだけで過ごせる、あの、あったかいせーかつなら、フフ、フフフフ」


 目から光をなくしたルシーラは、外に出る準備を始める。


 ――――――


 その日の夜。

 外で生活するための道具をそろえたルシーラは、夕飯の支度をするシルフィの後ろに立つ。


「ねぇ、お姉ちゃん、私ね、わかったんだ、何でお姉ちゃんが、私をイジメたのか」

「……」

「いつか、かぞくだけですごそって、そのやくそく、ずっと忘れてたから怒ったんだよね?」

「……」

「だから、私行ってくるね」

「ッ、話しかけないでって言った、よね……」


 大声を上げそこないながら、振り返ったシルフィだったが、そこにルシーラの姿は無かった。

 ただ一つ、テーブルの上に、『すぐに戻る』と書かれた置手紙が一つ。

 シルフィは、それを破り捨て、ルシーラの事を忘れようとする。


 ――――――


 ルシーラが失踪してしばらくした後。

 失踪直後は、ジェニーに何度も問い詰められ、こってりと叱られた。

 学び舎も卒業し、本格的に狩りにでるようにもなった。

 例にならい、暗殺部隊の面々はルシーラを殺そうと躍起になっていた。

 志願したメンツにはいじめっ子のメンバーや、リーダーまで加わった。

 おかげで、とても静かになった。


「……みんな、居なくなった、私だけ、一人」


 ジェニーは処刑され、本当に一人となってしまったシルフィ。

 誰も居ない部屋で一人、心を殺していた。

 埋葬を終えてから、急に襲いかかって来た孤独と虚無。

 それと同時にシルフィを蝕むのは、ルシーラを突き放した後悔。


「何で、あんな事……」


 後悔しても、もう遅い。

 ルシーラは家を飛び出し、ジェニーは殺された。

 若さから来た嫉妬や、いじめから逃れたい思いで、ルシーラに辛く当たってしまった。

 今思えば、最低の行為だ。


「あんな事しなければ、私が、もっと我慢できてれば……」


 悲しむシルフィは、人の気配を感じる。

 うつむいていた顔を上げると、そこにはルドベキア族長の姿が有った。


「……族長?」


 ――――――


 現在。

 ダンジョンでリリィ達が戦いを繰り広げてから、既に二か月が経過。

 ストレンジャーズが壊滅した事も知らず、リリィ達がどうなったのかも知らず。

 シルフィはルシーラと共に、無人島で二人暮らしをしていた。

 ゴーレムたちも居るので、本当に二人暮らしといえるのかは置いておく。


「……(そして、私は、あの人に記憶を消された、あんな罪があった事さえも、忘れてしまう程に)」


 寝室から見える月を眺めながら、シルフィは回想を終えた。

 リリィ達と見た月よりも、心なしかすさんで見える。

 だが、これも仕方のない事と割り切り、隣で寝ているルシーラに目を向ける。


「お姉ちゃん、お休み」

「……うん、お休み」


 隣で眠りについたルシーラの頭をなでながら、シルフィは目から光を喪失させる。

 彼女は、ずっと前に目の前で両親を失い、心身共に、癒えない傷を負っている。

 それなのに、シルフィは追いうちをかけてしまった。


「(知っていたのに、この子が、両親を亡くして、体中を汚されて、もう、私とお父さんしか、頼るものが無かったのに、私は……)」


 そんなルシーラに、追い打ちをかけてしまったのは、シルフィ自身。

 言ってしまえば、リリィはシルフィのせいで自爆特攻をする羽目になった。

 頭部が無事だったので、何らかの方法で蘇ることはできるのだろうが、できれば、彼女にはここに来てほしくない。

 自己嫌悪に陥りながら、シルフィはルシーラに抱き着く。


「(ごめんね、リリィ、私、もう貴女と生きられない、ううん、違う、生きている資格がない……こんな私が、貴女と幸せになるなんて、許されないもん)」


 涙を流しながら、シルフィも眠りにつく。

 できる事であれば、リリィとの再会を望まずに。



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